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<ノベル>
ACT.1★『美女』たちのプロフィール
時間は、ほんのちょっぴり、巻き戻る。
すなわち、犠牲……じゃなくて餌食……いや違う、生け贄……ああもういいや、つまりその場に居合わせたがためにそーゆー立場に追い込まれてしまった人々のことを、執拗に紹介かつ描写するために。
……しなくていい? いいえっ、そんなわけにはいかないんです。させてください。やるったらやるの。だってこの記事、ここがキモなんだからっ。泣いて止めたって無駄なんだからね!
★ ★ ★
――さて。
誠実・清楚・純情・生真面目な美貌の鬼、大江山に咲く一輪のすずらん(注:すずらんて大江山に自生してたっけ、てなことは置いといて、源内が勝手に命名)こと、白亜のお気に入り席は、窓際の一番後ろだった。観葉植物が程よく落としてくれる影が、何となく落ち着くのである。
銀幕市での生活に鋭意適応中の彼は、今日も今日とて、『対策課』から無料配布された『ムービースターの背景を知ろう:世界観総まとめガイドブックその23』(すでに読破済)を横に置き、銀幕市立総合図書館から借りてきた料理本『お付き合いの極意 〜ぶきっちょさんのお裾分け用家庭料理50選〜』に、真剣に目を通していた。
(……『大学いも』がいいか……。それともやはり『南瓜の煮付け』か……。この『パンプキンパイ』とやらは、結構難しそうだな……)
以前、ほこほこ美味しい肉じゃがをお裾分けしてくれた須藤さんちの奥さんが、昨日は、とろりと柔らかなサバ味噌を差し入れしてくれた。そのお返しのメニューに悩んでいるのだ。当初、他者からの善意を受け入れることに葛藤を感じていた白亜だったが、ある事件を経て、少しずつトラウマを乗り越えつつある昨今、そろそろ自分からの『おすそわけ』に挑戦するべく一念発起中なのである。
一心不乱に読みふける白亜に、スイートポテトを乗せた皿を手にした珊瑚が、つつつつ〜〜と忍び寄る。
「はぁ〜くぅ〜〜あぁ〜〜〜。すいーとぽてと、お待ちどおさまですえ〜〜」
「……頼んでないが?」
「今日ははろうぃんゆえ、妾からのさーびすですえ」
「さーびす……。『おすそわけ』のことか?」
「微妙に違いますが、根底に流れるすぴりっつには共通部分があるやも知れませぬな」
「そうか」
白亜は料理本をいったん閉じ、ふっと口元を緩めた。
「……では、有り難く、いただこう」
「珊瑚ーー! それは何か? 余にもよこさぬか」
カウンターに一番近い席に座った、ベアトリクス・ルヴェンガルドが、よく通る可愛らしい声で珊瑚を呼ぶ。
このルヴェンガルド帝国187代目皇帝陛下は、最近ことに熱心に訪れてくれるカフェの救世主である。
甘いもの好きであるらしく、珊瑚が作ったというだけで皆が尻込みする怪しい栗羊羹までも、勧められるままに喜んで食べてくれるのだ。今日は定番メニューの中からキャラメルモカケーキをオーダーして、食べ終えたばかり。紫いものスイートポテトにも興味しんしんのようだった。
「おお、陛下。今お持ちしますえ、少々お待ちを」
「べ、別に、すぐに食べたいわけではないがっ」
長い巻き毛を揺らし、薔薇色の頬を膨らませて、ベアトリクスはぷいとそっぽを向く。ロリ系ツンデレ道を極めてらっしゃるビイ陛下の絶妙なツンに、カフェにいた一般男性客が5人ばかり、萌えに耐えきれずドミノ倒しのようにテーブルに突っ伏した。
珊瑚はいそいそとスイートポテトを持ってくる。
「はい、どうぞですえ〜〜」
「う、うむ」
「さつまいもは、びたみんや食物繊維がたっぷりの健康食品ですえ。しかも手作りゆえ無添加」
……いやぁ、素材自体がトンデモなら無添加の意味ないんじゃ? みたいなツッコミをするには、我らがビイ陛下はまだまだお子ちゃまだった。スイートポテトのつやつやした焼き色に、陛下は素直に目をきらきら輝かせたのである。
「……うまそうではないか」
フォークで小さくけずり口に運びながら、少女皇帝はふと、少し離れた席へちらりと目をやった。
知り合いがふたり、座っていたのである。
「あのふたり……。来ていたのか」
「はて?」
視線を追った珊瑚は、ふと首を傾げた。
そのテーブルには、リゲイル・ジブリールとユージン・ウォンが向かい合って腰掛けている。
リゲイルが、ほっそりした指に持っているカップの中身は、瑞々しい香りを放つマスカットティー。ユージンの前に置かれているのは、苦く香ばしいハイローストのマンデリン。
特に何を話すでもなく、静かにお茶を飲んでいるだけなのだが――リゲイルはいつもより大人びて見えるし、ユージンの方はといえば、血と硝煙に満ちた闇社会の気配を、心なしか鞘におさめている印象を受ける。コートの襟からは、暖かそうな手編みのマフラーが覗いていた。
「珍しい組み合わせではありますが……。しかし何やら、あの空間には邪魔をしてはいけないような雰囲気がありますな」
「そうしそうあい?」
ビイ陛下が、あっさりストレートに言った。待ってましたとばかりに、梨奈が厨房から小走りに出てくる。
「そうそうそう! そうなんですよ。あのおふたり、最近、急接近したんですって」
恋愛話に目のない梨奈は、銀幕市に於ける恋バナのオーソリティーでもあった。来客から小耳に挟んだ情報を整理・統合・分析した結果、かなりの事情通になっているのである。
リゲイルとユージンに聞こえないよう、梨奈は声を落とす。やじうまな女の子の噂話タイムである。
「こほん。それは9月の、ある寒い夜のことでした」
「……そこから始めちゃうのですかえ、梨奈」
「こじんじょうほうもんだいとか、大丈夫なのか」
「しっ! 黙って聞いてください。その夜、ウォンさんは寒がっていました――『歩く死者』であるがゆえ、身体の冷たさはいかんともしがたいのですが……。そんなウォンさんを、リガさんは、傍に寄って暖めてあげたのです」
「まるで見てたみたいですな」
「のぞいてたのか?」
「入手しうる断片的な情報を分析した結果ですっ。その後、リガさんがマフラーを編んでプレゼントしてから、ふたりの仲がいっそう近づきました。今、ウォンさんがしてる、あのマフラーがそうですよ。――ウォンさんは各方面から命を狙われています。市街で会えばリガさんの身にも危険が及ぶかも知れないと判断した結果、銀幕市一安全だと思われる某氏の家を待ち合わせ場所にすることにしたのでした」
ふう、素敵ですよねー、と、梨奈がひと息つく。
「で、そんなふたりがなぜ今ここでお茶を飲んでいるのですかえ?」
「待ち合わせ場所の家へ行くつもりが、偶然、カフェの前で会ったので、せっかくだから少しの時間だけでも、ってことみたいですね」
「ほっほお〜〜。そういうことでしたか」
珊瑚はおおきく頷くと厨房へ行き、ふたり分のスイートポテトを持って戻ってきた。つかつかと、リゲイルとユージンのテーブルへ歩み寄ろうとする。
「これこれ、そこな殿方と娘御。おふたりのために、妾特製のすいーとぽてとをぷれぜんとしますえ〜〜」
「ちょっと珊瑚ちゃん。馬に蹴られますよ」
「撃たれるかもしれぬぞ」
梨奈とベアトリクスが同時に止めようとした、そのときである。
黙々とスイートポテトを食べていた白亜に、異変が起こったのは。
「ん……?」
ぬばたまの黒髪が、さらりと伸びた。肩から胸へと流れ、腰までを覆っていく。
冴え冴えとした目元は艶やかな色香を放ち、桜色のくちびるは、朱で染めたようななまめかしい紅色に変わる。
胸元が重みを増し、華奢なウエストがいっそう引き絞られていく感じは、白亜には覚えのある変調だった。いつぞや、仮設住宅に源内を訪ねたときに口にした、美少女化チョコの効果と似ている。
(似ているが……。しかし……)
何だかあのときとは、身体のボリュームが違う。丸みを帯びた腰がジーンズを押して張り裂けそうになっているし、胸元にいたってはあまりの豊かさに、白いシャツの胸ボタンがふたつばかりはじけ飛んだほどだ。
「むむっ?」
あっけに取られて見ていたベアトリクスにも、同様の変化が起こった。
実年齢8歳外見年齢6歳な少女皇帝の身長が、突然にすらりと伸びたのだ。
端正なおもざしに浮かぶ、目を見張るようなあでやかさ。しなやかな四肢と盛り上がった胸を、艶を増した巻き毛が流れ落ちる。
にこにこタウンで購入したお気に入りの花柄刺繍つきワンピースは、絶対領域ぎりぎりの超ミニになってしまったので、陛下におかれましては早急な着替えを必要となされよう。
「これはもしや、珊瑚のスイートポテトを食べたからか?」
「ちわ。あっれー? どうしたんだ陛下? すげえ美人じゃん」
入口扉が開き、李白月が顔を覗かせた。長身の美女に変わったベアトリクスを見て、紅い瞳をぱちぱちさせる。
「うむ。今、スイートポテ……むごっ」
白月に説明しようとしたベアトリクスの口を、珊瑚が後ろから塞ぐ。
「ほほほほ。びぃ陛下はおませさんゆえ、成長期なのですえ〜」
「そういう問題じゃないような気がすんだけど」
怪訝そうな白月をよそに、珊瑚はとうとう、リゲイルとユージンにスイートポテトを差し出した。
「お茶請けにどうぞですえ」
「わあ! ありがとう、珊瑚ちゃん」
リゲイルは嬉しそうに微笑んで受け取り、さっそくひとくち食べてみた。
「美味しい!」
「……俺はいい。甘いものはあまり好まない」
すっと手のひらを見せ、ユージンは皿を固辞する。リゲイルは食べ進めながら、想いびとに微笑んだ。
「美味しいですよ? ひとくちだけでも。……ね?」
「美味しいですえ〜? ひとくちだけでもぉ〜」
「……黙ってろ、珊瑚」
じろりと珊瑚を睨んだユージンだったが、リゲイルの「食べてみましょ?」な視線を受けて、やれやれと呟く。
「おまえがそんなに言うのなら」
リゲイルがぱあっと明るい表情になった。苦笑して、ユージンは紫いもの菓子を口に運ぶ。
「お味は如何ですかえ?」
「うむ……。そんなにまずくはない……が」
ユージンの顔に――彼にとっては非常に珍しいことに、ちらりと困惑の色が浮かんだ。
フォークを持った右手……銃器を持つのが似合いの筋張った手が、しっとりとなめらかに、貴婦人のように優雅になった気がしたのだ。
異変はそれだけではなかった。
突然に、彼のプラチナブロンドが豪奢なきらめきを放って伸び始める。
「……?」
身体も変化していた。だぶだぶになってしまったコートは、胸の部分だけがボリュームを持って突き上げられているし、腰回りは蜜蜂のようにくびれている。思わず手を当てた頬は、上質のシルクのような感触である。
気品と凄みを帯びた美女と化した三合会幹部は、すぐにこの原因に思い至った。
「……スイートポテトか」
ユージンはげっそりして食べかけの皿を見る。
「……わあ!」
しかし席を立ったリゲイルは、大喜びでその腕にぎゅっとしがみついた。
「とっても綺麗……!! うれしい!」
「……うれしい、のか?」
「だって! この姿だったら一緒に街にお出かけできるし、こんな風に腕も組めるし……あれれ?」
大はしゃぎなリゲイルにも、変化がおとずれていた。
鮮やかな赤毛はいっそう光沢を増し、大きな青い瞳は大人びた陰影を帯びる。もともと白く美しい肌は色つやが輝くようだし、何よりも全身のシルエットの凹凸が強くなった。
(わ……)
今の今まで存在しなかった見事な胸の谷間に、リゲイルは目を見張る。
(わたし、巨乳になってる……!)
自分のバストサイズがちょっぴり気になるお年頃な15歳は、心ひそかにじーんとした。
大きければいいってもんじゃないのよー、とか、胸が重くって肩凝っちゃう、とか、このサイズだと可愛いデザインのブラがなくって困るのよねー、とか、天然ものの豊かな胸に恵まれている娘さんたちはそんなことをお抜かしになられるが、恵まれない娘さんは不憫にも、はぁ何それ自慢? とか思っちゃうのが世間の常なんである。
リゲイルは育ちの良いお嬢様なので、そんな僻みとは無縁なのだが……って、何の話だっけ? そうそう巨乳。
「珊瑚ちゃん!」
「はいな?」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
感極まったリゲイルにしっかと手を握られて、珊瑚はにこにこした。
「そんなに喜んでもらえるとは思いませんでしたえ」
……まったくである。
「このビッチが。何てことしやがる」
珊瑚にぶつぶつ文句を言うユージンの反応が、この場合は妥当ではなかろうか。
しかし当の加害者は、いまひとつ罪悪感に欠けっぱなしだ。
「はて、白月。『びっち』とはどういう意味ですかえ?」
「あー。悪女的ニュアンスを現す、あまり品の良くないスラングっていうか、あばずれとか売女とかさ……。ヴィランズで言えば、そうだなぁ、カレン・イップみたいなタイプかな」
何となく事情を察した白月は、じりじり後ずさりしながら答える。
珊瑚は、おお、と両手を打った。
「かれん? 『金燕会』の、悩殺★太もものかれんですかえ? なんと、妾がかれんのように、せくしーだいなまいつであんだーぐらうんどな悪女だと云ってくださるのですか? ゆーじん……」
「何だ」
「いい人ですのう」
「………………(王大哥、動揺は見せないものの、リアクションに超困りちう)」
「あのさぁ」
ユージンを気の毒そうに見て、白月が呟く。
「珊瑚さぁ、何でここまですんの? ある意味命がけじゃん」
「さーびすを極める道はそれは厳しいものなのです。それに、たまには皆様もれぎなんれべるの巨乳になってみたいのではと思いましての」
「……カフェのサービスと、レーギーナさんの巨乳に何の関係があるんだ?」
「はい、白月もすいーとぽてとをどうぞ」
「あ、うん、ありがと……って、おいこら俺にも食べさせるのかよっ!」
逃げようと思っていたにもかかわらず、不意打ちをくらった白月は、口に放り込まれたスイートポテトをあっさり呑み込んでしまった。
急に、身体のバランスを崩してよろめく。
「なんじゃこりゃああ〜〜〜!」
前のめりになりながら思わず胸を押さえれば、ふっくら豊かな感触が両手からこぼれんばかり。
髪をひとまとめにした包帯が解ける。さらさらだった髪はくるんとカールして、色香ただよう身体のラインを彩っていく。
「俺まで女に……! ってか、胸が……胸が重い……」
見れば、カンフースーツの胸元がびりびりと裂けてしまっている。布が胸のボリュームに耐えきれなかったらしい。
「すごーい。みんな、うっとりするくらい美人っ! それに色っぽいし」
白亜を見、ベアトリクスを見、白月を見、そしてユージンを見て、リゲイルは感動のあまり目を潤ませる。
「いやぁ、陛下やリガ嬢の美貌にはかなわないっていうか、やっぱもとが美少女だと、成長すっと迫力でるよな」
「白月も、裂けた胸元を隠すさまがたまらなくせくしーですえ」
「俺のことはいいの! それよりこれ、いったいいつ元に戻るんだ?」
白月は途方に暮れ、胸を押さえたまま項垂れる。ユージンが、まったくだ、と、ぼそりと言った。
――ほどなくして。
「おおーい! 大変だぞ、姫さん。たった今、まるぎんがえらいことに――おおっとぉ」
勢いよく扉を開け、カフェに駆け込んできた源内は、ずらりと並んだ妖艶な美女5人に見据えられて言葉を切る。
が、すぐに、ぽりぽりと頭を掻き、言ってのけた。
「こりゃ好都合」
ACT.2★戦場はいつものスーパー
天上から降りてきた巨大モニタは、皆さん毎度おなじみ銀幕ふれあい通り角のスーパー『まるぎん』を映し出す。
普段であれば、銀幕市のツウな奥様がたでごった返しているはずの店内は、人影ひとつ見あたらず、がらんとしている。
店長や店員を含め、皆、どうやら安全な場所に避難したようだった。さすが、いつどんなアクシデントに見舞われるかわからない銀幕市民、非常事態への対応はばっちりだ。
余談だが、きっと銀幕市の皆さんは、市外のひとびとから胡乱な目で見られてるのではなかろうか。
――銀幕市ってさぁ、なんか呪われてるんじゃねーのか。キノコとかチョコレートキングとかピラミッドとか戦争とか女装とかさ。女装関係ないか。ともかく近づくのよそう〜、などと陰口叩かれてるに違いない。
ハリウッドからいきなりやってきて滞在しちゃったSAYURIみたいな物好きや、「アズマ超物理研究所」みたいなぶっとんだ例外もいるけども。
余談はさておき、閑散とした店内で――大暴れしているものは。
おばけカボチャ、が、うようよ、なのだった。
それも、おっきいジャック・オー・ランタンに手足つけちゃいましたぁ、みたいな、わりかし安直な体裁である。誰ですかこのモンスター考えたの。そこに座んなさい小一時間説教してくれる、と思う間もなく。
「ワルイゴハイネガー!」
「ウラメシヤ〜〜!」
「ワタシ……キレイ?」
「ソウテイナイデス」
「ドンダケ〜〜〜〜!!!」
……などと、世界観めちゃくちゃな雄叫びを上げられては、もう出身映画の追求なんかどうだっていいや、なんかそういうモンスターが出る話なんだろああ迷惑、てなもんである。
とはいえ、生真面目な白亜だけは、『ムービースターの背景を知ろう(以下略)』をぱらぱらとめくり、すぐにあたりをつけていた。
「……スラップスティッククレイアニメ『ハロウィン・バラエティ』に出てくる、主人公のじゃがいもくん&トマトちゃん異母兄妹をいじめる悪のかぼちゃ集団『切り裂きジャック・オー・ランタンズ』……」
「まんまじゃん」
ツッコミもそこそこに、白月はモニタを見上げる。
「……あれ? 誰かもう、あいつらと戦ってねぇか?」
「ほんとだ! かっこいい」
「人間ではないようだな。小さな動物が、3匹」
リゲイルとベアトリクスが、並んで画面に目を凝らす。
「……子猫に見えるが、気のせいか?」
眉ひとつ動かさず、ユージンが言った。
銀幕市にはヴィランズと同様に、いわゆるヒーローも実体化している(例:蔵木健人@マイティハンク/銀幕ジャーナル勤務)。
しかしながらヒーローの皆さんとてオトナの事情があり、常に事件現場に駆けつられるとは限らない。それに、出身映画が違っていたら世界観的お約束は通じないので、無敵というわけにもいかないのだ。
それでまあ、『対策課』経由で有志の出番になったりするわけだが――なんと今。
まるぎんをおばけカボチャから守るべく、ヒーローたちが……それも、三毛・茶トラ・キジの、一見したところ何の変哲もない可愛い子猫たちが宙を飛び、立ち向かっているのである。
白亜は、またも『ムービースターの背景(以下略)』をめくる。
「……『三匹の子猫 〜宇宙マグロ大戦争〜』出身の、超能力を有するスーパー子猫、『まぁ』、『みぃ』、『むぅ』。全員、女の子である」
「にゃあー! にゃん! にゃああん!(訳:まるぎんの平和を乱す、不届きなかぼちゃは許しません!)」
「にゃんにゃん、にゃあ、にゃ!(訳:宇宙意思に選ばれた、我ら三匹の子猫のきついお仕置き、受けてみなさい!)」
「にゃっ。んにゃ、にゃんんっ!(訳:覚悟はよろしくて? いざ、必殺の肉球ハリケーン!!!)」
まぁとみぃとむぅは、空中で小さな尻尾をぴんと立て、ピンクの肉球も可愛らしい前足をぴぴっと揃えてポーズを決めた。
凄まじい竜巻が起こり、巻き込まれたかぼちゃたちは粉々に――なるかに見えたのだが。
「ナクゴハイネガー!」
「にゃああ〜!(訳:や〜ん!)」
「にゃおぅ〜〜!(訳:きゃああ〜〜!)」
「んにゃあ〜〜〜!(訳:いやぁああ〜〜〜!)」
ぺいぺいぺぺい。
宇宙マグロをも倒せるはずの子猫たちの必殺技は、あっさり弾かれてしまった。
彼女らの世界でのお約束は、おばけカボチャには通じなかったらしい。
3匹は悲鳴を上げながら、ぽてぽてぽてと地に落ちる。
「大変! 子猫たちを助けないと!」
ぐぐっと拳を握りしめたのはリゲイルだった。
「レッドとして見過ごせない。源内さん、わたしも戦う!」
「リガは絶対、そう言ってくれると思ったよ――よいせっ」
それが合図であるかのように、カフェのテーブル、もとい作戦本部室のデスクに、意匠を凝らした色とりどりのドレスやらボディスーツやらが5着、並べられた。
「こんなこともあろうかと用意しておいた、成人女性用特殊戦闘服だ。グラマラスな美女にしか着こなせないデザインなんで、ひとつ宜しく」
ACT.3★妖艶美女戦隊、出動!
「はいはいはいっ! わたしレッドだから赤い服。誰が何と言っても赤!」
リゲイルは真っ先に、戦闘服に突撃する。
ちなみに、レッドのコードネームはアマリリス。ドレスは赤い革製の、肩紐のないビスチェタイプで、首から指先までを露出するため、アームラインがより長く細く見えるのがポイント。デコルテが広いから、バストもばっちり強調されますよ……とは、水面下でデザイン監修と縫製とアクセサリー類の手配を請け負っていた『楽園』の森の娘、リーリウムのコメントである。駄目押しで、靴は赤のエナメルのピンヒール。
選び取った赤いドレスを夢中で抱きしめた『アマリリス』は、しかし、はっとなってユージンを伺う。
「ごめんなさいっ!」
「……? 何を謝っている?」
「わたし……わたし……どうしてもこれだけは……! レッドの立ち位置だけは譲れないの。たとえ愛するひとと対立し、決闘することになったとしても!」
「おまえを敵に回すことなど、あり得ない」
冷静に言うユージンの隣で、赤いドレスを奪い合っている妖艶リガ嬢と妖艶ウォンさんの図を想像してしまった白月は、脳裏の混沌絵を消すごとく、ぶるぶると首を振っている。
源内はしゃらっっと、ユージンにとある1着を差し出した。
「安心しろリガ。ユージンにはもっとふさわしい色がある。なあ、ヴァイオレット」
「……今、何と言った……?」
「だからコードネーム。ヴァイオレット=菫ってことで。いい名前だろう?」
「そんなものを勝手につけるな」
「で、衣装はこれな。そのプラチナブロンドに映える」
それは、紫がかった黒が基調の、非常に凝った仕立てのものだった。ロングドレスに見えるデザインだが、スカートのロング部分は透ける素材で出来ており、太ももの付け根まで左右にスリットが入っている。
付属品のガーターベルトには、拳銃が収められたホルスター。アイエレガント――眼帯は宝石と十字架で装飾され、ストラップ部分は鉄条網を模している。ネックレスも同じ意匠だ。ヘッドドレスはイバラ。トータルテーマは『闇の女王』。森の娘さんの気概、ここに極まれり。
「あと、絶対に網タイツを合わせろというのが、デザイン監修者からの着こなしアドバイスだ。そうそう靴は高さ10センチのピンヒール」
すう、と、ユージンが息を吸い込む。それだけで作戦本部の体感温度が氷点下になった。
「ひとつ、聞きたい。このクソいまいましい効果はどれくらい続く?」
「二日ほどかなぁ」
「二度とは言わん」
「ん?」
「戦いが終わるまでに、元に戻る薬を完成させろ。でなければ殺す」
魔王もドン引きの形相で言われ、さすがの源内もちょっと考え込んだ。
「ああっ、それ賛成」
白月も言ってみたのだが、こちらにはにっこりと、別の衣装が示された。
「そういうわけなんで、これに着替えろ」
「何がそういうわけだっ!」
青い革のタイトなミニドレスは、深く襟ぐりが切れ込んだ、胸の谷間ばっちりなVカット。滑らかな背中は腰の上ぎりぎりまで剥き出しで、ウエストで切り替えがあるために動きやすく、形の良いおへそも見えるという美味しいデザインである。色っぽい腰からすらりとした脚にかけてのラインには、青い芙蓉の刺繍が散りばめられている。セットの靴は青のハイヒールブーツ。コードネームは芙蓉。イメージカラーはアーバンブルー。
「あの……。これ、えっらい露出きついわ……。普段着で戦っちゃ駄目?」
「……そのままの方が、扇情的だと思うが」
白月の普段着であるところの裂けたカンフースーツに、源内はちらりと目をやった。
「う」
片手で胸を押さえながら、しばし、がっくりポーズを取った後、『芙蓉』は戦闘服に身を包むことになったのだった。
「余は、これにしようと思う」
あんまり動じていないベアトリクス陛下(愛称は気が引けるほどの威厳がある)は、高貴かつ華やかな、ガーネットローズのドレスを指さした。
首から胸にかけては露出控えめながら、肩と背中は惜しげもなくむきだしになるホルタータイプの逸品であった。腰の位置から流れて広がるドレープが、エレガントさを強調している。
豊かな胸元を彩るのは、ガーネットをあしらったダリアのコサージュ。ミニ丈ゆえ、陛下の美しいおみ足も、恐れ多くもしっかと鑑賞可能である。靴は究極のスパイクヒール。踏まれたい殿方もきっと続出(陛下および銀幕ジャーナルの品位に関わるため、以下10行削除)。
「ああ、いいんじゃないか? うまい具合に、その戦闘服のコードネームは『皇帝ダリア』だ」
「ほう」
「あの……」
白亜がもじもじと、最後に残されたというか、あなたのために取っておきましたというか、純白の地にウインターグリーンの差し色をしたドレスを手にする。
胸元をハーフカットしたデザインである(ハーフカットだと、バストラインがいっそう綺麗に見えますよ/リーリウム談)。上質のシルクシフォン(のような特殊素材)には、丹念にすずらん模様のビーズが縫いつけられている。繊細なチュールレースを重ねて膨らみをつけたスカート部分は可愛らしい印象を与えるものの、腕および脚の絶対領域死守部分には、抑制されたお色気の演出という心憎いワザがスパークしていた。靴はバックレースのニーハイブーツ。
「ふだんの白亜だとコードネームは『すずらん』でいいんだが(ふだんって……)。大人バージョンってことで『鈴蘭』かな」
「…………(すごく恥ずかしそう)」
★ ★ ★
そして、作戦本部を飛び出した美女戦隊は、一路宙を駆ける。
「では行きますよ、『菫』ヴァイオレット! 『芙蓉』アーバンブルー! 『皇帝ダリア』ガーネットローズ! 『鈴蘭』ウインターグリーン!」
先陣を切って突っ走る元気いっぱい気合い十分のリーダー、『アマリリス』レッドの後ろ姿を、見失いそうになりながら。
「で、どうしてあたしがまたオペレーターなんですかぁ」
カフェの萌え制服のまま、巨大モニタ前の機器に無理矢理座らされた梨奈は肩を落とし、
「おんや。おかげさまで紫いものすいーとぽてとは品切れですえ〜。はろうぃんの夜に向けて、他にもすいーつを作らねばなりませぬな。一件落着したら、まるぎんに材料の買い出しに行かねば」
作戦本部での役どころが『お茶くみの女の子』になった珊瑚は緊張感のかけらもなく、う〜んと伸びをするのだった。
ACT.4★んと、これっていわゆる決戦だよね?
銀幕ふれあい通り商店街上空に、5輪の妖花が舞う。
「切り裂きジャック・オー・ランタンズに告ぐ! 君たちは完全に包囲されている。早急にまぁちゃん、みぃちゃん、むぅちゃんを解放し、まるぎん店内から撤退すればよし、さもなくば」
びしっとポーズを決め、『アマリリス』は高らかに宣言する。
「……わたしたち妖艶美女戦隊が、ピンヒールで穴開けちゃうんだからね★」
「ナグゴハイネガー!」
「ええい、アマリリスハイキィィ〜〜〜ック〜〜〜!」
「ウラメシヤ〜〜!」
「………(決めゼリフなしで、『菫』の二丁拳銃が火を吹く)」
「ワタシ……キレイ?」
「俺に勝とうなんて百年早いわ! 食らえ、『芙蓉』必殺の昇竜拳!」
「ソウテイナイデス」
「四大精霊を召還せし『皇帝ダリア』の究極魔法、受けてみるが良い」
「ドンダケ〜〜〜〜!!!」
「……………(声が小さくて聞き取れないが、『鈴蘭』の武器の『大包丁』を駆使ししまくってカボチャをじわじわと削り取る恐怖の技)」
なお、たまたま現場に居合わせた、ある意味戦場カメラマンな七瀬灯里は、ものごっつー写真映えのする光景に、デジカメの電池が切れるまでシャッターを押し続けたという。
そして、事態は一足飛びに大団円を迎えたのである。
作戦本部の機器がいきなりのハードワークによりヒートアップして暴発し、梨奈の服やら髪やらがボロボロになるというアクシデントはあったにしても。
★ ★ ★
源内はしぶしぶユージンと白月に、美女化速攻解除の薬を渡した。
巨乳を惜しむリゲイルは、しばらくそのままでいるつもりらしい。ベアトリクス陛下は全然気にしないで、『皇帝ダリア』の衣装をお召しになったまま、帰って行った。
白亜はといえば、
(…… 破壊した南瓜の残骸は、煮つけにしようか? それともパンプキンパイか?)
カボチャたちを本日のおかずやら、おすそわけ返しの素材やらにする気まんまんである。
これだけあれば、多少調理を失敗しても大丈夫だろう。
そして、女装よりはまだましとばかりに、明後日の金曜日には、このまま『楽園』へバイトに行くつもりであった。
まだ、ハロウィンは終わらない。
モンスターではないジャック・オー・ランタンで、銀幕市の家々は、賑やかに飾り付けられ――
街のあちらこちらから、「Trick or Treat」の声が聞こえてくる。
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クリエイターコメント | こんにちは、神無月まりばなです。 この度は、レーギーナ様の巨乳に追いつけ追い越せミッションハロウィン仕様(怒られますよ?)にご参加くださいまして、まことにありがとうございます。皆さまの妖艶美女ぶり、しかと堪能させていただきました!
★『鈴蘭』さま:記録者的にはパンプキンパイのお裾分けが嬉しゅうございますが(聞いてない)、あれは文明の利器オーブンを使う必要がありますもんね、と、ちょっと真剣に悩んでみるテスツ。
★闇の女王、もとい『菫』さま:こ、この度は、あの、すみません情報通の梨奈ちゃんがおふたりの秘密を漏洩してしまいまして。う、撃たないで(ズガーン)。
★『アマリリス』さま:リーダー、お疲れ様でした! やはり戦隊ものではレッドの頑張りが輝きますね。そして、おふたりの急接近について情報漏洩(以下自粛)。
★『芙蓉』さま:胸元が裂けちゃったりしちゃったのは個人的暴走なのですが、我が人生に悔いなしです(開き直った)。ツッコミが快調でございましたv
★『皇帝ダリア』さま:コードネームをおまかせいただいたので、いそいそほくほくと、これをチョイスさせていただきました。まるで陛下のためにあるような花の名ではないかと。
それでは、美女戦隊モードが解けたあとも、さらなるご活躍を祈りつつ。 また銀幕市のどこかでお会いできる日を楽しみにしております。 |
公開日時 | 2007-10-31(水) 20:00 |
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