★ 価値あるもの、無価値の名を冠す ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-7398 オファー日2009-04-12(日) 23:59
オファーPC レオンハルト・ローゼンベルガー(cetw7859) ムービースター 男 36歳 DP警官
<ノベル>

 レオンハルト・ローゼンベルガーは、若くして弁護士の頭角を現していた。四十代、五十代のベテランと比べても、仕事振りは遜色ないといってよい。
 アメリカの法曹界では、もっとも注目すべき若手として、名も売れてきている。経験豊富な相手弁護士を手玉に取ったこともあり、これだけでも彼が天才であることは知れよう。
 ただ、彼はさほど社交的な人間ではなかったから、能力と実績が充分でも、権力に近づくことはなかった。……もっとも、これは当人がそのように振舞った為、とも取れる。

――権力志向など、私にはない。ただ責務を負い、義務を果たすのみだ。

 レオンハルトがその気になりさえすれば、地位など幾らでも望めよう。なのにそうしないのは、彼が俗世の欲求に対して、ひどく冷淡であるからだ。
 人から、この無欲さを指摘されたこともあったが、上記の台詞を口にするのみで、理由については黙したままである。
 人格面では少々の問題は見られるものの、特別に嫌われることもなく、敵を作らず、彼は弁護士として生きていた。一人の方が気楽だから、と。派閥に入ることもなく。
 さりとて、ローファームに所属している以上、それなりに付き合いもある。この日、別の大手ローファームの社長と出会ったのも、そんな俗世の繋がりが発端であった。


 朝、レオンハルトが出勤してくると、同僚のジェイムズが早速話しかけてきた。彼は実力こそレオンハルトには及ばないが、人脈の広さには定評があった。その彼が言うには、今日、この仕事場に別会社の社長が出向いてくるらしい。
「何が目的で来たのか。そこらへんは、聞いちゃいないがね。……此方とはまた違うが、相当なやり手だって聞く。顔くらいは覚えておいて、損はないだろうさ」
 ジェイムズの言葉に、賛同したわけではない。レオンハルトにとって、人脈は軽視すべき物ではないが、積極的に構築する物でもなかった。だから、どこの社長と顔見知りになろうと、交流を深めたいとは思わない。彼に必要なのは、仕事と、それに付随する情報だけである。
「そんなものか」
「そんなもんさ」
「……では、覚えてくるとしよう」
 さりとて、同僚の誘いを断る理由は無い。相手も遊びできているのではなかろうし、接点の薄い一弁護士に話しかける理由もあるまい。遠めに覗くくらいならば、誰の迷惑にもならないはずである。……そう、思ったのだが。

――なんだ、あれは? ……あれは、誰だ?

 実際に目にしてみると、妙な物が目に写った。目当ての社長が、通路を横切る時。レオンハルトは、その背後に白い3対の翼のある男を見た。
 幻影……のようなもの、といってよいだろう。薄らぼんやりとした形でしか、見えないが――ジェイムズも、周囲の人間も、これに気付いた様子はない。どうやら、自分にだけ見えているようだと理解した際。ふいに彼がこちらを振り返り、目があった。
「――ッ!」
 一瞬。背筋に電流が走った。何が起こったのかは、わからない。ただ社長はもう視界の外で、彼はもうこちらを見ていなかった。
 あれは、とても好意的な視線とは思えない。だとしても、嫌悪を抱かれねばならぬ理由は無いだろう。初対面であり、通りすがりの相手に過ぎない、己に向けられたあの感情。それは、一体なんなのか。
 レオンハルトは好奇心と同時に、恐怖に近い想いを抱く。もちろん、そんな風に感じてしまう、自分自身が不思議だとも思うのだが。
「面構えに、迫力があるな。美形って訳じゃあないが、あれは精力的な男の顔だ。ただもんじゃないって雰囲気が、伝わってくる」
 ジェイムズの表現には、賛同する。ただレオンハルトが評するなら、それに『胡散臭い』という余計な単語もついてくるだろう。
 そのあと、すぐに社長はこの場から去ったらしい。結局、何がしたくてこのローファームに立ち入ったのか。レオンハルトにはわからずじまいであった。

――気になる。

 ただ、どうしようもなく嫌な感じがした。しばらくは、忘れられぬだろうと、そう確信する程度には。
 何かのめぐり合わせで、再会しないことを祈るほかない。レオンハルトは本気でこう考えたのだが……残念ながら、運命の方が、彼を離さなかったのである。



 数日後、レオンハルトはその社長から直々に指名を受け、食事に誘われた。
 なぜ、よりにもよって自分を……と疑問を抱いたが、これを率直に断ることは難しい。結局、その誘いを受け、夕食を共にすることになった。
「君のような素晴らしい人材と、こうして縁ができた。それをまずは、喜びたいと思う」
「……恐縮です」
 男は、アルバートと名乗った。確かに、聞いた覚えのある名である。最近、急成長している大手ローファームの社長。それが、この男か。
「それで、だ。……私の元に来ないか? 今以上の待遇を用意しよう。君にやる気があるのなら、地位も金も、名声さえ想いのままだろう」
「――いきなりですな。食事中に仕事の話をする方は、嫌われますよ?」
 やり手といえば、やり手なのだろう。こんな場で、ヘッドハンティングを試みてくる。
 しかし、やや思慮に欠けよう。せっかく、周囲の夜景が見渡せるレストランで予約を取ったのだ。素直にくつろいで居ればいいものを、とレオンハルトは思う。
「何事も、即断即決が私の主義だ。少し前に君を見たときから、もう決めていたんだよ。……君は、私の元に来るべきだ、とね」
「素晴らしい自信です。しかし残念ながら、期待には添えかねますな」
「ほう。なぜかな」
 なんといわれようと、レオンハルトは目の前の男を信用する気にはなれない。料理を事務的に摂取し、一息ついたところで、レオンハルトはアルバートに向けて答えた。
「貴方の背後から、悪意を感じる。それだけでは、理由になりませんか?」
 アルバートの気配が変わった。……表情が硬くなり、口元が若干こわばっている。
「……なるほど」
 間を置いたのは、この反応が予想できたからである。相手の不快感を煽るであろうことは、わかっていた。それでもなお、ハッキリさせねばならない事でもあったのだ。
「他にも、唐突な話で、理解が追いつかない。今の職場が嫌いではない。地位や権力に興味もない――という理由もありますが。そもそも、最低限の信頼関係さえ築いていないのに、私を引き抜こうなど……考えが浅いにも、ほどがある。話がそれだけであるなら、申し訳ないが、貴方の期待には応えられない」
 その後は、両者共に語り合うことなく、冷たいディナーをただ口に運ぶだけの作業となった。退席する時も、無表情のままだった。
 レオンハルトとしては、この話し合いに利益が認められない以上、さっさと切上げられたのは僥倖だと思う。

――背後の男は、今日は見えなかったな。……それでも、妙な感覚だけは、常に感じていたが。

 しかしお互いに、不快感を味わうだけ味わったのだ。これに懲りて、二度と係わり合いにならぬよう、努力していただきたいところである。
 もっとも、レオンハルトと同様の感情を、相手に期待する方が間違っているわけで。この素っ気無い態度がアルバートの敵意をさらに煽り、性急な行動を取らせてしまうのだが、当人にその自覚はなかったのである。



 レストランを出て、すぐにアルバートとは別れた。最後に挨拶の言葉さえ交わさなかったが、レオンハルトは気にしていない。こちらは招待された身であるのだから、お礼くらいは言うべきであったのだろう。しかし、相手がそれを望んでいないことは、明らかだった。

――気に触る言い方をした、という自覚はあるが。あれほど不機嫌になるとは……何か、別の理由があったのか。

 推理してもいいが、どうせ二度と係わり合いにならぬ人物である。今回、手厳しく拒絶したことで、アルバートも愛想が尽きただろう。人材が欲しいなら、また別のところから調達すればいい。
 恨みに思って報復してくるなら、その時に対処しても遅くはないはずだ。そして、エレベーターホールにまで来た時、彼は異様な気配を感じ、振り向いた。
「……まだ、何か?」
 先ほど別れたはずの、アルバートがそこに居た。とても優雅に微笑んで、余裕たっぷりに問いに答える。
「ああ。君への用事が、まだ残っていてね」
「スカウトなら、もうお断りしたはずです」
「それはもういい。手元に置いてから……とも考えたが、所詮は下賎の者。初めから、こうしておくべきだった」
 アルバートの背中から、今度はひどく明確な姿で、白い翼の男が現れた。まさに、アルバートの中から這い出してくるように、それは顕現したのである。
「お前を逃すなと、神の使いが言っている。助けを呼んでも無駄だ」
 明確な悪意と、裂帛の殺意。たかだかローファームの社長如きが、手に入れられようもないはずの力が、レオンハルトには感じられた。
 これに威圧されながらも、せめてもの抵抗を試みるように、彼はアルバートに問う。
「あなたの後ろに居る男は誰だ?」
「富と高位をもたらす、神の使いだ」
 即答すると、アルバートは自らの手に炎を灯し、レオンハルトへと投げつけた。これをとっさに回避し、この場から離れようとするが……彼に、もはや退路はなかった。ホールの出口は、すべて炎の壁で塞がれている。
「君は、生贄となるのだよ。多少強引で、スマートさには欠けるが、これも一興だろう」
 生贄。スカウトしようとしたのも、それが目的か。背後の男について触れた為に、一刻の猶予もない、と考えたのだろう。短絡的な相手の思考に腹を立てるが、対策が思いつかない。
「生贄を欲するなど、神の使いにあるまじき行いではないか。あなたは、悪魔を天使だと思い込んでいるのではないか? だとしたら、ひどく滑稽だとは思わないのかね?」
 せめて、対話から何か探れないかと、レオンハルトは挑発気味に問いかける。
「だったら、どうだというのだ。私に栄光を与えてくれるのならば、悪魔でも構うまい。そのためならば、何でもしよう。必要ならば『彼』が私に求める物すべて、差し出しても構わない!」
 欲望に堕ちたか。財力、権力、暴力、それらすべての欲求を叶えるために、アルバートはこれまで、どれほどの犠牲を払ってきたのだろう。レオンハルトは唾棄すべき想いと共に、彼を心から軽蔑した。しかし、アルバートに迷いがないならば、すでに手詰まり。このまま、生贄となるほかないのかと、諦めが頭をよぎった時――。

『ならば、汝の命を差し出すが良い』

 これまで沈黙を保ってきた『翼の男』が、口を開いた。
「う、ぐ、あ……」
 それと同時に、アルバートがうずくまり、苦しみ出す。レオンハルトは理解が追いつかず、ただその光景を見つめていた。
「何、故」
 ついに倒れ伏し、虫の息となるアルバート。翼の男は、ここで完全に彼から独立し、レオンハルトと対峙した。
 彼は、何が起こっているか理解はできたが、意図はつかめなかった。翼の男が元凶だとはわかるが、ならばどうしてアルバートを切り捨てたのか。

――出方を、見るしかない。うかつに動いたところで、相手の術中に居ることに、変わりはないのだ。

 疑問ではあるが、重要なのは超常的な存在が、己の目の前にいるという現実。慎重な態度が、要求されるだろう。レオンハルトは極度の緊張の中、鉄の如き意思で、翼の男を直視する。
『怯まぬ、か。やはり見込んだとおりか。……君の力を役立てる気はないか?』
「何のことだ?」
『惚けずとも良い。君には、普通の人間にはない、特別な力があるだろう? だから私の姿が見えた。ゆえに動揺せず、この状況でも最善の判断ができている。君のそれは、立派な力だよ』
 アルバートの口調を真似るように、翼の男は言葉巧みにレオンハルトを誘惑した。これを受け入れれば、アルバートのように栄光を手に入れることができよう。しかしその代わり、いつ切り捨てられるかわからない、恐怖と隣り合わせの日常が待っているのだ。
「断る」
 答えは当然、否。余計な言葉は付け加えず、ただ否定の意向を表に現す。この答えに彼は困ったような顔をしたが、すぐに行動を起こして見せた。
『ならば、仕方がない』
 虫の息となったアルバートの体が、炎に包まれる。完全に絶命したところで、男はそれをさらに大きな火球とした。そして……一息に、弾けさせる!
「く……」
 レオンハルトは火から身を守るように、顔を腕で庇った。……が、最初から男は彼に危害を加えるつもりはなかったのだろう。即座に確認したが、服のどこにも、火の跡はない。
 かわりに、周囲が火の海と化していた。それも、建物の中だけではない。近場の観光スポットにまで、火勢は及んでいた。夜景が火の灯りで照らされ、静かな街並みが一瞬にして地獄絵図となる。
『おお、これは困った。私は人の体がないと、力をまともに振るえず、炎を消せないのだ。……このままでは、大量の死者が出てしまうのだろうな』
「貴様……」
『私がなにを求めているか、わかるね? ――よろしい。では我を受け入れよ!』
 レオンハルトは、幼い頃に能力に目覚め、人の死期を敏感に感じ取ったり、死者と会話することができた。精神に『何か』を宿すことができるのも、その能力の一部なのだろう。翼の男は、いとも容易く、レオンハルトの精神に入り込んだ。
「火を、消せ……」
『もちろん。今の君ならば、たやすいことだ。試してみるといい』
 男を宿したばかりの身で、レオンハルトは炎が消えるイメージを周辺に送った。――すると、一瞬で本当に飛び火したすべての炎が消えてしまったではないか。
「く、くぅ……」
『この短時間で、力を制御してのけるか。いや、素直に賞賛しよう』
 レオンハルトは、その場で膝を付き、息を荒げる。初めて使った能力だが、その負荷の強さが自覚できる。これはたびたび使用できたものではないな――と思うが、男は彼の考えなどお構い無しに、話を進めていく。
「しかし、戯れはここまでだ。乗り移った以上、君の意識はもう不要だ。消えていただこう」
 レオンハルトの口が、本人の意思とはかかわりなく、言葉をつむぐ。そして一度は消えた炎が、また噴出し、先ほどとは比べ物にならぬ勢いで建物を侵していった。
「素晴らしい! この肉体の素養は素晴らしい! これで私はようやく――む、ぐッ……」
 レオンハルトの顔が享楽に歪んだのも、つかの間。彼の中に入り込んだ翼の男は、意のままにならぬ肉体の変調を感じていた。それは明らかに、本人の抵抗。ただの人間に過ぎないはずの存在が、己の力に拮抗していくのを、翼の男は焦燥と共に受け入れざるを得なかったのだ。
『何故、人の子如きが我が力を……』
「自分で考えろ。もう君の自由にはさせない」
 レオンハルトの意識が、完全に翼の男の意識を、精神の隅へと追いやる。彼は確かに別の意思を自己の中に感じながらも、己を取り戻すことに成功したのだ。

――炎よ、消えろ!

 不愉快な感覚の中で、それでもレオンハルトはなすべき事をなした。再び炎は消化され、建物は以前の状態に立ち戻る。この速度もまた、彼が力を完璧に使いこなしている証。翼の男は、驚愕と焦燥と、尽きぬ興味を同時に持った。
『素養に負けぬ、強靭な精神力。……面白い。ふふ、これは愉快だ。いや、これは非礼を詫びねばならぬかな? 人の子よ』
「好きに、ほざけ」
『流石に弁論を発揮できる体調ではないか。――だが、良い。汝に興味が沸いた。しばらくは大人しく、汝の心に住み、機会を待つとしよう』
 男は笑い出し、好き勝手にレオンハルトを褒めて、姿を消した。……居なくなったわけでも、諦めたわけでもない。ただレオンハルトの精神に寄生し、いずれ宿主を食い尽くす日を狙っているのだ。その証拠に、男は最後に猛々しく名乗っていった。
『我は【無価値の名を冠する者】。人々に悪徳と栄光をもたらし、堕落の末に破滅へと誘う者。――心するが良い。汝に隙あらば、我は瞬時にその肉体を我が物とするであろう!』
 レオンハルトは、終わりの見えない戦いが始まった事を、この時に知った。悪魔は、己の内に居る。今これを駆逐する術がない以上、共生していく以外に方法はない。
 ならば、いつまでもこの身に封じ込めてやろう。いつか、忌まわしい存在を消し去るその時の為に。必要ならば、自分の体を犠牲にしてでも、これを殺す。
 新たな決意と、使命感。レオンハルトは、さらなる過酷な運命を背負い、生きていく事を決めたのだった――。

クリエイターコメント このたびはリクエストを頂き、まことにありがとうございました。

 内容に問題があれば、お気軽に問い合わせてください。すぐに対応させていただきます。
公開日時2009-05-04(月) 00:50
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