★ 華麗なる夏漢カレー ★
クリエイターあさみ六華(wtbv7387)
管理番号574-3653 オファー日2008-06-30(月) 19:15
オファーPC ガーウィン(cfhs3844) ムービースター 男 39歳 何でも屋
ゲストPC1 柝乃守 泉(czdn1426) ムービースター 女 20歳 異界の迷い人
ゲストPC2 サンクトゥス(cved7117) ムービースター 男 27歳 ユニコーン
ゲストPC3 ジャンク・リロッド(cyyu2244) ムービースター 男 37歳 殺し屋
<ノベル>

●プロローグ
 体を射るかの如く真昼間の厳しい陽光とは打って変わり、心地良い夜風が頬の火照りを緩やかに癒し、駆け抜けて行く。
 見上げれば、漆黒の闇に瞬くは零れんばかりの満天の星屑。
 草の間に席を構えた鈴虫の音を舞曲に、川端では蛍が踊る。命という灯をその身に宿して。
 涼を望むのであれば、川原に素足を浸し、幼子のようにはしゃいでみるも良い。草笛を奏でるもまた一興。
 夏の夜は、不変的な風情と情緒を人々に分け隔てなく与えて来た。それが如何程のものかといえば、古人すらも魅了し、果ては古の書物に書き記されたことを例に挙げたなら、もうそれ以上述べる必要はあるまい。
 だが、どんなに素晴らしい興趣も、時と場と、それから配役に寄っては全くの無色となり散り果ててしまうのを、懸命な者ならば熟知していることだろう。

 趣とはとんと無関係なこの物語。
 事の起こりもまた、ある夏の夜の出来事であった。

●歯車はこうして回り出す
 窓際に吊るされた手製の風鈴が、虚しく天を仰いでいた。
 小気味良い夜風にそよと1つ、揺られようものならここに在る意義位は見出せるのだろうが、生憎の無風である。
 夜の帳が下りようとも、忌々しい熱気が去ることはなく、不要な湿り気を含んだ夜気がねっとりと肌に纏わり付いた。ガラクタを組み合わせて作った低性能の襤褸い扇風機1台を如何にフル稼働させた所で、室内に漂う不快を払拭するまでには至らない。
 額に汗しながら、ガレージの面々は食事の真っ最中であった。猛暑をも吹き飛ばす猛烈な勢いで、仲良く素麺を啜っている。
「サンクス!! てめぇ、そりゃ俺の色付き麺じゃねぇか! 返せコラ!」
 仲良く、啜っている……。
「素麺如きでいちいち騒ぐな。飯が不味くなる」
 ……仲良く啜っているんだってば。
「何だとぉ! 色付き麺はなぁ、皆の憧れにして希望なんだよ!」
 バーンとテーブルを拳で叩きガーウィン、意味不明な力説を始める。
「いいか? 耳の穴かっぽじってよおーっく聞きやがれ。本来、色付き麺とは、素麺と区別するため、冷麦のみに入れられていた物。それが食欲をそそる等の理由により、今日では素麺、冷麦両方に混入されるようになったそうだ」
 因みに赤色は紅花、緑色はほうれん草、黄色は卵から着色されている。
「近所では子煩悩で有名なかの鈴木さんちも、子供にさえ色付き麺は決して譲らぬという。どうだ、恐ろしい話だろ? それは弱肉強食と言い換えても過言ではなく、更には日毎、目まぐるしく変動するこの世の理に通づるもの。そう、素麺とは言うなれば世界そのもの。そんな偉大なる食べ物を『如き』等と馬鹿にするな! 撤回しろ、前言撤回! でなきゃ、俺はもう、枕を高くして眠ることすら出来ねぇ!」
「……馬鹿は貴様だ」
 選挙演説でもしているかのように息巻くガーウィンへ、サンクトゥスがぼそりと的確な言を紡ぐ。唯でさえ暑苦しいのに、こう耳元で騒々しくがなられては、苛立ちを覚えるなという方が無理というもの。だが、そんな彼の冷静沈着な態度にカチンと来たのは、ガーウィンも同様のようで……
「ガ、ガーウィンさん!?」
 柝乃守 泉 (きのかみ・いづみ) が目を丸くして悲鳴を上げるより早く、彼がホルスターから拳銃を抜き取り、銃口を正面へ向けた。
 瞬間、破滅的な音を立てて風鈴が砕ける。先程までサンクトゥスの頭部があった方向だ。
 紙一重の動作で弾丸を交わしたユニコーンの青年とて、負けてはいない。麺つゆで満たされた汁椀を置くと、立ち上がり様に切れのある蹴りを放った。空を裂く鋭い一撃がガーウィンの胸を穿つかと思いきや、これまた寸での所で飛び退る、自称『世界一足の速い男』。
 何も色付き麺1本で、此処まで争わずとも良いというものだが、彼等(実際にはガーウィンのみ)にとっては由々しき問題であるらしい。
「止めて……いい加減にして下さい、2人共!」
 泉の懸命な願いは、喧騒に掻き消され、彼等に届くことはなかった。
 向かいの席に腰掛け、1人優雅に夕食を頂いているジャンク・リロッドへ救いを求めようとも、互いの視線が交われば、にこにこと柔らかな笑みを返すのみ。いつだって高みの見物状態のこの御仁に仲介を希うのが、端から間違いなのかもしれない。
 こうして、日常茶飯事になりつつある乱闘騒ぎは、風鈴と、それから襤褸扇風機1台大破という熱帯夜に致命的な損害を齎し、幕を閉じたのであった。

 惨たらしく散らかった食卓を片付けながら、泉は頭を痛めていた。
 ガーウィン達が彼女にとって『守りたい大切な人』であるには違いないし、だからこうして皆で暮らしているのだ。
 ありとあらゆる異界を巡り、数多の困難と対峙して来たからこそ、銀幕市で得た温もりは何ものにも代え難く、また純粋に現状を楽しんでもいる。
 けれども、そう――
(「ガーウィンさんもサークも、もう少し仲良くしてくれると良いのだけれど……」)
 そのような願い事は、平和な日常に浸かるが故の我が儘だろうかと、そっと頬に手を当てる。自然、溜息も零れるというもの。
 元を明かせば、泉と同映画出身のサンクトゥスは、劇中でも、そして実体化後も密かに泉へ想いを寄せている。にも関わらず、ガーウィンが泉を「相棒」と呼び、2人が親密な関係になっていくのが彼としては面白くない。加えて、青年の淡い恋心に最も気付かなくても良い相手、詰まりはガーウィンが気付いてしまっているとあらば、殊更である。
 水面下に渦巻く愛憎劇を知らぬ彼女は、きっと幸せなのだろう。現に、徐に口にした台詞から紛れもない幸福が滲んでいる。
「……たまには誰かのご飯が食べたいな」
 ほう、と二度目の溜息が混じる。勿論、これには『ゆっくり落ち着きながら』という意味合いが十二分に含まれていたのだが。
 テーブルに肩肘を付いて、食後の冷たい茶を啜っていたガーウィンが、ぶはっと盛大に吹いた。その際、斜め向かいのサンクトゥスへわざわざ顔を向けたのは、単なる偶然である。多分。
 虹色の瞳に怒りの烈火を宿らせるサンクトゥスを完全に無視し、真剣な面持ちで唇を拭う。
 そういえば、4人での同居がすっかりと定着してしまった今日、泉の便利さを良いことに、最近では炊事一切を任せ切りの丸投げ状態。彼女の言い分は、なるほど尤もなのではあるまいか。
 にやりと不敵に笑むガーウィンの決意は固かった。
「よぉっし! ならば此処は俺様が一肌脱いでやろうじゃねぇか!」
「えええぇっ!!」
 ガーウィンの言に泉、思いっ切り仰け反る。
「んな驚くなよ。俺のシャイでちっちゃなピュアハートが傷付くだろが」
「だってガーウィンさん、ご飯作れるんですか!?」
「おうよ。カップラーメンとか、レトルト食品とか、缶詰とか……。な、レパートリー豊富だろ?」
 それは果たして炊事の内に入れても良いのだろうか。
 自らを過信して譲らぬ39歳男やもめを目前に、泉の眉間に刻まれた皺は深い。
 またしても頭痛に苛まれそうになる中、込み上げる否定の句を吐いてしまうよりも先に、のほほんとしたジャンクの声が飛んだ。
「んー……ドジっ子ちゃんの危惧の念は分からんでもないけどー、おじさん、彼の提案には賛成だなー」
 此処で敢て面白そうだからとは、口が裂けても言わない。
「物は試しって言うしねー」
 等と、いい加減な発言に触発されたのか、
「泉も毎日あれに扱き使われて大変だろう。少し位は休むといい」
 ガーウィンに敵対心を燃やすサンクトゥスも、この時ばかりは珍しく賛同する。
 一抹の不安を抱えつつも、男性陣が口を揃えて泉を気遣い、思ってくれているのであれば、これはもう頷くしかなかった。
「それじゃ、皆さんにお願いしちゃいましょうか……」

●華麗なるメニュー
 明くる日。
 ガーウィンは尻から根を生やした大木の如く、朝からスプリングの飛び出たソファにどっかりと腰を据えていた。
 終始難しい表情で鉛筆片手に、メモ帳へ何か書き殴っては思い直したように綴った文字を塗り潰す。その繰り返し。
 この不毛なる所作こそ、本日の晩御飯の献立を考えている証であった。
 つるりと喉腰満点、冷やし中華? それでは、昨夜の素麺と被るようで面白味に欠ける。
 具材てんこ盛りボリューム満点、おでん。って、我慢大会か!? どんだけ季節外れだっつーの。
 豪勢な食事を振舞える程、腕にも金にも余裕はないし……。
 机上から視線を上げれば、忙しなく叩きを振るう泉と、掃除を手伝うサンクトゥスやジャンクの姿もあった。
 こんな時、彼女に尋ねたならば、必ず何らかの妙案を提供してくれるだろう。しかし、それでは男が廃るというもの。一度引き受けたからには、始めから終わりまで責任を取るのが筋である。そのはずであるのだが、
「あー、分かんねぇ!」
 寝癖付きの頭をわしゃわしゃと掻き毟る。
 ガーウィンはこのような状況に置かれて、改めて泉の偉大さを思い知らされたのであった。
 毎日毎食のメニューを考えることは、もうそれだけで精神的労力を費やしているといっても良い。限られた食費で、そしてなるべく節約しつつ、栄養のバランスを加味しなければならないからである。
「神様、俺もう作り過ぎたカレーを3日間食わされ続けても、絶対に文句言いません」
 あまつさえ胸の前で手を組み、食物の神に誓いを立てる。
 が、此処ではたと我に返る。なぜ、今まで気が付かなかったのだろう、と。
「何と! 俺としたことが、重要メニューの存在を記憶の彼方のまた向こう、忘却のアイランドにまで素っ飛ばしていたぜ。『子供の好きな献立』ベスト5には必ずといって良い程ランクインし、のみならず、大人にだってモッテモテ。アウトドアでも大活躍のキャワユイあの娘がいるじゃねぇか」
 嬉々と瞳を輝かせ、びしいっと大袈裟に天井を指差す。
「夏といえばカレー! カレーといえば夏だぜ!」
 何処かで聞いたようなフレーズは、ノリと気分だけの冗談かと紛いかねないが、暑いからこそカレーを食すというのは、実は正しい概念である。
 カレーの中には体力増強や疲労回復等といった様々なスパイスが使われており、その一部は日本でも馴染みの薬草だったりする。また、一度の食事で野菜を沢山摂取するのは、そうそう簡単なことではない。だが、カレーにして煮込んでしまえば、それは容易い。正に、バテ気味な夏には持って来いの食べ物なのだ。
 否、無粋な講釈より何よりも、あのスパイシーな香りを嗅いだだけで、じゅわっと口中に広がる唾が物語っているではないか。胃袋があの芳醇な刺激を欲しているという事実を。
 かくして一行は泉をガレージに残し、買い出しへと洒落込むのであった。
 
「はー、生き返る……」
 自宅が赤道直下の常夏とするならば、此方は南極といった所か。同じ町内に存在しているとは到底思えぬ快適さ。
 この時期に冷房の効いたスーパーで涼を堪能するガーウィンを責めるのは、流石にちと酷というものだ。が、
「あ。お姉さん、もう一杯御代わりね」
 トロピカルジュースがなみなみと注がれた紙コップを心底嬉し気に受け取る彼は、間違いなく当初の目的をすっかりと忘れていた。
 1リットル入りの紙パックジュース1本分は飲み干そうかという勢いの彼に、口の端を引き攣らせながらも、営業スマイル全開で応対する試飲販売の娘は、売り子の鑑。賞賛に値する。
 調子に乗って、更に御代わりを頂こうとしていたガーウィンの後頭部を、サンクトゥスが無言でどつく。
「はいはい、御免ねー」
「あーっ! 魅惑のトロピカルジュースがぁっ!!」
 後には、売り子に適当な愛想笑いを向けるジャンクに首根っこ掴まれたガーウィンの悲壮な声が轟いたという。色々と残念な男である。
 節約魂も、時には考えものだ。
 家計は火の車であるため、必要最低限の品のみを購入すると、他は各自で収集するという、かなりアバウトな流れでまずはお開きとなった。

●れっつ・くっきんぐ
「そんじゃ、いっちょ始めますかね、と」
 2匹のクマさんの刺繍が施された薄桃色のエプロンを纏い、やる気十分に腕捲りする司令塔、ガーウィンの言葉を何処まで信用して良いものやら定かではないが、再びガレージに集った男衆に泉もサポート(という名の見張り役)で加わり、料理大会は催された。
「所でお前、何で花束なんか握ってんだ?」
 三日月目でわざとらしくサンクトゥスに問うてみたのは、律儀にもてっきり泉への土産を持参したのだろうと思ったからである。だが、「このクーデレちゃんめっ☆」等とからかうつもりが、彼の放った返答は180度予期せぬものであった。
「食材……綺麗だから、持って来た」
 美しい花を見るのも食べるのも好きであるという彼が手にしていたのは、贈り物用ではなく、食用であった……!
「てめ、人間様が馬の餌なんざ食えるかぁっ!」
「……貴様は余程蹴り殺されたいようだな」
 早速目を吊り上げ、火花を散らす2人の仲裁に入りながら、泉は昨晩の発言をほんのりと後悔していた。この企画には無理があるのではないか、と。勿論、今更彼等に言えたものではないが。
 でもって、サンクトゥスの名誉のために書き添えておくならば、確かにエディブルフラワー(食用花)というものは存在する。日本では特に桜や菊、菜の花が馴染み深いだろう。だが、観賞用の花を刈り取り、利用することは出来ない。なぜならば、使用されている肥料や農薬の成分が、食用のそれとは異なるからである。
 では、自生のものや、自ら栽培したものならば、安心してもしゃもしゃ食えるのかといえば、決してそういうことはなく、種類に依っては毒を持つ花もある。要は、判断に迷ったら口に入れぬが吉、ということだ。また参考までに、バラやカーネーション、ホウセンカ等は栄養価が高いといわれている。閑話休題。
 鼻息を荒げるガーウィンを宥めつつ、サンクトゥスの花束を手に取る泉。
「折角、サークが良かれと思って持って来てくれたんですから、こういうものを使ってみるのも面白いかもしれませんよ」
「それ、一理あるかもねー。案外、美味だったりしてー」
「んなもん、食えんのかよ……」
 柔和な笑顔を男達へ向けながら、そっと彼女の能力を駆使してエディブルフラワーへと変えるのであった。 

●剣の舞〜空飛ぶ炊飯器
 気を取り直して。
「料理なんつったって、肩肘張るこたぁねぇさ。要は、野菜と肉が入ってりゃいいんだろ?」
 用意された材料を見回し、『食えれば可』を信条に、熱湯で満たされた鍋の中に、片っ端から食材を放り込んでいこうとするガーウィン。雲行きは既に怪しい。
「これ、切る所か皮すら剥いていないじゃないですか!」
 早速、泉が慌てて止めようとするが、間に合わず。
 哀れ、人参は既に鍋の中へ旅立って行った。
「ああああ〜……」
 膝を突いてがっくりと項垂れる泉に、ガーウィンが何の慰めにもならぬ言葉を吐いた。
「あのなあ、泉。野菜ってやつはちまちま刻むよりも、こうやって豪快に調理すると旨味成分がたっぷり染み出るんだぜ。料理は勢いが大切だ。ほら、鍋の周りで人参の妖精さんが諸手を振って喜んでいるじゃねぇか。『余すことなく使ってくれて、有り難う』ってな」
 それ、絶対幻覚ですから。
 拳を振り上げ、声高に突っ込みたくなるのを何とか堪えていると、背後からぽむぽむと肩を叩く者が在った。それまで一歩引いて傍観していたジャンクである。
「はは、大変だねー。ドジっ子ちゃんの日頃の労を労って、おじさんもちょこっと手伝っちゃおっかなー」
 泉は未だ嘗てジャンクの料理等、食したこともなかったが、小手先の器用な彼のことである。隣で無意味に高笑いするこの豪快な御仁よりはまともな物を作れるに違いないと、容易に想像出来た。嗚呼、こういうのを『天の助け』とでもいうのだろうか。今は彼に後光すら差しているようだ。
 泉からの感謝の眼差しを受け、顔に張り付けた笑顔を崩すことなく作業に取り掛かるジャンクは、彼女が手渡そうとする包丁を丁重に断った。曰く、「使い慣れている刃物が一番良い」とのこと。
 初めは何のことやらと首を傾げていた泉であったが、すぐさまその意味を理解した。
 ジャンクが真っ直ぐ頭上へ放ったじゃが芋。
 次の瞬間、彼の両手が閃いたと思った時にはもう、事を成し得ていたのだろう。落下してきたじゃが芋を軽々とボールで受け止める。
「こんなもんかなー?」
 ひょいとボールの中身を見せられた泉は、目を見張った。
 何と何と、じゃが芋が見事に切り揃えられているではないか。しかも、ご丁寧に皮すら剥かれている。愛刀を用いたからこその離れ業であった。
 鮮やかな手並みは留まる所を知らず、今度はシミターの刃先で玉葱を転がしていたかと思えば、瞬きの早さで一口大に変化している。曲芸染みていながらも仕事は確実且つ優美。ガーウィンと泉は暫し、刃の芸術に酔い痴れることとなった。

 一方、雑用を任されたサンクトゥスは別段、剥れることなく至って忠実であった。それというのも、泉の幸せそうな顔を見たいが一心なのだろう。
 何とも可愛らしい恋する青年は、前以て浸け置きしていた米が炊飯釜にセットされているのを確認すると、炊飯器のスイッチを入れる……つもりが、はて、何処を如何弄ったものか。瞬時にして、彼の頭の中ははてなマークで一杯になってしまった。
 あちらに目をやれば、泉と遣り合っているガーウィンの小憎らしい姿が映った。機械類に強い彼ならば、例え初めて触る物でも難なく使いこなしてしまうのだろう。が、あれに1つでも借りを作ってしまうのは癪だ。かといって、泉に尋ねるのはもっと格好悪いような気がする。此処は自力で乗り切るしかない。
 意を決して、押したり叩いたりすること数分。
「……このっ!!!」
 此方がこんなにも必死になっているというのに、なぜ、こいつは何の反応も示さないのか。舐めているとしか思えないふざけた態度に業を煮やしたサンクトゥス、とうとう小生意気な電化製品を蹴り上げてしまった。
 ずぱこーん! と清々しささえ感じる解放的な音を轟かせながら、炊飯器は台所の天井を破り、空の彼方へ素っ飛んで逝く。いや、『行く』。雨の日には一度たりとも雨漏りしなかったこと等ないガレージの襤褸屋根に、この所業は大打撃である。
「うおっ! 何だ? 敵の襲撃か!?」
 何処の敵対勢力だ。
 きょろきょろと辺りを見回すガーウィンを押し退けて、何事かと泉が目を丸くする。
「あの……サーク? 炊飯器が見当たらないようですけれど……」
 嫌な予感に冷や汗が額から頬、顎へと伝う。しかし、何故だろう。見当違いであって欲しいと思う時こそ、予感は的中してしまうもので、案の定、
「泉、ごめん……」
 と殆ど消え入りそうな声で、サンクトゥスが屋根の大穴を指差す。
 ――沈黙……。
 その数秒後には、青い顔して慌てふためく泉がおりましたとさ。
 あんな風に彼女を困らせたかったわけではない、ただ笑ってさえいてくれればそれで良かったのにと、激しく自己嫌悪に陥るサンクトゥスの落胆具合といったら、もう目も当てられぬ程。剣舞いを終え、それに気付いたジャンクが、珍しく助け舟なんぞ出してみる。
「ご飯ってね、鍋1つあれば炊けるものなんだよー。夏場なら、米を浸す時間は30分もあればいいんじゃないかなー?」
 彼の言う通り、始めチョロチョロ、中パッパの火加減と、水の分量さえ間違えなければ、炊飯とは意外に簡単なものである。ジャンクの助言を耳にした泉も、その手があったかと、やっとこさ落ち着きを取り戻した。
「そ、そうです。炊飯器の1つや2つ、なくたって如何にでもなりますよ」
 かなり無理のある台詞だが、全ては大切な仲間を思ってのこと。
 さて、隅っこでしょぼくれているサンクトゥスの心には響いたか。
「ほら、サーク、元気を出して。物は試し、やってみましょう。ね?」
 懸命に励ます泉。
 あまつさえ、サンクトゥスの右手を自身の両手で包み込んでみたりして。
 序でに至近距離上目遣いで、心配そうに覗き込んでみたりして。
 男ならばトキメク要素満載の仕草に、純情青年が過剰反応しないわけもなく。泉の優しさという温もりが心を満たす前に、一瞬にして体中の血が頭に上ったのか、完熟トマトさながらの顔色で引っ繰り返っていた。しかも頭からぷすぷす湯気出ているし。
 食器棚に後頭部を打ち付けた弾みで棚の戸が開き、幾つかの食器が無残な姿と成り果てる。
「はわわ、大丈夫ですかっ!?」
 やはり泉は、いつだって苦労の人であるらしい。

●黄身色の魔法
 サンクトゥスが齷齪しながら炊飯している頃、またしてもトラブルメーカー、ガーウィンは鍋を目前に、ぶつぶつと独り言を漏らしていた。
「インスタントコーヒーにチョコ、牛乳、と……在り来たりの隠し味っつうのも何だかなぁ……。どうせなら、もっと俺の高貴なるカレーに相応しい食材をだな……」
 彼の背中には、不穏な空気すら漂っていた。無意識に良からぬことを企んでいる証拠だ。
 ストッパー役の泉の監視を掻い潜り、冷奴、鯖缶、キムチ、生卵等々、冷蔵庫内にある余り物を次々と投げ入れた。
 どばどばどば。
 どうも闇鍋思考に走る傾向にある彼の脳内では『個々で美味い物×∞=留まることを知らぬ美味料理』という方程式が成り立っているのであろうが、少ない食材でも、それらを巧みに組み合わせることで美味い料理は幾らでも出来上がるのだ。
 魔法使いの婆さんが薄ら笑い浮かべて煮え滾る毒鍋を掻き回す図の如く、お玉で正体不明の液体Xを混ぜていると、何だか尤もらしい愚案が浮かんで来た。
「おお! そういや、マヨネーズ入れたら美味いって、ありゃ本当か?」
「カ、カレーにマヨネーズなんて聞いたことないですよ、ガーウィンさん……!!」
 ジャンクと一緒にサンクトゥスを手伝っていた泉がぎょっとする。が、他人の意見なぞお構いなしに、目にも留まらぬ早業でマヨネーズを持って来たガーウィン、鍋の中にぶちまけた。
「駄目ですってば! 駄目ぇーっ!!」
「ええぃ放せ、無礼者! お前はこの偉大なる魔法の調味料が長年、多岐に渡り人々を魅了し続けて来たのを知らんのか! 現に、現在進行形にて所謂『マヨラー』なるマヨネーズ信者を次々と全国に増殖させているではないか。即ち、究極のカレーを拵えるには彼の物の存在こそ必要不可欠。いざいざ、決戦の地へ出陣じゃーっ!!」
 しょうもない雄叫びを上げるこの赤い悪魔は、阻止しようとする泉を振り切って、チューブの中に半分以上残っていたマヨネーズを全て投入してしまう。鍋の表面に黄身色の油がびっしりと浮かぶ不気味な光景に、泉は背筋を凍らせた。これを後に食さねばならないのだと思うと、何だか物凄く泣けてくる。
 長い睫を切なげに伏せ、はらはらと涙を流す薄幸の美女に『泉アンテナ』標準装備のサンクトゥスが気付かぬわけもなく。
「貴様ぁっ!! 泉から離れろ!」
 炊飯役を暗黙の了解でジャンクへ押し付けると、ガーウィンの腕にしがみ付いていた泉を少々乱暴に引き剥がした。感情の内訳は怒り6、嫉妬4の割合。
「彼女を泣かせておいて、それでも相棒を自称するとは厚顔無恥も甚だしい」
 ……まー、涙の原因作ったのは他ならぬガーウィンだし、彼の言い分は強ち外れちゃいない。うむ。
「土下座して謝れ! 今直ぐに」
 サンクトゥスの様子といったら、自分自身が侮辱されたとしても、此処まで熱くなることもないだろうという激怒っぷり。彼の心の主成分は泉への想い100パーセントで出来ていた。
「何を言うか! こいつはなぁ、この超絶傑作を食せることが感涙する程嬉しいんだよ」
 嬉しいのではなく、愁えていることを彼は知らない。
「ったく……これだからクーデレちゃんは困るぜ」
「クーデレ言うな、ウスラボケ! 貴様は大人しく其処に直れ。そして成敗されろ、俺に!」
 サンクトゥス、とうとうブチ切れた。
 ぎゃいぎゃいじゃれ合う2人はもうこの際、放って置くとして。
「ねーねー、何か臭くないー?」
 ジャンクが逸早く、只ならぬ異変に気付いた。彼の視線の先を見遣ればカレー鍋からぷすぷすと立ち上る黒煙に、泉も仰天する。
「わわわ、カレー粉入れる前から煮焦がすって、どれ程最強火力なんですか!」
 急いで水を足して、中火にまで落とすも、現実逃避したい衝動に駆られる焦げ臭さまで修正することは出来ない。取り返しのつかぬ事態に、いけしゃあしゃあとのたまうこの男を、誰か如何にかしてやれ。
「カレーとはそもそも、じっくり煮込んだ分だけ美味くなる食べ物。ならば、火力を強めれば煮込み度も倍増って寸法よ。そんな細やかな心配りの出来る俺様の何処が悪い?」
 今回の場合に於いて、強火煮込み度倍増なるガーウィン説は道理に適っていない。いないのだが、そこまで堂々と胸張って言われると、正しいのではなかろうかと洗脳されそうになる。その証拠に、ジャンクですら、行き場のない笑みに若干余裕が感じられなくなってきているではないか。
「……これ、食べられるのかなー?」
 っていうか寧ろ、「これ、食べ物なのかなー?」の間違いじゃ……。
 鍋の中はぐっちょんぐっちょんにカオスっている。

●ぱくっと一口
 ある者は深海よりも深い吐息を漏らし、あるいはぐったりとやつれた顔を覗かせ、またある者は椅子に座し背凭れに寄り掛かる。
 長かった。実に長い1日だった。
 思えば、戦いは昨日の晩飯時から始まっていた。だが、精神的には彼此1ヶ月近くも戦場に身を投じていたような疲労感と脱力感に苛まれていたのは、既知の事実あってこそ。
「ふ、ふふ……ふふふふ……」
 アンタ絶対何か憑いているんじゃないかという病んだ含み笑いをかますガーウィンはメンバー内の最年長ながら、一番活力が漲っていた。素晴らしいスタミナの持ち主と言おうか、単に図太いのか。
「俺達の血と汗と涙の結晶、題して『華麗なる夏漢カレー』、完成だぜ!」
「……命名する必要があるのだろうか?」
 サンクトゥスのアイスピックよりも鋭きツッコミ。そして、ガーウィンの暑苦しいネーミングは微妙であった。
 それに輪を掛けて複雑怪奇なのが、件のカレーである。著しく食欲をそそらぬこの見て呉れ。ある意味、神の領域に挑戦した料理の出来栄えに、泉は堪らず目頭を押さえている。
 こういう時は詰まる所、奇策がモノをいうわけで。
「うっ! イタタタ、急に持病の腹痛と頭痛と肩凝りと虫歯とぎっくり腰がーっ!」
 棒読み的な台詞を発し、自身を両の手で抱いて蹲るは、切れ者のジャンクであった。白々しい不自然な小芝居も、
「おいおい、こんな時に仕方ねぇ奴だな」
 と、ガーウィンには効果覿面。微塵も疑ってはいない。
「ごめんねー。ちょっと休んでいれば、良くなると思うんだけどー。ホント、こんなに美味しそうなご馳走が食べられなくて、すっごく残念だなー」
 一言一句が嫌味っぽく聞こえた所で、此処はジャンクの作戦勝ち。
 『如何なる時も笑んでいる人間程、信用出来ぬものはなし』
 今、此処に新たな格言が生まれた瞬間であった。

 泉とサンクトゥスの恨みがましい眼差しを受けながらジャンクが退場してしまうと、ふっくらと美味そうに炊けた白飯がガーウィンの手によってゲテモノ化されていく。何もライスが見えなくなるくらい、たっぷりとルーを掛けなくても良いのに。
 途中、サンクトゥスのカレー皿に大嫌いな人参を山と盛られ、一触即発の一幕があったものの、福神漬けとらっきょうをお好みで添えると、各々が食卓へ着いた。
「それでは、心して食すように。いっただっきまーす!!」
 意気揚々たるガーウィンに倣って、ノロノロとかなりやる気のない動作で他2名もカレーライスを口へと運ぶ。
 ぱく。
 ……?
 ……!
 …………っ゛!!
 声にならない悲鳴が方々から上がり、指の間から滑り落ちたスプーンが固い音を立てて、床を打った。
 ガーウィンはくわわっと血走った目を見開いたまま微動だにせず、戦慄く泉は本人の意思に反して猫耳と尻尾がひょっこり現れている。テーブルに突っ伏したサンクトゥスの口から出掛かっているあれは、魂だろうか。
 頬張った瞬間、咀嚼するまでもなく筆舌に尽くし難き悲惨な味がもわ〜んと口内に広がる。鼻から抜けるスパイシーとは掛け離れた悪臭は、軽く死ねた。
 ラスボスへと果敢に立ち向かい、そして燃え尽きた猛者達へ、合掌。
 『華麗なる夏漢カレー』(別名『混沌カレー』)は、罪深き思考回路凍結兵器であった。

「あれまあ、大丈夫ー?」
 程無くして、皆の様子見に来たジャンク。気の抜けた炭酸飲料よりも生温い声が、場違いに響いていたとかいなかったとか。

 本日の教訓。
「誰かのご飯を食べたくなったら、皆で外食しよう」
 無難にして、正論である。

●エピローグ
 月明かりの下、ゆるゆると夏の夜道を行くのも、また情緒あるもの。
 昨晩より幾分過ごし易いと感ずるのは、緩やかながらも風が駆けているからなのだろう。
 ジャンクの介抱により、大災厄から救われた一同は近所のファミレスへと歩を進めていたのであった。メニューは豊富で、格安ながらそれなりに美味と評判の店である。
 青紫蘇とさっぱり卸しソースの効いた和風パスタにしようか、それとも食べ応え十分なロコモコセットにしようかなどと、あれこれ考えを巡らせる泉。それだけで、空っぽのお腹が鳴ってしまいそうだ。
 その時、彼女と肩を並べて歩くサンクトゥスが、いつになく神妙な面持ちで口を開いた。
「泉には本当に、悪かったと思う……。あんなにも大きいことを言っておきながら、満足な料理すら出来なかった」
 厳密さを言及するならば、大きく出た張本人は他ならぬガーウィンなのだが。
 心よりの謝罪に、泉は左右に首を振ると瞳を細め、安らかな笑みで返した。咎人の穢れを祓う聖母が如く、ふうわりと。
「サークが謝ることなど、何もありませんよ。だって、皆で力を合わせて何かを成し遂げるって、とても素敵なことだと思うんです。それに、ちょっぴり楽しくもありましたしね」
 彼女は少し間を置いてから、「勿論、色々と勘違いしそうなガーウィンさんには内緒ですけれど」と悪戯っぽく付け加えることを忘れない。
 結果は如何あれ、こうして今日という日が終わろうとしている今、泉は気持ちの良い達成感で満たされている。そして、皆もそうであって欲しいと願うのであった。
 草の香と、日に焼けたアスファルトの残り香が鼻を掠めるのは、この季節ならでは。夜になっても鳴り止まぬ油蝉と雨蛙の大合唱、これもまた夏の風物詩。
 顔を正面に向ければ、ガーウィンの茶髪が歩く度、ひょこひょこ揺れているのが目に入った。
(「貴方方の気持ちが、私はとっても嬉しかったんですよ」)
 尤も、彼は泉がこうして小さな幸せに浸っていることすら気付いていないのかもしれないが。
 ぼんやりとそのような思いを抱いていると、突然ガーウィンが振り返った。ばっちりと2人の視線が交差したのは、無論のこと。
「あん? 何だ? 腹でも痛いのか?」
 花の乙女に掛ける言葉としては、デリカシーの欠片もない気がしないでもないが、あの食事の後ならば無きにしも非ず。
「な、何でもない、です、よ……」
 珍しくまともなガーウィン(失礼)を目の当たりにし、不意打ち感に陥る泉は、明らかに挙動不審であった。
「顔赤らめて、歯切れも悪けりゃ、目聡く耳聡いこのガーウィン様に何でもないの一言で済ませられぬは周知の事実。……ははーん。さては思い出し笑いしていたな。きゃっ、イヤラシイ。泉のえっちー」
「ちょっと! 人聞きが悪いにも限界点超えています!! 重度のセクハラですよ、それ!」
「泉に謝れ、この低俗なる愚民め!」
 藍に染まった下町人情漂う住宅街に、怒声とも笑声ともつかぬ騒音が木霊した。この時分にこの戯れ、近所から苦情か来ないか非常に心配な所ではあるが。
「仲良きことは素晴らしきかな、青春だねー」
 数歩離れた所で他人の振りを決め込むジャンクの調子外れな鼻歌が、星月夜に舞い溶ける。

 事の発端、それはいつだってほんの些細なことだ。
 日常の中の1コマは、取り留めのない小さな小さなもの。
 けれども、彼等にとっては、秘密の宝物のようにキラキラ光る粋の結晶なのだ。

 嗚呼、神様。
 夢の神様。
 願わくは、この幸福をもう少しだけ――。


End.

クリエイターコメント この度はオファーいただき、誠に有り難うございます。

 仲間のために皆で協力し合う皆様方の、何ともほのぼの(+α)感溢れるオファー内容が素敵に無敵でございました。その暖かな友情が、今後も不変のものであればと願う次第であります。
 PC様もPL様も、少しでもお気に召していただけますと、幸いです。

 最後になりましたが、ここまでお読みいただいた全ての方へ感謝を込めて。
 あさみ六華でした。
公開日時2008-07-31(木) 18:30
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