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<ノベル>
「ぶえくしゅん、ばーろー」
青空の下、可憐な声に対しておっさんくさいくしゃみが放たれた。
「あら、冷えちゃった? そういうのはね、服の下に腹巻まいて、カイロ貼るといいのよぉ」
「うむ。そうか」
「……」
「あら、どうしたの。やっぱり着たい?」
「いえ」
住宅街を二人のレースクイーンとその横に小さな少女が歩いていた。
この事態になるまで数分前に遡る。
対策課に死神からの依頼がはいったとき、名をあげたのが佐藤キヨ江だ。肉体美ということは自分の出番だと彼女は考えたのだ。そのぽっちゃりとした、いや、豊満な体を見せつけておびき出そうと考えたのだ。
同じく依頼を引き受けた大教授ラーゴ――彼女、中身は見た目とは違ってはいるが、外見だけは美女でナイスバディであるので今回の依頼にぴったりだ。彼女の場合は、改造人間と聞いて本職の血が騒いだらしい。いつもは純米酒『大銀河』を手放さず、家の中に引きこもっているのだが、踊って造るなんて改造道に反している――そんなものがあるのか大変不明であるが――この世で一番美しい改造人間は、わが子をおいて他にはあるまいという親ばか丸出しの対抗意識をむき出しにしている。
そして探偵見習いの水瀬双葉も困っている人をほっておけないという気持ちから引き受けてくれた。
このメンツであると双葉が一番善良かつ真面目である。――真面目ゆえに、死神とブル魔も捕まえたほうがいいかもしれないとちらりと考えたが、今回は出された依頼に集中することにした。
「で、これよ」
ずいっとキヨ江が差し出したのはレースクイーンの衣装。
「なんだ。この派手な服は」
「息子の雑誌にあったのよ。いいわぁと思って通販でかっちゃったのよ」
「レースクイーンの服を?」
双葉が真ん丸い目をぱちくりとさせる。
「いいでしょう。あらあら、双葉ちゃんのサイズのはちょっとないわねぇ」
「いえ。私はいいです。ラーゴさんは……」
「これはいいな! おびき出すにはこれくらいしたほうがいいだろう。是非とも着よう」
拳をぐっと握り締めていう大教授ラーゴ。一緒に着てくれる仲間を見つけて嬉しそうなキヨ江。
双葉はちょっとだけ不安になった。本当に大丈夫だろうか。
「けど、一枚しかないのよね」
「ふっ、それくらい私の日頃の発明でどうとにもなる! この物体増幅装置を使えば、同じものを出すことはできる。それにサイズくらい物体変化装置で、ほらな! あと胸の部分を増幅できるのもあるぞ」
「すごい」
よくわからないけども、すごい。地味にすごい。双葉は大教授ラーゴのすごさに驚いた。
「あら、これって便利ねぇ。とくに胸の部分を強調できるなんていいわ」
「自由に使うがいい。む、この服、なかなかにいいな」
「でしょう」
レースクイーンの服を着るのに楽しそうな二人の大人を見て、私がしっかりしなくっちゃいけない。――双葉は真面目に、そして真剣に思った。
そして、レースクイーンの服を着たキヨ江と大教授ラーゴ。そして普通の服を着ている双葉。
改造人間がいるといわれている道をこの派手かつ男性の目を引く集団が歩いていく。
「おお、なんだ、あの美女」
「すげー胸だ。けど、なんで酒瓶片手?」
「お、けど、めがねの子もかわいいなぁ」
「てか、横のおばさん、無茶が、うおっ」
周囲にいる一般市民――主に男性たちからの感想。
一部大変、変なものもあるが、気にしない。
口々に感想を漏らす男たちのうちの一人の上に赤ちゃんを背中に背負った黒の海水パンツを着たマッチョがふってきたのだ。
ちなみに、その男性とはキヨ江に対する感想を言った男である。何事も口は災いの元。
「俺サマより、目立つなぁあああ」
改造人間が怒声をあげた。
美しいイコール目立つということらしい。そりゃあ、この見た目であれば目立つだろう。
「む、現れたな。いろいろと間違った改造人間!」
「出てきたわね!」
「出てきた、こんなので本当に! ……二人とも、あんまりひどいことしないでね!」
キヨ江は自分の作戦が成功したことに拳をぐっと握り締めた。やはり私の美しさは罪なほどに人の目を集めるのねと思った。
双葉は一応二人にあんまりひどいことをしないようにと忠告はしておく。なんとなく二人とものりにのっていろいろとしそうだから。
「もう、だめよ。ぐれちゃ。親思いなのに、寂しさからぐれちゃうなんて、おばちゃんが更正させてあげるからねっ!」
キヨ江、依頼の話を聞いた際に、改造人間の親思いなところには感動して思わず泣き出しそうになってしまった。そして、自分の中で勝手に親思いだが、寂しさからぐれて非行に走り、死神の子を攫ってしまった――悪の帝王を勝手に死神の子と勘違いしていたりする。
「佐藤さん、ちょっと、それは、ちがうよ」
双葉のつっこみ。真面目ゆえにつっこんでしまう。
「いいえ、違わないわ。あたしにはわかるのよ。これでも息子だっているんだから」
「ふっ。細かいことは気にすることはないだろう。獲物がかかってくれたのだから、ぶえくしょあん、ばーろーが、いかん、風邪をひいてしまうではないか。早く捕まえるぞ」
おやじぽいくしゃみをして手で鼻を拭いつつ、大教授ラーゴの片手には銃が握られている。本人が作った電磁ネット射出銃である。
「お前たちは……そうか、死神がよこしたんだな! 俺サマを捕まえられると思うなぁ! 逃げてやる。自由と愛と正義のために」
「全然ないだろう。その三つはお前には!」
大教授ラーゴ、つっこみ。
そして手にもっていた銃を向けて躊躇いなく撃ったが、そのとき改造人間はカッと目を見開き、握り拳を作ってポーズ。
ぱんと音をたてて銃から放たれたビームを弾き飛ばす。
「なっ。私の銃が」
「ふふん。鍛えれば、すべてを弾き飛ばすわ! ふははははは。こんなのきかん。きかんぞ。うっ、ちょっと痛かったけどな」
撃たれた箇所がちょっと赤くなって、痛そうだ。鍛えても、痛いものは痛い。
「おのれ、改造道に反したやつのくせに」
こうなると燃えてしまうのが人の常。がしっとレースクイーンの服に手をかけると、ぐっと服を脱いだ。その下、何も着てないはずなのに、なぜかいつもの派手な黒をベースとした服装に変わっている大教授ラーゴ。
「負けんぞ。貴様なぞに! 貴様に答えられるか! 肉体を構成する物質は? 運動に必要な栄養素は? 一分間に消費するカロリーは? 全て詳細に答えろ!」
うっ。――思いっきり改造人間、動きが止まったが、すぐに首を傾げた。
難しいことは苦手な改造人間にしてみたら、大教授ラーゴが言う言葉はすでにちんぷんかんぶんだ。
「なにいってるのか、まったくわからんから無視!」
「……馬鹿には高度すきだか、この問題は」
大教授ラーゴ、相手の馬鹿すぎるレベルを見誤って、攻撃失敗。
「ああ、まって! 改造人間さん!」
「む。なんだ」
「こんなことしちゃダメよ! 改造人間さん! 力があるからって人間になれるわけないわ。みんなに好きになってもらえるように努力しなきゃ」
双葉、とってもいいことを言った。
が
「なにしてるの。逃げたわよ! 双葉ちゃん追うのよ!」
キヨ江が叫んだ。
双葉の言葉の間に改造人間は逃げ出していたのだ。それを大教授ラーゴとキヨ江が追っていた。
いいことを言ったのに、それが完全無視されると恥ずかしいものだ。双葉は、ちょっとへこみそうになった。
「うう。しつこいのだ! ええい、これでどうだ!」
改造人間は追ってくる三人に苛立ち、立ち止まると人様の家の塀を殴った。音をたてて砕けた塀の瓦礫を手に持つと改造人間は三人に向けて投げた。
「きゃあ、あぶなぁい」
「ふん、こんなこともあろうかと!」
大教授ラーゴはリモコンを取り出すと、赤いボタンをぴっと押した。とたんに三人の前にあった瓦礫が消えた。
「え、ええ? 瓦礫、消えちゃった?」
「物体転移装置だ。今のを別のところに送って置いた」
「他のところ?」
「大丈夫だ。一般の奴には被害はない」
大教授ラーゴの物体転移装置によって移動した瓦礫がとごにいったかというと、ブルマを両手に握り締めた悪魔ことブル魔がうっとりしている頭上であった。一般の者には被害はないのでいいとしておこう。
「はぁはぁ。けどはやいわね。こんなに離れてちゃ、捕まえられないわ」
「確かにな」
マッチョ改造人間はだてに鍛えていないらしく、逃げ出すと早い。すでに三人の目で見ると黒い点としか確認できないほどに距離は離れてしまった。
「私、対策課でスチルショット借りたけど、これじゃ撃てないし」
「……私に作戦があるわ。誘導したいの。なにかない?」
「そうだな。ふきかけると俊足になるスプレーと大声メガホンとかあるぞ」
「ラーゴさん、普段なにしてるの」
「偉大なる研究だ」
「それ貸してちょうだい。とにかく、追いつかないと」
「しかし。スプレーは、使ったあとは、副作用で二日は筋肉痛……あっ」
大教授ラーゴが言う前にキヨ江はスプレーをしゅーと足に吹きかけた。
おかげで前を走る改造人間にぐんぐんと追いつく。
そこでキヨ江がメガホンを片手に持つ。
「そこ、右よ! 右にまがりなさぁああい」
キヨ江の大声に思わず右に曲がってしまう改造人間。
「よし、次は左ぃぃぃ」
キヨ江の言葉に単純な改造人間見事に誘導されて、左に曲がってしまっている。
そして、キヨ江の狙いが通りの場所についた。
なんとキヨ江のパート先である。
丁度、さて、本日の夕飯でも買おうかという買い物目的の主婦たち、またキヨ江のパート仲間がキヨ江のメガホンからの大声に何事かと店の前に出てきていた。
「そのマッチョを捕まえてちょーだぁあい。捕まえたら松板牛九割引よ!」
「え、本当! こいつ捕まえたらいいのね!」
「けど、パートの私たちは……」
「本当よ! パートさんには特別手当がつくわよ!」
おおーとどよめく周囲。もう目は完全に九割引と特別手当になっている。
「佐藤さぁぁぁぁん、俺、そんなこと一言もいってないょぉぉぉ!」
店長の悲鳴が轟いたが、それはキヨ江のメガホン越しの大声の前では無に等しい。象の前で囁く小鳥のようなもの。
さらにはキヨ江の掛け声で狂戦士化したパートのおばさま、本日の夕飯を護る主婦たちの耳に聞こえるはずもない。
「く、こんなものぉ」
「させないわ」
ここで双葉は借りたスチルショットを撃った。動きを止めるだけにとどめるつもりだ。それに改造人間が動きが鈍るとき、狂戦士が襲い掛かった。背中に背負っていた赤ちゃんが転がり落ちる。
「きゃあ! 赤ちゃんが」
「安心しろ」
地面に転がり落ちた赤ちゃんは何か透明な包みで護られていた。
大教授ラーゴが遠隔操作バリアで悪の帝王を包み込んでいたのだ。それを物体転送装置で自分の胸の中へと保護する。
「大丈夫か?」
大教授ラーゴの悪の帝王を見る目が違う。もう優しさと慈愛に溢れている。
実は可愛いものが大好きで、悪の帝王を見たときから気になっていたのだ。
「あばばばは、目がぐるぐるするぅ」
「そうか。そうか。大変だったな。もう大丈夫だぞ。ほら、玩具やお菓子があるぞ」
もちろん、それ、物体転送装置でどこからかとってきたものなんだが。
「あばば。かわいいのです。おいしそうなのですぅ。あばばば!」
「そうか。そうか……その特性おしゃぶり、ちょっと触れさせてくれないか?」
大教授ラーゴの顔、蕩けそうだ。だが、本来の目的として特性おしゃぶりのことを調べることも忘れない。
「あばばは、このおしゃぶり、触ってもいいでちゅよお」
「お、いいのか。じゃあ、少しだけ」
そんな柔らかな雰囲気に対して改造人間のほうは地獄と化していた。
双葉にスチルショットで撃たれたために動けない改造人間。それに荒ぶる戦士たちによって見事に縛られていた。
「もう、だめよ。ぐれちゃ」
「ぐれって、俺サマは」
「おばちゃんにはわかるわ。寂しかったのね。大丈夫よ。これからはおばちゃんが、ごはんおすそわけにいくし。いい女の子も紹介してあげるからね」
怒涛の言葉攻めに改造人間の単純な脳はついていけず、思わず、こっくりと頷いていた。
佐藤キヨ江の愛はぐれた改造人間すら大人しくさせたようだ。
「うごっ」
「きゃあ、大丈夫。ラーゴさん」
その美しい見た目に対して大変残念な悲鳴をあげた大教授ラーゴに双葉が叫んだ。なんと特性おしゃぶりを持った悪の帝王の罠にはまったらしい。
大教授ラーゴがおしゃぶりに触れたとき、そこから巨大パンチが飛び、ふっとばしたらしい。
悪の帝王自身は大教授ラーゴの作った空間維持装置をこっそりと奪い、ふわふわと宙に浮いている。
「あばばばはばは。人をふこーにするのでちゅよぉ。みんなを不幸にしてこの世をあくぅの巣にするのですぅ」
きゃきゃと悪の帝王は笑う。その見た目の赤ちゃんのプリティさにたいして台詞があまりにも黒い。
「ど、どうしよう」
「任せて。おばちゃん、子供二人も育てのよ! ほらほら、おしめが濡れてていやなのね。ああ、ミルクもほしいね! 双葉ちゃん、ちょっと買ってきてちょうだい」
「あ、はい」
子供を育てたことなんてない双葉はここはキヨ江に任せるしかないと、慌てて言われたとおり買い物へと走る。
その間にキヨ江が悪の帝王に手を伸ばす。
「あばば、いやでちゅよぉ」
「もう、この子は! おばちゃんがいるから大丈夫よ! 赤ちゃんの言ってることはすぐにわかっちゃうのよ」
「ぎゃあ」
「ほーら、たかい。たかーい」
キヨ江は優しく笑ってがっしりと悪の帝王を両手に抱っこすると、思いっきり空へと投げた。
きらんと星が輝いた。
そして、そのまま星が落ちてきた。
それをがっしりとキヨ江がキャッチする。
「ほーら、ぐるぐるー」
キヨ江、思いっきり体を回転させるとプチ竜巻のように風が吹き荒れた。佐藤キヨ江、その普通の見た目に反してエネルギー溢れる彼女はすべてを凌駕する。本当に何者なのか。
「あ、あばばばばはは」
悪の帝王は目を丸め、かくんと崩れた。
そのとき丁度、双葉が紙おむつとミルクを持って買ってきた。
「はい。これ」
「これこれ!」
そう言ってキヨ江がオムツをかえていった。もう、そのときには悪の帝王、動けない。
「すごい。……これが主婦なんだ」
双葉、変な誤解をキヨ江から受けている。
「うう、可愛いのに。可愛いのに」
ふっとばされた大教授ラーゴが復活してよろよろと近づいてくる。パンチでふっとばされたが、キヨ江の腕の中にいる悪の帝王はやはりかわいい。にくったらしいが、その顔を見るとまたしても顔がとろけてしまいそうになる。ああ、可愛さとは罪。
「見事ザマスよ」
「あ、死神さんと悪魔さん」
双葉が振り返ると、和風メイド姿の死神と白シャツにズボンに黒マントをつけた悪魔。
「さっき、ここの品が全品九割引だと大声がしたので、買いに来たザマスよ。そしてたら、なんか騒いでいたので、見ていたザマスよ。改造人間を捕まえたザマスね!」
「ブルマはないのか」悪魔、それしか言うことがないらしい。
「さすが、キヨ江お姉さまザマスね」
以前、キヨ江に世話になったことのある死神はキヨ江に羨望の眼差しを向けつつ、眠ったというよりはあまりのことに気絶した悪の帝王を受け取った。
「それで、お前ザマスよ。あと少しで悪の帝王サマに傷をつけるところでしたザマスね!」
「え、え、えっ。……わざとじゃ……ご、ごめんなさ〜い!」
双葉を睨む死神。
スチルショットで改造人間を撃ったときのことを言われているらしい。双葉としては悪意はないし、事故としかいいようがないが、確かにあれは危なかった。
「悪魔、お前もいびるのに手伝うザマスよ」
「……わかった」
「メイドで冥途ザマスよ!」
「ブルマさぁあああん!」
「え、きゃああああ」
見事に可愛らしいミニスカートのメイド姿になった双葉。
「ちなみに下はブルマにしておいた」
「ほら、今日一日お前をいびるざますよ。双葉メイド!」
「え、やだ。はずかしいぃぃ。やーん、許して、ご主人様ぁぁぁ」
無事に事件は解決したが、その日の夜までメイド姿で死神にいびられてしまう双葉がいたという。
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クリエイターコメント | 今回はお騒がせ改造人間ぷらすあるふぁをひっとらえていただき、ありがとうございました。 えー、カオス、万歳(ぇ) 楽しかったです |
公開日時 | 2009-02-06(金) 22:20 |
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