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<ノベル>
「みんなの馬鹿!」
「あ、待てよホタル!」
ホタルはミナトの制止も聞かず家を飛び出した。
「まったくもう、唐揚げの一個や二個食べられたくらいであんなに起こらなくても良いのに」
兄弟の一人が指に付いた油を舐め取りつつ嘆息する。
「その唐揚げの一個や二個をホタルがどれだけ楽しみにしてたと思ってるんだよ!」
ホタルの気持ちを代弁すべく、ミナトは拳を震わせて声を荒げるも、女の姿をした兄弟は何処吹く風といった様子。
「まー何て言うか。美味しかった」
「さすがカザネが作った唐揚げだ。なかなかジューシーだった」
「うん。さすが私」
そう言って爽やかに笑い合う兄弟達に反省の色は無い。
ミナトは諦めたようにガックリと肩を落とすと、土間に腰を掛けた。
(確かに最後まで取っておいた唐揚げを取られたのは可哀想だったけど、所詮食べ物の事だしな。そのうち帰ってくるだろう)
開け放たれたままになった引き戸から覗く夕焼けを見ながら、ミナトは溜息を付くのだった。
「遅い。幾らなんでも遅すぎる」
ミナトは閉じたままの戸を見詰めて、イライラとしながらホタルの帰りを待っていた。
食べ物の恨みは恐ろしいにしても、帰ってくるのが遅すぎる。
ホタルが家を飛び出してから一刻と半(3時間)は経っている。外はすっかり暗くなっており、そろそろ長屋の門も閉まる頃。
ミナト達の暮す長屋は、防犯のために夜間は入り口である門を閉めてしまうのだ。
早く帰ってこないと一晩野宿する羽目になってしまう。
まだ残暑とは言え、夜になれば冷えるこの季節。
野宿をするにはちょいときついかもしれない。
それに今のホタルは女の姿。
一人うろつくのも色々危険だろう。
ホタルの場合、どちらかと言えば襲う方の身が……。
(うーん。それにしても遅い。やっぱり何かトラブルに巻き込まれたのだろうか?)
ホタルやミナトを含め、四幻の兄弟は普段からトラブルに巻き込まれやすい体質(?)だ。
ホタルももしかしたら今頃とんでもない状況に巻きもまれているのかもしれない。
そう思ったらミナトは居ても立っても居られなくなり、ホタルを探しに外へ出る事にした。
(単にほっつき歩いてるだけなら良いけど、何か嫌な予感がするんだよな)
そう、こう言う時の悪い予感と言うのは高確率で当たるものだったりするものである。
一方、長屋を飛び出して銀幕市街へとやって来ていたホタルは何故かマフィア系の組織、ヴィランスのメンバーに追いかけられていた。
「「「まて〜〜〜〜!!」」」
夕暮れの街を赤い髪の少女とサングラスの集団が駆け抜けていく。
ムービーハザードが日常となった銀幕市。市民もホタルたちの追いかけっこを見かけた程度では動じる様子は無い。
「うわーん、もういい加減にしろーーー! 私はあんた達の言う『ほのか』とか言う女とはちげーんだよーーー!!」
「もう騙されないぞ。どんな変装していても無駄だぞほのか。そんなかつらを被っていても、紫の目は隠しようが無いのだからな!」
ヴィランスメンバーの数人がホタルの前に回りこみ、進路を塞ぐ。
「くっ……」
多くの男達に囲まれ、足を止めざる得ないホタル。
(結構戦力差があるな……こりゃ、荒っぽい方法を使うしかないか?)
敵を見回し、能力を使おうか使うまいか迷う。
力を使えば連中が何人かかって来ようと大した事は無いが、そう簡単に使っていい力でもない。
(下手すると人死にも出しかねねーし)
しかし、この状況は何とかしないと……。
ゴーン。
遠くの方で刻限を知らせるお寺の鐘が鳴るのが聴こえた。
気がつけば周囲はすっかり暗くなっている事に気が付く。
(ヤバ……そろそろ長屋の門が閉まっちまう!)
草の上で夜を明かすのだけは勘弁だ。
(しょうがない。少々荒っぽい方法を使わせて貰うぜ!)
「灼熱……っ!」
掛け声と共に赤い光がホタルから放たれ、地面が砂漠化していく。
だが、その次の瞬間。
「ホタル!」
「あ、ミナト!」
ロケーションエリアを広げようとしているホタルの手をミナトが掴んだ。
「誰だお前は!」
ヴィランスの一人がピストルを構えた。
「うるさい! お前が誰なんだよ! 走るぞ、ホタル!」
ミナトはピストルを叩き落すと、ホタルの手を引いて走り出す。
「ええい、こうなったら多少傷ついても良い。何としてでもほのかを捕まえてるんだ!!」
ヴィランス達は銃を構えると、逃げる二人の後を追って行った。
「一体、何があったんだ?」
追っ手を避けてビルの物陰に隠れると、ミナトはホタルに事情を尋ねた。
「わっかんねーよ! いきなりあいつ等が俺の事『ほのか』とか呼んで追いかけてきたんだ。違うって言っても通じないしよ」
「『ほのか』?どこかで聞いた名前だなぁ。何だったっけ……ああ!! 思い出した」
ミナトは懐から一枚の紙を取り出し、ホタルに差し出した。
「何だ?」
「よく見てよ。この女優、おまえに似てると思わないか?」
どうやら舞台のチラシのようだ。ホタルはそのチラシを手に取ると、メイン女優の顔を見てハッとした。
「何コレ。この女、むちゃくちゃ俺にそっくりじゃねーか! えっと……『ほのか』? この女か!」
顔立ちや眼の色など、髪の色以外は本当に良く似ている。
ホタルの眼から見ても鏡を見ているようだった。
「街で配っててさ。あんまりにもホタルに似てるから後で見せようと思って取っておいたんだよ」
「チクショー! 良くわかんねぇけど、この女のせいで追いかけられているのか!」
「まあそう言うわけで、この誤解を解くか本人が出てくるまでお前は追いかけ続けられることになりそうだな」
「当然誤解を解くに決まってるだろ! あんな訳のわかんねー連中に追いかけられるのはもう勘弁だ!」
そう言ってホタルはチラシを持ったまま外に飛び出した。
「あ、待てよホタル! いきなり飛び出したら……」
「やい、お前ら!勘違いもいい加減にしやがれ! コレを見ろ。俺は『ほのか』なんて女じゃねーぞ!」
「見つけたぞ、ほのか。今度こそボスの所に来てもらう!」
ホタルが飛び出すなり一斉射撃を行うヴィランス達。
「うわあっ!」
ホタルの身体を幾つのも銃弾がかすった。
どうやらヴィランス達はホタルもとい『ほのか』を捕まえるのにもう、手段を選ぶ気は無いらしい。
「ホタル!」
ミナトは慌ててホタルを再びビルの陰へと引き戻した。
「いてて……ちょっとかすっちまった……」
「馬鹿、いきなり飛び出す奴があるか!今治してやるからじっとして」
「すまねぇな」
「雨水癒合……」
急に空が曇り温かな雨が降り注ぐ。
雨水癒合。ミナトの持つ能力で、この雨には傷ついた者を癒す効果があるのだ。
そして、この雨にはもう一つある効果があった。
「こんな所に隠れていたのか」
雨が降る中、大勢のヴィランス達がホタルとミナトを見つけて取り囲んだ。
「もう逃がさねぇぞ。ボスから連絡があった。『ほのか』が手に入るなら、多少傷ついても構わないそうだ」
「――っ!」
ミナトはまだ傷の癒えきらないホタルを抱きかかえた。
複数の男達がホタルとミナトに銃口を向け、激鉄を引いた。
カチ。
男達が引いた銃は発動しなかった。
「あれ?」
何度引き金を引いても動かない銃を手に戸惑うヴィランス達。
「銃はもう動かないよ」
ミナトが静かな声で告げる。
「何故だ! テメェ、一体何をした」
メンバーの一人がミナトに拳を繰り出すも、その拳がミナトに届く事はなかった。
何故ならばその拳は回復したホタルが受けてもていたからだ。
「ヒッ……!」
ホタルが発する怒りのオーラに一瞬おののくヴィランス達。
「あーあ。ホタルを怒らせちゃった。僕もちょっと頭にきてるかな」
雨が止み、一瞬にして周囲が灼熱の砂漠に変わった。
ホタルのロケーションエリアだ。
「テメェら……よくも俺達を追い掛け回してくれたな……この借り、数十倍にして返させてもらうぜ!」
「ちょ、ちょっとまってくれ。俺達はただ雇われただけで……」
「問答無用ーーーーー!! 火輪乱舞ぅーーーーーー!!」
「「「ギャアアアーーーーーー!!」」
その後、ホタルとミナトによる仕返しは、一人も逃す事無く全員残らず地に伏すまで行われた。
もちろん、はた迷惑な人違いも拳を交えてちゃんと解消されたのだった。
ゴーン。
再びお寺の鐘が鳴る。
今度は長屋の門が閉まる合図もかねている。
「セーフ!!」
二人はギリギリのところで門の内に潜り込む事が出来、締め出される事はなかった。
「今日はヒドイ目にあったな」
「ホントホント。マフィアのボスの片恋慕に巻き込まれるなんて思っても見なかった」
ヴィランス達を叩きのめした後で『ほのか』を追っていた理由を尋ねたところ、舞台で『ほのか』を見初めた組織のボスが、全く自分になびかない彼女を手に入れるために実力行使に出たところだったらしい。
しかし、肝心の『ほのか』はボスを恐れて雲隠れ。
それを探してる途中でホタルを見つけて追ってきたのだった。
「人違いもそうだけど、そんなのに惚れられたほのかも良い迷惑だよな」
「全くだぜ。それにしても、追いかけられるのはもう勘弁。あー動き回ったら腹減っちまった。……って、俺昼飯少ししか食ってない!」
最後まで取っておいた唐揚げを取られたのに憤慨して家を飛び出したままだった事を思い出し、ホタルはお腹を擦った。
「そろそろ晩御飯の時間だな」
「くそー。今度は絶対腹いっぱい食ってやる!」
ホタルはヤケクソな心持ちで家に向かって走り出す。
「あ、待てよホタル!」
ミナトは置いて行かれまいと、慌ててホタルを追いかける。
家に近づくにつれ、ウナギを焼く甘い匂いが漂ってくるのを感じた。
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クリエイターコメント | 初めてのオファーにドキドキしつつ書かせていただきました。 仲が良い兄弟って良いですよね。 とっても楽しかったです。 |
公開日時 | 2008-09-17(水) 19:00 |
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