★ Dream of Memories ― for J ― ★
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
管理番号95-6418 オファー日2009-01-24(土) 23:32
オファーPC ジェイク・ダーナー(cspe7721) ムービースター 男 18歳 殺人鬼
ゲストPC1 小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
<ノベル>

「……あのぉ……。ジェイク・ダーナーさん、ですよね?」
「うん……?」
「とても失礼なんですけど……、その……、どれくらいここに居ていただけますか……?」
 カフェ・スキャンダルのウエイトレスが、ジェイクにおずおずと話しかけてきたのは、オーダーしたアメリカンコーヒーに口をつけかけたときだった。
 彼女の言わんとしていることがいまひとつ不明瞭だが、いかにも申し訳なさそうな口ぶりから察するに、フードをかぶった陰気な客――それも、出自映画で殺人鬼であったムービースターに長居してほしくないということだろうか。
 殺人鬼のムービースターというだけなら、珍しくもない。たとえば、しょっちゅうこのカフェで大勢の見物人に囲まれながら大量の甘味をたいらげているという、某理科教師のことは知らぬもののほうが少なかろう。しかし、そういった圧倒的パワーとテンション、摩訶不思議な愛嬌のあるキャラクターをジェイクは有していない。
「……大丈夫。悟がくれば、すぐ、出て行く」
 ブラックコーヒーを、ジェイクは無表情で流し込む。ひりつくような熱さが、喉から胃に落ちる。
 そもそも、コーヒーを飲むだけならば、銀幕広場のワゴンで事足りる。ついでにホットドッグを食べるのも悪くない。しょっちゅう買い食いをしているので、今ではワゴンの前に黙って立つなり、マスタード多めのジューシーなそれが手渡されるほどなのだから。
 ジェイクがあえてカフェなどにいるのは、友人と待ち合わせているからだ。
 そう、友人。今のところ、この街で只ひとりの――

(ベイサイドホテルのバイトに行くつもりだったんだ。バレンタインランチフェア開催期間中は絶対混雑して大変だと思うし。でも支配人が、「誕生日に何を言ってるんだね。いつも頑張ってくれてるから今日くらいオフにしたまえ。有休にしておく」って)
 フルタイムで働いてるわけじゃないのに有休って。でもありがたいよね、と、続く、小日向悟のメールからは、本人の口調と笑顔が浮かんでくるようだった。
(だから、ふたりで出かけよう。午後、記念公園でバレンタインイベントのアトラクションがあるんだ。そうだなぁ、午前中は聖林通りの楽器屋さんを覗いたり、ふれあい通りのお店で服をみたりしようか。ランチはね、ちょっと歩くけど、綺羅星ビバリーヒルズの――)
 ジェイクは最初、このメールを送信ミスだと思った。別の誰か……、たとえば、悟に似合いの可愛い女の子に送るつもりが、宛先を間違えたのだと。
 なぜならば、今日は2月14日。悟の誕生日で、しかもバレンタインデーなのだ。
 この街には、ジェイクを敬遠しない酔狂な物好きがいなくもない。出身映画絡みで奇妙な縁のあるムービーファンなどは、住まいとアルバイトを紹介してくれさえした。
 だが、貴重な記念日にシリアルキラーと過ごしたがる大学生がいるだろうか?
(……悟。内容と送信先を確認したほうがいい)
 そう返したジェイクに、
(何か抜けあったかな。あ、ごめんごめんJ君。待ち合わせ場所、書いてなかったね。カフェ・スキャンダルの窓際の席でどう? 混んでたら奥の席でもいいよ。見つけるから)
 悟は速攻でそう打ち返してきた。
 ジェイクは少し考えてから、世話になっているムービーファンに、今日、悟と会うことになったが、手ぶらでは問題があるだろうか的な相談をした結果、名画座であるものを購入し――そして、指定された待ち合わせ時間よりほんの少し早めに、ここにいる。

 コーヒーを一気飲みしたジェイクにウエイトレスはきょとんとし、そして、はっとして首と手を横に振った。
「ちがうんです違うんです。ジェイクさんを邪魔にしてるとかじゃないんですよ。むしろその反対というか来てくださって超ラッキーというかでもこんなお願い、待ち合わせ中のお客様に申し訳ないし失礼なんですけどわたしもう我慢できなくて」
「……? お願い……?」
「はいーー! もー、困っちゃってて。実は」
 ウエイトレスはフードをめくらんばかりの勢いで、ぐぐっと顔を近づける。
「1本しかないアイスピックが折れちゃったんです。厨房の手順が狂っちゃってもう」
「……どうぞ……」
 どこからともなくジェイクが取り出した、ノーマルタイプのアイスピックに、ウエイトレスは両手を組み合わせる。
「ありがとうございます! えとでもあの、ここで使ってるの、刃がみっつついてるタイプなんです。握り手に重みがあって、氷を割るときにあまり負荷が掛からないの。贅沢言ってごめんなさいっ」
「これ……?」
 仰せのままに、3本爪のアイスピックを差し出す。ウエイトレスの目が輝いた。
「うわあ嬉しい。ところでジェイクさんて、包丁やナイフも出せますか? 料理バサミとかも?」
「……ああ」
「やったぁ! ここじゃなんですから、厨房に来ていただけませんか。……あ、小日向さん、いらっしゃいませー! ちょっとジェイクさんお借りしますねー」
「……あれ? J君?」
 カフェの扉を開けるなり、悟と、肩の上のバッキーは見た。
 ウエイトレスにがっつり腕を組まれたジェイクが、強引に厨房に引きずり込まれる、世にも珍しい光景を。

 お店からのささやかなサービスですー、と言われて出された紅茶を飲みながら、ほんの5分も待っただろうか。
 厨房から悟のテーブルまで、カフェの店員全員が並列して深くお辞儀をする中を、困惑顔のジェイクは、ウエイトレスにひしと腕を取られ、まるでバージンロードを進む新郎新婦のような風情で戻ってきた。
 後ほど、悟が聞いたところによれば、ウエイトレス嬢にせがまれるまま、ジェイクは気前よく刃物系調理器具を出してさしあげたそうで――
 ヘンケルスのキッチンバサミ、F.A.ポルシェデザインのシェフズナイフとブレッドナイフ、フェリックスプラチナムのハムスライサー、おしゃれで可愛い魚の形の鋼鉄製包丁(マンボウ・カワハギ・フグの3点セット)、ダマスカス鋼に銀三鋼を割り込ませた独特の波紋がたいへん美しい「牛刀包丁」などなど。
 カフェ・スキャンダルの厨房器財が充実しまくったバレンタインに、ジェイクと悟のテーブルにはさらなる心づくしとして『お餅のふんわりショコラ』『プレミアムザッハトルテ』『リキュールショコラのモンブラン』『ナッツ入り焼きチョコ』などが並べられた。食べきれるはずもなく、ふたりはたくさんのお土産を手に、待ち合わせ場所を出ることになったのである。

  ★ ★ ★

 聖林通りにある、極上のユーズド商品を多数揃えている中古楽器店のことを、ジェイクは前々から知っていた。
 どんなギターがあるのか興味は惹かれるものの、楽器に詳しいひとびとが出入りするであろう店は、何となく敷居が高い気がする。買う当てもないのに冷やかし半分というのもどうかと思い、まだ一度も行ってみたことはなかった。
「でもJ君、覗いてみたいんだよね? 冷やかし上等。行ってみようよ」
 悟に背を押されるようにして、おっかなびっくり出向いたところ、自身も演奏者だという店主は、ベースをたしなむジェイクに好意的だった。
 しばし、新しい素材を用いたギターについての蘊蓄を語り合う。
「……サドルの素材に、チタンを使用してるのか……」
「そうなんだよ。チタンは内部減衰率が非常に低い金属でね。つまり、金属の内部での振動、つまり音を吸収しない性質をもっているから」
「……そうか。音響関係の材料に適しているんだ……」
「以前の素材とは格段に音が違っててね。ぼくも驚いたよ」

 あっという間に時は過ぎる。名残惜しそうな店主に、また来ますといとまを告げて、次なるはふれあい通りのスポーツ用品店へ。
「オレ、このパーカー、J君に似合うと思うんだ」
 爽やかなパステルグリーンのお品(ブランドロゴ入り)を、悟は指し示す。
「…………似合わないと思う」
 ジェイクは謹んで辞退した。いくら悟のお勧めとはいえ、こればかりは。
 
 そして、お昼どき。
 目的のレストランへ赴くため、ふたりは綺羅星ビバリーヒルズまで足を伸ばした。
 店の名は『サザンクロス』。
 ベイサイドホテルの総料理長が、以前シェフを務めていた場所である。
 オフの日に、ベイサイドホテルのランチを利用してもゆっくりできないだろうからと、総料理長がここを紹介してくれたのだ。
 現シェフも感じが良く、料理もデザートも申し分なかったが、惜しむらくは――
 総料理長、悟の誕生日に気を利かせすぎたか、招待券には『サザンクロスのスイートバレンタインスペシャルランチチケット:ペア券』と記されていて。
 ジェイクと悟以外は、ラブラブカップルばかりで埋め尽くされている店内でのひとときとなったのである。ふたりはそれを気にするでもなく普通に美味しく食事をしたので、問題はないのだが。
 
  ★ ★ ★

 さて。
 本日、平和記念公園では、アクションファンタジー超大作コメディ『ドラゴンズ・キングダム』のバレンタインイベントが開催されていた。
 登場人物全員がドラゴンの血を引いていて、人型にも竜体にも変化できる世界。
 創世者、『始祖竜』がいずこかに隠した、伝説の地下王国へ続く『扉の鍵』を巡り、善竜悪竜入り乱れての大バトルが繰り広げられるという、よくわからないジャンルの映画である。
 銀幕市内でもロケは行われており、悟はドラゴン兵のエキストラとして出演していたし、ジェイクは裏方で小道具を出す際に重宝されていた。つまり、ふたりとも関係者であったので、手に入れるのが困難なイベント参加チケットも、これに関しては独力で持っていたのだった。
 絶壁の上にそびえるのは、黒煉瓦造りの『試練と嘆きの城』。ぐるりと取り囲んでいる赤い煉瓦の建物は『待ち続ける魔女たちの家』。広い公園一帯がドラゴンの街の一部と化したようだが、にわかづくりのセットにしては手が込みすぎているから、銀幕市ならではの、ムービースターの力添えがあるものと思われる。
「おーい、小日向。友達と一緒かい?」
 スタッフジャンバーを着た青年が駆け寄ってくる。ロケのときにも現場にいた彼は、悟とは顔見知りだった。
「うん」
「ちょうどいい。実は今、スタッフのムービースターたちのロケーションエリアを使って、30分ごとに入れ替わる2人1組用アトラクションを設置したんだが、厄介なことになって」
「何か起こった? ムービーハザードとか」
「それが、わからないんだ」
「わからない?」
「ああ。ロケエリかも知れないし、ムービーハザードかも知れない。……というのは、そのムービースターが発動中のロケエリは『地下の巨大ダンジョン』でね」
 ぽっかりと開いた入り口を、青年は指さす。
「現れたダンジョンは、彼のロケエリとは若干、テイストが違うみたいで……。だから、誰か実際に確かめてくれたらありがたいんだけど」
 悟を、ジェイクを、青年はすがるような目で見る。

 ――まあ、そういうわけで。
 成り行き上、ふたりはダンジョン探索に赴くことになり……。

 そして地下一階に降りるなり、悟にはすぐにわかった。
 このダンジョンが、ロケエリなどではないことが。

 なぜならば。
 ここは、むせ返るようなカカオの香りで満ちている。
 しかも、出くわした植物系モンスターは、全身チョコレートで出来ているようだ。
 すなわち。
 ベイサイドホテルの支配人が去年の教訓を踏まえ「今年こそ、ダンジョンが発生しないところで……!」という理由から豪華客船での銀幕湾クルーズを企画したほどに嫌がられた、あの、チョコレートダンジョン。
 それが今、平和記念公園に出現しているのだった。

 悟は前回、ダンジョンの状況をモニターしていたので、階層の構成とモンスターの分布状況は把握している。
 だから、戦闘はジェイクが、罠の回避と道案内は悟が担当し、15階あたりまで潜ったところで切り上げてきた。
 スタッフの青年には、
「ハザードだけど、戦闘力のあるひとと一緒なら大丈夫」
 とだけ、悟は伝えた。
 ある意味、バレンタインにぴったりのアトラクションなので、イベント使用が望ましいと思ったのである。
 
  ★ ★ ★

 帰り道でようやくジェイクは、名画座で購入してきた大きな箱――等身大のバッキー型チョコを、悟に渡した。
(日本のバレンタインというのは、特に銀幕市においては、友人に感謝を伝える日なんだよ。誕生日と重なっているのなら、なおのことだね)
 世話になっているひとに、そんなことを吹き込まれたからというだけでなく、ジェイクはずっと、悟に感謝の意を示したいと思っていた。
 悟の誕生日だというのに、今日はずっとエスコートされていたような気がする。
 何かもっと言うべきだったのだろうが、口をついて出てきたのは、

   「おめでとう」

 の、ひとことだけだった。 


 ――いつか。
 夢は終わる。
 夢は醒める。

 しかしそれは、夢を見ている側のことばであり、感覚だ。

 ――では、自分は?
 その終わりを、想像してみる。

 きっと、消えるのだ。
 ただ、消える。
 なにも起こらなかったように、ムービースターという存在が、この街から消滅する。 
 自分が殺めたムービースターのように、鮮血にまみれてフィルムを残すこともなく。
 身体に傷を負うでもなく。痛みさえ伴わず。

 それは、激痛にのたうち、喉が焼けるほど絶叫すること以上に、おそろしいことのように思える。
(この街は、やりなおしができる街なんだ)
 以前目を通したジャーナルで、あるムービスターがそう言っていた。
 数々の出会い。全てが新しく始められるのだという期待。
 殺人鬼ではない、高校生としての、ささやかな日常。

 そういったものがみな、きえる。

「それはでも、オレだってそうだよ」
 その名どおりに、「サトリ」の如く同調した悟が微笑む。
「いつかは死ぬ。亡骸は焼かれて灰になる。でも思い出は残るっていうか――誰かの心に残してしまうと思うんだ。楽しい記憶も辛かったことも」
 それは、有無を言わさず渡されてしまう形見。
 思い出だけは、彼岸の彼方まで持っていけはしない。
 たとえ本人が、オレのことなど忘れてくれと願ったとしても。

 だからね。
 夢が終わるその日まで、ずっと友人でいたいし、J君にはしあわせていてほしい。
 
 たくさんの思い出を、つくろう。
 
  ★ ★ ★

 まだ、チョコレートの迷宮は消えていないのだろう。
 銀幕市に、甘い香りが満ちている。
 
 まだ、今のところは――

 
 ――Fin.

クリエイターコメントこの度は素敵なオファーをありがとうございました!
銀幕市にJ君ファンがたくさんいるらしきことは感づいておりましたが、書かせていただいて、想像以上の魅力にどぎまぎしました。
えとあのその、かわいい……んですけど? どうしましょう。
そんなこんなで、ジェイクさまと悟さまの誰がどう見てもデェトじゃん! ……な、一日でございましたが、おふたりのお人柄(?)のおかげで、誤解されることはなかろうと存じます。
最後まで充実した日々でありますように、記録者も祈っております。
公開日時2009-02-23(月) 18:10
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