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<ノベル>
「うーん、それなりにいい買い物だった気がする」
独り言を言いながら、私は先ほど買ったばかりのパソコンを抱えてほくほくと歩いていた。前の機械はもうそれはそれは動作が重かったので、これは念願の一台、というわけだ。申し遅れましたが、私の名前は鈴木菜穂子。都内某企業営業三課に勤める、パンツスーツに眼鏡装備のしがない中間管理職というやつで――
突然、視界が暗転した。めまぐるしい感覚に目を開けば、見慣れない石造りの広間と、鮮やかな紅の絨毯の上で激突破損してる……パソコンが……
「おお……『その者、黒き衣をまといて紅の間に降り立つべし』――口伝のとおりですな」
少し離れたところで声がした。もさっとしたローブをまとったおじいちゃんが杖にすがって立っている。その隣には、態度から偉そうなオーラがにじみ出ている、偉そうな服装の中年。そこまで見たところで、私は大体の事情を把握した。こいつらまた自分の都合で呼び出して……私の……アタシの、パソコンが……
頭に王冠を乗せてマントをはおった、例の偉そうな中年が口を開いた。
「勇者様! 我々は今m(ここでアタシのビンタがクリーンヒットした)――痛い?!」
「死ぬか殺られるか選べてめぇ!」
*
私には厄介な『事情』があった。祖先がなんでも異世界の勇者だったせいで、いまでもこうして……そう、デート中だろうが仕事中だろうが何をしてようとこっちの都合にお構いなく異世界の住人に呼び出されて、こうして助けを求められる、というわけなのです。
でも、結局困っている彼らを見捨てておけなくて助けることになる。……やれやれ。
*
ぷっくり膨れ上がった頬に氷を当てながら、国王が不明瞭に何かしゃべった。
「ゆうひゃ様、我々は今、未曽有の危機にひゃあされておいます」
「陛下はこうおっしゃられております。『勇者様、我々は今、未曽有の――』」
「いや、いいです聞き取れていますから」
落ち着いて話を聞いた私は、訳そうとする術者を手のひらで制する。なんでも、この国に巣食っていた暗黒魔道師がとうとう反旗をひるがえして、この国を滅ぼそうと隕石を召喚したらしい。私は隕石にほんの少しだけ同情した。
つまり……と私は考えた。私のパソコンは落ちて壊れた。それは私が召喚されたせいで、国王たちが私を召喚したのは国が危機に陥ったからだ。そして国が危機に陥ったのは、その暗黒魔道師が隕石を召喚したからだ。
「――つまり、アタシのパソコンが壊れたのはすべて暗黒魔道師が悪い!!」
「おおっ『ぱそこん』とはよくわかりませぬがその意気でございます勇者様!」
「我あを助けてくだはれゆうひゃ様!」
「首ぃ洗って待ってやがれ暗黒魔道師めッ!!」
*
塔の尖塔の上にアタシは立っている。尖塔の一室で隕石を召喚していた暗黒魔道師は、とりあえず張り倒しておいたのでしばらく目覚めないだろう。しゃきん、と柄を掴んで振った折り畳み傘が小気味よい音を立てて三段階に伸びた。軽く振って振り心地を確かめる。うん、悪くない。
迫りくる隕石を前に、アタシはブレイブアンブレラ(例の傘)を掴んだまま跳躍した。踏み込みの音が後ろに流れていく。後ろにまわした腕を、体のねじれを利用して一気に振り抜いた!
「――パソコンの仇じゃゴルアァっ!」
ゴっ!
鈍い音を立てて、隕石が一瞬歪むと、気持ちいい速度で空の彼方へと去っていく。
「ひっ……な、何者だ……」
再び尖塔に降り立ったアタシをみて気がついていたらしい暗黒魔道師が震えながら口を開いた。胸倉を掴んで捕まえると、彼は震えながらも続けた。
「まっ、まさかお前が伝説の……かめはめ何とかとか叫びながら目からビームを放ったという――!」
「デマを真に受けるな! 眼鏡外すぞ!」
「すっ、すみません! おまえは……いや、あな、あなた様は……何方様でございますか」
「アタシは――」
答える背景で、窓の外がひときわ明るく輝いた。
隕石が、脱出速度に到達したようだった。
*
銀幕市のオープンカフェ。菜穂子はコーヒーを傾けながら左斜め前を見ていた。がっちりした筋肉質の男性がウェイトレスを呼び止めて注文している。もうどこから見てもマッチョだった。――ぶっちゃけた話が好みのタイプにどストライク。しかししばらく熱視線を注いでいると、しかし彼は注文を取りに来たウェイトレスに絡み始めた。
「お姉さん、可愛いね」
とか、
「ここらへんに住んでんの?」
とか
「バイト? やっぱり? ねー、この後空いてない?」
「あの、すみません……あたし、まだ仕事が」
「いーじゃん」
「……無理強いはよくありません」
内心すごく気落ちしながらも、見ていられずに菜穂子は止めに入った。あぁ、タイプだったのに……こんな無理矢理絡む男は、ダメだ。
突然割り込んできた菜穂子に男は眉を吊り上げた。舌打ちしてテーブルの端を掴むとがっと菜穂子の方に向って突き飛ばしてくる。
「引っ込んでろブス!」
ぶつん。
何かが切れる音がした。なんというか、堪忍袋の緒とかそういうものが切れた時の音に似ていた。
がっしとテーブルを掴むとそのまま指に力を込める。丸いテーブルの両端を掴み、手首をひねると真ん中から捻じれた。
「お、おい……」
菜穂子の小柄な体躯からは想像できない膂力に男が言葉を漏らす。実体化のタイミングのせいで勇者としての能力が半減しているとはいえ、この程度は朝飯前だ。
そのままテーブルをくしゃりと半分くらいの大きさにして、あとは新聞紙を丸める要領でくしゃくしゃに握りしめる。テーブルが野球ボール大となるまでに三秒とかからなかった。ぽん、とそのボールを軽く放って、菜穂子は口を開いた。
「……グラム単位で売られてぇか、肉団子」
「うわああぁごめんなさいいいっ!?」
脱兎の如く逃げ出した男を見送って、菜穂子は手元のテーブル(野球ボール大)を見やる。近くで立ちすくんでいるウェイトレスの方を振り返ると声を掛けた。
「あのー……、このテーブル、駄目にしちゃって……すみません」
テーブルの弁償代を手渡した菜穂子の手を、ウェイトレスががっしと握った。
きらっきらと輝く瞳で彼女は感激したように握りしめた手をぶんぶかと振りまわす。
「ありがとうございます! あなたは私の恩人です!」
彼女の目の中には、少女マンガよろしく目の中にお星様が飛んでいた。
「は、はぁ……」
「あの……よろしかったら、お名前を――」
どきどき。
こんなシーンで名前を名乗るのもなにか気が引ける。けれど待ち構える彼女に何も言わないのもなんだか申し訳ない気がして、菜穂子は口を開いた。
「私は――」
「あなたは?」
*
両手を組み合わせて見送ってくれるウェイトレスの視線を背中にひしひしと感じながら、菜穂子はカフェを立ち去った。
隕石でも落ちてきたらどうしようかなとぼんやり空を見上げながら。
(……なんだあの台詞)
結局、なんと言おうか迷った挙句の菜穂子の返答が、『その台詞』だった。
「――通りすがりの、勇者です」
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クリエイターコメント | このたびは、オファーありがとうございました! 勇者様の格好良さに惚れそうです。
お楽しみいただければ、幸いです。
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公開日時 | 2009-03-26(木) 19:00 |
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