|
|
|
|
<ノベル>
「あっ、あーっ!!」
突然大声を出され、蒼薇は、それはもう本当にびっくりしたのだ。
「――え、えぇっ?!」
話は少し前にさかのぼる。
蒼薇がふと気がついた時には、そこは見慣れない住宅街だった。きょろきょろとあたりを見回せば、完全に迷子になった時の感覚が彼を襲った。つまり、見覚えのある建造物が一切視界に入ってこなかった、というわけだ。
「……あ、なるほど」
ぽむ、と手を打つ。なるほどこれは夢なのだ、と彼は思った。居眠りでもしたのだろうか、ボクとしたことが……などと冷静を装いつつもだんだん焦りが募ってくる。
「ど、どこなんだろう、此処は」
声に出しても、答えてくれそうなものは猫の子一匹いなかった。人気がないわけではないが、みな家の中なのか姿はない。
「っていうか何でボクこんな所にいるの? これって、夢でしょ、夢だよね、夢だ!」
言いながら頬に手を伸ばす。ほぅら、抓ったって……
「って痛い?!」
ひりひりする頬を押さえてさすりながら、途方にくれて蒼薇はあたりをまた見回した。カーブミラーに変わらぬ自分の姿が映る。青い髪に、見上げる瞳は緑。……少し背が低く見えるのはカーブミラーが高い位置にあるからだろう、うん。
そして、あの唐突な邂逅が起こったのだ。
「あっ、あーっ!!」
*
年は高校生くらいか。突然道の端から蒼薇を見かけるなり叫んで駆け寄ってきた少女は、どこか人懐こそうな、けれど珍しく髪も染めていなければピアスも開いていない、清楚な雰囲気もどこかに纏った娘だった。肩には、なにやら小さな生き物を乗せている。
「あっ、あなた……蒼薇さんでしょ?! 『GRIM』の!」
「え? あの、うん」
剣幕というか勢いに押されてかくかくと首を縦に振る。GRIMとはなんだろうとちらっと思ったりもしたが、彼の名前は間違えていなかった。
「青い髪に緑の目! 何よりこの顔! かわい……じゃなかった、ドンピシャっ!」
今、可愛いって言いかけなかった?
「実体化してたなんて、知らなかったわ!! こんなところで、どうしたの?」
「ジッタイカ……? ええと、実は道に迷ってて。ここ、どこなの?」
蒼薇が聞き返すと、彼女はふとあごに手をあてた。何か考えるしぐさをしてから、口を開く。
「ここは銀幕市よ」
「……銀幕市?」
――聞いたことのない、土地の名だった。戸惑いの表情を見せた蒼薇に、
「ここはね――」
少女は、一つ指を立てて、説明を始めた。
「――ってわけ」
「つまりボクが、映画からこの世界に来たってこと……だよね?」
そうよ、と彼女は頷いた。高坂ゆかりと名乗った少女は、一通り銀幕市について解説をしたあとに、あとで市役所にいって住民登録するといいわね、と付け加える。
「……で。どこか、行くあてとか、あるの?」
さりげなく、けれどぴったりのタイミングでゆかりが訊ねてきた。蒼薇も言われてそのあてというやつが全くないことに、唐突に気付いた。なにもわからないまま、ぽんっと放り出されてしまったも同然だ。……これから、どうしようか。
黙ってしまった彼の様子を見て、ゆかりがにこやかに告げた。
「もし行くところが決まってないんなら、あんた、うちに来ない?」
「え?」
思わず訊ね返すと、彼女は自分の胸に手を当ててふわりと微笑んでみせる。
「一緒に暮らさない? ってこと。きっと楽しいと思うの。両親は私が説得するわ」
唐突過ぎる気もしたが、願ってもない申し出だった。ずっと世話になるかはともかく、落ち着くまではどこかに身を寄せたかった。
*
「ここで待ってて、話してくるから」
あたしの部屋なの、と言い置いて自分のバッキーと共にゆかりは出て行った。わかってるわよ父さん、大丈夫だからとなだめるような声を後に残して、ぱたむと扉がしまる。
高坂家はそれなりに立派な一軒家だった。道すがら聞いた話を総合するに、やや厳格な母親と過保護な父親との三人暮しであるらしい。蒼薇のために説得しに行ってくれているゆかりに彼は感謝した。彼女がいなかったら、今頃はまだあの道端でおろおろしていたに違いない。
「……なんにせよ、彼女は恩人だよ」
ほぅ、と小さくため息を吐き、腰を下ろしていたそのクッションから少し気になっていた本棚を見上げた。そこそこ綺麗に整理されているところはそれなりに好感がもてる。が、紙が下に平積みされているのは少々いただけない……。白い紙に薄い黒で線が描かれている。漫画か何かの原稿だろうか。となれば、きっとゆかりが描いたに違いない。
「ん?」
積まれた紙の一番上、ペン入れの途中か人物の線が綺麗に浮きあがって見える原稿があった。大きめに割られたコマに、胸の前でゆるく両指を組む……少年? が描かれている。バックは咲き誇る大輪の薔薇の花で、少し大きめの少年の瞳はきらきらとうるんでいた。
「んん?」
どこか少年の顔に見覚えがあった。というか、さっきカーブミラーで見た顔とどこか似ていた。コマのなか、ラフに丸く描かれている吹き出しの中の走り書きは『お願い……もう……』。
何故かその次の一枚は、見てはいけない気がした。
「なっ、なにこれ……!?」
よく見れば近くに平積みされているカラフルな表紙の薄い冊子も、薄い空色の薔薇がバックで綺麗だが……なんかやけにキラキラしている……気が……
結局興味に勝てずに、蒼薇はちらりと一番上の紙を取ってみた。覗きこんだ顔が固まり、やがて赤くなって、しばらくしたら青くなって、最後にやっぱり赤くなった。ふるえる手でとりあえず紙を戻し、ぱくぱくと酸素を求める金魚のように口を開閉させていたが、やっとのことで声を絞り出す。
「こっ……こんな不道徳な……ッ!!」
それはやっぱり、自分がネタにされている、いわゆる同人誌ってやつの原稿だった。
「うう……」
とはいえど、ゆかりは困っていた蒼薇に手を差し伸べてくれた恩人だ。怒りのぶつけどころがなく、ぎゅっと自分の拳を握りしめて蒼薇はきっと顔を上げた。
「こんな不道徳な趣味、絶対に止めさせて、更生させてやるんだ!」
ぐぐっと一人天井の明りか何かに誓うようなポーズをしていた蒼薇は、ドアがガチャリと開く音でそちらを向いた。目が合ったゆかりが、にっこりと笑う。
「うちの親、許してくれたわよ。後で紹介するわ。……ってことで、これからヨロシク♪」
「ありがとうございます。お世話になります」
にこにこと嬉しそうに笑うゆかりにつられるように微笑みながら、蒼薇は一人、前途多難な生活に身を投じたことをひしと感じるのであった。
|
クリエイターコメント | このたびは、オファーありがとうございました! 頑張れ! 風紀委員長さんっ!
お楽しみいただければ、幸いです。
|
公開日時 | 2009-05-02(土) 20:10 |
|
|
|
|
|