★ ビフォア・チョイス ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-7524 オファー日2009-05-03(日) 00:01
オファーPC 蒼薇(cptv5998) ムービースター その他 15歳 学生(風紀委員長)
<ノベル>

 それはどこからでも見えた。
 銀幕市に君臨した絶望。人の心を試し、神に仕える悪魔の名を冠したディスペアー。
 ――マスティマ。

 当然それは、銀幕市内にたつ高坂家でも同じことだった。多分、今は窓の外には見えないものの、一歩ベランダに出ればその姿は見えるのだろうなと蒼薇は考えた。
「あーもう、本当に困るわ」
 そう、本当に困る、と家主のコメントを追う様に思考して彼は顔を上げる。蒼薇がこの高坂家に居候できることとなった恩人こと高坂ゆかりが、憤慨しながらシャープペンシルをかつかつ言わせている。
 蒼薇も心中複雑どころではない複雑さだった。心に骨があったら複雑骨折が起こりそうなほどこんがらがってしまっているのだ。そもそも、実体化して日が浅い蒼薇にとって、自分が映画の中の住人と言われたこと自体が理解できない。いや、『理解』ができていないわけではないのだ。確かにここは元の世界とは違う。そして自分がこの世界の住人とどこか違うこともわかってはいるのだ。いるのだが。
「そうはいったって納得できないでしょ、できないよね? できるかッ!!」
「そうよね! まったくもって納得がいかないわ!」
 ゆかりがこくこくと頷く。
「……ゆかり君も実体化に疑問が?」
「実体化っていうか……現われたことよ! アイツが!」
 振った腕は窓の方を示している。今は見えないが確かにそこにいる筈のマスティマのことだろう。そう、それもまた問題だった。実体化したばかりだというのに、今度はとんでもない選択を喉元に突きつけられたのだ。選択肢は三つあったことを思い出す。どれもホイホイ選べるような内容ではなかった……
 何、あの選択肢。蒼薇は眼前のテーブルに肘をついて、指先で青の髪を掴むように頭を抱えた。自分が映画の中の住人だから、だから神さまと一緒に消えろと言われても、困る。かといって……彼はそのまま顔を覆って目を閉じた。こつこつとゆかりがたてるシャープペンシルの音が小気味よくリズムを刻んでいる。それが紙にペン先を走らせる音に変わったのを聞いて小さく息を吐き出す。――そう。かといって、その所為で眠り続けるままの人がいるといわれて、それを選べるわけもない。眠り続けるとは生きているとはいえ目が覚めないということだ。
「……どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
「本当よ……どうしてこんなことに。外に出られないだなんて!」
 ゆかりが紙にがしがしと何かを書き込みながら呟く。蒼薇がそっと紙を覗き込むと、それはどうやらあのディスペアーのようだった。触手とも何ともとれるあのおぞましい姿が簡単にラフスケッチされている。よく描くなぁと少し思いつつ、蒼薇はぼんやり彼女の手元を見ていた。
 ふたつの選択を選ばず、第三の選択を取れば、このマスティマと戦うことになるらしいのだ。存在するだけで脅威を及ぼすあのディスペアーと戦って、誰もが無傷でいられるなどということはありえない。住民がその被害にあうことを見過ごすわけにはいかないと思えた。
「ねぇ……ゆかり君はどう思う?」
「どう思うって、何が?」
「マスティマだよ」
「とりあえずあっちがその気ならあたしにだって考えがあるんだからねっ」
「考え?! どんな?」
 何か妙案でもあるのだろうか。期待を込めて見つめた先の少女は、ぐぐっと拳を握りしめて宣言した。
「『マスティマ総受け本』を出してやるんだから!!」
「……。……え、あの、そうう……?」
「あんたは深く考えなくて大丈夫よ」
 その恨みに裏付けされたイイ笑顔に、そこはかとなく本筋から脱線した危険さを察知した蒼薇は、それでも気力を振り絞った。
「ゆかり君、君、なんかいかがわしいこと考えているんじゃ」
「だって市外に出られないのよ!」
 信じられない! と彼女は嘆息する。
「だってもなにも……まぁ逃げられないのは確かに……」
「え、逃げる?」
 蒼薇は、頭の端がどこか痛みだした気がした。
「逃げるんじゃなきゃ、どうして――」
「もちろんイベントに決まってるでしょう! あぁあ、大事なイベントがあったの! 規模は大きくないけど、折角近くでやるオンリーイベだったのに……なんてこと……」
「い、イベント?」
「そうよ! ……ふっ、市外に出られなくても普及の手はあるわ」
「……」
 もはや開いた口がふさがらない。でも彼女の趣味をやめさせて更生させると誓ったからには開いた口をなんとか戻して彼女にがつんと言ってやらなければならない。……と、思う。
「ゆかり君」
「なぁに?」
「君は、この非常時に何を考えてるんだ」
「非常時って言ったって、だって、今すぐどっちかの剣を持っていって突き刺しに行くってことは、無いのよ?」
「それはそうだけど」
 それをするのかどうするかを、今考えているのではなかったか?
「じゃあ今できることをするだけよ!」
 言っていることはそんなに悪くない。正しいうえに前向きで大変よろしい。その『できること』の内容が内容でなければ、だが。
「あああっ、その心意気は正しいと思うんだけど! なんか絶対にずれてるでしょ、ずれてるよね! ずれてる!」
「ずれてないわよー」
 言い置いてせっせと原稿を描き始めるゆかり。蒼薇は再び頭を抱えて机に肘をつく。ああ、どうすればいいのだろう。彼女の言うとおり、結論を迫られているのはすぐではない。つまりは、考える時間が全くないわけではないということだ。

 着々となんだか不穏なもののラフが現れつつある紙を眺めながら、蒼薇は瞳を閉じた。
 ――さあ、どれを選ぶ、べきなのか。




クリエイターコメントこのたびは、オファーありがとうございました!
どうぞ慎重に、選択してくださいませね。

お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2009-05-06(水) 18:50
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