★ 蘆屋道満、焼き芋を追って市中を駆けるの事 ★
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
管理番号107-4846 オファー日2008-10-04(土) 20:20
オファーPC 蘆屋 道満(cphm7486) ムービースター 男 43歳 陰陽師
<ノベル>

「ぬぉぉおおおおおおおおお!」
 唸りをあげて巨体が走る!
 凄まじい追い上げを見せる蘆屋道満の迫力に、観衆からどよめきがあがった。
 この時トップを走っていたのは3丁目の吉岡さんのご主人であった。吉岡さんのご主人は、歳こそ40歳だが、ジョギングが趣味で歳のわりには腹も出ていない。だからそこそこ足には自信を持っていて、この町内会のマラソン大会でも優勝候補の本命であったのだが――。
「……!」
 背後から迫りくる暴走ダンプカーのような気配に、吉岡さんのご主人はラストスパートへ踏み出す足に力を入れた。ゴール前の最後の難所、たばこ屋の前の坂にさしかかる。
 吉岡さんのご主人は頑張った。
 ここでムリをすると明日からの会社にこたえるとわかっていても、猛然と追い上げてくる道満の姿を見ると負けられん、という闘志がふつふつとわいてくるのであった。
 男、不惑の意地である。
 軋む腰に鞭を打ち、破れそうな心臓に叱咤を浴びせ、吉岡さんのご主人はたばこ屋坂を駆け上る。大丈夫だ。このペースでいけば、間違いなく……
「ふおおおおっ!」
 これは風か。
 体格を考えれば、こんな機敏な動きができるはずがなかろうに、蘆屋道満は飛ぶような追い上げを見せた。
 しかし負けじとさらに頑張る吉岡さんのご主人。
 沿道から、両者それぞれに声援がかかる。吉岡さんのご主人はそれに混じって、パパがんばってーと息子の声を聞き、あなたしっかりー、と妻の声を聞いた気がした。
「ふ」
「ぁ」
「い」
「と」
「!」
 仮面の部下忍者たちも、一文字ずつ応援の文字が書かれたボードを掲げてあるじを静かに応援した。
「ま、負けるかぁ……!」
 ゴールは目前。死力を振り絞って引き離そうとする吉岡さんのご主人。しかし道満の大股のストライドは一歩ごとに確実に差を詰めていく!
 おおおおお、と、歓声に、町内が揺れた。
 たばこ屋のハルばあさんがうたたねから醒めたくらいの、割れんばかりの喝采だった。
 ゴールテープを切ったのは道満だ。
 がくり、と吉岡さんのご主人は膝をついた。ま、負けた……。すまん、息子よ、パパは勝てなかったよ……。
「……」
 ふと顔をあげると、奇妙な面をつけた忍びのものたちが彼をとりかこんでいた。そしてその中央に立ち、息を整えながら、まるで健闘をたたえるかのように、手を差し出し、彼を助け起こそうとしているのは。
 それがほかならぬ蘆屋道満だと知って、吉岡さんのご主人の視界が男泣きの涙にかすんだ。
「よい勝負であった」
 道満は言った。
 吉岡さんのご主人は、その大きな掌へ、自分の手を重ねようとして――
『優勝者の表彰を行います』
「おお!」
 手は空を掻き、バランスを崩した吉岡さんは顔面を地面で打った。
 最後に見たのは、いそいそと駆けだしていく道満の背中。

 お館さま、あの人はいいのでござるか?とでも言わんばかりに、部下たちがわさわさと動き回るのを一括し、蘆屋道満は満足げな表情で、大会本部のテント前に立つ。
 見事、町内会マラソンの優勝者となった道満へ、町会長から表彰状が読み上げられているが、そんなものはどうでもよかった。
 道満の目は、町内会のスタッフがうやうやしく手にもち、このあと道満に渡されようとしているその副賞へ向けて、らんらんと輝き、熱い視線を注いでいたのだ。
 それこそ、彼が町内会マラソンに出場した理由であった。
 とある映画より出現した『黄金の焼き芋』。伝説の焼き芋職人(なんだそれは?)の手になる、まさに究極にして至高の焼き芋。この芋が、マラソン大会の賞品に悩む町内会の前に降臨したのは、まさに天啓であっただろう。
 いよいよ、それが道満のものになるときがきた。
 奇跡のようなラストスパートもすべてこの芋のためであったと言って過言ではない。
 三宝の上に鎮座まします『黄金の焼き芋』は、見たところ普通の焼き芋である。しかし、焼きたてらしく湯気が立っている。出現してから今に至るまで、常に焼きたて・食べごろの状態にあることが、これがまぎれもない魔法によって映画からあらわれた産物であることを物語っていたが、そんなことはどうでもよい。道満としては伝説的なこの焼き芋を賞味することこそが念願であった。
『では、副賞の「黄金の焼き芋」が授与されます』
「うむ、待ちかねた!」
 道満の手が、三宝にかかるやいなやという、まさにその時だった。
 空気を切り裂くようなクラクション。
「どっけぇえええーーーーい!!」
 どこかで悲鳴があがった。
 一台のワンボックスカーが、こちらへ向けてつっこんでくる。
 そのルーフを開けて、目だし帽で顔を覆った男が、大仰なライフル銃のようなものを手に、こちらを威嚇しているのを人々は見た。
 聖人が起こす奇跡に割れる海のように、群衆が二手に分かれていく。
 飛ぶように突っ込んできた車両はアスファルトを削るようなドリフト音を響かせ、町内マラソン大会の本部テントをかすめると、たばこ屋坂を駆け降りていく。
「ぬおおお!」
 突然、頓狂な声をあげたのは町会長だ。
「どうしました、お怪我でも!?」
 周囲の人々の心配に、しかし、本人は至って無事な町会長は、からっぽの三宝を手に叫んだ。
「や、焼き芋が!」
「何!」
 道満は、そして町内会の人々は見た。
 遠ざかるワンボックスカーの屋根の上に跳ねる焼き芋を。
 そしてそれが、ころり、と開いたルーフから車内に転がり落ちるのを――。
「なんだとぉおおおおおおおお!!!!」
 おくれて、パトカーのサイレンが押し寄せ、人々の間を縫って、たばこ屋坂を下りていく。
 どうやら今のは逃走中の強盗かなにかであったらしい。
 ざわつく町内会。
 そして立ちつくす蘆屋道満。そのおもてが、瞬時に、不動明王のごとき憤怒の相に変じた。

 ★ ★ ★

「どうだ、まいたか!?」
 ハンドルを握る男が、後部座席の仲間に訊ねた。
「た、たぶん」
「俺達が『銀幕ふるさと信金』を襲う一足先に、『銀幕シティ銀行』がヴィランズに襲われたらしい。警察はそっちにかかりきりだ。ラッキーだったな」
 助手席の男が言って、腕の中の札束の詰まったカバンを示し、にやりと笑った。もっとも、その顔はかれら全員、目出し帽で隠されていて、人相ははっきりとわからなかったのだが。
「都市銀じゃなくて地元の信金を襲って正解だったね!」
「犯罪も地域密着の時代だからな」
 いまいち意味のわからないやりとりをしつつ、3人組の銀行強盗は住宅街の狭い道を走っていく。
 追ってきていたパトカーのサイレンははるか後方に消えてもう聞こえない。
 車内に、安堵が満ち始めた、そのときだった。
「ん――?」
 ハンドルを握る男が、目をこすった。
「今、道路脇になにか……」
 ポストのように、路傍にたたずむ黒いものが、車窓を後方へと流れていく。
 過ぎたと思えばまたひとつ、またひとつと、かれらの行く先を待ち構えるように、それは立っていた。
「なんだ!?」
 人――、だろうか。
 棒立ちの、黒装束だ。
 笑顔のような、無表情のような、奇妙な仮面をつけたそれは、まるで生ける道路標識のように、その板を胸のあたりに抱いていた。
「『ト』……?」
 そう、読めた。
「今度のは……『マ』」
 順に文字を追う。
 ト・マ・ラ・ヌ・ト……。
「止まらぬと?」
 シ・ヌ・ゾ。
 物騒なメッセージが浮かび上がった次の瞬間!
 どん!と重々しい音、そして衝撃とともに、車体が揺れた!
「おわあ!?」
「なんだ、上になにか!」
 天井がすこしへこんでいる。
 なにかひどく重いものが、上から降ってきて運転席の屋根の上に着地したらしい。
「う、わ……」
 後部座席にいた男は、ルーフガラスの向こうに、車の上に仁王立ちしている壮年の男の姿を見た。時代風の(何時代だ、などという知識は男たちにはない)装束からするとムービースターだ。圧倒的な巨体に――鬼のような形相が男をねめつける。思わず、喉が鳴った。
 と・ま・れ――と、男の口が動いた。
「あ、アニキ、上になんかいる! 止めてくれ!」
「バカ言え、振り落としてやらぁ!」
 狭い道の中で、男は危険な蛇行運転を行う。だが屋根の上の巨漢は微動だにしなかった。まるで――男の鉄下駄が車の屋根に接着されでもしたかのようだ。
 ざん、と巨漢は大きな鉄扇を広げた。ぶん、とひと振りする。
「うわああああああ!?」
 フロントも、リアも、サイドも――四方のガラスはすべて割れて砕けた。どこからともなく、猛スピードで飛来した鉄パイプや工具類が窓を突き破って車内に飛び込んできたのである。さすがに止まらざるを得なかった。
 屋根の上の男がとんぼを切って、車の前方の地面へと降り立つ。
「クソヤロウ」
 運転席の男が口汚く吐き捨てる。
「いい度胸だ。轢き殺してやらぁ!」
 相手は車の前方にいる。そのまま思いっきりアクセルを踏み込めば、急発進した車体に彼がはね飛ばされる――はずだがそうはならない。
「あ、あれ!?」
 タイヤが空回り、悲鳴のような音を立てた。摩擦に煙が上がる。だが車は1ミリも進んでいないのだ。
「馬鹿め。鉄の匣に乗っておったが運の尽き。とっとと……下りぬかぁ!」
 巨漢――むろんそれは蘆屋道満だ――が叫び、ごう、と鉄扇を振るった。気のせいか、扇がさっきより大きくなっている。
 めきめき、と音を立て、車が軋みはじめた、と思った次の瞬間、目に見えぬ力がワンボックスカーを見る間に解体してゆくではないか。
 たちまち、男たちを乗せたシートだけが道路の上に放り出される。
「う――」
 ハンドルを握ったまま(文字通りハンドル「だけ」を!)の男は、ようやく、これは拙いと悟ったらしい。3人の強盗たちは、一目散に逃げ出していった。今度は自分の足で、である。
 バラバラになった車の残骸に、仮面の忍者たちがさっと集まってくるが、すぐに、かぶりを振った。
「なに、ないだと? むう、それでは……!」
 道満の眼光が、逃げ去っていく男たちの背を射抜く。

「なんなんスかああ、アニキ、今のヤツは!?」
「し、知るか! もしかしてもう『対策課』が動いたのか!? けど、ムービースターの事件じゃねぇのに、なんで『対策課』からムービースターが派遣されてくんだよ!」
「ヒイイ、き、きた! 追ってきた!!」
「ふおおおおおおおおお」
 暴走機関車のような勢いで、道満が追ってくるのを見て、強盗たちのなけなしの勇気は消し飛んでしまった。あとはもうただ逃げるのみ! ただ生物の生存本能のままに、逃げる!逃げる!逃げる!
 窮鼠とはよく言ったもので、ここへきて男たちの逃げ足は凄まじかった。
 とにかく死ぬ物狂いで逃げたのだ。
 生垣をつきぬけ、佐藤さんのおじいちゃんが大事にしていた盆栽を蹴倒してでも逃げた(強盗と道満が通り過ぎたあと、部下忍者がぺこぺこ頭を下げて直して行った)。
 空地の猫集会の中へ飛び込んで、何匹かふんづけてもなお逃げた(部下忍者が踏まれた尻尾の手当をしようとしてひっかかれた)。
 浮気現場に奥さんが踏み込んできて修羅場がはじまらんとしているある家のベッドルームを抜け(どさくさにまぎれてなぜか部下忍者が奥さんに殴られた)、締切直前で追い詰められているマンガ家の仕事場を通り(部下忍者がついでにトーンを一枚貼るのを手伝ってあげた)、銭湯『もりの湯』の女湯を抜け(部下忍者がお約束的に湯をぶっかけられた)、某ムービースターの軍隊の宿舎になっているアパートの庭を突っ切り(部下忍者が落ちていたパンツを拾った)、近所の人はおそれて決して近づかない猛犬のいる家の庭を越えて(ここだけは部下忍者も避けて迂回した)、強盗たちは逃げ続けたのである。
 だが、そうはいっても所詮、ただの人間と、もとより頑健な肉体に、食い物を前にしてさまざまな限界を突破した蘆屋道満とでは勝敗は最初から決していた。
 その差は徐々に詰められてゆき、男たちの背後に、道満の荒い鼻息がかからんばかりになる。
「かえせぇええええええええ」
 怨霊めいた叫びを、道満は放った。
「ヒイイイ、ゆ、許してくれ! 返す! 金なら返すから!」
「金よりもイモだ! 焼き芋を返せぇええええ!」
「はあ、い、いも!?」
「あ、なんだこれ!?」
 その期に及んで、男たちは奪ってきた札束を入れたカバンの中に、ほかほかと湯気を立てる焼き芋がまじっているのに気づく。いったい、どこでまぎれこんだのか。
「こ、こんなもののために……!? 返すよ! いるか、こんなもの!!」
 強盗は、ありったけの力をこめて、焼き芋を後ろへ放った。
「ぬ!」
 勢い余って、投げ捨てられた焼き芋が、秋空に弧を描く。
「ま、まてぇええええい!」
 道満の手は、しかし、むなしく空を掻いた。
 刹那!
 その場面に行き当たったものたちは、目を疑ったかもしれない。
 蘆屋道満の巨体が、一瞬にした消え失せたのだから。
 一方、焼き芋は、すぽん、とその屋台の中にはかったように落下する。
「焼き芋〜、焼き芋はいらんかぇ〜」
 なんというご都合――否、数奇な運命であろうか。
 それは夕暮れの町内を売り歩く焼き芋屋の引く車であった。
 ゆっくりと、焼き芋屋が遠ざかっていく。
 あとに残されていたのは、なぜだか、蓋が開いていたマンホールだ。
 マンホールの暗い穴の奥から、雑音まじりの無線の音。
「こちらチーム・オスター。G地点のマンホールにて、落ちてきた一般人と遭遇。意識はない。こちらを見られてはいないと思われるが……。了解。ではここは捨て置いて撤収する」
 数日後、とあるサーカスの興業を襲撃予定であったさる特殊部隊は、ひそやかに、下水道の闇の中に消えていく。
 そのことに、誰も(道満も)気付かなかった。

 ★ ★ ★

「パパ、おかえりー」
「ああ、帰ったよ」
「片づけ、今終わったの? 大変ねえ。町内会も選手までかりださなくても」
「まあ、あんなこともあったしねえ。ホント、驚いたよ」
「怪我したひとがいなくてよかった」
「本当だねえ」
「先にお風呂にします?」
「しかし腹が減ったなあ」
「ああ、それなら……」
「パパー」
「こ、これは……焼き芋……?」
「賞品の焼き芋、貰えなかったでしょ。これは屋台で買ったんですけど」
「おまえ……」
「パパ、食べてー」
「……」
「おいしい?」
「……ああ、おいしいよ……」
「いやだ、あなた、泣かないでよ」
「なんだこの焼き芋……最高だ……信じられんくらいうまいよ……」
「屋台で買ったんですよ?」
「でもワタシにぁ、これが、黄金の焼き芋だよ」

 ★ ★ ★

 後日、道満のもとを、銀幕署の警官たちが訪れた。
「先日は銀行強盗の逮捕にご協力いただきまして」
「……」
 しかし結果的にどうであれ、そんなものは道満の知ったことではなかった。
 黄金の焼き芋を食べそびれた道満は、むっすりとした表情のまま、住処にしている神社の本堂の床に、腕を枕に寝そべっているだけだ。
「それで、本日はお礼をお持ちしたのです」
「ん」
 ふわり、と良い匂いが道満の嗅覚を刺激した。
 とたんに、興味をひかれてむっくりと半身を起こす。
「とある映画から実体化した『黄金のジャガバター』です。これは道満さんに是非にと思いまして……」
「おお、これはなんと……かたじけない、気遣い痛み入るぞ!」
 現金な笑顔で、ホイルに包まれ、ほかほかと湯気を立てるそれへ、道満が手を伸ばした。
「そこをどけええええええい!」
 絶叫。そして馬のいななき!
「ぬお!」
 鎧武者を乗せた暴れ馬が、警官と道満の間を駆け抜けて行った。
「……」
 顔を見合わせるふたり。
 どちらの手の中にもジャガバターはなく。
「!」
 まさかと見やれば、走り去る武者の刀に貫かれたまま湯気を立てるジャガイモの姿があった。
「ま、待たんかぁあああああああ!!!!」
 ジャガバターを追って、道満が駆け出す。
 この捕物の顛末は、しかし、また別の話だ――。

(了)

クリエイターコメント大変、お待たせいたしました。
微妙に他のシナリオやらノベルやらにリンク?しつつも、それらとは一切関係なく繰り広げられたご町内バトルの顛末です。
っていうか、強盗視点で見ると、お館さまは完全にヴィランズ。
公開日時2008-11-03(月) 18:00
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