★ Beautiful Name ★
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
管理番号107-5643 オファー日2008-12-06(土) 23:40
オファーPC マナミ・フォイエルバッハ(cxmh8684) ムービースター 女 21歳 DP警官
ゲストPC1 メグミ・フォイエルバッハ(cwrh1025) ムービースター 女 21歳 DP警官
ゲストPC2 アズーロレンス・アイルワーン(cvfn9408) ムービースター 男 18歳 DP警官
<ノベル>

 わたしがマナミか、メグミか――、その質問に答えるのは簡単なことじゃないわ。
 もちろん、出生届に書かれた名前なら言える。
 わたしたちはそっくりな一卵性双生児で、誰も見分けられない。よく悪戯で入れ替わっては大人を騙しもしたし、わたしはマナミよ、って言えばそれを違うと言い切れる人なんていないんじゃないかと思う。でもだからといって、わたし自身の本質が変わるわけじゃない。
 でも……、でもね。
 わたしの本質って何だろう。
 生まれた時から――いいえ、生まれる前からわたしたちは一緒で、かたときも離れたことなんてなかった。
 一卵性双生児って、ひとつの細胞が分かれてできるんだって習ったわ。
 それなら……わたしの本質は、片割れの姉妹の本質でもある。
 それに、わたしたちは特別だった。
 双子の誰もが、お互いのことが離れていてもわかったりするというけれど、わたしたちは特にそれが強かった。
 だから本当に幼いころは、わたしたち自身もお互いの区別がついてなかったんじゃないかと思う。
 だから、わたしはマナミで、メグミでもあるの。

 わたしたち家族は移民の多い地区の、安いフラットに、パパとママと、一家4人で暮らしてた。
 でもそれはあれが暮らしって呼べるんだとしたらの話ね。
 パパは仕事をしていなかったわ。 
 一日中家にいて、壁ぎわで膝を抱えていたり、宙を見てぶつぶつ言ったりしていた。
 時々、大声をあげたりもしたけど、そんなとき、パパはなにかに怯えて、ガタガタふるえているだけだった。
 パパが働いていないから、ママは朝から晩まで働いていたわ。
 家にいるときは、独りでお酒を飲んでた。
 いつもだいたい帰りが遅いけど、たまに早く帰ってくるときがあって、そういう日は要注意。わたしたちはそっと息を殺して、部屋のすみで大人しくしているの。なにかの拍子で、ママが怒りだしたら大変。わたしたちは何度もぶたれたし、下着だけでテラスに閉め出されたりとか、熱いお湯をかけられたことだってあった。
 なにがきっかけでそうなるかわからないから、わたしたちはなるべくママの目につかないところで、本を読んだり、絵を描いたりしてたの。
 あの日々が幸せだったなんてとても言えないけれど、家族で暮らしたのはあの歳月のあいだだけだったんだなあ、って今でもときどき思い出すの。
 つらいことや、痛いことがほとんどだったけど、楽しいことがぜんぜんなかったってわけじゃない。真っ暗な夜空に、ほんのわずかに瞬くちいさな星明かりみたいな出来事でも、それでかえって、特別に感じられるってこと、わかるでしょう?
 わたしたちを散々ぶったあと、ママが独りで泣いていたこと。
 パパが、わりと「まし」な時に、うっすらと笑いかけて、歌を教えてくれたこと。
 いつだったかの誕生日に、ひとつしかあげられないけれど、って、クマちゃんを買ってくれたこと……。あのクマちゃんはずっとずっとわたしたちのお気に入りで、いっとき、わたしたちは3姉妹になったみたいだった。あれをくれたのもママなら、結局、クマちゃんを取り上げて燃やしちゃったのもママなんだけどね。
 そして――
 あれは、わたしたちが十歳くらいの頃だったと思う。
 ある晩、パパが死んだわ。
 それで、すべてが変わって……、変わり始めていった。

 ★ ★ ★

 それは少女たちにとって、新しい季節のはじまりだった。
 兆しは、すこしずつ、日々の暮らしの中にまぎれている。
 マナミが、クレヨンの赤がなくなった、と言った。ふたりは部屋中を探したが、どうしても見つからない。そんなとき、ふと、メグミの頭の中に、その映像がよぎったのだ。
「この下だよ!」
 キャビネットの下をのぞきこむと、はたしてクレヨンが転がっていた。
 メグミは、なぜだか、それが「見えた」のだと言った。
 同じようなことが、ときどきあったが、いずれも些細なことで、姉妹は大して気に留めなかった。よく注意してさえいれば、マナミも、多少「カンが鋭くなった」と気づいたかもしれないが、瑣事にかまけていられるほど、ふたりの暮らしは平穏なものではなかったのである。
 貧しい生活に倦んだ母親は、毎晩のように金切り声をあげていたし、父親は注射器を投げだし、ヒゲづらにだらしない笑みを浮かべて夢の中に逃げ込んでいるほかは、皮膚の下を這いまわる虫の幻影に呻いているばかりだった。
 それでも、すこしずつ――時のうつろいとともに、運命は変わりはじめていたのだ。
 
「メグミ! メグミ、起きて!」
 揺り起こされた。
「どうしたの……」
「しっ!」
 起しておきながら、マナミは静かにしろと言った。そして押し殺した声で、
「ママに――ママに殺されちゃう!」
 と囁くのだった。
「マナミ……泣いてるの?」
 メグミは、双子の姉妹の頬をそっとぬぐった。
「怖い夢を見たのね」
 マナミはかぶりを振った。
「違うの。夢じゃない。ママが……ママが……」
「大丈夫だよ」
 落ち着かせようとメグミが肩に回した腕を、マナミは振りほどく。
「ここにいちゃだめ」
「……」
 時刻は真夜中を回っていた。蒼い闇に沈む部屋の中で、メグミはマナミをじっと見つめた。カーテンの隙間から入ってくるのはどこかのネオンの灯り。浮かびあがる涙の筋を拭き取ってやってから、彼女は静かに訊ねた。
「……わかったわ。じゃあ、わたしたちはどうすればいい?」
「逃げなくちゃ」
「オーケイ」
 そうと決まれば少女たちの行動は早い。パジャマの上に上着を羽織って、そっと部屋を抜け出す。真っ暗なリビングを横切って、玄関へ走った、そのときだ。
「!」
 ぱっと電気がついた。
「……マ、ママ――!?」
 両親の寝室のドアに立つ母の姿に、ふたりは息を呑んだ。
 彼女は血まみれだったのだ。
 ゆらり――、と、幽鬼のように立つ彼女の手には包丁が、ぎらぎらと血と脂のようなものに濡れて光っていた。
 ゆっくりと開くドア……、その向こうで、寝室の床に父が倒れているのが見えた。
「マナミ、メグミ」
 焦点の合わない瞳で、母親は言った。
「もう無理なのよ」
「ママ……」
「ごめんね」
 包丁を手に、近づいてくる。
 悲鳴をあげて、姉妹は逃げだす。
 大声をあげながら、アパートメント中を駆け回った。
 ほどなく――、姉妹は近隣の住人に保護され、駆け付けた警官に母親は拘束された。
 すでに事切れていた父親は、十数か所を刺されていたという。

 ★ ★ ★

「ご承知の通り、心理学の分野を中心に、双生児研究は歴史あるテーマです。彼女たちの協力が得られれば、それはわれわれの研究にとっても……ああ、失敬、あまりこういう言い方は、好ましいものではありませんでしたかな」
 そういう男の態度は、すべて紳士と呼んで差し支えないものだった。
 研究について水を向けた途端に放たれた熱弁も、職務熱心さととることはできるだろう。なによりも、アイルワーン博士は大変な資産家であるのだから、その点でも、彼女たちの養育者としては申し分がないのである。あとは――
「いえ……ただ、私どもとしましては、あの子たちが満足な養育を受けられるのであればと」
「それはもう。どうかご心配のないように。私の研究所が、すでに多くの双子たちを受け入れていることはご存じですね?」
 博士の言葉に、施設長は頷いた。
「ところで、彼女たちはそもそも、両親の虐待を受けた子たちだとうかがいました」
「ええ、母親から。父親は麻薬中毒で育児には携わっていませんでした。母親が父親を殺し、収監されたので、当施設で養育するようになったという経緯です」
「母親から暴力を振るわれていたのですよね?」
「そう聞いています」
「そこです。私たちが扱うケースの中では、事故などで脳にダメージを受けたことがきっかけで能力を発言した例が多いのですよ。私の仮説では彼女たちの場合もあるいは――おや」
 また熱弁の暴走に入りかけた博士の前に、双子たちが連れてこられた。
「こちらはアイルワーンさんです。ご挨拶なさい」
 施設長は親らしい風で姉妹を促す。
 ふたりは形ばかりの歓迎を示して、小さく礼をしたが、二対のガーネット色の瞳は油断なく初対面の人物を見つめていた。
「以前にお話したわね。アイルワーンさんはあなたたちを引き取りたいと仰っているの。アイルワーンさんの――お仕事のお手伝いをすることになるけれど」
「きみたちが嫌だと思うことはしないよ」
 彼は口を挟んだ。
「あなたたちが望まないのなら、YESとは言わなくてはいいわ。どうする?」
「……」
 ふたりは、じっと、新たな養い手を見た。
「……ふたり一緒ね?」
「ああ、そうだよ。きみは、ええと」
「マナミ」
「……ふたりを離ればなれにしない?」
「ではきみがメグミだね。ああ、しないよ。誓う」
「……」
 ふたりは頷き合った。
「だったらいいわ」
「そうかい、嬉しいよ、マナミにメグミ。ふたりを見分けられるようにしないとね」
「無理だと思うわ」
「そうかな」
 彼は笑った。

 だから、姉妹はティーンズの時代を、アイルワーン研究所で過ごしたのだった。
 そこには博士が世界中から集めてきた子どもたちがおり、その意味で、暮らしは孤児院とかわりなかった。ただ、研究所にいるのは特別な素質をもつ子どもたちばかりだった。
 カメラのフィルムに念写をする少年、スプーンを曲げる兄弟、空のコップに水を満たすことができる女の子……。そんな不思議な仲間たちにまじって、マナミとメグミは、日々を、ロールシャッハの図形を見たり、絵を描いたり、ESPカードの図柄をあてたりして過ごしたのだった。
「マナミちゃん」
 職員にとって、そうした「子どもたち」は調査対象ではあったけれど、決して非人道な扱いを受けるわけではなかった。ただ――
「今日の午後の実験の予定なんだけどね」
「……わたし、メグミ」
「あらっ、ごめんなさい。マナミちゃんを知らないかしら?」
「さっき図書室に行ったわ」
「そう、ありがとう。……ああ、戻ってきた。ねえ、マナミちゃん」
「……わたし、メグミよ」
「!?」
 いくら一卵性の双子といっても、ふたりは本当にうりふたつであって、見分けがつくものは誰もいなかった。面白がった姉妹が(だいたいマナミの発案らしい)入れ替わって遊んだりするものだから、それはいっそう大人たちを混乱させた。
 大人たちだけでなく、きょうだいぶんの研究所の他の子どもたちでさえ、ふたりの違いを見つけることはできなかった。写し取ったように、容姿はもちろん、身にまとう空気のようなものさえ同じであるように思われたのだった。
「どうかした?」
 そのとき、研究所の休憩室にふらりとあらわれたのは、金茶の髪の青年だった。
「それが……」
 職員の話を聞くと、彼は笑った。
「どう間違うっていうんだよ」
 冷蔵庫から取り出した飲み物のボトルを開けながら、彼は、ひとりを指して、
「メグミと」
 そしてもうひとりを指して
「マナミだろ」
 と、こともなげに言うのだった。
 どうしてわかるんですか、という職員には答えずに、彼はひとり――それはメグミだった――に近づくと、
「あまり大人をからかうんじゃないよ」
 と、彼女の頭をなでた。
 そしてあらわれたときと同じく、唐突に部屋を出ていく。
 姉妹さえ、ぽかん、とその背中を見送るよりないのだった。


 彼の名前はアズーロレンス・アイルワーンといったわ。
 つまり、その時、あたしたちがいた研究所のオーナーで書類上の養父だったアイルワーン博士の息子ってわけ。
 その頃、彼は十七か十八くらいだったと思うけど、飛び級で大学に行っていたわ。
 研究所のひとたちはジュニアって呼んでたし、もうすこし親しい人にはアズーロって呼ばれてた。
 彼は特別な立場だった。
 所長の息子なのだから特別なのもあたりまえだけど、彼は……彼もまた、あたしたちと同じ「才能ある子どもたち」のひとりだったから。
 つまり、能力者だったの。
 彼は物質に干渉できるPK能力の保持者で――……そんな話はいいわね、でもとにかく、とても力の強い「子ども」のひとりで、それなのに肉体の拒絶反応のようなものは出ていないようだった。あの、かわいそうな「ちっちゃなスティーヴ」は、実験のたびに吐いたり熱を出したりしてたのにね。神様は不公平。
 そう、彼はそれ以外の意味でも、特別な才能の持ち主だった。
 お父さんの研究を手伝えるくらいに頭がよくて、いくつも論文が学会誌に載ってるんだって聞いたわ。だから彼がちょくちょく研究所に来ていたのは、あたしたちのように観察される側じゃなくて、する側としてであって、「子どもたち」には加わらずに職員たちと一緒にいた。
 そのことで、アズーロを嫌っている子どももいたみたい。
 でも、どこか憎めない人だった。
 そんなときだったの、あのことがあったのは。
 最初は偶然だろうって言ってたんだけど、そのうち、どうやら本当にこの人はマナミとメグミの区別が着いてるんだってことがわかった。
 そんな人はあたしたちにとって初めてだった。
 面白いのは、それなのに、彼は「人の名前を覚えるのがすごく苦手」なの。
 ほとんど指示語だけで話すのを、まわりの人が文脈で補っているのが普通で、おかしなあだ名みたいなのをかわりにつけられている人もいたわ(それだと覚えるみたい。へんなの)。
 とにかく――
 アズーロは唯一といっていい、あたしたちをそれぞれ「マナミ」「メグミ」と認識できる人だった。
 そのことを、あたしたちはただ驚いていただけだったけど……本当は、それはすごく――あたしたち自身も気づかないくらいに、重要なことだったのね。
 誰にだって、ひとりにひとつずつ、名前がある。
 それはそのひとであるというしるし。
 あたしたちにも名前があったけど、それはずっとずっと、「メグミとマナミ」だったの。
 そう。
 もしかしたらあのときまで、あたしたち自身でさえ、「メグミとマナミ」の区別がついていなかったのかもしれない。

 ★ ★ ★

「ねえ、マナミ」
 一足先にベッドに入っていたメグミが、そっと呼びかけてきた。
「なに」
「最近、アズーロがあまり研究所にこないでしょう」
「そういえばそうね」
 お揃いのパジャマのマナミは、ドレッサーの鏡の前で髪をとかしながらあまり気のない返事をした。
「今日、ジェフに聞いたんだけど、彼、大学を卒業したそうなの」
「そう」
「それで、就職するんですって」
「ええ?」
 ブラシをおいて、そこではじめてマナミは振り返った。
「あんな人に勤まる会社なんてあるの? それに卒業したら大学院じゃなかったの?」
「うん、入るのが決まっていた大学院を勝手に断っちゃったんですって。もう大学で学ぶようなことはなにもないなんて言って、先方はカンカンだって」
「そうなんだ。それで、何の仕事をするの?」
「……警察」
「警察!?」
「DPって知ってる?」
「ああ……」
 Division Psychic――、能力者で構成された警察の部局があるという情報は、アイルワーン研究所にいたこともあって、姉妹の知るところだった。
「そうなのね。驚いた……」
「それでね、マナミ……。マナミは、先のことを考えたことはある?」
「先のことって?」
「わたしたち、次の誕生日で十八だわ」
「……」
 言わんとしていることがわかった。
 18歳以上になれば、研究所を出て自立することが、「子どもたち」には許されている。
「メグミはどうなの?」
 マナミは聞き返した。半ばその答えを予想しながら。
「……わたしも、DPで働けたらって思うの」
「メグミ」
 つと、マナミは姉妹の傍に寄って、膝をついた。
 ベッドから出された手を握る。
「メグミの考えていることはわかるよ」
 姉妹だから。双子だから。特別な力を持っているから。
 ……ううん、違う。
 ふたりはひとつだから。
「でも警察官になるって、大変なことだわ。試験が難しいという意味じゃなくて」
「わかるわ、マナミ。わたしそんな簡単に答を出したわけじゃないの。……DPの仕事は必要なことで、そしてわたしたちの力は役立てられると思う」
「……メグミ」
 マナミは笑った。
「今、わたしたちって言ったわ」
「あ――」
「……いいの。……実はね」
 マナミは今度はデスクに向かうと、ひきだしからファイルを取り出した。
「これって……」
 それを見せられたメグミは、驚いて姉妹を見つめ返した。
「DPのWebページのプリントアウト。まずこれを見てもらって、説明しようと思ってたの。……メグミをね、どうやって説得しようかなあ、って」
「マナミ……」
「不思議ね、あたしたち」
 くすくすと、マナミは笑った。
「お互いのこと、なんでもわかるのに――、でもわからないこともあるの。それってきっと……」
「……わたしたちが、わたしたちであるからだわ」
 ふたりのてのひらが、ぴたり、と合わせられた。



 それから、ふたりは猛勉強もしたし、体だって鍛えた。
 それで、晴れてDP警官になることができたってわけ。
 アズーロは、特に驚きもしなかったわ。
 ちょっとあてがはずれたのは、アズーロはDP所属ではあるけれど、正確には捜査官ではなくて、ほとんど、専用のラボにこもってばかりいたってこと。
 それはそれで……良かった面もあるんだけどね。
 とにかく、それからがふたりの警官生活のはじまり。
 今度は本当に危険な目に遭ったことや、波乱万丈な出来事がたくさんあったんだけど、そのお話はまた今度――。
 ……え?
 それで、結局おまえはマナミなのかメグミなのかって?
 さあね。あなたは、どっちだと思う……?


(了)

クリエイターコメント大変、お待たせしました。
なにより気にかけたのは、ノベル文中でも姉妹の取り違えをしないようにということでしたが(笑)、なにかやらかしているかもしれません。間違ってたらごめんなさい!
公開日時2009-01-20(火) 19:00
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