★ 森の記憶 ★
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
管理番号105-6596 オファー日2009-02-08(日) 17:39
オファーPC ウルクシュラーネ・サンヤ(ctrt1084) ムービースター 男 19歳 影を駆使する領主
<ノベル>

 見渡す限り広がっている木々に、ウルクシュラーネ・サンヤは足を止めた。
(ここは、何処だろう)
 右を見ても、左を見ても、あるのは木々だけだ。生い茂った木々は空をも覆い、昼間なのに酷く暗い。
(遊びに……ただ、遊びに来ただけだったのに)
 ウルクはぎゅっと手を握り締める。6歳という幼い体と心に、先の見えぬ森は大きすぎた。光は木漏れ日ですら見つけにくく、日の当たらぬ地面はじっとりと湿っている。ただ遊びに来ただけだったから、普段着のまま、何ももっていない。
「お腹、空いた。喉、渇いた」
 ぽつりと呟くと、酷く惨めな気分になり、喉の奥が熱くなってきた。
 ウルクは、この森を含めた一帯を治める領主の息子だ。いずれは、ウルクがここら一帯を治めることになる。物心付いた時から、親を初めとする周りに言われてきた事だ。だからこそ、軽い気持ちで森にも足を踏み入れた。いずれは自分が治める事になる場所だから、と。
 本当に、遊びに来ただけなのだ。
 だが、ウルクの軽い考えに対し、森は厳しかった。街に整備された道とは違い、標識などの目印は何も無い。獣道ですら存在しない。あるのは大きく茂った木々と、じんわりと湿った地面と、そこに生える草だけ。たまに遠くの方から獣の声が聞こえていたが、それはウルクの助けにはなりそうもない。
「僕は、ここで」
 じわ、と目頭が熱くなる。
 もしこのまま森から出られなかったら、という考えがぐるぐると回っている。どうなるか、などという事は、頭では分かっていても口には出したくなかった。
 口に出してしまえば、その通りになってしまうような気がして。
「僕は、僕は……」
 泣き出しそうになったその瞬間、がさ、と後ろで大きな物音がした。ウルクはびくりと体を震わせて振り返り、小さく「ひっ」と声を上げる。
 そこにいたのは、大きな一本角の鬼と影にしか見えぬ人がいた。
「泣くな、坊主」
 鬼はそう言い、ウルクを見下ろした。
「人の子、迷ったか」
 今度は影が言った。
 だが、どちらもウルクの耳には良く聞こえなかった。恐怖から、聞こえにくくなっていたというのもあるかもしれない。
 鬼と影は顔を見合わせ、ウルクを怖がらせないように静かに話し出す。
「坊主、この森には入ったことがないのか」
「な、ない」
 鬼の言葉に、ウルクは小刻みに首を横に振る。
「この森は迷いやすい。出口が、分からないのだろう」
 影の言葉に、ウルクはこっくりと首を縦に振る。
 ようやく、気持ちが落ち着いてきていた。森の中で迷ってしまったという状態と、突如現れた大鬼と影のような姿に、頭が混乱していた。しかし、鬼と影はウルクを怖がらせないようにと接している。それが、徐々に分かってきたのだ。
(忍、か)
 ふと、思い出す。
 忍とはつまり、異形の者の事だ。市民権を持てず、人としても扱われない。迫害されたりもしている。知識としては知っていたが、実際に出会ったのは初めてだった。
「……怖いか、坊主」
 鬼が尋ねてくる。ウルクは「少し」と答えたが、すぐに首を横に振った。
「別に、怖がっても構わない。それが、人というものだ」
 影が言う。ウルクは「違う」と言い、じっと鬼と影を見つめる。
「二人とも、僕を怖がらせようとしていない。だから、僕は怖がるべきじゃない」
 ウルクの言葉に、鬼と影は少しだけ笑ったようだった。
「坊主は、面白い奴だな」
「僕は、ウルクだ」
「ウルク。良い名だ」
 影はそう言い、つい、と前へと進む。その後ろをウルクが続き、更にその後ろを鬼が続いている。
 ウルクは前後を見て、小さく笑う。
「ウルク、何がおかしいのか」
 影が尋ねる。ウルクは「だって」と言って、更に笑う。
「何だか、安心するんだ。前には、ええと」
「ヴィラメリアだ。ヴィラ、と呼べ」
「……ヴィラがいて」
 ウルクは、更に後ろを向く。鬼は一つ頷き「アイトニーだ」と名乗る。
「後ろには、アイトニーがいる。この森は、あんなに恐ろしかったのに、今はもう怖くない」
 ウルクの言葉に、ヴィラは「なるほど」と言って笑う。
「我々がいるから、怖くない、と」
「うん、怖くない」
「しかし、我々の様相を怖いと言う者もいる」
 苦笑混じりに言うアイトニーに、ウルクは首を横に振る。
「それは、二人を知らないからだ。僕は、最初は二人が怖かった。でも、もう怖くない。それどころか、今は心強い。それは、二人を知ったから」
 ウルクがそういうと、ヴィラとアイトニーは顔を見合わせて頷く。
「聡い子だ、ウルク」
「そして、優しい」
 交互に二人は言う。ウルクは誇らしくなり、今一度笑みを浮かべた。
「ウルク、出口だ」
 先を行っていたヴィラが、光が差す方を指差す。「あちらに行けば、街に戻る」
「ありがとう」
 ウルクは二人に頭を下げる。
「無事に着いて、良かった。もう、森で迷わぬように」
 アイトニーがそういうと、ウルクは少し悩んだ後に口を開く。
「また、遊びに来てもいい?」
 ウルクの言葉に、再びヴィラとアイトニーが顔を見合わせる。
「この森は、危ない」
 アイトニーの言葉に、ウルクは「大丈夫」と返す。
「二人がいれば、危なくない」
「我々は、忍だ」
 ヴィラの言葉に、ウルクは「知ってる」と返す。
「でも、それが何の問題があるの? 僕は、二人に会いたい」
 頑として、ウルクは譲らない。それでも戸惑うヴィラとアイトニーに、ウルクは更に言葉を続ける。
「僕は、二人に会いに来たい。話がしたい。一緒に遊びたい。それだけじゃ、駄目なの?」
 ヴィラとアイトニーは困惑を隠せない。
 真正面から、忍である自分達と再び会いたいだとか、遊びたいだとか、言われた事はなかったのだ。
「僕が来る事によって、迷惑になるのなら諦める。だけど、そうじゃないなら、僕はまたこの森に遊びに来たい。二人に、会う為に」
 真っ直ぐに二人を見据えるウルクに、ヴィラとアイトニーはついに折れた。「分かった」と。
「ならば、また遊びに来るがいい」
「無理に森の奥へ来ないように」
 二人の言葉に、ウルクは「分かった」と言って笑う。「約束だよ」とも。


 昔を思い返し、ウルクは笑う。
 その後、両親には森で迷った事や忍たちに会ったことは話していない。何となく話してはいけないような気がした。だが、それで分かったのだ。
 悪い人たちじゃない、と。
 それからもずっと、ウルクは忍たちと交流を続けた。森に赴き、色んな話をしたり、森の中で遊んだりした。
 ウルクはやがて、領主となる。父が領主だった頃には与えられなかった人権を、忍たちに与えた。更に、人材をスカウトしようと森へと赴いた。
 今度は遊びに行くのではなく、領主として。
(その時の、二人の驚きといったら)
 ウルクは、くつくつと笑う。
 今まで楽しく遊んでいたウルクが、実は領主の息子だったのだと、そこで初めて二人は知ったのだ。他の忍たちもウルクが遊びに来ているのは知っていたから驚いてはいたが、中でもアイトニーとヴィラの驚きは凄まじかった。
「何を、笑っている」
 影の中から声がする。影に潜んでいる忍たちの中には、勿論あの二人もいる。ウルクの笑いに反応したのは、アイトニーだ。
「別に」
「思い出し笑いか」
 更なる突っ込みを入れるのは、ヴィラ。
 ウルクは「本当に、何でもないんですよ」と答え、大きく伸びをした。
 思い返す昔は、伸びをした後も自然とウルクの笑みを引き出すのに十分であった。


<森の優しい記憶を反芻しつつ・了>

クリエイターコメント お待たせしました、こんにちは。この度は、初めてのオファーを有難うございました。
 忍の方との出会いという大事な場面を、書かせていただきました。初めてのプラノベという事で、ウルクさんの人物像を掘り下げる役目が出来ていれば、幸いです。
 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。
 それでは、またお会いできるその時まで。
公開日時2009-02-23(月) 22:30
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