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<ノベル>
新倉アオイが星の噂を聞きつけたのは遅く、今日になって初めて聞いた。
しばらく前からどこかを通りかかると気持ちが軽くなる等の話は聞いていたが、それがあの時の星が原因だとは知らずにいたのだが。今日になって学校に行ってみたら、去年のクリスマスにツリーを飾った星がどうのと話されているのを聞きつけて、思わずそちらに顔を巡らせていた。
それは綺麗だった思い出を振り返っているのではなく、寧ろその星が暴走しているのではないかという推測に思わず口を挟んでいた。
「あの星がどうしたって? 暴走って何?」
「ああ、新倉、おはよ」
「おはよ。それはいいからさ、星がどうしたって?」
教えてよと急かすと、詳しくは知らないんだけどねと首を傾げながら続けられる。
「ほら、どこかの通りで気持ちが軽くなるって話、あったじゃん。あれってさ、クリスマスのツリーに飾ってあった星が嫌な気持ちを吸い取ってるんじゃないかって噂は前からあったんだけど」
「そうなの? え、でもあの星にそんなことできないんじゃないの?」
クリスマスツリーを星が飾ったあの日、偶々アオイも現場に居合わせて星を重くするのに無理やり協力させられた。その時に、人の想いに当てられて重くなるだけだと星を撒いた元凶が言っていたはずだ。
気持ちを吸い取るなんて失礼な事はしないと言っていたのにと眉を顰めるが、多分彼らに会っていないのだろうクラスメートはそう聞いたよーと驚いたように反論してくる。
「あの時の星って、記憶だか気持ちだかを吸い取るんでしょ? それで嫌な気持ちを吸って楽にしてくれてるんだーって、皆言ってるよ?」
皆って誰さ、あたしなんて今まで知んなかったのに。と、ちらりと皮肉な気分にもなったが、クラスメートが「皆」と呼ぶくらいにはその噂はそこそこ広まっていたのだろう。
あの野郎、嘘ついたのかと考え込んでいる間に、クラスメートは最初に話していた顔触れと噂話を再開している。
「でもさー、気持ちを楽にしてくれるのはいいんだけど。その星にだって限界あるんじゃない?」
「だよねー。何かさ、既に暗い気持ち吐き出してるって話もあるじゃん」
「あ、聞いた聞いた! 何か自殺した人まで出たって、あれもその星のせいって話じゃん?」
「けど吐き出してるだけならまだしもさー、許容量超えて爆発とかしちゃったりしてね?」
映画でよくあるパターンだよねぇと呑気に笑い合ったクラスメートたちは、けれどしばらくして顔を見合わせた。
「爆発したらかなりやばくない?」
「やばいよね。物が壊れるとかだけならまだしも……、吸い取った気持ち全部吐き出されたりしたら超怖ーい!」
「吸われた気持ち見放題!? うわー、よかったー、私まだそれ遭ってないしー」
ばれなーいと胸を撫で下ろしているクラスメートを冷やかす声は聞こえていたが、一気にそれどころでなくなったアオイはふらりとその輪を離れた。
クリスマスの時に、アオイは無理やり協力させられた。あの時は吸い取らないと言っていたけれどそれが嘘で、もし今暴走している星がアオイの気持ちを吸い取っていたとしたら?
爆発して気持ちを曝け出されたら、アオイのそれだって誰かにばれる……、
(やばいって! それがマジ話だったら超やばいし! あたしの気持ちまで公開処刑って事じゃんかーっ!)
やめてマジやめて有り得ないんですけど超やばい断固阻止徹底阻止破壊しても阻止!! 等々、一人で恐慌しているアオイが、放課後になるなり速攻で教室を飛び出したのは言うまでもないだろうか。
仲村トオルがそこに来たのは、噂を聞きつけてというよりはターゲットのいきなりの変調の原因を探る為、だった。
今度も上手く、事を運んでいたはずだった。時間をかけて色々と仕込み、周到に仕掛けた罠に嵌ってくれたターゲットがそれは快く気持ち良くお金を出してくれて。相手も気持ち良く、彼も懐が暖かくなってご機嫌でいるはずだったのに。
イケイケな気分で気持ちよく金を引き出しに行ったはずのターゲットが、何故かどんよりした顔で戻ってきたのを見つけた時から、あれ? とは思ったのだけれど。
目が合うなりいきなりその場で号泣され、いやちょっと待ってそんなとこで泣かれても困るしっていうか何泣いてんの!? と内心の恐慌を隠し通して、あくまでも紳士的に優しく宥めたり賺したりして話を聞き出すべく頑張ったのに!
「いきなり何か不安になったって、ねぇ……」
何かって何さと大分ぶすくれた気分で呟きたくなるのは、そんな状態のターゲットが金を持ってきているはずもなく、あれだけ時間をかけて仕込んだにも拘らず今回の仕事が台無しになったから。
「仕事の邪魔されんのって嫌いなんだよねぇ」
一体誰が邪魔をしたのか尽き止めて、今回の補償をしてもらわなくては割に合わない。
とりあえずターゲットがお金を引き出しにいったルートを辿りながら辺りに目を配っていると、最初の内はどこか明るい顔で颯爽と歩く人と擦れ違っていたが、やがて打ち沈んだ暗い顔をした人や、蹲ってぶつぶつと蟻とお話している人をちらほらと見かけ始めた。何となく足を止めて彼らの様子を窺っていると、視界の端に何かがぽんと跳ねた気がしてそちらに顔を向けて固まってしまった。
相手に目がない以上、目が合った、という表現は如何なものだろう。けれどそうとしか表現ができないほどぱっちりと向き合い、見詰め合う(?)こと数秒。何やらどす黒い色をした、ツリーのオーナメントなどでよく見る形の「星」は、時間に追われたシンデレラ宜しく彼の視線を振り切るようにしてぽーんと跳ねた。
「お星様ー……?」
だったよねと呟きながら視線を降ろすと、それが去った後に薄っすらとした靄のような物が残っているのを見つけた。そこに飛び跳ねていった星を見上げていた別の人物が足を踏み入れるなり、いきなりどんと沈んだ顔をするのを見て少しだけ場所を移動した。
(あの星が残した靄が、不安な気持ちを振り撒いてる、のかな? とりあえずあれに触れると気持ちが暗くなるみたいだね)
目の前で様子の変わった人物を観察しながら呑気に考察したトオルは、けれどはたと何かに気づいたように視線を上げて超絶に複雑そうな顔をした。
「ってことは、ボクお星様に仕事邪魔されたの?」
うっわビミョーと何とも表現し難い顔と声で呟いた彼は、不貞腐れたみたいにポケットに手を突っ込んだ。
鬼灯柘榴は、溜まっていく負の気に呼応して唸るような声を上げた使鬼を宥めるようにして撫でた。
「そろそろ、人に害をなすほど溜まっている様子。このまま放っておけば、大事にも至りましょう。……さて、対策課が動かれないのであれば気づいた者が止めるも筋でしょうね」
負の気を喰らわせる事もできますしとそっと口許に微笑を刷いた彼女は店を出て、鮃のように平たい姿をした真達羅に乗って負の気を頼りにそちらに向かった。
飛行能力を持つ真達羅は一度高く昇って、空を泳ぐようにしてのんびりと進む。急ごうと思えば幾らでも急げるが、別に一刻を争うような事態ではない。上空から原因を探して、ゆったりと飛ぶのも悪くはない。
「どうやらあちら様も異動されているようですが、のたりのたりとしておられる様子。……身の丈に合わない負の気を抱えておいでのようですねぇ」
それでは何れ破綻するでしょうにと呟いた柘榴は、袖口で口許を隠すようにしてひっそりと笑った。呪い返しでもされたのであればとんだ素人さんですねぇと辛辣に評価していると、いきなり下から何かが近寄ってくるのに気づいた。
真達羅が警告するように啼いたのを受けて少し身構えて覗き込むと、こんな空の真ん中で何を足場にしているかは分からないが、何かどす黒い色をした塊がぽんぽんと跳ねているらしい。
「……星?」
どうやらそれは星を象っているらしいと気づいて身を乗り出させると、いきなり黒い霧のような物を吐き出されてそれに包まれた。咄嗟に息を止め、真達羅がその場を即座に離れてはくれたがいきなり胸が締め付けられるほどに痛くなった。
──切ない悲しいどうすればいいか分からないどうにもならない哀しい痛い苦しいもうこんなとこにいても仕方がないだって一人は寂しい──
無理やり流れ込んでくる「想い」は、柘榴を蝕む。
(どうせ自分は一人だ、生きてたって仕方がない。死のう、死んでしまおう、生きてたって苦しいだけ……)
息が詰まる、胸が痛い、身が捩れるほど切なくて辛くて苦しくて……、
怒涛のように自分の中を駆け抜けた想いを遣り過ごし、彼女はふと自嘲に唇を歪めた。
「こんな事で揺らぐなんて、私もまだまだですねぇ」
そっと息を吐いて気持ちを整え、振り返るとそこに「星」はない。どうやら負の気はあれが溜め、吐き出しているのだろう。
「でもあれ自体に悪意があるようではなさそうですね……、負の気を喰らって終わりというわけにもいかない様子」
さてどう致しましょうかと頬に手を当てると、真達羅が何かを教えるように下を示す。覗いて見ればどうやら彼女と同じような目的で集まっているらしい何人かを見つけ、したりと笑った。
「ここは協力して事を運んだほうが良さそうですね。何かこちらに知らない情報もお持ちかもしれませんし」
合流しましょうかと真達羅を撫でて下降を命じて空を仰ぎ、今は見えない星を探すように視線を揺らした。
「流れ込んだ想いの内……、あの星の想いはどこにあったのでしょうねぇ?」
呟きに応えるように、空の端が僅かに黒く瞬いた気がした。
ロゼッタ・レモンバームは、たい焼きを買いに偶々そこを通りかかっただけだった。
最近見つけたその店は、ひどく美味いたい焼きを作った。尻尾の端まで餡子が入っているのは然ることながら、皮がぱりっとしたままで歯にも引っ付かない。餡子と皮の対比も絶妙で、一度あれを食べてしまえば二度と別の店のたい焼きを食べられないと言っても過言ではないだろう。
(まさかこんなに美味い、たい焼きに会えるとはな……)
やはり何事も極めなくてはならないと、たい焼きで真理を悟りながら歩いていると、ふと翳った気がして顔を上げた。
実際に、日が翳ったりはしていない。空には煌々として太陽があるし、雲は遠慮がちに端に寄っている。木陰に入ったにしてはあまりに薄暗く、木漏れ日もない。ただ世界その物が暗くなった、とでも言うべきか。
じわりと足元から冷たい物が這い上がってくるような寒気がして、言い様のない不安な気持ちが押し寄せてくる。
このまま世界が闇に飲まれるような、決して明けることのない漆黒の夜の中に一人で放り出されるような。
じくり、と、心臓に直接突き刺さるみたいな冷たい痛みを与えるべく、抜けない棘が刺さったようだった。無意味に鼓動が早くなって、何かに急き立てられるような焦燥感に襲われる。
そこで立ち止まることを是とすれば、きっと立ち上がる気力さえ根こそぎ奪われるだろう。
けれどロゼッタは少し足を速めてそこを抜け出し、振り返り様ぎっと睨みつけた。
「一体、何の真似だ」
通り過ぎた場所を見れば、そこにはまだ暗い靄が今にも消えそうにゆらゆらとそこにある。どうやらあれが人を絶望的な気分にさせるのだろうが、生憎とロゼッタには効果がない。
彼にとって生さえ投げ出しかねないほどの絶望は、既に経験している。今彼を襲った想いだとて誰かにとってはあの時の彼と同じほどに圧し掛かってくる現実なのかもしれないが、今の彼を揺らすほどの絶対的な強さを持たない。
目を逸らしたいのにそれさえ許されず、声も涙さえ出ないほどただ自分が空っぽであるという感覚。決して埋まらない隙間から大事な物は全部流れ出て、埋める間もなく崩れ落ちるような。どうやって立ち上がればいいのかも分からなくなるほど蹲ったまま沈んでいく、あの世界中の暗さ。
もう二度と経験したくないそれは、けれど一度味わったからこそあれ以上など存在しないと知っている。こんな誰の物とも知れない不安を強制的に流し込まれた程度で立ち止まれるほど、彼は暇ではないのだ。
「この程度、別に放置しても支障はないが……」
もし仮に誰かが悪意を持ってこれを仕掛けたのであれば、「ちょっと鬱陶しい」程度だがこの煩わしさを毎回感じなければならないのだろう。ここは例のたい焼き屋に行く為に必ず通らねばならず、通りかかる度にこんな風に苛立たねばならないのは無性に面倒臭い。
「誰かは知らんが、これは私に喧嘩を売っていると見做した」
買ってやろうと傲然と宣言したロゼッタは、とりあえずたい焼きを買いに行くのを中断した。
二階堂美樹は、自殺未遂をして病院に運び込まれた子の供述書を読んで首を傾げた。
いきなり不安な気持ちになった、唐突に何もかも怖くなって嫌になった等、あまりに曖昧な言葉が多い。しかも病院で目を覚ました時には憑き物が落ちたようにすっきりした顔をしていたらしく、何故自分が自殺を計ったか分からないというのが最初の声だった。
始めこそ虐めが原因ではないかと思っていたのだが、家庭にも学校生活にも特に問題はなく、どころか受験もすんだし志望校にも無事に受かって、これからしばらくは羽を伸ばそうかと華やいだ気分でさえあったという。
「その子がいきなり自殺……?」
しかも状況から見て、誰かに操られたとか、自殺に見せかけて殺そうとされたとか、そんな物騒さは含んでいないようだ。単純に──というのも嫌な言い方だが──気分が落ち込み、耐え難く苦しくなって生きているのが嫌になっただけ。自分の意志で刃物を取り、手首を切ったと証言している。
「もしかして、ハザードに巻き込まれたとか?」
銀幕市は色んな意味で自由でいい街だとは思うが、それに伴い起きる災害も奔放で問答無用だ。人を自殺に追いやって何が楽しいのかは知れないが、それを目論んだ誰かが悪質な仕掛けを施していないとも限らない。
今回の被害者は偶々早くに家族に発見されて生命に関わりこそしなかったが、この先、自殺が成功してしまわないとも限らない。それに自殺を狙っていないのだとしても、証言通り「意味もなく唐突に暗い気分になる」なんて、それ自体が許せる事態ではない。
供述書から顔を上げた美樹はPCに向き直ると急いで検索をかけ、銀幕市に起きた類似事件がないかを調べ始めた。早々とヒットしたのは、最近出回っている噂だった。自殺までいったのはどうやら今回が初めてのようだが、既に「高台付近を通りかかると気分が暗くなる」のはかなり広まっている話らしい。
これはもう、黙って見ていられる範囲を超えているはずだ。
「高台付近に原因あり、か。ここはやっぱり、私の出番ねっ」
ハザードでもそれ以外の理由でも尽き止めて解決するのよと勢いづいて立ち上がった美樹は、力強く拳を突き出す。ひらっとはためく白衣を眩しげに眺めていたバッキーのユウジは、椅子に跳ね上がり、デスクに跳ね上がって相棒を見上げた。
しっかりと視線を合わせた二人(正確には一人と一匹)は、うんと頷き合って美樹がユウジを肩に乗せた。
「行くわよ、ユウジ!」
颯爽と部屋を飛び出して解明に向かった美樹を見送った同僚たちが、仕事も兼ねているのだからと何かを言うことはなかったけれど。
もしもバッキーが日本語を操ることができたなら、嬉々とした様子で「おぅけーい!」とか何とか答えてそうだよなーなんて、ちらっと考えた人間はいるとかいないとか……。
美樹はユウジを連れて高台に駆けつけ、さてどうしようかととりあえず辺りを見回した。
ここに来るまでに顔色の悪い男性がふらふらと歩いていたり、壁とお話ししている少女がいたのを見かけたが、話しかけても何の収穫もなかった。ただどちらもどんよりと落ち込んではいたけれど死にたがるほどの重症ではなかったようなので、家族や知り合いに連絡をさせて迎えに来てもらうことにしてからこちらに来たのだが。
「分かりやすい悪意噴出スポットとかはできてないみたい、よねぇ」
言いながら、自分の気分が変わったかどうかを確かめる。
今日の予定は、悪意噴出の犯人探し。そして確保、スピード解決。明日の予定は同僚に奢って貰う、ちょっといいランチ。夜は予約していたDVDの発売日なので、美味しいお酒を張りこんでそれを鑑賞しながら飲む予定。
「よし、幸せ!」
思わず顔が緩んでしまうくらい、それは幸せな予定だ。気鬱にもなってないし大丈夫と小さくガッツポーズを作ると、少し離れた場所でふっと吹き出された。うん? と思って視線を巡らせると、どこかで見た顔が口許を押さえて肩を震わせているのを見つける。
「あれー、確かクルーザーでお会いしました?」
「しまったすいませんつい本気で吹いた。ここに来ていきなり幸せってガッツポーズするんだもん」
相変わらず愉快に楽しそうですねーと苦笑したのは、チョコレートクルージングで会った青年。考えたら名前も知らないのだと首を傾げると、察したらしい彼はああそっかと手を打った。
「確か美樹さんだっけ。ボク仲村トオルです、仲村トオルさん」
「おおっ!? それはもう何か、果てしなくオイシイポジションにいそうなお名前ね!?」
私たちにぴったり! と何故かはしゃいで手を打つ美樹に、何がぴったりなんだろーと軽く乾いた声で笑ったトオルはそれよりと無理やり話を切り替えた。
「美樹さんて確か警察の人でした? お仕事だったらボク邪魔しちゃ悪いんでこの辺でー」
いやもうせっかく会えたのに残念だなぁお仕事頑張ってくださいね応援だけならいつでもーと手を上げて早々と退散しそうになったトオルを、ひっそり妄想を繰り広げかけていた美樹が慌てて腕を取って引き止めた。
「待って待って、仕事だけど仕事じゃなくて、手はあったらあっただけ嬉しいの! ここにいたのもトオルさんなのも何かの縁で、一緒に頑張ろう!?」
「いやあのそんな意気込んで頑張ろうとか言われてもボク一般人だし。何の才能も特技もない小市民なんでお手伝いとか無理無理、警察の足引っ張ったらご迷惑だしボクこの辺で退散、」
「ハザードかもしれないの! 自殺未遂するほど人を追い詰めちゃうようなハザードなのかもしれないの、いざとなったらユウジもいるから絶対危ない目になんか遭わせないから! 解決したいの、早く何とかしなくちゃいけないの、お願い……!」
情報収集とかだけでいいから手伝ってと縋るように頼むと、へらりとした笑顔であくまでも逃げようとしていたトオルがどこか真面目に目を重ねてきた。
「見た目ほど……」
ぽつりと何か呟きかけたトオルに首を傾げると、ふるふると頭を振った彼は仕方なさそうに溜め息をついた。
「何でボクってこう巻き込まれ型の運命なんだろー。でも女の人置いて帰ったらボク何かすごい悪い人みたいだし善人のボクにはそんなの無理だし」
付き合いますよと諦めたように頷いたトオルに、美樹はありがとうと笑顔になる。
「まぁ、痛い腹を変に探られるより協力したほうがましっていうか」
仕方ないかーと小声で呟いたトオルの声は耳に入らず喜んでいる美樹を見て、彼はまた巻き込まれたよと少し面倒そうに頭をかいた。
「それで、ハザードかもしれないって具体的にどんな?」
「あ! そうそう、最近ね、この辺に来るといきなり気分が落ち込むことがあるらしいの! その原因がひょっとしたらハザードじゃないかって思って」
悪意が噴出してたりするのかもしれないしと説明を始める美樹に、トオルはうーん? と首を傾げながら空を仰いだ。
「それって多分、お星様ー?」
だったけどと呑気に答えたトオルに、美樹はきょとんとしてから身を乗り出させた。
「お星様って? トオルさん、ひょっとして見たの!?」
「偶々通りかかっただけなんだけど、今さっきそこで星と目が合って。目っていうか別に目なかったんだけどそんな感じで見つめ合ったら、何か靄みたいなの残して空にぽーんて跳ね上がったんだよね」
分かる? と不安そうに聞き返したトオルの言葉に、星、と呟いて美樹は考え込んだ。いやだからさーと慌てた様子で、嘘じゃないからねとトオルが話を続ける。
「それでその残ってた靄に別の人が触れたら、いきなり暗くなってさ。だからあの星の残した靄が美樹さんの言ってる暗くなる原因じゃないかなーって」
「その星って、ひょっとしてツリーのオーナメントみたいな、そんな星? お魚みたいにこう、ぴちぴちした感じの!?」
「魚? ぴちぴち……はよく分かんないけど基本星型って星」
うんうんと頷いたトオルに、身を乗り出して掴みかからんばかりだった美樹は星と繰り返して肩に乗せたユウジを撫でた。
「ひょっとして……」
「美樹さんは心当たりあるんだ?」
「どうだろう、実際に見たわけじゃないから分からないけど。それにあの時、あの星は気持ちは吸い取らないって言ってたんだけど」
まさかそれが暴走したのかしらと考えていると、いきなり風がざあっと吹き抜けた。思わず髪を押さえて堪えていると、そこの二人と上から声が降ってきた。
「私に喧嘩を売ってきたのは、おまえたちか?」
ロゼッタは風を使って悪意をばら撒いた者の気配を探っていたが、どうやら近辺には潜んでいないという程度の情報しか得られなかった。もう少し範囲を広げて探すべきか、一度収めるべきかと迷った頃にふと何かが引っかかった。
気配としては、二人分。揉めているのか語り合っているかはそこまで指定しなかったので分からないが、今ロゼッタがいる場所より低い所で誰かが話しているのが分かる。
(仕掛けた者にしては呑気な様子だが、関係ある者以外に風は反応しないはずだからな)
何らかの関わりがあるのだろうと納得して風を収め、下の通りが窺える所まで足を進めた。覗けば風に煽られて髪を押さえている女性と、その隣に男性を見つけた。
「そこの二人。私に喧嘩を売ってきたのは、おまえたちか」
上から呼びかけるようにそう声をかけると、驚いたように見上げてきた女性がそこで目をぱちくりとさせている。
(外れか)
しかし被害者にしては暗い顔もしていないなと観察していると、男性が眼鏡の上に手を翳しながら見上げてきた。
「第一声が喧嘩売ってるのはそちらさんだと思うけど何ですかね、いきなり」
「間違っていたなら謝るが、そこに悪意ある靄を仕掛けて私の気分を害した者を探していた。風に探させると、おまえたちがに反応があったんだが。心当たりはないか?」
「それを探しに来た警察の人と、ボクは多分犯人だろうお星様と目が合っただけ」
言いながら女性を指差し、自分を指差した男性は笑ったまま答えて、キミも? と語尾を上げた。
「暗い気持ちになっちゃった被害者さんー?」
「気分を害しただけで被害は受けていないが。星が犯人とはどういうことだ?」
尋ねながら坂を下りてそちらに向かうと、星が犯人って重複表現ぽいよねとどうでもいいことに同意を求めていた男性は、眼鏡の上に手を翳したまま近寄っていくロゼッタを迎えてにこりと笑った。
「何か星が暗い気持ちになる靄を出して、動き回ってるみたいだよ。そのお星様と目が合ったんだけど、さっき空に跳ねて行ったのを見送ったので」
今はどこにいるか分かんないけどと呑気に答えた男性に頷き、女性に目をやる。
「私はそれは見てないから分からないんだけど、……もし私にも知った星ならクリスマスの時に見たあれかな」
自信はないんだけどと女性が答えた時、うげっと悲鳴めいた声が届いた。
「どうして美樹さんがここにいるのさ!」
「アオイちゃん! あ、もしかしてアオイちゃんも星の噂を聞いてきたの?」
「べっ、別に! 星っていうか何か超迷惑な星があるって聞いたからそんなのほっといたら激ヤバだし!」
それで来ただけだからと赤い顔で叫ぶように答えているのが、アオイと呼ばれた赤い髪の少女。美樹と呼ばれたのだろう女性は、それだけー? と目を細めて揶揄するように近づき、それだけに決まってんじゃん市民の務めだし! 等々噛みつくアオイと言い合いを始める。
「あー。女の子って賑やかだねぇ」
「どうして二人でここまで騒がしくなれるんだ……」
「えー知らないの? 女の子スイッチがあって押したらボリューム上がるんだよ」
しれっとした顔でつらっと説明され、ロゼッタは複雑に顔を顰めた。
「思わず信じそうになる」
「やだな信じてよボク嘘言わないよ? ……因みに鮃って空飛ぶんだね」
ボクも今初めて知ったけどと乾いた声で笑いながら続けられたそれに、そんなはずがと口を開きかけて止まった。空からついっと優雅に泳いでくるのは平べったい魚みたいで、そこに赤い着物姿の黒髪の女性が乗っている。
「……慣れたつもりだったが、問答無用だな、この街は」
「ねーボクみたいな一般人には想像つかなすぎ」
鮃だ鮃だと、面白そうに地面すれすれまで降りてきた魚めいたそれを眺めている男性を他所に、アオイがそこにいる女性に気づいてああと声を上げた。
「柘榴さんじゃん、久し振りー!」
「お久し振りですね、アオイさん。あなた方も、あの負の気を追って集まっていらしたのでしょうか? そうであれば私も協力させて頂きたいのですが」
如何でしょうと袖口で口許を隠すようにしながら笑った柘榴と呼ばれた女性に、負の気? と美樹が首を傾げている。柘榴はおやと片眉を上げ、違いましたか? と聞き返している。
「確かこの近辺で気分が悪くなる方も続出している、とお聞きしましたが」
「え、じゃああの星、負の気溜めまくってるってこと?!」
「星。ええ、確かに星の形をしておりましたねぇ」
やはり同じ目的のようですねと納得したように柘榴が頷き、鮃鮃と眺めていた男性がはいはいと手を上げた。
「これに乗ってたお姉さんが見たんなら、あのお星様ってもう空に上がっちゃったってことなんじゃないかな」
今更追いかけてもしょうがないっぽいねと首を傾げるように提案され、アオイもはたと我に返って男性を見た。
「人の気持ち持ち逃げじゃん! でもそのまま空に消えてくれるんだったら、追いかける必要ないか」
「でしょでしょ。じゃあもうボクらいらないってことでこの辺で解散、」
しようねと言うなり逃げかけた男性を引き止めたのは、あらあらと笑う着物の女性だった。
「それでは上手く飛ぶ為に、あの星は空で負の気をばら撒いてしまうかもしれませんねぇ」
そのほうが軽くなりますからねとくすくすと笑いながら告げられたそれで、そんな危険な! と美樹が声を張り上げた。
「放っておいちゃ駄目よ、それでまた自殺を図る子が出たら大問題じゃないっ」
「そ……、うだってやばいって空なんかでばら撒かれて堪るかっての! そうなる前にキーかユウジに食べさせたほうがいいよ、絶対そう!」
断固としてそうと握り拳で主張するアオイと、食べちゃ駄目だけど止めなくちゃと燃え上がる美樹と。嗾けて様子を見ながらくすくすと笑う柘榴は、星を諦めるつもりはないようだった。
ロゼッタとしてもあの不快の腹いせと、負の気を溜めている星への興味でここで降りるつもりはなかったが。
「いやあの燃え上がってるキミらだけで何とかできるんじゃないかなーって思うボクの心境ってつまりもー無視なわけ……?」
ちらっとも聞いてくれてないよねとぼそぼそと嘆く男性の言葉は、確かに女性陣には届いていないようだった。
「諦めて協力するしかなさそうだな」
「ってボクの立ち位置そんな風って決定してんのー」
恨むぞお星様と傍から聞けばメルヘンなことを呟く男性に、ロゼッタは苦笑じみて笑いながらふと何かを見つけて空を見上げた。
「ああ、誰かよほど日頃の行いがいいのか? 空を探すより手っ取り早く、向こうが落ちてきてくれたようだぞ」
「落ち……てるねぇ。仕事が上手くいきますよーに仕事がうまくいきますよーに仕事が、」
淡々と事実を指摘すると、蹲っていた男性が顔を上げていきなり手を合わせて呟き始める。何をしているんだと首を捻るより早く、
「トオルさん、流れ星に願いをかけてる暇なんかないわよ!」
早くと嗾けて女性陣が先に向かい、怒られたーと笑いながらトオルと呼ばれた男性がのんびり立ち上がった。
「三回言えなかったけど直で交渉したら願いは叶うと思う?」
「──星に叶えられる願いなどない。自力で叶えろ」
「はは、正論」
耳に痛いねと歌うように言いながら立ち上がったトオルは、それじゃ巻き込まれに行きますかと大きく伸びをした。
柘榴たちがそこに駆けつけた時、星は地面に直撃はしなかった代わりに何だかよろよろとその場を漂っていた。
(さっきより黒い……?)
一番最初に駆けつけた美樹も思わず一定距離を保って足を止めてしまうほど、その星はひどく不吉に黒かった。どす黒い靄めいた物を纏い、ふらふらとその身を揺らしているのは自分の重みに耐えかねているからだろう。
「この状態で……、空まで飛べたの?」
「先ほどお見かけした時より、負の気を大量に帯びておられますねぇ」
「でも今なら捕まえられそうじゃん。こんなの踏んじゃえ、」
踏んじゃえばいいと強気を装ってアオイが足を上げると、やめておけと手にしていた杖でアオイの腕を引っ掛けるようにして止めたのは、追いついてきた隻腕のエルフだった。どこか痛ましそうに星に目を向け、杖を外しながらアオイを見据えて小さく息を吐いた。
「今のあれに触れれば、それだけであの身にある絶望が全て流れ込んでくるだろう。目の前で自殺などされたくはない」
「自殺って、そんなのする理由なんかないし!」
「なくとも、したくなるでしょうねぇ。あれだけ凝縮された負の気は、確実に精神を侵すでしょうし。私が先ほどお会いした時はあそこまでひどくはなかったのですが……、あれより凄まじい今は大半の方が死にたくなられるでしょう」
私も触れるのはお勧めしませんよと柘榴が告げると、アオイは少しだけ怖そうに星を見て足を降ろした。
「でもあのまま放っておいたら、何かあの星まで壊れそうじゃない?」
「あの靄も垂れ流しみたいだし、悪気はないんだとしても止めないとひどい事になるだろうね」
どうする? と最後に辿り着いたトオルがしゃがみ込んでしげしげと星を観察しながら尋ねたそれに、ロゼッタが杖でとんと地面を突いた。
「とりあえず、この場から離れられても面倒だ」
触れずに囲むかと呟くなり歌うように詠唱され始め、側の木や植木鉢からするすると枝が伸びてきて星を取り囲む即興の牢を作り上げた。
よろよろしていた星は葉の茂った枝に行く手を遮られ、ようやく自分が身動きを取れなくなったと知ったようだった。喋ることこそしないがそこそこに思考能力はあるのか、枝にぶつかるように突進してみたり飛び上がって葉の茂った枝に直撃したりしている。それでも出ていけないことに疲れたのかよれよれと地面に倒れ込み、荒く呼吸でもするように明滅する。
「な、何だかすっごく苛めてる気分になるんだけどっ」
「騙されちゃ駄目だって、美樹さん。これだってこいつの演技かもしんないじゃん」
とりあえず見ちゃ駄目だよと星から極力目を背けつつアドバイスしているアオイに、頑張るけど無理っぽいと答えた美樹はちらちらと星の様子を窺っている。
枝牢に囲まれる様も面白そうに眺めていたトオルが、そのままの体勢で少し身を乗り出させて牢の中の星に声をかける。
「あのさー、キミ、ボクらの言葉分かる?」
ムービースターなら意思疎通くらいありだよねと呑気に尋ねたトオルに、星は頭にあたると思われる頂点をむくりと起こした。そのまま黒く暗く光るので、通じてるってことかなと首を傾げている隣でロゼッタも興味深そうに覗き込んでいる。
それを眺めていた柘榴は真達羅に代わって波夷羅を呼び出し、精神感応を試みた。
「柘榴さん、それ何やってんの?」
「波夷羅の精神感応でしたら、声になって伝わるはずですので。もう一度何か問いかけてみてくださいな」
「それじゃあ、あなたはここで何をしてるの?」
サニーデイのバッキーを無意識にだろう抱き締めながら美樹が問いかけると、星が頼りなく頂点を下げた。
『置いてかれた、置いてかれた。皆帰った、置いてかれた』
悲しそうな呟きは少年めいて少し甲高く、嘆きに合わせて身体がぽうと暗くなる。
ごめんなさいそういう意味で聞いたんじゃないんだけど、とわたわたと謝罪する美樹を気にした風もなく、星は徐に起き上がった。
『行かなくちゃ、行かなくちゃ』
飛び上がろうとして失敗した星は、よたよたと重そうによろけた後、頂点を足のように使ってのたくたと歩き出す。
「待ちなって、ぶつかる、」
思わずといった風にアオイが警告するも間に合わず、枝にぶつかった星は抵抗する気力もないといった風に仰向けに──だと思われる、正確に表裏の判別はつかないが──倒れ込んだ。
「何だろこれ一種の動物虐待っぽいんですけどー」
そーゆーのボクの趣味じゃないんだけどなぁと、頼りなく眉を下げてしゃがんだままのトオルが大仰に胸を押さえた。
「だが、この状態で解放するわけにはいかないだろう。そもそも飛べないところまで身の内に抱え込んだのは、星の意志だ」
「あなたはどうしてそんなに負の気を身体に溜め込んでおいでなのです? 飛ぶにも支障が出ているのでしょう、いっそこの辺で景気よく吐き出してみられては?」
ぱあっと如何です? と唆すように柘榴が促すと、星が暗く明滅した。
『泣いちゃ駄目、泣いちゃ駄目。泣かないで、泣かないで』
「え、その気持ち吐き出すのって泣くって事なの?」
「だったらえっと、ちょっとずつ泣いたらどうかしらっ」
あんまり大量だと皆に被害が出そうだからと慌てながらも慰めるように提案する美樹に、星が違うと教えるように短く点滅した。
『泣いちゃ駄目、泣いちゃ駄目。黄昏、泣いちゃ駄目。帰らなくちゃ』
泣いちゃ駄目と繰り返されるそれは、どうやら自分に言い聞かせているのではなく誰かを慰めているらしい。
成る程、この星は「黄昏」なる相手を慰める為に作られたのだろう。けれど置いていかれてしまったせいで目的を果たせず、慰めなくてはならないという意識だけが強く働いて、悲しんでいる人を見つけるたびにその想いを吸い取っていた。それが限界を超えると吐き出され、そうして空いた分でまた吸い取るといった作業を続ける事になったのだろう。
「何でそんな、無理して頑張ってんの? タソガレが誰かは知んないけどさ、あんたを置いてっちゃったんでしょ!? そんな奴の為に頑張る事ないって!」
「気づいていないのかもしれないが、おまえが身の内に溜められる量はとっくに超えている。その状態でまだ人の想いを吸い取り続ければ、やがて弾け散るのが落ちだ」
もうやめておけとアオイもロゼッタも止めるのに、星は聞こえていないかのように帰らなくちゃ、泣いちゃ駄目とだけ繰り返している。
しばらく黙って星を眺めていたトオルは、置いてかれるのはきついよなぁとぽつりと呟き、起き上がってまた牢から出ようともがき始める星に苦笑気味に声をかける。
「ちょっと落ち着きなさい。何とかしようとすれば何とかなんだから」
何の為にこれだけ頭数いると思ってんのと肩を竦め、星には触れられない代わりに組まれた枝をちょんと突付いた。
「帰る方法見つかんなくてもキミさえよかったらボクのとこに来たらいーし。まぁこの靄は払っといてほしいけど一人でいるよりましじゃない? ボク一人身だし身軽だし、この街でならポケットに星入れて歩いてもあんまし違和感ないでしょ。んで仕事手伝ってよ、イロイロ」
ギブアンドテイクでいーでしょとへらりと笑いかけるトオルに、星は初めて興味を持ったようにそちらに頂点を向けた。これは先を越されましたねぇと笑った柘榴は、でも、と眉を顰めた美樹に視線を変えた。
「トオルさんがそうしてくれるなら星も独りじゃなくなっていいと思うけど、帰る手段はないのかしら? それに残るにしても身体に溜めた負の気も何とかしてあげないと、トオルさんも大変だろうし、この星だって壊れちゃうんでしょう?」
それは避けたいと強く言う美樹に、ふと思いついて柘榴は唇の端を持ち上げた。
「もう少し深く潜れば、星を作られた方とも繋がりますでしょう。傍迷惑な方の顔も見てみたい事ですし、やってみましょうか?」
「ああ、製作者に責任を取らせるのが一番だな。この星も帰りたがっているのなら、顔くらい見せるのが筋だろう」
「あたしも直で文句言わなきゃ気がすまないし! 繋いで繋いで」
嗾けるようにアオイが頷くのを見て笑みを深めた柘榴は、一つ頷いて波夷羅に命じた。
どういう仕組みかは知らないが、星を捉えた枝牢の上にぼんやりとした映像が映し出され始めた。少し騒がしかった向こう側は映像がクリアになるにつれ静まり、はっきりと姿を見せたのは深紅の髪の青年が一人。
【容易く干渉されたのはこちらの手落ちだとしても、無粋な訪ねだな。何の用だ?】
「っ、やっぱあの時の無礼者あんたかー! 何勝手に星に人の想いを吸い取らせてんのよこの嘘つき見せるだけとか適当な事ほざいた挙句に星放置して帰るって何事よこの無責任自己中男ーっ!!」
実体がそこにないのは分かっているだろうに掴みかかりそうな勢いで一息に怒鳴りつけたのはアオイと呼ばれている少女で、倣岸に口を開いた青年は痛そうに耳を押さえながら蹲ったらしく一時画面から消える。大丈夫かーと呑気な声が後ろからしているが様子を見に来るわけでもないらしく、この駄目兄貴どもめと毒づきながらどこかよれよれと青年が復活してきた。
【ものすごく個人的な恨みを晴らされた気はするが、あの時に協力してくれたお嬢さんたちか。別に嘘をついた覚えはないが……、心当たりはなくもないな。何か迷惑がかかったって苦情かい?】
相手の正体を知ってか少し砕けた調子で聞き返してきた青年に、迷惑も何もあるかとアオイが再び噛みつく。因みにトオルの側ではロゼッタが、両耳を塞げている彼らとアオイを激しく呪っていそうに蹲っていたりするが、気づいた風もない彼女はますます声を張り上げている。
とりあえず怒鳴りつけるような説明でも星が逸れて暴走しているのは伝わったらしく──というよりも、どうも相手もその状況を察していた節はあるのだが──、アオイが心行くまで叫んだ後に青年はやたらと呑気にへらりと笑った。
【悪かったな、お嬢さんたち。星が逸れているのに気づいたのはついさっきなんだ、まさかそこまで被害が出ていようとは】
思いもよらずと嘘臭く答える青年に、あらあらと柘榴が少しばかり凶悪な笑みを覗かせた。
「何故この星を独り置き去りにしたのかは分かりませんが、この愚行が業となるは必然。さて、どうなりましょうね? ……業は、最も大事な者にも及ぶ事、どうぞお忘れなきように」
挑戦的に紡がれた柘榴の言葉は、それだけで鎖のように青年に絡みつくような気がする。敵に回したくないなーと心中でトオルは苦笑したが、相手は特に動じた様子もなくそうなのかと肩を竦める。
【どう言い訳したところで置いてきたのは事実だからな、星の恨みくらいは受け止めてやるのが筋だろう。それが本懐と望んでるようなら、星はそっちで始末してやってくれて構わないぜ】
今更拾いに行くのも野暮だろうと酷薄に目を細めた青年がどうやら本気で言っているのは、声の調子で窺える。気に入らんなと吐き捨てたロゼッタが何らかの行動を取ろうとした時、黄昏とぼそりと美樹が呟いた。
途端にびくりと青年は身体を竦め、咄嗟に周りを見回すほどに動揺している。落ち着け馬鹿と後ろから声が聞こえ、それでどうにか立ち直りそうだったところに美樹が顔上げてそちらに身を乗り出させた。
「そうよ、クリスマスの時からどっかで見たなって思ってたのよ! この街はどっかで見た顔が多すぎてぴんと来てなかったけど、あなた、長庚でしょう! 空兄弟じゃない、どうしてあの時から気づかなかったかなぁ、私!」
なんて勿体無い悔しい分かってたらサイン貰えたのにーっと地団太を踏んでまで悔しがった美樹は、美樹さーん話ずれてるーと苦笑気味にアオイに突っ込まれて我に返り、長庚と呼んだ青年にびしっと指を突きつけた。
「この星を壊すなんて絶対に駄目、あなたたちが原因なんだからちゃんと助けてあげるのが筋に決まってるじゃない!」
【っ、そう言うがな。俺たちは全員が揃えばその星くらい助けられるが、現状できる事なんて、】
「いいの? 黄昏さんに言いつけるわよっ! 泣いちゃうんだから、絶対にはらはらぼろぼろ泣いちゃうんだからねっ」
確実によとどこまでもきっぱりと断言されるそれは、傍で聞いている分には何の脅しにもなっていないと思う。けれど長庚と呼ばれた相手も、その下でまだ牢の中にある星も面白いほどシンクロしておろおろわたわたしているので、十分な脅しになっているのだろう。
「つーか、どうしてあの星までおろおろしてんのさ……」
「作成者の心境を如実に映し出している、ようだが」
よほど弱点のようだなとロゼッタが辛辣に笑った時に、長庚も白旗を上げる事にしたらしい。
【分かった、分かったから黄昏もあの馬鹿も呼ばないでくれ! 行けばいいんだろう、行けば】
ああくそ面倒臭いと頭をかいた長庚が不承不承といった体で答えると、鮃の次に柘榴に呼ばれた黒羊が映し出していた映像がふっと消えた。柘榴がぴくりと眉を動かしたところを見て、そうそうできる技ではないのだろう。
どこに逃げたのさとアオイが顔を顰めていると、誰も逃げてないだろうと不機嫌そうな声がいきなり聞こえた。
「あの馬鹿兄貴ども、面倒事は全部俺に押し付けやがって……」
ぶつぶつと個人的な恨み言を口にしながら唐突に現われた長庚は、枝牢に囚われている星を見つけて目を細めた。
「また無様に落ちたもんだな、お前も。何だ、その黒さは」
黄昏が見たら泣くぞと眉を顰めるようにして言う長庚に、誰のせいだと思わず全員で口を揃える。俺のせいじゃないだろうよと煩そうに手を揺らした長庚は、無造作に星に近づいて振り返ってきた。
「あんたたちが檻ごと壊してくれたら、破片が散らないようにはしてやるっていうのは、」
「却下! 却下に決まってんでしょ、どうして星壊すとかいう発想になるわけ?! 信じらんない、サイテー!」
「わざわざこちらにおいでになって挙句の選択がそれとは、程度が知れるというものでございましょうねぇ」
怒鳴られにだけおいでとはいい趣味ですねと柘榴が笑い、長庚は深い溜め息をついて星に向き直った。
「ちょっとした本気の提案じゃないか、受け流せよなぁ?」
まったく人の子は心が狭くていけないと頭を振りつつ長庚が星に手を伸ばすと、固く組み合わされていた枝がするりと解けた。けれど星は、まだ囲いとしては成立しているそれの中から出てこようとしない。
「何か怖がってるみたいだよねぇ」
「容易く自分を壊すといった相手に素直に従う者など、そうないだろう」
「だよねー。それにあの靄って長庚さん? にも影響するんなら触らないほうがいーんじゃないかな」
「いっそ星の味わった絶望を、その身で受け止められればよろしいのでは?」
止めるでもなくうっそりと笑った柘榴に、トオルとしては同意してもよかったのだが。美樹とアオイは触らないほうがーっと止めている。
「確かに長庚さんのした事は間違ってるけどでも自殺するほどじゃないし、そもそも生命を粗末にするなんて絶対に駄目!」
「マジやめて有り得ないんですけどっていうか吸い取った気持ちが他人に流れるとか有り得なくない!? 触らないで冗談じゃないし触らないで何とかするのが筋じゃん!」
やめて触るなと騒いでいる二人をぼんやりと眺めて、トオルは小さく苦笑した。
「まぁ、とりあえず目の前で自殺とかは勘弁だよね」
「それでどうやって責任を取る気なのかが問題だがな」
ふんと吐き捨てるように呟いたロゼッタに、柘榴も何も言わずとも心中同意しているのは見て取れる。安易に壊すようならば剣呑な事態になりそうだと考えながら特に手を打つでもなく視線を変えた先で、長庚がアオイに何か耳打ちしていた。
「っ、……マジ話じゃなかったら承知しないんだけど!」
「空は気紛れだけど嘘はつかないさ。だからお嬢さん方の心配は無用」
お気遣いだけ有難くとひらりと手を振った長庚は、無造作に星を摘み上げた。頂点を引っ張られていやいやとばかりに揺れる星は、靄を撒き散らしている。それら全ては長庚に纏わりついたが、見る間に消えた。
「さて、一番手っ取り早いのはこいつをこのまま俺が持って帰る事なんだが。そうすると向こうで処分してても分からないって苦情も出そうだし、この際だ、人の子の気がすむまで付き合おう。こいつが世話をかけたのも事実だからな」
壊すのが駄目ならどうすればいいとまるで試すみたいに問いかけられ、柘榴がそうですねぇと頬に手を当てた。
「まずは、その負の気を何とかするのが先決でしょうね。星が溜め込まれたそれを代価に製作者を呪う、のであれば、取り出すことは可能です」
これも手っ取り早いですわねとにっこり笑いかける柘榴に、使鬼が食う話はどうなったのかなとちらりと思ったが黙っておく。星には同情できても、その製作者らしい長庚にはちらっとも共感できないのはよく分かる。
星はそれがいいとばかりに何度か瞬いたが、物騒だなと受け流した長庚はロゼッタと視線を合わせた。何かいい手が? と語尾を上げられ、ロゼッタは憮然としたまま口を開いた。
「星を壊すならばともかく、瘴気だけ消すにはあの星は蓄えすぎた」
「だろう? これだけを消すのは面倒、」
「長庚さんっ」
不謹慎と指を突きつける美樹に、はいはいごめんなさいねとおどけた様子で謝罪した長庚が今度は美樹を見た。
「それならお嬢さんには、何かいい案が?」
「それが纏めて全部だから問題なのよね。なら少しずつ取り出して、人形に入れるのはどう? それで流し雛みたいに海に流すとか!」
人を生み出してくれた海ならきっと人の子の想いも受け入れてくれるはずよと目を輝かせて提案する美樹に、水差すようでごめんーと断りながらそろそろと手を上げた。
「そのちょっとずつ取り出す方法をどーするの?」
「あ゛っ」
それがないのかと頭を抱えた美樹に、長庚が楽しそうに声を立てて笑い出した。
「人の子の発想は楽しいな、時折だが黄昏に共感したい時もある。兄貴たちに影響がないのは業腹だが、星を想ってくれたお嬢さんたちに感謝してこれは俺が引き受けようか」
ちっとばかし苦しいんだがなと笑いながらぼやいた長庚は、星を手に乗せてふっと息を吹きかけた。僅かに赤い風が星に当たると黒い靄を巻き込むようにして星を包み、その風が消えた時には星は掌からふわりと浮いて真っ白になっている。
「そんな事できるなら最初から、」
やっといてよと続けたかったのだろうアオイは、長庚の顔を見てぎょっとしたように言葉を止めた。
白かったはずの顔の右半分に、暗い色の痣がぼうと浮き上がっている。元々少し暗い赤の服を着ていたがそれもくすみ始めていて、悪戯っぽく楽しそうにしていた瞳から光が消えたのを隠すように両目を伏せている。
「さすがにこの量はきついな……、黄昏に影響してないといいんだが」
「いやあのそんな楽しそうに喋られても逆に怖いくらいすんごい事なってるんですけど!?」
怖いってとさすがにトオルも突っ込んだが、長庚はあっさりと気にするなと気軽に答えた。
「黄昏にばれて泣かれるくらいなら、この程度は仕方ない。まぁ、ものすごくだるいから本当はしたくなかったんだけどな」
「だるいとか言うレベルじゃなくやばそうなんだけど、マジそれ大丈夫なの?」
「今なら長庚さんの意志で、人形に少しずつ移せるのよね? だったらそうしたほうがっ」
見た目から怖いと必死に勧める声にも平気だと手を振った長庚は、ふわふわしている星を見ないまま捕まえた。
「そんな事より、どうやらこいつはここに残りたいらしい。まぁ、いつ処分されるか分からん俺たちの許より人の子の側にいたいのも道理だろう。無理なようなら引き取るが、どうだろう」
まだ処分する気なのかこの人たちとぼんやり突っ込むトオルは、心なし空気が嬉しそうになったのを見て賢明にも口を噤んだ。
「残られるのはよろしいとして、今回のように人の想いを吸い取られたりすると支障があるでしょう」
「誰かを慰める為に気持ちを吸い取っても、それは一時の事だ。星というのは、その輝きで道を教えるもの。おまえも星を自負するならば、ただそこに灯ってその輝きで誰かを慰めろ。そうであれば誰も邪魔にはしないだろう」
「つーか想い吸い取るとかマジ有り得ないから! それがどんな想いでも、その人にとったら大事なのかもしんないじゃん。それ奪うのとか犯罪だしマジやめてよね!」
長庚に捕まえられてもまだふわふわしている白い星にアオイが言いつけると、どこかしらしゅんとして項垂れたように白が弱くなる。それを見て少し慌てたらしいアオイは顔を逸らし、やめてくれるなら別にいたって問題ないんだけどっと急いで付け加えている。
(おお、生ツンデレ)
初めて見たーと感心していると、トオルさんと声をかけられた。
「えあはいはい何何」
大丈夫聞いてるよと顔を向けると、美樹がにこりと笑いかけてきた。
「あの星にトオルさんの想いを見せてあげたら? ここに残るなら、さっき言ってたみたいにトオルさんが引き取ってあげるのよね?」
「え!? ボクの側じゃなくてここに残りたいって話だろうしそれ関係なくない? それにいくら星でも想い見せるのとかって無理だし肉体労働と同じくらい絶対無理。一緒にいるのは大丈夫だけどそれはお断り」
無理無理と頭を振ると、何だか寂しそうな空気が漂ってくる。何だよボク悪者かよーと泣きたくなるが、それだけは勘弁と意地でも乗り切る。
「それなら言い出したお嬢さんが想いを見せてやってくれるか? それで重くなった星は無闇にふらふらと動き出さないし、人の想いを吸い上げる真似ももうしないだろう。そしたら適当に、その辺に飾っておけばいいさ」
その辺と本気で適当にふらりと指差す長庚を窘めるように一瞥してから、美樹が全員を見回してきた。
「私の想いでいいのかな!?」
「悪いが、私も誰かに想いを見せる気はない。吸い取られなくとも、だ。望むなら、おまえがそうしてやればいい」
「私は呪い屋ですから、想いを見せて差し上げたら代償を頂く事になりましょう」
およしになったほうがよろしいかと、と袖で口許を隠して微笑む柘榴に続いて、あたしも絶対パス! とアオイが思いきり頭を振る。
「そんなのクリスマスの時だけで十分だって! あれだって騙し討ちだしっ」
「えー、皆そうなの? 私の反応がおかしいの……?」
それは何かショックと溜め息をつく美樹に、全員思わずふと口許を緩めていた。
「おかしくはない。それだけ純粋なんだろう」
「見返りを期待しない行為は、概ね善意と呼ばれると思いますよ」
「美樹さんらしいし。やりたい事やっとけばいーじゃん?」
「うん……、じゃあ」
おいでと手を伸ばした美樹に星が近寄り、その手に触れた。そうと手で包むようにして祈るような間の後、いきなり星が重くなったらしく美樹が軽くよろけた。
「……ああ。人の祈りは、時に俺たちにも優しいな」
いい色だと目を伏せたままの長庚が美樹の手からそれを受け取ると、星は真っ白なまま、時折呼吸するようにほんのりと薄いピンクに染まっては白に戻った。
「前と違うね、色」
「うん。大人の女はイロイロあるのよ」
ねーと同意を求められた柘榴は、くすりと笑っただけで答えない。長庚も微笑ましそうに伏せたままの目でそれを見ると、ぽんと星を放り上げた。
「好きなところで人の子を見守ってやれ、俺が許す」
尊大な言葉はけれど星にとって許容になるのだろう、何かを告げるように二度ほど瞬いてとーんと高く跳ね上がった。
ロゼッタはしばらくそれを見送って空を眺めていたが、はたと用事を思い出したらしい。
「解決だな。では、私はこれで失礼する」
「ロゼッタさんそんな急いでどこ行くのー?」
「たい焼きを買いに」
トオルの何気ない問いかけに真顔でどきっぱりと断言してそそくさと離れていくロゼッタを見送り、思わず残った全員で顔を見合わせた。
「ところでアオイさん」
本当にロゼッタさんはたい焼きを買いに行ったのか。等を楽しく話しながら女三人で帰っている道すがら、何気ない様子で柘榴が口を開いた。
何ーと呑気に聞き帰したところに、にっこりと柘榴が顔を近づけてきた。
「あの星に、どんな想いを吸い取られたのです?」
「っ、はぁ!? ないし、全然ないしそんな事欠片もこれっぽっちもないし!」
「察するに、誰かを想い切なく締め付けつけてくる痛みに耐えかねて、」
「だー! ないないそんな事有り得ないしまったくないし事実無根だしっ」
なんて恐ろしい話を振ってくんのさと手を振り回しながら否定するのに、美樹の目がきらーんと輝いたのまで分かった気がした。ないからともう一度繰り返す前に、あらあらあら〜と嬉しそうな声で美樹が目を細める。
「アオイちゃんったら、そんなに真っ赤な顔で反論しても説得力ないよお?」
「違うってばマジで今回気持ち吸われたとかないからねっ」
本当の本当だからと必死に主張すると、そうですかとようやく柘榴が引き下がってくれる。どうにか誤魔化せたかと、ほっと息をつきかけたのも束の間。
「それではクリスマスのほうですか」
「っ、……!」
違うしと反論したいのに思わず言葉に詰まってばたばたしていると、やっぱりあの時のー! と美樹が何故か握り拳でわくわくした風に身を乗り出させてくる。
ないないないないないないないと必至で頭を振るのに、嘘はよろしくないですねぇと柘榴がにっこりし、白状しちゃおうよーと美樹が楽しそうに語尾を上げる。
「だから違っ、」
何度でもしつこく否定する気で口を開いた時、何だか微笑ましげにくすりと笑う別の声が混じった気がしてアオイは思わず辺りを見回した。
「今の誰?」
「アオイちゃん、惚けても無駄よ」
そんな事で誤魔化されないからねと宣言した美樹は、けれど何かに反応してアオイと同じく辺りを見回す。
【星を助けてくださって、ありがとうございました】
耳をくすぐる優しい声音はどうやら三人ともに聞こえていたらしく、柘榴もそっと口の端を緩めている。アオイも少し気分を良くして空を仰ぎ、その紅い空にふと先ほど声をかけてくれた女性を思い出した。
星を探す時に、ツリーが飾られた広場近くのカフェから高台までを辿った。その時に自分と同じように紅い髪の女性が声をかけてくれて、星を探しているのだと話すとひどく申し訳なさそうな顔をされたのが不思議だったけれど。
(ひょっとして、あれが黄昏さん……?)
何となく思い当たって心中に呟くと、まるで当たりを教えるようにくすくすと笑う声が聞こえた。
紅く染まり始めた空を見上げると、何となく胸がほうと温かくなる気がする。
「今日の夕焼けは、何かちょっと好きかも!」
さっきの話題もなかったことにしてくれてありがとねと、後の二人には聞かせられない感謝も込めてアオイは夕焼けに笑いかけた。
ロゼッタがたい焼きを買ってほくほくと足を進めていると、先ほど靄が堪っていた付近でトオルを見かけた。何をしていると声をかけると、あれあれと木のてっぺんを指し示された。
「ああ。あの星、ここに居ついたのか」
「みたいだねー」
「ここなら、たい焼きを買いに来るたびに話し相手くらいにはなれそうだ」
もうふらふらと彷徨い出るなよと念を押すように声をかけると、ふわりと白い光が強くなって答えられたようだった。トオルはそれを確かめると笑顔になって、それじゃあと片手を上げた。
「美味しそうな匂いしてるからボクもたい焼き買ってこよう」
「──星はいいのか?」
通り過ぎて離れていく背中に思わずそう尋ねると、トオルは顔だけ振り返ってきてちらりと視線を泳がせると、また笑顔になった。
「独りが寂しくなって来る分には止めないけど、あれで納得してるならいんじゃない?」
星それぞれ人それぞれだよねーと何とも言えない調子で呟いたトオルは、それじゃあと繰り返して片手を揺らすと、そのまま振り返らずにたい焼き屋があるほうへ歩いていった。
それを見守るようにして木のてっぺんに灯っている星を見上げたロゼッタは、しばらく眺めた後にふっと息を吐いてトオルと反対方向に歩き出した。
またたい焼きを買いに来る時は、きっとほんのりと淡い光が上から降ってくるのだろう。
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クリエイターコメント | 大変お待たせしました、ひたすら長く……長くなってしまいましたことをまずお詫び致します。
でも皆様のプレイングがどれも捨て難く、ものすごいノリノリで楽しんで書かせて頂きました! 星を助ける方向で動いてくださいましたおかげで、無事に星は破裂もせずに想いまで燈して頂き銀幕市に居残ることができました。星と空兄弟に成り代わり、御礼申し上げます。
全体的に星は壊さないように、という流れでしたので、幾らか性格が丸くなっておられる方も……。基本性格よりはプレイングの空気を優先でいかせて頂ましたので、甘っちょろくなっているかもしれません。 他にも捏造箇所は多々ありますので、問題がございましたら訂正させて頂きます。
この長さでも拾いきれなかった部分がございますが、〆切ぎりぎりまでかかってしまったものの楽しく書かせて頂くことができました。 心優しい皆様のご協力に心より感謝致します、誠にありがとうございました。 |
公開日時 | 2009-02-22(日) 14:10 |
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