★ Way Back To Tomorrow ★
クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
管理番号103-6649 オファー日2009-02-11(水) 04:03
オファーPC レオンハルト・ローゼンベルガー(cetw7859) ムービースター 男 36歳 DP警官
<ノベル>

 ブラインド越しに見える街は、重苦しいスモッグに覆われていた。灰色のアスファルトを這うように進む車に反射した日が、時折チラチラと光る。
 几帳面に整頓されたデスクには、読みかけの本が置いてあった。開いても字面を目が滑り、今はあまり読む気になれない。

『なぁ、お前さんにとっても悪い話じゃねぇだろう?』

 そう、男は言った。
 無骨で、けれども無邪気な笑みを浮かべる男だった。
 何故、自分の能力のことがばれたのだろう。忙しいから帰って欲しいということを伝えると、男はあっさり引き下がったが、あの分ではまた遠からずここを訪れるに違いない。
 忙しいのは本当だ。考えねばならない案件は幾つもある。若手ながら、ベテラン顔負けの実力を持つレオンハルトのところには、多くの依頼が舞い込んでくる。
 彼は、ふと、先日弁護した事件のことを思い出していた。

 ■ ■ ■

「ねぇ――僕はどうなるんですか!? 弁護士さん! ――嫌だ! 僕は何もしてないのにっ――!?」
「落ち着きたまえ。騒いでも得なことは何もない」
「だってっ! このままじゃ――! このまま――ううっ……うっ……」
 面会室の席で、ケヴィンという青年は喚き、泣き崩れる。レオンハルトは、それを静かに見つめていた。
 事件のあらましはこうだ。
 貿易商社を営むジョセフという男、そして妻と幼い息子までもが殺された。いずれも、鋭利な刃物で何回も刺された跡があった。
 ケヴィンはジョセフの遠戚に当たり、幾度も借金を重ねている上、返済もしなかったため、何度となくトラブルになっていた。
 目撃者はおらず、現場は荒らされ、ケヴィンの借用書が持ち去られていた。そしてその当日、その時刻のケヴィンのアリバイはない。彼によると、自宅でジョセフから借りた本を読んでいたらしい。普段は本など全く読まない彼だが、少しでもマシになろうと思い、勉強のためと慣れない活字と闘っていたそうだ。それがこのような結果を生もうとは、皮肉としか言いようがない。
 この状況を覆すにはどうしたら良いか。泣き続けるケヴィンを見ながら、レオンハルトは考えを巡らせる。
 状況は、どう考えてもケヴィンに不利だ。だが、レオンハルトにはどうしてもこの青年が嘘をついているとは思えなかった。それは、弁護士としての勘とも言えるだろうし、そう思ったからこそ、弁護を引き受けた。
 だが、幾ら考えても、良い案は浮かばなかった。被害者が生き返って喋りでもしない限り――。
 そこで、思考が止まった。
 そう。被害者に聞けば確実なのだ。誰が彼らを殺したのか。
(しかし――)
 それしかない。そう思った。
 けれども、弁護士として、真っ当な弁護をする者として、それは侵してはいけない領域なのではないか。
 でも、冤罪を免れるならば。
 犯行の残虐性から言って、このまま行けばケヴィンが電気椅子へと向かうのは確実。彼の命を救うためならば。
 ケヴィンはまだ嗚咽を漏らしている。
 レオンハルトの中で、思考は巡り続けた。

 □ □ □

「よぉ、また来たぜ。弁護士先生」
 事務所のドアを開け、男は白い歯を見せて笑う。確か、ライアンという名だった。彼は断りもなしにずかずかと事務所内に入ってくると、ソファーにどすん、と音を立てて寝そべる。
「勝手に入ってくるのか」
「訴えるかい? 先生」
 レオンハルトの言葉に、ライアンは無邪気な笑顔で答える。レオンハルトはそれを無視し、コーヒーをドリップすると、ソファーの側にあるテーブルにカップを二つ置いた。そして、男の向かい側にあるソファーに腰を下ろす。
「へぇ。今日はずいぶんと乗り気だな」
「いずれにしろ聞かねばならないのなら、今聞く、というだけのことだ」
 そう。このままごまかし続けたり、逃げ回ることは出来ないだろう。そして、そうしたいとも思わない。決着をつけるならば、つけてしまったほうがいい。
 ライアンはそれを聞くと起き上がり、ソファーに座り直すと、コーヒーに口をつける。そして、熱そうなそぶりを見せてから口を開いた。
「この前の繰り返しになるが、DPでは今人材を集めている。開設されたばかりで、人が少ねぇからな。そこで、超能力犯罪から市民を守るために、お前さんにも力を貸してもらいたい」
 刑事部能力捜査課。通称DP。
 主として超能力犯罪に対抗するために開設された警察組織。
「先日も言ったが、私には何のことだか分からない」
 そう答えながらも、レオンハルトには分かっていた。こんな言葉でごまかせる訳がないし、仮にも超能力者を相手にしようという警察が、何の当てもなくこんなところまで足を運ぶはずがない。
「やだなぁ、先生」
 ライアンは幾分冷めたコーヒーを旨そうに飲み干すと、また笑みを見せる。
「大学時代、撃たれて道端で死にかけてた同級生を助けただろう?」
 言葉だけ聞けば、何ということはない。ただの人命救助だ。
 けれども、そうでないことは、レオンハルト自身が一番良く知っていた。

 ■ ■ ■

 冷たい夜風が、肌を撫でては去っていく。人気のない道に、コツコツ、と革靴の音が響く。
 レオンハルトは、ジョセフの自宅に来ていた。上品で落ち着いた佇まいの邸宅だった。今は周囲には、立ち入り禁止のテープが張り巡らされ、非日常を演出している。
 しばらく黙って、被害者の家を見やる。
 まだ、心には迷いがあった。それを揶揄するかのように、風に煽られた庭の木々がさわさわと揺れる。
 こうしていても仕方がない。意を決して、彼は口を開いた。
「出て来てはもらえないだろうか」
 しばしの間、沈黙が訪れた。レオンハルトは辛抱強く待つ。
 やがて、目の前が薄ぼんやりと頼りなく光り、スクリーンに映し出されたかのように、細面の男が姿を現した。それは、被害者のジョセフだった。
「ありがとう。早速だが、事件の真相が知りたい」
 レオンハルトは単刀直入に切り出す。ジョセフは少しの間困惑した表情を見せていたが、やがて口を開き、声なき声を発した。
『私たちを殺したのは、ケヴィンじゃない』
「やはりそうか」
 レオンハルトは、静かに頷く。
『私たちを殺したのは、ウィルソンというレストランの従業員だ』
 それを聞き、レオンハルトの脳裏に、証人の中にいた物静かな黒髪の青年の姿が浮かぶ。
『あいつは言った。自分が勧めたワインを、二度も断ったお前は許せないと。お前の妻も子供も殺してやると。なぜ――なぜそんなことで殺されなければいけないんだ! 私は……私たちは……』
 ジョセフは嗚咽を漏らし、泣き崩れた。
 静かな住宅街に響くその声が、悲しむ姿が、レオンハルト以外に届くことはないだろう。受け止めてやれるのは彼しかいない。
 レオンハルトは、無言でジョセフを見つめていた。
 ジョセフの悲痛な泣き声は、まるで永久に続くかのように思えた。

 □ □ □

「その情報は、どこから仕入れた?」
 感情を表に出さず、レオンハルトは淡々と訊ねる。
「ああ、お前さんが助けたヤツからだ。今は情報屋をやっている」
 それを聞き、記憶が鮮やかによみがえる。
 人懐こそうな笑みを浮かべる男だった。
 道端で死にかけていたのを見つけ、放っては置けなかった。誰にも言わないで欲しいと言ったら、もちろん絶対に言わない、命の恩人の頼みだから、と笑顔で答えた。
 黙っていて欲しかった。――しかも、金で売るという形で語られるとは。
 口約束などという不確かなものを信じた自分が馬鹿だったのかもしれない。
 何ともいえないやり切れなさが、体の中に染みた。
「それにお前さん、ガキの頃、施設に預けられてたな。超能力の研究施設に」
 畳み掛けるように、ライアンは言葉を紡ぐ。
 それが、酷く不快だった。
「他人のプライバシーを侵すのも警察の仕事なのか」
 レオンハルトの表情も声も変わらない。ただ冷ややかな声で言い放つ。
「断る。帰りたまえ」
 静かではあるが、有無を言わせない響きを持った言葉だった。
 ライアンは大げさに肩をすくめると立ち上がり、伸びをする。そして白い歯を見せると、「気が変わったら知らせてくれ」と言い残し、帰っていった。
 レオンハルトは、その姿を見送ると息をつき、すっかりぬるくなったコーヒーを飲んだ。

 ■ ■ ■

 その後、形勢は一変した。
 ウィルソンの自宅近辺の公園から犯行に使われた凶器が見つかり、彼は逮捕され、ケヴィンは無事に釈放された。
 レストランにケヴィンも誘われ、食事をした時に、借金のことについて口論になっているのを聞き、ケヴィンに罪を着せることを思いついたらしい。
「あの、弁護士さん! ありがとうございました!」
 別れ際、ケヴィンが深々と頭を下げ、そう言った。上げた顔には安堵と、生き生きとした表情が浮かんでいる。きっとこれからの彼の人生は変わるだろう。
「私ではなく、ジョセフに感謝することだ」
 レオンハルトの言葉に、ケヴィンは「え?」と口にし、不思議そうな顔をしてから、やがて憂いを含んだ笑みを浮かべ、頷く。
「はい、そうですよね……叔父さんには、本当にお世話になりました」
 もちろん、そういう意味もあった。けれども、レオンハルトの言葉の真意は、ケヴィンには伝わらない。そして、伝える気もない。
「では」
「はい! 本当にありがとうございました!」
 再び頭を下げるケヴィンに背を向け、レオンハルトは歩き出す。
 彼の中には、まだ迷いが居座っていた。無実の罪が晴れたのは喜ばしいことだ。けれども、手段を選ばずに得た勝利は、果たして正しいのだろうか。
 弁護のために能力を使ったことは、『仕方がなかった』では通用しない。きっと他に何か方法があったはずだ。そして、それに気づかなかったのは己の未熟さのせいだ。
 そう思いながらも、思考は次へと移っていく。
 レオンハルトの姿も、いつしか雑踏の中に紛れた。

 □ □ □

 それからしばらく、レオンハルトは忙しく働いた。だがそれは、今まで通りに仕事を続けていくためではなく、整理していくためだった。
 超能力者で編成されたDPへのスカウトが来たとなれば、自分が超能力者である事は遠からず世間に発覚してしまう。そうなれば、それを陪審員達の心象を悪化させるネタに使われるに違いない。だからもう、弁護士としてはやっていけない。
 広々とした事務所を眺めてから、レオンハルトは電話を手にした。

「よぉ、弁護士先生。……ああ、ずいぶんサッパリしたなぁ」
 事務所内を見回し、ライアンがつぶやく。
「もう私は弁護士ではなくなる」
 レオンハルトはそう言うと、ブリーフケースを片手に持った。ライアンは頷き、右手を差し出す。
「そうだな。……んじゃ、ヨロシクな」
 相変わらず、無骨な仕草だった。
 だが、それもいいだろう。
 自分で決めた道ならば、責任を持って進むだけだ。
 レオンハルトはライアンの手をとり、力強く握り返した。

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
この度は、オファーをありがとうございました。
お待たせ致しました。ノベルをお届けします。
色々と迷う部分もあったのですが、楽しく書かせていただきました。少しでも気に入っていただければ幸いです。
それでは、ありがとうございました!
公開日時2009-02-21(土) 23:00
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