★ ひかりのどけき ★
クリエイター小田切沙穂(wusr2349)
管理番号899-6122 オファー日2008-12-29(月) 17:02
オファーPC エドガー・ウォレス(crww6933) ムービースター 男 47歳 DP警官
<ノベル>

 決して冷たくはないのに、ひんやりと涼しい。
 クリスマスツリーの森の空気は、相変わらず不思議なバランスを保っていた。
 クリスマスが過ぎ、訪れる人の少なくなった今、あのクリスマスの夜、銀幕市民たちの祈りによって命をあたえられた雪だるまたちは、肩を寄せ合い何やら語り合っていた。
 が、コート姿の男が一人、森の入口に現われる。
 その姿を見た雪だるま達は、ぱっと顔をあげて、そちらに駆け寄った。
「また来てくれたんですね!」
「えどがー、あそぼ! そりのる!? そりのる!?」
 嬉しそうな声と共に、雪だるまたちは個性さまざまな声とともにその男に視線を集める。
「やあ。また会いに来たよ」
 エドガー・ウォレスは背の低い雪だるま達の視線の高さにかがみこむと、大きな手のひらで雪だるま達の頭を撫でてやった。
「これ、なんだ?」
 小さな雪だるまが、エドガーの手にぶら下がっている小さなコンビニ袋に目をとめた。
「アイスクリームさ。君たちのおやつに持ってきたんだ」
 雪だるま達ははしゃいで、エドガーをそり遊びに誘ったり、彼のマフラーを引っ張って関心を引こうとしたり。
 偶然のきっかけから、アイスクリームが雪だるまたちの好物であると発見して以来、エドガーはここへ来るとき、たいていそれを持参する。
 不思議なことに、温度も食感も雪に似たアイスクリームを吸収すると、雪だるまたちの元気が増すようだった。
 そんな中、ひときわ嬉しそうにエドガーに近寄って来た雪だるま二体。
「えどがーさん、チョコありがとうですぅ♪ チョコうれしいですぅ〜」
 たれ目の雪だるま、スノウマン15号がのんびりまったり喜び。
「……う”にゃー……」
 猫とタヌキとレッサーパンダを足して3で割り、さらにフリーズドライした柴犬を振りかけたみたいな感じの容姿をしたスノウマン8号は、小首をかしげてエドガーを見上げる。
 彼らはいずれもエドガーの手によって作られ、命をあたえられた雪だるまである。どっちも独特な姿だが、性格は極めていいやつだ。
 だが、エドガーは肩をすくめて申し訳なさそうに告げた。
「すまない8号君。しょうゆアイスは売り切れで、代わりにわさびアイスを買ってきたんだが……」
「う”にゃー……」
 がっくりうなだれる8号。
「駄目かい? ……本当にすまない。せめて納豆アイスを買ってくるべきだったね」
 真剣に謝るエドガー。その姿は誠実そのものだが、上質な生地のトレンチコートをきりりと着こなした紳士が雪だるまに誠実に謝ってる姿は傍目には結構ひょうきんだったりする。
 ちょこんと蜜柑を帽子よろしく頭にのっけた15号は、わたわたと木の枝の腕をふりふり、二人をとりなした。
「あにじゃ〜、えどがーさんこまらせたらいけないですぅ〜」
「う”にゃ……」 
 8号、反省したっぽい。
「う”にゃ、にゃー」
 8号はぺっこんと頭を下げた。
「約束するよ。この次は、必ずしょうゆアイスを見つけてくる」
 嬉しそうに8号が樅の木の葉で作られたヒゲをぴこぴこさせる。
「41号君は枝豆アイス、10号君はじゃがバターアイスだったね……おや」
 アイスを配っていたエドガーはふと、見慣れた顔がいないことに気づき、そばにいた15号に聞いた。
「1号君は?」
「ん〜、1号はね〜、向こうにいるですぅ(はぁと)」
「向こうって?」
「あっちですぅ(はぁと)」
「あっちって、どっちの?」
 のんびりまったりな15号&辛抱強く情報を引き出そうとするエドガー間の会話がおーいなんだか迷宮入りしそうだぞとなった時、エドガーの肩に、別な雪だるまの、手袋をはめた手がちょんと置かれた。振り返ると、青いビー玉の目をはめた雪だるまが、石炭の眉を八の字にして、もの言いたげな表情で佇んでいる。
 エドガーと目が合うと、青い目の雪だるまは、訴えかけた。
「1号はね、ちょっと引きこもりっていうか……あまり人に会いたくないみたいなんだ」
「どうして?」
「クリスマスの時、すっごく賑やかだったでしょ? それがクリスマス過ぎたら、ここへ来る人もめっきり少なくなっちゃって……。」
 エドガーは眉をひそめた。
 季節が変われば、人の関心のありどころも移ろう。
 人間たちはクリスマスが過ぎると、新年を祝う次なるイベントに浮き足立つ。
 だが、「クリスマスツリーの森」という世界に生きるスノウマン1号に、今日は雪、明日は桜を愛でようというような、切り替えができるはずもない。
(「むしろ人間が器用すぎるのかもしれないな」)
 エドガーは「1号君と話してみるよ」と言い置いて、立ち上がる。
 心から友を気遣う表情がそこにあった。


 スノウマン1号は、ぽつんと一人……というか一体……クリスマスツリーの森の最奥、クリスマスローズの花が群れ咲く小さな空き地にいた。
「やあ」
「エドガーさん……」
 スノウマン1号は振り返り、笑顔になったが……口元が寂しげに歪んだままだった。
 エドガーは傍に座り、アイスのカップを差し出した。
「ほら、きのこアイスだよ」
「あ、はい……ありがとうございます」
 スノウマン1号はアイスを受け取るも、面目なさげにうなだれる。
 とはいえ、声にほっとしたような響きがあるのは、エドガーが気にかけてくれるのがうれしかったのだろう。
 エドガーはといえば、何も気づかぬかのように、淡々と自分の分のアイス……黒蜜きなこ味とやらを口に運んでいる。
 身震いしながら、
「あっ、しまった……俺は雪だるまじゃないんだから、暖かい缶コーヒーでも買ってくればよかった」
 と、独語しつつ一人がまん大会状態。
 そんな様子を見て、スノウマン1号の口がふとほぐれたらしい。
「あの……ひとつ、教えてくれませんか?」
 スノウマン1号が真剣な表情(らしきもの)を浮かべてエドガーに向き直る。
「なんだい?」
「クリスマス当日はあんなに楽しかったのに、日がたつにつれて、ボクたちはどんどん忘れられて……エドガーさんみたいに、変わらず同じペースでここへ来てくれる人は珍しいです」
 確かに、クリスマスツリーの森は、今はクリスマスのころとは段違いに静かだ。
 クリスマスのころには子供たちが駆け回り、森のあちらこちらでパーティーが開かれたりと、賑やかなさまが日常茶飯事だったというのに。
 スノウマン1号は、静かな湖のような印象を持つ目の前の男に疑問をぶつけた。
「人って、人の心って……時が移ろうと、変わってしまうものなんでしょうか。季節が変わると、人の心もどんどん変わってしまうんでしょうか。
 ボクたちがもてはやされるのはクリスマスの間だけで、それが過ぎればお正月、それも過ぎたらバレンタインデー、もっと時が過ぎたら春が来て、サクラっていう花が人気者になるんでしょう? ボクはどんな花なのか、見たことがないけど……」
 エドガーはゆっくりと頷いた。
「季節行事というものは人間にとってはとても大切な暮らしの一部だからね」
 季節のうつろいを知らないスノウマン1号に、ざっと季節ごとにある正月や花見といった年中行事を説明してやり、最後にエドガーは付け加えた。
「それでも、この場所をずっと覚えてくれている人達だっているよ。ごらん、あんなに楽しそうにはしゃいでる人達がいる」
 と、長い指で指す方向には、なるほどエドガー以外にも、顔なじみになった雪だるまや自分の作った雪だるまたちのところへ遊びに来た人々がいる。オーナメントの輝くツリーの木の下で、ひっそりと語らいあう恋人同士らしき人影も見える。
 1号は、
「そ、そう言ってもらえると、ちょっとうれしいです。けれど……」
 語尾を濁した。エドガーがうなずいて言葉の続きを待つ。
 ややあって、1号は言葉を継いだ。
「この前、子供たちがここへ来て、泣くんです。『すのうまんさんたちは、ムービースターだから、もうすぐきえちゃうの?』って。
 ……ボクたちも、この町にいろんな事件が起こってること、うすうすは知ってます。……だから余計に、何も言ってあげられなくて……」
 と言いかけて、スノウマン1号ははっと言葉を切った。
 エドガーもまたムービースターであり、もしかしたら消えゆく存在かもしれないのだと思い至り、彼を傷つけたのではないかと慮ったのだ。
 だが、当の本人は、穏やかに頷いた。
 わかるよ、というように。
 それに励まされて、スノウマン1号はぽつりぽつりと独白を続けた。
「それに……ボクたちが消えたら、みんな、ボクたちのことを忘れちゃうんじゃないかって、心配なんです。クリスマスが過ぎたらこの森にくる人が少なくなったのと同じように……」
 スノウマン1号の疑問を、エドガーは静かな自信に満ちた声で否定した。
「そんな風に思うのは、君たちを好いている子供たちに失礼なことじゃないかな。たとえばどんな子供でも、違う学校に転校していったからと言って、親友の名前をすぐに忘れたりするかい?」
「……あ」
 指摘されて、1号ははっとしたように目を丸くした。確かに忘れられるとおびえることは、この森での楽しい記憶を胸に抱く人々の思いを、否定することになりかねない。
 エドガーは、樹氷を透過して降り注ぐ透明な日光に目を細めながら、ゆっくりと続けた。
「俺達はひと時の『夢』なのかもしれない。でも、俺達が消えても街の人々は俺達を忘れないだろう。彼等の思い出の中で生き続ける。それこそが、俺達がこの街で生きた証なんだよ」
 てらいも強がりもない、いつもの静かで暖かい声だった。
 スノウマン1号は思った。
 彼が消えたらどれほどの人が泣くだろう。
 でも、別れがどんなにつらく悲しかったとしても、人々はきっと、「彼に出会えてよかった」と思うだろう、と。

 はらはらと髪やコートの肩に降りかかる粉雪を払いながら、エドガーが立ち上がった。そして、突如思い出したように振り返った。
「あ、そうだ。今日はちょっと面白い話を伝えに来たんだ」
「面白い話?」
「知ってるかい?
 ジャーナリストの友人に聞いた話だが、君たちが現れて以来、銀幕市の若い人たちは、お祭り騒ぎのことを『ツリる』と言うらしい。クリスマスツリーの森の、あの賑やかさにちなんでね。
 ああそういえば、市の教育委員会は、小学生の遠足コースにこの森を取り入れようと検討しているそうだよ。
 いわば君たちは、銀幕市の歴史と文化の一部になったわけだよ」
「……ありがとう、エドガーさん」
 スノウマン1号が、ぱっと明るい笑顔を浮かべた。
 エドガーも微笑する。
 だがその微笑の理由は、1号とは少し違う。
 ツリーの木々に隠れて、そっとスノウマン1号の様子を見守っている、雪だるまたちに気づいたからだ。
「行こうか、仲間たちのところへ」
「なかま……」
 1号がそう繰り返したのは、エドガーの口にする『仲間』という言葉に、特別な力がこもっているのを感じたせいかもしれない。
 ほわんほわんと近づいてくる雪だるまたち。
 ゆるキャラ猫(たぶん)雪だるまの8号が、もっそもっそとスノウマン1号に近づいて、わさびアイスを差し出す。
 どうやら「このアイスもやるから元気出せ」と言っているようだ(推定)。
「ありがとう。……8号君」
 スノウマン1号の言葉に、
「う”にゃー。」
 8号、胸にくっきりと彫られた鉄砲菱風の家紋を突き出すように、胸を張る。
「う”にゃにゃ……う”にゃう”……」
「なんだろう? 珍しいマークですね」
 1号は首をかしげて家紋を見つめる。
「家紋といって、先祖代々、一族であることの誇りの象徴として定められた形なんだ」
「せんぞ? いちぞく?」
 エドガーの言葉に、スノウマン1号は首をかしげる。と、8号が説明し始めた。
「う”にゃう”にゃう”にゃう”にゃう”にゃ」
 …………にゃこ語で(ぇ)。
 うなずきながら聞いていたスノウマン1号は、さっきよりもさらに晴れやかな表情でエドガーに語りかけた。
「人間って、すごいや。遠い昔に生まれた親の親のそのまたずーっと親から、生まれてくる子供たちに、あなたはすばらしい家族の一員なんだよって、大切に語り継いでいくんですね。この家紋はその象徴なんですね」
 にゃこ語通じたのかよ! というツッコミはおいといて(ぇ。
 容赦なくうつろう時に、人は身を任せるようでいて、その中で変わらぬものを探そうとする。
 だから、こうして共にすごす時間の中で、きっと確かなものが生まれるのだと、8号は伝えたかったのかもしれない(推定)。
「ボク、結構幸せものかもしれないですよね。銀幕市中の人がたくさん、ボクのためにこんなに素敵な仲間を作ってくれたんだから」
 1号は、8号や15号、たくさんの仲間たちに包み込むように囲まれて、笑顔を浮かべた。エドガーも微笑した。
「仲間って、本当に有難いよね。……俺も、仲間達に何度も助けられてきたんだ。彼等がいなければ、今こうやってこの場にいる事だってなかったのかもしれない」
 エドガーは仲間達の顔を思い浮かべる。
 1号は深く頷いた。
 エドガーが戦ってきた犯罪や、恐ろしいモノを1号達は知らない。
 それでもスノウマン1号は子供の心を持つ者の直感で悟ったのかもしれない。
 この人は深い傷を負いながら、一歩も退かず大切なものを護ろうとする強い人だと。
 1号は付け加えた。
「それにボク、思うんですけど……エドガーさんだって、きっと仲間さん達を何度も助けてる。それこそ命がけで……だけど、エドガーさんは自分が助けてくれたことの方を強く覚えてるんですね」
 エドガーが何か答えようとした時……
「えどがー、そりのる?」
 子供スノウマンが、1号がエドガーをひとりじめしていると思ったのか、彼のコートの裾をひっぱり、遊びに誘った。

 子供スノウマンの雪遊びに付き合い、えどがーさんの来てなかった日に〜あんなことや〜こんなことがあったんですよ〜と話して聞かせる15号に付き合い、その合間にえぇい15号の話に付き合ってたら遊ぶ時間がなくなってしまうじゃないかと割り込む雪だるまたちをなだめ、あっという間に時間は過ぎる。
 とっぷりと日が暮れ、エドガーは森を辞すことにした。
「また来るよ。近いうちにね」
 と約束して。
 スノウマン1号は、エドガーを見上げて笑顔になった。
「心配かけちゃってすみませんでした。もう、大丈夫です。
 いつもボクたちを気にかけてくれていて、アイスクリームをお土産に持って遊びに来てくれる人がいますから。その人が仲間ってものがどんなに素敵か教えてくれて……ボクたちの仲間でいてくれるって約束してくれましたから」
 エドガーの目が見開かれ、真顔で問い返した。
「そんな人がいるなら心丈夫じゃないか。今度、その人に会ったら俺からも礼を言いたいな。なんて人だい?」
「……え”」
 スノウマン1号が一瞬固まった。
 スノウマン1号がプロの漫才師であったなら、とっさに「そら、あんたや!」等と右手でびしりとツッコミをかませたであろうが。
 言葉に詰まってわたわたと手を振り回しているスノウマンをよそに、エドガーはコンビニ袋に目をやり考え込んでいる。
「……にしても、奇遇だな。俺と同じくこの森が好きで、同じくアイスクリームを土産に持ってくる奴がいたのか。……えらく気の合う人間がいたもんだな」
「……あ、あの〜……」
「とりあえず、その人によろしく言っておいてくれないか」
「いやそのだから。う〜んと」
 スノウマン1号、エドガーさんの天然三連発に、ツッコむタイミングを見失う。
 

 やがてエドガーは雪だるまたちに今度はいつ来てくれるんだとせっつかれつつ、森を後にした。
 ツリーの木の先に、銀色に咲いている樹氷をエドガーは見上げた。
 氷の花に宿った月の光は、まるですべての穢れを除くフィルターを通したかのように透明に冴えている。
「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず……か」
 呟いた。
 コート姿の広い背中を、スノウマン達はいつまでも見送っていた。

クリエイターコメント大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
そして生意気な提案をしてしまったにもかかわらず、オファーを頂きありがとうございました。物語を描きつつ、出会いと別れについて、改めて考えさせられました。金やモノよりも人とのつながりこそが、最後まで残る財産だと聞いたことがあります。その意味で、銀幕市の人々はものすごく豊かな人生を送られているのでしょうね。

最後に一言言っていいですか。
エドガーさんに正座で説教されてみたいです。
公開日時2009-02-03(火) 18:50
感想メールはこちらから