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<ノベル>
ガランガランガランガラン♪
「おめでとうございまーす!!!」
満面の笑みをたたえて、はっぴ姿の中年男が叫ぶ。
四幻ホタルはあっけにとられて、ガラポンから転がり落ちた、金色の玉を見つめる。
商店街で、彼女の家族分の、つまり兄弟六人分の食料品を買出しに来て、白菜だの豆腐だのを買ったばかり。
兄弟間で、家事は当番制になっている。
ってことは、四幻家では日によって家事の仕上がりとか評判は大幅に異なる。
ホタルは真面目に全員のリクエストを平等に聞いて買い物に出かけるタイプだ。
今日もそうしたところ、冬はやっぱり鍋だと兄弟たちが主張するので、それじゃとオーソドックスな寄せ鍋を提案したところ、いやカレー鍋を試したいだのヘルシーな豆乳鍋だのえーまたかよ今日は味噌ちゃんこにしようだの各自がわいわい言いたいことを叫び始め、ようやくじゃんけんで味噌ちゃんこに決定。
夕食の買出しにはちょっと遅い時間に、商店街に出かけた次第。
すると商店街ではなにやら「冬の味覚ほかほかキャンペーン」なるものをやっており、何心もなくガラポンをまわしたところ、ころりと特賞を示す金色の玉が出てきたというわけ。
「特賞の、温泉旅館招待券でーす!」
商店街の役員とおぼしい、やたら声のでかい中年男は、手にしたベルをがらんがらん鳴らしつつ、ホタルの手に白い封筒を押し付けた。
◆
大きくカニの写真と、湯気を立てる温泉の写真をプリントした紙片をぴらっとかざし、帰宅したホタルは兄弟達に説明した。
「と言うわけで、賞品は温泉旅行券。しかもペアだ。つまり各自が温泉に行ける確率は、三分の一というわけだ」
カニ料理付温泉旅館宿泊券。
だから当然、兄弟はみんな行きたがり、じゃんけん勝負か何かで誰が行くか決めることになるのだと思っていた。
というか、既にホタルの右手はチョキしてたりするんだが。
お前が当てたんだからお前行って来い、と、長兄が言い、兄弟は皆うなずく。
「でも、みんなのお金で買い物して、当たったんだし……」
ホタルは言いかけたが、兄弟達は「当てたのはホタルなんだから」と口を揃える。
しかし、お堅いことを言うな、ホタルにはリラックスしてほしい。いろいろがんばりすぎるところがあるから皆良い機会だと思ってるんだと兄弟は口々に言い、ホタルに口を挟ませない。
いつのまにやらホタルの温泉行きは決定事項となっていた。もはや、兄弟達の話題は変わっている。
「そろそろ買おっか。電子レンジ」
「そうだなあ」
「どうしてこのタイミングでその会話なんだ!」
ときどき特殊能力「蛍火融合」を冷凍食品のあっために使われるホタル。
ホタルが旅行に行く話をしてる傍から電子レンジを買おうという話が出るとは、いかにホタルが四幻家の食生活に貢献してるかわかろうというものだ。
この家における私は電子レンジ並みの存在感なのかと考え込んでるホタルの頭上に、それより、さっさと旅行の用意をしたらどうなんだとばかりに、バスタオル&洗いタオル&シャンプーリンスと石鹸を詰め込んだポーチがほいっと飛んできた。はっしとつかんだホタルは、
「わかった。ありがたく温泉に行かせてもらうことにする。じゃ、もう一人はやっぱり、じゃん……」
じゃんけんで決めるのかと言いかけたら、
「それは、当てたお前に指名権がある」
「そうそう」
百年前からの既成事実といわんばかりに兄弟達がうなずき合う。
「ほんとにそれで、いいのか?」
温泉好きな長兄に遠慮してか、ホタルは少しためらった……けれど、兄弟達の言葉は本当に嬉しかった。
だから。
「じゃ……ミナト。一緒に行こう」
ホタルはきっぱりと言った。
「え」
ホタルのすぐ上の兄、ということになってるミナトは、一瞬紫色の目を見開いた。
けれど、やっぱり何か予期するところがあったらしい。
「ありがとう。ホタル」
すぐににっこり返してくれた。
ホタルはなぜか、ミナトと一緒にいるときが一番落ち着く。
それは本人同士も、兄弟達も、無意識のうちに把握している事実だった。
だけど、このところミナトもホタルも、大学やらアルバイトやらで忙しく、ゆっくり話す時間がなかったのだ。
さっそく旅支度の打ち合わせなど始めた二人を微笑ましく眺めながら、兄弟達は涼しい顔で、とんでもないことを言い出した。
「あ、おみやげはカニでいいから」
「カニみそ入りのやつ」
「最低一人一匹な」
「ちょ……待て!」
「いくら旅費がタダでも、人数分のカニだなんて、バイト代消えるって!」
月々の家計を思い浮かべたホタルはストップをかけた。同じくミナトも加勢する。
……が、所詮は4人に2人。カニ土産の話も既にいつのまにか確定事項となるのであった。「とことんまで値切れ」との非常な指令とともに、ホタルとミナトは温泉旅館へと送り出された。
「まったく優しいんだか冷たいんだか、うちの兄弟は……」
移動の間中ミナトがつぶやいていたが、ホタルもまったく同感だ。
◆
駅に着くと、既に旅館が差し向けた送迎バスが待っていて、二人はあっという間に数寄屋造りの清潔で落ち着いた宿に迎え入れられる。
「いらっしゃいませ。ようこそ」
地方訛り混じりの丁寧な挨拶をされた。
山吹色の和服がよく似合う、若い女性が部屋に案内してくれた。
「当旅館の女将でございます。ま、まだ新米で、至らぬ所もありますが、何なりとご要望くださいませ」
着物姿は似合っているが、まだなりたてという感じ。
初々しいというか危なっかしいというか、な若女将さんはなぜだかぽっとほほを染め、やおらスルスルと部屋の奥の障子を開けて、その向こうにある部屋付の岩風呂を見せてくれる。
「わ、この部屋専用の風呂!?」
「はい。こちらのお部屋はラブラブカップルのお客様にご好評いただいておりまして」」
……へっ? という涼しい空気がホタルとミナトの間に流れた。が、気づかず若女将は続ける。
「こちらの部屋風呂は竹垣を組んで部屋向き以外の三方を囲っております。人目を気にせずどうぞ、ご、ご混浴をお楽しみくださいませ」
つまり、この露天風呂付部屋は、部屋でいちゃいちゃ、風呂でいちゃいちゃと二人っきりの世界に浸りまくるカップル専用らしい。
「こ、こ、混浴……って」
ミナトはホタルの血がさーっと引く音を確かに聞いた。
「……悪いが、私達は兄弟だ。ご混浴は必要ない」
ホタル、とっても冷静な口調で言うが、握ったこぶしがふるふるしている。
「も、申し訳ございませんっ!!」
若女将、一瞬へ? という表情で固まったのち、青ざめて平謝り。
「別にいいんじゃない? 交代で風呂に入ればいいんだしさ」
くっくっ笑いながらミナトがなだめるが、いえいえ年頃のお嬢様とお坊ちゃまですしもしや周囲に妙な誤解をされても申し訳ないですからと若女将は平謝りで、家族用部屋の中で一番良い部屋へと改めて案内してくれた。
「……ふう」
改めて、ふっくらとすわり心地のいい座椅子に体を沈め、女将が淹れてくれたお茶を飲んでくつろぐ。
お茶請けのお菓子は小さな饅頭なのだが、これもまた上等な餡を詰めた逸品。
ようやくホタルが、ミナトと二人だけでいる時の、無防備な表情になる。
いつも束ねている髪を下ろして、ほわんと天井を見上げているホタル。
そんなホタルを、ミナトはからかう。
「ったくホタルは頑固なんだから。カップルのフリしててもよかったのにさ。岩風呂付の部屋なんて、めったに泊まれるもんじゃないんだし」
「……私は嫌だ」
「そうかな。俺は別によかったけど? 背中流してあげたのに♪」
ぶーん!!!
枕が飛んできた。
ホタルがびゅんびゅん投げつけるそれを、笑いころげながらミナトはよけている。
「冗談冗談。」
「……冗談は時と場所を選べ!!」
ホタルは最後にぽつりと付け加える。
「どんな状況であれ、自分を偽るのは嫌なんだ」
ホタルの言葉に、ミナトはふと真顔になる。
「ホタルのそういうとこ、嫌いじゃないよ」
結局二人とも、旅館の一階にある大浴場に行った。ホタルは女湯、ミナトは男湯に。
ホタルはのびのびとお湯につかり、手足を伸ばした。
目を閉じる。
少し熱めのお湯の温度が心地よくて、何もかも忘れられそうな気がする。
なのに、
(「……無理だ」)
ホタルは心に深く巣くう不安を払拭できずに、ため息をつく。
今夜も、やっぱりあの夢を見るだろう。
ーーーーだけど、ミナトの前では、笑顔でいたかった。
湯から上がって浴衣を着てみると、風呂上りで紅色ほっぺで髪は下ろした状態であるせいか、ホタルは格段に女の子ぽい。
しかも浴衣の地色は濃紺で、ホタルの赤い髪色が一層鮮やかに引き立って。
「……初めて着てみたんだが、おかしいか?」
じっと見つめるミナトの視線に気づいて聞くと、ミナトは
「……おかしくない。ってか、綺麗だよ」
真面目に言う。
ホタルの方が照れてしまい、ホタルたちと同様に廊下を歩く他の風呂上りの客の目を妙に意識して、
「いや、こういうものは本来、黒髪の純和風な美人が着るものであってだな。私は、本来女性の姿をとっているだけだし、髪の色も和風じゃないし……」
一生懸命私達は別にラブラブカップルじゃありませんよー、そんないちゃいちゃした関係じゃありませんよー、ほんとにこの兄貴ったら妹からかって何が楽しいんでしょうねー的空気を強調しようとする。
たださえ目立つ容姿の二人のやりとりに、すれ違う客達がにやにや笑ってみてゆくので、余計にホタルは焦っている。
「いや、本当に綺麗だって。なんで否定しようとするの?」
対するミナト、真面目に繰り返し、照れを通り越してイラッと来た妹に一発食らうのであった。
「痛てっ! なんで殴るんだよっ、ほめたのにーー」
「うるさいっ! ほめ方にも程合いというものがある!」
湯上りとは別な湯気を立てて廊下をずんずんと歩くホタルであった。
◆
たっぷりと温泉を楽しんで、浴衣姿の二人が部屋に戻るころには、温泉街に夕暮れが迫っていた。海に面している旅館なので、窓からは夕焼けに染まり、やがて紫色から深い闇色になって、ちっぽけな漁船の明かりをぽつりと浮かべる海の景色がよく見える。
例の若女将が張り切って食膳を運んでくる。
「こちらが、先付の鰈の昆布締め。こちらは貝柱のフカヒレあんかけでございます」
目にも美しい料理が次々に並べられる。
「おっ、旨いよこれ! 幸せー♪」
ミナトは嬉しそうに早速箸をつける。
(「幸せ」……か)
確かにそうなんだろう。
この現状を受け止められたなら。
それでもホタルの胸の奥底で、いつかこの幸せが崩れ去ってしまいそうな予感が消えずに、ホタルは無口だった。
(「映画の中の世界と、この世界は『違う』んだ」)
ホタルは自分に言い聞かせる。
屈託のない表情でミナトはメインディッシュのカニの殻をむいている。
そんな『日常風景』を見ていると、ホタルは自分だけが別世界から引きずってきた重い枷を引きずっているようで、違和感に襲われる。
映画の世界では、ミナトはーーー
辛い記憶が脳裏によみがえり掛けた時、すでに食べ終えてお腹がふくれたらしいミナトが眠そうに伸びをした。
「あーっ、幸せ」
伸びをして、そのままこてっとたたみに寝転がる。
ちょうどそこに、女将が食後のお茶を運んで現れた。
食後のお茶を運んできた女将が、
「あら、弟さんはお疲れですか? お布団、すぐに敷きますので」
気を利かせてすぐに食膳を引き、布団をのべてくれる。
「あ”ーーーふっかふかだーー」
嬉しそうにころころ転がっているミナト。
「歯磨き忘れてるぞ」
ホタルの注意に、めんどくさいなあとぶつぶつ言いながらも起き上がる。
それで、ようやっと寝る支度ができた。
「お休みー」
ミナトは言って、すぐに健康そうな寝息を立て始める。
ホタルは立って、窓から暗い海を眺めていた。
海の上には、まだ漁船が小さな明りをゆらゆらと揺らしている。こんなに広くて暗い海なのに、あんなに小さな明かりでちゃんと港へ帰りつけるんだろうか。心配になって、じっと見つめていた。
ふと気づくと、ミナトの気配が背後にあった。いつのまに起きてきたのか。
「寝ないの? ホタル」
言わせないでくれ。
目を閉じるのが怖い、なんて。
「枕が替わったら、眠れなくてな」
ぎこちない微笑を向けて、ごまかそうとした。
ミナトの暖かい手が、肩に置かれた。
「ホタルって、変だな。強いし、はっきりしてるし、料理上手いし器用だし……なのに、どうしてか信じられないくらい下手なんだよねー」
「何が?」
「嘘のつき方」
ミナトは、こぽこぽとお茶を注いでくれた。
お茶を飲んだ途端、言葉が溢れてきた。
映画の中で、ミナトと悲しい別れをして、その記憶が意識の奥底にずっと残っていること。
実体化した今は、違う運命を紡いでいけるという希望を抱いていること、けれどもどこかでそれを信じていない自分がいて、映画と同じようにいつかミナトの存在の核たる剣が破壊されてしまうのではないかと恐れていること。
その希望と、それが裏切られる恐怖を悪夢として見てしまうこと。
だから、約束してほしい。
映画の中では適わなかった、あの約束を。
「いつまでも、私の傍にいてくれるか?」
ずっとうなずきながら、静かにホタルの言葉を聴いていたミナトは、にっこり笑う。
飲み干したお茶のお代わりに、温かい湯飲みを差し出しながら。
「僕はホタルの傍にいるよ。ずっとずっと」
「……ほんとに、約束だぞ」
「ほんとだよ。大丈夫だよ」
ふと窓の外を見ると、あの小さな漁船の隣に、もうひとつ小さな明かりをともした船が見えた。
一緒に漁をする仲間なのだろうか。
その小さな明かりが増えただけで、海の景色はずいぶん雰囲気が違うものだと思った。さっきまでは、寂しい光景としか思えなかったのに、小さな明かりが二つ並んでいると、励ましあって暗い海を進んでゆく心温まる情景に見えなくもない。
「……ありがとう」
ホタルはミナトの笑顔と言葉を抱きしめるように、胸の前で両手をぎゅっと握った。
それから……たぶん、ぐっすり眠った、のだと思う。
ミナトがこの世界で、もう一度約束してくれたから、悪夢にうなされずに済みそうで……ホタルは少し安心している。
そしてホタルとミナトは帰ってきた。兄弟の待つ家へ。
土産はもちろん、カニみそ付のカニを、一人につき一匹!
どうやって予算内でゲットしたのかと聞く兄弟に、ミナトは語り始めた。
「カニ漁をしてる漁師さんを旅館の料理人さん経由で紹介してもらってね、値段交渉したんだ。で、漁師さんに会って、駄目もとで交渉してみたら、漁師さんが……」
電卓片手にまじめに値段交渉を繰り広げるホタルと、のんびり景色を楽しみながらついてくるミナトを見て、漁師のおっちゃんが勝手に勘違いをしてくれたのだ。
「そうかそうか、彼氏の家族に挨拶するから、手土産に新鮮なカニを持っていこうって算段かい。兄ちゃん、ちょいと気は強そうだがしっかりもんのいい彼女じゃねえかい。
大事にしねぇと逃げられるぜ?」
いや恋人同士じゃないしと説明しようとするホタルを抑えて、いいんだいいんだ照れなくて、おっちゃんにはわかるぜ彼女の気持ち。いいからこのカニ、○○○円で持って帰んな。
とかなんとか、おっちゃんは若い恋人達に男気みせちゃったぜ的陶酔に浸ってしまい、かなりなお手ごろ価格でカニを譲ってくれたのだ。
「……ってまた、恋人同士に間違えられてんだ」
兄弟達はホタルとミナトを見比べて面白がる。
「……言うな、私も誤解を解こうと努力はしたんだ」
ホタルは額を押さえてため息をつく。
しかも兄弟は、ホタルの留守中にも結局電子レンジを購入していなかった。
そしてにっこり、兄弟達はホタルに向かい声を揃える。
「ってことで早速、このカニさんに蛍火癒合お願い」
……っておい。
そして日常という名の輪がまた、回り始める。
あたたかく、やわらかく。
そしてホタルの隣には、何の屈託もなくカニを食べてるミナトがいる。
(「……だけど、ありがとう」)
こっそり胸のうちでつぶやいてみる。
そばにいてくれて。
おまえがおまえでいてくれて。
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クリエイターコメント | 大変長らくお待たせし、申し訳ありませんでした。 四幻兄弟の温かく強い絆を一端でも表現できていれば嬉しいのですが。
そして執筆中、小田切の弟フィーバーに着火ONです。 ミナトさんみたいな頼れる弟ほしいです。できれば二十歳くらいの(無理)。 |
公開日時 | 2009-02-19(木) 18:00 |
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