★ 影遊ぶ森で ★
クリエイター小田切沙穂(wusr2349)
管理番号899-7220 オファー日2009-03-29(日) 14:08
オファーPC ウルクシュラーネ・サンヤ(ctrt1084) ムービースター 男 19歳 影を駆使する領主
<ノベル>

【影】達よ。
 貴君達は、この国を構成する民の一部である。
 貴君達は、先の戦いにおいて、わが国の王の命を守るためにその稀なる力を
生かし、その過程で少なからぬ犠牲を払ってきた。
 にもかかわらず。
 貴君達は、「異形」たるゆえに、「モノ」に近い扱いを受けてきた。
 「感情を持つ」ことを許されず、ただ戦いのためにまさしく【影】として生
きるのみであった。
 これはまことに遺憾なことである。
 その功績をたたえこそすれ、なぜ貴君達を貶めなければならぬ理由があろう
か。
 
 ゆえに、
 私はここに宣言しよう。
 わが領地において、貴君達【影】に市民権を与える。
 市民権とはつまり、この領地において、自由に生きるための、あらゆる権利
ということである。
 他のわが領民すべてと同じように、生きるのに必要な家屋、耕地、水源を持
つ権利。自由に婚姻し子を産み育てる権利。
 そしてもっとも重要なことだが、私の統治方法について意見を述べる権利。
 これまでの暮らし……森の奥に隠れ住むことしか許されず、忍びとしての危
険な任務の対価としてわずかな食料を与えられ、黙々と任務のみをこなし、不
満を口にすれば厳罰が与えられる……に甘んじる必要は、もはやないのだ。
 ◆

「こちらでよろしいのですか、若様」
 少し先を行く従者が、森の奥へと進む道の前で振り返り、若き領主に確かめ
た。
 若き領主、ウルクシュラーネ・サンヤは泰然と頷く。その態度には、わずか
15歳とは思えぬ威厳があって、主従二人だけで深い森を歩んでいるにもかか
わらず、従者はなんとなく心丈夫だった。
「ええ、森の奥へ続く道はこちらで合っているはずです」
 従者よりも領主たるウルクの方がこの森に詳しいのは、この森が幼いころか
らのウルクの遊び場であるからだ。
 だが、従者にしてみれば、心の中では若様がこのような、下賎なものど
もーーー【影】−−−−−の棲みかとされる森の奥などへいらっしゃるなど酔
狂もいいところだと苦々しく思っているに違いない。
 しかも父であった前領主様の喪もまだ明けぬうちだというのに。
 頑迷なところのあった前領主に代わり、ウルクが領主となったことに内心ひ
そかに喜んでいる者も多い。
 だからこそ、ウルクの身に何かあったら困ると従者はこの森へ来ることを渋
ったのだが、結局のところ、生まれたときからウルクの傍に仕えてきた身でも
あり、なんとか説得することが出来た。
 忠実な従者は、危険のないよう周囲を警戒しながら、ウルクの前をゆく。
 がさり。
 木の葉が揺れた。
 従者がキィンと鍔を鳴らして剣を抜き、ウルクを背に庇い、誰何する。
「何者!!」
「剣は置いておきましょう」
 ウルクは穏やかに従者を諭した。
「無用な武器は無用な誤解を招きます。特に今回は、いわばこちらの方が彼ら
の領域に侵入したようなものですからね」
 ウルクはそういうと、漆黒の神官服の腰に下げていた、護身用の銀の短剣を
抜いて地面に置いた。従者は明らかに不満そうだったが、渋々主に従い剣を置
いた。
「あなた達の領域に前触れ無しに訪れた失礼、お詫びいたします。今日は、あ
なた達に相談があって来ました」
 【相談だとさ】
 【妙な人間だな】
 【まったくだ……ってあの人間、ウルクの坊主じゃねぇかーーー!】
  木の葉の葉ずれに似た囁きが木々の間でかわされる。
 囁きの中に、聞き覚えのある声があった。
 そう判断し、ウルクは声を張って宣言した。
「私はこの地の領主、ウルクシュラーネ・サンヤです。今日からあなた達に、
市民権を与えようと思います」
 ざわざわという葉ずれが激しくなった。
 【おい……今なんて言った、ウルクの奴】
 【市民権……とか言ってたみたいでござんすよ? おまけにこの地の領主だ
とかなんとか……】
 【テルテ、シミンケンってなあに?】
 【えっと……レリィ、後で説明するわね】
 ひとしきり、激しく森の木々の枝がゆれ、ウルクの足元に落ちる木の影もそ
れにつれて揺れる。やがて一本の巨木の陰がひときわ大きく揺れて、その影の
中から異形の人影がにょっきりと生え出た。
 ーーいや、【人】にはあらず。
 一本角を額に生やした【鬼】である。加えて、たくましく張った肩によく光
る目。威圧感すら感じさせる風体だが、顔立ちや立ち居振る舞いに知性が宿っ
ている。
「久しぶりですね、アイトニー」
 親しげに若き領主が、鬼に笑いかけるのを見て、従者は目を丸くした。
「のんきな挨拶をしやがって。何だ、さっきの冗談は? 市民権がどうのっ
て」
「冗談ではありません。三日前、父が亡くなりましてね。私が領主を継ぐこと
になりました。ついては、その挨拶とーーー」
「なああぁぁぁにぃぃっっいい!?」
 鬼がわめいた。
「りょう・しゅ、だと? お前っ……そっ……えっ? もう一度言え!」
 ウルクは淡々と、父の逝去と自身がその責務を継いだことを再度告げる。
 鬼、考え込み、ウルクを見つめ、その横でなんだこの鬼馴れ馴れしい奴だと
ばかりに睨みすえてくる従者を見比べ、また考え込んだ。
「お前……なんでいままで言わなかったんだっ!?」
「話す必要もないかと思って」
 飄々と返されて、アイトニーは黙り込んだ。
「嘘だろ? ……お前が領主様だなんて」
 アイトニーは縋るように念を押す。
 アイトニーとしてみれば、ウルクが領主だとしたら、もはやこれまでのよう
に気の置けない付き合いは出来なくなってしまうではないかと、ただそればか
りが気がかりなのだ。
「残念ながら本当です。面倒な仕事が山積みなので、私としても不本意なので
すが」
「…………嘘でなかったら、冗談だったり……しないか?」
「冗談でもなくて本当なんです」
 とゆー会話を3回ばかりループして、ようやくアイトニーも認めざるを得な
くなった。
「……道理でいつも身なりがいいと思った……なんとなく言葉遣いも上品だし
なぁ……」
 ぶつぶつぶつとアイトニーはつぶやいている。
 ついでになんでもっと早く話しておいてくれなかったんだおかげで今日は驚
きのあまり角が縮んだぜと文句を言った。
 アイトニーを警戒している従者に、ウルクは、昔森で迷子になった時に助け
てくれた恩人だと説明した。
「こいつら……いやその、【影】どもが若様の、恩人?」
 だったら【影】とはいえこいつらをあまりむげには扱えんなと従者は不承不
承ながらも思い始めた様子。
 木々の影から、ゆらりと別な影がたちのぼったように見えた。
 髪の長い女性の影法師そっくりの【影】……アイトニーと同じく、迷子にな
った時救われて以来の馴染みの友である、ヴィラメリアだった。
 いつになく、ヴィラメリアはあわてているように見える。
「待て、ウルク。すると、ウルクシュラーネ・サンヤ……つまり、ウルクシュ
ラーネ・セレスタ・サニーニャレウルストとは、お前なのか!?」
 ゆらゆらと髪を乱しながら、早口にたずねて来る。
 ウルクが答えようとするより早く、従者が二人の間に割り込んだ。
「無礼である! 領主ウルクシュラーネ・セレスタ・サニーニャレウルスト様
を影ごときが呼び捨てにーー!!」
 従者が顔を真っ赤にして言い募るのを、ウルクは穏やかな微笑を浮かべつつ
宥めた。
「静かに。ヴィラも私の恩人ですからね。……で、ヴィラ。いかにも私がウル
クシュラーネ・セレスタ・サニーニャレウルストです」
 そんなまさか、とまさしく影法師のごとき【影】の女性は髪を逆立てんばか
りに動揺した。
「お前が……お前が領主……本当にお前がウルクシュラーネ・セレスタ・サ
ニーニャレウルストなのか?」
「またしても無礼なっ! わが領主ウルクシュラーネ・セレスタ・サニーニャ
レウルスト様を二度までも呼び捨てにするとは何たる無礼!」(by従者)
「しかし、信じられぬ。ウルクがウルクシュラーネ・セレスタ・サニーニャレ
ウルストだなどと……」
「うがが! 重ね重ねの無礼(略」(by従者)
 早口言葉かっ! と傍から見たらツッコミたくなる光景だが、ヴィラは真剣
だった。アイトニー同様、それほどまでにウルクに親しみを感じており、それ
だけにウルクが領主という身分の高い人間だということが受け入れがたいのだ
った。
 認めれば、これまでの無邪気な友達同士、という関係が一気にぎこちないも
のとなってしまいそうで、正直なところ認めたくないというのが本音に違いな
い。
 また、【影】を家畜か道具並みに扱う人間が多い中、良き理解者であるウル
クには身近な存在であって欲しいという願いもあるのだ。
「ウルク、お前が私たちを『人』であると認め、市民権を与えてくれるという、
その言葉は嬉しい。
 だが……道のりは近くあるまいな」
 ヴィラの言葉に、ウルクも頷いた。
「ええ、あなた達を差別してきた領民達には、にわかには受け入れがたいでし
ょうね。けれど、時間がかかるのは覚悟の上です。
 領主たる私が自ら態度で示していくつもりですから、そのつもりで応じてく
だされば助かります」
 てらいも力みもなく、涼やかに若き領主が言い切ったので、【影】の中でも
理知を持って鳴るヴィラも黙って頷いた。
 この若者ならやるかもしれない。
 どうやらこの若者、「こころを持つ生き物がいて、人間と互いに言葉が通じ
て協働することが出来るのだから、人として扱うのが妥当なのだ」という持論
を持つ、深い情緒と冷静な観察眼が同居する人物のようだ。
 巨木の陰から、にょきっとまた新たな影が生えてきた。今度は二人組みだ。
「ねぇねぇ何のお話なの? よくわかんない」
 愛らしい5歳ばかりの幼女。ただし、額には一角獣を思わせる鋭い角が生え
ている。
「駄目よレリィ! 今は大人の話なの!」
 皮膚のかわりに宝石のように輝く鱗で全身が覆われた女性が少女を追って現
れる。
「だってせっかくウルクが来てくれたから、あそびたいんだもん。ねっいいで
しょウルク?」
 さらに二本角を可愛い頭のてっぺんに生やした子供。
「あなた達の自由について、話しているんですよ。あなた達が私の恩人である
のはもちろんですが、この国にこれまで、たくさん役に立つことをしてくれた。
私としては、それに報いなければなりません」
 穏やかに微笑みかけたウルクのもとに、レリィと呼ばれた子供と二本角の子
供は無邪気にじゃれかかる。
 レリィはウルクの右目にかけたモノクルをきれいなおもちゃと思っているの
か、貸してくれと甘えかかり、二本角の子供ーーメラトはウルクの影法師に出
たり入ったりしてきゃっきゃっと笑い声をあげている。
 鱗を持つ女性も、その様子を見て肩をすくめた。
 が、従者がじろじろとその鱗や、鰭に似た両耳を見つめるので、居心地悪げ
な様子は隠せない。
 どこに隠れようかと迷っているふうの彼女にも、ウルクは声をかけた。
「テルテ、貴女には今後も大いに助言してもらいますからね。水源の確保や湖
の浄化には貴女の助言も必要です」
 ばさばさと巨大な鳥の羽音のようなものが響いた。見上げると、ウルクの頭
上の枝に、鴉の翼と足を持つ男が興味津々といったふうで皆を見下ろしていた。
「となると、俺には上空から見た治水工事や町の警備について助言をしろって
寸法でござんすね?」
「やあ、シャーリィエ」
 と、ウルクが手をあげて挨拶をした。すると、
「へっ、鴉野郎め、呼ばれる前から売り込みやがって」
 狼の頭を持つ男がまた影から湧き出るように現れてぼやき、ウルクに向かっ
ては頭をかきかき、市民権がもらえるってことは酒が自由に飲めるってことな
のかと素朴な疑問を口にした。
 現状、【影】達が酒などの嗜好品を得ることは禁じられている。
 あくまで【影】達は道具であって、生きる楽しみを享受することなど無駄で
あると決め付けられてきたからだ。
 もちろんですが、あくまで健康を毒さない程度に、と丁寧に答えて、よいし
ょ、と緑の下草の上にウルクは座る。
「市民権についてーーーあるいは私のこれからの統治について、他に質問はあ
りますか? なんなりとお答えしましょう」
 【影】達は顔を見合わせた。
 そしてややあって、口々に質問を浴びせ始めた。
「つまり、私たちも人間並みの行動をしてもいいってことよね、その……結婚
とか」
「あのね、くだものってたべていい? いっつもね、おまえらはぜーたくすん
なっておこられるの」
「贅沢は言わねぇが、武器は自由に選べるようにしてもらいてぇんだが。最近
他国の【影】がうろつきやがってーーー」
 従者が、お前ら何ぼなんでもなれなれしすぎだぞいいえウルク様これだけは
言わせていただきます大体ウルク様がお優しいからこいつらつけあがるんです
よここはわたくしが一喝せんといかんのです、と叫びだしたがーーー
 あんまり効果は無かった。
 肝心のウルクが「あなたもここに座りませんか」と実に冷静に従者を宥めた
ので。
 続いてレリィが従者を見つめ、、ウルクのおともだちなら私たちともおとも
だちよね、と笑いかけた。なので従者はうっかりその笑顔の愛らしさに思わず
笑い返してしまい、はっと気づいてしかめ面に戻ろうとして。
 その表情が面白いといって少女がはじけるように笑い始めた。
 アイトニーが、続いてシャーリィエまでもが笑い出し、ヴィラやテルテも続
いた。
 最後に、従者も開き直って一緒に笑い出した。
 ウルクはといえば、灰色の髪を風に吹かれながら、微笑を浮かべて彼ら全員
を見守っていた。
「やっぱりお前は、あまり領主らしくないな」
 ヴィラがそんなウルクを見て呟いた。
「そうですか?」
 泰然とウルクが問い返す。
「領主というよりはーーー」
 ヴィラは言葉を切る。
 皆に幸をもたらすべく行脚する聖者みたいだな、と言おうとしたのだが、そ
んな風に表現すればウルクがいつか本当に遠くへ行ってしまいそうな気がして
言葉を飲み込んだのだった。
「なあ」
 アイトニーが、ウルクに囁いた。声を低めているのは、おそらくヴィラたち
に聞かれるのが照れくさいのだろう。
「お前が領主だとしてもーーーやっぱり俺達のことを友達と呼んでくれるんだ
よな」
「ちょうど私もあなた達に、同じ質問をしようと思っていたところです」
 ウルクの、少しはにかんだ微笑が答えとなった。
 その表情は、森で初めて出会った時のウルクそのままだった。

【影】達よ。
 市民権とはつまり、自分を大切に生きる、ということである。
 なぜならば。
 いまや君達には、その権利があるからだ。

クリエイターコメント大変お待たせいたしました、申し訳ありません。
ヨーロッパあたりの民話にあるような、異種族との友情物語を心に描きつつ書
かせていただきました。日常のワンシーンという感じの短編にしてみましたが、
お気に召しましたでしょうか?
感想・ツッコミ・アドバイス等ございましたらメールにてご指摘いただければ
幸いです。謹んでご参考に致します。

個人的にはアイトニーさんたちと一緒にウルク様を囲んでこの後打ち上げの宴
になだれ込みたい感じです。
できれば「白●屋」か「八剣●」希望(エェェエ)
公開日時2009-04-22(水) 19:00
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