★ 魔性の子供 ★
クリエイター槙皇旋律(wdpb9025)
管理番号616-4014 オファー日2008-07-24(木) 23:00
オファーPC 那由多(cvba2281) ムービースター その他 10歳 妖鬼童子
<ノベル>

 痛みにも似た脳に直接書き込まれた灼熱のような、決して忘れることのできない思い出がある。
 それは、今を生きる、この銀幕とは違う、那油多の奥にある記憶。



 男は生涯、決して忘れることのできない光景を見た。
 そこは、いつも妻がいた寝室。突如として痛みを訴えた妻に医者を呼ぶために、男は走った。愛する女になにがあったのかと不安を覚えた。妻は子を孕んでいた。だが、十月十ヶ月経つというのに子が生まれぬ気配はなかった。もしや、この子は死んでいるのかもしれない。名ある生まれで、まだ子はいない。そのことを妻はとても気にかけ、夫にわびていた。はやく子を作らねばと妻は取り付かれたように呟いていた。男が気にすることはないといえばいうほどに。妻は良くできていた。そしてとても男のことを愛し、それと共に名家というものに囚われていたのかもしれない。何にも見劣りしないしようにと努める女にとって子がいないというのが小さな、ささやかな棘となっていた。仏に祈ること千回目にして、ようやく妊娠したことを喜びはしたが、それが中々生まれることに周りは危ぶんだ。だが女は頑なだった。この子は生まれる、生まれる。ああ、きっといい子に生まれますよ、ねぇ。そんな女に男は何もいえなかった。もしもこの子が肉の塊と生まれれば、どれほどに女が嘆くだろう。その来るべき未来に怯えながらも今の仮初の幸福のなかにいた。
 それは破られた。
 男が女の寝室の戸をあけたときのことだ。
 おぎゃあああああああああ。
 まるで何かを呪うように、その子どもは生まれた。
 男は、その光景を見た。
 生きるために母の腸を引き裂いたその子供を果たして人といえるのか。
 血に染まった海からはいでる赤子。
 おぎゃああああああああああああ。
 おぎゃああああああああああああ。
 生きている赤子を見て男は嫌悪した。愛する女の腹を引き裂いて生まれたのは化け物だ。だが、それは同時に自分の子供だ。
 男は強くはなかった。それのすべてを受け入れて、愛するにはあまりにも弱かった。ただ男は無慈悲ではなかった。それを憎いものとして憎みきるには、あまりにも愛情深かった。愛する女を失って、それでも男は海から赤子を両手で壊れ物のように抱きかかえた。まだへその緒もきれてはいない赤子は血に染まって真っ赤だ。
 それが死ぬように祈りながら、それが生きているように男は祈った。
 それが生きている間、男は永久に生まれてきたそれを愛そうと思いながらも愛せない己と、愛する女の死を迎えた悲劇に一人で苦しまねばならない。
 だが、両手に抱きかかえると、今まで泣いていた子がぴたりと泣きやみ、笑いながら両手を伸ばしてきた。血まみれの小さな手に触れられて、男は声を押し殺して泣いた。

 だから名はつけなかった。


 
 決して忘れられないほどの美しい光景を少年は見た。

 それは自分の意識を持ったときから、座敷牢にいた。
 深く薄暗い牢のなかが、それの知る世界だった。蝋燭の細い炎がたった一つの明かり。それは空を知らず、太陽の光すら知らない。それはすべてから隔離されていた。だからこそ、とても無垢に、純粋に、世界の闇を見ていた。
 不意に音がした。
 それは闇の中で生きていた分に、嗅覚、視覚、聴覚がとてもよかった。その音が何者によっての音なのかもわかっていた。だからそれは素直に喜んだ。
「父上!」
 蝋燭の頼りない灯りと共に父上が、それの前に出てきた。一日一度は来てくれる父上にそれは笑みを浮かべる。それは、まだ姿からいえば十にも満たない子供でしかない。座敷牢に閉じ込められているとはいえ、身なりはいつも小奇麗な衣を着せ、十分な食事も与えられているので健康的であるが、太陽の光を浴びたことのない白すぎる肌につぶらな瞳は、子猫のように愛くるしい。
「元気にしていたか」
「はい!」
 それは元気よく応えて、不意に違うことに気がついた。
 父上、いつもと違う。
 いつもは、身なりのきれいな衣服である。それはいつもとかわらないが、今日は重々しい鎧を身に着けて、かちゃかちゃと動く度に耳に鉄の音が聞こえてくる。それはじっと父上を見つめた。毎日、毎日見てきた父上の顔が、今日だけはどこか険しい。それは父上のことをよく見ていた。それにとっての世界の人間は父上と、世話役の老婆だけしかいないからだ。だから、それは、誰よりもその二人のことを見ており、微妙な変化すらもわかってしまう。
「父上?」
「父はこれから、戦にいかねばいかん」
「……戦?」
「戦わねばならぬということだ」
 父上は我慢強く、それに言葉を向けた。
「それも本日にいかねばいかん」
「……父上」
「心配せずとも、すぐにかえってくる。その間は、ばぁにお前の世話は頼んだ」
「はい」
 それは、頷いた。
 その素直さを見て父上は目を細めて、優しく微笑んだ。その笑みは何度か向けられる、とても好きな笑みだ。
 父上はそれを愛しているのだ。とても。ただ時折、嫌悪に満ちた目も向ける。それは時々父上の変化に戸惑う。とても優しいときもあるのに、ひどく悲しげな目でみてくるときもある、そして何か耐え切れないという目のときも。その目にあるものがなんなのかそれはわからないからこそ不安にかられる。
「良い子にしておるのだぞ」
「はい」
「良い返事だ」
 父上は立ち上がった。またかちゃりと鉄の音が響く。
 そして、父上は、歩き出そうとして足を止めた。
「お前ももういい年齢だな」
「父上?」
「帰ったら……母のことを話そう」
 母親。
 それは、知っている。
 この世には男と女がいる。そして女が子を産む。つまりは自分の女から生まれた。父は男なのだから、至極当然のことだ。そのことを教えてくれたのは世話役のばぁだ。ばぁはそれに多くのことを教えてくれた。はじめその知識を持って母のことを尋ねたとき、父上は困惑とした顔をした。そして母のことについてはかたく口を噤んだ。それは聞いてはいけないことたったのだろうか。
 父上は口を開いた。
 母は、遠くに。遠くにいるのだ。お前のことをとても愛しながら、事情があったために遠くにいかねばならなかったのだ。それを恨んではいかん。母はとてもお前のことを望んでいたのだから。お前のことを両手で抱きたかったのは誰でもない母だ。お前のことを誰よりも望んで産んだ女のこと、決して会えなくとも恨んではいかん。
 それだけだった。それだけでも満足だった。
 会いたいと望むが、それは事情があって出来ない、母は遠くにいる。
 会いたい。
 会いたい。
 会いたい。
 何かにむしゃぶりつくように、それは思う。
 母とはどういう生き物なのか。どんな優しいものなのか。どんな愛情なのか。自分のことを誰よりも望んでくれた。誰よりも愛してくれている。母は、どんな人なのだろう。手にある不思議な感覚を不意に、それは思い出す。生まれたときからある、その手にある何か不思議な感覚。その謎も母に聞けば、わかるかもしれない。
 一度も会えない、父上の言葉だけを頼りにそれは母のことを想像し、思いを馳せて身を焦がす。
 だから父上の申し出は何にもまさる幸福であった。

 父は帰ってはこなかった。

 座敷牢の中では時間というものはまるで皆無に等しい。それは、時間というものの感覚も知らず、ただ無邪気に待っていた。だが、そのうち、ばぁが来なくなった。一日の食事を運ぶ者がいなくなって、それは空腹を覚えた。腹に手をあてると、ひどくすいていた。このままではたまらない。
「おなかがすいた」
 ぐぅと腹がなる。
 ばぁ、ばぁはいないのか。腹が減った。
 叫んだところで、ばぁは来ない。それは知らなかったのだ。戦が起こり、待っていた父は死に絶え。世話をしていたばぁは、流行り病によって死んだことを。流行り病で、それの住む一帯の者はほとんど死んでしまった。それが生きていたのは不幸か、はたまた幸運か。隔離されていたためであった。
 ひどい、ひどい、なんてひどいんだ。それは思う。まだそれはどこかで甘やかされて子供だった。まだまだ甘やかされて、保護されてもいいのだ。だというのにいきなりそれらを放り出された。その悲劇にそれは地団駄を踏んで怒った。もう、いい、もういい。もういい。でていってやる。それは一人で怒った。腹が鳴る。
 それは、牢を見た。
 鉄に片手を触れると、ぐにゃりと曲がった。それはいともたやすく簡単に。
 それは本当は、ここから出ようと思えばいつだって出られた。父上がいた、ばぁがいた。だから出なかった。そんな単純な理由であった。
 それは、ひょいと牢を出た。腹に手をあてる。
 おなかがすいたと、ぐぅと音がなる。
 それは石段をのぼり上へとあがった。
 今まであがったことのないところをひょぃひょぃと歩いて、一番上の板をはずす。
 かっと目が焼けるような光にそれは驚いた。わぁと声をあげて両目を閉じる。そしてゆっくりと開ける。
 それは、決して忘れない世界を見た。
 太陽の輝き、澄んだ空気。
 この世界の広さと明るさをはじめて見つめ、はっとした。空腹すら忘れて見入った、それは光に溢れた世界だった。
 それは、そろそろと歩いた。
 廊下を歩いていくと、庭に出た。
 座敷牢があるのは家の一角の端の隠し場であり、それも庭に面したところだったらしい。庭を見てますます、それは驚いた。
 なんてきれいだろう。きれい、とても。
 光と緑に目を奪われ、思わず庭に出ると、裸足に土はやわらかくあたたかい。くすぐったさに笑いながら、庭にある緑を指でつついて葉っぱをちぎると、口に含んだ。だが、あまりの苦さにぺっと吐いた。
 どうしようか。
 腹がすいた。
 外に出たほうがいい。
 ちらりと建物を見ると、あまりにも静かだ。生きているものがいないということを、それは直感で見抜いた。ここにいてもなにもないこともすぐに悟った。腹が減った。それはとても空腹だった。
 どこかにいこう。何か、食べ物を。

 ……おいで

 不意に声がして、それは足をとめてふりかえった。確かに声がした。だが、ここからは気配なんてなかったはずだ。それは恐ろしくなって顔を歪めた。このまま去ってしまうべきかと考えたが、好奇心には打ち勝てない。つい家のほうに足を進め、廊下にあがり、きょろきょろと周りを見回す。どこからだろう。

 ……おいで、おいで

 招かれる声にそれは廊下を歩き、角を右に曲がって、一番手前の戸をあけた。だが、その部屋には誰も居なかった。それはきょろきょろと周りを見回した。何もないじゃないか。肩透かしをくらったような気分になったのにすぐに部屋を出ようとして、はたと気がついた。
 部屋の端に飾られている刀が紫の光を帯びている。
 それに魅入られたように、じっとそれは、刀を見た。

 持っていけ。持っていけ、持っていけ。

 声が強くなり、あまりのことに頭が痛くなった。誰が、なにをいっているのか。だが、それは強く脳に届いた。
 これを持っていかなくてはいけない。声が何者かもわらずに、それは、刀を手にとった。それに深い意味はなかった。なんとなく、そう持っていけという声がしたように、思えたからだ。それが刀自身の意思であることを、それは気がつかなかった。

 それは、外へと出た。
 空腹であったからだ。何か癒してくれるものを探し、そのままふらふらと近くの山へと歩いていった。
 山の道を歩きながら、そこらになっている草を――ノビルを摘んで口に含む。苦味はあるが、それでも食べられないものではなかった。
 山は自然の神の地である。そこに導かれたのは、この場合は幸いだったのかもしれない。民家のほうにいけば、いやでも流行り病で死して放置された遺体を見ることとなったからだ。また戦で焼かれた家もいくつもあり、賊が荒らした形跡もあり、とても見られたものではないのだ。それが持っていたカンか、はたまた刀がそれを知って、それを山へと難から逃がしたのか。あるいは両方の力かもしれない。
 山は、人々に畏怖を持たせる。
 生い茂った木々に自然にいきる生き物たちに食べ物は得難いという現実。地面は傾斜しているために居住や農作には適さない。気圧も高く、下手に入れば病にかかることもある。
 だが、それは生きた。
 生まれながらにもっていた高い生きるための力。生きたいという気持ち。それがそれを生かした。
 山道をのぼり、そこになった山菜を口に含む。あまり多くはなく、苦味ばかりであるし、また毒をもったものもある。素人が下手に手を出せることはないが、それは、本能的に毒があるものは見抜き、食べられるものだけを手にしていた。季節ごとに出来る山菜をそれはむしゃぶり、また自然に生きる栄養のある虫、喉を潤すための川を見つめて飲み水を飲み、生きた。野生の血に飢えた獣たちは、それを本能的に恐れていた。それと、それが持つ刀を。
 それは、川辺の近くの洞窟に身を寄せた。
本来は人に適さない山で、それは、受け入れられたのだ。
 そうして日々が過ぎていった。
 ある朝だった。目を覚まして、朝の水を飲もうとしたとき、何かが来たことをそれは感じた。見ると鎧を纏った男が三人、血走った目でそれを見た。
「いたな」
「こいつだな」
「こいつだ」
 それは、はじめ父かと思った。父に似ていた鎧を着ていたからだ。もしかしたら父に会えるかもしれない。そうすれば母に対する道もあるかもしれない。
 鎧を着た男たちが向かってきたのにそれは直感的に感じたのだ。いやな予感がするのに、腰に携えた刀を握り締める。
「名乗るがよい子よ」
「名乗る?」
 それには、名前はなかった。問われたとしても、応えようがない。
「名いうこともできぬか……おちょくりよって」
「よい。それよりもだ。おんしの持つ、その刀……妖刀をよこせ」
「これを」
 それは怪訝とした。
「そうだ。屋敷を探せばないではないか。あの男が持つ刀……戦鬼とまでいわれたのに、あっけないことよ。刀がなければ」
「まったく、刀を持たずに戦に出るとは愚かな男だ」
 なんのことを言っているのか、それにはわからなかった。
「あの男の残した力の秘密。それがこの刀よ」
「他の妖刀も強いが、それが最も力強い……それをとり、殿に差し出せば手柄よ」
「いやだ。これは、渡さない」
 それは本能的に刀を握り締めて言った。とたんに男たちの顔が険しく、そして黒くなった。黒いのだ。それには三人の男の目が黒くそまり、顔もまた黒に染まったように見えた。
「殺してくれるわ」
「はじめから、殺してしまえばよいのだ」
 三人が刀を各々に抜き、それに襲い掛かる。それは目を見開き、そして生きたいという本能に従った。
 敵は殺せ。生きたいだろう。ならば殺してしまえばよい。
 一人が切り込んでくるのを間一髪で避けると同時に、それは刀を抜いた。抜いたとき、刀が声をあげるように啼いた。男たちの持つ刀も、啼いた。黒い影に、紫の光が備わる。それは、目を見張った。
 なにかが可笑しい。
「うりゃあああ」 
 一人が斬り込んできたのに、それは、刀で受けた。とたんに重い衝撃が走った。重たいのだ。それと男とでは、かなりの体格さがある。それはつまりは力の差だ。重たい力をなんとかそれは突き飛ばし、距離をとる。刀など今まで構えたことはないが、それはわかるのだ。それは刀自身の力かもしれないが、それは構えた。男たちが三方から飛んできたのに、それは地面を飛ぶ。かんっと三つの刀が重なり合う上に、それは降り立った。裸足の指が器用にも刀の上にのり、そのままそれは刀を持ち、男たちを斬った。一人がなんとか難を逃れが、それは動く。小柄という利点を生かした俊足。それは一人の懐に飛び込むと、刀を力いっぱいふり、切り倒す。
 戦いが終わった。
 それは、息を切らした。疲れはないが、興奮が全身に走る。真っ赤な視界。それは呆然と、死体と、その元に転がった刀を見た。
 紫の光を帯びた刃。
 これが原因だ。
 これはよくないものだと、それは直感で悟った。これが人の心を喰らい、いざなうのだ。自分の手にある刀を見る。不思議なほどに手になじむが、負の力は感じない。
 たぶん、自分は耐久があるのだ。だが、他の者ではそうではないらしい。
 それにとっては、不思議なことであったが、なんとなく理解はした。それは言葉で理解すると言うものとは違う、感覚においての理解だった。
 それは刀を三本、拾うと、川に入って血を流した。あまり長く放置すると、血の匂いなどがこびりついてはがれないように思えたからだ。
 これは、あまりにもよくない。
 ちらりとそれは、倒した男たちを見た。
 ああいうふうになるのだ。
 けれど自分は耐えられる。
「なら、僕が集めて、処分すればいいんだ」
 それは、あまりにも無垢だった。
 これらの意味を深くは考えなかったが、よくないものは、ここにあってはいけない。あの男たちようになるというのは、よくない。
 それは血を洗い流すと、刀を鞘にしまい、男たちの死体は穴を掘って埋めた。せめてのもの慈悲であった。
 男たちを埋めたあと、そういえばとそれは思う。
 この男たちは名乗れといっていた。名乗る、それは名前のことだ。それはたぶん、生きていくうえで必ず必要になるものなのかもしれない。今までは名前については考えてもみなかったがそれは真剣に名前について考えた。
「どうしよう」
 聞きたくても、聞く相手はどこにもいない。先ほどの男たちが言っていた言葉を思いだす。
「なゆう、なゆう、なゆ……じゃあ、那由多でいいや」
 思いついた名前をそのまま口にして那由多は刀を持って歩き出す。
 刀もそうだが、もしかしたら、この旅に出れば……母に会えるかもしれないと思ったのだ。父上はたぶん、もういないのだと、なんとなくはわかるのだ。けれど母は遠くにいっているのだと父上は言っていた。だったら生きている母には会える。そのとき、名前のことを聞こう。そのとき、この手にある不思議な感覚のことを聞こう。
「母様、母様、きっと、会えますよね?」
 青い空に向かって那由多は問う。
 それに答えはなく、ただ青い空は、那由多を暖かく包んでくれていた。ああ、それは、まるで知らぬ母の腕の中のようにあたたかであった。

クリエイターコメント今回はオファーをありがとうございました。
はじめてのことで、どきどきさせて書かせていただきました。
誰よりも愛されている。そんな印象で書かせていただきました。複雑な、それでいて悲しいけれども、ちゃんと愛はある。
とってもステキな設定で、大変楽しませていただきました。

すこしでも楽しんでいただければ幸いと思います。
公開日時2008-07-28(月) 18:50
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