★ 刃 ★
クリエイター槙皇旋律(wdpb9025)
管理番号616-4497 オファー日2008-09-04(木) 20:59
オファーPC 那由多(cvba2281) ムービースター その他 10歳 妖鬼童子
<ノベル>

 那由多にとっては、これは、なんだろうというささやかな好奇心からの視線だった。
 銀幕市に実体化してから、那由多は日々を穏やかに過ごしていた。親子連れの集まる公園にいっては、遊ぶ子供の姿を眺めたり、また遊ぶのに混ざったりもする。
 いつもの道筋で公園に向かおうとして那由多は違うものを見た。
 その建物は那由多が元々いた世界の雰囲気があった。建物にしっとりとした湿った木の匂いと鉄の匂いをしみつかせた店だった。不意に暖簾を出そうとした店の主と那由多は目があった。
「おや、こんにちは」
「こんにちは」
 那由多はつい主に近づいた。
 主は暖簾を出すと、にこりと那由多に笑って見せた。
「私、最近、店ごと、ここに実体化したものなんですがね。ここで商売してるんです」
「そうなんだ。この店、なんのお店?」
「刀剣ですね、ええ、刀問屋です。ボンみたいな子やったら、好きなんとちゃいますか?」
 那由多はちょっと考えた。
 改めて刀を好き嫌いで考えたことはない。ただ、那由多にとっては持っている刀は危険だから自分が集めて、なんとかしようと思うものだった。そして、これは大切な母にたどり着く道のようなものでもあった。
 こうして聞かれると、自分の持っている刀以外も見てみたいという好奇心が働く。
「お茶、出しますから、どないですか? 見るだけやったら、だだですよ」
「うん。じゃあ、お邪魔します」
「あい、どうぞ」
 主と暖簾をくぐってなかにはいると、室内は小奇麗なものであった。客が入る玄関口から少し歩けば、腰をおろす場所がある。そして、壁という壁には客の目を考えて刀がずらりと並べてある。主は那由多を呼ぶと、座らせて、せっせっと一人で茶を淹れて差し出した。
「見たいもんがありましたら、おっしゃいな。見るだけはただですからね。それに、私も暇ですからに」
「うん」
 お茶には饅頭もつけられていた。
 茶と饅頭という魅力的な持て成しもいいが、なんでも見ていいといわれると気になって視線がきょろきょろとしてしまう。
 今まで自分の持つ、紫のオーラを帯びていた刀以外を特に意識していなかったせいか、ここにある刀は、なんとも物珍しい。すべて鞘のなかにいれられてしまっているので、中身は、どんなものだろうと気になってしまう。
「大きさ、いろいろとあるんだ」
 店にある壁にかかっている刀は、それぞれに大きさや反りが少しばかり違っていた。それがそれぞれの刀の違いのようだ。
「ええ。遣い勝手によって大きさから呼び方が違います。あと、刀の形もね」
 主は説明をしていきながら那由多を見た。
「みてみますか? 鞘から抜いたのを」
 那由多は頷いた。
 是非とも見てみたいと思っていたからだ。
「どれがいいですか?」
「んーと、あれ」
 那由多が指差した刀を見て亭主は楽しそうに笑った。
「ボンは目がいいですなぁ。ありゃ、名刀ですわ」
 そういって主はそそくさと立ち上がると壁にかかった刀を手にとると、鞘からゆっくりと抜かれた刀は、色が白、であった。白ではなくて、それが銀だと気がつくのには、瞬き三回ほど必要だった。丁重に研がれているため、光を反射して白に見えたのかもしれない。
 その刃は、とても美しく、鏡のように那由多の顔を反射した。魅入られるように見ている那由多の反応に主は満足したように笑った。
「さぁて、これで終わりです」
「もっとみたいよ」
「ふふ、そうですね。見るだけばただですから、これ以外にも気になったのを見たいなら、おっしゃいな。ああ、それに、ここはね刀の柄巻や鍔なんかも扱ってますね。そうそう、刀をきれいに研いだりも趣味でしてるんですよ……私自身がね、白銀師やったんですよ、昔は」
「白銀師?」
 那由多の問いに主は笑って頷いた。
「刀装具の金具を作る仕事です。その修行をちょいとやってたんですがね、いろいろあってやめて、今は、刀を売ってるんですよ」
「ふぅん」
「好きなものからは離れられんということですわ。ささ、饅頭、もう一個食べといてください」
「ありがとう」
 主がすすめてくれたのに那由多は素直に甘えさせてもらった。饅頭もお茶も、とっても美味しい。
「持っているなら手入れもちゃんとせんと、ボンができんなら、私がしてあげましょうか?」
「えっ」
 那由多は、その言葉の意味を考えてすぐに自分の持っている巴型の大薙刀のことだと理解した。
「どんなもんでも大切に手入れせんと、武器なんてもんは案外と脆いですからね」
「そうなんだ。うん。けど、これは」
 那由多は今までの経験で、自分は平気でも、他の人間が刀に触れると危険だということは知っていた。そうした那由多の迷いを主は察したのか強くはいわなかった。
 かわりに二人はとりとめもない世間話をした。主は刀についてあれや、これやと語った。それが好きでこの仕事をしているのだろうということを那由多に感じさせるには十分なものだった。主は鬼を切った刀があるといった様々な形の伝承にも詳しく、それらを那由多に教えたりもした。饅頭と茶に時折、那由多が見たいという刀を見て、それの解説をしたりと、あっという間に時間はたっていた。
「ありゃ、ま。もう夕暮れですか」
 主は驚いたように言った。
「本当だ。……お話、とっても面白かったよ。お茶も美味しかったし、お饅頭も……僕、邪魔だったかな?」
 那由多がちょっと心配になって尋ねるのに主は優しく笑って首を横にふった。
「いんや、私も楽しかったですよ。ボン。楽しい時間をありがとうございます。ボンはええ客さまやわ。そうそう、手入れのことですがね」
「うん」
「ボンが持っているそれを大切にしてあげればよろしい。手入れの方法やったら教えますし、そのための器具なら、私が貸しましょう」
「本当?」
「ええ。どうせ、一人でのんびりと過ごしてますから。幸いにも店があるんで、雨露凌ぐところには不自由しておりませんから……そういえば、ボンはいつもどうしてはるんですか?」
「僕? 僕はそのとき、そのときかな」
 世間話のときに、那由多は自分がどうやって実体化したかを話もした。夜だったので、驚いて、ついこけてしまったというちょっと恥ずかしい話もある。
「それは難儀ですなぁ。……私のところに泊まったらどうですか?」
「えっ?」
「一人で夕飯食べるんも、つまらんのですわ。よろしかったら、今日、一緒に夕飯たべませんか? 予定ないんでやったらですがね」
 予定なんてない。
 主の申し出は那由多としてはうれしいものだった。返事をしようとして不意に気配を感じた。
 那由多は反射的に立ち上がっていた。
「ボン?」
「ごめんなさい。僕、大切なことがあるから」
 そういうと那由多は店を飛び出した。
 夜になって薄暗い闇に包まれ、ぽつぽつと電灯がついてほのかに明るくなった道。
 ここではない。
 だが、近く。
 那由多は感じる。
 自分の持っている妖刀の気配を。
 那由多は、本能としてわかるのだ。妖刀がいることが。
 夜道を走り、少ししたところで、立ち止まりまわりを見回す。こちらから確かに気配がした。
「あれ?」
 どこだろう。
 きょろりきょろりと首を動かしていると、後ろからどんっと衝撃が走った。
「わ、ああっ」
 バランスを失って、思わず両手をばたつかせたがそのまま前のりに転げてしまった。
 思いっきり鼻もぶつけた。
 すごく痛い。
「どこを見てるんだ。ちゃんと前を見ろ」
 乱暴なものの言い方が上からふってきたのに顔をあげると、恰幅がいい身を浅黄色の着物に包ませ、頭は艶やかな黒髪は結い上げられていた。
 那由多がよく知っている侍の姿だ。
 侍は那由多に一瞥したのちに不遜な態度で歩き出した。
 那由多は打った鼻を手でなでながら、じっと視線を向けた。
「あっ」
 侍の腰にある刀が紫のオーラを放っている。
 あれだ。
 那由多は慌てて侍の背中に向かって走った。
「まって」
「んっ」
「その刀は危ないから、手放したほうがいいんだよ」
「なにを言ってる」
 侍は那由多の言葉に顔を歪めた。
「その刀は危ないんだ。とっても、あ、けどね、僕は平気なの。だから、その刀を僕に渡してほしいんだ。すごくよくないものなんだ。それは」
「は、この刀が素晴らしいものだから、そのようなことを。子供といえども許さんぞ」
「本当だよ。僕は」
 那由多が言うのに侍は顔をゆがめるばかりだ。その顔がだんだんと醜くかっていくのを那由多は感じた。
 はじめは普通の顔であったのが、皺が寄り、なんとも恐ろしくも、醜い形相にかわっていく。鋭い目がじっと那由多を睨んでいると不意に視線が那由多の刀に向かった。
「それは……小僧、その刀は」
「これは」
 しまった、と那由多は感じた。
「お前の肉体から感じる。刀だ。刀だ。刀、刀、刀」
 侍の顔が、ぱっと黒く染まった。それは急な変化だった。ぱっと黒く染まったと思うと刀を手にして抜いてきた。那由多は間一髪で一撃を避けた。
「お前の刀を寄越せ。その刀だ。その刀がいる」
「おじさん」
「俺でも、俺だって、俺だって、人を斬れるんだ。今までさんざんに人を馬鹿にして、馬鹿になんてされるか。この力があれば、あれば、あればっ!」
 唾を飛ばし叫ぶような、唸るような声が侍から放たれ、じっと那由多を睨みつけると、迷いなく刀で切り込んできた。
 躊躇いのない一撃をさらりと那由多は避ける。
「小僧、お前まで、お前まで俺を、俺を俺を馬鹿にするのか。所詮人は斬れないと、図体ばかりでかいと、下手くそだと」
「そんな、つもりはないよ。ただ、僕は」
 那由多は困惑とした。
 この侍の言っていることはまるでわからない。
「俺を俺はもう馬鹿にされないっ」
 侍の一撃に那由多は持っていた大薙刀を手で防御した。
 たった一つだけわかったことがある。
 それは、この侍から刀を奪うには、なんとしても倒さなくてはいけないということだ。
「僕はおじさんを馬鹿になんてしてない。けど、その刀は危ないんだよ」
「うるさい。もう、いやだ。弱いなんて馬鹿にされるなんてのは! 俺は強いんだ。みんなよりも、強い」
 きりきりと男の力が増していく。小柄な那由多は押されて、そのまま片膝をアスファルトにつけた。
 この男が切実に望む力。
 那由多は苦しげに息を吐きながら口を開く。
「……その強さは、なんのためにほしかったの?」
 びくりと男の体が揺らいだ。
 脂ぎった顔から冷や汗がにじみ出ると、顔が困惑に歪んでいる。
「強さは、なんの、なんの……俺は、俺は、ただみんなに馬鹿にされたくなくて、みんなと汗をかいて剣術を覚える事が楽しくて、いや、ちがう、あいつらが俺を馬鹿にして、え、いや、ちがう、ちがう、ちがうっ! ……う、うははは」
 侍が唸りあげる。
 目が焦点を定めず、刀の紫のオーラが侍の恰幅いい肉体全体を包み込んでいる。
 操られている。
 弱い心に、力はそっとはいっていく。その心が望むものを力で与える。ほしいもの、この男は弱かった。弱さから周りを妬んでいた。その妬みに力はつけこんだ。だったら力を与えよう。だったらお前のほしい力を与えよう。力は男から弱さを包み込んで力を与えた。そのかわりに男の本来持っていた優しさを奪い尽くした。男の持っていたすべてを力は歪めてしまった。
 人にはそれぞれに持つべき力というものがある。それ以上のものを手に入れれば、人は力に溺れゆく。それは、ゆっくりと、ゆっくりと奪い取り、男のすべてを支配した。優しい心で得たとしても、その力は残酷に人から多くのものを奪っていく。
 黒い顔をした侍が笑った。
「すべては力が与えてくれる! 小僧、お前の持つ刀、寄越せ! 俺に、俺にもっと力を寄越せ!」
「……っ」
 押されたのに、那由多が相手の刀を弾いて後ろに飛んだ。
 この侍を助けなくてはいけない。
 那由多は大薙刀を構えた。息を吐き、前に出る。小柄な那由多の素早い動きに男はついていけずにいた。懐に飛び込むと、強い一撃を与える。――元々、巴型の大薙刀にしているのは、反りが少なく少ない力で切り込みやすさがあるからだ。
 那由多の狙いは刀だ。
 この侍が操られているならば、刀だけを狙えばいい。
 ――この人は悪い人ではないから。
 ひどく単純に、無垢に、那由多は思うのだ。
 相手の刀を那由多は下から上へと弾き飛ばした。
刀がくるくると宙を舞い、そのまま地面に落ちる。
 荒い息を那由多はつくと、ぐらりと侍の体が揺らぎ、倒れる。
 那由多は、慌てて侍に駆け寄った。
「おじさん、大丈夫!」
 侍は苦しげに呻き声を漏らして那由多を見た。その目は黒く、どこか遠くを見ていた。
「俺は……ひどく、怖いことをしていたように思う。あんなこと、したくないのに、刀を手にしてから、俺は暴れまわって、力を見せることに固執して……剣術は下手くそだといわれるが、それでも好きでやっていたことなのに……いつの間にか、それから離れて」
「……もう、大丈夫だよ」
 那由多は優しく言った。
 侍の目は、那由多をじっと見つめた。操られていたとはいえ自分のしたことを侍は曖昧とはいえ覚えていたのだ。自分が力を欲して、そして、その力を手に入れてからやってしまった数々。
「……すまん、すまんかった」
 侍が苦しげに目を瞑り、洟を啜るのに那由多は困惑とした。
「もう、いいよ。みんな、大丈夫だったんだから、ねっ」
 那由多の言葉に侍はうずくまって、うんうんと頷いた。
「そう、だな」
 侍がゆるゆると返事をするのに那由多は落ちている妖刀を拾いあげた、まだ紫のオーラを帯びている。とてもいやな感じだ。
 那由多はその刀から視線を侍に向けた。うずくまっていた侍がよろよろと起きていた。
「ねぇ、この刀、どうしたの?」
「これか、これは……拾ったんだ。新しい刀がほしいと思っていたが金もなくて、そこの川辺にあったので運が良いと思って、拾って」
 侍が言いづらそうに言うのに那由多は納得した。
 妖刀も実体化したのだ。
 そして、そのまま人の手に渡ってしまった。
 たぶん、これだけではないだろう。――妖刀は、まだある。
 妖刀をぎゅっと那由多は握り締める。
「これ、僕がもらってもいいよね?」
「あ、ああ。それは俺の手に余る」
 侍が頷くのに那由多は頷いた。
 侍の顔が妙に怯えているのにも気がついた。怖いのだ。この妖刀が、そして、その刀を自然と持っている那由多が。
 侍はそそくさと立ち上がると逃げるように去っていった。
 一人で残された那由多は、深い夜の闇に消えていった侍の背をじっと見つめていた。
「ようやっと見つけた」
 暢気な声にふりかえると、刀問屋の主が提灯を片手に持って手をふってきた。
「探しましたで、ボン、帰りましょうか」
「帰る?」
「夕飯、一緒に食べましょういいましたよて」
 主の言葉に那由多は目を瞬かせて、じっと見つめた。
「いいの? 僕がいっても」
 主がにこにこと笑って頷いた。そのあまりの自然さに那由多は言葉を返すことができなかった。
 那由多は視線をぐるりと周りに向けて、少しだけ考えるよう手の中にある刀に向けたあと、主を見た。
「うん、おなかすいた」
 那由多は子供のように笑って頷いた。

クリエイターコメント 今回はオファーをありがとうございました。
 那由多くんをもっと書きたいと思いました。書いているとき、とっても楽しかったです。
 すこしでも考えているものに添えれば幸いです。
 本当にありがとうございました
 
公開日時2008-09-09(火) 17:50
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