★ おかえりなさい ★
クリエイター槙皇旋律(wdpb9025)
管理番号616-6735 オファー日2009-02-19(木) 00:16
オファーPC 那由多(cvba2281) ムービースター その他 10歳 妖鬼童子
<ノベル>

 太陽が沈もうとしている。
 今日一日の終わり。それが告げるのはほかほかの夕餉が近づいているということだ。そう思うと那由多の口元は緩んで頭は自然と今日のおかずはなにかなっと考えてしまう。
 生暖かい風が那由多の頬を撫でる。
 公園から遊んで帰ったあとは、世話になっている刀問屋の前を箒で掃除するのが最近の日課になりつつある。
「ボン、ボン、おりますか」
「あ、はーい」
 店の中から店主がひょっこりと暖簾から顔を出して微笑んだ。
「すいませんがね、買い物いってきてもらえますか?」
「お買い物?」
 那由多は首を傾げた。
「ええ。醤油切らしてしまったんで、お願いできますか?」
「うん。いいよ」
 店主が手を差し出して那由多の手に金と一緒に風呂敷を持たせる。
 この世界にあるスーパーはビニール袋に品をいれてくれるのだが、それをどうにも店主はなれないといって買い物の品は風呂敷に包むようにしているのだ。
「では、お願いしますね。……最近は物騒なんで、きぃつけんと」
「物騒?」
「ええ。最近、悪さするものんがおるらしいて……なんでもなぁ、狸や狐のように人を化かすらしいて。ただ狸みたいに悪戯やったら笑うんやけども、なんでも悪質に騙した相手をとびっきりの悪夢に閉じ込めて魂を抜くそうで。退治しようにも、そいつがどのようなもんかもわからん。たぶん、むーびーはざーどやいわれてるんですよ。……夕方の……こういう太陽が沈む黄昏時は人を騙すよくないもんがあらわれるっていうのでねぇ」
「正体がわからないといけないの?」
「ボンは知らんかもしれんけどね、そういうのは自分の正体がばれると化けていられなくなるんよ。で本体を倒したらええらしいです。そのうち、対策課のほうに連絡しとかなあかんといわれてますなぁ……きぃつけなあかんよ。太陽が全部沈む前に帰ってくるんですよ?」
「うん。わかった」
 那由多は頷いて自分の持っていた箒を店主に渡すと急ぎ足で駆け出した。
 スーパーまでは走れば、五分ほどで行くことが出来る。太陽はまだ沈むには時間がかかるだろうが、急いだほうがいいだろう。

 那由多はスーパーで醤油を買い、それを風呂敷で包むと背中にしょいこんだ。ちょっと重いので、こうして持つほうがラクなのだ。
 道を歩いていると帰り道を急ぐ会社員や学生などが急ぎ足に那由多の横を通り過ぎていく。
 そろそろ夕日が沈んでしまう。

 ――那由多

 不意に呼ばれた。気がした。
 はっきりとした声ではない。掠れた様な、小さな声だった。那由多は怪訝とした。
 ――那由多
 再び聞こえた。
 先ほどよりもはっきりとした声だった。思わず那由多は振り返ってしまっていた。
 赤い空を背に、黒い人影があった。
 そのとき那由多は気がつくべきであった。先ほどまで帰る人々が大勢いたはずなのに、気がついたら、その人影しかなくなっていたことに。
 だが、そんな小さなことに気が回らないほどに那由多は目の前に現れた相手に驚いていた。
 弱弱しい笑みを浮かべている、それは男だった。
 那由多の記憶の最後にあるのとは随分と違う、紫色の上等の着物を着た彼はゆっくりと近づいてくる。
 別れるとき、この人は厳しい顔をしていた。服装もがっちりとした鎧であったはずだ。
「父上」
 目の前に、あと一メートルほどの距離で那由多は父と向き合った。
 まさか、父もこちらの世界に来たのだろうか。
「大きくなったな、那由多」
「父上」
 嬉しいやら気恥ずかしいような気持ちがこみあげてきた。胸の奥がほんのりとあたたかくて、きゅんと締め付けられるような切ない気持ちだ。けれど同時にどんな顔をすればいいのか那由多はわからないのだ。思わず俯いてしまった。
 那由多は、この世界で多くを学んだ。そして自分が父に施されていたことはあまりにもひどいことだった。
 父はどうして自分を牢に閉じ込めていのだろうか。
 那由多はその理由を知らない。知りたいと思いながらもその相手がいない以上、知りようもない。また誰にも聞けなかった。
 父親がゆっくりと近づいて那由多の頬をなでた。
「何処に急いでるんだ」
「えっと、その」
 どこにといわれると、なんと説明していいのか。
 刀問屋に帰るといいたいのに、うまく言葉が出てこない。
そのとき、頬をなでていた父の手が那由多の首へと伸び、細い首を絞めてきた。いきなりのことに那由多は驚きに目を見開き、父を見上げた。
 ぎりぎりと首を締め上げる力が増していく。
 呼吸が出来ずに苦しい。
 那由多は思わず両手で父の手をとり、爪をたてて抵抗していた。
「どうしてお前なんているのだろうな」
「えっ?」
「はやく殺してしまえばよかった」
 那由多は顔をあげて泣き出しそうな顔をして父を見た。
「父、上」
 掠れた声で那由多は父を呼ぶ。
「殺してしまえばよかったのだ。お前もそう思わないか? お前なんて俺は愛していないのだから」
 父が腰にある刀を抜いて那由多に向けてきた。
 やはり父は自分のことが嫌いだったのだろうか。
 だから自分のことを閉じ込めたりしたのだろうか。
 ひどく胸の奥が苦しくなった。ちりちりと痛みを発して息が出来なくなった。
 その手で殺したいほどに父は自分のことを憎んでいたのだ。
 那由多は瞳から涙が溢れてくるのを感じた。悲しくて、悲しくて心が苦しい。父が手に持つ刀を構え、刺そうとする。
 刺し殺されてしまう。
 死にたくない。
 那由多は薙刀を手にして、父の刀を弾いた。そのときに首をしめていた手からも解放されたが、父の刀は那由多の右腕を軽くかすめ、そこらじわりと血が滲む。背にしょっていた風呂敷の中にある醤油が音をたてて地面に転がり落ちる。
 距離をとって那由多は父を見つめながら、そっと締められていた首に手をあてて息をする。首を絞める苦しさから解放されたというのに、まだ喉の奥が苦しい。呼吸するのが痛いと思うほどだ。
「父に刀を向けてまで生きたいか、お前は生きるためならば実の父すら殺すか」
「ちが、違うよ。父上」
 そんなつもりはない。
 父が嗤った。
「では、先ほどの反撃はなんだ。父に刃を向けたお前が何をいう」
「それは」
 那由多は言葉に詰まった。
 薙刀を手にしていたのはほとんど反射的なものだった。だが父が言うように自分は生きたいと思い父に刀を向けてしまったのも確かだ。呼吸が、出来ないほどに苦しい。
「お前は誰にも愛されてないんだよ。ここにお前の居場所はないんだよ。那由多。そうだろう。誰もお前なんて欲しがらない。いてほしくないと思ってるんだ」
「そんなこと、ない、もん」
「帰るところがお前にはあるか?」
 父の言葉に那由多の心臓は痛みを覚えた。
 帰る処――。
 自分には帰るところがあるのだろうか。
「お前の帰る処は、俺のところだろう? 許してやろう、おいで、那由多」
 父が両手をひろげて那由多を手招いた。
「おいで、那由多」
 言われて那由多の心は揺らいだ。たぶん近づけば再び攻撃される。それはわかっている。だがその腕はとても魅力的だ。
 どうして否定できないのだろう。
 それは愛して欲しいと思うから。父に、そして母に。自分をこの世に生み出してくれ存在は自分を愛してくれると本能的に思っている。
 那由多は自分の愚かさを悟った。みすみす殺されるとおもいながらも足は一歩、前へと出ていた。その腕がたとえ憎しみに満ちた、死への誘いだとわかっていても否定することが出来ない。
 そっと腕の中に身を寄せると、優しい腕が抱きしめてきた。それが涙が出るほどに嬉しい。
「お前さえいなければよかったのに」
 言葉は刀以上に那由多の心を引き裂く。
 優しい声で自分が否定されていく苦しみに那由多は喘いだ。

 暗闇の中だった。優しい瞳が自分を見ていた。彼は、一度たりとも名は呼ばなかった。それは彼が自分に名をつけなかったから。
 そうだ。この名は

 父の手に持つ刀が那由多の体へと振り下ろされようとしたとき、父の姿をとった男は顔を歪めて呻いた。
 那由多が自らの腕から流れる血で作った刀が、父の横腹を深く深く刺していた。
「貴様、お前は実の父に」
「違う」
 那由多は凜とした声で言い放ち顔をあげると暗い瞳で、その男を睨みつける。この目の前にいる存在が、もし今の自分のことを知る人物であれば那由多は騙され続けただろう。だが、はっきりと違うと今はいえる。
「なんだと」
「父上は、ぼくのことを那由多って呼ばないもん!」
 父は自分の今の名を知るはずがない。父は一度だって自分のことを名で呼んでくれたことはない。この那由多という名前は自分でつけた名前なのだから。父が知るはずがない。
 
 那由多の言葉に偽者である父の顔が歪み、揺れた。
 那由多は目を見開いた。
 父の中に灰色の牛のようなものが見えた。
「……牛?」
 那由多が呟いたとたんに男が叫びあげた。歪んでいた姿は、はっきりと変化した。
 牛だ。
 灰色の毛をした巨大な二足の牛。頭からは二本の角。金色の鋭い目。口は大きく裂けて那由多など一飲みできてしまいそうだ。
 那由多は敵を睨みつけた。
 こいつを倒す。――このままこいつを放置すれば、同じように苦しむ人もいるだろうし。大切な父の姿をして自分を傷つけたこの敵を許せないという気持ちもある。
 妖怪牛が真っ直ぐと突っ込んでくるのに薙刀を振るうが、牛が片手をあげて那由多を吹き飛ばした。地面に倒された那由多は小さく呻いた。なんとか受身はとったが、戦いあうには那由多では力負けしてしまう。妖怪牛が口を大きく開いて笑うと、その姿が揺らいだ。その姿が那由多の知る者へと変化していく。――刀問屋のおじさんの姿へと変わっていく――こいつは人の大切な人の姿をとるのだ。それで騙し、相手を殺すのだ。なんて卑劣な奴だろう。那由多は変化していく姿を見て拳を握り締めた。
 もう騙されたりはしない。敵のことはわかった。けれど、大切な人の見た目をとられたら、敵とわかっていても刀が鈍る。
 那由多は目を伏せたのち、息を吐いた。
とたんに景色が変化する。
 山の中と一角と変化した。大地は青々とした草、そして傍らには血の池があるというアンバランスな風景。那由多は薙刀を構えた。
 妖怪牛が驚き、その変化が止まった。
 そのときを那由多は見逃さなかった。
 薙刀を振り下ろすと、妖怪牛が腕で那由多を払った。那由多は宙をくるんと飛び、血の池へと舞い降りた。下手に変化するよりも、力でねじ伏せたほうがいいと思ったのだろう妖怪牛が真っ直ぐに走ってきた。
 那由多は片手をあげた。
 とたんに池の血が波たち、黒い壁が突如として現れた。
 那由多の持つ力の一つだ。血から鉄分を取り出して武器とすることができるのだ。那由多はそれで壁を作り出したのだ。
 この敵は力が強い。
 このままでは戦いにならない。なんとしても後ろをとらなくてはいけない。
 突っ込んだ牛が壁に激突したのに、那由多は駆け出し、黒い壁を蹴って宙を舞い、薙刀を両手で持つと妖怪牛の頭上に落ちた。
 薙刀は妖怪牛の脳天を突いた。それに那由多の体重をかけているので薙刀は深々と突き刺さる。
 妖怪牛は口から咆哮をあげ、その姿が霧となって消えてしまった。
 那由多は地面に立つと呆然と、その様子を見ていた。
 ロケーションエリアで出している景色が消えて、いつもの見慣れた街にかわっていく。もう日はどっぷりと沈み、真っ暗だ。
 那由多はぼんやりと目の前に広がる光景を見ていた。
 まるではじめからすべて悪い夢だったとばかりに、元に戻っている。
 あれは夢。
 あれは自分の見た心の弱さが見せた――自分のかえるところはどこなのか。そして愛してくれる人はどこなのか。
 渇望している自分の心が見せた悪夢。
 はじめて、この世界に来たときのような気分だ。
 那由多が、ここにきたときはやはり夜だった。
「僕」
 冷たい風が頬を撫でる。
 那由多はきょろきょろと視線をまわして、地面に落ちている風呂敷に恐る恐る手を伸ばした。中を見ると幸い醤油の入れ物は割れてはいなかった。ほっとして那由多は急ぎ足で刀問屋へと急いだ。
 息を切らして、店の前まで行くと、店主が険しい顔をして待っていた。那由多はびくりと肩を震わせた。
 無言で店主が近づいてくる。
 那由多は心臓が痛くなるのを感じた。なぜだろう。化物は倒したし、もう痛みはないはずなのに呼吸が苦しくなる。
 何も出来ないでいる那由多の前まできた店主の両手が開かれ、そっと那由多を抱きしめた。
「おそうて心配しまたよ。ボン。帰ってきてよかった」
 店主の声は震えていた。抱きしめられた手がかすかに汗ばんでいる。
 帰る処。
 自分には、ちゃんとあるじゃないか。今は。
「……遅くなって、ごめんなさい。僕、ちゃんとここに帰ってくるよ。ここが僕の帰る場所だから」
「当たり前ですよ! もう、ボンとは家族やないですか。勝手に消えたらアカンですよ」
 店主が那由多を睨みつけ、手を伸ばすと那由多の頬を軽くつまんだ。
「うー、僕たち、家族?」
「そうです。ボンがどう思っていようと、こっちはそう思ってますからね。勝手に! ほら、おそうなった罰です。明日は朝から晩まで店のお手伝いしてもらいますよ!」
「……はい」
 那湯多の両頬を店主がおもいっきりつまみ、離した。頬はひりひりと痛むのに、不思議と頬が緩むのを那由多は感じた。
「よろしい。さぁボン、家の中、はいりましょう。外は寒いですからね」
「……うん」
 店主の手が那由多の手をとった。那由多はその手を握り返し、二人揃って店の戸をくぐった。

クリエイターコメントご依頼、ありがとうございました。
那由多くんの可愛さとかっこよさにメロメロです。
かっこよさも可愛さもしっかりと持ち合わせて、大変素敵でした!
大変、楽しかったです。
公開日時2009-03-03(火) 22:30
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