★ 花火が二つ ★
<オープニング>

 最初は猫で試した。
 腹を空かせた野良は、いつものように残飯を与えると疑いもなく平らげた。ぺろりと。何が混ざっているかも知らないまま。
 そして翌日、路地裏ではらわたをさらして倒れていた。

 二度目は雀で試した。
 こんな小さい生き物でも、気づかずに食べてしまうのか気になって。
 おつむの中身が足りないのか、それとも彼の腕がよかったのか。雀はいつものように餌と、それに紛れた「あれ」をついばんだ。
 そして翌日から、姿を現さなくなった。

 実験は成功だと思って、今度は標的にふるまった。



 日常の中に混じるからこそ、非日常というのは心を騒がせる。
 事件は夕方の銀幕市街で始まった。
 信号が変わり、人々の波がゆっくりと対岸目がけて満ちていく。二つの流れが混じろうとした、その時。
 鈍い音がして、赤がぱっと広がった。
 何が起こったか、一瞬で把握した目撃者は少なかった。たまたま被害者の真後ろを歩いていた青年だけが、事態を真っ先に理解した。
 南米系の青年、ミハエルの前にいたサラリーマンが、内側からはじけるようにして飛び散った。腕も足も、頭もばらばらになって。内臓までばらまいて。
「ジーザス!」
 ミハエルは叫んだ。遅れて、横断歩道に混乱が広がっていく。
 血や、肉片や、内臓や、指の先。鋭く当たったのは誰かが蹴り上げた砂利ではなく、人だったものの破片だと視認する。
 そして飛んできた方角を見て、はじけ残ったサラリーマンの残骸を見て顔色をなくす。
 三流のパニック映画のように、人々は悲鳴を上げながら逃げまどった。車道へもかまわずはみ出て、蜘蛛の子のように散っていく。あるいは、気絶して現実から逃避する。
 歩行者用の信号が点滅しているが、誰も見る人はいない。物見高い運転手が、携帯電話のカメラを向けて薄ら笑いを浮かべていた。
 ミハエルはジャケットを脱いで、サラリーマンの遺体にかぶせた。全部は被えないが、目隠しにはなる。
 あくまで野次馬をやりたがる連中は、スラム仕込みのスラングで機銃掃射する。
「なんてこった……神様」
 ミハエルは祈るように、手を組んで警察の到着を待った。



 バー『耀』は爆弾魔によって潰れてしまい、ミハエルは転職を余儀なくされた。
 そしてダイニングレストラン『ヴァンサン』に再就職した……のだが。
「まいったよ……しばらく肉類は見たくないってのに」
 ぼやいたが、そこは仕事。ウェイターとしての職務をまっとうする。そして、届ける先の七割で「あの事件」について尋ねられる。
 どこかのテレビ局が近くで中継をやっていたとかで、警察より先に駆けつけたカメラにミハエルの姿はばっちり映っていた。生放送だからなのか、モザイクもかかっていなかった。その件については裁判で償ってもらうから、ひとまず置いておく。
 彼にとってアンラッキーなことは重なり、その映像を誰かがネットに流したらしい。たちまち有名人だ。
 おかげで『ヴァンサン』は大繁盛となり、ミハエルは話術のスキルが上がっていることを実感することとなった。
「お待たせしました」
 ことり、とミディアムレアのステーキを客の前に出す。そして下世話な話になる前にテーブルを離れる。
 休憩時間になり、スタッフルームに戻ると異様な熱気に包まれていた。
「交代の時間ですよ?」
 呆れつつ、軽い調子で同僚に声をかける。それでも振り返る気配がないので、集まった四人をかきわけてテレビモニタを見た。
 四角の中では、リポーターが声高に第二の被害者の出現を伝えていた。目撃者によると「内部から破裂するように」被害者は死に、後には一巻のフィルムが残ったのだという。
 つばを飛ばして中継する現場から、スタジオに画面が切り替わる。冷静なアナウンサーの相槌が終わると、映画のワンシーンが流れた。音声はなく、アナウンスがそこに乗る。
 銀幕市に暮らすムービースターの、実体化してからの短い人生が語られる。
 ミハエルは無言で、チャンネルを回した。連続殺人の可能性が高いこともあって、どこも時間を割いている。
 銀幕市外でも。そして、一人目のように一般人であっても。次の事件が起こるかもしれない。
 ミハエルはロッカーを開け、タイをほどきながら言った。
「すまないが、今日は早退させてもらうよ。第三の犠牲者が出る前に――」

種別名シナリオ 管理番号91
クリエイター高村紀和子(wxwp1350)
クリエイターコメント花火、第二弾です。そして明かされる犯人の正体、です。
爆弾魔を推理してください、というのがこちらからの主な注文です。できればミハエルと協力していただければ幸いです。……謎だらけの犯人ですが。探偵気分でプロファイルとか書いていただければ、がっつり使わせていただこうと思っています。
推理が当たっても外れても、今回こそ犯人わかりますから。
爆弾は、小型化された時限爆弾です。どのようにして被害者は摂取したのか、が最大のキーになるのではと。
時刻は夜、うかうかしてると未成年は出歩けなくなったり、次の被害者が出たりします。タイムリミットまで何分、とかはありませんが今夜中に解決してください。

ちなみにヴァンサンは人名であって、焼き肉のタレとは関係ありません。ギベール読んだ記念に。英語圏だとヴィンセント。

参加者
柊木 芳隆(cmzm6012) ムービースター 男 56歳 警察官
長谷川 コジロー(cvbe5936) ムービーファン 男 18歳 高校生
エディ・クラーク(czwx2833) ムービースター 男 23歳 ダンサー
<ノベル>

 ミハエルがスタッフルームのドアを開けると、やけに頼もしい手応えがあった。
 見下ろすと、顔を抱えて青年がしゃがみこんでいる。もしかしなくても、タイミング良く顔面を攻撃してしまったのだろう。
「ソーリー。 ……誰だい?」
 見覚えのない姿に、ミハエルは困惑する。客が紛れ込むような場所ではない。
 彼は立ち上がると、人なつこい笑みを浮かべた。
「こんにちは、今日からこの店でバイトさせてもらいます、エディ・クラークっていいます」
「そうかい、よろしく。私はミハエル・スミスだ。じゃ」
 脇を抜けようとすると、がっちりと袖を掴まれた。
「どこ行くんですか、ミハエルさん。俺、店長にあなたについて仕事教えてもらえって言われてるんだけど」
「事情により早退だ。他のメンバーを頼ってくれ」
「何ですか、事情って」
 強引に歩き出すと、ずるずるとエディがついてきた。
「…………」
 それでも歩くが、エディは離れない。ミハエルは諦めた。
「オーケイ、事情を説明する。爆弾魔による二人目の犠牲者が出た。だから犯人を捜しに行く」
「脈絡ないなあ。ひょっとして、犯人に心当たりでもあるんですか?」
「同業者、ぐらいしかわからないよ」
 エディは飛び退いた。
「ミ、ミハエルさんってもしかして、シリアルキラーだった?」
「いいや。ただのムービースターだよ。発破屋の役柄のね」
「物騒だなあ。……でもひどいね。人生は一度きり、カーテンコールはないのに、何が起こったかわからないまま幕が下りるなんて」
 急ぐミハエルに、エディは大股でついていく。
「で、具体的にどこを探すの?」
「まずは――」
 タイムカードにチェックを入れて、裏口を開け放つと手応えがあった。デジャヴがある。
「オーガッ! 失礼しました」
 暗がりにうずくまるのは、よれよれのスーツを着た男性だった。
「いいよー、気にしなくて」
 彼は立ち上がり、涙目だが笑みを浮かべる。額が痛々しいほどに赤い。
「当店に、何か御用でしょうか?」
「ヴァンサンというより、君にかなー。ミハエル君」
 なんとなく理由を推測して、ミハエルは不愉快になる。
「連続爆殺事件についてでしたら、見た聞いたことはすべて警察に話しました。情報がご入り用でしたら、しかるべき手続きをとってそちらから入手してください」
「いやいや、そっちじゃないんだよ」
 少々オーバーに見えるほど、彼は手を横に振る。
「私は柊木芳隆。今はしがない雇われ警備員なんだー。実は、『耀』が爆破された時に居合わせてね」
「爆破されたのはあの雑居ビルで、『耀』は土砂で埋もれただけですよ」
「うん、そうだねー。それで、ちょっと爆弾魔に興味を持ってね」
「結局は爆弾魔について聞きたいだけでしょう」
 吐き捨てて、ミハエルは歩き出す。エディが後を追う。ぎりぎり、声が届かなくなる手前で柊木が呟いた。
「爆弾魔の正体がわかった、って言ったらどうするかなー?」
 いつものように軽い口調でありながら、揶揄するような、探るような、そんな響きがこもっている。
 ミハエルは立ち止まり、振り返った。いつものように人当たりのいい笑顔を浮かべている。
「……それなら、警察に届け出ればいいでしょう?」
「それがねー、証拠がないから素人の推理で片付けられるんだ。現行犯なら素人でも逮捕できるけど、犠牲者はなるべく出したくないんだよねー」
「ミハエルさん、一緒に犯人探しましょうよ。一人より二人、二人より三人。三人寄れば文殊の知恵ですよ」
 意気込むエディに、ミハエルはため息をつくと諦めた。
「オーケイ、野郎三人で夜遊びといこうじゃないか」
「待った! 四人ッスよ!」
 ミハエルとエディは虚を突かれて、柊木は何気なくそちらを向いた。
 引き締まった体躯の少年が、目を輝かせて立っている。肩に乗っているバッキーがアンバランスで、逆にそれが愛嬌を添えている。
 柊木はにっこりと、二人に紹介した。
「こちら、綺羅星学園高等部三年の長谷川コジロー君」
「あー! バタフライ・コジローだ!」
 エディが目を輝かせる。ミハエルも、その通称は耳にしたことがあった。弱冠十六歳でオリンピックに出場したルーキーだ。実体化が起こる前の出来事とはいえ、地元からオリンピック選手が出たのだ、銀幕っ子が自慢の種にしなくてどうするというのだろう。
 ムービースターにも劣らない美形のコジローは、ぺこりと頭を下げた。
「よろしくッス。ホームズのいるところにはワトソンが必要ッスからね。舞台に立つのは主役ばかりとは限らないッスよ」
「そうだね! 脇役がいてこそ、主役の意味があるんだよね」
 エディと妙に意気投合している。それで、とミハエルは柊木に先をうながした。
「名探偵は、次の事件はどこで起こると予想しているんだい?」
「それはね、これから行くところ」
「じゃあ、犯人は誰だと予想しているんだい?」
「蝶々サマが知ってるッスよ!」
 演劇の話題で盛り上がっていたコジローが、勢いよく割り込んできた。そして、半眼になりあらぬ場所に焦点を合わせる。
「蝶々サマ、教えてください。今回の犯人を……」
 コジローの脳裏に、蝶々サマが飛来した。男女どちらか一見して判断しにくいが、とうの立った年頃だった。赤いラメ入りの衣装は、背中に羽根が生えている。
 蝶々サマは語る。声は低めだ。
『バカねェアンタ。事件発生したトコにいつも近い所にいる奴が一番アヤシイって決まってンのよ。ズバリ、ミハエルが爆弾魔ね』
「わかったッス!」
「あのー?」
 おっかなびっくり、エディは声をかける。コジローと蝶々サマは、銀幕市とムービースターあるいはバッキーのような関係だ。彼という存在があって初めて実体を持つことができる。ただし大きく違うのは、他人には見えないことだ。
 コジローは段取りをすっ飛ばして、びしりとミハエルを指さした。
「犯人はアンタだ! いけ、バタ子!」
 左手でバッキーを投げつける。球界でも食べていけそうな豪腕だった。
 ミハエルはしゃがんだ。エディもしゃがんだ。柊木は避けた。あっさり食べられてしまうには命が惜しい。
 結果、びたんとバタ子は壁に着地した。ずるずると落ちていく。コジローはダッシュで彼女(?)を回収しに走る。
「うわ、痛そう」
 エディが呟けば。
「コジロー君、早とちりはいけないよー? もっとよく考えて行動しようね?」
 柊木ものほほんと忠告する。
「……で、だ」
 混乱を収拾するように、ミハエルは仕切った。
「どこへ行くんだい? ヒイラギ。すでに犯行現場まで目星がついているような口ぶりだったが」
「まあ、黙ってついてきなさい」
 食えないホームズは、夜の町に向かって歩き出した。



 日付が変わるころ、四人は郊外に来ていた。エディとミハエルは焦っているが、柊木はマイペースを崩さない。コジローもある意味マイペースだった。
「到着ー」
 柊木は足を止めた。目的地は、瓦礫の折り重なる荒れ地だった。雑草が腰の高さまで生い茂っている。
 無言の視線が、彼に集まった。
「無人の空き地で、何を爆破するのかな」
 エディが代表質問する。そうッス、とコジローも頷いた。
「蝶々サマも、次の犯行現場はここじゃないって言ってるッス」
 柊木は煙草をくわえ、火をつけた。一度吸い込み、それから荒れ地を見つめた。
「連続爆破事件が発生する前、発破解体事件があったんだ。もっとも、被害届は出ていないから事件未満とでも呼ぶべきかなー。その手口が、あの雑居ビル爆破ととっても似ていたんだよねー。配線とか、火薬を仕掛ける地点とか」
 携帯灰皿を取り出し、灰を落とす。
「見たよ、ミハエル君の出演する『蝶の夢』」
 ミハエルの顔色が変わった。
「知ってるッス」
「どんな映画かなあ?」
「いまいちヒットしなかったハリウッド映画ッス。十七階建てのおんぼろアパートに住む人々のオムニバスストーリーで、途中でミハエル含む発破屋がアパートをドカーン! と爆破するシーンがあるッス」
 好奇心がコジローにより満たされると、エディは柊木の言わんとしているところがわかった。
 わかって、叫びながら後ずさった。
「えええええ! ちょ、それ、まさか、ってか」
「だから、犯人はミハエルッスよ!」
 四人は、三対一に別れた。
 柊木は灰皿に煙草をねじ込み、懐にしまう。
「今なら自首できるよー?」
 口調は変わらないが、もうのほほんとした空気はない。ミハエルと三人の間に深い断崖でもあるかのように、凍えそうな風が吹いている。
 ミハエルは晴れやかな笑顔で、コートの内側に手を入れた。
「ガッデムライト、ヒイラギ。だが、おれはムービースターを殺し続ける。フィルムになることこそが、ムービースターの存在意義だからな」
「ミハエルさんは、間違って――」
 エディの反論は中途で邪魔された。ミハエルが手榴弾をばらまいたから。コジローが襟首を掴んでエディを避難させ、柊木は瓦礫を盾にする。
 轟音がして破片が飛び散った。
 痛いほどの静けさを取り戻した荒れ地の前には、傷跡だけが残っていた。



 彼は走った。全力で。心臓が破れそうなほど、速く。そして辿り着いた聖林通りにある居酒屋ののれんをくぐった。
 適当な日本酒を頼んで、典型的なサラリーマンが盛り上がる店内に溶け込む。
 二杯、空けると、店内のBGMとなっていたテレビが緊急ニュースに切り替わる。『ヴァンサン』で夕飯をとった客が、同時多発的に爆殺されたと報じていた。ほとんどはムービースターだが、一般人も混じっていた。
 店内の話題が、連続爆弾魔一色になる。じきに、重要参考人としてミハエル・スミスの名前が流れるだろう。
 その前に代金を払って、ミハエルは店を出た。
「第三の犠牲者が出る前に、疑わしい人物はアリバイを作っておくべきだった。ああ、これで明日からはドゥ・オア・ダイだ」





To be continued...

クリエイターコメントコジローさん、蝶々サマ共々素敵キャラでした。また機会がありましたら、濃いい描写をさせていただきたいです。

エディさん。バイト初日から大変なことに……。ヴァンサンの従業員はいい人ばかりなので(多分)、店が潰れなかったら仕事頑張ってください。

柊木さんだけ名字になりました。深い意味はないんですが、なんとなくこっちの方がしっくりくるから(個人的な感想)です。
前作は特にこだわる必要なかったんですが、今回は悩みました。統一するべきか、周囲に合わせるべきか。

もし「こう呼んで欲しい」というご希望がありましたら、『その他設定』か『クリエイター向け説明』に一言書いていただけると大変助かります。例えばシリアスでは名字、コメディでは名前、とか。

また、お会いできれば嬉しいです。
公開日時2007-04-18(水) 18:30
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