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<ノベル>
ミハエルがスタッフルームのドアを開けると、やけに頼もしい手応えがあった。
見下ろすと、顔を抱えて青年がしゃがみこんでいる。もしかしなくても、タイミング良く顔面を攻撃してしまったのだろう。
「ソーリー。 ……誰だい?」
見覚えのない姿に、ミハエルは困惑する。客が紛れ込むような場所ではない。
彼は立ち上がると、人なつこい笑みを浮かべた。
「こんにちは、今日からこの店でバイトさせてもらいます、エディ・クラークっていいます」
「そうかい、よろしく。私はミハエル・スミスだ。じゃ」
脇を抜けようとすると、がっちりと袖を掴まれた。
「どこ行くんですか、ミハエルさん。俺、店長にあなたについて仕事教えてもらえって言われてるんだけど」
「事情により早退だ。他のメンバーを頼ってくれ」
「何ですか、事情って」
強引に歩き出すと、ずるずるとエディがついてきた。
「…………」
それでも歩くが、エディは離れない。ミハエルは諦めた。
「オーケイ、事情を説明する。爆弾魔による二人目の犠牲者が出た。だから犯人を捜しに行く」
「脈絡ないなあ。ひょっとして、犯人に心当たりでもあるんですか?」
「同業者、ぐらいしかわからないよ」
エディは飛び退いた。
「ミ、ミハエルさんってもしかして、シリアルキラーだった?」
「いいや。ただのムービースターだよ。発破屋の役柄のね」
「物騒だなあ。……でもひどいね。人生は一度きり、カーテンコールはないのに、何が起こったかわからないまま幕が下りるなんて」
急ぐミハエルに、エディは大股でついていく。
「で、具体的にどこを探すの?」
「まずは――」
タイムカードにチェックを入れて、裏口を開け放つと手応えがあった。デジャヴがある。
「オーガッ! 失礼しました」
暗がりにうずくまるのは、よれよれのスーツを着た男性だった。
「いいよー、気にしなくて」
彼は立ち上がり、涙目だが笑みを浮かべる。額が痛々しいほどに赤い。
「当店に、何か御用でしょうか?」
「ヴァンサンというより、君にかなー。ミハエル君」
なんとなく理由を推測して、ミハエルは不愉快になる。
「連続爆殺事件についてでしたら、見た聞いたことはすべて警察に話しました。情報がご入り用でしたら、しかるべき手続きをとってそちらから入手してください」
「いやいや、そっちじゃないんだよ」
少々オーバーに見えるほど、彼は手を横に振る。
「私は柊木芳隆。今はしがない雇われ警備員なんだー。実は、『耀』が爆破された時に居合わせてね」
「爆破されたのはあの雑居ビルで、『耀』は土砂で埋もれただけですよ」
「うん、そうだねー。それで、ちょっと爆弾魔に興味を持ってね」
「結局は爆弾魔について聞きたいだけでしょう」
吐き捨てて、ミハエルは歩き出す。エディが後を追う。ぎりぎり、声が届かなくなる手前で柊木が呟いた。
「爆弾魔の正体がわかった、って言ったらどうするかなー?」
いつものように軽い口調でありながら、揶揄するような、探るような、そんな響きがこもっている。
ミハエルは立ち止まり、振り返った。いつものように人当たりのいい笑顔を浮かべている。
「……それなら、警察に届け出ればいいでしょう?」
「それがねー、証拠がないから素人の推理で片付けられるんだ。現行犯なら素人でも逮捕できるけど、犠牲者はなるべく出したくないんだよねー」
「ミハエルさん、一緒に犯人探しましょうよ。一人より二人、二人より三人。三人寄れば文殊の知恵ですよ」
意気込むエディに、ミハエルはため息をつくと諦めた。
「オーケイ、野郎三人で夜遊びといこうじゃないか」
「待った! 四人ッスよ!」
ミハエルとエディは虚を突かれて、柊木は何気なくそちらを向いた。
引き締まった体躯の少年が、目を輝かせて立っている。肩に乗っているバッキーがアンバランスで、逆にそれが愛嬌を添えている。
柊木はにっこりと、二人に紹介した。
「こちら、綺羅星学園高等部三年の長谷川コジロー君」
「あー! バタフライ・コジローだ!」
エディが目を輝かせる。ミハエルも、その通称は耳にしたことがあった。弱冠十六歳でオリンピックに出場したルーキーだ。実体化が起こる前の出来事とはいえ、地元からオリンピック選手が出たのだ、銀幕っ子が自慢の種にしなくてどうするというのだろう。
ムービースターにも劣らない美形のコジローは、ぺこりと頭を下げた。
「よろしくッス。ホームズのいるところにはワトソンが必要ッスからね。舞台に立つのは主役ばかりとは限らないッスよ」
「そうだね! 脇役がいてこそ、主役の意味があるんだよね」
エディと妙に意気投合している。それで、とミハエルは柊木に先をうながした。
「名探偵は、次の事件はどこで起こると予想しているんだい?」
「それはね、これから行くところ」
「じゃあ、犯人は誰だと予想しているんだい?」
「蝶々サマが知ってるッスよ!」
演劇の話題で盛り上がっていたコジローが、勢いよく割り込んできた。そして、半眼になりあらぬ場所に焦点を合わせる。
「蝶々サマ、教えてください。今回の犯人を……」
コジローの脳裏に、蝶々サマが飛来した。男女どちらか一見して判断しにくいが、とうの立った年頃だった。赤いラメ入りの衣装は、背中に羽根が生えている。
蝶々サマは語る。声は低めだ。
『バカねェアンタ。事件発生したトコにいつも近い所にいる奴が一番アヤシイって決まってンのよ。ズバリ、ミハエルが爆弾魔ね』
「わかったッス!」
「あのー?」
おっかなびっくり、エディは声をかける。コジローと蝶々サマは、銀幕市とムービースターあるいはバッキーのような関係だ。彼という存在があって初めて実体を持つことができる。ただし大きく違うのは、他人には見えないことだ。
コジローは段取りをすっ飛ばして、びしりとミハエルを指さした。
「犯人はアンタだ! いけ、バタ子!」
左手でバッキーを投げつける。球界でも食べていけそうな豪腕だった。
ミハエルはしゃがんだ。エディもしゃがんだ。柊木は避けた。あっさり食べられてしまうには命が惜しい。
結果、びたんとバタ子は壁に着地した。ずるずると落ちていく。コジローはダッシュで彼女(?)を回収しに走る。
「うわ、痛そう」
エディが呟けば。
「コジロー君、早とちりはいけないよー? もっとよく考えて行動しようね?」
柊木ものほほんと忠告する。
「……で、だ」
混乱を収拾するように、ミハエルは仕切った。
「どこへ行くんだい? ヒイラギ。すでに犯行現場まで目星がついているような口ぶりだったが」
「まあ、黙ってついてきなさい」
食えないホームズは、夜の町に向かって歩き出した。
日付が変わるころ、四人は郊外に来ていた。エディとミハエルは焦っているが、柊木はマイペースを崩さない。コジローもある意味マイペースだった。
「到着ー」
柊木は足を止めた。目的地は、瓦礫の折り重なる荒れ地だった。雑草が腰の高さまで生い茂っている。
無言の視線が、彼に集まった。
「無人の空き地で、何を爆破するのかな」
エディが代表質問する。そうッス、とコジローも頷いた。
「蝶々サマも、次の犯行現場はここじゃないって言ってるッス」
柊木は煙草をくわえ、火をつけた。一度吸い込み、それから荒れ地を見つめた。
「連続爆破事件が発生する前、発破解体事件があったんだ。もっとも、被害届は出ていないから事件未満とでも呼ぶべきかなー。その手口が、あの雑居ビル爆破ととっても似ていたんだよねー。配線とか、火薬を仕掛ける地点とか」
携帯灰皿を取り出し、灰を落とす。
「見たよ、ミハエル君の出演する『蝶の夢』」
ミハエルの顔色が変わった。
「知ってるッス」
「どんな映画かなあ?」
「いまいちヒットしなかったハリウッド映画ッス。十七階建てのおんぼろアパートに住む人々のオムニバスストーリーで、途中でミハエル含む発破屋がアパートをドカーン! と爆破するシーンがあるッス」
好奇心がコジローにより満たされると、エディは柊木の言わんとしているところがわかった。
わかって、叫びながら後ずさった。
「えええええ! ちょ、それ、まさか、ってか」
「だから、犯人はミハエルッスよ!」
四人は、三対一に別れた。
柊木は灰皿に煙草をねじ込み、懐にしまう。
「今なら自首できるよー?」
口調は変わらないが、もうのほほんとした空気はない。ミハエルと三人の間に深い断崖でもあるかのように、凍えそうな風が吹いている。
ミハエルは晴れやかな笑顔で、コートの内側に手を入れた。
「ガッデムライト、ヒイラギ。だが、おれはムービースターを殺し続ける。フィルムになることこそが、ムービースターの存在意義だからな」
「ミハエルさんは、間違って――」
エディの反論は中途で邪魔された。ミハエルが手榴弾をばらまいたから。コジローが襟首を掴んでエディを避難させ、柊木は瓦礫を盾にする。
轟音がして破片が飛び散った。
痛いほどの静けさを取り戻した荒れ地の前には、傷跡だけが残っていた。
彼は走った。全力で。心臓が破れそうなほど、速く。そして辿り着いた聖林通りにある居酒屋ののれんをくぐった。
適当な日本酒を頼んで、典型的なサラリーマンが盛り上がる店内に溶け込む。
二杯、空けると、店内のBGMとなっていたテレビが緊急ニュースに切り替わる。『ヴァンサン』で夕飯をとった客が、同時多発的に爆殺されたと報じていた。ほとんどはムービースターだが、一般人も混じっていた。
店内の話題が、連続爆弾魔一色になる。じきに、重要参考人としてミハエル・スミスの名前が流れるだろう。
その前に代金を払って、ミハエルは店を出た。
「第三の犠牲者が出る前に、疑わしい人物はアリバイを作っておくべきだった。ああ、これで明日からはドゥ・オア・ダイだ」
To be continued...
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クリエイターコメント | コジローさん、蝶々サマ共々素敵キャラでした。また機会がありましたら、濃いい描写をさせていただきたいです。
エディさん。バイト初日から大変なことに……。ヴァンサンの従業員はいい人ばかりなので(多分)、店が潰れなかったら仕事頑張ってください。
柊木さんだけ名字になりました。深い意味はないんですが、なんとなくこっちの方がしっくりくるから(個人的な感想)です。 前作は特にこだわる必要なかったんですが、今回は悩みました。統一するべきか、周囲に合わせるべきか。
もし「こう呼んで欲しい」というご希望がありましたら、『その他設定』か『クリエイター向け説明』に一言書いていただけると大変助かります。例えばシリアスでは名字、コメディでは名前、とか。
また、お会いできれば嬉しいです。 |
公開日時 | 2007-04-18(水) 18:30 |
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