★ 【美女が暴走!?】 狙われたプレミアフィルム? 倉庫街の激闘! ★
<オープニング>

 まあ、素敵。
 レースの手袋をした手を顔の前で合わせて、そう言ったのは、あの大女優。銀幕市滞在中のSAYURIであった。
「こんな華やかな光景、ハリウッドでもなかなか見られなくってよ?」

 そこは銀幕ベイサイドホテル。時刻は夕暮れ時だ。
 彼女を歓迎するパーティが開かれたあのホテルで、また華やかな催しが開かれているのだった。
 今度の舞台はプールサイドである。ゴージャスな金の手すりの付いたプール。その回りをたくさんの水着姿の女性が行き交い、賑わいを見せていた。ホテルご自慢のイベントスペースは華やかに飾られ、プールサイドに設置されたPAからはポップミュージックが流れている。
 ひときわ目立つ位置には「ミス・銀幕コンテスト」の垂れ幕が。その下にはカトレアで飾られた、これまたゴージャスな審査員席が用意されていた。
 SAYURIはそれを見、そして待機の時間をプールで過ごし、戯れ合う美女たちを見て、感激の声を上げたのだった。
「ここは銀幕市だよ、SAYURI。何しろ、彼女たちは“本物”なんだから──」
 彼女の隣でそう言ったのはロイ・スパークランドだ。彼はこのイベントのプロデューサーとして、この場にいたのである。
 とはいえ、彼はSAYURIの応対をしながらも、内心、気が気でなく落ち着かない様子である。……彼の心配も無理はない。この『ミス・銀幕コンテスト』は、二週間前に杵間山麓で開催されるはずのイベントの仕切り直しであった。
 何故、再度開催することになったのか。その事情は、賢明なる銀幕ジャーナルの読者諸君なら、すぐに思い至るだろう。
 前回は、参加者30人全員が、女ヴィランズのカレン・イップ率いる「金燕会」に誘拐されかかるという凶事に見舞われたのである。それは未然に防がれたものの、今回も彼女の邪魔が入ることは十分に予想が出来たし、ほかにどんなトラブルが起こるか分からない。
 ロイと対策課は万全の体制をもって、この二度目の『ミス・銀幕コンテスト』を成功させようと意気込んでいた。なるべく目立たないようにさせているのだが、柱の影やそこ此処にものものしい警備員の姿が見え隠れしている。

「ねえ、ミス・銀幕になったコは、わたしと共演することになるのでしょう?」
 そんな厳戒態勢の中、無邪気に会話を続けるのはSAYURIだ。「楽しみだわ、どんなタイプのコでも、わたし楽しく共演することできそうよ」
「そうだね。僕も楽しみだよ」
 相槌を打ちながらロイ。暴走する列車の事件に巻き込まれてヒドイ目に遭った女たちに再度集まってもらうために、彼は自分の特権を使っていた。すなわちSAYURIとの共演権である。
 ミス・銀幕になれば、大女優SAYURIと、ロイ・スパークランド監督の新作で共演が出来る──。この賞品の効果はてきめんで、今回の参加者はなんと50人にまで膨れあがったのだった。
 ロイはため息をつく。おかげで警備の手間も、半端ないんだけどねえ。
 
「──キャァァァアア!!」

 その時、突然悲鳴が上がり、ロイは椅子を蹴倒し立ち上がっていた。悲鳴の練習か!? いや、違う。これは本物の悲鳴だ!
 プールの水面の一部が赤く染まっていた。
 腕を押さえ、おぼれるようにしながらも逃げ惑う女。
 その向こうに異様なものがいた。
 水面に浮かび上がるように、そこにいるのは──。

「キノコ!?」

 何なんだ一体!? ロイが声を上げる前に、ザバァァッ。水の中から影が飛び出し、プールサイドに着地した。
 それは水着を着たヒスパニック系の女であった。
 しかし何かが違う。そう、背中だ。彼女の背中には大きなキノコが生えていた。ちょうど首の付け根にあたる部分から白いキノコが突き出し、1メートルほどの高みから下界を見下ろしていたのだった。
 白目を剥く美女。そしてその背中のキノコ。
 彼女は奇声を上げて近くの女に飛びかかろうとした。キノコもまるで生き物のように彼女を援護し、回りの人間に牙を向ける。
「そんな……!」
 呆然とその光景を見つめるロイ。参加者が、参加者の中からそんな、トラブルが起こるなんて。
「他にもいるわ!」
 SAYURIの声に、ロイは身を引きフロア全体を見回す。他にも2人の女が暴れていた。彼女たちの背中にもキノコ。
「ノー! ジーザス!」
 さすがのロイも、悲鳴を上げた。


 ★ ★ ★


 変わって、場面は何処のバー。スツールに腰掛けた紫色のチャイナドレスの女が一人。壁面に備え付けられた液晶テレビを見つめている。
 そこでは臨時ニュースが放映されていた。今、ベイサイドホテルで開催されている、ミス・銀幕コンテストでのトラブルの様子を、ちょうど居合わせたアナウンサーが切羽つまった口調でレポートしている。
 ──背中にキノコを生やした3人の女性たちが、突然暴れだし周囲の人々を襲っています!
 テレビを見る女──犯罪結社「金燕会」の女頭目、カレン・イップは、吹き出すように笑った。
「陰陽(インヤン)の奴、なかなか正確じゃないか」
 彼女がそうつぶやくと、カウンターの上の携帯電話がブルブルと震えて着信を知らせた。カレンは相手に心当たりがあったのか。ニヤリと笑いすぐに電話を取った。

「──あんたから、かかってくると思ったよ。見ての通りさ」
 受話器の向こうで誰かが声を荒げているのが微かに聞こえてくる。
「こないだの時に手を打っといたのさ。言ったろ? あたしは二重、三重にも策を打ってるンだよ。ちィと時間かかっちまッたけど、あんたの依頼通りになったろ?」
カレンは滑るようにスツールから降り立ち、言った。「今度こそ、ミス・銀幕コンテストはメチャクチャになる。そうしたら世論も動くだろうし、あんたの発言力も増すんじゃないのかい? 柊を市長の座から引き摺り下ろすのだって難しくないだろうよ」
 ふと、カレンは言葉を止め、相手が何か言い出したのに耳を傾けた。ニヤニヤと笑みを浮かべたまま、女ヴィランズは余裕の態度でゆっくりと足を組み替える。
「ああ、そうだよ。ご名答。今、海岸の倉庫を襲ってるのはあたしの部下たちだ。膨大な数のプレミアフィルムがあそこに保管されてるって情報を、さっそく活用させてもらッたんだよ。……今なら、市役所の連中はあのキノコ女どもにかかりっきりだ。連中が慌てふためいてる間にフィルムを頂くって寸法さ」
 一瞬言葉を切り、時計を見るカレン。足早にバーの出口に向かう。
「──フン、つまらない質問はよしなよ。あたしがフィルムをどうしようとあんたには関係ない。ウチのクライアントはあんただけじゃないンんだ。細かいことにまで、口を挟まないでもらおうか。……あんたはどっしり構えて、次の議会に備えてりゃあいいんだよ。……じゃあな、切るよ」

 カレンは電話を切り、扉を開け、階段を登っていく。
 途端に鼻につく潮の香り。日が落ちようというこの時間、彼女が歩み出たのは殺風景な倉庫街だった。
 近くに立っていたスキンヘッドの痩せた男と、スーツを着た体格のいい男が近寄ってくる。
「陰陽」
 カレンはまずスキンヘッドの男に声をかけた。「3人だってな」
「まあね」
 男、陰陽は、そう言って喜んだように笑った。
 それを見てカレンはもう一人の男に目配せをする。カレンの腹心、サイモン・ルイは懐から金色の煙管を取り出すと無言で彼女に差し出した。カレンがそれを受け取り口に咥えると、サイモンはマッチを取り出し靴底で擦って火を付け、煙管の先にその炎を移す。
 フーッ、と女頭目は煙を吐き出し、部下二人の顔を見た。

「さて。長居は無用だ。さっさとプレミアフィルムを頂いて、ずらかるよ!」

種別名シナリオ 管理番号142
クリエイター冬城カナエ(wdab2518)
クリエイターコメントこんにちわ。冬城カナエです。
せっかくの銀幕市あげての「ミス・銀幕コンテスト」が、仕切り直しでリベンジ開催されているというのに、なんと大変なことに、美女数人の背中から謎のキノコが生えてきて、彼女たちが大暴れするというハプニングが起こってしまいました。

一方、美女たちに謎のキノコを仕込んだと思われるカレン・イップは、キノコ美女事件を陽動作戦として利用し、港の倉庫街に保管されている市役所保管のプレミアフィルムを大量に奪おうとしています。

みなさんタスケテ!

……てなわけで、
今回は神無月まりばなWRにご協力いただいた、ぷちイベントシナリオでございます。

神無月WRには、キノコ美女に対応するパートを。
わたし冬城は倉庫街で金燕会とドンパチするパートを担当いたします。
二つのシナリオに同じキャラクターで参加することは、場所が離れていることもありますので、お控えくださいませ。

倉庫街にお越しになられたい方は、
たまたま通り掛かったり、植村直紀に事件概要を聞いたなどの理由でお越しくださいませ。
カレンたちは目当ての倉庫を強襲し、一気にフィルムを奪って逃走するつもりです。
銃撃戦、カーチェイスあたりが想定されます。
いろいろご自由なプレイングでご参加くださいませ。

※大変申し訳ありませんが、わたしが担当させていただいた前作のシナリオ「暴走電車! 閉じ込められた美女30人を救え!」をお読みいただくことを推奨いたします。読まなくても内容は分かりますが、おそらく読んでいただいた方が、今回のプレイングを考えたり、推理をしたりするのに楽しめると思いますので。
 

参加者
ユージン・ウォン(ctzx9881) ムービースター 男 43歳 黒社会組織の幹部
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
<ノベル>

 ──── 役所 ────


「で、問題は、ですね。ほとんどの人員がキノコにかかりっきりってことなんですよ」
 息せき切ったように、植村直樹は言った。市役所対策課のロビーにて。目の前には、整った顔立ちの若い男が一人。植村が手にしたノートパソコンを覗き込みながら、眉をひそめて彼の話に耳を傾けている。
 彼の名前はシャノン・ヴォルムス。『Hunter of Vermilion』という映画に出演していたムービースターであり、凄腕のヴァンパイアハンターである。
 そして彼が覗きこんでいるパソコンの画面では、銀幕ベイサイドホテルで行われている“ミス銀幕コンテスト”の様子が放映されていた。──数人の美女たちがキノコに乗っ取られ、暴れまわっているというシュールな光景である。
 だが、それは映画ではない。それは事実、そこで起こっている事件なのだ。
「こないだの女たちが……驚きだな」
 ぽつりと漏らすシャノン。
「シャノンさん、身体空いてますよ、ね?」
 そのパソコンの画面の上で、植村がすがるような目をしてシャノンを見ている。
「まあ空いているといえば、空いてはいる──」
「お願いします! 時間がないんです!」
あくまで冷静にふるまうシャノンに対し、植村は焦ったようにパソコンのスペースキーを押した。「シャノンさん。これを見てください」
 パソコンの画面は、港近くの倉庫街らしき場所を映していた。かなり広角の映像であり、一つの倉庫の前に大型のトラックが停まっており、その周りを人影が忙しなく動き回っている様子が小さく映っている。
 ただ、問題はその手前に映っている人物だ。3人の人物がこちらに背を向けて立っている。シャノンはその後姿によく見覚えがあった。
「カレン・イップ──!」
 声を上げ、植村の顔を見る。シャノンが解決に尽力した美女誘拐未遂事件の首謀者、犯罪結社「金燕会」のカレン・イップ。そして隣に居るのはサイモン・ルイと、陰陽という彼女の部下、二人である。
「なぜ、連中がこの場所に?」
「分かりません。ただ、彼女たちの狙いはハッキリしています。──プレミアフィルムです」
 驚いたシャノンの顔をじっと見つめてから一拍置いて、画面中のトラックを指差す、植村。「この倉庫はプレミアフィルムの保管場所なんです。どういう目的があるのか知りませんが、カレン・イップたちはフィルムを大量にトラックに詰め込んでいます。このままだと──」
 チッ。舌打ちしたシャノンは立ち上がった。ふと、画面の中のカレンがこちらを振り向く。
「この場所は、どこだ?」
「港の倉庫街。倉庫のナンバーはR−3」
 ニヤリと笑うカレン。彼女の手から何かがこちらに飛んできて──そして画面が暗転。シャノンはそれを一瞥すると、植村に目配せし、ロビーを足早に出て行こうとする。
「あ、待ってください。シャノンさん」
 それを慌てて呼び止める植村。
「車は用意してあります。裏の駐車場に停めてある軍用装甲ハマーを使ってください」
「用意がいいな」
「とっておきなんです。壊しても大丈夫ですからどうぞご自由に」
 植村はニコと微笑み、シャノンに軍隊仕様のジープ車のキーを渡した。渡しつつも、その表情がふと曇る。
「あとですね……。こんなことを頼むのは、ものすごく心苦しいのですが、もう一つお願いがあるんですけど」
「何だ? 言ってみろ」
 受け取った車のキーをジャケットのポケットに入れて、シャノン。
「シャノンさん。“ストマライザー10”って知ってますか?」
「……いや、知らん。秘密兵器か何かか?」
「ち、違いますよ! 胃薬の名前です」
「胃薬?」
「こないだCMで見たんですけど、すごく効くらしくて。なんかさっきからこのあたりがキリキリするもんですから、ちょっと試してみようかと……」
腹の辺りを抑えて植村。おもむろにスーツの内ポケットから細身の財布を取り出す。「本当に申し訳ないんですけど、千円渡しますから、一瓶買ってきてもらえないですか?」
「……」
 シャノンは急に哀れなものを見る目つきになって、植村から金を受け取った。


 ──── 路上 ────


 夕暮れの倉庫街に、鼻歌が聞こえている。
 現れたシルエットは細身の青年である。黒いジャケットに、萌黄色のチノパンは、左の裾が膝まででカットされている洒落たデザインだ。
 しかし顔は少年と言ってもいい年代である。彼の名前は梛織(ナオ)。ハードアクション映画『Mission7』から実体化したムービースターである。職業は万事屋であり、要は、厄介事に真っ先に巻き込まれるという哀れな人種だ。
 それは銀幕市に実体化してからも、少しも変わることはない。
 彼はこれから自分がどんな事件に巻き込まれるか、少しも予想することも出来ず、ただ探しものをしていた。
 猫だ。名前はカトリーヌ。
 万事屋たる彼は、日々の糧を得るために仕事を請け負い、こうして一匹の猫を探しに倉庫街に繰り出していたのだ。
 ──カトリーヌちゃんは、お魚が好きなのよ。だから海辺にいると思うの。
 依頼人のマダムがそう言うからには、そうなのだろう。
「カトリーヌちゃーん」
 梛織は仕方なく声を出しながら、うろうろと歩き回る。こんな広いところを探し回っていたら文字通り日が暮れてしまいそうだ。しかもその猫が好きだという鰹節の匂い袋を持ち歩いているものだから、自分自身が魚臭くてたまらない。うんざりした気分を隠そうともせず、梛織はブツブツと文句を言いながら倉庫街を行く。
 と、そんな彼が角を曲がろうとした時だった。
 万事屋は、前方で動き回る多数の人影を察知し、慌てて自分の身体を、元居た物陰に戻した。
「な、何だ、今のは……」
 突然の状況に、梛織は止めていた息を戻し、言った。
 彼の見たものは、こうである。隣りの倉庫の入口が大きく開き、その前に停まったトラックに、数人の男たちがダンボール箱のようなものを積み込んでいたのだ。
 それだけならいい。問題なのは男たちの格好だ。
 背中にマシンガンをぶら下げながら、荷降ろしをする作業員は居ない。少なくとも銀幕市においてそれは──。
「ヴィ、ヴィランズか」
 ポケットから携帯電話を取り出し梛織は、そっと“現場”を覗き込んだ。男たちが運んでいるものに目を凝らせば、それがフィルムの束であることが分かる。
 梛織も何度か見たことがある。あれは、実体化したムービースターの成れの果て、プレミアフィルムではないか。
 これは然るべきところに通報せねば……。そう思い身体を物陰に戻した梛織は、ボタンを押そうとした。
 その時。
 誰かが梛織のジャケットの裾を、チョイと引いた。
 おわぁッ! と悲鳴を上げそうになって梛織は自分の口を自分でふさぐ。慌てて振り向けば、そこに一人の少年が立っていた。詰襟学ラン姿の……年齢は13、4才ぐらいの少年である。
 彼は女の子かと見間違うほど、可愛らしい顔立ちをしていた。泣きそうな顔で梛織を見上げている。
 何でこんなところに中学生が、とは思ったが、とにかく梛織は彼の背中を押して、ヴィランズたちがいる現場から遠ざけようと、奥へと退いていった。
 大きなコンテナの影に隠れ、ようやく梛織はその少年に話しかける。
「ど、どうしたのボク? 何でこんなところに一人でいるの?」
「遊んでたら迷子になっちゃった」
「なんでこんなトコで遊ぶかなぁ!?」
 思わず突っ込む梛織。
「ねえお兄ちゃん、怖いよう。あの人たち何してるのかなぁ?」
 少年は梛織のジャケットをギュッと握り、生まれたての子犬のようにプルプルと震えて彼を見上げる。
 梛織は、そのすがるような目つきの少年を見て、仕方ない。と嘆息した。
 まずは彼を逃がすのが先決だろう。そもそも、あの人数では加勢がなければ梛織一人ではどうにもならない。
「そうだ、シャノンなら……!」
 ふと、梛織は友人のことを思い出し、また携帯電話を手にした。そのまま視線を落とすように少年を見る。
「いいか? ひとまず一緒に逃げよう。俺が思うに、あいつらは、フィルムを盗もうとしてやがるんだ。俺はお前を安全なところまで逃がしたら、仲間と一緒にもう一度戻るから」
 そう言いながら梛織は少年に背を向けて、友人の番号を押した。コールが1回、2回……。

 ──チュンッ!

 梛織は咄嗟に上空に跳び上がっていた。
 遅れて、自分が宙を舞った理由を理解する。瞬間的に猛烈な殺気を感じたのだ。しかも至近距離から。あとゼロコンマ数秒でも跳ぶのが遅れていたら彼は死んでいただろう。
 梛織のいた空間を、数発の銃弾がかすめて飛んでいった。
 タンッ。梛織はコンテナの上に着地し、流れるような動きで体制を立て直した。
 地面に落としてしまった携帯電話から、わずかな声が聞こえてくる。──おい、梛織か? どうしたんだ、おい?
 しかし、その携帯電話の上に、誰かの足が伸びてきて、それを踏みにじりバラバラに破壊した。
 涙目で梛織を見上げていたはずの中学生。その右手には小型のサブマシンガン──スコーピオンが握られており、薄く硝煙を発している。

「チェッ、何だよ。けっこういい動きで、よけてくれるじゃないの」

 少年はそう言って、梛織を見上げてニィと笑う。その目つきはもはや先ほどとは別人だ。
 意志を持った強い目。そういった目をする連中は──。梛織は眉間に皺を寄せて少年を睨みつける。
「くそ、騙したな。お前、ヴィランズだったのか?」
「騙した? やだな、お兄ちゃんが見抜けなかっただけじゃん」
 声変わりする前の澄んだソプラノで答える少年。
「おい、少年。どうしてくれんだよ、そのケータイ。ワンセグだって対応してたんだぜ? 弁償してくれよな」
 対する梛織も負けてはいない。素早く逃げ場を探しながらも少年を見下ろす。
「こんなイタイケな中学生からお金取るの? ひどいなぁ、お兄ちゃんは」
「そんなこと言うのはどの口だ、オイ?」
「ふん、そんな軽口叩いてていいの? そんな何にもないトコに逃げちゃってさ。もうダメだね。さようならだね」
 ジャキッ。少年はまるでプロの殺し屋のような馴れた仕草で、コンテナの上の梛織に銃を向ける。
 梛織は身体を強張らせた。
「あのお兄ちゃんはイイ人だったって、お焼香の時に言ってあげるよ。キャハハ! でも、ボク、お兄ちゃんの名前知らないから、お葬式にも行けないんだけどね!」
 その言葉を最後に、スコーピオンが火を噴いた。まるでシャワーのように梛織に銃弾が襲いかかる。
 しかし、彼の姿が消えた。──さらに上空! 持っていたバッグを投げつけて割ったのは倉庫の窓ガラスだ。
「待ってろ、あとでキツイおしおきしてやるからな!」
 捨て台詞をそのままに。彼は倉庫の窓の中へ。するりと身体を躍らせるように梛織は姿を消した。


 ──── 屋上 ────


 残った片目を細めて。カレン・イップは眼下の様子を見守っている。夕日が彼女の白い肌を映していた。
 背後には、ダブルのスーツをまとい、左手に鞘入りの日本刀──倭刀を持ったサイモン・ルイが控えている。そこは倉庫の屋上である。カレンはプレミアフィルムの保管されたR−3倉庫の隣りの屋上におり、金燕会の部下たちがフィルムをトラックに詰め込む様子を見守っていた。
 ようやく7割ほど詰め込んでところか。
 その時、ふと風が変わった。
 ──カン! とカレンが煙管を逆さにして屋上の柵を叩く。
 灰を落としたのだが、彼女の口には笑みが浮かんでいた。サイモンは無言で後ろを振り返る。
 
 そこにいつの間にか、漆黒の男が立っていた。

 ユージン・ウォン。香港ノワール映画『死者の街』から実体化した隻眼の男であり、カレンとはまた系統の異なる犯罪結社、三合会系の新義安の幹部である。
 青い目をした英系華人は、右手に一本のフィルムのようなものを持ち、無表情で前方の二人を見る。
「一人かい、何しに来たんだ? ユージン・ウォン」
 振り向きもせず、カレンが言った。
「それは私のセリフだ。ビッチ」
ウォンは胸元にフィルムをしまい込む。「墓場にわざわざ出向いて死肉をついばむ燕の顔がどんなものか見物しにきただけだ。──骨でもしゃぶれば美味いのか?」
 一歩。踏み出すとサイモンが反応し、腰を落とした。するとカレンは、部下にただ、よしな、と声を掛けた。
「……サイ、ここはいい。陰陽のフォローに回ってきな」
「だが、葉大姐」
 サイモンはウォンに睨みをきかせたまま、頭目を呼ぶ。
「早くしな!」
 強い口調で言われ、サイモンはようやく構えを解いた。すごすごと倭刀の持ち手を変えると、ひょいと屋上の柵の上に乗る。そして最後にもう一度だけ、ウォンをねめつけるとそのまま飛び降りていった。

「どうもウチのじゃないモンが、チョロチョロしてやがると思ったら、お前んトコの連中だね」
 カレンは火の付いていない煙管を持ったまま、腕を組む。
 対するウォンはゆっくりと歩きながら柵の前まで来て、カレンと同じように地上を見下ろす。決して彼女の隣りとはいえない、微妙な距離を保っている。
「野暮用だ。もう済んだ」
 ウォンは、糸を使う殺人者に殺された元同僚とでもいうべき男のフィルムを取り返しに来たのである。カレンが倉庫街を襲うという話を掴み、それにまんまと乗じたのだった。
 だが、それをわざわざ彼女に説明する気はない。
 おもむろにウォンは胸ポケットから黒革のシガーケースを取り出すと、葉巻を──ダビドフを引っ張り出し、それを鼻に近づけて香りを楽しんだ後、オイルライターで火を付けてから、話を切り出した。
「何を焦って、死体集めなどしている? 目的は、殺した亭主のフィルムだけではなさそうだな」
「フン。馬鹿が」
 ウォンの予想に反して、カレンの反応はクールなものだった。「ディーンのフィルムはあたしが持ってる。クソ役人どもに渡すわけがない」
「亭主に、まだ未練があると見えるな」
「黙ンな。お喋りしにきたんだったら、とっとと帰れよ。あたしはヒマじゃない」
 いらいらした様子でカレン。やはりウォンの方も見もせず、じっと部下たちの様子を見守っている。
「──あんなフィルムなんぞ、一体誰が買い取るんだ? 好事家か?」
 だが、男は引き下がらなかった。「プレミアフィルム鑑賞会を開きたいムービーファンなんて、おだやかな連中ではないだろうがな」
 ──チッ。
 舌打ちしてカレンはようやく相手を見た。
 その浮かべた表情が、ウォンの推測が正しいということを裏付けている。
「人殺ししか能が無いクセに、金の匂いは嗅ぎつけられるんだね」
「血も金も匂いは一緒だからな」
 そう言ってウォンは口の端を歪める。──笑ったのだ。
「とはいえ、金以外の目的があるのなら大いに拝聴したいところだ」
柵に手をかけ、「私はこの場所にいると虫唾が走る。実際のところ、ここは墓場ですらなく、ただのムービースターの死体置き場なのだからな。この街の連中は我々をモノとしか見ていないのだ。そう思うと腹が立つ。──ムービースターとの共存だと? お笑い草だと思わんか」
 カレンは無言でウォンを見た。探るような目つきを向けるが、言葉はない。
 三合会の幹部は彼女の様子を見ることもなく、ゆっくりと煙を吐いた。暮れなずむ空を見つめながら、淡々と続ける。
「もっとも、この私の存在ですら、笑えん冗談のようなものだ。一度死んだはずの人間が、こうして“歩く死者”となって街を歩いているのだからな」
 言い終え葉巻を咥える。彼の右手が無意識にか、自らの心臓のあたりに触れた。まるで過去に受けた傷が今でも疼くと言わんばかりに。
「フン」
 少しの間を開けて。カレンが鼻を鳴らした。
 彼女の顔からはいつの間にか、表情が消えていた。白い顔は能面のようで、一つしか残っていない瞳を床の一点に落としている。
「お前はいいさ。あたしがこの街で失ったのは自分の半身だ」
 ……亭主のことか。そうウォンが聞き返そうとした時、女頭目はギラつくような視線で彼を見返した。

「ユージン」

 突然、カレンは低い声で、男の名を呼んだ。
「聞きたいか? あたしがここで何をしてるのか。誰のために、何のためにプレミアフィルムを集めてンのか」
 金燕会の女頭目は組んでいた腕を解き、一歩、ウォンに近寄った。自分を見下ろす青い目に、凛とした目を向ける。
「……だが、分かってるね? あたしの話を聞いたら最後、同じ目的のために動いてもらう。もし断わるなら──」

 ──あたしがお前を殺す。

 カレンは艶やかな唇にそんな言葉をのせて、男の顔を瞬きをせずに見た。
 フ、とウォンは鼻を鳴らす。
 肩をすくめて彼は、ただ、手を軽く広げて女に話の先を促した。


 ──── 車内 ────


「梛織のやつ……!」
 右手でハンドルを握りながら、シャノンは携帯電話のフリップを閉じる。
 猛スピードで倉庫街の向かう車の中で、梛織からかかってきた電話だった。しかし出た途端に受話器から聞こえたのは銃声だ。そして、ツー。ツー。ツー。
 まさに“トラブルに巻き込まれています”ということを、これだけ的確に伝えてきた電話もないだろう。
 携帯電話を隣りのシートに投げ、シャノンは歯噛みした。
 万事屋の梛織は、たまに飲みに行くような仲の青年で、シャノンにとっては数少ない友人だった。というより、長い時を生きてきた彼を畏れることなく、親しく接してくれる梛織のことを、シャノンは最近では弟分のように感じていた。
 その彼が何者かに襲われている──!
「クソッ、どこにいるんだ!」
 ダンッとハンドルを両手で叩き、シャノンは悪態をついた。しかし彼が進路を変えることは無かった。
 出来れば梛織を助けることを優先したい。倉庫街の事件は所詮は強奪事件である。人命がかかっている方が彼には重要だ。だが──肝心の梛織の居場所が分からないのだ。
「無事でいろよ、梛織……」

『……梛織は、倉庫街にいると思うぞ』

 突然、聞こえてきた声に、シャノンはギョッと目を見開いた。一人で乗っているはずの車の中で、声? 
「だ、誰だ?」
『車だよ、車』
答えた声は少年の声色に近かった。『車だよ。シャノン、あんたが今乗ってる車』
「車?」
『植村っちが、とっておきの車だって言ってたろ?』
 植村っち……? シャノンは形の良い眉を潜めた。しかもこの声。どこかで聞いたことがあるような。
『梛織は、倉庫街にいるんじゃないかと思うぞ』
「なぜ、それが分かる?」
『勘だよ。だって他に事件起きてないし』
「勘かよ!」
 誰だ、誰だ。シャノンは記憶をたどった。銀幕市に実体化したムービスターの顔が次々に現れては消えていき、数がどんどん減っていく。
 そして、ポンッ。最後に残ったのは狸の耳と尻尾を持つ、Tシャツの少年の姿だ。
「お前、ひょっとして太──」
『違う! 違うぞ! 俺はラクーン財団に作られたドリーム・カーで、名前はT.S.K。人工知能つきの軍用装甲ハマーだぞ』
 思い至って声をあげようしたシャノンを制するように、車が早口で言った。その声は機械音でも何でもない。紛れも無い肉声だ。
「マジかよ……」
 これでハッキリした。この車は、映画『タヌキの島へようこそ』から実体化した化け狸の少年、太助が化けたものだ。
 彼が様々なものに変身出来ることは、シャノンも知っていたが、まさか装甲車に変身して、しかも自分がそれに乗ってしまうとは……。
 シャノンは思わず、車内のハンドルやガラスをペタペタ触ってしまう。
『ちょっと、何でいきなり、触って確かめてんだよ!』
「ああ、まあ確かによく出来てはいるようだ」
 車は港に向かう、直線の産業道路に出た。もうあと数分で現場に到着するだろう。こうなったら二人でやるしかない。シャノンは腹を決めてアクセルをグッと踏み込んだ。
「分かった。お前の勘を信じよう。確かにタイミングが良すぎるからな。よし。一緒に梛織とフィルムを助けに行くぞ」
『いえっさー』
「素直に“はい”でいい。──それから、お前を何て呼んだらいい?」
『T.S.Kだから、タスケで』
 まんまじゃねーか、とシャノンは心の中で思ったが、それを口に出さないほどには大人だった。
『おい、シャノン。俺の機能を聞かなくていいのか?』
「いや、別に銃弾を防いでくれさえすれば……」
『いろいろあるぞ、ドリーム・カーだからな。あーんなのとかこーんなのとか、あらゆる機能が』
「ああ、分かった。聞く聞く」
 車に化けた太助は、シャノンの面倒そうな素振りも気にならないようだった。
「あー、じゃあ加速は?」
『完全に静止した状態から0.2秒で、時速100キロまで一気に加速出来るぞ』
「何、本当か? なら、ジャンプは?」
『倉庫ひとつぐらいピョン、だぞ』
「じゃあ、ミサイルは?」
『スティンガーミサイルを装備してる。ただし尻尾……じゃなかった、お尻にだけどな。ヘリ一台ぐらいなら難なく落とせるぞ』
「す、すごいじゃないか」
 シャノンは素直に感嘆の声を上げた。
『あとは、シートイジェクト機能。俺が破壊されそうになったときにシャノンを外に放り出す……じゃなかった、脱出させることができるぞ。えーと。それから運転しながらカーナビでDVDが見れるぞ。あと、とっておきな機能がそのボタン。シャノン、ウィンカーの横についてる青いボタンを押してみろ』
「これか?」
 言われるがままに、青いボタンをポチっと押すシャノン。
 突然、彼の頭上から大量の水が──シャワーが降り注いだ。
『──ドライバー洗浄機能だ。車内シャワー。これで、泥だらけになって車に戻ってきても大丈夫』

「早く乾かせ! ボケが!」
 水もしたたるいい男になったシャノンが叫んだ。


 ──── 倉庫 ────


 梛織は息を殺し、薄暗い倉庫の中を移動していた。ひとまず倉庫の一階の広いフロアに出て、辺りの様子を伺う。遠く、入口の辺りでは、例の横付けされたトラックに男たちがフィルムを次々に詰め込んでいる。もう作業は終盤のようだ。
 携帯電話も破壊されてしまい、彼は自分が一体どんな厄介事に巻き込まれているのか、今だに把握できていなかった。
 何はともあれ、この場を逃げ出すなり何なり……。
 と、そう思った時、こちらに向かって誰かが近寄ってくるのが見えた。──まずい! 梛織は棚の後ろに背中をつけて、そっと明るい方を覗く。
 歩いてきたのは二人の人物だった。スーツを着た眼鏡の男と、兎の着ぐるみを被った学生服の少年──。
 あ、あいつ!
 梛織は瞬時にして理解した。あの兎頭の着ぐるみは、先ほど、彼をマシンガンで殺そうとした中学生に間違いない。そして奴こそが、シャノンが前に話していた“兎頭”という金燕会のヒットマンなのだろう。

「──気に入らんな」
 ふと、スーツの男が漏らした。ドキリとする梛織だが、気付かれてはいない。そのまま彼は耳を済ませて会話を聞いた。
「何が? 呂哥々(※呂兄貴)」
「あの、何とかいう研究所の連中だ」
 彼らが金燕会だとすれば、このスーツの男がカレンの腹心、サイモン・ルイであろう。梛織はそっと二人の様子を伺うように、わずかに顔を覗かせる。
「フィルムを、ムービースターでない連中に渡すのはどうも気分が悪い」
「へぇ、そう?」
「これなら、死体の臓器をやり取りする方がマシだ」
 研究所? フィルムを渡す? 梛織は頭を働かせる。……ということは、金燕会は、誰かにフィルムを渡すつもりなのか。
「ふぅん。哥々でもそういうことあるんだね。つか、哥々は、あの連中を陰陽が連れてきたから嫌なんだろ? 哥々はアイツのこと、モロ嫌ってるもんなあ」
「ジミー。──そういうことをハッキリ言うな」
 サイモンは大きな手を伸ばして、傍らの少年の兎頭をくしゃくしゃと撫でた。
「あのクソ医者。例の冬人夏草の効果も、俺やお前に話さず、葉大姐にしか話さなかった」
「アイツもボクたちのこと嫌いなんじゃない?」
 中学生とは思えないほど、大人びた仕草で兎頭は肩をすくめてみせた。
「だって、アイツはムービースターじゃないもん。ボクらの気持ちなんか分かりゃしないよ」
「──かもしれんな」

 にゃーん。

「!」
 梛織はビクリと身体を震わせた。表の二人の会話も止む。
 恐る恐る、床を見下ろすと足元に、猫がいた。
 毛並み艶々の白い猫だ。梛織の足に自分の身体をすりつけて、ニャアニャアと鳴いている。
 カトリーヌちゃんだよ! 万事屋は心中で悲鳴を上げた。彼が探していた飼い猫のカトリーヌである。鰹節の匂い袋に引き寄せられたのだろうが、何でよりによってこんな時に! 
「誰か……いるのか?」
 サイモンの声だ。まずいぞ。
「にゃーん」
 梛織はとりあえず、自分も猫の鳴き真似をした。いわゆる彼の十八番である。この数年、彼は猫を捕まえるためだけに、このテクニックを磨き抜いてきたのだ。
 この完璧な猫の声に騙されないはずがない──!
「……何だ、猫か」
 つぶやいたのは少年の声。ホッと胸をなでおろす梛織。

「──なァんて、騙されるかよ!」

 ダンッ。広い空間を利用して飛び上がった影が、梛織の向かい側の棚の上に着地した。兎頭だった。
「あッ、さっきの!」
 目が合い相手が反応する前に、梛織は動いた。
「すまん!」
 彼は咄嗟に、足元の猫を掴んで棚の上の少年に投げつけた。
 フシャーッ、猫はパニック状態に陥ったまま兎頭の顔にしがみついた。
「ワ、ワ、よせって、コラ!」
 少年は猫を自分の顔から引き剥がそうとする。が、猫も慌てており、なかなか離れない。
 梛織は、陰から現れたサイモンを見る。彼の得物は刀だ。うまくやり過ごせば、後ろから撃たれることはないだろう。サッと右に行くように見せかけ、フェイントで男をやり過ごすと、梛織は裏口方面に向かって猛ダッシュをかけた。
「ハァッ!」
 重い扉にぶつかるようにその身体を押し付けると、梛織はその鉄製のカンヌキを素早く外し、扉を渾身の力で押した。
 後ろからの足音がどんどん迫ってくる。早く、早く、開け! 梛織は祈るような気持ちで、扉を身体全体で押し開ける。
 ギィィと錆びついた扉がゆっくり開いていく。
 人間一人分ぐらいの隙間が出来たとき、梛織はその間に身体を滑りこませて外に出た。
「た、助かった……!」

 ──ジャキッ。カシャン。

「え?」
 と、梛織は自分に向けられる無数の銃口に気付く。
 路上にいた10数人もの黒服の男たちが、まるで梛織を迎えるように囲んで銃を構えていた。
 扉を開けた外にも金燕会の手下たちが待ち構えていたのだった。
「ねえ、これ、いわゆる絶対絶命ってヤツじゃないの?」
 後ろから声がした。ゆっくり振り返ると、扉が開いていく。そこに立っているのはサイモンと兎頭だ。
「……どうすんの? お兄ちゃん」
 片目の取れかかったシュールな兎が、スコーピオンを構えながら言う。サイモンは鞘に入ったままの刀を棒術の要領で構えた。

 シン、という間。

「あーそうだよな。裏口も警備するよね。フツー」
 梛織は引きつった笑みを浮かべてみせた。
 その彼の足元に、トコトコトコ。白い猫が近寄ってきて、ニャアニャアと身体をこすりつけた。


 ──── 屋上 ────


「──あのプレミアフィルムを買い取ると言ってきたのは、ある研究機関だ」

 腕組みをしたまま、カレンは淡々と話し始めた。倉庫の屋上にて。トラックは大方運び込みが終わり、金燕会の手下たちが次々に車やワゴン車などに乗り込んでいる。
 ウォンの方は、その様子には興味がない様子で、葉巻をふかしながら傍らの女の横顔を無表情で見つめている。
「アズマ超物理研究所ッていうんだがね。聞いたことは?」
「ない」
「この街の外から来た奴らさ。あたしの部下の陰陽がコネつけてきた、怪しげな連中だよ」
そこでカレンはニヤと笑った。「お前、ここに来る前に臨時ニュースで見なかったかい? 銀幕ベイサイドホテルで、女どもの背中からキノコが生えてきたッていうアレをさ」
 うなづくウォン。
「連中からもらってきた薬品を、ウチの陰陽が化学兵器に転用したんだよ」
 なるほど、と三合会の幹部は無表情のままで言った。
「元は、生命体の精力を養分にして成長するキノコをつくるための薬品だったのさ。もっとも元のキノコが“冬人夏草”っていう名前だから、元々穏やかなもんじゃなかったとは思うがね」
 同意を求めずにカレンは続ける。「ま、あのキノコは漢方薬の材料になるのかもしれないが、あたしらは化学兵器として活用させてもらったってわけさ。人間に仕掛ける時限爆弾のようなモンだ」
「つまり──」
 ウォンは言葉を切って、葉巻を咥えながら言う。「そのアズマ何某は、この街のモノを手に入れてそれを何らかの研究に活用しようと目論んでいるわけだな。なら、プレミアフィルムを欲しがる理由も同じか」
「ご名答」
 女は煙管をウォンの顔に向けた。
「そして金払いも、とびッきりさ」
「金か」
「燕の巣は、この街ではまだ小さいからねェ」
 カレンはニヤリと笑う。
「あたしはねェ。奴らがどんな連中で、何を企んでやがるのかなんてこたァ、どうだっていいんだよ。ただ、奴と話した時、連中がこの世界に心地よい混沌をばら撒いてくれると思ったのさ。だからあたしは奴に手を貸した」
「……」
 心地よい混沌。ウォンは無言のまま、心の中でその言葉を反芻した。

「あたしは許せないんだよ。この世界が」

 ぽつり。呟くカレン。
 それは低い低い声だった。
「あたしの大切なものを残らず奪ったこの世界が、この街が憎い。お前にだって分かるはずだ。あたしは、あいつを狂わせたこの街が憎くて憎くて仕方ないンだよ。……このあたしに……手を下させた──」
 女は言葉の末尾を震わせて、口をつぐんだ。俯いた彼女の両腕がだらりと下がり、煙管が滑り落ちてコンクリートの床に音を立てて転がっていく。
 ウォンはその青い瞳で、ただじっとカレンを見つめていた。
 初めて見る、彼女の、その表情を。
「ユージン。──あたしにはこの命を賭けて、成し遂げたいことがある」
 カレンは顔を上げた。ウォンはその顔をじっと見返す。
「何だ?」
「この街そのものさ」
 女ヴィランズは、刺すように真っ直ぐに、相手の顔を見つめる。

「あたしは、全身全霊をもって、この街を潰す」

 ヒュゥ。と、一陣の風が二人の間を吹きぬけた。
「一緒に来なよ。あたしたちと、この街が壊れていくのを見物しようじゃないか」
「……銀幕市の崩壊か」
 咥えたままの葉巻は、いつの間にか火が消えていた。
 ウォンはそのまま葉巻をゆっくりとケースにしまうと、数歩、カレンに近寄り、床に落ちた彼女の煙管を拾った。
「それはどんな光景なんだろうな」
「全身の血がたぎるようなモンだろうさ」
 カレンは煙管を受け取ると、拳を作って、トン、と軽くウォンの胸を叩く。
 彼は、その女の手首を掴んだ。


 ──── 裏口 ────


「兎児」
 表情を硬くした梛織を見たまま、サイモンは隣にいる兎頭に声を掛けた。
「どうする?」
「さっき顔を見られてる。殺ッちゃってオッケ」
 兎頭も梛織から視線をそらせることなく、仲間の聞きたいことに的確に答えた。
「──オッケってなんだよ、軽く言うな!」
 足元にまとわりつく白猫を拾い上げながら、最後の抵抗とばかりに、梛織は思わず声を上げていた。
 万事屋は相変わらず10数名のヴィランズたちに囲まれているという絶体絶命の最中にあった。
 とはいえ、彼も幾戦の修羅場をくぐり抜けてきた身だ。冷静に自分が生き残るための最善の策を、頭の中で必死にシミュレーションしている。
「大丈夫だよ、“お兄ちゃん”」
 梛織の様子が滑稽だと言わんがばかりに、兎頭はおどけたようにスコーピオンを斜めに傾ける。
「お兄ちゃんもムービースターだろ? この後、バン! ドサッ! カラン、で、フィルムになったお兄ちゃんをそのトラックの荷台に乗っけて終わりさ。どーよ? 簡単だろ?」
「そのバン! ってのは俺が撃たれる音か」
「そう。──じゃ、そゆことで」
 チャッ。兎頭がまさにスコーピオンの引き金を引こうとした時。
 動いたのはサイモンの方だった。

 ──シャッ。
 
 彼は、カメラに映らないほどのスピードで倭刀を抜き放ち、梛織に向かって下段から斬りかかった。踏み出した足は、たったの一歩。だというのに、刀が描く美しい円の軌跡は、確実に梛織の姿を捕らえていた。
 しかし、梛織はその動きを読み、いち早く動いていた。彼には分かっていたのだ。動くのはサイモンだと。この布陣では、銃を撃てば味方にあたる可能性がある。動けるのは彼一人しかいないのだ。
 ──長い得物の弱点は、懐に入られること! 猫を右手に掴み、梛織はわずかに腰を落としながら刀の軌道から自分の身体を外した。そのまま、サイモンの右手を外に弾くようにハイキックを放つ。
 狙いは、相手の肘だ。
「チッ」
 だが相手は、サッと右手を後方に引き、蹴りをよけた。狙いを外され空を斬る梛織の左足。それを掴もうとサイモンが手を伸ばす。
 しまった! 梛織は足を引こうとするが、さすがに間に合わない。
 梛織の足首を掴むサイモン。男は鮫のように凄みのある笑みを浮かべ、右手の倭刀を戻そうとする。
 そのまま彼は、梛織の足を切断しようと鋭利な刃物を──。

「梛織! 伏せろ!」

 声は空から聞こえた。
 空から降りてきた影。
 屋根から逆さまに落ちてきた漆黒の男が、まるで薔薇が花開くかのように両手を開いた。その手の先にあるのは銃。
 二丁の、FN Five-seveNだった。
 倉庫の入口で轟音が鳴り響いた。サイモンは梛織の足を離して後退し、銃撃を避けた。兎頭も猫のように後方に跳ね、バック転しながら突然の襲撃をやり過ごしている。
 カラン、と空のマガジンを落とす影。それはシャノン・ヴォルムス。
 逆さまになった状態で宙に浮いているヴァンパイアハンターの腰には、よく見るとロープが結び付けられていた。
「シャノン!」
 友人に気付いて歓喜の声を上げる梛織。
 シャノンはブーツに仕込んだナイフで、自らロープを切ると、華麗に地上に着地した。
 そして、彼と梛織はお互いの様子を素早く確認した。
「あれ、なんでシャノン濡れてるの?」
「気にするな。そういうお前こそ、その猫は何だ」
「カトリーヌちゃんだよ。日本猫。メス」
 とにかく時間がない。体制を立て直した金燕会の手下たちが次々に銃を構えようとしているのが目に入る。
「──ここを突破するぞ」
 カシャンと、銃に新たなマガジンをセットし言うシャノン。梛織が、うなづこうとした時、二人の姿をサッと大きな影が覆った。
 
 彼らの上空を、一台の車が舞っていた。

 黒塗りの軍用装甲ハマー。倉庫の屋上を飛び出したそれが、銃を構えた手下たちの輪の中に真っ直ぐ突っ込んでいく。
 ワァァッ。悲鳴を上げた手下たちが車をよけようと、慌てて周りに散開していった。
 
 ──ドガシャァァン!!

「あ」
 車は、ほぼ垂直に地面に激突していた。
 鼻先から真っ直ぐに。
 プスプスと煙を上げ、アスファルトに突き刺さった状態のそれは、まるで現代美術のオブジェのようだった。
「……着地に失敗したな」
 シャノンが、神の御名をつぶやきながら額に手をやる。
「あれ、何?」
 あっけに取られ口をぽかんと開けている梛織。
「お前のよく知ってる奴だ」
 と、答えながらもシャノンは、車が──車に変身していた太助が、金燕会の布陣を壊してくれていたことに、いち早く気付いた。
 これなら──!
「シャノン!」
 梛織が息せき切ったように言う。
「プレミアフィルムが表口に集められてる。連中、フィルムをトラックに──」
「分かってる。梛織、全力疾走で行くぞ」
「オーケー!」
 親指を立てて見せ、梛織が猫を片手にしたまま、走り出した。
 シャノンもニヤリと笑い、相棒の後を追って走り出す。
 二人が目指すのは──倉庫の表入口に停められたトラックである。

「逃がすかよォッ!!」

 タンッと、地面を蹴った小さな影が、サブマシンガンをフルオートで撃ってきた。兎の着ぐるみを被った少年、兎頭だった。中学生の殺し屋は、彼らの行動の意図を見抜き、シャノンと梛織を背後から襲ったのだ。
「クソガキめ!」
舌打ちしたシャノン。咄嗟に梛織を反対側に突き飛ばす。「お前の相手は俺だ。この間の借りを返してやる!」
 シャノンは兎頭を引き付けるように、倉庫の右側面に向けて離れていこうとする。
「おっ、と」
 梛織はよろけながらも兎頭の弾丸からうまく逃れた。シャノンの黒い影を、銃弾の雨と、兎頭が猛然と追いかけていく。
「シャノン!」
 フォローせねばと、そう思ったとき。梛織は脇に一人の少年が座り込んでいることに気付いた。
 イテテなどと言いながら自分の額を押さえている少年。一見すると普通の少年なのだが、タヌキの耳と尻尾が見えている。
「──あれっ! 太助じゃないか、どうしてこんなところに!??」
 思わぬ知り合いの姿に、大きな声を上げる梛織。
 声をかけられて相手もきょとんと彼を見上げる。シャノンと一緒に来たのか? それにしても今まで一体どこにいたのだろう。
 太助は、よう、と一言言った。
「ちょっと着地に失敗した」
「??」
「──わ、待った! 危ないぞ、梛織!」
 背後から感じた風圧に、梛織と太助はパッとその場から飛び退いた。彼ら二人がいた空間を黒い影が駆け抜ける。──サイモンだった。チャキ、と倭刀を大きく後ろに振りかぶった状態で静止し、二人を素早く一瞥する。
 と、その視線が太助で止まった。サイモンも、ここにいなかったはずの少年の姿に驚いたようだった。
「子供? 子供がどうしてこんなところに」
「子供じゃないぞ、俺は太助だぞ」
「何をしにきたか知らんが、早く逃げろ。少年」
呟いてそのまま、サイモンは梛織に鋭い視線を向けた。「俺は子供は斬らん」
「へえ、お優しいところもあるんだね。ヒゲメガネのオッサン」
 対する梛織は横目で逃走経路を測りながら、軽口を返す。今だその右手には猫がぶら下がっていた。
「──俺、ホントはまだ小学生なんだけど。斬らないでいてくれるかい?」
 ペッ、とサイモンは床に唾を吐く。
「──死ね」
 刀の切っ先が動いた。その時。
 黒い風船が膨れ上がるように、ポンッ。
 いい音をさせて、大きな何かが突如、路上に出現した。

 それは一口に言えば、こんもりとした金属の塊だった。床に接するところには二つのキャタピラがついており、全面が虎柄のような緑系の迷彩仕様で塗られている。そして頭から突き出たのは長い主砲。88ミリ砲だ。
 ──その姿こそは戦車、ケーニヒスティーゲル。タヌキ少年は、今、虎になったのだ。
 少年は“王虎”と呼ばれた戦車となり、その威光を轟かせる。
 金燕会の手下たちが──どよめいた。

「やるじゃないか!」
 これは太助に違いない。梛織が嬉しそうに声を上げる。
 彼のもう少し後ろでは、サイモンがぽかんと薄く口を開けて戦車を見上げている。その眼鏡が、わずかにずり落ちていた。


 ──── 表口 ────


「──何やッてるんだよ、お前ら!」
 戦車の出現に驚いている面々の頭上に、空を裂くような女の罵声が飛んだ。
「そんな連中に構うな、早くずらかるんだよ!」
 ムービースターたちが、彼女の姿を探そうとした時。
 ギャギャギャッ。派手なブレーキングの音をさせて、黒塗りのバンが倉庫の角を曲がって現れ、こちらに猛スピードで突っ込んできた。
 運転席には痩せたスキンヘッドの男、陰陽が乗っており、助手席からチャイナドレスの女が顔を覗かせていた。──金燕会の女頭目、カレン・イップだった。
 その姿を見て、手下たちの行動がガラリと変わった。
 突如現れた戦車に恐慌し、一斉に銃を向けていた男たちが銃口を下げた。自分たちのすべきことを思い出したのか、目配せをしあった彼らは、クルリと戦車に背を向け走り出した。
 もちろん、表口のトラックの方へだ。
 カレンは鋭く辺りを一瞥すると、陰陽に顎をしゃくる。男はハンドルを切り、そのまま逃走をはかろうとする。
 その車を追うように、サイモンが路上を疾走した。刀を左手に背中に添わせるように持ち、たちまち彼は車に追いつき、車と併走し始めた。彼の図体からは想像しえないほどの足の速さだ。
「葉大姐!」
 甲高い声。黒い影が疾風のように飛び出して、その車上に飛び乗った。
 学ラン姿の少年、兎頭だ。
 車の上でぐるんと一回転し、身を低くした少年は、スコーピオンのマガジンを素早く交換すると、梛織とシャノンを牽制するように銃弾をばら撒く。
「キャハハ! つーか、死んじゃいな!」
「太助! 俺の銃を!」
 マシンガンの弾を横に跳びながらよけ、シャノンが叫ぶ。
 
 その後に起こったことは、全て一瞬の出来事だった。

 路上にそびえたっていた戦車が一瞬にしてランニングシャツ姿の少年に変わる。手には無骨なアサルトライフル──SIG SG552を重そうに抱えている。
「これで合ってるかい!?」
 タヌキ少年は手にしていたアサルトライフルを、シャノンに向かって放り投げた。
 ヴァンパイアハンターは、カレンの車をその瞳で捕捉したまま、凶器を片手で受け取り構えた。
 梛織が、猫と左手で自分の耳を塞ぐ。
 シャノンは黒いバンに向けて、撃った。
 しかし、彼が引き金を引くより先に、何かが脇から飛んできてライフルの銃身に当たった。くっ、と息をのむシャノン。弾道が変わった。
 正確に狙いをつけた筈が、ヴァンパイアハンターのライフルは標的の後部座席にいくつかの穴を開けただけに終わってしまう。
 車とサイモンは、猛スピードでそのまま走り去っていく。 
 コロン、とシャノンの足元に転がるのは、石つぶて。誰かが後方から石を投げつけて、彼の銃に当てて弾をそらせたのだ。

「クソッ、誰だ!?」
 シャノンは重火器を手にしたまま、石つぶてが飛んできた方を見るが──誰もいない。
「シャノン!」
そこで声を上げたのは太助だ。「急がないと、フィルムを盗られちゃうぞ!」
 言いながら、パッ。少年は一瞬にして軍用装甲ハマーに変身した。
「早く乗って! 二人とも」
「了解!」
 梛織が、車内に白猫を放り込み、自分も素早く乗り込む。シャノンはそれを見て、隠れているであろう敵を探すのをやめた。
 今はあのトラックを逃がさないことが先決だ。ヴァンパイアハンターは、アサルトライフルを手にしたまま、車の助手席に乗り込む。
「頼むぞ、太助」 
 ブルゥウン。エンジンをかけて梛織がハンドルを握る。
「さ、揺れるからしっかり捕まって」
「よし」
 シャノンが天井に手を置いた途端、急発進する車。ハマーはそこをぐるんと回って表口の方へと疾走する。
「俺が運転すっから、シャノンは連中を銃で足止めして!」
「ああ、それはそうなんだが」
 ふとシャノンはあることに気付いた。「……梛織。お前、車の免許持ってたのか?」
「何言っちゃってんの、シャノン」
梛織は即答した。「太助を運転するのに免許は要らないよ」
「持ってないんだな……」

 そう、シャノンが呟いた時。車が角を曲がった。
 広い倉庫街の空間に、トラックが一台。今まさに発進するところが見えた。
「太助、加速だ!」
「あいよ!」
 ──ギュンッ。
 一瞬にして時速100キロ以上のスピードになったハマーが、トラックの後部に急接近する。
 が、そのトラックの前に一人の人物が立ち、キラリと光る何かを振り上げていた。
 倭刀を構えた、サイモン・ルイだった。

「──伏せろ!」

 誰かが叫んだ。
 ザンッ。
 軍用装甲ハマーの天井が、一瞬にして無くなっていた。
 サイモンの倭刀が天井を水平に斬り取り、それが後方に吹っ飛んだのである。
「ワアァ!」
 悲鳴を上げたのは太助だ。彼の動揺を映し、オープンカーになった車は猛スピードのままトラックの進行方向とは反れた方へ走り出す。
「俺の、俺の頭が!」
「大丈夫だ、太助、落ち着け」
 大声を上げるシャノン。「今のはお前の髪の毛が、吹っ飛んだだけだ」
「ほんとかよ!」
「黙れ、梛織。耳がちょっと欠けたぐらいでは人は死なん」
「耳?! 俺の耳!?」
「──ちょっと待った、あいつ追いかけてきてるよ!」
 梛織の声に、シャノンと太助はそれぞれ違う感覚器官を使って背後を見た。
 眼鏡をかけたスーツの男が。サイモンが、右手後方に高々と倭刀を構え、車と同じぐらいのスピードで追いかけてきていた。
「ば、化け物か!」
 ハンドルを握ったまま、梛織が叫ぶ。

「──そのセリフは、隣りの男に対しても失礼ではないのか」

 トン、と。空から黒尽くめの男が降ってきた。枠だけになった車の壁に足をつき、ステップを踏むように宙を舞うその姿は、ユージン・ウォン。
 まるで虚空から現れたかのように、三人の頭上に現れた隻眼の男は、たったの一歩。太助を踏み、地面に向かって跳んだ。
「ここは私に任せろ。お前たちはトラックを追うがいい」
 風に乗せてそう言うと、ウォンは二歩目でトン、と軽やかに地面に着地した。
 両手には黒光りする拳銃が二丁。

「ユージン・ウォン!」

 相手の名を叫び、そしてシャノンは理解した。先ほどの射撃を邪魔したのは──奴だ。
 彼が、自分の推測を正しいと信じた時。ガキィィン! と、サイモンが振り下ろした倭刀を、ウォンが受け止めていた。自らが手にした拳銃で。
「早く行け!」
 隻眼の男は、決して大きくない声で言う。
「助かったよ、ウォン」
 眉をひそめているヴァンパイアハンターの横で、梛織は素直に彼に礼を言い、ハンドルを切る。
「うん、頭も痛くないし、耳も聞こえなくない。──大丈夫そうだから、はっちゃけるぞ!」
「オーケー。頼むよ、太助。トラックを追うぞ」
「がってんだ!」

 体制を立て直し、オープンルーフになった軍用装甲ハマーはブレーキの音を倉庫街に響かせながら旋回した。
 そのまま三人は猛スピードで、フィルムを大量に積んだトラックに向けて走り出した。 


 ──── 路上 ────


「あんたは──敵なのか、味方なのか。はっきりしていただきたいものだ」
 ギリギリと刀を斬り込もうと手に力を込めるサイモン。その彼の凶器を押し留めているのはウォンの銃、グロック34だ。
「行動で示しているつもりだがな」
 バッ。うまく力を流し、拳銃を滑らせるようにしてサイモンの力を脇に逃すウォン。
 剣侠は素早く身を引き、懐に入られることを防ごうと数歩後ろへ飛び退いた。
 微妙な距離を保ち、にらみ合う二人の男。
「お前の崇拝するアバズレ殿から、金燕会に入れと誘われたが、断った。ただ、それだけだ」
「ユージン・ウォン」
 サイモンは不愉快だと言わんばかりに眉を上げた。
「葉大姐を侮辱することは許さん。あんたにあの人の何が分かる?」
 フン、とウォンは鼻で笑った。
「亭主を殺した、クソ女だろう?」

 ──ヒュンッ。
 
 飛び退いたウォンの、スーツの襟が僅かに切れていた。サイモンは一閃した刀を戻し、両手で柄を握ると稲妻のような突きを繰り出した。もはや言葉は無く、その攻撃の鋭さが彼の怒りを代弁していた。
 ──狙いは、ウォンの首筋だ。
 カン! と金属が触れ合う音に、間髪入れずに一発の銃声が鳴り響く。ウォンは左手のグロック17Lで倭刀を下から上へ弾くと同時に、右手のグロック34の引き金を引いたのだ。
「ぐっ」
 刀を弾かれた威力を殺さずに、サイモンは身体をよじるようにして右前方へ回転しながら跳び、銃撃をよける。
 両脇を締め刀を手元に引き寄せた状態のまま、タンッと左足で地面を蹴ったサイモンは、もう一歩、回転しながらウォンの死角に回った。そして身体のバネを最大限に生かしながら刀を突き出す。
「いいステップだ──!」
 ウォンは、まるで相手の一撃に当たりに行くように右足を踏み込む。刹那、黒い蛇が絡みつくようにウォンの右腕が、サイモンの刀を持つ手に伸びた。
 銃声。しかし、サイモンは肘を曲げてウォンの腕を掴み取っている。銃弾は地面に当たり甲高い悲鳴を上げた。
 至近距離で、ウォンは左手の銃をサイモンの顔を向ける。そして三発目の銃声。──が、剣侠は左腕を伸ばし、相手の肘を極めて、力を外へ弾いていた。

 バッ。

 二人の男は、弾かれるように離れ、体制を整える。
「武当太極剣か、なるほど」
スーッと両腕の拳銃を持ったまま、腰を落とし構えをとるウォン。「だが、私の敵ではない」
「ほう、ではご教授いただこうか」
 サイモンは刀を自分の身体を這わせるようにし、空いた左手を前に突き出して、二本の指を立て構えをとった。
「次も開門八極拳の套路で来るなら、俺の間合いに入るのは不可能だがな」
「結構。命賭けのダンスを楽しむなら、そう来なくては」

 二人は、同時に動いた。


 ──── 広場 ────


 シャノンと梛織が乗ったオープンカー──太助は、ぐんぐんとスピードを上げている。三人のムービースターは、前を走る金燕会のトラックを猛然と追い上げていた。
 プレミアフィルムを乗せたトラックは倉庫街の出口に向けて加速するが、重い荷物のせいで思うようにスピードが出ていない。
「もう一息だ!」
 風の中、シャノンが叫ぶ。すでに彼の手の中にはアサルトライフルが。臨戦体制で前のトラックに狙いをつけている。
 トラックの方は、その気配に気付いたのか。追っ手を撹乱しようと、広い空間を蛇行しながら走り出した。運転手たる梛織は、舌打ちしながらハンドルを操作する。
 ニャァア! と、足元で白猫が悲鳴に近い声を上げていた。
「よし」
 ダン、とシャノンは座席に足を掛けて立ち上がり、左足をダッシュボードにかけてアサルトライフルを構えた。
 スコープを覗き、ピタリと動きを止めるシャノン。風が、ヴァンパイアハンターのジャケットをはためかせた。
 彼が、まさに引き金を引いたその時。トラックは急カーブを切り、いきなり倉庫の影へと直角を描くように曲がった。
 無数の弾丸は床に、壁に弾痕を作るも、肝心のトラックのタイヤには当たっていない。
「クソッ」
 首から下げたロザリオに似合わないF言葉を吐き出したシャノン。隣りで梛織が、掴まって、と叫ぶ。ヴァンパイアハンターが身をかがめると、太助は急転回し、狭い路地に入り込んだトラックを追った。

「キャハハハ!」

 ──!
 頭上からの耳慣れた嘲笑に、ハッと反射的にライフルを向けるシャノン。倉庫と倉庫の間。梛織が叫んだ。
「あそこだ!」
 居た。──右側の屋上から身を乗り出したそれは兎の着ぐるみだ。
「兎頭!」
 屋上でサブマシンガンを構えていた少年の姿が、消えた。
 代わりに、三人に降り注ぐ銃弾の雨。兎頭は反対側の屋上に跳びながら、真下の車に、フルオートの銃弾をお見舞いしたのだ。
「うわっ!」
 悲鳴を上げる梛織。
 この距離では、無理だ! その、ほんの数秒の間に、シャノンは背筋が寒くなった。自分はともかくとして、太助や梛織はこの銃弾を受けて無事ではいられない!

「ゴメン、二人とも!」

 だがしかし、そこで声を上げたのは太助だった。
 ブワッ。茶色の何かが車の両脇から立ち上り、シャノンと梛織の頭上をあっという間に覆った。
 ──間一髪! ポヨンとかプヨヨンなどという音をさせて、柔らかい膜のようなものが、何百発もの銃弾を全て弾き返す。
 それは丸く膨らんだ大きなタヌキの姿だった。太助が、本来のタヌキの姿に戻り、咄嗟にその腹を膨らませて銃撃から二人を守ったのだ。
「やったぞ!」
 まるで小山のようになった太助は、転がりながらもガッツポーズ。
 とはいえ、今まで乗っていた車を失ったシャノンと梛織は、どうなったかというと、彼ら二人は慣性の法則に従って、前方に跳ね飛ばされていた。
 太助がゴメン、と言ったのはこのことだった。

「ひぃャァァァ!!」
 
 空中に放り出され、悲鳴を上げる梛織。
 アサルトライフルを投げ捨て、その襟首をガッと掴む腕。シャノン。
「──飛び乗るぞ!」
 重力に逆らい、壁を走るかのように数歩。悲鳴を上げ続ける梛織の襟首を掴んだまま、シャノンは壁を蹴って軽やかに跳んだ。
 ダンッ。トラックの上に華麗に着地するシャノン。隣で梛織が、ゴロゴロと転がりながらも何とか受け身をとった。
「命が縮まったよ!」
 涙目になりながら梛織が叫ぶ。
 シャノンは、フ、と笑いながらも銃を懐から抜き、頭上を見る。あの忌々しい兎頭が、屋上からサッと身を引くのが見えた。もう、かなり距離が離れている。諦めて逃走をはかるようだった。
 ゴム鞠のようになった太助も、そのまま慣性の法則に従って跳ねながらトラックを追いかけてきている。相当にシュールな光景だ。
「シャノン!」
 ぐらぐら揺れるトラックの上で、梛織が運転席を方を親指で指し、ニヤリと笑う。その意図を読み取ってシャノンも笑った。


 ──── 車内 ────


 トラックの運転をしていた黒服の男は、慌ててハンドルを切った。敵に荷台の上に乗り移られてしまった。振り落とさねば──。
 メチャクチャにハンドルを操作する男の横で、もう一人がサブマシンガンを構えていた。彼は、窓から顔を出し荷台のムービースターたちを撃とうとする。
 
「……せーの!」

 ガッ。
 ゴッ。
 男の顔面に黒いブーツの蹴りがめり込む。同時に反対側の運転手の横顔にも両足蹴りがめり込んでいた。
 うう、とうめき声を上げて意識を失う二人の男。
 運転席側に梛織。助手席側にシャノンが顔を出し、目の合った二人はお互いにニッと笑う。
 梛織は窓枠に足をかけたまま、手を伸ばしサッとハンドルを掴み、トラックを操縦する。
「──太助じゃない車も運転できるのか?」
「まあね。止めるだけなら免許は要らないよ」

 だが、見れば海が目前に迫っている。ハンドルを切るか、ブレーキを踏むか。
 まずい! 急がねば。梛織は自分の身体を運転席にうまく滑り込ませようとするが、気絶した男の身体が邪魔で入れない。
「畜生、ブレーキが!」
「梛織!」
 甲高いタヌキ少年の声が響き渡る。「思いっきり右にハンドルを切れ!」
「ええっ?」
 梛織は、太助の意図が読めなかった。しかし──。
「分かった。頼むよ、太助!」
 左手でハンドルを右に引く梛織。シャノンはそれを見て、この後起こるであろうことをいち早く察知し、窓枠を蹴ってトラックから離れた。
 急な力で、横倒しになりそうになりながら倉庫の側壁にまっすぐに突っ込むトラック。
 もう飛び降りる間もない──! 悲鳴を上げ、梛織は目を閉じた。
 
 ムニューッ。ポン。

 耳元で間抜けな音を聞き、恐る恐る目を開く梛織。
 目の前に大きなタヌキが挟まっていた。トラックと壁の間で、まるでクッション材のように、太助が自分の身体を使って激突の衝撃を防いでいたのだった。
「太助!」
「ちょっとだけ痛かったぞ」
 挟まれたままのタヌキが、ニッと笑う。
「た、助かったよ! 太助」
 梛織がトラックの窓から地上に降り立ち、礼を言う。その脇に、髪をかき上げながらシャノンが立つ。
「お手柄だぞ、太助」
「おう」
 倉庫街に戻ってきた静寂。シャノンと梛織は、ホッと息をつきお互いの顔を見て微笑んだ。
「カトリーヌちゃんも見つけたし。フィルムも取り返したし。まあ一件落着ってトコ?」
「そうだな」
 と、そこで太助が、おーいと声を上げた。
「……てか、早くトラックをどけてくんない? 挟まれてて痛いんだけど」
「あ、ゴメンゴメン」
 クスッと笑うシャノン。梛織は慌てて、トラックの運転席に飛び乗った。

 かくして、大量のプレミアフィルムを載せたトラックは金燕会の手から守られたのだった。


 ──── 路上 ────


 ウォンが踏み込もうとした足を、サイモンが外側に弾いた。その上では二丁の拳銃が超至近距離で火を吹くが、その銃身は刀の柄でことごとく弾かれてはいるが、刀も中に踏み込めない。そこで目にも留まらない速さで銃と刀の攻防が繰り広げられている。
 一瞬でも気を抜いた方が──死ぬ。
 二人の男の額には玉の汗が浮いていた。
 しかし、この数秒間でサイモンはウォンの左手のタイミングがわずかに遅れることに気付いていた。
 ──俺の攻撃を誘っているのか。そうは思ったが、このまま耳元で轟音を聞き続けていてはこちらの集中力が持たない。
 サイモンは腹を決め、右腕でウォンの腕を弾いたその返しで、刀を下から振り上げ相手の左腕を狙った。
 このスピードなら、かわせまい! ウォンが繰り出したグロック17Lの銃身が、刀を受け止めるが、力点がズレていた。
 捕った! サイモンは腕に力を込めた。
「──無駄だ」
 ウォンは銃身を滑らせ、刀を脇で挟むと自分の身体で巻き込むようにして回転する。まるでワルツを踊るかのように。パキィン! と澄んだ音をさせて刀が折れ、そのままウォンは右の肘をサイモンの首筋に向ける。
 慌てて、サイモンは後ろに跳び退いた。その手には折れた刀の柄がある。彼は自分の不利を悟りつつも、刀身が30センチほどになった刀を上段に構えた。
 が、一方のウォンは撃たなかった。
 突然、軽く咳き込むと、口に手をやる。無表情でウォンが手を離すと、そこには真っ赤な血が付着していた。
「!? 内傷?」
 サイモンは眉をひそめた。ウォンが怪我をしている。──しかしそれは自分の攻撃ではない。まさか、今まで怪我を隠していたのか?
 金燕会の幹部は、すぐその理由に思い至った。
「……葉大姐の双燕掌を受けたな」
「だから何だ?」
 ウォンは構えを解いた。サイモンも折れた刀を下げる。
「今日の勝負はここまでだ。あんたは怪我。俺も武器がない」
 眼鏡の奥で、男は目だけで笑った。「五体満足のあんたを殺るんでなければ、俺の寝覚めが悪い」
「ハン。いつだろうが、私が負けることはない」
 そう言いながら、ウォンも青い瞳を細めた。彼は彼で、サイモンをここに足止めすることだけが目的だった。フィルムを積んだトラックとシャノンたちはとっくに姿を消している。
 恨みがあるわけでもない相手を、殺すまで戦うのは彼のスタイルではない。
「いいだろう。だが、次は死ぬ気でかかってこい。でなければ、死ぬのはお前だ。サイモン」
 不愉快そうに鼻を鳴らし、サイモンは何も言わず、ウォンに背を向けて歩き出した。相手が撃たないと分かっているのか、撃たれてもかわせる自信があるのか。とにかく彼はこの場を去ろうと、大股で歩いていった。
「待て」
ウォンは、懐から匕首(あいくち)を取り出し相手の足元に投げた。「私からの土産だ。くれてやる」
 サクッと音をさせて地面に刺さったそれを、サイモンはゆっくりと振り返り、腰を屈めて引き抜いた。
 短い刀身に赤い字──血で、漢字が三文字書いてある。
 ──骨海中。

「あのビッチに伝えろ。これで先日の借りは返した、とな」


 ──── 海辺 ────


「いやー、ほんとに助かったよ。マジで大活躍だな!」
 白い猫を抱っこした梛織は、少年の姿に戻った太助の肩にポンと触れて、彼をねぎらった。海辺に停めたトラックの脇で、三人。
 日は暮れていたが、辺りには静寂が戻っている。
 金燕会の者は、トラックに乗っていた二人以外は全て逃走していた。彼らの周りには代わりに市役所や警察の人間たちが駆けつけて、せわしなく事後処理を始めている。
 しかし、シャノンの視線は先ほどから太助の頭に釘付けだった。
 彼の記憶している太助は、こんなヘアスタイルをしていただろうか? これは何といったか、日本の昔話では確か河童とかなんとか……。
「空から銃撃されたときは、どうしようかと思ったぞ」
 太助はまんざらでもない様子で、エヘヘと笑う。「まあ、お前とシャノンなら必ずトラックに飛び移るだろうと思ったから変身解いたんだけどな」
「俺も放り出されたときはどうしようかと思ったよ。ホントありがとな」
 梛織は太助の頭を撫でてやろうとして、ハッとその惨状に気付いた。そのまま、ぎこちなく手を戻す。
 うまいことに、当の本人は彼らの反応に全く気付いていない。
「よーし。今日こそは太助、腹いっぱい食っていいぞ! 全部、俺が奢ってやる」
 ばつが悪くなり、梛織は太助の背中を叩きながらも大きな声で言った。大丈夫だ、太助。お前はその髪型でも充分イケるよ、と心の中で付け加えながら。
「ホントか!? 俺、九十九軒のラーメン食いたい」
「安上がりだな、おい。そんなんでいいのかよ!」
 梛織はこつんと太助のおでこを拳で突付きつつ、シャノンを振り返った。
「シャノン、今夜のヒーローがラーメンをご所望だよ。当然、付き合うだろ?」
「中華料理屋だと、紹興酒か白乾酒か。まあいい」
 彼もわずかに微笑みながら、太助の──頭ではなく、肩に手を触れて、言う。ヴァンパイアハンターも今回の太助の働きには感心したし感謝もしていたのだ。
「ラーメンと言わず、満漢全席でもいいんだぞ」
「なんかよく分かんねえけど、俺、何でも食うぞ」
「そうかそうか」
 シャノンは梛織と太助の背中を押しながら、倉庫街の出口の方へとのんびりと歩き出す。

 彼は最後に、何かひとつ忘れていることがあるような気がしていたが、どうしても思い出せなかった。石つぶてを投げつけられた件については、ユージン・ウォンを問い正したかったが、彼が姿を見せないのであれば仕方がない。
「まあ、思い出せないのだから、小さなことだろう」
 口に出してそう呟くシャノン。
 そうして、彼ら三人は仲良く談笑しながらその場から去っていった。


 ── 車内 ──


「そうかい。サイ、ご苦労だったね」
 暗い車内で、携帯電話を片手にしたカレン・イップ。上半身の服をはだけて、白く透き通るような背中を晒しつつ、片手でタオルを胸に当てている。
 彼女の背中、首の下辺りには内出血をしたような痣が出来ていた。
 それを手当てするためであろう。彼女の部下、陰陽がボスの背中に注意深く触れながら目を近づけている。
「骨海中、と書いてあるんだね?」
 カレンは電話の向こう、部下のサイモンに確認した。「そしてあたしに借りを返すと、そう言ったんだね。──分かった」
 陰陽に傷に触れられ、カレンは痛みに顔をしかめたが、声は上げなかった。
「あのクソ野郎、いい一撃をくれやがッたが、本当に土産も残していったようだ」
 電話の向こうで、サイモンが声色を変えた。大姐、怪我してるのか?
「……ああ、心配ないよ。大した傷じゃない。──サイモン、可能なら海を見てきな。あのユージン・ウォンの部下たちが、プレミアフィルムを海に隠してるはずだ。……ああ。そうだよ。それが土産の意味さ。こッちの車で持ってきた分と合わせりゃ、まあそれなりの数にはなるだろうね」
 今回も赤字かと思ったがねェ。カレンは笑った。
「だが、これで本当にチャラだ。このあたしをおちょくりやがッて。あの野郎、次に会った時こそ、仕留めてやる」
 暗闇の中で。女侠は恐ろしい目つきで一点を睨みながら呟いていた。


 ── 深夜 ──


 ちなみに、シャノンが忘れていたことを思い出したのは、三人が中華料理店で、たらふく飲み食いし店を出た直後だった。

「しまった。ストマライザー10買い忘れた!」
「何それ、秘密兵器か何か?」




                 (了)





クリエイターコメントいつもながらに、だらだらと長くなってしまいました。
お読みいただいてありがとうございます。
なんだかヘンテコなノリが強くなった分、ドンパチが少なめになったような気がします。書いていただいた重火器を全て使えず(というか一つだけ!)すいませんでした(泣)。


>ユージン・ウォン様
他PC様がたと、違う路線のプレイングをいただきましたため、あんな感じになりました。
部下さんたちや、重火器を一つも出せず、申し訳ありません。
ついガン=カタに専念させてしまいました(笑)。
さりげにカレンと死闘をしていることになってますが、敢えて書かなかった部分です。ここは適度に脳内補完しといていただけると助かります。

>梛織様
わたしが、わりとストレートなボケとツッコミが好きなもので、ひねりの無い直球勝負なツッコミで応戦していただきました。
カトリーヌちゃんのネタも使わせていただきました。
助かりましたよ、カトリーヌちゃん(笑)。
あと、呼び捨てうんぬんの件もご連絡ありがとうございました(^^)。

>シャノン・ヴォルムス様
いつもヘンテコなノリに巻き込んでしまいゴメンナサイ。
なんていうか、シャノンさんが一番似合うんです。
水被ったり、イロモノに好かれたりするの。
兎頭との戦闘をあまりきちんと書けず申し訳ありません。
代わりに他のことをいろいろ書いてしまったもので……。

>太助様
個人的なオープニングがないことと、あまりプレイングを使い込めず申し訳ないです。
裏方的活躍になってしまって。
しかも最後にヘンな髪型にしてしまってスイマセン。
でも、わたしなりのコメディのノリで書かせていただいて、とても楽しかったです。
来ていただいてありがとうございました。


ではでは。こんなところで。
ご参加いただいた皆様、そしてお読みいただいた銀幕の皆様。
ありがとうございました(^^)。

p.s.
個人的にアンケートもやっております。
よろしかったらお答えください。
http://talkingrabbit.blog63.fc2.com/blog-entry-255.html
できれば、キャラ描写がOKなのかダメなのかだけでも教えてくださると今後の参考になりますので、大変助かります。
公開日時2007-07-01(日) 20:10
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