★ ポップコーンのためなら死ねる ★
<オープニング>

「『パニックシネマ』が軍隊に制圧されました。内部にいた一般客と従業員が人質にされていますので、救出の上、事態の収拾をお願いしたいと思います」
 植村直紀の依頼は、なかなかにただならぬ状況のものであるようで、彼の表情には緊張がうかがえる。
「あらわれたのは戦争映画『ジェノサイド・ヒル』より実体化した軍人のムービースター、ノーマン少尉と彼の部隊約30名の兵士よりなる1個小隊です」
 相手の要求は?――依頼に応えて集まった面々のひとりが問うた。直紀は、もっともな質問だと頷いて、そして言うのだった。
「ポップコーンです」
 思いもかけない単語に、誰もが耳を疑う。
「『ジェノサイド・ヒル』のストーリーでは、少尉はクライマックスで壮絶な戦死を遂げるのですが、その出撃前に、こんな台詞があるのですね」

 なあ、クニに帰ったら、映画でも観にいこうや。
 ポップコーンは俺がおごる。もちろん、ジャンボサイズだぜ――。

「……まあ、一種の死亡フラグとでもいいますか……、この設定のせいか、ムービースターのノーマン少尉はひどくポップコーンに執着しており、銀幕市一を誇る『パニックシネマ』のポップコーンをいたく気に入ってしまったのです。今も売店を独占し、延々と自分のためだけにポッポコーンを作らせ続けているようです。彼が要求しているのはその材料です。材料を提供することは簡単ですが、このままにしておくわけにもいきません。目立った被害が出る前に、事態を収拾していただけるよう、お願いします」

種別名シナリオ 管理番号6
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
クリエイターコメント映画館を占拠した軍隊とのドンパチです。
映画館の施設や、従業員・一般客には被害がおよばぬよう、ノーマン少尉とその部隊を排除する必要があります。かれらのロケーションエリアは「ベトナムの地獄の戦場」になりますので、ご注意下さい。

参加者
ハーミー・スター(cadm7130) ムービースター 女 1歳 ハムスター王国・王女
斑目 漆(cxcb8636) ムービースター 男 17歳 陰陽寮直属御庭番衆
絢女(cyae7146) ムービースター 女 23歳 くの一
フィオナ(cume1940) ムービースター 女 15歳 日常の体現者
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
<ノベル>

「遅い!」
 軍服の男が、怒鳴り声をあげた。
 体格のいい、白人の男だ。よく見ればそれなりに整った顔立ちのはずなのだが、迷彩のペインティングと、不精ひげとで台無しだ。
「材料はまだ届かんのか」
「はい。要求は出してはいるのですが……」
 部下とおぼしき兵士が答える。
「ふん」
 不機嫌に鼻を鳴らし、手にした容器から手づかみで、それをすくい、口に放り込んだ。咀嚼されるポップコーン。さきほどから、男は絶え間なく、その動作を繰り返している。そして。
「む」
 気づけば容器はカラだった。
 男は振り返る。売店の、不運なアルバイト青年が、びくり、と身をすくませた。
「これはもう終わりか」
「は、はい……塩味は今ので……。あ、あとは、キャラメル味かカレー味しか……、ひ、ひいいっ!」
 青年が悲鳴をあげたのは、男がライフルをつきつけたからだ。
「塩味は基本中の基本だろうがッ! キャラメルもカレーもいいが、ポップコーンといえばまず塩味だ! そいつがわからんのか、このマヌケ! くそったれ! お袋と寝てろ! ××××! ××××!」
 男――ノーマン少尉は、訳しにくい、荒くれアメリカンらしい罵倒語を発したらしい。
「なんてひどい」
 そのとき……、呟かれた小さな声は、少尉の銅鑼声に遮られて誰の耳にも届かなかった。
「独り占めなんてずるいですわ。私も大好きな食べ物ですのよ」
 物陰からかれらの様子をうかがっている、つぶらな黒い瞳があった。
 後足で立ち、白いフリルのついたドレスをまとった、身長10センチ程度の……ハムスターである。彼女――「プリンセス・ハーミー」ことハーミー・スターが登場するのはれっきとしたハリウッド作品だが、ベトナム戦争の軍人である少尉は3DCGの映画など知りもしなかっただろう。彼が知るのでは、せいぜい、おいかけっこするネコとネズミのカートゥーンくらいだ。
 ともあれ、ハーミー・スターはもと来たとおり、映画館の通気口へと戻ってゆく。屈強の兵士たちが籠城しているといえ、ハムスターの侵入は防げなかったようだ。

「お客と従業員を人質に立てこもりですって? とんでもないわ。ムービースターの風上にもおけない連中ね」
 端的に、そう吐き捨てると、リカ・ヴォリンスカヤは大股に、『パニックシネマ』の入口を目指す。
「ちょ、ちょっと待ってや、姐さん!」
 斑目漆が慌てて引き止める。
「人質をなんとかしないと、むやみに近付けぬ」
 冷静な意見を述べたのは絢女。
「手をこまねいて見てろっていうの?」
 赤毛の殺し屋は、美しいが凄みのある表情で、ふたりの忍者のほうを向き直る。
 彼女は、野次馬や警察に囲まれている映画館のそばを通りがかり、何事かと様子を見に来たのだった。それまでは「配達中」だったようで、原付で、バイト先のケーキの箱を持っている。
「そうやないけど、中の人らの安全を確保せんと。ここは任せてや。籠城崩しは俺らの十八番やで」
「今、ハーミー殿が中の様子を……、おお、戻られたか」
 とことこと、ハムスターがやってくる。
 ぽん、と身軽な跳躍力を見せて、ハーミーは絢女の差出した両手の上へ。そして鼻息荒く中の様子を報告するのだった。
「お客は劇場内に入れられているみたい。出入り口のところで兵士が見張っていましたわ。従業員は、売店の係をのぞいて、ロビーに集められ、これも兵士に取り囲まれてましてよ」
「敵部隊は30名と言ったわね。武器はどんなものを持ってるの?」
「あいにく、銃火器には詳しくありませんの。種類まではわかりませんわ。でも銃身の長い大きな銃でしたわ」
「まあ、ベトナム戦争時代ってことだから……だいたい察しはつくわね。ボスの位置は?」
「売店のあたりにいるようですわよ」
「なら、入ってすぐのロビーを突っ切ればいいじゃない」
「せやから、人質が……」
「それは任せるわ。十八番なんでしょ」
「向こうはぽっぷこーんとやらの材料を要求している」
 絢女が言った。
「それを渡すということで中に入っては?」
 その提案に、ムービースターたちは頷く。
「それがよさそうやな」
 と、話がまとまりかけたとき――。
「あの」
 おずおずと、話し掛けていたひとりの少女がいる。
 まだ十代と見える、大人しそうな女の子だった。
「わたしにも協力させて下さい。そのときに、これも持っていってもらえませんか?」
 そう言って彼女が自分のカバンから取り出したのは――
「ポップコーン!」
 ハーミーが、ぴょん、と絢女の手の中で跳ねる。
「悪党に差し入れはいらないわよ」
「これわたしが調理したんです。ちょっと面白い効果をつけておきましたので、お役に立つと思います。本当はこのあと、公園で子どもたちと食べようと思っていたんですけど」
 そう言って、すこし悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 彼女……フィオナがつくる魔法のお菓子のことを知らぬ面々は、とりあえず、きょとんとした顔を見合わせるしかなかった。

 普段、営業中は全開になっている正面入口のドアが、今は硬く閉ざされていた。
 その隙間から、門番の兵士がそこにいるのが宅配便の制服を着た人物とみとめ、ドアをあける。
「はやく入れ」
 銃を手に、鋭く促す。
 宅配員は台車を押して、ロビーに招き入れられる。
 そのとき、配達員の足元の影が、すうっと、分裂するように離れ、さっと、近くのチラシ類を入れたスタンドの影に同化したのに、気がついたものはいなかった。
「売店のほうへ運べ」
「はい。……あの、これ、差し入れ、だそうです」
 配達員から渡されたポップコーンに、兵士はちょっと驚いた様子だったが、すぐに笑って、「おい、差し入れだとよ」と、仲間に渡してやった。
 そしてそのまま配達員は兵士に随行されて奥の売店へ。
 宅配業者の、目深にかぶった制帽の下で、鋭い眼光が、すばやく、一カ所に集められている従業員たちと、その周囲の兵士、そして売店のところで仁王立ちしている少尉の位置関係を見てとった。
「ようし、来たか。これでしばらくは――」
 満足そうな笑みを浮かべて荷物の到着を迎える少尉。
 だが、そのとき。
「うおお、な、なんだこりゃあ」
「うわあああ」
 背後で悲鳴があがった。
 見れば、入口付近を固めている兵士たちが、まるで無重力空間にでもいるように、ふわふわと、床から30センチほどのところを浮かんでいる。そのまま身動きもままならないらしく、じたばたと四肢を動かして空中でもがいているのだ。
「何……!?」
 これがフィオナのポップコーンの効能だったらしい。
 なるほど、子どもたちなら楽しく、遊べるだろうが、哨戒中の兵士たちにはたまったものではない。
「貴様! 何だあれは――ぐお!」
 随行する兵士が配達員に銃を向けようとして、思い切り、台車をぶつけられる。
 ばさり――、と脱ぎ捨てられた制服の下からあらわれたのは、黒い忍び装束の絢女だ!
「くそったれ! ××××!」
 またも少尉が品のない悪態をついた。
 その瞬間、『パニックシネマ』のロビーの風景が、一転してゆく。
 生い茂る密林が視界を奪う。
 遠くから響いて来る爆音と、銃撃戦の音。
 空を飛び交うヘリの音。
 鼻をつく硝煙の匂い。じっとりとからみつくような湿気。
 またたく間に、そこはベトナムの戦場だった。
「死ね」
 銃を構えるが、それよりはやく、絢女はひらりと飛び退き、そのまま密林の茂みに消える。
 戦争の犬たちは気づくべきだった。
 実際のベトナム戦争においてもそうであったように、見通しの悪い密林の戦場では、巧みに身を隠しゲリラ戦を行なう敵に対しては、かれらのほうが不利なのだということに。

「ファッキン・ボーイズ、さぁ、おイタをしてるのはどの男の子?」
 だん、とドアを蹴り開けて、リカ・ヴォリンスカヤの登場だ。
 フィオナのポップコーンを食べてしまい、ふわふわ浮かんでいるだけの兵士には構わず、密林の中へずかずか踏み込む。
 別の兵士が、銃を手に、木陰から彼女へ狙いを定めるが……
「!?」
 その目の前をなにかが横切った。
 彼が見たのは密林の蔓植物につかまって、ターザンのように木から木へと飛び移っていくハムスターの姿だ。
 それに気をとられた兵士の、顔のすぐ横の木の幹に、たん!とナイフの刃が突き立つ。
 ついで、べしゃ!と音を立ててなにかやわらかいもので視界が奪われた。リカがケーキを投げ付けたのだ。
「さあ、わたしがパイ投げで遊んであげるわよ」
 右手にナイフ、左手にチェリーパイ。
 それは配達中の商品じゃないのか、などというツッコミはするまい。ちろり、とナイフをなめる彼女の笑みは、凄絶なほど美しいのだから。
 ――と、機関銃が轟く。
 反対側に潜んでいた兵士からの銃撃だ。
 だがリカはたくみな体さばきで、見事な側転を見せ、それをかわした。
 反撃のチェリーパイ(側転したのに、どうやって持っていたのだ、などと気にしてはいけない!)を放つ一方、さっと振り返って、背後に迫っていたまた別の兵士の下腹に蹴りを入れる。
「少尉はどっち?」
 呻く兵士の軍服の襟をつかみあげ、リカは訊ねた。

 劇場内にも、異変は伝わっている。
 映画館のスクリーンと座席はそのままに、周囲が密林の風景と化した。ノーマン少尉のロケーションエリアが展開されるのは、有事のしるしである。
 劇場で、武器を手に観客たちににらみを利かせていた兵士たちが、緊張に身をこわばらせる。
 兵士たちは客席を背に、劇場の出入り口をにらみつけた。
 ドアの向こうが騒がしい。
 襲撃者は、当然、ドアをあけてなだれこんでくるものと、かれらは思い込んでいた。
 だから、観客たちが、その足元から囁きかけられた小さな声にとまどいつつも、頷く様子には気がつかなかったのだ。
「3つ数える声が聞こえたら目を閉じて。大きな音が聞こえたら右手の非常口へ。慌てんといくんやで」
 それはちいさなさざ波のように、客席を渡ってゆく。
「うお!」
 兵士のひとりが声をあげた。
 歩哨の足元の影から伸びた手が、足をつかんで転ばせたのだ。
「なにかいるぞッ!」
 兵士はそう叫んで、自分の影に向かって弾丸を放つ。銃声に、観客たちのあいだから悲鳴があがった。
「こっちやこっち!」
 軽やかな声とともに、ぶわり、壁に落ちた影の中から飛び出してくる漆。赤いマフラーが鮮やかな残像を残す。
「ムービースターか!」
 兵士たちが色めきたつ。
「3!」
 漆が叫んだ。
 銃撃が劇場の壁に弾痕を残す。漆の姿はすでにない。
 別の壁からあらわれ、傍にいた兵士に蹴りかかった。
「2!」
 神出鬼没とはこのことか。
 もとより照明が抑えられている劇場の中は、かれが隠れ潜む闇には事欠かない。
「1!」
 次の瞬間、閃光が爆ぜた。
 立ちすくむ兵士たちの周囲に立つ煙幕。
「非常口や! 今のうちに早く!」
 だん、と音を立てて開かれる防火用の扉。
「でも慌てんといてや!」
 殺到する観客に声をかけ、漆は、今度はかれらの影の中へ。
 そのまま影から影へ飛び移り、客たちを逃がすまいと銃口を向ける兵士の前にばっとあらわれる。
 したたかに殴られ、おぼろげになっていく意識の中で、兵士は思った。
 ベトコンのゲリラよりも、ジャパニーズニンジャのほうが手強い、と。

 フィオナがそおっと、『パニックシネマ』の中をのぞきこむ。
 中は蒸し暑いジャングルになっていた。
 遠くから銃撃戦の音が聞こえてくるのに、一瞬、眉をひそめ、そして、茂みの中に踏み入っていく。
「お、おおい、なんとかしてくれ」
 ぷかぷか宙に浮かんでいる兵士たちを見つけて、くす、っと笑いを漏らす。
「すいません。2時間くらいで戻ると思いますけど」
「2時間も!?」
「ちょっとコツを掴めば、自由に動けるようになりますよ」
「そ、そんなこと言われても……」
 兵士たちはばたばた手足を動かしてみるが、バランスがとれないのか、ぐるぐる回ってしまったりするだけだ。
「あ、そうだ。これなら……」
 カバンをごそごそ。フィオナが取り出したのは、不思議な虹色のキャンディーだった。

「!?」
 物音にふりむくと、売店(そこだけそのままの風景だった。つまり、ベトナムのジャングルの中に、忽然と映画館の売店がある)のカウンターに起きっぱなしになっていた容器が次々に倒され、カレー味のポップコーンがざーっと滝とこぼれ落ちる。
「ぬお!」
 少尉があわてて駆け寄り、こぼれ落ちるものを受け止めようとする。犯人は、売店の上を走り抜けて行くハムスターである。
「なんてことしやがる! ドブネズミめ!」
「ま! なんて失礼!」
 ぴょーんとカウンターから飛んで、茂みにさっと身を隠すハーミー。こうなっては、体長10センチの相手を探し出すのは難しい。しかし、少尉は、
「許さんぞ!」
 どこからか、大きな機関銃を取り出す。
「ハチの巣にしてくれる!」
 激しい銃撃! 
 銃弾が横薙ぎに降るスコールのように、あたり一面にバラまかれた。
「きゃあーっ」
 ハーミーの悲鳴だ。
 この弾幕からはさすがに逃げ切れなかったか――と思われたが。
「あ、あら?」
 怪訝な声。そして。
 茂みの中から、再びハムスターが姿を見せる。そして真直ぐにこちらへ向けて突進してくるではないか。
 少尉は機関銃を撃つ、撃つ、撃つ!
 ハーミーはその弾丸を……食べた! 食べている!
 いや……、弾丸ではない。よく見ると、少尉の機関銃から撃ち出されているのはポップコーンだ。吐き出されている薬莢は、弾け残ったコーン豆らしい。硝煙のかわりに甘い匂いがただよっているところを見るとキャラメルポップコーンだ。
 ポップコーンに執着するあまり、ロケーションエリアの一部のものがポップコーンになってしまっているらしい。もう何が何だかわからない有様だ。
 ハーミーは弾丸をすべて口で受け止め、ぷうっと頬袋をどんどん膨らませながら、少尉の前まで来ると、顔面めがけて跳躍する!
「イェアッ!」
 ハムスターキック! 決まった!
「……っ!!」
 といっても、ハムスターの脚力なので、牽制程度の効果なわけだが、それで十分だったのだ。
 この機を逃さず、樹上より舞い降りた絢女が、機関銃を蹴り飛ばし、忍び刀を閃かせたのだから。
「人質を取るような卑怯な輩に負けはせぬ!」
「こ、この……!」
 コンバットナイフを抜こうとするが……
「そろそろ観念したほうがいいわよ」
 低い声で、リカが言った。
 足元に投げ出される無数のフィルム缶――『プレミアフィルム』だ。
 百発百中、必殺の投げナイフの切っ先が、少尉を狙ってぎらりと輝く。
「く、くそ――」
 ノーマン少尉とて、ここまできて自身の不利を悟れぬほど愚かではない。
 ぎり、と歯ぎしりして、悔しさをあらわにする。
「あなたもフィルムになる? それとも――」
「待って下さい!」
 フィオナの声だ。
 その声とともに、周囲の風景がさあっと色合いを変えていく。
 密生するジャングルが、森は森だが、木漏れ日さす心地よい森になっていった。足元には次々に色とりどりの花が咲き、蝶たちがひらひらと舞う。
 ヘリの音や爆音のかわりに、小鳥のさえずりや、せせらぎの音が聞こえてくる。
 まるでお伽話の森。これがフィオナのロケーションエリアなのか。
「話し合いましょう。戦争なんかやめて。……ね?」
 フィオナが、にっこりと笑って、少尉にそう声をかけた。
「少尉〜〜〜」
 彼女のうしろから、兵士たちがあらわれた。
「き、きさまら!?」
 かれらは、あいかわらず、迷彩の軍服を着た屈強の男たちだったけれど……なぜだか、その背に天使のような白いちいさな羽をはやしていた。
 その羽で、そよ風に乗るように空を飛ぶ。
「これ、楽しいですよ〜」
「せっかく戦場から出てこれたんですから、戦うのやめて、のんびりしましょうよ〜」
「少尉もあのコのキャンディもらうといいですよ〜。うふふ、あはは」
 軍服の天使たちが、少尉の頭上をくるくると回った。
「キャンディって……」
 リカが振り返ると、フィオナがちょっと舌を出して笑った。
「……どっちかっていうと、なんか、ヘンな薬キマってる感じだけど……。まあいいわ。話の続きよ。武装解除して投降するなら、フィルムになって倉庫行きは勘弁してあげてもいいわよ。ケーキ代は弁償してもらうけどね」
 ケーキを投げたのはリカ自身なのだが、とりあえず、それが商品だという自覚は一応あったらしい。
「ポップコーンは、いつでも、ここに来れば買うことができます。こんなことしなくても」
 フィオナが至極まっとうな意見を述べた。
「…………」
 軍人は、空をふり仰いだ。
 木々のあいだから見える、いやに青く、澄んだ空を。

「なあ、クニに帰ったら、映画でも観にいこうや。ポップコーンは俺がおごる。もちろん、ジャンボサイズだぜ――」
「そいつぁいい。だがあのポップコーンってやつは、カスが歯に詰まるんだよな」
「違いない。なのに食っちまうんだ。映画館のポップコーンってのは、どうしてあんなに食いたくなるもんかね」
「映画に広告が入ってるって話もあるぜ。10分の1秒くらいの早さで」
「なんだそりゃ」
「そろそろ行くか。……おごりの約束、忘れんな」
「いいとも」

「ノーマン! おい、ノーマンッ!」
「は……はは……、ザマぁねぇな」
「くそったれ。しっかりしろ。軍医は! 軍医はどうしたッ!」
「もういい。俺は助からん。軍医なら他に回してやれ……」
「何言ってんだッ! 約束あるだろ。ポップコーンはおごってくれるんじゃなかったのかよ」
「そう――だな……」
「畜生。コーラも……コーラもおごれよ」
「ああ……いいとも……」
「本当だな。絶対だからな!」
「何にする」
「え?」
「映画」
「そ、それは……」
「考えといてくれ。俺は……ちょっと休んでる、から――」
「ノ――」
「…………」
「ノーマーーーン!!」


「ええ、考えがあるで」
 茂みをかきわけてあらわれた漆は、ダンボール箱を持っている。
 さきほど配達員に扮した絢女が運び込んだもののはずだ。
 ぽいっと少尉に向かって放り投げた。少尉が受け止めた箱には、「コーン豆 業務用」と書かれてあった。


  ★ ★ ★

 魔法が銀幕市を変えてしまったあの日以来、街にはいくつもの新名所・珍名所が誕生している。
 もっとありえないような現象が起こることもしばしばなので、それに比べれば、ずっとささやかなものではあったけれど――。
 天気のよい日に銀幕広場に行ってみれば、一台のワゴンが目に留まるだろう。
 遊園地にあるようなホイールワゴンだ。
 それはなぜか迷彩模様にペイントされている。屋根に書かれているのは、店名なのだろうか……『ジェノサイド・ヒル』と、ある。
 そのワゴンではいつも、軍服を着た鬼のような顔つきの軍人が、その背後で微動だにせず立っている幾人かの兵士をひきつれ、黙々とポップコーンをつくって売っているのだった。
 最初のうち、この恐ろしい顔つきの軍人に近寄ろうとするものはいなかったし、子どもは3メートルほど寄ったところで泣き出すのが常であったが、最近は、そこそこ売れはじめているようだ。ポップコーンが、なかなか旨いからである。
 ノーマン少尉は――もちろんそれはノーマン少尉だ――、ときどき、売り物のポップコーンをもぐもぐやりながら、遠い目をして空を見上げているという。
 いつも苦虫をかみつぶしたような顔をしているが、きっと内心では、戦争が終わった世界の空気を、味わっているのに違いない。

(了)

クリエイターコメントリッキー2号です。『ポップコーンのためなら死ねる』をお届けします。
このたびは、2号がお送りする銀幕市でのはじめての冒険にご参加いただき、ありがとうございました。おかげさまでパニックシネマのポップコーンは守られましたが……ちょっとライターとしても意外な結末になってしまいました。

……もしかしたら、またどこかで、このへんてこなポップコーン屋さんのお話を書かせていただくことになるかもしれませんね(笑)。

それでは、また機会がございましたら、銀幕市のどこかでお会いしましょう。
ご参加ありがとうございました。
公開日時2006-10-14(土) 00:00
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