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<ノベル>
夏の日差しは今日も強く、神月診療所の診察室で神月枢は1人、額に汗を浮かべながらカルテの整理をしている。
「全く暑いな……ん?」
暑さに苛立っていると窓の外から子供の泣き声が聞こえ、神月はハンカチで顔を拭うと苛立ちを感じさせない様に笑顔を浮かべ、外に出て少年の前に立つ。
「どうしたのかな? どこか痛いの?」
少年は神月に一瞬驚くが、にこやか笑顔に安心したのか、腕で涙を拭うと、ゆっくり話し出す。
「ペンギンに騙されて、お小遣いを取られたんです……」
心を落ち着かせ、少年は話を続ける。近くの公園で遊ぼうとしていると、1匹のペンギンが今にも倒れそうな顔で近付き『私は綺麗な水しか受け付けない体』と言い、コンビニを指差す。少年が慌てて財布を出すと、ペンギンはそれを奪い取り、巨大なイカをけしかけ、公園の奥深くに逃げて行った事を伝えた。
「本当に自分が情けないです……」
神月は再び泣き出しそうな少年の頭を優しく撫で、彼に微笑みかける。
「恐らくは新しく実体化したムービースターでしょう。私が彼に、ここでのルールを教えます。そして財布も取り返すので、どこに居るのか教えて下さい」
顔はにこやかだが、背後にはどこか威容なオーラを感じ、少年は怯えながらも、神月にペンギンが潜伏している公園の事を話した。
「分かりました。診療所で待っていなさい、すぐに戻ります」
少年に微笑みかけると、神月は力強い足取りで公園に向かっていた。その背中はとても頼りがいのある物に映ったが、同時に恐怖も感じ、少年は逃げる様に診療所の中へ飛び込んで行った。
セミの鳴き声が聞える中、2人の少女は後ろを着いてくる3人のムービースターに戸惑いを隠せなかった。
「なぁ? あの人達だろ? あたし等のサポートに爺ちゃんが用意してくれた人達ってのは?」
短髪の赤い髪を手で掻き毟りながら、リンは隣でオドオドとしている初対面の姉妹に話しかける。
「た……多分そうだと思うけど、わたし良く分かんないの。ゴメンなさい……」
腰まで伸びたサラサラの黒髪を靡かせながら、ココロは何度もリンに頭を下げていた。
「何か分かり合えていないみたいですね」
「せやな。ちょっと、お節介しにでも行こか?」
銀色の髪の女性と赤髪の青年は互いに頷くと、満面の笑みを浮かべ2人の間に割って入る。
「な! 何だよいきなり!」
突然入り込んだ2人にリンは驚きを隠せず、素っ頓狂な声を上げて驚く。
「そんなに警戒しないで下さい。私達これから一緒に戦う仲間なんですから、自己紹介ぐらいさせて下さいよ。私は柝乃守泉です」
にこやかに微笑みかけ、泉は挨拶をした。戸惑いながらも2人が頷くと、赤髪の青年が一同の前に立ち、腕を突き出し、真剣な表情で話し出す。
「わしは晦や。受けた以上、全力でサポートはするけん。よろしゅう頼みます」
深々と頭を下げながら話す晦に彼女達は圧倒されながらも、黙って首を縦に振った。すると彼はにこやかな顔を浮かべ、一行の輪に入る。
「ほな、よろしゅう〜! まぁ、わしにドーンと任せんかい!」
晦は豪快に笑い飛ばしながら彼女達の肩を叩き、場の空気を和ませようとしていた。ココロが苦笑いを浮かべていていると、後ろで遠い目をしながら歩いている青年が目に入った。
「スイマセン! まだ、お名前を聞いていませんでしたよね……」
青年は彼女の声を聞くと、気だるそうに一同の前に立ち、頭を掻きながら、ゆっくりと話し出す。
「三嶋志郎だ。大体の事は植村さんから聞かされているから、仕事はちゃんとするよ」
それだけを言うと、三嶋は再び一同の後ろに戻り、遠い目で空を見上げた。
「何か変な空気になったじゃんかよ……」
リンはココロを軽く睨み、その視線に耐え切れず、彼女は涙目で皆に何度も頭を下げ続ける。
「ゴメンなさい……ゴメンなさい……本当に……」
「大丈夫だから」
深々と頭を下げ続けるココロに、泉は優しく話しかけた。その声に安心し、彼女が頭を上げると、笑顔の泉が自分の頭を優しく撫でていた。
「大丈夫、貴方は悪くないわ。それよりも今回の事を私なりに調べたから、聞いてくれる?」
「オウ! 作戦会議やな! われも輪に入れや!」
笑いながらパンフレットを取り出す泉に、晦は笑いながら三嶋を手招きし、半ば強引に彼を輪の中に入れた。彼女の説明を受けながら5人は並んで歩く。それぞれ表情は違うが、全員が打ち解けようと柔らかな表情を浮かべている。
泉の説明が終わる頃、一同はシャドーが潜伏している公園の前に着いた。後ろには大きな森があり、自然の空気が一同の心を和ませた。
「ここがココロの戦う公園やな? それでリンが戦う森ってどこやねん? 出来る事なら虎王とは戦いたくないんやけど……」
晦に聞かれリンは黙って公園の後ろにある森を指差す。
「おっそろしく近くにある〜!」
間の抜けた声が公園に響き、泉と三嶋も呆れた顔を浮かべていた。皆に構わず、リンは森の奥へ入ろうとし、ココロは公園内にシャドーが居ないか探し出した。
「それで、どうするんだ?」
呆けていた2人だったが、三嶋の声を聞くと、泉はココロに付き、晦はリンの後を追う。
「さてと、俺はどうするかな……ん?」
考えながら辺りを見回していると、三嶋の目にスーツを着た金髪の男性が入り、彼の元に向かう。
「今から、ここはゴタゴタが起こるから、ちょっと非難していた方が身の為だぜ」
「俺も問題を解決に来ました」
青年はにこやかに笑うと胸ポケットから名刺を取り出し、三嶋に渡した。受け取った物をジックリ見ると、彼は神月を興味深そうに見つめる。
「へ〜お医者のセンセなんだ」
「いたいけな少年を騙す、不届きなペンギンに荒療治をしにね……」
そう言って、神月は口元に軽やかな笑みを浮かべた。その姿に好感を持ち、三嶋は笑顔を浮かべて彼に手を差し出す。
「気に入ったよ。俺は三嶋志郎。お目当てのペンギンなら、あのネーチャン2人が探しているから、一緒に探した方が早いと思うぜ」
「分かりました。共に戦いましょう」
2人はガッチリと握手を交わすと、公園内でペンギンを探す2人の元に駆け寄った。力強く、どこか黒いオーラを放ちながら。
森の中を進むリンと晦は中の様子に驚かされていた。自然なままの森だと思っていたそこは、人の手によって完全に整備されていて、休日にはオリエンテーリングでも出来そうな位、通りやすい物だった。
「意外やな。てっきりジャングルみたいなのを想像してたけどな……」
晦が1人呟いていると、リンは彼の頭を押さえ込んで、一緒に地面に突っ伏させる。
「見ろ! 標的だ!」
そう言われ、晦が彼女と同じ方向を見ると、2人が倒そうとしている相手が気だるそうに横たわっていた。体には生々しい傷跡が幾つも刻まれていて、寝ていても眼光は鋭く、いつでも飛び掛れそうな体勢を取り、周りに巨大なキノコモンスターを置き、磐石の態勢を取っていた。
「オイ、泉ちゃんに言われた事は分かるやろ?」
晦は厳しい口調で、今にも飛び掛りそうなリンに言う。声と視線に怯えながらも彼女は返事をする。
「分かってるよ、そんな怖い顔しなくても……」
「何が『分かってる』って?」
2人が作戦を確認しあっていると、上から野太い声が聞こえる。顔を上げると虎王が見下ろしていた。慌てて立ち上がると周りはキノコモンスターで囲まれていて、2人の顔に緊張の色が走った。
「大方ワシを倒そうと現れた輩じゃろ。この命尽き果てるまで、ワシは誰にも負けん!」
虎王は後ろ足で地面を蹴りながら、2人を睨み付け臨戦態勢を取る。キノコモンスターも傘の部分が2つに割れ、そこから巨大な舌を出して威嚇をする。
「ちょっと待てや! わし等の話を聞け!」
晦は両手を突き出して攻撃を止めてもらおうとするが、虎王が吼えるとキノコ達は一斉に襲い掛かり、彼自身も2人に飛び掛った。
「われの病気は思い込みなんじゃ――!」
悲痛な叫び声が森に響いたが相手には届かず、2人はキノコに埋め尽くされた。
強い日差しに気力を奪われながらも、4人は各々シャドーを探していた。公園を一通り回った所で全員集まり、それぞれの結果を報告しあう。
「潜伏先は見付けました。多分、皆さんと同じだと思います」
自信ありげに言う神月に三嶋も力強く頷いて、2人の方を見る。
「私もそれらしい物は見付けましたけど……」
泉は苦笑いを浮かべながらココロの方を向く。突然見つめられて、少女はあたふたしながら一向に対して頭を下げる。
「ゴ、ゴメンなさい! わたし、この世界の事、まだ良く分かんなくて、話に付いていけません! 本当にゴメンなさい!」
「顔を上げなさい」
落ち着いた声にココロが恐る恐る顔を上げると、笑いながらも厳しい目で自分を見つめる神月の姿があった。
「相手の言葉を一度きちんと咀嚼して、考えてみて下さい。常に純粋に相手を信頼するのは、妄信と言うんです。真に受けるだけが正しいこととは限らないですよ」
口調は丁寧で落ち着いた物だったが、その言葉に重みを感じたココロは、黙って首を縦に振る。
「分かってくれれば、それで良いんですよ」
少女の表情が先程よりも少しだけ頼りになるのを見ると、神月は微笑んで彼女の肩を軽く叩いた。安心した様に笑うと、泉が後ろから両肩に手を置き、優しく微笑む。
「そうよ。そんな謝ってばかりだと、友達出来ないわよ、ミスしても私達が取り返すから、ドーンと構えて」
「まぁ、仕事はするさ」
三嶋は少し乱暴にココロの頭を撫でると、神月と一緒にシャドーが居ると思われる場所に向かった。
「私達も行こう」
泉は笑顔で少女の手を取り、2人の後を追った。彼女の歩調に初めは少し戸惑ったが、すぐに合わせ、共に微笑みながら歩き出す。
晦とリンは背中合わせに立ち、荒い息遣いで辺りを見回す。地面には傷だらけのキノコと、消し炭が散乱していた。
「もったいないの〜」
「人の事言えるかよ! こんなボロボロでどこ食べろってんだよ……」
2人とも相手の失敗を責め合い、肘や膝で互いを小突き合う。
「ワシを無視するな!」
虎王は地面を力任せに殴り自分の存在を2人に示すと、怒りに満ちた顔で睨む。
「戦う気が無いなら去れ! ワシは残された人生を武人として死ぬんじゃ!」
「だから、こっちの話を聞けや!」
興奮している虎王の前に、晦は胸元から映画のパンフレットを取り出し、彼に見せ付けた。開かれたページには荒れ果てた荒野の中、1人吼えている虎王の姿があった。
「酷な話かもしれないけどさ。あんたが必死に守った森が原因で、あんたは病気になったんだよ……」
リンは虎王から目を逸らしながら、言いにくそうに話す。自分や仲間達の住処を守る為、彼は戦ったが、そこは人間の手で汚染され住める状態では無かった。ココロは説得しようとしたが、彼は最後まで応じる事無く、森と共に死んで行った。
「嘘だ! 信じられるか!」
虎王は少女の言葉に耳を貸さず、顔中に脂汗を浮かべて話し出す。
「そんな物が信じられるか! ワシは病気なんだ。もうすぐ死ぬんだ!」
「簡単に『死ぬ死ぬ』言うなや! 何でそう思うねん?」
話を聞こうとしない虎王に苛立ち、晦は乱暴な調子で聞く。
「見れば分かるだろ! 汗は止まらない・食欲は無い・やたらと疲れやすい・体のだるさが取れない。だからワシは死ぬんじゃ! だが、ワシは武人として死ぬ!」
堂々と言う虎王だが、聞かされた2人は呆れた顔を浮かべながら、パンフレットから情報を得ようとする。
「これやないのか?」
晦が指差した先には、虎王が住んでいた森の事が書いてあった。そこはとても穏やかな所であり、常に気温が一定に保たれている夢の様な場所だった事が書かれていた。
「もしかして、あれが病気と思ってる事って……ただの夏バテ?」
リンの言葉に晦は黙って頷くと、2人は同時に溜息を吐き、呆れた目で1人騒ぐ虎王を見る。
「ようやく決心が付いたか。さぁワシに武人としての死を!」
「やかましいわ!」
1人でいきり立つ虎王に晦は宝玉を突き出して、彼の動きを強引に止めた。
「ええから冷静になって話を聞けや!」
「黙れ! ワシは死ぬんじゃ! 死ぬんじゃ!」
空中で大の字になってわめき散らす虎王に、晦は困った顔を浮かべるが、リンは2人から1歩離れ、足で土を蹴飛ばすと虎王に向かって、まっすぐ突っ込む。
「少しは人の話を聞け――!」
少女は虎王の目前で飛び掛り、腹部にドロップキックを放つ。みぞおちにリンの全体重が乗り、彼は苦悶の表情を浮かべながら、森の外に飛んで行った。
「アホか! 追うぞ!」
晦は慌てて走り出す。リンもハッとした顔を浮かべると、俯き顔を赤らめながら、彼の背中を追う。自分の軽率さを恥ずかしく思いながら。
神月の案内で一同が見た物は園内の遊具を押しのけ、中央に陣取っている氷の屋敷で、家主の身勝手さと言うのが伝わった。
「では早速……」
ターゲットの潜伏先を見付け、泉は真っ先に突っ込もうとするが、三嶋に手を出されて止められる。
「慌てちゃいけねぇな。こう言うのは注意深く行動しないと」
「その通りです。来ますよ!」
神月に言われ一同が屋敷の方を見ると、タキシードを着たペンギンがカラフルな財布を持って出て来た。
「行きますよ。三嶋くん」
標的が出ると同時に神月は飛び出し、三嶋も軽く笑って後を追う。
「わ、わたし達も……」
ココロも2人の後に続こうとした時、泉が手を取って止める。
「一気に出て行ったら、もしもの時に困るわ。私達は様子を見よう」
真剣な表情で泉に言われてココロは力強く頷き、少し離れた所から2人の様子を見守ると、神月が友好的な笑顔を浮かべてシャドーの肩に手を置いた。
「素敵なデザインの財布ですね、良ければどこで買ったか教えてもらえませんか?」
にこやかな笑顔で彼は親しげに話しかけた。初めは戸惑っていたシャドーだが、すぐに歪んだ笑みを浮かべ、気分良さそうに話し出す。
「まぁ、お気に入りだからね。長く使っていると愛着も湧く物だよ」
「おかしいですね。実はその財布、最近カタログで見たばかりなんですよ……」
そう言うと同時に神月の手には力が入り、シャドーの肩に指が食い込む。
「こんな暑いところで立ち話も嫌になりますし、ちょっと奥に行きましょうか?」
「その必要は無いぜ」
神月がシャドーを森に連れ込もうとすると、三嶋がペンギン手を掴み、後ろ手に捻り上げる。
「悪いなセンセ。俺はシンプルにやりたいからな」
軽く笑う三嶋に神月は笑い返し、2人はシャドーの体を力強く掴み、森に連れ込もうとする。
「止めろ〜! 出るトコ出るぞ!」
「話はゆっくり聞きますよ……ん?」
シャドーの叫びに神月が邪悪な笑みを返していると、彼の横を凄まじいスピードで何かが通り抜けた。三嶋が振り向くと2m大のトラが白目を向いて転がっていた。
「センセ。急患だぞ――」
気の抜けた声で言う三嶋に神月は苦笑いを浮かべると、シャドーの肩から手を離し、虎王の元に向かう。
「仕方ありません。医者は命を救う事が最優先ですから、これは彼女達に任せましょう」
「俺も手伝うよ。これでも衛生員だからな」
三嶋も彼の後を追い、2人は虎王の治療に当たった。1人残されたシャドーは安堵の表情を浮かべて氷の屋敷に戻ろうとするが、肩を捕まれ振り向く。
「待ちなさい。貴方への制裁は私が加えます」
静かな口調だが、泉の目には闘志が燃えていた。ココロも彼女の後ろで震えながらも、手をかざし戦闘態勢を取る。
「そんな誤解ですよ。私は綺麗な水が無いと生きていけませんし、嘘を吐いたのだって、少年の善意を変な方向に取られない為にですね……」
「黙りなさい! 貴方の事は全部、分かっています!」
泉はシャドーを突き飛ばすと、彼の眼前にパンフレットを突き出した。そこにはシャドーの能力が書かれていて、泥水でも真水に変える事が出来、大気中の水蒸気を凍らせ、氷塊を作り出せる事が写真と共に説明されていた。
「卑劣な奴は許しません。子供相手にお金を取るなんてもっての外です。覚悟しなさい!」
決意を叫ぶと泉の手には棍が握られ、シャドーに憎しみの目を向けていた。ココロも手の中に氷を作り出し、震えながらも立ち向かおうとする。
「女どもが舐めやがって……俺の力を見せてやる!」
顔を真っ赤にしてシャドーが手を上げると、氷の屋敷が崩れ落ち、中から白い触手が2人を襲って体を締め付ける。
「これこそ、俺が作り上げた最強のモンスター『デビル・クラーケン』だ!」
高らかに叫ぶと、氷の中から巨大なイカが出て、2人の前に姿を現す。クラーケンは死んだ様な目で彼女達を見つめると、シャドーの方を振り返って指示を待つ。
「その女どもは私を馬鹿にしたからな。適当に痛め付けて、私の前に跪かせろ!」
主人の命令を受けるとクラーケンはゆっくりと頷き、2人の方を向き、開いている足を振り上げ、それぞれの顔を張り倒した。破裂音が公園中に響き、2人の頬は真っ赤に染まる。
「ハハハ! いいぞクラーケン! もっとだ、もっとやるんだ!」
彼女達の姿にシャドーは喜んで、腹を抱え笑っていた。クラーケンはゆっくり頷くと、再び足を振り上げる。締め付けている自分の足が変色している事にも気付かず。
冷水で濡らしたタオルを顔に巻き、うちわで扇ぎながら、神月と三嶋は虎王の体調を回復させようとしていて、その隣では晦とリンが申し訳なさそうに手を合わせていた。
「スマン、いらん手間かけさせてもうて……」
「ゴメンなさい……」
真剣な表情で謝る2人に神月は笑顔で返し、虎王がゆっくり動き出したのを見ると、シャドーの方を振り向く。
「おやおや。凄いのを出して来ましたね」
視線の先にあったのは、巨大なイカが2人の女性を締め上げていた。晦はリンを引き連れて向かおうとするが、三嶋に手を出されて、止められる。
「少し自由にやらせようぜ。援護はそれからでも遅くはない」
冷静に言う三嶋に2人は黙って頷き、一同は巨大イカと彼女達の戦いを見守った。自分達の事の様に真剣な眼差しで。
クラーケンが彼女達の体を締め上げる度に、シャドーの顔は恍惚に歪み、先程まで自分の家だった氷塊の元に向かう。
「後は任せたぞ、私は家を建て直す」
「その必要は無いわ……」
シャドーが氷を作り出そうとすると、泉の声が聞こえる。
「まだ負け惜しみを言う元気が……何だと!」
振り返って彼が見た物は、自分の部下が苦しそうに横たわっている物だった。彼女達を締め上げていた足は1本が火傷を負っていて、もう1本は凍傷を負っていた。
「何がどうなって……まさか!」
敵の叫びに泉は勝ち誇った顔で手から蒼炎を出し、ココロは少しオドオドしつつ手から氷を出すと、シャドーはその場でワナワナと震え出す。
「許さん……もう許さんぞ――!」
発狂した様に叫び、氷塊から巨大なホタテが現れ、彼女達に向かって猛スピードで突っ込むと、2人は互いをかばう様に抱き合う。
「させへんわ!」
その時、後ろから声が聞こえて2人が恐る恐る顔を上げると、木刀を持った晦がホタテを殴り飛ばし、貝殻を砕いて中身に刀痕を付けていた。
「あの皆は……」
ココロが心配そうに仲間の事を聞くと、晦は顎をシャドーの方に振る。そこにはリンに逆手を取られ突っ伏しているペンギンの姿があった。
「クソガキが……」
「子供が嫌いでしたら、大人が応対しますよ」
シャドーがリンに悪態を付いていると、自分の眼前に笑顔を浮かべた神月と、渋い表情の三嶋が立つ。2人の黒いオーラを感じペンギンは恐怖で震え出す。
「そんなに怖がらないで下さい。私達は平和な話し合いがしたいんですから、取りあえずは少年の財布を……」
言い終わる前にシャドーは懐から財布を出し、彼の前に差し出した。神月は物を受け取ると中身を確認し、お札から小銭まで細かく数える。
「中身には一切手を付けていませんね? 正直に話した方が身の為ですよ」
そう言う彼の表情はにこやかな物だったが、背後には黒いオーラが漂っていて、リンも軽く怯えていた。
「ハイ! 使っていません! もうしません!」
「じゃあ次は俺いいッスか?」
涙ながらに話すシャドーを無視し、三嶋は神月に聞く。
「構いませんよ」
神月が笑顔で返すと、三嶋はリンを退かせ、クラーケンの方を指差す。
「あの化け物を元に戻せ。俺等の目的はそれなんだよ」
「馬鹿を言うな! 進化した存在を……もごぉ!」
シャドーが話そうとすると、三嶋は彼の口に銃をねじ込み、引き金に手を掛ける。
「良いから、やれ! どうなっても知らねぇぞ……」
三嶋は更に奥深く銃を突っ込むと、シャドーは泣きながら何度も頷き、全てのモンスターを元の姿に戻した。ただのイカやホタテに戻ったのを見ると、晦は手に取ってジックリと見る。
「ええ、イカに貝や……これなら最高のシーフードカレーが出来るで……」
「何をやろうとしてんだ?」
目を輝かせながら食材を見る晦に、リンは目的を聞く。
「私の方から説明するわ。ココロちゃんも来て」
泉に呼ばれ、ココロもリンと一緒に事情を聞かされる。銀幕市全体でカレー作りに取り掛かっている事を聞かされると、少女達は面白そうな顔を浮かべる。
「私達も手伝っていい?」
2人の申し出に泉は笑顔で頷く。少女達はカレー作りにはしゃぎ、その場で互いの手を取って喜ぶ。
「では食材を調達しに『まるぎん』へ向かいましょう」
話がまとまったのを見ると、神月は一足先にまるぎんへ向かった。
「オウ、お前も協力せえ」
晦はシャドーの手を強引に取り、神月の後を追い、彼も嫌々付いて行く。
「虎、あんたもだ。ここよりは涼しい所に連れて行ってやる」
三嶋に起こされ、虎王もヨロヨロとした足取りで、共にまるぎんへ歩き出す。
「私達も行こう」
泉も笑顔で2人を手招きし一行を追った。これから始まる楽しげな事に自然と2人の顔も綻び、手を繋ぎ走り出した。
冷房の効いたまるぎんに着いた一向は、シャドーの両手と虎王の背中にかごを乗せ、食材を探していた。
「取りあえず、皆さんで好きな食材を選んで来て下さい。買うかどうかは後で決めますので」
神月に言われると、それぞれリンは虎王、ココロはシャドーを連れて、それぞれ歩き出す。
「俺達も行こうぜ」
少女達の事を心配に思いつつ、三嶋達もカレーに必要な材料を求めカートを押して、スーパー内を散策する。
一通り回って、そこにはカレールーや野菜の他にも、ブルーベリージャムとコンソメスープの素があり、泉は物珍しそうに見ていた。
「バターとかは聞いた事あるんですが、こう言う隠し味は初めてです……」
「まぁ海軍じゃ基本だ。意外と美味いぞ」
三嶋が海軍式カレーの美味しさを泉に伝えていると、大量の食材を持たされた虎王とシャドーが疲れ切った顔でこちらに向かって来る。
「やっと来たか……って! 何やねん、それ!」
かごの中身を見て、晦は素っ頓狂な声を上げる。見た事も無い野菜・各種香辛料・キムチ・ジュースと言った、カレーには使えそうも無い物ばかりが入っていて、彼はシャドーの顔をまっすぐ見て話し出す。
「わしらマジで作ろうとしてんやから、茶化すのは止めてくれ」
「違う! 私達は止めた! なのに……」
シャドーが恐る恐る指差した先には、考え込みながらスーパーの食材を見続け、片っ端からかごに突っ込んでいく、リンとココロの姿があった。2人が理漫画を見ながら虎王を呼ぶと、お菓子が並んでいるコーナーに向かおうとする。
「待たんかい! スト――ップ!」
晦は宝玉をかざし少女達の動きを止める。歩き出そうとしたまま固まっている2人の前に、渋い顔をした三嶋が立つ。
「お前らな、もっと視野を広く持て。料理は食べてもらってナンボだ。それぞれ自己主張があるかもしれんが、食う相手のことを少しは頭に入れろ。な?」
呆れながら話す三嶋だが、2人ともむくれて納得行かないと言った顔をしていると、後ろから神月が話しかける。
「独創性を追わなくてもいいと思いますよ。基本に忠実に、丁寧に作れば割合上手くできるものです」
彼は穏やかな表情で言って少女達を納得させようとするが、それでも2人は面白くない顔を浮かべていた。
「ハイそこまで。2人とも、そんな顔しないの」
泉は2人の肩を抱き、少女達の顔と自分の顔を付ける。
「分からない事は全部教えるし、大丈夫。例え失敗しても私が何とかするし、一生懸命やれば失敗なんてしないよ。だから、どんな工夫をしたいかだけ教えて。私達も全力でサポートするから」
笑いながら泉に言われ、2人は彼女の穏やかさに一緒になって笑い、ポツポツと自分達がしたい事を話し出す。
「何か大変な事になりそうだな……」
三嶋は疲れた顔を浮かべ、この状況をニヤニヤと笑いながら見ている晦に愚痴を言う。
「まぁええやん。われに泉もおるし、最悪な事にはならんやろ」
「その通りです。私達、大人がしっかりしないと」
能天気に話す晦の後ろで、携帯を閉じて話を終えた神月が2人の元に寄る。
「皆さんに伝えて下さい。買い物を終えたら公民館の方に来て下さい。そこで我々の銀幕カレーが出来上がります」
用件だけを伝えると、神月は自分が買った材料のチェックを始める。手際の良さに三嶋は呆けていたが、晦に肩を叩かれると我に返る。
「わしらもチェックしようや。期待しとるからな」
屈託の無い笑顔で言われ、三嶋は軽く呆けながらも頷き、自分が買った物のチェックをし出した。それぞれが自分の理想を求め、銀幕カレーは作られようとしていた。
公民館の調理実習室には、前がけを付けたスパイクと植村がテーブルの前に座っていた。一同は材料を並べながら、ホワイトボードに手順を書いている神月を見る。
「お待たせしました。では今から話します」
マジックを指揮棒代わりにして、神月は指示を出す。基本的な調理は三嶋と自分が行い、残りのメンバーは野菜や魚介類等の下ごしらえをメインになる事を伝えた。
「とは言え。泉さん以外は皆、料理経験がイマイチなので、泉さんに皆の様子は見てもらいます。意見があるのなら、遠慮せずに私か三嶋君に言って下さい。では始め!」
神月の一声で一同はキッチンに向かい、各々調理を始める。シャドーと虎王は野菜を洗い、リンとココロは泉の指導の下、野菜を切る所から始めていた。
「そう。左手は猫の手にして、そうそう上手上手」
泉は穏やかな顔を浮かべながら、初めて包丁を持つ2人の緊張を解そうと褒めちぎっていた。その様子を晦は笑いながら見つつ、果物ナイフで人参に細工を入れる。
「そっちはどうだ……って何だこりゃ?」
様子を見に来た三嶋は晦が手に持っている人参を見て、間抜けな声を上げた。彼の手には赤い花が咲いていた。その美しさに見とれそうになった三嶋だが、首を2、3度横に振ると物を取り上げる。
「あのね。俺達、中華料理のフルコース作ってんじゃないんだぞ。用途用途で合わせないとさ……」
渋い顔を浮かべている三嶋に、晦は笑いながら手を合わせながら軽く頭を下げる。
「まぁ、これは取っておくけど、それはそうと……」
三嶋の目線は野菜を切るのに四苦八苦している姉妹に向けられた。切り口はバラバラで、形もいびつな物ばかりだが、泉は止めようとせず、彼女達のしたい様にさせていた。
「あれで大丈夫なのかよ?」
「まぁ泉さんにも考えがあるのでしょう。それよりもルーの方を」
後ろから神月に言われ、三嶋はハッと我に返り、慌てて自分の持ち場に戻る。晦も野菜切を再開し、全員、自分の役割を果たそうとしていた。
「しかし信じられない光景だな……」
スパイクはマジマジと一行の調理風景を見て、植村の方をチラチラと見る。
「かつて敵として戦った者と一緒に料理をしている事がですか?」
植村に言われスパイクは黙って頷く。映画内では敵として戦った虎王とシャドーが、何も言わず黙々と野菜を洗って娘達に渡している姿が、彼に取っては珍しい物だった。
「ここでは珍しくない事ですよ。物語は私達の手で作る。それが銀幕市ですから」
「そうか、良い所に来たかもな。ところで……」
スパイクが植村に話を振ろうとすると、2人の眼前にカレーが置かれる。呆然としている彼等の前で、おたまを持った晦がニヤニヤと笑う。
「完成だぜ。まぁ食べてみてくれ!」
晦は元気一杯に言って2人にカレーを差し出す。ルーは煌めき、野菜やイカも輝いて見え、鼻に通る香ばしい匂いがスパイクの手をスプーンに伸ばしたが、後ろで疲れた顔をして座っている2匹の獣を見て手が止まった。
「悪いが食べる前に彼等を呼んでくれ」
そう言われると、神月は笑顔を浮かべ、2匹の元に行き肩を軽く叩き、虎王とシャドーをスパイクの前に並べ、話をさせようとする。
「あんたの言いたい事は分かるよ。もう犯罪には手を染めない、何か仕事でも探すよ……」
「分かってくれて、私も嬉しいです」
後ろでニコニコと笑う神月に怯えながらも、シャドーはスパイクを安心させる様、苦笑いを浮かべながら話す。
「わしも篭るのは止めにする。『ネッチューショー』だっけか? しばらくは、それの治療に専念するよ」
「安心しな。俺が熱中症の対策に付いてバッチリ教えてやるぜ」
虎王の肩を叩くと、三嶋は彼に軽く笑いかける。敵達が敵で無くなったのを見ると、泉は2人にカレーを勧めようとする。
「さぁさぁ、もう良いじゃないですか。皆、一生懸命作ったから絶対に美味しいですから!」
半ば強引に進めようとする彼女に、2人は少し驚かされたが、腹の虫が鳴ったのも手伝い、ほぼ同時にスプーンを取り、口の中にカレーを入れて味わう。
(ルーはコクがあって美味しいな……)
植村の舌は味わい深い、カレーの味が広がっていた。まるで何日も煮込んだ様なとろける食感に彼の顔は綻び、幸せそうな表情を浮かべていた。
「煮込んだ割りには、イカが柔らかいな。魚介は煮込むと硬くなるのでは?」
スパイクが何気なく言った台詞に三嶋の目が光り、1歩前に出て具材に使われている同じイカを差し出す。
「良く聞いてくれました! これ、ちょっとした自慢なんです!」
彼の手にあるイカには、何重も細かく包丁で切られた後があり、例え煮込んでも食感や味が死なない様になっていた。
「あとは野菜の食感が面白いですね」
「ほら! 2人とも来て!」
植村の台詞に、泉は満面の笑みを浮かべてリンとココロを呼び寄せ、3人並んで彼の前に立つ。
「どの辺りがですか?」
真剣な表情で聞く2人に、植村は少し圧倒されながらも自分の感想を話す。
「その人の手で切られたと言う感が凄く楽しいんだよね。いびつさが逆に面白いとでも言えば良いのかな……」
「泉さん! 私達やりました!」
感想を聞くと、2人は泉に抱き着いて、喜びを表現した。泉も2人の頭を撫でながら、少女達を力強く抱き締めた。スパイクは娘達に友人が出来た事を喜びながらもカレーを食べ続けている。
「あら? もう無いのか……」
スプーンにカレーを盛ろうとした時、皿を擦る音に気付き、スパイクが下を見ると、綺麗に食べられ、何も無い皿があった。
「スイマセンがお代わりを……え?」
カレーの代わりに、晦は1枚の色紙と筆ペンを渡す。
「まだ残っとるけど、その前に、このカレーの名前を考えてくれや。わしらも食いたいし」
そう言うと晦はカレーが入った鍋に向かい、自分の分のカレーを盛る。他の皆も並び、カレーを取っていた。そこには敵も味方も無く、平和な光景があった。
「良かったですね。彼等の物語はこうして始まっていくと思います」
「そうじゃな……決めたぞ! このカレーの名前は……」
全員が自分の席に座り、カレーを食べようとした時、スパイクは色紙を一同に見せた。そこには達筆な文字で『大地と海の最強コラボカレー』と書かれていて、満足した笑みを浮かべると、全員がカレーを食べ出した。これから始まっていく、各々の物語に心を躍らせながら。
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クリエイターコメント | 皆様のお陰で悪党2人を改心させる事が出来、リンとココロも少しだけ成長する事が出来ました。そして最高のカレーが出来上がったと思います。
皆様、本当にありがとうございました。これからも精進いたします。よろしくお願いします。 |
公開日時 | 2008-08-16(土) 00:10 |
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