★ 死霊王の復活 ★
<オープニング>

 銀幕市が映画と現実の境界を失ってから、いくばくかの刻が流れた。人間の順応性が高いのか、銀幕市の人々だけがそうなのかはわからないが、最初は慌てふためいていた住人たちも、ムービースターやムービーハザードが存在する現実をそれなりに受け入れているようになっていた。
 その日の銀幕広場にも、いつもと同じ光景が広がっていた。待ち合わせで暇を持て余している人々や映画の話で盛り上がっている人々がいる光景は、銀幕市が『変わって』しまう前と大差はない。ただ、その中に映画の登場人物たちがいることを除けば、であるが。
 だからその時、銀幕広場にいたすべての者たちはすべて『その現象』に巻き込まれたわけであるが、必要以上に混乱を来たした者はいなかった。無論、多少の動揺はあったに違いないだろうが。
 その現象は、四つの変化をもたらした。一つ目は、広場一帯が一瞬で暗転したことだ。ある者は空を見上げてその原因を知ったであろうが、そこには暗雲が渦巻いていた。竜巻を知る人なら、暗雲の渦をそう喩えるかもしれない。
 二つ目の変化は、大地が荒れた岩肌のようになってしまったことだ。端正な街並みが一瞬で荒野に変貌し、冷たい風が吹き荒ぶ。
 三つ目の変化は、身の危険であった。二つ目の変化までで、何か危険があるのではないかと予想した者は少なくないだろう。岩肌の地面が随所で盛り上がり、そこからスケルトンやらゾンビやらといった化物が、雨後の筍のように次々に出現したのである。
 それら化物は殆どが手に得物を持っており、各々、近くにいる人間に向かってゆっくりと間合いを詰め始めた。化物たちが友好的ではないことは、誰の目にも明白であった。
 しかし最後の変化は、そんな危機に瀕した人間たち自身に現れ始めた。変化が発現した者は、衣服が甲冑へと代わり、そして化物と戦えという指示のように、武器がひとつ与えられた。
 一体、何が起こっている――?
 ロケーションエリア? ムービーハザード? 銀幕市を巻き込んでいる魔法の名前を、誰もが同時に想起した。
 その魔法が何という名であれ、これは悪意あるムービースターの仕業に違いない。では、その根源は何処に?
 広場にある、姉妹都市のロスアンジェルスから送られたというヤシの木すべてが朽ちた墓石に変化し、それらの中央に『影』が立ち上がる。その影は人間大まで巨大化すると、ゆっくりと宙に浮き上がった。
「くく……ここが、現実か。あちら側で我に辛酸を嘗めさせてくれた『奴』がおらんようだな。なれば、他の雑兵……人間どもなど、取るに足らんということか。では、鬱憤を晴らさせてもらうとするか」
 影は、辺りを見回すかのように、ぐるりと踊るように回る。
「さあ、死霊王の復活だ。我がしもべは、人間の魂を手に祝福せよ。『現実の人間』の魂は、さぞかし美味かろう」
 死霊王――この現象の根源が嗤う。

種別名シナリオ 管理番号10
クリエイター瀬島毅彦(wzvn8097)
クリエイターコメントファンタジー映画なんて、二、三本しか見たことないです。ファンタジー小説は子供の頃に大好きで、今は殆ど読まなくて、書くのは苦手です。でもある日、自分が勇者だったら? とかよく考えます。絶対、世界はダメになりますが。だから、世界(銀幕市)を正しく導いてあげてください。

参加者
南 香奈(cywr1605) ムービースター 女 12歳 魔法少女
ゆえ・高宮(cnps3953) ムービーファン 女 19歳 美大生
ヒュプラディウス レヴィネヴァルド(cmmt9514) ムービースター その他 20歳 邪神
<ノベル>

T Sole Survivor

 死霊王の世界と成り果てた銀幕広場にいた者の中には、この光景を見て『Sole Survivor』というタイトルの映画を思い出した者も、もしかしたらあったかもしれない。それこそが死霊王の棲んでいた世界の名である。
 映画のジャンルはファンタジーに分類されるのであろうが、今この広場にファンタジー映画好きのムービーファンがいたとして、その者でも知っている可能性は限りなく低いのではないだろうか。即ちそれだけマイナーで、取るに足らず、噂の端にも引っかからないような映画であったということである。そんなわけであるから、これからこの映画を是が非でも見たいという酔狂な者がいないという前提で、どのような話であったかを大まかに語ろう。
 物語はこことは異なる世界で始まる。そこには自然が溢れ、人々は平穏な毎日を重ねていた。しかしそんな毎日を突然、破壊する者が現れた。それが『死霊王』である。
 死霊王は死者を自在に操る能力で不死身の軍団を作り出すと、世界中の人間を殺して回った。別に目的があったわけではなく、多分、彼(あるいは彼女かもしれないが)の本能的なものがそういう行動に駆り立てたのだろう。
 平和であった世界は一瞬で混沌と恐怖に包まれた。人間は死を持たない死霊たちに為す術なく殺され、そして自分たちも死霊となっていった。世界を死霊が覆い尽くすのも、時間の問題だった。
 だが、人間の絶望たる死霊王が現れたように、また希望も遅れてやって来た。三人の人間、死霊に恐怖せず、死霊を滅ぼす力を持った勇者たちである。
 勇者たちはその特別な力で世界を解放へと導く。そして、死霊王との決戦――。
 その結末はタイトルが示すように、ある一人の人間以外のすべてが滅んでしまう、というものだった。その生存者は三勇者の一人で、人間は勝利したが勇者は守るべき者たちを守れず、自身だけが生き残ってしまう。皮肉な、というか、その程度のオチで物語は終わる。
 ちなみに劇中において、死霊王はここに現れているような、影のような存在ではなかった。いや、正確に述べるならば、影の姿は滅びる寸前の死霊王の姿である。醜い『実体』を持っていたが、勇者たちに倒され滅びる直前の一瞬にあのような影――残滓のような姿となったのである。
 その状態で現世に出現した死霊王は、それでも充分な魔力を秘めている。今ここに死霊王を倒した勇者たちがいない以上、情勢は人間にとって大いに不利であると言える。
 と、少なくとも死霊王は思っていた。だが、今の銀幕市にはこんな驚異に対応できる、言うなれば『勇者』たちが、それこそ死霊王のいた世界以上にいる。
 この、『死霊王の復活』に特に対抗した勇者たちは、映画と同じで三人いた。
 ごく普通の小学生だった、南香奈。
 日本画専攻の美大生、ゆえ・高宮。
 長巻を持つ少女、ヒュプラディウス レヴィネヴァルド。
 ここから先は、映画にはない物語だ。この三人が、どのように『死霊王の復活』を防いだのか、その顛末を篤とご覧いただこう!

U Revival

 死霊王の出現した銀幕広場中央に三人の人間の姿があった。それは元々この場所に、『たまたま』いたからであろう。それは本当に偶然であったのかもしれないし、もしかしたら天の配剤のようなものがあったのかもしれない。だから、『三人』であったことに意味があるのではないか、と死霊王は一瞬、考えた。自分を斃したのも、三人の人間であったからだ。
 ただ、この三人に恐怖は感じなかった。一人は幼い小娘だし、他の二人も年端の行かない少女であった。恐るるに足らず、である。ただ、気に入らないのは三人の内、誰一人として恐怖に震えていないことだ。それどころか、反抗的な目すらしている。
「我は死霊王なるぞ。その魂を我に捧げよ、愚かなる人間どもよ」
 死霊王は、苛立つ。小娘どもだが、自分を斃した人間たちのような『目』をしている!
「カナは“おろかなにんげん”とかじゃありません! 南香奈! ちゃんとした名前があるんだから!」
 と、一番、小さい少女は叫ぶ。三人の中で一番、幼い。死霊王のロケーションエリアの効果を受けたのだろう、漆黒のローブを身につけ、水晶のはめ込んである杖を持っている。小さな魔法使い、といったところか。
「ふむ、この幼子の言い分も道理だ。ワケもわからず、そなたに喰われてやると思うたか? それと、妾はゆえ・高宮……少女と違い、名を呼べとは言わないが……愚か者扱いされて黙っていられるほど、温厚でもないのでのぅ」
 その女、ゆえ・高宮も臆せず吠える。彼女は純白の法衣をまとった神官へと姿を変えていた。カナと同じく、ロケーションエリアの効果を受けたのだろう。
 ゆえはこの三人の中では最も、年長者であろう。ただ、それだけが理由ではない、落ち着きがある。それと彼女についてひとつ気になるのが、その肩に乗る奇妙な純白の小動物だ。ムービーファンに付き従いムービースターを喰う、確か名をバッキーという。
『クク……我を喰う、と……。面白い、我が逆に喰ろうてやろう。そして……』
 もう一人、その存在が些か奇妙であった。カナとゆえの間ほどの年頃をした少女であるが、雰囲気が――人間のそれと微妙に異なる。その少女は長巻のような武器を手に、眼光鋭く死霊王を睨みつけている。
「他の二人が名乗っていて我が名乗らないでは格好にならんか。我は、ヒュプラディウス レヴィネヴァルド」
 レヴィネヴァルドと名乗るそれには、やはり人間と違う威圧感がある。杞憂である、と思えないでもないが。
「ひゅ、ひゅぷらでぃ……お姉ちゃん、名前が長いよ」
 カナはレヴィネヴァルドの名を反芻しようとしているようだが、どうも上手く行かないらしい。
「む、そうか。ならば、レヴィで良い」
「ん、じゃレヴィちゃんで」
「……レヴィちゃん、か……」
 レヴィネヴァルドは頬をつり上げ、苦笑する。カナの言い様が楽しくてならない、といった風であった。
「ご両人、呼び名が決まったところで、話を進めて良いか。あまり余裕はなさそうじゃ」
 ゆえがあくまでも冷静に、しかし強い調子で二人を促す。ゆえには、周囲の状況がわかっているようだ。
「広場にいるの人間は妾たちだけではない、この奇妙な影が元兇ならばさっさと手を打ちたいところじゃ」
 辺りからは、人間たちの叫び声が聞こえる。死霊王の死霊軍団たちは、良く働いているらしい。一人でも多くの人間たちを葬り、その魂を捧げさせることにより、死霊王は再度、実体を得て復活する。そうすれば、今度のこの世界こそ、支配することが可能であろう。
 カナもその危険性を察したのか、急に表情をきりりと鋭く変えた。
「む〜、この前、倒した悪者よりもず〜っと強そうな雰囲気だけど、みんなを傷つけるなんて許せないぞ〜!」
「許せなければ、何とする。小娘!」
「“おろかもの”の次は“こむすめ”か〜!」
 カナは水晶の杖を振り上げ
「ファイヤ〜! ボ〜ルっ!」
 気合いと共に振り下ろす。すると、杖の先端からバレーボール大の火球が飛び出し、死霊王の胸元を貫いた。火球が貫いた箇所にはそれと同等の穴が開くが、それは数秒の間に元の影で埋まった。
「む〜! ファイヤーボールが効かないぞ」
「ふん、何も知らない小娘が魔法を使って見せただけで、充分、驚いた。だが、その程度が限界だろう」
 そう、幾ら死霊王のロケーションエリアの効果を受けたとはいえ、その力を使えるか否かは当事者の創造力や気力にかかっている。その点、カナは優れているのだろう。すんなりと魔法を使って見せるのだから。
 しかし――。
「何も知らなくないもん! こんな、悪者みたいな変な格好してるから、力が出ないんだもん! それに、それに、それに、それにぃっ! また“こむすめ”って言ったし〜!」
「よせ、汝の敵う相手ではない」
 そのカナを制したのは、レヴィネヴァルドであった。
「いいからレヴィちゃんはちょっと下がってて。“こむすめ”をバカにすると、恐いんだから」
 だが、カナは聞く耳を持たない。カナは杖を宙に放り投げると、その場でくるり、とステップを踏むように回転する。
「心愁うか弱き少女は、天空から舞い降りた天使となる……」
 カナの呟く言葉は、厳かな呪文のようであった。すると――光。闇が覆い尽くした広場に、光が現れた。それは香奈を包み込むと、一瞬だけ一際、大きく膨れ上がり、そして収縮した。
 光が収まった後、そこにいたのは香奈であって、香奈でない存在だった。黒いローブはパステルカラーのドレスのような装束に変わり、宙に投げた杖は再びカナの手元に落ちてきた時、一本の箒へと変化していたのである。
「マジック少女・カナ、光臨!」
 なるほど、ただの小娘ではなかったということか。それにさっきの魔法も即興で使って見せたわけではない、ただ本来からこの小娘が持っていた力だったのだ。
「そなたは、ムービースターであったか……。『マジック少女・カナ』は……詳しくはないが、アニメ映画だったかえ?」
 ゆえが言うには、カナもムービースターであるらしい。となれば、小娘と侮るわけにも行かないだろう。
 カナは箒に跨るとぱちん、と指を鳴らした。すると、それを合図にカナが重力の鎖から解放され、死霊王の上まで一気に飛び上がる。
「疾い」
 その動きは、死霊王でもギリギリ追えるといった程に、素早い。だが、攻撃力が伴わなければ、かく乱にもなりはしない。先ほどの魔法くらいなら、幾ら受けても回復は容易である。やはり小娘は小娘だ。
「今度は本気だからね! ファイヤ〜ぁぁぁっ!」
 カナは右手を振り上げる。人差し指を突き立てると、そこに再び火球が出現した。馬鹿の一つ覚え、というやつだ。効かないことをまだ、理解していない。
 しかも火球の大きさが、今度は野球ボールと同じかそれよりも小さいくらいだ。
「“キャノン”ボ〜〜〜ルっ!」
「何ッ」
 違う魔法!? 弾速はさっきの比ではなく速く、そしてかわすどころか身動きひとつする前にそれは死霊王に直撃する。今度は――貫かない!
「ぐぅ!」
 その『弾丸』は炸裂した。そして死霊王の右半身を容易く霧散させたのである。
「……おのれェ! 小娘と思って侮ったか……!」
 死霊王は右半身の影を再生させるが――。
「レヴィ……わかるかえ」
「あぁ、再生した彼奴の右半身が『安定』していない」
 再生した右半身の揺らぎが大きい。今の魔法の直撃で『ダメージ』を受けたのだ。これを充分に再生させるために、どれだけの人間の魂が必要だろうか。
 そしてダメージがあることは、ゆえとレヴィネヴァルドに見抜かれている。
「よっと、どうだ悪者!」
 そしてカナが二人の間に降り立つ。手強い――だが、あの小娘以外は、ここまで戦っていない。バッキーを連れているゆえはムービースターである死霊王に驚異であるが、レヴィネヴァルドなる者は武器こそ手にしているが戦わない。最初、奇妙な違和感を感じはしたが、やはり思い過ごしであったのか。
 だとすれば、カナから仕留めれば後はどうにかなる。死霊王は考える。
「カナ、今の魔法はまだ使えるのかえ?」
「ん〜、あれはちょっと連発はできないかも〜。パワーを溜めれば、も〜っと凄い魔法も使えるんだけど」
「力を溜めるのに時間がかかる、といったところか」
「その間、悪者が大人しくしててくれるといいんだけどな〜」
「……無理じゃろうな」
 どうやらさっきの魔法は虎の子の一発。まだ奥の手があるようだが、その前に葬ることは不可能ではない。愚かなり、人間!
「どのくらい、時間が要る?」
 だが、そこでずい、と前に出たのはレヴィネヴァルドであった。どうやら、時間を稼ごうというつもりらしい。
「わかんない!」
 レヴィネヴァルドの問にカナは即答する。レヴィネヴァルドは浅くため息を吐くが、決して動じてはいないようだ。毅然とした表情が、それを物語る。何かを企んでいるのか、それとも虚勢か。
 どちらにしても、死霊王には様子を窺う余裕はない。こちらが不死身ではないと知れた以上、長期戦は不利だ。
「命が惜しくば退がれ、娘。退がったところで、死ぬ運命に変わりはないがな」
 レヴィネヴァルドがどれだけの力を持っているか、それを計る意味でも時間をかける意味はない。死霊王はここで初めて、攻めに転じる。
「ふん、死霊王だ何だと大層に宣うが、どれほどのものか」
 それでもレヴィネヴァルドは退かない。長巻を一頻り演舞のように振り回すと、切っ先を死霊王へと向けた。
「まさか我が“勇者”代行とはな…悪い冗談だ」
「ふん、こちらは冗談ではないぞ」
 死霊王は、レヴィネヴァルドに向けて両手を突き出す。かつて、映画の中で勇者の内の一人を斃した、死の波動を召還する。突き出した両手の影から、暗闇が突風のように吹き出し、レヴィネヴァルドを襲った。
 いや――その波動はレヴィネヴァルドだけではなく、カナはゆえも飲み込む。
「ぬんッ!」
 レヴィネヴァルドは波動に向けて、長巻を突き出す。その長巻が青白く輝いた。
 ごう、と風が乱舞した。縦横無尽に強風が吹き荒れ、そして――それが収まった頃には、死霊王の放った波動はすっかり消え去っていた。
「まさか」
 その上、レヴィネヴァルドは長巻を構えたまま、そこにいる。無論、カナとゆえも無事であった。
「貴様……我が力を相殺したと?」
「ふん、云うほどではないな、死霊王。だが……こちらもこの姿では限界か。できれば……真の姿は見せたくなかったのだがね。我のほうが魔王と見られるではないか」
 その光景もまた、信じがたいものだった。それは仲間であるはずのカナやゆえも同じなのだろう、二人とも目を剥いている。
 レヴィネヴァルドに現れた変化は、カナが見せた変身の類ではない。闇の深淵――光とは正反対の。
 その体長は十メートルほどまで巨大化し、上半身は五つ眼に四本の腕、昆虫のそれに似た六枚の羽を持ち、下半身は百足のような奇妙な形状。それは、まるで――。
「ま、魔王……」
 ゆえが、思わずして呟く。そう、その姿はまるで、魔王そのものではないのか。死霊王が畏怖するほどに。
「汝、『王』を名乗っているが……ならば、跪け! ……我は、『神』なるぞ……」
「クク……邪神というわけか。最初、貴様に感じた違和感は同じ闇の波動であったか」
 この存在は死霊王と同じ――いや、それよりも中庸なる存在。純粋な、力としての存在だ。
「ふえ〜、レヴィちゃんも変身できるんだぁ」
 カナが感嘆の声を上げ、レヴィネヴァルドは静かに笑って返す。
「残念だが、カナとは違うのだ。これが『元の姿』であって、人間の姿になる方が汝で言うところの『変身』になる。だがどの道、我が持つ闇の力では奴を倒し切ることはできまい……カナの魔法か、ゆえのバッキーか……手段は問わん。時間は我が稼いで見せよう」
 窮地だ。邪神に、魔法使いに、バッキー持ち。あの時の、勇者どもを相手にした戦いの比ではなく、窮地である。
 どれから倒す――? いや、そもそも倒せる相手なのかどうかも、死霊王にはわからない。
「ムービースターが二人もおるなら、さっさと気の利いたロケーションエリアとやらでこの状況を収めれば良いではないか!」
 ゆえが抗議の声を上げる。が、レヴィネヴァルドは三度、苦笑する。
「我がロケーションエリアはな、中空である。空を飛べぬ者がどうなるかはわからんが、それでも良ければ発生て見せよう」
「あ、カナは空を飛べるからおっけ〜だよ」
「馬鹿者! この広場には飛べん者の方が多い! ……妾も含めて、だがの」
「よ〜し、じゃあここはカナのロケーションエリアで、ずばっとやってみよっか!」
 危険だ。この上、自分の知らぬロケーションエリアを展開されては、一層、不利になることは目に見えている。ここはとにかく、カナを叩かねばならない。
 死霊王はカナに向かい突進を試みるが、しかしそれもすぐに断念せざるを得なくなる。
「何処へ行く? 跪け、と言ったはずだ。それにもし、貴様に行き先があるとすれば……それは冥府に他ならぬ」
 レヴィネヴァルドが行く手を防ぐ。
「小癪な!」
 死霊王は再度、暗黒の波動を放出する。近距離で一気に放出すれば、レヴィネヴァルドでも受け切れまい。
「楯突くか、死霊の王!」
 だが、受けられるのだ。レヴィネヴァルドには。
 人型であった時のレヴィネヴァルドの長巻が二対の超大剣へと変化し、それを四本の腕で交差するように構える。暗黒の波動は剣が受け止め、そして静かに消滅させた。
「ふん!」
 レヴィネヴァルドは剣を横に薙ぐように振るうが、その一撃は死霊王の体をするりとすり抜ける。カナが最初にファイヤーボールを放った時と似ているが、それ以上にダメージはない。所詮、暗黒を所在とする者同士であるのだから、その力は致命傷にならないのだ。
 だが、レヴィネヴァルドの目的が時間稼ぎであるならば、それで充分過ぎる。逆に死霊王にとって、これほど厄介な話はない。
「行かせぬ」
「くッ……」
 カナは何事か、準備をしている。未然に防がねば、こちらがやられる。
「ちなみに、カナのロケーションエリアはどのようなものなのじゃ?」
「これで、みんな魔法使いになれるんだよ。それと、カナの必殺技はみんなの想いの力を、ロケーションエリアで借りることで……あー、えっとぉ……まあ、要するに」
「わかった、無理に難しく説明せずとも良い。要するに……カナのエリアの影響を受けることができれば、魔法使いになることができるし、その上に必殺技を使う条件にもなっていると、こういうわけじゃな?」
「あ〜、そんな感じかな〜。とにかくぅ! ロケーションエリアぁ!」
「やめろ!」
 死霊王は叫ぶが、それがどれだけ無駄な行為であるかはわかっていた。
「発・動っ!」
 暗黒の世界が変化しようとしていた。黒い絵の具の上に、白い絵の具を乗せる。最初はそんな、小さな点のような変化。
 そして変化は大きくなって、いつか混じり合う。その結果がどのような色になるかは、互いの絵の具の量次第、といったところである。
 カナのロケーションエリアが発動したことで死霊の軍団たちが消えることはなかったが、風景には幾らかの変化が現れた。まず、空の暗雲の隙間から光が差し込んだ。そして、岩肌の大地に、何輪かの花が咲き始めた。それは小さな変化、だが何かの兆し。
「行くよっ!」
 カナは箒に跨り、再び空へと翔る。曰く、『必殺技』を放つためにだろう。
「レヴィネヴァルドといったな、貴様は何故、人間に組する! 貴様は我らが側の存在のはず!」
 こうなったら、手は選んでいられなかった。というよりは、もはや苦し紛れではあったが、レヴィネヴァルドを懐柔する手を、この期に及んで実行に移したのである。これもまた、無駄であることは何となくわかってはいたが、やらずにはいられなかった。
「ふん、実力行使で敵わないと見るや、一転して我を懐柔しよう、というわけか。浅ましいな、その上に見苦しい。そのような者に王を名乗る資格はない」
「ぐう……きっさまはァ!」
 わかり切った回答。それ以上でも、以下でもない。
「我は、人間に組しているわけではない。ただ、攻めて来る者を倒しただけだ。それが人間か『暗黒の使者』かの違いなど、我には些事である」
「ふん……そうか。クク……クックック……我が不明は侮ったことであったか……『創造力』を……!」
 死霊王――その存在を生んだのは、他ならない人間である。映画という世界で、ただ人を殺戮する存在として、死霊王はいた。そして、勇者たちに倒される宿命から逃れられず、何度でも消滅の時を待った。
 それが遂に、そのループを抜け出した。外の世界へ――嗚呼、新しい世界との出会い。その世界こそ、自らの手で破壊し尽くしたい。今まで、なされるがままに消滅して来たのだから、一度くらいはそう考えても、罰は当たるまい。死霊の王に罰も何も、あるまいが。
 眩い光が、空を覆っていた。その光の中央には、カナがいる。
「カナのエリアの中にいる、すべての人たち! まだ、死ぬわけにはいかない沢山の人たちの想いが、カナの力になるよ!」
 光は、ひたすらに大きくなる。カナの言葉が真実であるなら、死霊の軍団たちが人間に与えた恐怖は、逆に生存への本能、生きる願いを生み出す力へと変じた。
『そういうものか……』
 その光が死霊王を消滅させる。
「浄化と転生の炎、道を誤りしかの者を導く光となれ……」
 巨大な光が一点に集約し、それは輝きを増す。カナが放つ、その輝きの名は――。
「スターライト・ファイナル!」
 光が放たれた。レヴィネヴァルドの姿は、既にない。邪神、という割には、逃げ足の早い奴だと思う。
 いや――奴はあの光から逃れることができる。死霊王には、それができない。この光で消滅するしかない。
『本当に、そうなのか……我は……ここでも消える。いや……消えたくはない』
 多分、死霊王に心というものが生まれたとしたら、本当の意味ではこの瞬間だったのではないだろうか。少なくとも死霊王自身は、そうではないか、と思っていた。
 死霊王は最後の力を振り絞り、眼前まで迫った光を闇の両腕でガードした。押さえ、弾き、それで生き残れる。たった、それだけのことだ。
「がぁぁぁーッ!」
 ここで消えてたまるか、という一念だけだ。他に、死霊王には何もなかった。なかったが、その力はとても――大きい。
 それを、知った。
「おおおおおおお!」
 爆発と閃光。その後に、死霊王は存在していた。死霊王の想いは、カナの放った光に耐え切った。耐え切り、生き残った。ただ、死霊王の存在そのものである『影』は、もう人間の赤子ほどの大きさに縮んでいた。いや、消滅した、と表現する方が、或いは正確なのかもしれない。
 ただ、耐え切ったことが満足だった。そういえば、映画の中ではどうやって負けたのだ? 今となっては、それも思い出せない。ただ、こんな気分ではなかったと思う。
「感傷に浸っているところを悪いがのぅ」
「……そうか……ここが『終焉』というものか……」
 死霊王の最期に現れたのは、ゆえ・高宮であった。彼女は最初の神官の服装ではなく、カナのようなパステルカラーのドレスを身にまとい、箒に跨り飛んでいた。そして、目の前まで迫っていた。
「マジック少女・ゆえ! 推参ッ!」
 ゆえは叫ぶ。右手にバッキーのちまを乗せ、それを死霊王へと突き出し――。
「頼むぞ、ちま! 哀れなる死霊の王に、安らかな眠りを!」
 ゆえのバッキー、ちまが死霊王を喰い、そしてこの広場での戦いは死霊王が言う通り、終焉を迎えた。
 その後に残ったのは、事件の記憶とひとつのプレミアフィルム――。

V Epilogue And Prologue

 銀幕広場を舞台にした、B級ファンタジーの映画に端を発する戦いは、こうして幕を閉じた。奇跡的にも人間に死者は出ず(当然、怪我人は出たが)、死霊王のロケーションエリアが解けると広場はいつもの姿を取り戻した。まるで、何事もなかったかのように。
 カナとゆえ、レヴィネヴァルドはやはり広場の中央にいた。ただ、ここに死霊の王はおらず、ただヤシの木の葉が涼風に揺られていた。
 そして事態を収めた三人の勇者たちも、死霊王が出現する前の姿に戻っていた。
「終わった、か」
 再び少女の姿に『変身』したレヴィネヴァルドが呟いた。
「そのようだ」
 ゆえが、手にあるプレミアフィルムを掲げながら答える。この戦いの結末が、このフィルムなのだ。
「へ〜、これがプレミアフィルムか〜。カナやレヴィちゃんがちまちゃんに食べられちゃったら、こんなんになっちゃうんだねえ」
「ふん、冗談ではないな……まったくもって」
 ムービースターたちの心配を余所に、ちまはけふっ、と息を吐く。どうやら満腹のご様子であり、今すぐカナとレヴィネヴァルドが喰われる心配はなさそうだ。
「このフィルムはどうするかえ?」
 ゆえが、プレミアフィルムをカナとレヴィネヴァルドの前に差し出す。この戦いの顛末、唯一の成果物だ。
「ゆえのバッキーが喰ろうた結果だ、飼い主であるゆえが持つべきだろう」
「カナもそれでいいよ〜」
 ゆえは二人の意見にふむ、と深く頷き
「ならば、これは妾が受け取ろう。どうするかは……これから考えるがの」
 これで、銀幕広場に起きた戦いは、完全に終わった。三人の“勇者”は、互いに見合いながら――少し、笑った。
「ところで、ゆえ……少し疑問であったのだがな……」
「何だ?」
「最後……カナの魔法は、必殺の一撃となるはずであった。だが、死霊王は耐えることに成功した。ゆえ……貴殿は、そこでカナのロケーションエリアの効果を借り、魔法の力で死霊王へと突撃していた。もし、少しでもタイミングが遅れていたら、死霊王に逃げられていた可能性もあった。……あの事態を見越していたのか? あの一撃では斃せない、と」
「別にカナの力を信じていなかったワケでも、ましてやあの事態を見越していたワケでもない……ただ」
「ただ?」
「妾にも“小娘”の時代が、当然あってな。……やってみたかっただけじゃ……もう少女、というワケにはいかないが、一回くらいは、な」
「ククク……この世界の人間は、面白い。そうか、やってみたかった、か」
 レヴィネヴァルドは苦笑しながら、踵を返す。
「カナ、ゆえ、また会うこともあるかもしれぬ。ただ……その時はこの姿ではないかもしれないがな」
 そして、平穏を取り戻した広場の雑踏へと、去っていった。
「ん……じゃ、カナも帰ろっかな。ゆえちゃん、楽しかったよ。それと、マジック少女になった感想、どだった?」
「カナと同じだ、“楽しかった”」
「ん」
 カナが笑顔で、手を差し出す。ゆえはその手を握り、そして三度、大きく上下させた。
「またね」
「あぁ」
 その手を離すと、カナもまた、群衆の中へと去っていった。カナは群衆埋もれるまでに何度もゆえを振り返り、大きく手を振った。
「さて、と」
 一人、残ったゆえは、空を見上げる。雲一つない、蒼天。確かにそこを、ゆえは――飛んだ。
「創造力は……空を飛ぶ」
 そして呟き、ゆえも日常へと帰っていく。
 ここから先は、映画にも、そしてここにもない物語だ。三人の勇者が、これからどのような活躍をしていくのか、それはまだ誰も知らない、これから始まる物語。


クリエイターコメント初仕事なもので、右も左もわからぬまま、ええいやっちまえと勢いに任せてやったら、何だかとても長くなっていました。読み難い、と思われるようでしたら、それは自分の力量不足です。ごめんなさい。

それと、参加していただいた方々、読んでいただいた方々、ありがとうございました。
公開日時2006-10-16(月) 11:00
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