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<ノベル>
■スタート前
「え? 仮装、障害物競走……?」
「スミマセンッ!!」
競技開始前、集合場所に集まった参加者に向け植村は大きく頭を下げた。
その後ろで情けない顔のまま、ウロチョロしているのは今回この競技の受付を行っていた山西だ。その落ち着かない様子に植村が新人を前に引っ張り出し、無理矢理頭を下げさせる。
「あのっ、仮装ありっての、説明するの忘れてまして……っ!」
再びスミマセン、と揃って頭を下げる対策課の職員に、一同は顔を見合わせた。
「仮装って、とりあえずくじ引いて着替えて走ればええんやな? 別に障害物が増えたっちゅーだけの事やろ。わしは別に構わんで?」
そう言って朗らかに笑ったのは真っ赤な狐の神様、稲荷神の晦 (ツゴモリ)である。
そんな大袈裟な、とカラカラと豪快に笑う彼は恐らく「仮装」がどういったものかよく分かっていない。これから自分がどんな格好をさせられるか、ということを……。
「面白そうじゃねぇか! イベントらしく賑やかで華があってな。俺様の華麗な着こなし、見せてやるぜぇー。もっちろん参加するって、なぁ?」
ノリノリで名乗りを上げた何でも屋のガーウィンは、年の割には無邪気で子供っぽい魅力に溢れる男だ。今にも走り出しそうなほど、楽しげな雰囲気を纏っている。
全開の笑顔で己の胸を拳で弾くと、ガーウィンは隣でぼんやりと集まりつつギャラリーを眺めていた相棒に向け同意を求めた。
「え!? ええ、まあ。私も別に構いませんが……」
居候先の主に勢いよく背を叩かれ、慌てて姿勢を正した柝乃守 泉 (キノカミ イヅミ)は頷きつつも語尾を弱めた。
異界の迷い人として、あらゆる世界を渡り歩いてきた彼女。辿り着いた先には、独自の文化とそれに準じる様々なファッションスタイルがあった。それは銀幕市に実体化しても同じ事だ。
だからガーウィン同様仮装に対しては、それほど抵抗はない泉であったが、
(ちょっと、観客多くない……?)
年頃の娘らしく周囲の目は気になるもの。それにきっと、同じガレージに住まう家族のように大切な人達や、大好きな友達も見に来てくれているだろう。
変な仮装が出ませんように、と泉は小さく祈った。
「あの、他の皆さんは……?」
山西に縋るような視線を向けられ、チェスター・シェフィールドは苦笑交じりに小さく息をついた。
「なんであんたそんなにオドオドしてんだよ。やるよ。運動会とか、その仮装障害物競走っての?参加した事ねーからよく分かんねぇけど、面白そうだし。ま、何とかなるだろ」
勝気な笑みを浮かべたままチェスターは改めて参加を表明すると、次の瞬間年頃の少年らしい好奇心に満ちた色を湛え、その瞳のきらめかせた。
一瞬にして猫のよう表情を変え瞬く琥珀色の瞳が見据えるその先は、競技のコース。
平均台に鉄棒にトンネルなど、様々な障害物の間に、仮装用のくじ引き台と簡易更衣室が設置されている。
(負けんのは面白くねぇし、勝たねーとな)
チェスターが心の中で勝利を誓ったその瞬間、ポンと両肩に手を置かれた。
「もちろん、私も参加させてもらうわ。変装、仮装は得意中の得意。お手のものよ? エージェントを舐めてもらっちゃ困るわ」
寸前まで気配のなかった背後に、驚きチェスターは慌てて振り返った。
そこには何時ものバトルスーツや秘書服は脱ぎ捨て、爽やかなスポーツウェアに衣装チェンジした夜乃 日黄泉 (ヨノ ヒヨミ)が唇に笑みを乗せ立っていた。
いつの間に、と目を見張るチェスターに、同じチームね、と片目を瞑る日黄泉。ミステリアスで神出鬼没な彼女らしい登場だ。
「酷いなぁ、植村さん。僕には聞いてくれないんですか?」
言葉の割には声音も表情も特に憤った様子もなく、むしろ楽しげにそう声を上げたのは、今回唯一のムービーファンの参加者、薄野 鎮 (ススキノ マモル)である。
過去の依頼を見ても、プライベートでの出来事を見ても「女装のエキスパート」と称される程の化けっぷりである鎮。
何もしていなくても日頃から既に男装の麗人ぶりを遺憾なく発揮している彼が、今更「仮装」如きに抵抗がある筈もなく、その為あえて参加の意志を問わなかった植村は、鎮の科白にただ曖昧に笑みを返しただけだった。
晴れて無事全員の参加が確定した所で、日黄泉は同じ白組のメンバーに呼びかけると、形の良い唇にチャーミングな笑みを乗せた。
「さあ、皆集まって。同じチーム同士、頑張りましょう。やるからには全力で、負けないこと」
「いいわね?」と中央に出された日黄泉の手の上、「おう」と威勢よく晦が、「もちろん」と笑顔で鎮が、「了解」と肩を竦めながらも最後にチェスターが。それぞれの手を重ねた。
「勝利に!」
弾む声に重なる声音。白組のメンバーはチームの勝利を誓った。
「うむむむむー。チクショウ、見せつけやがって」
腕組みのまま眉間にシワを寄せたのは、その光景をすぐ近くで見ていた紅組のガーウィンだ。
自分のトレードマークでもある紅色のチームになれた事を彼は喜んでいた。
シャツも、通称愛馬のバイクも、右耳の貝殻ピアスも、赤。赤はまさに男の中の漢、真の漢に相応しい色、である。らしい。本人曰く。
喜んだのも束の間、6人で行われる今回の競技、紅組の参加者は自分と相棒の2人だけだった。
もちろん、負ける気はしない。全力で勝ちにいく。
しかし敵方のシュプレヒコールを間近で目の当たりにし、やはり数の上での劣勢は如何ともし難い。
「わあ、凄い……」
現に泉など、彼らの声に口を開け呑まれてしまっているではないか!
これは、負けていられない!
「うおい、オラ泉! 俺達もやるぞ!」
「え? は? 掛け声ですか? いや、でも、2人でやっても…勢いないしあんまり……」
「馬ッ鹿! 始まる前から負けててどーすんだよ。威嚇だよ、威嚇! オラァッ!!」
「ぎゃッ!! ちょ、ガーウィンさん!? あ、危ない、落ちるから、降ろしてぇ……ッ!!」
突然、ガーウィンは乙女の股の間に後ろから頭を突っ込むと、そのまま気合で持ち上げた。
肩に担ぎ上げられた泉は当然、高くガーウィンの上。肩車状態である。
しかもこの2人、片や身長183センチ、片や女性にしては長身の172センチと、非常に背が高い。故に敵を威嚇する為に出来上がったトーテムポールは、競技場ないでも一際目立つ物凄い高さになった。
しかし。
「アラ、凄い」
「あははっ、何やアレ!」
「元気だなァ」
「何やってんだ、アイツ等……」
白組に対する効果は特になく。
「うひぃ! ちょ、どこ触ってんですかぁ……!!」
「だだだっ! 痛ぇってこのバカ泉! 髪掴むな、抜けるハゲるハゲるっ!!」
「危なッ、バランス…! わっ落ちる落ちる、ぎゃひいぃぃぃぃっっ!!」
「ぐえっ、首、太ももで絞めんな…馬、鹿……ッ」
スタート前から紅組の2人は、かなりの体力を消耗する事となってしまった。
「……ハア…ハァ……ハ…ァ……」
「…ハ、ァ……ハァ…ハァ……ガ…ウィン、さん、の…馬鹿……」
「…………う、スマン……」
■スタート→第1仮装ポイント→平均台
――パアァンッ
スタートの合図が、秋晴れの銀幕市の空、高らかに響き渡った。
ギャラリーの歓声と共に、一斉に走り出す走者達。
運動神経には自信のある者ばかりが揃った今回の競技である。列は横一線。足の速さは皆
拮抗していた。
性別、年齢、チームに関係なく、ほぼ同時に第1仮装ポイントであるくじ引き台に辿り着く。
箱に手を入れて、中の紙を掴み引き抜く一同。
二つ折りされた紙を開き、引き当てた仮装内容を見た時の、走者の反応は様々だった。
「オッケー」
「あ、ヨカッタ」
「なっ、なんやコレ!?」
「へぇ、案外普通だね」
「……ふぅん」
「ゲッ!」
ちなみに、第1仮装ポイントのテーマは、「動物」である。
簡易更衣室に飛び込み、走者達は素早くそれぞれの仮装に着替え始めた。
この競技、早着替えも勝利へのポイントとなってくる。
しかし。
「何で、何でわしがタヌキなんぞに……!」
仮装の衣装を手に更衣室に入ったものの、晦は中々着替えずにいた。
というのも、彼が引いたのは呟きの通り『タヌキ』だったのである。
着ぐるみタイプのソレは、足元から指先まですっぽり覆う全身仕様。臀部には丸みを帯びた巨大な尾が付けられ、別れた首から上の頭部は顔の箇所だけくり抜かれたヘルメット型だった。
「わしは…キツネ……稲荷神の誇りにかけてこんな物……イヤでも参加したからには、きちんと責任を果たさねば…くうう……」
キツネとしてのプライドが、彼にタヌキの仮装を躊躇わせたのだろう。
しかし共に勝利を誓ったチームのメンバーや、競技を楽しむギャラリー、果ては運営の職員達の顔まで思い浮かび、晦の心を揺らす。
途中で投げ出すなど、そんな不義理と無責任な真似が人々の幸せを願う神である彼に出来る筈もない。
「ううう、くそう!」
咆哮の後、晦は覚悟を決めたのかしぶしぶ着替え始めた。
手を動かしてから、その先は早かった。
一刻も早く脱ぎ去る為には、次の仮装に着替えることだ!
大急ぎで最後の頭の部分を被り、晦は更衣室を飛び出した。
周囲から、わっと上がる歓声。しかし観客の視線の殆どは、晦を飛び越してどうやら隣のコースに向けられているようだ。
「?」
不思議に思い首を巡らせ、晦が声を上げた。
「あああっ、キツネ!!」
抜群のプロポーションを誇るナイスバディを包むのは艶やかなビロードの生地。つま先から首元まで覆う仕様は晦と一緒だが、着ぐるみとは違いこちらは全身スーツタイプだ。手首と足首、そして首元には柔らかそうなファーがあしらわれ、形の良いヒップの上揺れるのは見慣れたフサフサの艶やかな尾。そして、むき出しの頭部にはカチューシャタイプの尾と同色の付け耳が己が存在を主張していた。
『キツネ』である。
誰よりも早くセクシーなフォックスウーマンに変身を遂げ、観客の声援に手を振って応えるのは日黄泉だった。
晦の叫びに振り返ると、
「さあ、行くわよ?」
ウィンクをひとつ、日黄泉は軽やかに走り出す。
「うう、わしはタヌキやない、キツネやぁ……!!」
怒声のような掛け声の後、晦も第2仮装ポイントを目指し駆け出した。
『狼』と書かれた紙を引き当てたチェスターの反応は始め薄かったが、実際の衣装を見て「なんだコリャ!?」と声を上げた。
「こ、こんな格好すんのか……?」
手にしたのは狼耳に狼の尻尾、肘から手の先まで覆う狼の手のグローブだ。手の平には、ご丁寧にまあ、爪と肉球まで付いている。
「完全にコスプレってヤツじゃねーか」
唸りながらもチェスターは急いでそれらを装着した。
晦同様、次の仮装ポイントでさっさと脱いでしまおうという考えだ。
「……この格好で走るのはなぁ。恥ずかしいしダメージ大き過ぎだろ。……うう、早い所クリアしねーと」
一瞬の躊躇いの後、気合と共に更衣室のカーテンを引き開け外に飛び出す。
キャア、カワイイ!と上がる歓声は、この際聞かなかった事にする。
それなのに。
「やあ、可愛いね。狼さんだ。よく似合ってるよ」
「……あんた、何でそんなモン付けてんのに、そんなに普通なんだよ」
「えー?」
同時に隣の更衣室から走り出てきた鎮に話しかけられ、チェスターは半眼で彼を睨みつけた。
目が笑っている。明らかにからかってやろう、というオーラが全身から全開で出ている。
楽しげに突如絡んできた鎮自身はといえば、チェスターの仮装のバージョン違いか、猫耳、猫の尻尾、猫の手グローブ。白のふわふわの毛並みで、耳の中と肉球はピンクときている。オマケに、首輪に金の鈴付き『猫』だった。
そんな可愛らしいマニア心をくすぐる仮装だというのに、当の鎮は特に臆する事無く、むしろ抜群に似合ってしまっているのが彼の怖いところである。
「いいんじゃない、楽しくて。それに、こんなの序の口だよ。たぶん」
「くそう!」
恐ろしいことをさらりと言われ、チェスターは舌打ちをした。
楽しいのか? これは楽しいのか? 観ているギャラリーは大いに沸いてはいるが。
しかし、やってる当人にしては堪ったもんじゃない。
「ぜってぇー脱ぐ! さっさと脱ぐ!!」
「あはははは」
狼さんと仔猫ちゃんコンビは揃って走り出した。
そして、紅組の2人はと言えば……。
「えええー駄目なんですかぁー!?」
チェスターと同じく『狼』の仮装を引いた泉。
これなら簡単とすぐさま変身して駆け出した瞬間、泉は係に止められコース半ばまで戻されてしまった。
「仮装障害物競走、ですから。仮装は実際に着替えていただかないと……」
初めに言っといてよ、と愚痴りながらも泉はロスした時間の分、大急ぎで着替え始めた。
渡された仮装は、既に先に行っている日黄泉のバージョン違い。セクシーな狼スーツである。
体のラインが露わになるこの衣装に、泉は少し恥ずかしさを感じたが、本人無自覚の抜群スタイルは彼女の魅力をよく引き出していた。
首もとのファーに噛まない様、慎重に。しかし素早く後ろのファスナーを項まで引き上げる。
カチューシャタイプの狼耳を装着すれば、着替えは完了だ。
「よしっと……。急がないと!」
そういえば、くじを引いた瞬間「ゲッ」と嫌な声を上げていたガーウィンはどうしただろう。
ふと同チームの相棒を思い出し、その瞬間更衣室の外から聞こえてきた大爆笑に泉は嫌な予感に襲われた。
恐る恐る捲るカーテンの向こうには……!?
「うるせぇうるせぇうるせぇ! タダでこのガーウィン様の脚線美、拝ませてやってんだからありがたく思え!!」
「うひぃ……っ!」
『ニワトリ』がいた。
巨大なボディは優に本人の3倍はある。ハリボテの着ぐるみに顔と腕と足の部分だけ穴が開き、そこから生えているのはガーウィン自身の生身の体。
腕には更に羽の手が付けられ、足元は大きな3本に別れた鳥特有の黄色い足。
どちらも3倍ボディと同じサイズで、相当デカい。
そして破壊的な視覚ダメージを泉と周囲の観客に与えたのは、ガーウィンの剥き身の生足だった。
ヤンチャな性格から若く見られがちではあるが、これでもこの男39歳。立派なオッサンである。
そのオッサンの生足。当然スネ毛もボーボーだ。
「あ、泉遅せぇ! いくぞっ!!」
ニワトリが振り返り、ドスドスとガニ股で土煙を上げ走っている。
その何ともシュールな光景に、泉は恥ずかしさも忘れ呆然の態で、相棒の背を追い後に続いた。
第2仮装ポイントへの行く手を阻むのは平均台だったが、この障害は皆難なくクリアしていった。
身軽な鎮は声援に手を振りながら、ぶっきら棒な表情のチェスターも抜群のバランス感覚で台の上を駆けていく。
高いピンヒールを諸共せず、華麗なステップを踏む日黄泉。
同じくセクシーな狼ボディスーツに身を包む泉が、歓声と口笛に頬を染めながら走り抜けていく。
元々身軽な晦も動きづらい着ぐるみ姿でよく飛んだ。平均台の途中、邪魔な巨大な尾が一瞬彼の体をグラつかせたが、持ち前のバランス感覚と気合で態勢を立て直し渡りきる。
最後に巨大ニワトリのガーウィンが、器用に台の上でもドスドスと足音を立てながら通過し、平均台は全員クリアとなった。
■第2仮装ポイント→鉄棒
続いて第2仮装ポイント、今度のテーマは「職業」である。
くじを引いた走者達は、ある者は息を飲み、ある者は悲鳴を上げ、ある者は首を捻りながら、それぞれ設けられた更衣室へ消えていった。
今度は普通だ、と安堵しながら取り出した仮装を一番に着替え終えたチェスターは自分の様に唸り声を上げた。
「何だよ、俺への嫌味かよ!」
彼の引いた仮装は『看護師』。
白の長袖に白の長ズボン。最近病院でも見かける事が多くなった、男女兼用のコスチュームとなる白衣だった。
一般的にナースで思い浮かぶピンクや白のワンピースのアレ、ではないので一部の観客がガッカリしたかもしれないが、チェスター自身は胸を撫で下ろしていた。
それなのに。渡された衣装は、大きすぎたのだ。
袖も裾もブカブカのまる余り状態である。
「ああもう、一気にやる気をへし折られた、くそ!」
成長過程の少年にはやや大きかったその衣装。転んではたまらない、とチェスターは大急ぎで余った部分を捲くり始めた。
その隣の更衣室で、しきりに首をかしげているのは晦である。
タヌキを脱ぎ去りたい一心で、超特急で着替えを済ませた彼は、ふと自分の姿に眉を寄せた。
「これは、何の職業やろ……?」
和風ファンタジー映画出身の晦は、銀幕市に実体化して驚きの連続だった。
見た事もない町並み、人々の暮らし、食事に、習慣。居候先の店主に色々教えられ、同居のウサ耳少年に振り回されながらも助けられ、一つ一つこの街の事を学んできた。
それでも、分からない事や物は多い。
そして、自身が今まさに勘で身に着けた仮装も、晦が初めて見る衣装、知らない職業だった。
「ま、ええか。とりあえず、次は鉄棒っと…………うおっ!?」
更衣室を出た瞬間、観客の女性陣から黄色い悲鳴が上がった。
注がれるのはハートを帯びるウットリとした熱視線。それはもちろん晦の全身に向けられている。
黒の革靴、黒のスラックス。キッチリと一番上まで閉められた白いシャツの襟元に結ばれた黒のタイ。長袖のシャツの上胸元を覆うのは、これまた同色の黒のベスト。そして、さらにその上に羽織られたのは、長い丈は膝にまで及ぶ金ボタンの黒のジャケットだった。
バトラー衣装、所謂『執事』である。
「なんや、コレ人気の職業なんか? ……って、ハァッ? 懐中時計は腰? んで、なんで銀のスプーンなんぞ磨きながら走らにゃならんのや!?」
女性客の悲鳴と、係よりそっと手渡された小道具に混乱しつつも、晦は長いジャケットの裾をはためかせながら次の障害を目指した。
渡された衣装に瞳を輝かせたのは日黄泉である。
更衣室に飛び込むと、一瞬の内にフォックススーツを脱ぎ捨て、新たな衣装に手を掛ける。
日黄泉の口許に終始浮かぶのは笑みだ。
仕えるマスターの為、日々欠かさず行っているいつも訓練のタイムトライアルと違い、皆で勝利に向け走る競技は、まるで少女時代兄弟達と興じた復活祭のイースターエッグ競争のようで、日黄泉の心を弾ませた。
「でもあの時は、卵に混じって本物の爆弾が仕掛けられていてスリルも満点だったけど……」
今日は訓練ではない。それなのに、こんなにも競技は楽しくて刺激に満ちている。
「こんなの初めて。ゾクゾクしちゃう」
普段変装時にはあまり着る事のない衣装に、日黄泉は楽しげに袖を通した。
「アラ!」
「ははは。反対でお揃い、ですね」
飛び出したコースの先。互いの仮装に、日黄泉と隣の更衣室から顔を出した鎮は同時に声を上げた。
鎮が身に纏うのは、紺のジャケットにタイトな膝上スカート。同色の帽子はつばが大きく左右に上を向いたキャップ仕様。そして首元を彩るのは鮮やかなピンクのスカーフだ。
濃い目のタイツに男とは思えぬ脚線美を包み、ハイヒールも見事に履きこなす。そんな鎮は女性客室乗務員、『スチュワーデス』の衣装である。
対する日黄泉は、紺のジャケットに同色のスラックス。袖の金のラインの先、指先を包むのは白い手袋。曲線を描く胸のラインは隠しきれず、今はシャツとネクタイの下重量感を残している。そして栗毛色の美しい髪は、今は綺麗に纏め上げられパイロット帽子の中収められていた。
飛行機の『パイロット』。当然、男性のコスチュームである。
この性別が入れ替えられた女装と男装の白組ペア。しかし共に仮装、変装の達人である。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
「こんな紳士にエスコートいただけるなんて、光栄だね」
2人のその道のエキスパートは全くの違和感なく、コース上をあっという間に華やかな別世界に変えていた。
そして紅組代表、泉はといえば。
「――な、ん、で、コレ……」
更衣室の中打ちひしがれていた。
「もう、誰ですか! こんなの入れた人……ッ!?」
思わず上がる叫びに、待機中の係は皆一様にブンブン左右に首を振った。
それもその筈。今回泉が退いたのは、『バニーガール』の仮装だったのである。
黒のレオタードに網タイツ。バニーには欠かせない独立したカラーとカフスは毎度の事ながら用途不明だが健在だ。ぴょこんと立ち上がったウサミミは一方が天を向き、一方がウィンクでもするかのように傅いている。もちろんヒップで揺れるのはふわふわで丸い尻尾だ。そして極め付け、黒のエナメルヒール。
狼スーツに引き続き、今回も完璧な着こなしである。
裾の長いベスト仕様の袖なし燕尾が辛うじて体のラインを隠してはくれたが、胸元がより強調される結果を生んでいる為、泉的にはプラマイゼロだろう。
コースに戻れば大歓声必須。お約束の大人気の仮装に、しかし当の本人は、地を這うが如き急下落のテンションと必死に戦っていた。
「これは、競技…負けたらガーウィンさんに、酷い目に合わされる……これは、競技……仮装だから、仕方なく…しょうがないく……」
暗示でも掛けるかの様に呟き、何とか自らを奮い立たせる。
飛び出した先、やはり迎えられた大歓声。
(恥ずかしいっ! 早く、次の仮装、次の衣装……っ!!)
羞恥のあまり涙目になりながら、必死に駆け出した泉の後ろ。
「やっだ、俺ってば似合いすぎっ。 何でも着こなしちまう、このセンスと美貌が我ながら怖いね!」
爆発した笑い声と悲鳴と歓声。
「ま、さか……」
聞きなれた男の声に、バニー泉は恐る恐る振り返り、
「〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!???」
卒倒した。
『婦人警官』がいた。
当然のようにミニスカだった。
むき出しの足はモジャモジャだった。
激しく全力疾走の為、スカートの中身が丸見えだった。
メイクもせず、髭もそのまま。豪快な足捌きで、本人曰く俺☆美脚を惜しげもなく晒し走る、オッサンの女装姿は、観客とチームメイトに多大なる視覚的暴力と精神ダメージを与えていた。
「やっぱ俺様ガーベラ様ってば、すっげぇイケてんじゃん?」
しかしその事態に、婦人警官に仮装したガーウィン自身だけがまったくそれに気付かず、1人上機嫌だった。
平均台の次は鉄棒である。
高さのあるバーにぶら下り、懸垂を20回行えばクリアとなる。
颯爽とキャップを脱ぎ去り髪をなびかせると、日黄泉はバーに飛びつき上下運動を繰り返した。
押し付けられたアイテムを横に置き、晦も女性客の視線を一身に受けながら、しかし気にした様子もなく軽々と懸垂をこなす。
一瞬置かれた台に視線を走らせそれを振り切ったチェスターは、気合と共に鉄棒に飛んだ。彼が両手でバーを掴んだ瞬間、巻き起こる温かな声援と拍手。
屈辱に顔を歪めながら、チェスターは物凄い勢いで懸垂をこなしていった。
鎮と泉の前にどこからともなくワラワラと集まったのは男性観客達である。その視線は独特の熱を帯び、2人の胸やお尻や太ももらへんに熱心に注がれる。
そんな観客たちには一切気付かずに、泉は外見からは想像も出来ぬ力強い腕力で、体を軽々と持ち上げる。
対して、不埒なギャラリーに鋭い視線を放ち彼らを蹴散らしたのは鎮だ。
殺気さえ孕んだ恐ろしい眼差しに、多くの男性達は悲鳴を上げ恐れをなし退散していった。
そことは遠く離れた人の輪の中、鎮の睨みに中てられ背筋を震わせた殺し屋がいたとかいないとか。
そして麗しの婦警さん(自称)なガーウィンは、鉄棒でまたも視覚的公害を撒き散らしていた。
「コラオヤジ! 足閉じろって、見苦しい!!」
「うるせぇ、俺様のお宝拝ませてやってんだ! ちったぁ黙ってろ!!」
がに股である。大股開きである。
懸垂しながら短いスカートが今どんな状態かは、言わずもがなである。
知り合いらしき青年の罵倒交じりの声援に、怒鳴り声で返しながらもガーウィンは懸垂を一気にやり遂げた。
こうして、第2障害物の鉄棒も揃って全員クリアとなった。
■第3仮装ポイント→トンネル
いよいよレースも大詰め。第3仮装ポイントのテーマは「銀幕市」である。
最後の仮装に身を包み、揃い踏みした走者達の出で立ちにギャラリーも盛大に沸く。
一番初めに更衣室より現れたのは日黄泉である。
衣装はカフェ「スキャンダル」のウェイトレス、高い位置で2つに結ばれたその髪型から『常木 梨奈』である事が分かる。
オレンジを基調とした可愛らしい制服、しかしナイスバディの日黄泉が着ればお色気満点となる。
「普段あまりしない髪型だから少し恥ずかしいかしら……」
むき出しの太ももは惜しげもなく晒しておきながら、己のツインテールには薄っすら頬を染める日黄泉。
男勝りな大胆な性格かと思いきや、その女心は中々に繊細かつ複雑だ。
続いて更衣室を飛び出してきたのは、晦である。
彼のラスト仮装はスーツに白衣、そして全身につけられた謎の機械の数々。「アズマ超物理研究所」の所長、『東博士』であった。
左目に装着された緑色のゴーグルの向こう、晦は鬱陶しげに瞳を細めた。
「何やコレ…重……」
どうやら装着された機械は随分と重量があるらしい。
「ま、ええか。うっしゃ、らすとすぱぁとやぁーーーーっ!」
しかし重さなど微塵も感じさせない軽やかな走りで、晦は最後の障害物に向け走り出した。
「最後まで女装、か。まあいいけどね」
引いたくじの紙、書かれた人物の名に鎮は苦笑しつつも戸惑う事無く颯爽と着替えた。
白いシャツにグレイの事務服。黒髪のロングヘアのカツラを被り、後ろを縛る。そして最後に用意されていた眼鏡をかければ、本人よりも数倍艶やかで数倍迫力のある、対策課職員『灰田 汐』の完成だ。
既に皆彼の性別を忘れてしまっているかもしれないが、鎮はれっきとした男性である。
観客の中にも、彼の性別を勘違いしている者も多いかもしれない。
そこらの女性よりも余程女らしい仕種で前に落ちた括り髪を背中に流すと、目の前を走る顔見知りの学生服に、鎮は薄く両目を細めた。
バニーガールの衣装が恥ずかしすぎて早々に着替えを完了させた泉は、『綺羅星学園の制服』を着ていた。
ブレザーの襟元で揺れるのは黄色のリボン。濃いチェックのスカートに、足元はハイソックスとコインローファー。高等部、冬服の女子の制服だった。
その抜群のスタイルを誇るモデル体形と大人びた顔立ちから、何かと年上に見られる泉だが、彼女の実年齢は外見よりも大分若い。十分この学園の制服を着るに相応しい年齢である。
「あはっ」
後ろでヒラヒラと舞うスカートに、自然笑みがこぼれる。
走りながらもブレザーの袖を指先で掴み伸ばしてみたり、乱れてもいない胸元のリボンを整えてみたり。
今回の競技でやっとまともな仮装である。ホッと胸を撫で下ろすと共に、泉は初めて着る制服が嬉しくて堪らなかった。
「ふふふ、私も学生さんに見える、カナ?」
「もちろん。よぉく似合ってるよ?」
「ひゃぎっ」
突如真後ろから聞こえてきた恐ろしい声音に、泉は何もないコースの真ん中でカクンと転んだ。
後ろから迫り来る気配は知り合いの鎮のもの。
一緒の競技になってから、さり気無く避けていた。かつての体験が泉のトラウマになっていた。
「大丈夫? 泉さん。ホントよく似合ってるよ、その制服。ああ、それにしても――……」
くすくすと笑いながら、白組である筈の鎮は立ち止まり、泉の目の前で手を差し伸べ膝を折った。
「綺麗な銀髪だよね、泉さんって。ホラ、僕の髪は真っ黒だから、羨ましいな」
眼鏡の奥の両目が半月に細められる。伸ばされた手は、泉の肩のひと房を摘み指先で梳く。
「アップにして綺麗な飾り物なんか挿したら、きっと映えると思うんだ」
目の前の鎮の声は、あの夜の、あの時の空気を纏っていた。
「例えば。銀の簪、とか?」
「ぎゃッ」
投げられた単語に、泉の頭とお尻から突如耳と尻尾が飛び出した。
神様の悪戯で付けられた獣耳と尻尾は、泉が不意打ちを受けたり、恐怖を感じると飛び出してしまう。
学生服に獣耳、なんていうマニアックな自分の状態にも気付かず、泉の脳裏を走馬灯のように過ぎるのは、あの楽しかった、けれども最後に恐怖で塗り替えられた夏のキャンプの思い出だ。
「うひいィ〜ッ」
「ははは、脅かしすぎたかな? お先に〜」
ぶるぶると涙目で震える泉の頭をポンと撫でると、空気を一変させ極悪灰田鎮は明るい調子で駆けていった。
「コラ、ドジっ子。お前何やってんだ」
「あ、あああ、ガガガ、ガーウィンさんん〜〜〜っ」
同居人を真似て呼んだ名は、随分と険を含んだものになっていた。
一部始終を見ていたのか、ユラリと怒気を纏い現われた唯一の味方に、泉は情けない声を上げる。
「まんまとあの野郎の策に引っかかりやがってよぉ、ったく」
「あ、れ? ガーウィンさんの、その衣装……?」
「おう。どうだ? 格好良いだろぉ〜?」
泉の輝く眼差しに、ガーウィンは相棒を地面から引き上げると胸を反らした。
黒の軍服姿は、この街住まう者なら誰もが知っている。宇宙艦隊司令官 マルパス・ダライェル、その人の姿だった。
トレードマークの軍帽を斜めに被り直しニヤリと笑みを浮かべるガーウィン。
本物には及ばないものの、スラリと伸びた長身に纏う黒衣姿は迫力があり、彼の魅力を十分に引き出していた。
「なーに着ても似合っちまって、さっすが俺様。オラ、行くぞ!」
「ハイ!」
軍人と学生の奇妙な紅組ペアは揃って駆け出した。
鎮と泉、ガーウィンらがコース上ドタバタを繰り広げる中、その横を気配を殺しうつむきすり抜けていった人物がいる。
チェスターだ。
(……や、確かに銀幕市っていうテーマに合ってるかもしんねーけど、俺が着る事はねぇだろ。……着なきゃダメなのかよ。……チクショウ、色んな意味で記憶に残りそうだな、ホント)
苦痛の歪む彼の顔を覆うのは銀のカツラ。頭部にはお花の髪飾りが付けられ、2つに結ばれている。
一心に地面だけ見詰めながら懸命に足を動かす。その為どうしても視界に入ってくるのは、自分が今着ているレースにフリル、頭に飾られた物と同じ装飾のお花付きスカートだ。
(ああもう、こんな姿! ウチの連中には絶対ぇ見せられねぇ!!)
チェスターの引いた仮装は、『リオネ』だった。
幼き神の子の仮装を身に纏い、チェスターはただひたすらこの事態から脱却すべく、ゴール目指してひた走った。
最後の難関となる障害物はトンネルである。
2メートルほどの透明の筒が、コース上2つ並んでいる。そこを四つん這いで進まなければならない障害である。
「見ちゃダメよ?」
観客にウィンクを一つ、人差し指を左右に振ると日黄泉は一番乗りで筒の中に進入した。
「スキャンダル」の短いスカートにギャラリーの期待も高まる。しかし何故か日黄泉の制服は見えそうで見えないギリギリのラインを保ち、蠱惑的なヒップを揺らしながら順調に前に進んでいった。
もう一方のトンネルの中、途中晦までも抜き去りに突進したチェスターは、透明の筒の中苦戦していた。
「スカート…押さえて……、だぁくそ! なんでコレこんなにビラビラボリュームあんだよ!! ……ぎゃっ!」
途中悲鳴を上げたのは、その後ろに続いて入ってきた鎮がチェスターのお尻をペシッと叩いたからだ。
「ホラ、早く早く! 後ろ詰まってるよ」
「ば、馬鹿! 叩くなって!」
2人がギャーギャーと応酬を続ける中、慣れないスーツと重い機械類に苦戦しながらトンネルに辿り着いたのは晦である。
他のメンバーと違いすぐにトンネル内に入ろうとはせず、入り口で一瞬考え込む様に顎に手を当てていた晦はパッと顔を輝かせると大きく頷いた。
「そうや!」
ポフン、と白い煙が上がった。一瞬にして消える晦の体。
観客が驚き彼を探す中、最前列で競技を観戦していた小さな女の子が「可愛い!」と声を上げた。
少女の視線の先には、小さな赤毛の子狐がいる。東博士の衣装はそのまま、体に合わせて小さく縮小している。その様は、まるで飼い主に服着せられたペットのようだ。
(頭脳の勝利や!)
自身の持つ能力で本来の姿に仮装も合わせ変身した晦は、一気に狭いトンネルの中走り抜けた。
「なんだ、アイツ晦だったのか!?」
目の前の光景に驚き声を上げたのは、泉を引っ張りやっとトンネルに辿り着いたガーウィンである。
知り合いの晦は彼の中、狐の姿であった。今まで共に競争していたあの青年が、晦であったと知り目を丸くする。
「ええっ、アレはいいんですかっ!?」
同じく驚いたように声を上げたのは泉だ。
第1仮装ポイントで狼に変身し係に引き戻された泉である。子狐を指差し、コース外に目を向けると係の男は大きく頭上で丸を作った。
どうやらきちんと仮装を着替えれば、それ以外の変身はOKであるらしい。
「それなら、私も……!」
「あ、コラ泉、待てよ!!」
相棒の制止を振り切り、泉は銀色の狼に変身するとそのままトンネルに突っ込んだ。
姿勢を低くし駆けていく様はまるで弾丸のようである。
2匹の獣はトンネルを抜け出すとすぐさま元の姿に戻り、揃ってゴール向け駆けていった。
「ちくしょう……」
遅れをとったガーウィンも、あわててトンネル内に入り込むとその後を追った。
その結果――
■そして、ゴールへ
ゴールに向け、全員が全力で駆けた。
チームの得点とか、自分の順位とか、この時にはもう誰の頭にもなく、皆無心だったかもしれない。
誰もが走る事を、競技を楽しんでいた。
左右にピンと張られた白いロープ。そこを目指し後は気合で、勢いで突っ込む。
――パン、パン、パァン、と。
頭上に広がる青空に、競技終了を告げるピストルが高らかに響き渡る。
「発表いたします」
植村が、走者と観客達に向け、順位と得点を告げた。
「1位 夜乃 日黄泉(白組)、2位 晦(白組)、3位 柝乃守 泉(紅組)、4位 チェスター・シェフィールド(白組)、5位 薄野 鎮(白組)、6位 ガーウィン(紅組)。個人競技ですので、1位に15点、2位に10点、3位に5点入ります。配点の結果――……」
集計表に視線を落とし、再び顔を上げた植村は破顔した。
「仮装障害物競走。紅組に5点、白組に25点が入ります!」
ワアァ、と歓声が上がった。
「やったな。1位オメデトウ」
「ええ、貴方もね」
晦と日黄泉、上位の2人が互いの健闘を称え合う。
日黄泉はいまだウェイトレス姿だったが、晦は早くも重い機器と白衣を脱ぎ捨ていつもの姿に戻っていた。
「さっきはゴメンね。転んだところ、大丈夫?」
「え!? あ、ハイ。大丈夫です。こんなの癒しの力を使うまでもありません」
さっきの黒さは消えうせ、優しげな笑みで頭を下げる鎮に、泉は大きく首を左右に振った。
「こんなのいつまでも着てられっかよ」
係の更衣室への案内に従わず、チェスターはその場でフリフリドレスを脱ぎ始めた。
中に着込んでいたTシャツとハーフパンツを見て、ガーウィンが大きく息を吐く。
「お前なぁー、下になんて物穿いてんだよ。ったく、仮装を舐めんなよ? こーゆーのはな、細部に至るまで完璧に……」
言いながらガーウィンがスルリと下ろした軍服の中身に、泉は女性らしからぬ悲鳴を上げた。
「ぎゃひっ! ガーウィンさん、何て物穿いてるんですか!?」
「えー? だって、渡された衣装ん中に入ってたぞ。コレ、違うのか?」
「どう考えても違うだろ」
やれやれとチェスターが首を振る筈である。
ガーウィンは軍服の下、ブルマを穿いていた。
「マルパス司令の仮装で、それはないんじゃないかなぁ」
鎮も苦笑しきりだ。
つられガーウィンも笑いながら上着を脱いだその時。
事件は起こった。
「しまった……!」
服のポケットから転がり飛び出たのは小さな球体の機械である。
宙に投げ出されたその数は2つ。
クルクルと回転するその側面には丸いピンのような物が刺さっている。
「爆弾!」
泉が顔色を変える。
それは共に依頼や仕事をこなす間、何度も見かけたガーウィン特製、彼の改造小型爆弾だった。
何でも屋のこの男は、いつも服のあちこちにそれを忍ばせ常に持ち歩いていた。
「くそ!」
「ええい!」
地面に落ちる瞬間、抜群のコンビネーションでそれを蹴り上げたのは泉とガーウィンだった。
ピンを外さぬよう狙いを定め、曲面を器用に蹴り上げる。
「うおりゃっ!」
駆けつけた晦が頭上に宝玉を掲げた。
普段は首から下げているそれには同じ稲荷神である父の神通力が込められており、自在に物の動きを操る事が出来る。
晦の宝玉の力で、2つの爆弾が天高く舞い上がる。
それに向け銃を構えたのはチェスターと日黄泉だ。
「お姉さんどっち」
「右」
「じゃ、オレは左だ」
「オッケー。行くわよ……ゴー!」
その声を合図に、ほぼ同時に銃声が響き渡った。
空へ向け放たれた銃弾は、正確に上空の爆弾目掛け一直線に飛んでいく。
「伏せろっ!!」
ガーウィンが周囲に向け、声を張り上げた時。
「――え?」
鎮の目が、ソレを捕らえた。
日黄泉の胸に輝くブローチ。美しい緑の宝玉がはめ込まれたソレは、着弾の寸前、仄か光を発した。
――パアァンッ
衝撃は、なかった。
次の瞬間、ワアァァァッ、と歓声が上がった。
頭上からヒラヒラと降り注ぐのは、色とりどりの紙吹雪。
「凄い…!」
頭上に向け手を伸ばす。
彼らの元に降り注ぐそれは、まるで皆の健闘を祝福してくれているかのようだった。
「イチイチやる事が派手だよな、オッサン」
「もう、吃驚させんなや〜」
「ガーウィンさんったら、もう! でも凄いです、綺麗でした」
「……え、あっれぇ? 俺あんなモン、仕込んだっけ!?」
賞賛の声にしきりに首を捻るガーウィンを囲む輪の外、鎮が日黄泉に小さな声で問い掛けた。
「それは?」
嬉しそうにブローチを撫でながら、日黄泉が笑みを紡ぐ。
「エスターテの輝波祭の時、頂いたの。望む時、ほんの少し、不思議な力を発揮してくれるブローチなんですって」
彼女が何を望んだかは不明だが、穏やかなその表情から自ずとそれは想像できた。
「やっぱり、物語はハッピーエンドじゃなくっちゃね」
弾む日黄泉の声に、競技場の歓声が重なる。
誰にとってもその日の光景は、きっと思い出に残る物となった事だろう――……。
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クリエイターコメント | 「仮装障害物競走」お疲れ様でした! 参加者の皆さんの楽しいプレイングに、仮装描写にもいつも以上に力が入りました。 順位はシナリオに入っていただいた順番と、プレイング内のある一定のルールで付けさせていただきました。 ご参加本当にありがとうございました! 皆さんにとって、思い出に残る競技になっておりましたら幸いです。 |
公開日時 | 2008-10-19(日) 21:40 |
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