★ ディフィニション・オヴ・ユアセルフ ★
<オープニング>

 瞬く間に制圧されたスタジオ内を見渡して、彼は僅かにうっとりと微笑んだ。
「役者になりたいとは思わなかったけど、やっと自分に主導権が戻ってきた気分だね」
「なっ、何なんだよ、お前は!」
 一人正気を保っていた中年の男が、声を上げた。十数人はいる映画撮影のスタッフ……大体がファンかエキストラだ……を見渡しながら支倉に詰め寄っていく。それを見据えた支倉はにっこりと微笑んで言葉を紡いだ。
「……僕? なんだろうね……本当に。自分でも、良くわからないんだ。でもね」
 彼は周りを見渡して、亡羊とどこかを見つめる彼らを見てまた微笑む。
「ほら、結局自分のことが分かってないんだ、みんな。だから見失う。――心のどこかでは、自分の世界に自分の姿が無いことに気付いてる。今の自分はこんなはずじゃないのにって思ってるんだよ」
 爛と彼の瞳に火が燈る。その唇から紡ぎだされるのは毒。人を揺さぶり矜持を奪う、悪神の囁き。その様は肩に悪魔を従えて、嗤う使い魔そのものだ。
「彼らは確かに輝いている。そして彼らが悪いわけでもない。でもその輝きが、僕らの中の世界観を揺るがす。――彼らさえ僕らのそばにいなければ、僕らは本当の姿を取り戻せるのに。そうは思わない?」
「誰だよ彼らって。それに俺は本当の姿だ! この仕事に誇りを持ってる」
 あれはダイモーンだ……青年の肩に乗る角と尖った尾をもつ深緑の生き物を見て彼は思った。それでは、いま目の前意にいる青年は――
「自己がしっかりしているようで結構。でも、あなたみたいな人が今ここにいると困るんだ。僕らだって殴られればそれなりに痛い。……誰か、取り押さえてもらえる?」
 突然背後から何かで殴りつけられ、彼は気絶した。倒れ伏した男と、そしてスタジオの外で聞こえる、彼を探す足音に、支倉翔……エピメーテウスのアンチファンは、眼鏡を押し上げ微笑んだ。

「さて、クライマックスの始まりだ――確固たるものを持たない者は、敵じゃないけどね」

 *

「先ほど入った情報です」
 対策課。植村直紀が早速口を開いた。
「ティターン神族の被奪の愚心・エピメーテウスのアンチファンである支倉翔がホールからの逃走後、市内のスタジオタウンの一角にあるスタジオに逃げ込んで、乗っ取ったそうです。すでに探しに向かっている方もいます。皆さんには、ただちに現場に赴いて、ダイモーンを退治していただければと思います」
 彼はその後に心配そうに付け加えた。
「どのような方法でスタジオを乗っ取ったのかはわかりませんが、連絡から考えると、そのスタジオ内に入ってしまうと皆ぼんやりとしてしまい、いいなりになってしまうようです。ダイモーンの能力としたら、通常の手段で防げるとは思えません。気をつけてください」

 捜索に送り出した植村の言葉は、簡潔だった。
「ダイモーンあるいはアンチファンを死亡させればおそらく、エピメーテウスは撤退するだろうとのことです。……どうか、心を奪われないでください」



種別名シナリオ 管理番号943
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
クリエイターコメントこんにちは、有秋です。
銀幕市に忍び寄る、ティターン神族。

皆様のご参加、お待ちしております。

参加者
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
藤田 博美(ccbb5197) ムービースター 女 19歳 元・某国人民陸軍中士
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
白闇(cdtc5821) ムービースター 男 19歳 世界の外側に立つ者
<ノベル>

「あーもう、本当はこんなゴタゴタに巻き込まれるつもりはなかったのになぁ……」
「どうやら取り巻きがいくらかいるようですね。いいなりになっている内部の人間というのでしょうか」
 スタジオ外。離れたところから中を窺い、小さくぼやいた藤田博美の横でファレル・クロスが腕を組んだ。白いおもてにかかった白の髪を手で避けた白闇が、その言葉を聞いて、僅かに眉をひそめる。決意の中もどこか不安げに両手を握りしめたコレット・アイロニーが、小さく呟いていた。
「ここに……いるのよね」
 ――そう、彼らがここにいるのは、支倉翔という名のアンチファンが深緑のダイモーンと共にここにいるからだった。

「中は静まり返ったままだが……どうする?」
 白闇の問いかけに、ファレルがスタジオを僅かに睨むように瞳を細めながら答える。
「どこに伏兵が隠れているかもわかりませんし、ここは怯ませるためにも派手に行きたいと思っているのですが」
「私、きっと支倉先生に顔を覚えられていると思うから、忍び込んだりはできないと思うの」
とコレット。
「じゃあ、問題は中に入るタイミングよね」
 黒髪をまとめ上げながら、博美が続けた。そうすると彼女の雰囲気ががらりと変わる。彼女は手際よくポケットに何か押しこみ、ペンらしきものを握り込んでいた。
「……それは?」
「これはね……えーと、乙女にはいろいろ秘密があるものなの」
 にっこり微笑んで流している彼女に首をかしげつつ、ファレルはスタジオをじっと見つめるコレットに声をかけた。
「コレットさん?」
「あ、ううん、何でもないの」
 声をかけられたことにぱっと振り返り、コレットがどこか憂いのある、控え目な笑顔を見せた。
「どうして、こんなことになったのかしら……先生」
「私には理解できませんね」
 ファレルは息をついて答えた。人は皆、相手の事に同調するか、批判するかのどちらかだ。決して理解しようとはしないのに、相手の生き方に対して批評するばかりのその他者と取り替わるなど、考えられない。そう、それが例えいくら憧れた者としても。
「早く、操られている人たちも、支倉先生も、助けてあげなくちゃ……」

 *

 突然、スタジオ内に轟音が響き渡った。ぱん、ぱぱぱんっ! と軽やかな破裂音と共にガラス窓が片端から砕け、華やかな音と主に床に落ちて砕ける。じじ……っという焦れたような音を立てて明かりが明滅し、どん、ばたんと何かの機材が薙ぎ払われる音がした。
「何だ?!」
 こんな轟音が起こってもぼんやりとしたままの、何かの映画の撮影スタッフの中に一人、眼鏡を掛けた男が声を上げた。その肩に鎮座する生き物が、ふぅっと目を見開く。深い緑のバッキーに似た体躯、しかしその頭上には二本の角を持ち、尾は絵に見る悪魔のように矢印型に尖っていた。ティターン神族の先兵が、招かれざる客を迎えて牙をむいた。
「支倉先生!」
「……あなたは」
 金の髪を揺らして駆けこんできたのはコレットだ。そしてその彼女を庇う様にやや横より前に出て立っているのはファレル。そこに、白い太刀を携えた白闇が現れた。太刀に刻まれた金と銀の文様が、未だ時折小さく明滅する明かりに煌めく。彼は、さりげない動作で棒立ちのスタッフたちに紛れ込んだ博美をちらりと横目にしつつ、その光景を見渡した。その視線に含まれているものは、棘ではない、なにか。
「――うん、純粋に人であった時なら、その毒に浸ったであろうよ。まあ、人であった時の私も私だがな」
「その様子だと、同意しに来てくれたと思うわけにはいかないようですね」
 瞳を細めて、エピメーテウスのアンチファンが口を開く。それに答えたのは、世界の変革だった。突如として世界が近未来の風景に組み替えられる。展開された自身のロケーションエリアの中で、ファレルが宣言した。
「これで終わりにさせていただきます」
「取り押さえろ! 邪魔をするな!」
 号礼をかけられ、一斉に傀儡と化したスタッフたちが襲いかかってくる。華麗に手にした鍔を持たない太刀……白帝剣を翻し、突くようにして白闇が迎え撃った。振り上げられた金槌……大道具を組み立てるためのものだろうそれを避け、致命傷にならないよう急所を避けてすらりと剣を突き出す。そう……人であった時なら、惑わされたかもしれない。けれど。身を翻し、同じように白の髪を風圧になびかせて前を見据える。この白い髪も、不老不死となった身体も、死ぬに死ねない精神も、終わりを望む考えも――
「――全て、私だ」

 *

「これ以上動かしませんよ!」
 白闇が躍り出るのと時を同じくして、ファレルが床の分子を操りスタッフたちの足を縫い止める。靴を突然床に捕まえられて前にのめるように倒れた一人は、靴だけ残し、脱げたことにも頓着せず再び向かってくる。ファレルはそれに顔をしかめてより直接地に縫い止めようと捕まえる範囲を広げ、次々に捕縛していくが、白闇が倒す分と合わせても……
「無理な数ではないにしろ、数が多いですね――っ?!」
 真っ先に狙いたかったダイモーンが陰に隠れてしまって見えない。勘で囲うには周りが邪魔だ。しかし小さくぼやいた筈の言葉は途中で飲み込まれ、いつもはあまり表情がうかがえないその顔に一瞬、焦りがはしった。
「コレットさんっ!? 危ないですよ!」
 前に飛びだしたコレットは、懸命に人をよけ声を上げていた。
「先生っ、『本当の自分』って、何ですか……?」
 ダイモーンが威嚇するように牙を剥く。まだ少し遠いその姿に向かってコレットは問い続けた。
「他人になりたいって思う、その気持ちだって、自分自身のひとつじゃないんですか?その感情を否定すること自体、先生は先生自身を否定してる」
 ファレルが制止する声が聞こえる。でもいいのだ。私以外の皆はムービースターだから、能力を考えれば私が囮になるのがきっといい。たとえそれが無謀だと思われても、その無謀さも含めた全部が、きっと、私だ。……そう、だから。
「強いところも弱いところも、ぜんぶひっくるめて、自分を受け入れてあげてください。今悩んでる先生自身が、本当の先生ですよ」
 どんっと他から突かれてたたらを踏む。後ろから駆け寄ってきたファレルに支えられてコレットは気付いた。動きを止めて立ちつくす支倉の横で動く影。スタッフの一人と思っていたが違う。あれは――
 突然あたりが一瞬にして白一面に塗りつぶされた。光が戻った中、脳の処理量を超えた大音響に、頭を右から左に貫くような高音が張り詰める。世界からそれ以外の音が失われ、すべてがまるでコマ送りのように流れてゆく。スタッフの中から音響手榴弾を投げ込んだ博美がするりと支倉の後ろに滑り込むと、その肩のダイモーンを狙い打ちにした。呆然と立っていた支倉はとっさのことに反応できず、ダイモーンだけが遅ればせながら後ろを振り向いた。博美の瞳はどこか彼女の常と違い亡羊としているが、周りと違うのは、その中に何か一点だけを追うような光があることだった。手中に握られるのは、手のひらに握ってしまえば見えなくなるような薄いナイフ。だがそれは身を翻したダイモーンに避けられる。うっすら戻り始めた音の中に、白闇の叫ぶ声が聞こえた。
「――今だ!」
 ファレルは博美のナイフを避けたダイモーンを包み込むように空気分子を固める。空中で突然受け止められたことに驚き、身を捩って逃れようとするのを空気の檻は許さない。博美に押されて支倉がバランスを崩し、宙に取り残されたダイモーンを完全に捕まえたファレルは、一気に圧力をかけた。その生き物に骨か何かがあるのかはわからないが、じたじたともがく様を見ればそれが有効らしいことは明らかだった。そして追撃とばかりに、動きを止めたダイモーンに銀のナイフが喰らいつく。

 ふつんと糸が切れたように、すべての騒ぎが唐突におさまった。

 襲いかかってきていたスタッフたちは、みな倒れ込んでいる。誰も身動きせず、遠くの音がかすかに聞こえた。やがて白闇が剣を収める。空気の檻に囚われた、ぴくりとも動かないダイモーンを見つめてコレットが詰めていた息を吐いた。
「これで……終わった、のね」
「ああ」
 彼女は、緑の瞳を巡らせて呟いた。
「……操られてた人たちも、自分はこんなはずじゃないって思うんじゃなくて、この自分も本当の自分なんだって、思ってくれるようになれば……いいな」

 *

「……あれ?」
 博美は、唐突に気付いた。周りを見回せば、そこは行きつけの喫茶店だ。目の前にちょうど、お気に入りのケーキが届けられている。そう言えば奥の手の某薬品を使った……ような気がする、と思ってから、彼女は視界に見覚えのある姿を見つけた。
 見つけられた方も同じだったらしい。ふと笑みを浮かべるとこちらにやってきた。
「博美さん、こんなところで会うなんて」
「ええ、奇遇ね。……どうしたの? その、花」
 彼女……コレットは柔らかく微笑むと花束を抱えなおした。
「支倉先生があれから念のために病院で様子を見てもらっているって聞いて、お見舞いに」
 あぁ、そうか。――終わったんだ。
「……その、博美さんも一緒に、行かない?」
「え?」
「私、先生が映画監督になるのをやめた理由、聞いてみたいなって思ってるの」

 たとえそれがこの街にかの神を入り込ませた原因であっても、彼が我を失うほどに求めたその夢の姿を、目にしたいと思ったのだ。



クリエイターコメントこのたびはご参加いただき、ありがとうございました!
ティターン神族シナリオ・エピメーテウス編はこれでラストとなりました。


お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2009-03-08(日) 19:30
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