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<ノベル>
人の流れに逆らう青年が、一人。流れの中にいる人々は、自分ではどこに向かっているのか分かっていなかったが、彼は自分が目指す場所を知っていた。目指す場所以外にも砂煙があちこちで上がっているのが見える。目の前を襲った砂埃を、薄野鎮は腕で振り払った。抱えたゴールデングローブ同士がぶつかって、ガチャリと金属音を立てる。彼はそこへ来て足を止めた。張り詰めた緊張感の中でも、唇の端が僅かに上向く。
「……まだ間に合った方、かな」
銀幕市の東。そこは、スタジオタウンと呼ばれる界隈だ。――そして今は、『だった』になりかねない状態にある。鎮がジズの姿を探して視線を宙空にさまよわせていると、後ろから槌谷悟郎が追いついてきた。彼は惨状を目にして眉をひそめる。
「これは……酷いなあ」
「ったく、ふざけんなって」
少年の声が二人の背に当たった。マフラーとコートに身を包んだチェスター・シェフィールドが空を睨みつけて続ける。
「こんなとこで終わりなんてのは認められねぇっての」
「ああ、全くだぜ」
自分の体躯近くはあろうかという刀を提げた青年が相槌を打った。愛刀【明緋星】を手にした刀冴だ。彼も同じように空を見やって瞳を細める。
「――いた」
再び衝撃波を放とうとホバリングするその光球を見据える瞳の中で銀光が弾ける。刀の柄に下がる美しい宝石と同じ青であったはずのその瞳は、白金に輝いていた。
「始まりの場所、終わりの場所。――ここは最も罪深い場所。そして最も尊い場所」
乾いた中に足音が響き、着物の赤に曼珠沙華が揺れる。砂混じりの風に黒髪をなびかせ、鬼灯柘榴が現れた。
「これ以上の破壊は、許しません」
「終わるとしたって少なくとも誰かに強制されてってのはイヤだしな」
チェスターが相槌を打つ。いつの間に抜いたのか、その手に下がるのは黒い自動拳銃だ。
「ま、それを抜きにしてもこのまま放っておくってのもできない相談ってヤツだよな」
*
「降りてくる……ってことはなさそうなんだな。よしっ」
建て込んだこのあたりの地理に明るい悟郎から大体の並びを聞いた刀冴が、愛刀を未だ収めたまま駆けだした。崩れ落ちた建物の方へ向かい、瓦礫の破片を掴む。どかすついでにそれを投擲すると、コンクリートの塊は弾丸となって光に吸い込まれていった。不規則に光が揺れる。
「たしかに降りてくる気配がありませんね」
柘榴が呟き、使鬼の一体に向かって口を開いた。金の腕輪……ゴールデングローブをした右手からすらりとした太刀が現れる。
「真達羅」
尾に柘榴と同じように金の輪を下げた使鬼が、空をすべるように彼女のそばに寄り添う。その暗緑の背に手を当てて飛び乗ると、彼女は上空へ舞い上がった。
「さて、と。自分の昔の仕事場だしねえ。なにもせずに見ているというわけにもいかないんだな」
悟郎がスチルショットを携えて呟いた。
「頼んだよ、雨天」
ギリギリ射程範囲かというジズに狙いを定めていた鎮が、すっと目を細めて引き金を引く。光の矢がその銃の先から迸り、光の球に向かって奔る。当たっただろうか。チャージの間建物の影に隠れると、半壊した窓から悟郎が何かを引っ張り出していた。
「――それは一体?」
「ああ、これね。これは送風機。そっちのもう出してあるのはスモーク発生装置なんだ、よ。っ……と」
ふぃん、と軽い起動音と共に巨大な送風機が羽を回し始める。
「爆薬なんかもあれば良かったんだけど」
スモーク発生装置が鈍い音を立てて煙を吐き出し始める。送風機が煙を上空に向かって送り出し始めたのを見て、悟郎はチャージされたスチルショットのストックを肩にあてた。
「なにぶん四十路のおじさんにアクションはつらいが、スポーツクラブの月会費分くらいにはこの身体も動いてもらいたいもんだね!」
肩に乗ったチャツネが鼓舞するように小さく身動きする。放たれた光の矢はまっすぐに空に伸びていった。その隣の物陰で、もう一度ジズを狙い打とうと鎮は眼鏡を押し上げて壁に背を預ける。スチルショットの射程を鑑みると、確実に狙撃するには少し遠い。チャージを待って鎮はまた光を睨みつけた。
「届かないなら届かせるまでっ!!」
倒壊した建物の上を跳んで伝う。刀冴が水平に振り抜いた左手から、すべるように刀身が現れる。天人のみが作り出せると言われる玻鋼でできたその守り刀を掴み、腕を体に戻すその一挙動で投擲する。それより一瞬早く突き刺さった光の矢にびくんとジズが動きを止めた。そこに違わず守り刀が突き刺さる。その隙を見て、スチルショットの効果範囲を逃れていた柘榴が、阿修羅を見に宿し『紅雨』で切りかかる。一撃を加えて地上の方へ行ったん離れた彼女を包み込むように、薄い煙が立ち上ってきた。それなりの濃さだがジズの光は輪郭を淡くしつつも見えている。送風機に巻きあげられたスモークが辺り一帯を覆いつつあった。
「目くらましになればいいんだけどね……!」
槌谷がスチルショットを光の球へ向けて引き金を引く。その線と並ぶように華やかに炎を纏った弾丸が奔る。空薬莢を足元で煌めかせ、チェスターは引き金を引き続けた。シングルアクションのその一挙動ごとに彼の体力を弾丸の威力に換えて、銃は火を噴く。
「衝撃波が厄介だな。あれをマトモに食らったらタダじゃすまないだろうし」
きっと張り詰めた表情でジズを睨みつけてトリガーを引き絞りつつ彼は呟いた。それに答えるかのようにゆらりとスモークの向こうの光の球が揺れた。
「――見えた!」
一声叫んだあと、流麗な言葉が刀冴の後を追う様に流れゆく。衝撃波を受けて巻き起こりつつある風がスモークを割り、一筋のラインをうっすらと浮かび上がらせている。彼は半壊したビルを足場に飛びあがった。これが効くかはわからない。だが、打てる手はすべて打つべきだ。
「『虚空王』第三節【幻鏡】」
翼から放たれた衝撃波が、まるで水面にぶつかったかのように、跳んだ刀冴の目前で波打った。鏡と化して衝撃波を迎え撃った空間、が軋んだ悲鳴を上げる。鏡映しの如くに返すはずのその技はしかし、次々雪崩れ込むように襲い来る衝撃を返した衝撃波で相殺するのが精一杯だった。
衝撃波を放ったのを見計らい、真達羅に乗って回り込んだ柘榴が躍りかかる。
「今の状況が自分たちの罪だというのならば、喜んで背負います――」
そう、そのために、力を尽くせるのなら。
その時、それは突如として起こった。猛攻に耐えきれず高度を落としたジズから、弾けるように閃光が噴き出す。その眩しさに腕で目を覆っていた鎮が、ふと声を上げた。何度か味わった、この感覚を持つ世界は――
「ネガティブゾーン――!」
そこは、異質の一言でしか表わせない空間だった。何色にでもなれそうな床。壁が存在するかもわからない。どこまでも続いているようにすら見える平らな地と、淀んだ空。
じ……じじっ、とゴールデングローブが鈍い音を立てる。ネガティヴパワーを計測して機能が働き始めたのだ。超重量を誇る【明緋星】を構えた刀冴が、ジズの姿を求め喉の奥で低く唸った。
「どこだ……?」
「あれじゃないかな?!」
悟郎が指し示す先。ぷよんとした丸い球体がごろごろと転がってくるところだった。色は局所で全く異なりながら移ろって行く。なににでもなれそうなその体躯は、さまざまな映画が生み出されてきたこの地をむしばむ絶望としては、余りに皮肉的だった。と、突如その端がぷちんと弾けて鞭の一撃が飛来する。
「何だよこれは――!?」
刀冴が叫びつつ振りかぶった【明緋星】で薙ぎ払った。もったりとした動作でその鞭はちぎれ、転がり、ぶくぶくと熔けてなくなる。
「……触手」
柘榴が本体の方を見据えて告げた。不定形の体をうよんうよんと変形させながら尚も向かってくるそのスライムのごときディスペアーは、次々に足を生やすと襲いかかってきた。
「数が多いっ」
歯ぎしりするように刀冴が叫んで刀を振るう。上に向かって引きちぎるように振り上げ、返す刀でまた切る。裂かれた上腕から迸る鮮血が尾のようにその動きの後を追う。
「こっちに!」
ゴールデングローブを抱えた鎮が触手を避けて手を振った。その足元では、先にグローブをはめられた触手がびくびくとのたうっている。刀冴が触手を【明緋星】の腹で叩きつけるように弾き飛ばす。飛んできたその先にすかさずゴールデングローブを被せると、鎮はその元を狙ってスチルショットの引き金を引いた。ばずっという鈍い音とともにすべての動きが制止する。
「今だっ!」
動きを止めた触手にグローブが嵌められてゆく。再び動き出そうとしたその体に、今度は悟郎が放った一撃が炸裂する。
グローブが間に合わない分を柘榴と刀冴が刀で、チェスターが銃でと討ち落としていく。
「あんま無茶しないようにしねーとな!」
触手を避け本体を狙って銃撃しつつ、チェスター。地上戦程の威力はないものの、勢いを纏った鉛の弾丸は狙い違わずジズに突き刺さる。
「楽な相手ってワケじゃねーけど、ここでやられたら意味ねーしな」
そう、決して楽な相手ではない、と柘榴は心中で彼の言葉を繰り返した。そしてここで倒れたら意味がないのだ。ここで、守れなければ。『紅雨』が触手を薙ぎ払い、身に宿らせた闘神が再び刀を振るわせる。守りたいのは、自分が罪深い存在だからだ。決して許せはしない。けれど銀幕市へやってきたのは、もはや境界を超えるのは己の背負う業だとしても、でも。
「これ以上は、させません……!」
でもこの街にきてから、たくさんの安らぎや楽しさを貰った。だから――守りたいのだ。そして共に闘う者たちもまた、想いを同じくしていた。
「攻撃を当てるには都合がいいんだけどさ」
ドン位攻撃すれば倒せるんだ、とチェスターが口を開く。彼は触手には構わず本体を狙い打っていた。その息が僅かに荒れる。裂かれた腕を治癒魔法で表面をふさぎ、ついていた膝をはらい立ち上がる。その表情には疲労はにじんでいるものの、絶望の色はない。
「ま、倒せるまで攻撃するしかないか!」
「そうだね。銀幕市を彼らに明け渡すわけにはいかないからね……ッ!」
チャージされたスチルショットの引き金を悟郎が引く。徐々に精度が上がってきた火線を奔るそのエネルギー弾は希望の輝き。肩のチャツネがジズを睨み据える。
「ナイスショット!」
動きを止めたジズに刀冴が切りかかる。スチルショットがジズを止められる時間は短くはないが、そう長くもない。振り抜いたまま地面に切っ先を食いこませた【明緋星】に柘榴が声を上げる。【明緋星】は彼の身長ほどもある。あれが重くないわけがないのだ。
「気にすんな! 剣士がてめぇの相棒を巧く使えねぇなんざ、ありえねぇだろ?」
にやり、と口の端を吊り上げて不敵に刀冴が微笑む。もう何本の触手を斬り伏せたのだろう。右の上腕は弾けたように肩の肉が削れて持って行かれている。けれど彼は少しも負傷している気配を見せない。守ることが、軍人の務めだから。
彼に負けず劣らず前線にいるのが鎮だった。スチルショットのチャージ中もゴールデングローブを使ってジズの動きを鈍らせていく。
「またそろそろ動きだします!」
「僕の分チャージ終わってるから!」
すぐさま応えて引き金を引く。すっと吸い込まれるようにそのぷよんとした体躯に光が突き刺さり、びくりとジズが動きを止める。チェスターがここぞと弾丸を放ち、柘榴の『紅雨』が曼珠沙華の着物と共に翻る。悟郎が触手にゴールデングローブを被せ、あるいは銃底を使って叩き潰す。刀冴が【明緋星】を振るって叫んだ。
「銀幕市は、精一杯生きてぇとか誰かが愛しいとかこの街が好きだって奴らのための場所だ」
触手を叩き潰して本体に肉薄する。援護射撃のように、触手を根元から吹き飛ばさんと叩きこまれる銃弾。
「てめぇらごときに好き勝手させてやる訳には行かねぇ!」
ざく……っとジズの本体に刃が喰らい付く。
「倒れてもらいます」
するりと背後に回り込んだ柘榴が『紅雨』を翻す。
「終わりがあるとしても、少なくともお前じゃねぇ」
チェスターの愛銃が火を噴く。
「ここは絶望のものにはならない。僕らの街だよ」
悟郎がゴールデングローブを鎮へ放って寄越す。
「だから――守るんだ」
本体にゴールデングローブを押しこむ。目に見えて動きが鈍ったジズに、次々と追撃が叩きこまれた。
――視界が、白光に満たされる。
*
瓦礫に埋もれたスタジオタウン。空の雰囲気は相変わらず爽やかなものではないが、まるでもう一つの太陽のように君臨していた光の球は、なくなっていた。
「やったのかな……?」
チェスターの呟きに、鎮が頷いた。
「少なくとも、ここのジズは」
満身創痍の五人は、互いに互いの顔を見合った。誰からともなく、中空で拳が突き合わされる。
「他のところはどうなってるんだ?」
刀冴が刀を収めて息をつきつつ言った。それに悟郎が携帯を振ってみせる。
「最初から試していたんだけど、この騒ぎが始まってからずっと繋がり辛いんだよ。最初の方は大丈夫だったんだけど……電波の関係かもしれない」
「無事だといいですけど……」
柘榴が呟くように言って、天を振り仰いだ。
――求めるのは、暖かく降り注ぐ、あの希望の煌めき。
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クリエイターコメント | 絶望の火がひとつ、消える。
このたびは参加ありがとうございました。 お楽しみいただければ、幸い。
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公開日時 | 2009-04-20(月) 09:10 |
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