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<ノベル>
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新たな年に向けての掃除も終わり、杵間神社の境内には清々しい雰囲気が満ちていた。年末の空気はきりきりと身に染みいるほどに冷たいが、それさえも神社の清浄を強めているかのようだ。
新年間近の杵間神社の巫女達は絵馬の確認をしたり、お守りの追加を並べたりと、忙しく立ち働いていた。慣れない手つきの者が交じっているのは、新年の繁忙の為に急遽採用された巫女なのだろうか。
ミリューン・グローリーはそんな慌ただしい雰囲気の社務所に近づいて行って、唐突に声をかけた。
「すみません。巫女さんにして下さい!」
「えっ、あ、あの……」
その言葉にも、そしてそれを発したのが銀の髪、紅玉の瞳を持つ少女な事にも戸惑い、慣れぬ巫女はおろおろと助けを求めて周囲に視線を泳がせた。
「あれ? 巫女さんを募集してるって聞いたんだけど……違った?」
どうして巫女が驚いているのか分からず、ミリューンが戸惑っている処に、山下真琴が通りかかった。
「何かありましたか?」
そう尋ねる丁寧な物言いも、自然に着こなした巫女装束も、しっとりと身に付いている。彼女なら話が通じるかもと、ミリューンはここに来た経緯を話した。
「神社で事件が起こるかもと聞いて来ました。何でも巫女さんになって不埒な輩を成敗しろとか……」
事件が耳に入ったのも何かの啓示かと手伝いに来た、と説明するミリューンを真琴は、
「どうぞこちらへ」
と小声で社務所の裏へと招いた。
そこには真琴の兄である山下逆鬼、トト、日村朔夜が顔を揃えていた。
「何かあったのか?」
低く問う逆鬼に、真琴はいいえと首を振り、ミリューンを揃えた手先で示した。
「表の方が事情が分からずに混乱していただけです。この方も妖退治に協力して下さるそうです」
「それは申し訳ありませんでした。古参の者には説明したのですが、そうでない巫女には、徒に怯えさせたよう事情をぼかして伝えてあるのです」
朔夜はそう詫びた後、改めてミリューンに頭を下げる。
「わたくしはこの神社の娘である日村朔夜と申す者。このたびは危険な役目を引き受けて下さり有り難う御座います」
「良かった。間違ってなかったんですね。ぼくはミリューン・グローリー。護衛をしに来ました」
よろしく、と頭を下げるミリューンの身のこなしは、彼女が剣士であることを示すようにしなやかだ。
「私は山下真琴、そしてこちらが双子の兄の逆鬼です」
真琴と逆鬼の顔立ちは似通っている。違う点は、真琴には女性らしい柔らかみがあり、逆鬼には男性らしい鋭さがあること。そしてその瞳の色が、黒と赤と、鮮やかなほど対照的であること。
「ボクはトトだよ。妖怪やっつけられるようにがんばろうね」
狐面を頭横につけ、狩衣様の花浅葱色の衣を着たトトは天真爛漫な笑顔で挨拶する。その周囲にはゆったりと、ここが水中ででもあるかのように赤と黒の金魚が泳いでいた。
「新年までもう間がありません。挨拶だけで恐縮ですが、まずはこちらで着替えを」
朔夜はミリューンを促して連れて行った。
「アカガネ、何か気になるものがないか探してきて」
トトに頼まれると、空中を泳ぎ廻っていた赤い金魚は、すいすいと境内を泳いで行った。
■■
年が改まる。
今年は銀幕市にとって、そしてそこで暮らす人々にとって、如何なる年になるだろうか。少しでもより良き年になるようにと、新年の始まりには初詣の客がこぞって神社に押し寄せる。
破魔矢を買い求め、おみくじを引き、あるいは祈祷を頼む人々が行列をなし、巫女は皆その対応にてんてこ舞いだ。
「明けましておめでとう御座います」
だがどんなに忙しくとも訪れる参拝客を粗略には扱えない。ミリューンも真琴も1人1人に丁寧に頭を下げて新年の挨拶をし、巫女としての仕事もきちんと果たす。敵が何処にいて巫女を襲うのかが不明な為、取り合えず巫女の多くが集まっている場所にいて警戒するしかない。
「……見回りでもして来るか」
「あ、ボクも一緒に行くよ」
他の場所にいる巫女の様子も見なくてはと、境内を廻り始めた逆鬼の後ろを、トトが追っていった。
境内は人でごった返しており、油断すると人波に飲み込まれてしまいそうだ。はぐれないようにとトトは逆鬼の右腕を掴もうと手を伸ばし……途端にその手を払いのけられて、びっくりしたように立ち竦む。
「……悪い。驚かせたな」
逆鬼は暗い表情に無理に笑みを上せると、反対側の左手でトトの手を握って歩き出した。
掃除の行き届いた境内。埃が舞わぬよう、水を打たれた玉砂利が足下でじゃりじゃりと音を立てる。
妖の入る余地などないほど清らかな風景なのに、この何処かに忌まわしき妖怪が現れ、巫女を手にかけるというのか……。
白と緋の装束を探しながら2人が巡回をしていると、参拝客の列をついと横切り、少年がやってきた。目深にかぶったキャップで顔の上側が隠れ、顔立ちは良く分からない。
「新年早々穏やかでないみたいだけど、何かあったのか?」
尋ねてキャップのつばを上げれば、下から現れたのはいかにもアメリカンボーイらしい、艶のある金髪に澄んだ青い瞳と、人を逸らさぬ笑顔。
日本の新年を満喫してみようかと神社にやってきたオーファン・シャルバルトだったが、初詣客とは明らかに違う様子の2人が目に入り、素通り出来なかったのだ。
「まだ何にもないよ。でも何かあるかも知れないから見回りしてるの」
トトの答えに首をかしげるオーファンに、逆鬼が事情を説明した。
「神社に妖が? 初詣と言えば、日本の新年に欠かせない行事なんだろ? そんな時に巫女を襲いに来るなんて許せないな」
敵はこちらの事情も時季柄も考えずにやってくる。……というより、映画の中の敵はこちらの事情や時季柄が悪い時にこそやってくるもの。そんな間の悪い事件の為に、これまで大切な約束をいくつ破ることになったやら。それでも目の前にある危険を放っておくことは出来ない。
「敵の情報はあるのか? 巫女達は何処にいるんだ?」
オーファンが任務遂行の為に必要な情報を収集にかかった時。
つんつん。
背中をつつかれてトトは振り返り、そこで淑やかに尾を揺らしている赤い金魚に気づいた。
「あ、アカガネ。何か見つかった? ……何もないけど、なんかヘンなところがあるの? それってヤな感じ? どこ?」
偵察に放っていたトトの金魚が気になる場所を教えに来たらしい。しばらく金魚と会話した後、トトは2人の顔を振り仰ぐ。
「向こうだって」
3人は金魚について人波を横断して行った。
■■
途中、逆鬼は授与所に立ち寄り、真琴らにトトの金魚が何か見つけたらしいことを知らせた。真琴はすぐにミリューンと朔夜に合図をして場を離れた。
「あっちだって」
トトが指すのは社務所の建物。ここも新年で忙しそうだが、外に比べると幾分くつろいだ雰囲気がある。
「このあたりが何かヘンだってアカガネが言ってるよ」
トトが足を止めたのは、夜闇に沈む庭に面した廊下だった。庭と反対側に部屋の障子があり、朔夜がそれを開けると縁起物の整理をしていた巫女達が、あっと口を押さえておしゃべりを止めた。
廊下にも部屋の中にも、今の処は特に変わった物は見あたらない。とにかく他の巫女の安全をと、朔夜は付近にいる巫女達に用事を言いつけ、別の場所へと移動させた。
「巫女らしいことしてないと、妖怪が出てこないかも知れないですね」
ミリューンは先ほどまでいた巫女が持っていた紙を手に取った。リストにはお守りや縁起物の名称と数が書き出されており、どうやら巫女達は授与所で足りなくなりそうなものの準備をしていたようだ。
「確かに、待ち構えていては妖怪も警戒するやも知れません。では申し訳ありませんが、この仕事をお願い致します」
朔夜は準備の仕方を説明しながら手を動かした。真琴は慣れた様子で、ミリューンは物珍しそうに仕事を手伝う。妖をおびき出せる上に神社の仕事も捗って、一石二鳥というところか。
「あ、ここにいたんだ」
社務所に入ってから何処とも無く姿を消していたオーファンが障子を開けて入ってきた。その手にある大弓に目をやった朔夜は、驚いて立ち上がり、その拍子に膝の上にあった筆記具が畳に転がる。
「それは……!」
「銃は神社に似つかわしくないから何か武器になりそうなものが欲しいって頼んだら、酔っぱらってる神主さんが出してきてくれたんだ。なかなか使えそうな弓だな、これ」
弓弦を鳴らしてみるオーファンに、朔夜は片手を額に当てる。
「父上……なにゆえ当社の宝物を貸したもうか……」
「大事な物? なら、出来るだけ壊さないように心がけるよ」
大弓の調子を見ながら答えると、オーファンは今度は矢に細工を始めた。一見無造作なその手つきが、的確に弓矢を扱っているのを認めると、朔夜はやや安心した様子で障子近くにまで転がった筆記具を拾おうと身をかがめた……その瞬間。
障子を突き破り、毛むくじゃらな腕が飛び出した。逃げる暇もなく掴まれた朔夜は乱暴に引きずり寄せられ、その衝撃で障子の桟がばきりと折れる。
が、その身体が廊下に引き出される前に、空を切って矢が飛んだ。矢は障子を貫き、部屋内からはまだ見えぬ、敵の本体へと向かい。
「ギャアァァァ」
凄まじい咆哮が挙がる。僅かに甲高い音が混じる押し潰された如き声。たまらず緩んだ腕から、分厚い爪に傷つけられるのも厭わず、ミリューンが朔夜の身体を取り返した。逆鬼はかばうように前に出て朔夜の身体を部屋の奥へと押しやると、障子を開け放った。
タンッ……障子は小気味よい音を立てて開いた。
そこにいたのは、大猿に似た怪物。黒い毛に覆われた全身は人より遥に大きくがっしりとしている。叫びながら、大猿は胸に突き刺さった矢を、肉がえぐり取られるのも構わず力任せに抜き取った。
ぎょろりと濁った眼が部屋にいる巫女を吟味するように見渡す。
「こちらです!」
真琴は大猿に呼びかけて注意を引きつけると、庭へと走った。翻る緋の袴の鮮やかさに、大猿は真琴を獲物と定めて後を追う。続いて庭へ降りようとしたミリューンを、トトが心配そうに止めた。
「お姉さん、けがしてる、だいじょうぶ?」
先ほど無理に大猿の腕をこじ開けた際につけられた傷が、ミリューンの巫女装束の白を赤く染めている。
「平気。ぼくはこういう事では死なないから……」
安心させるような、だけどどこか儚い笑みを浮かべると、ミリューンは傷に構わず庭に出た。
「クロガネ、あのお猿さんをやっつけて」
トトはぐるぐると落ち着き無く泳いでいる黒い金魚にそう命じた。びっしりと鋭い歯を生やした金魚は、待っていましたとばかりに力強く尾を振った。普通の金魚並みの大きさだった身体が、ぐんぐんと大型魚の大きさへと変化し、果敢に大猿に噛み付いた。
庭の障害物を利用して大猿との距離を調整しながら、真琴は走る。常夜灯の淡い光に照らされた巫女姿は、夢幻の世界のもののようで。大猿が真琴を捕らえてしまわぬよう、逆鬼は解放した妖の右腕を振りかぶり、硬い大猿の背めがけてざくりと裂き下ろす。大猿は振り返りざま、攻撃直後の逆鬼をなぎ払った。
「兄さん!」
「真琴、足を止めるな!」
思わず立ち竦んだ真琴に大猿が腕を伸ばす。その視界をオーファンが投げつけた玉串が遮り、大猿の腕は真琴の巫女装束の袖を破り取るだけに終わった。
「……倒さなくてはなりませんね」
ミリューンが呟くと、周囲の風景の色彩がほんの少し淡くなった。同時にミリューンの身体の周囲に7本の小剣が浮かび上がり、大猿めがけて鋭く飛んだ。それは八剣士の一としてのミリューンの能力。
7つの刃とクロガネの歯に襲われた大猿はたまらずよろめいた。
その隙を逃さず、オーファンの射た矢が大猿を大木に縫い止める。大猿はすぐに矢を抜こうとしたが、これはオーファンが細工を行った矢。括り付けられた小袋からこぼれた清めの塩に手を焼かれ、大猿は慌てて矢にかけた手を放した。
と、それまで開かれた空間だった庭が闇と岩肌に閉ざされた。生暖かい湿り気を帯びた空気がまとわりつく。
ミリューンのロケーションエリアと重なっている為、満ちる闇は完全な漆黒ではないが、逆鬼の身は濃厚な闇に包まれ、外からは伺えない。
兄の意図を汲み、真琴は大猿の時を止めた。
翼のように横に張り出した闇が、大猿に飛びかかる。
肉を裂き、骨を折る忌まわしい響き……そして。
「逆鬼兄さん……」
引き裂かれた大猿の骸。その横に蹲っている妖に支配された逆鬼の上に、真琴は覆い被さるように身を伏せた――。
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しらじらと夜が明ける頃には初詣の客も一段落つき、杵間神社は静けさを取り戻しつつあった。
淡く流れる靄の中、守られた事を知らぬ巫女が御神酒のふるまいをしている。
「新年早々、神社で巫女が浚われるような事があれば、今年一年の汚れともなったでしょう。事件を防ぎ、妖怪を退治して頂き、有り難く存じます」
朔夜は事件解決に尽力した皆に深く頭を下げた。
「巫女さんがぶじでよかったね」
トトは嬉しそうににこにこ笑った。その周囲を、金魚の大きさに戻ったクロガネとアカガネが追いかけっこしながら泳ぎ回る。
「皆さん、お怪我はもう大丈夫ですか? でしたら私はこれで……」
真琴は皆が大猿との戦闘で受けた傷を手当てし終えると、小さく頭を下げて兄の元に行くからと去っていった。
「じゃ、俺は初詣の続きでもしよっかな。ジェシカへの土産に破魔矢も買いたいし」
片手をぴっとこめかみの辺りで振ると、オーファンは参拝客が少なくなった参道を歩いていった。年始早々騒ぎに巻き込まれてしまったが、両手を合わせて今年の幸を日本の神に願う。
静かな朝のひととき。
だがあと数時間もすれば、また参道は初詣客で埋め尽くされ、神社は繁忙の渦に巻き込まれるだろう。
「真琴さんが手当してくれたから、怪我ももう大丈夫。良かったら、しばらく巫女さん手伝いますよ。あ……その前にこれ着替えないと」
戦いの痕跡をとどめる装束をミリューンが示すと、朔夜はこちらへと、社務所に向かって歩き出した。
新年の日が昇る。
初日の光が照らすのは、失われた巫女を嘆く涙ではなく、新年を言祝ぐ晴れ晴れとした表情。
それは夜闇の中、巫女を守る為に戦った者達の輝かしい勲章なのだった――。
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クリエイターコメント | 今回は妖怪の倒し方を書いて下さっている方が多くて、戦闘シーンを組み立てている時は、心躍りましたの。皆様がどう動きたいかが伝わってくると、わたくしもつい、張り切ってしまうのですわ。 新年の神社での活劇、楽しく書かせて戴きましたの。御参加下さった皆様、有り難う御座いました。 |
公開日時 | 2007-01-16(火) 19:50 |
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