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<ノベル>
■おかしのくにのぼうけん■
ケヴィン「わっ、王様! あなたがこのお城の王様なの?」
チョコレートキング「いかにも。そうか、昨日からちょこまかわしの工場をうろついていたのは、おまえだったのか。てっきり、ネズミだと思っていた」
ピエロ「またでた、おうさまのとくいのはやとちり!」
ケヴィン「ご、ごめんなさい! その、お菓子を盗むつもりで入ったんじゃないんです。お願い、王様、信じて!」
チョコレートキング「謝らねばならないのはわしだ。兵隊を使っておまえを追い回してしまった。怖かっただろう。詫びと言うのもなんだが、工場を案内してやるぞ」
ケヴィン「ほんとうに?」
チョコレートキング「ああ、本当だ。さて、まずは進路を変えなければ。おまえの住む国は、昨日の夕方に発ってしまったからなあ」
ピエロ「ききき、おしろはのろま! おまえんちにつくのは、あしたのゆうがた!」
チョコレートキング「部屋と食事も用意させよう。道化の言うとおり、おまえの国に到着するまで、時間がかかるのだ」
ケヴィン「ありがとう、王様!」
チョコレートキング「おお。その笑顔を見るためにわしは世界中を旅している」
ピエロ「でもはやとちり! ドジ! のろま!」
チョコレートキング「ええい、うるさーい!」
ケヴィン「あはははははは!」
ピエロ「ききききききき!」
チョコレートキング「ふむっ、ほっはっはっはっはっ!」
■行進の終わり■
ジェフリー・ノーマン率いる――とは言うものの、ほとんど彼の命令にまともに従っている者はいないようだったが――部隊と、マルパスが指揮を執る潜入部隊。どちらも、そう人数は多くないが、個人が圧倒的な力を持っていた。それもそのはずだ。映画の主人公を張るほどの設定と存在感を持つ者ばかりなのだから。
ずしん、ずうしん。
砲撃が行われているとはいえ、六脚の工場の歩みがのろいのは、不幸中の幸いか。進行方向にある建物からは、市民もすでに避難を終えていた。
キングスファクトリーは郊外を出て、ようやく市街地の入り口にさしかかろうとしている。進行を阻止するなら今のうちしかない。ほんのあと100メートルでも動けば、人々の生活の場が踏み潰されてしまう。街には、すでにファクトリーの大きな影が落ちていた。飴やチョコレートの砲弾による被害も大きくなっている。
そしてばらばらと降下してくるお菓子の兵隊どもは、無尽蔵に生産されているのかと思えるほどの数だった。
そんな戦場を、悠然と歩いている黒づくめの紳士がひとり。
兵士は彼に見向きもせずに走り去っていく。ということは、紳士が甘いものを持っていないのか。自分の足元を駆け抜けていく小さな兵士に目を落とし、紳士はうっすらとした笑みを浮かべた。
ばうっ、と黒いコートが翼のように広がる。
ほんの一瞬で、黒い紳士はお菓子の兵士を10体ばかり、その腕の中に抱えこんでいた。
「質か、数か。どちらが強いか、明確な答えはない。時と場合によるからな。だが、今回の戦は……数だけでどうにかできるものではない。そうだろう?」
なんとかして腕から逃げだそうと、お菓子の兵士はじたばたしている。しかし、吸血鬼の長老の力から、おいそれと逃れられるはずもなかった。
「少尉ッ、俺ッ、塩味のポップコーンも大好きだぜ……!」
支援部隊に向かって、太助はそう叫んだ。れっきとした激励なのだが、ノーマン少尉の死亡フラグを助長させるように感じられるのはなぜだろうか。太助の横をかすめた砲弾が、派手に地面に着弾した。土塊と石が飛び散った。太助はそれを、ひょいととんぼ返りでかわした。着地したとき、彼の姿は少年から仔ダヌキに変わっていた。
「ハァアアーイ、太助クゥン。キミはどっちのティームなのかナァ?」
「げっ、おまえ……」
やたらとハイテンションな呼びかけは、振り向かなくても誰のものなのかわかる。クレイジー・ティーチャーだ。太助は結局振り向いて、同時に引いていた。
クレイジー・ティーチャーは頭が半分と左肩が吹っ飛んでいたのだ。砲弾の直撃でも受けたのだろう。しかし彼はピンピンしている――それどころか、額に青筋を浮かべてキレかけている。あまり子供が見るべきものではない。
「ビックリしたー……。だ、大丈夫なんだよな、それ。おれは潜入部隊のほうだよ。忍びこむのは得意だからさ」
「じゃあ、ボクと同じティームだ! チョコレートキングなんていうファッキン命知らず、一緒にとっととブッ殺しちまおうぜッハヒャアアア!!」
一緒にやろうとは言いつつも、話すうちにヒートアップしてしまったらしいイカレ理科教師は、太助を置いてファクトリーへ突撃していった。左手に火炎放射器、背中に燃料タンク、右手にハンマーという実に彼らしい出で立ちだ。
「なんだあ、ありゃ。敵は俺たちと同じみてェだが……まったく、面白ェやつの多いこと」
クレイジー・ティーチャーを呆れた笑みで見送りながら、長身な男がのっそりと戦場に現れた。ゆで卵を髣髴とさせる色合いのバッキーを連れているが、目につくのは担いだ長槍だ。
この現状をも面白がる彼にとり、さらに興味深い光景が広がりつつある。
はじめに、空気が変化した。見る見るうちに要塞から突き出した砲門が凍りついていく。次いで、鈍重な脚が突然爆発し、キングスファクトリーは傾いた。歩みはそこで止まった。
「ほォ」
長槍を担ぎ直し、続 那戯はにやりと大きく口元をゆるめた。
「よッしゃア! 今のうちだ!」
勇ましい号令が響き渡った。紅い大剣を片手で振るい、ファクトリーを指し示したのは刀冴だった。
「俺はちょっと遅れる。先に行っててくれ!」
足元を通り抜けようとした兵士を蹴飛ばし、刀冴は同行していたアルにそう言った。いつもの刀冴ならすぐさま駆け出すだろうと思っていたアルは、えっ、と驚きながら振り返る。
「どうしてですか。何か作戦準備でも?」
「まだあいつが来てねェだろ」
「――じゃ、僕も遅れることにします」
「何だよ、しょうがねェなあ。ったく、あいつ、どこで油売ってんだ……」
刀冴は背後の街に目をやった。渋面はすぐに、笑みに変わる。八之銀二の白いスーツ姿が、見えたからだ。アルもそれで納得した。しかし全速力で駆けつけたらしい銀二の白いスーツは、すっかりチョコレートで汚れている。
「おい兄弟、喧嘩する場所間違えてたんじゃねェだろな。何だァ、この有り様」
「準備運動してたんだよ」
息を整えながら、銀二は刀冴を見上げた。ほんの束の間絶句していたアルも安堵する。銀二は走って少し疲れただけで、どこにも怪我をしていないようだったからだ。
「よし、行くか! 向こうも混乱してるしな」
「後ろは気にしなくてよさそうだ」
刀冴が空を見上げ、嬉しそうに笑った。どこからか現れた漆黒の竜を見て、彼は、後方の安全を確信しているのだった。
お菓子の兵隊の混乱を縫い、関節を壊された脚の間をかいくぐって、傾いたキングスファクトリーの腹の下へ。
城内へ侵入するための確たる道を作ったのは、シュヴァルツ・ワールシュタットという蜘蛛だった。甘味を盗みだしたことや無差別攻撃に対して、少年の姿をした彼は憤慨していた。彼はいつでも餓えているようなものだ。未知の味と甘味は彼の好物だった。
「チョコレートキングか……きっと甘くて美味しいんだろうな。さっさと見つけて食べてやるよ!」
工場下部の非常口に向けて、シュヴァルツは鋼の糸を放った。それはただの糸ではなく、限りもなく、衝撃で開いたらしい非常口の中に入りこむと、床にぴたりと張りついた。
「よっしゃー! 行けー!」
「ちょっ、重い!」
早速非常口に入りこもうとしたシュヴァルツの肩に、どっしりと仔ダヌキが乗った。シュヴァルツはもっともな抗議をしたが、幸い、鋼糸が切れることはなかった。彼らにつづいて、潜入部隊の面々がキングスファクトリー内への侵入を果たす。だがその顔ぶれの中に、クレイジー・ティーチャーの姿はなかった。
彼だけ、堂々と『正門』から乗り込んでいたのだ。手段はわからない。
■お菓子の要塞へようこそ■
太助が以前侵入した工場の面影は、確かに残っている。だがそれは、間取りやフロアの大きさといった枠組くらいのものだった。
「なんだあ……これ……」
お菓子の兵隊と兵器を製造する機械の数は増え、甘い香りの漂う工場内を埋めつくしていた。よく見れば、増設された機械はお菓子でできている。本来設置されていた金属の機械よりも、お菓子の機械の性能は劣っているようだ。材料を詰まらせたり、オーバーヒートして煙を上げているものが目立つ。
とにかく数を、数を。
急ごしらえの機械が作った急ごしらえの兵隊は、手足が欠けていたり、余分についていたり、首がなかったりの異形であった。うまく固まらなかったらしく、どろどろ溶けた身体のまま、戦地へ向かおうとしている個体もある。
「どうなってるんだ、こりゃあ……」
銀二は顔をしかめた。彼が手に取ったマーブル模様の砲弾などは、串団子のように連なっていた。
「敗ける寸前の国の兵器工場だな」
「そうか? 必死って言うより、何も考えてないだけのような感じがするぞ」
「あの、気になっていたんですが」
銀二と刀冴の会話を受けて、アルが口を開いた。
「確かリオネさんが、騒動の前に夢を見たと言っていましたよね。七つの星が落ちる夢です。……彼女の夢は、大きなハザードを予知するものです。もしかしたら、元凶はチョコレートキングではなくて、その『星』に当たるものなのかも……」
「だなぁ。んじゃ、ちょっくら星探しと洒落こもうか」
お菓子の機械を槍で軽く叩いて、那戯が歩きだす。そしてさりげなく、懐から爆竹を出して、おもむろに手近な機械の中へ放りこんだ。
機械が爆発し、兵器製造部屋が大きく揺れた。
その音を聞きつけたのか、お菓子の兵器を乗り越え、わらわらと兵士がやってくる。だが、それは一同が思っていた数よりもはるかに少なかった。
非常口から侵入したグループに割かれる兵の数が少ないことには、わかりやすい理由があった。
「デァーハッハッハッハ!! いい度胸だネェ、殺すヨ? 殺しちゃうヨ? ブッ殺すっっつってんだよボゲェェェエエ!!」
正門から乗り込んだクレイジー・ティーチャーが、大虐殺を繰り広げながら進んでいるためだ。正門からつづく道は、密集して立てられた工場群をまっすぐに貫き、モスクのようなドーム状の屋根を持つ王城へとつづいているのだった。工場と工場の間から飴とチョコレートの砲門が生えていることをのぞけば、大体は絵本作家が手がけた設定に準ずる造りだ。地面は石畳ならぬガム畳だった。
色とりどりのガムが敷き詰められたメルヘンの道を、火炎放射器とハンマーを供にした殺人鬼が進んでいる。火炎放射器が放つ業火で、火に弱い砂糖菓子の兵器や兵士はたちまち焦げ、溶けて、崩れていった。その暴れっぷりがあまりにも派手なので、引き寄せられるようにして兵士が集まってくる。
クレイジー・ティーチャー本人は憤怒に駆り立てられているだけで、あまり深く考えてはいなかったが、結果として彼は格好の囮になっていた。
誰かファクトリー上空を見た者がいるならば、火と鈍器と飛び交う砲弾を巧みに避けて飛んでいる、一匹の蝙蝠の存在に気づいただろう。蝙蝠は空からお菓子の兵隊の動きを見守り、うっすらと微笑んでいるようだった。
ざざざざざざざ……。
兵士たちには心がない。ゆえに、その不穏な空気の変化に危惧を抱いた者はないだろう。ただ、火と金槌で傍若無人に暴れまわる殺人鬼を相手取ることだけを目的としていたはずだ。力でも大きさでも体力でもかなわない相手を前にしながら、兵士たちは全く怯まない。人間らしい心はおろか、恐怖という概念すら持ち合わせてはいないようだ。彼らは蟻であり、蜂だった。
「ヌガァーッ、虫かてめェら!! 次から次へと湧いてきやがる! OKわかった皆殺しダダダッ、死ねェーッ! 最高ダァーッッ!!」
いつしか火がクレイジー・ティーチャーの白衣に飛んでいたので、ハンマーを振り回す殺人鬼は火だるまになっていた。もちろん、頭を吹っ飛ばされても死なない殺人鬼が、火などに殺されるはずもない。
『うむ。いつ見ても感服する狂気と生命力だ』
黒煙を迂回しつつ、蝙蝠が薄笑いでそう呟いた。蝙蝠は羽ばたき、王城へ向かっていく。
ざざざさささささ……。
そして静かに、ガムの道を、兵士たちが走っていくのだった。無言の兵士たちは、どういうわけか、蝙蝠に付き従っているような動きを見せていた――。
火が消えるほど暴れたクレイジー・ティーチャーが、自分の周囲から敵がいなくなっていることに気づくのは、もう少しあとになってからだった。
兵器製造工場で襲ってきた兵は、ものの10分も経たぬうちに片づけられた。那戯がはじめに起こした爆発は連鎖を起こし、フロアの機械をことごとく破壊した。
キングスファクトリーがぐらぐらと揺れはじめる。
しかしそれは、崩壊を示すものではなかった。むしろ逆だ――脚の一部の修復作業が進んでいて、城は何とか前に歩もうと足掻いているらしい。
「くっそー、根性あるなあ!」
「動力源を叩くってのもあるけど、チョコレートキングを直接叩いたほうが早かったりしてね。このメンバーなら」
工場内の構造は、映画資料として公開されている設定とそう変わらない。ただ、粗雑な造りの砂糖の壁が唐突に廊下を塞いでいたり、蜂蜜やトリモチが床に塗られていたりと、幼稚な障害がときたま一行の行く手を阻んだ。
もっとも、子供でも考えつきそうな、粗悪な障害である――前に進む一行にとっては、障害ですらなかったかもしれない。
――いったい、どういうことだ。相手の目的もこのやり方も、まるで中身がない。そもそも銀幕市を襲うというのは、目的なのか。理由のない破壊衝動は、すなわち狂気だ。
アルは、進みながら考えていた。それと同時に、使い魔の猫に命じて、工場の動力炉を探査させている。シュヴァルツは、チョコレートキングを倒すほうが早いと言った。アルもそのとおりだと思う。しかし、チョコレートキングの行動がどうにも解せないのだ。だからアルは、幼稚なトラップをくぐり抜け、猫が動力炉を制して帰ってくるのを待っていた。
「また壁か」
砂糖を固めて作られた壁を前に、銀二が呆れた声を上げた。アルの物思いは、彼の声によって断たれる。
「兄弟は壁が好きだろうが」
大剣を担いだ刀冴が、にやにやしながら銀二に言う。銀二は迷惑そうな、照れ隠しの笑顔のような、複雑な表情で刀冴を見た。
「好きというか、何だか、有り難いんだ。俺の見せ場が増えるからなあ」
「つーかさ、おっさん、このカベよりこっちのカベ破ったほうがいいんじゃね?」
太助が、急ごしらえの砂糖菓子の壁ではなく、ファクトリーにもともと存在していた壁をてしてしと前脚で叩いた。あァ、と刀冴が太助の意見を訝った。
「なんでだよタヌキ」
「設定図ちゃんと読んでなかったのかよう。このカベの向こうがでっかいろうか……『大かいろう』で、その先が『玉ざの間』だぜ」
「そうか! そう言われたらそんな構造だったな」
「壊れやすい壁蹴るのが楽しくて忘れてたんじゃないよね、銀二」
シュヴァルツが茶々を入れると、銀二は咳払いをした。
「いいから黙って下がってろ」
銀二の、色々と複雑な感情をこめた必殺のヤクザ蹴りが、壁に炸裂した。劇中ではコンクリートの壁を破壊し、銀幕市ではかつて怪獣の脚をも破壊した蹴りだ。ファンタジー映画の城の壁も、むやみやたらに激しい轟音を立てて吹っ飛んだ。
「おッ!?」
「わわわわッ」
「おいおい!」
轟音は、ファクトリーの奥からも聞こえてきた――チョコレートキングの城は激しく揺らいだ。そして、ゆっくりと傾いていく。銀二の蹴りが壁どころか城そのものを壊したのか、と思えるほどのタイミングだった。
立っていられないほどの揺れと衝撃は、ややしばらくつづいた。
揺れと音がおさまり、たまらず身を屈めていた一行は大きく息をつく。
「なんだ、今の……」
「兄弟が気合入れすぎたんじゃねェのか」
「いえ、違います」
駆け寄ってくる小さな足音を聞いて、アルがそっと微笑んだ。
「僕のルビーが、動力炉を止めてくれたようです」
黒い猫の姿をした使い魔は、アルの身体を駆けのぼり、肩に腰を落ち着けた。
キングスファクトリーの歩みは止まった。砲撃と生産も、恐らく止まっている。一行は壁に開いた穴から、玉座の間へと走った。
■気狂い暴君■
「さ、騒がしい! 騒がしい!」
ばさあ、とマントがひるがえる。そのマントも布ではないのか。マントが生んだ風にも、甘い香りがついていた。
チョコレートキングは、姿こそ将軍のようではあったが、王らしく玉座の間に居座っていた。しかしどういうわけか、飴でできた玉座の、背もたれの上に立っているのだ。
「侵入者め。一体何のつもりでわしの城を荒らすのだ」
その大柄な体躯は、玉座の間に飛び込んだ誰よりも大きいだろうか。チョコレート色の顔には、立派な黒色のカイゼル髭がたくわえられている。目も髪も、彼は何もかもがチョコレートでできている。
「キミこそ、何のつもりで街を襲ってるんだか。こっちはお菓子を盗まれただけでも迷惑なんだ。今さら謝ったって遅いよ!」
シュヴァルツの手から、しゅルりと鋼糸が現れた。対するチョコレートキングは、
「わしの城め! 一体荒らすつもりで何を侵入者だ!」
両手を振り上げて、そう叫んだ。
何を言っているのか、一行にはわからなかった。恐らくチョコレートキング自体も理解していないだろう――そんな気がする。
「な、なんだ、そりゃ……」
太助は、ぞわぞわと全身の毛が逆立っていく感覚に襲われた。はっきりとした理由はない。ただ、チョコレートキングの言葉を聞いた瞬間、ぞっとしたのだ。本能が、王を理解しようという心を拒絶した。
マルパスの言うとおりだ。彼は説得に応じない。簡単な言葉すら通じないだろう。
「さ、騒がしい! 進め! 進めー!」
「どうして、あなたはそんなことを」
「わからんのか! わしはのろまなのだ。準備を整える時間がほしかったのだ。やむをえずわしはのろまだから、昨日の夕方におまえの住む国を発ってしまった。わかったのかッ! 侵入者か! であえであえ!」
それでもチョコレートキングの真意を尋ねようとしたアルを、誰が嗤えるか。ふらり、と一行とは離れて城内を巡っていた那戯が、玉座の間に辿り着いている。彼は嗤っていたが、それはアルに向けられた嘲笑ではない。
「クかかかか……。ありゃア、相当面白ぇ。すっかりイカレちまってるぜ。甘いものが、ヒトの欲望を満たすためだけのものだってことも、綺麗サッパリ忘れちまってらァ。星もクソもねぇや、ハハハ。星探しも飽きたし、ここで一発、殺し合いといくかい!」
「侵入者ーッ! 侵入者だぞーう!」
那戯が槍を構えたのは、見栄を切るためではない。
狂っても、王であるということだろう。彼の号令で、どこからともなく兵士が湧いてくる。しかしその兵士も、多くはまともではなかった。死体が無理やり動かされているかのようだ。動きはぎこちなく、工場で見たような異形の兵がほとんどだった。
無数の蟲が数え切れないほどの手足を動かしながら、しかし統制の取れた行動を取っているようで、顔をしかめたくなるような醜悪な集団だ。那戯は怯まず、変わらず嘲笑いながら、ざん、と槍を振るった。
「ち……こいつらが『壁』か……」
銀二がごきりと首を慣らし、拳を固めた。チョコレートキングは玉座の上。自分たちの前にはお菓子の軍隊。ざわざわと、『壁』は分厚く、大きくなっていく――。それに対峙する銀二の背中に、どん、と熱いものがぶつかった。
銀二は振り向かなかった。それが、刀冴の背中であることはわかっているからだ。
「壁が好きなんだろ、兄弟」
「そうだな。見せ場だ!」
刀冴の大剣〈明緋星〉、銀二の蹴り。壁と貸した軍隊が砕け、切り裂かれていく。その合間を、太助がかいくぐっていく。
「んがぁあああぁぁぁッ……!」
壁は崩れる、玉座に届く! 太助の身体が一瞬で、爆発したように大きくなった。獣の爪が、チョコレートの王をとらえようとした。
「キキキキッ! キキキキッ!」
しかし、不意に、大ダヌキの足元で、サルの笑い声のようなものが上がり――太助は足を取られて、顔面から転んだ。ぶつけた鼻面の痛みに唸りながら、太助は足を見る。チョコレートキングの玉座の周囲には、べっとりと甘いトリモチが塗りたくられていた。トリモチのついたヘラを持って、クッキーでできたピエロが笑っている。
「おうさまをまもれ! のろまをまもれ! キキキキッ! こんなになっちゃったおうさまでも、ボクチンのおうさま!」
トリモチが毛に絡みついている。無理やりトリモチから逃れようとすると、太助の身体から毛が抜けた。
「いで、いでででッ、ちっくしょう!」
トリモチの上に兵士が寝そべる。お菓子の兵隊は、味方でできた橋を渡すと、太助の身体に乗ってポカポカ殴り始めた。
兵隊は、どれも無表情だった。仲間が倒れても、潰されても、波のように攻撃が途絶えない。シュヴァルツは、糸だけでは埒が明かないと踏んだ。彼の影が、すべてを呑みこむ影が、大きく広がったそのときだ――
「この期に及んでも数で攻めるのかね。まあ、今の君にはどんな諌言も届くまいが」
ばうっ、と大きく布がはためく音と共に、黒い紳士が玉座の間に現れた。
「ブラックウッド!」
「ブラックウッドさん!」
何人かの声が重なった。黒い紳士は、ふわりとした微笑でそれに答えた。
ずざざざざざ、と彼の背後から、潮騒のような音が、玉座の間になだれこんで来る。圧倒的な数の足音。それは、本来の無表情に不適な笑みを浮かべた、お菓子の兵士たちだった。生命を感じさせないはずの目に、不吉な光が宿っている。
「楽しそうな試合だ。私も混ぜてくれるかな」
ばさりと彼が外套をひるがえすと、笑う兵士たちが一斉に、王の兵士たちに向かっていった。ブラックウッドの兵は、王の兵の喉笛に咬みつく。咬みつかれた兵士は、にやりと笑った。そして、隣や後ろの兵士に咬みついた。
「お菓子も吸血鬼になるのかぁ」
感心するシュヴァルツの周りから、ごっそりと兵士の姿が消えた。皆、シュヴァルツの影に喰われたのだ。数十体ぶんの甘味は、シュヴァルツの欲を心地よく満たした。
「これほど手駒が多くなると、面白くなってくるねえ。初めはほんの20あまりだった」
「あんたも動いてくれてたとはな。頼もしい」
「いやいや、私など、間もなく現れる助っ人に比べれば、三等兵のようなものだよ」
ブラックウッドのその言葉は、ほんの一瞬、謎のような謙遜だった。
しかし、彼はひょっとすると事実を言っていたのかもしれない。玉座の間の入り口で、爆音が起こった。
「URYYYYYYYY!! デメェラアア、甘いモン返せェェェァァァア!!」
ブラックウッドの兵もチョコレートキングの兵も平等に蹴散らしながら、怒れるイカレ理科教師が突撃してきた。これには、一部の味方も「どえっ」と断末魔のような声を上げて驚いた。
「ほうら……頼もしい助っ人が来たろう?」
可笑しそうに笑って、ブラックウッドはさりげなく霧になった。その霧をも引き裂く勢いで、クレイジー・ティーチャーが玉座に向かって猛ダッシュする。
その先には太助が、いやトリモチゾーンが!
「イクス・キュゥゥウウウズ・ミィィィイイイイイ!!」
「だあッ、いだだだだでででで!」
イカレているのにクレイジー・ティーチャーは的確な判断をした。トリモチの上でまだ動けずにいる太助の背中を走り、自慢のハンマーを、チョコレートキングの真正面で振りかぶる――!
「いかにも」
チョコレートキングが、首を突き出した。
クレイジー・ティーチャーが、横様に吹っ飛ぶ。
玉座の間を、一段と強い甘味の香りが席巻した。同士討ちをしていた兵士たちが、クッキーのピエロが、太助を拘束していた甘いトリモチが、蜂蜜もビスケットも、何もかも……その場にあったお菓子が砕かれ、こね回されて、ひとつの塊になった。お菓子の塊はチョコレートキングの頭部に吸い寄せられ、グニリとカートゥーンめいた音を立てて融合した。
「その笑顔を見るために! ためにために! その笑顔! 旅を笑顔! 道化ぇーッ、うるさーい! わしーっ! ネズミかと思いました」
ふらふらと歩くチョコレートの身体に、首長竜の如く伸びるお菓子の首。チョコレートの土台に、クッキーとゼリービーンズとガムとキャンディーと桜餅の鮮やかさが埋めこまれている。そして、チョコレートキングの顔は、ピエロの顔とくっついていた。
クレイジー・ティーチャーを薙ぎ払ったのは、この長い首だ。
目隠しをされた人間のように、頼りなく両手を前に差し伸べ、チョコレートキングはよろよろ歩いた。玉座の前の段差で足をくじいた。カイゼル髭をくるくる回しながら、王は焦げ色の煙を吐く。
「なんてこった……、なんてバケモンだ」
刀冴が、醜悪な敵を見て吐き捨てた。
「俺たちは、何と戦ってんだ? こいつは……」
「チョコレートキングじゃない……」
しかし、チョコレートキングだ。彼が口にしている台詞は、劇中のものに違いない。
なぜ、ほのぼのとした物語の存在が、突然ここまでねじ曲がってしまったのか。理由を知りたかったアルと刀冴は、絶望した。
ぬちゃあ、という音とともに、チョコレートキングの首が二つに分かれた。いや、あぎとを広げたのだ。首があぎとそのものだった。裂け目の中に、お菓子の兵士の手足がずらりと並んでいる。それが牙か、牙なのか。では舌はなんだ。トリモチと飴だ。
「おうさまはやとちりはやとちりはやとちりはやとりちはとりやうおさちは、は、は、とととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととと――」
ずブり!
初めに動いたのは続 那戯!
低い体勢で距離を詰め、彼は長槍〈炮烙〉を王の首に突き刺していた。凄絶な笑みで、彼は槍の赤い房飾りを強く引いた。槍の穂先が唸り、火が起こった。チョコレートが焼ける匂いが爆発した。
長い首とあぎとはねじれた。まるでプロペラのような回転だった。
「うお、」
銀二に首が激突しかけたとき、アルが跳んだ。アルの華奢な身体が、八之銀二の身体を
押し飛ばし、ねじれる首にしたたかに打たれて吹っ飛んだ。
「アル!」
「バカッ! おまえっ――」
刀冴がアルに駆け寄る。銀二は倒れる。彼は床を叩いて叫んだ。言葉が続かない。
「無垢ではあるが、無粋だな」
ブラックウッドの低い声に、冷気が混じる。もだえるように暴れる王の首の一枝を、彼は右手で無造作に掴んだ。彼の視界の隅に、シュヴァルツの動きが入り込む。
蜘蛛は鋼糸を持ち、ブラックウッドが掴む首の下をかいくぐると、大きく跳躍した。シュヴァルツの身体は、ふらふら歩きつづける王の上を飛び越えた。
ブラックウッドが、その右手を振り上げる。
狂える王の身体が、ふわりと浮いた。シュヴァルツはその首に鋼糸を巻きつけていた――シュヴァルツが床に降り立ち、王の身体が浮いているいま、鋼糸はみちみちと首に食いこんでいく。
千切れた!
ブラックウッドは、お菓子の塊をはるか彼方に投げ飛ばした。玉座の間の壁に、それはあえなく叩きつけられ、チョコレート色とパステルカラーの染みになった。
首をなくした王の身体は、相変わらずすがるものを求めるように、歩きつづけている。そこに、一陣の風が立ちはだかった。
「――アルの痛みだ」
〈明緋星〉。
一閃!
「コレで死んだと思うなヨォオオオ!!」
真っ二つにされ、どうと倒れた王の身体を、クレイジー・ティーチャーがハンマーでさんざんに叩きのめした。板ガムにでもするつもりなのかと言うほど叩きのめした。
何十回目だろうか――クレイジー・ティーチャーがチョコレートの胴体にハンマーを振り下ろしたのは。チョコレートキングだったものの身体は、ぼふっ、と煙のように消えてなくなった。
チョコレートキングが死んだ。
「お」
「ん……」
「あ」
それは、ムービースターの亡骸である。クレイジー・ティーチャーが振り下ろしたハンマーのそばから、それは転がり、那戯やブラックウッドの視線を集め、太助の目の前で止まった。
プレミアフィルム。
だがその状態に、太助は息を呑んだ。
それはぼろぼろで、まるで墨のようだった。触れたくないと本能が拒否する邪悪、恐怖、漆黒でできているようだった。那戯が拾い上げようとしたが――それはずぐずぐと崩れ、塵より細かく砕けて、空気に溶け、消えてしまった。
「な……なんなんだよ……」
太助の声は、震えている。
「なんだったんだようっ!」
誰もその問いに答えることはできない。
アルは銀二の手を借りず、立ち上がった。
そして心臓を失ったキングスファクトリーは、夢のようにその姿を消し始めていた。
アルが目を閉じ、息を吸い込んで、ゆっくりと吐く。消えゆくキングスファクトリーのかわりに、美しい緑の丘が現れた。彼のロケーションエリアだ。アルの身体の中で折れた骨は元通りに繋がり、白い肌から痣は消える。
そして、激しい風が吹いた。
風は竜巻となって、丘の上を走る。お菓子工場無きいま、丘には略奪され、機械にかけられるはずだったお菓子が、山のように転がっていた。アルの竜巻はそれを吸い上げ、銀幕市めがけて吹き飛ばしていく。
銀幕市に、甘いお菓子の雨が降る。
市役所の中でその光景を見つめるマルパスは、何も言わなかった。
――私が言わずとも、この雨を見ればわかるだろう。状況は終了した。報告を待とう……。
彼は握りしめていた無線マイクを、懐に収めた。
■おかしな、く に。ばうけん■
ケう゛ィん「王様。王様。嬉しいです。もうすぐぼくの国。です」
チョコレイトきんグ「いかにもいかにもいかにも」
ぴえろっと「なんでですか。なんでだよう。おうさまなんでだよう」
けヴぃんん「ぼく嬉しい。ぼく王様と一緒です」
キング「そうだな。わしはおまえだ。おまえ、チョコレイトになった気分どうだ」
ケう゛ィん「嬉しいです。王様わグチャグチャぬドロドロです。食べてええ誰かっ食べてえええお菓子お菓子だから食べてえええふむっほっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっっ っ」
ちょコ「はっはっきっはっはっきっなんでだようようよう、王様。おうとさまおあのせさま王様えうっうっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ……」
ピエロ「ああ星が、堕ちていく」
■目覚め■
翌日、リオネが泣きながら寝室を飛び出してきたそうだ。
〈了〉
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クリエイターコメント | こんばんは、諸口正巳です。2本目の特別シナリオとなる『【チョコレートキングの挑戦!】キングスファクトリーの心臓』をお届けしました。 本領発揮……と言うべきなのでしょうか、ラスボス戦は諸口の(悪)趣味がうなりをあげる展開となりました。件の描写をのぞいても、しばらく甘いもの食べたくないですねえ(笑)。こんなに甘いものの描写をしただけでおなかいっぱいになるとは思わなかったです。 謎とヤな後味を残した結末になりましたが、楽しんでいただけたなら、そして今後が気になると思ってくださったなら、幸いです。 では、またお会いしましょう。 |
公開日時 | 2007-02-14(水) 20:00 |
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