緊急特集:銀幕市の異変を追う!
取材・文/七瀬灯里(編集部)
■銀幕市、各所で異変
×日午後4時頃、××町の路上で、道路に飛び出した子犬を助けようとした男性が車に轢かれ死亡するという事件があった。犬は無事だったが事故車両は逃走、現場は一時騒然となったが、やがて、この「事件現場」は跡形もなく消え失せ、死亡したはずの男性がむっくり起き上がった。彼は「被害者A」と名乗ったが――、どうやら某刑事ドラマに登場する「被害者役」であったらしい。
そんな奇妙なものから、危険なもの、心温まるものまで、さまざまな出来事が市内全域で起こっている。綺羅星学園高等部1年生・美堂ななこさんの自宅周辺では、突如、暴力団と思われる男たちの抗争が勃発。巻き添えを受けて美堂さんの自宅も半壊した。
「でも、突っ込んで来たトラックの運転席でぐったりしていた鉄砲玉さんに、『嬢ちゃん、漢の生き様をとくと見届けてくんねェ!』と言われたので……見届けましたよ。仁義なき闘いに挑む漢たち……、眩しかったです」
美堂さんの同級生、沢渡ラクシュミさんは通学途中に象とサリーを着た美女軍団が、花びらをバックに歌いながら踊り狂っているのを目撃した。日本育ちのインド人である沢渡さんもあやうく仲間入りさせられそうになったという。大学生・大久保陽子さんの情報によると、公園の池に人魚があらわれたり、自宅の庭に妖精がやってきたりするそうだ。
これらはすべて、映画の中の存在が実体化したものと目されている。美堂さんが見たものは仁侠映画から、沢渡さんが遭遇したのはインド映画、大久保さんの話にあるのはファンタジー映画からあらわれたのであろう。
■現実にあらわれた映画の登場人物たち
「昨日の夜、自宅近くで……『あなたのもとへ』のヒロイン、ゴーストのマイネに会ったんです」
と、戸惑い気味に話すのは三月 薺さん。彼女の出会ったマイネは、同作の主人公「タスク」と離れてしまい、彼を探していると語ったという。
このように、よく知られた作品の登場人物が、実際にあらわれたという報告は多く寄せられている。これは登場“人物”にとどまらない。3DCGアニメ『マジカル★黄金ハムスター』に登場するハムスターのプリンセス・ハーミーや、『タヌキの島へようこそ』に登場するタヌキの太助なども出現の報告がある。
鳶城華音さんが目撃した「赤いスポーツカーを運転していた侍」や、夜野月菜さんの学校にあらわれた「謎の転校生」など、出自があきらかでないものも多い。「クラスメイトP」と名乗っている青年は、本人談によると某SF映画で、主人公の大学生のクラスメイトだったというが、確認は取れていない。おそらく名前もない端役であったのだろうが、そうしたキャラクターも、現実になればひとりの人間(?)としてそこに存在しているのだ。
「映画はヒトを楽しませるために創られたモノ。ソレには喜怒哀楽がすべて含まれていると言っても過言ではないでしょう。ヒトが創り出した、生まれたばかりの世界に、どのような情が含まれているのか……、ミナサマ自身でお確かめ下さい」
街角で、そんな口上を述べる「ネームレス」は、映画のストーリーテラーが実体化した存在。彼はただ、微笑みを浮かべて、この不思議な世界の幕開けを案内しているようだった。
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■市内にさまざまな影響
銀幕市内には、さまざまな影響があらわれている。アパレルショップ『アナクマ』に勤める店員の誘 飛鳥馬さんの話では、普段は購買層が限られている奇抜なデザインの服が急に売れるようになり、店は嬉しい悲鳴をあげている。買っていくのはSFや時代劇、西部劇からあらわれた映画の登場人物たちだ。「『アナクマ』のコンセプトは近代的なセンスとオールドファッションを混ぜ合わせ、洋風でも和風でもないイメージをつくりだすことです。そのへんが、かれらには受けているみたいですね」
しかし、そんな牧歌的とも言える状況はやはり少数派だ。事務職・英 梓さんの情報によると、なぜか「上下がさかさまになってしまった」ビルがあるという。高校生・秋津 戒斗さんは、幣誌の取材に応えてこう語った。「いきなり道でタンクローリーがドリフトして突っ込んできて爆発したりして、大変な騒ぎだったんだ。でも誰も怪我しなかったらしいぜ。あれも何かの映画から出てきたんだな。でも、こっちは、ホントの事故と区別がつかねーわけだろ? 傍迷惑な話だよな」
■不思議生物バッキーとムービーファン
この騒動に呼応して、市民の中に、バクに似た奇妙な生き物になつかれている(?)人々があらわれている。これは「バッキー」という動物らしいが、この呼称の出典は不明。また、同じく由来は諸説あるものの、これを連れている人々は「ムービーファン」と呼ばれはじめているようだ。小説家・杉崎景護さんもその一人。杉崎さんは彼のバッキーを「ベルスーズ」と名付けている。同氏は街の騒動について独自に情報収集をしているようだが、その内容については教えてもらうことができなかった。
「名前は『スプーン』ってことにした。……理由? いや、別に――、コーヒー飲んでるときに考えてて……たまたまスプーンが目についたから。なんかわかんないけど、好きに憑かせておくことにしたさ。街中、面倒くさいことになってるみたいだけどなぁ」
と話すのは藪沢丈治さん。おおむね、ムービーファンの人々は、彼のように存外クールな反応が多い。あわてても仕方がないという達観なのか、なにかの啓示か。ムービーファンの中には、異変がはじまる前の夜、不思議な夢を見たという人が多いようだ。
柊 一維さんは、現在の状況に対して肯定的。
「俺、専門学校で映画の勉強してんだけど、何せホンモノ見れるだろ? しかも種も仕掛けもないホンモノ! レーザーも魔法も、異星人やスーパーヒーローだって見放題。……なんてゆーか、夢みたいな体験だと思うぜ」
彼は自身のバッキーを「たまご」と名付け、可愛がっているそうだ。
山吹初子さんも今の状況を歓迎している一人。「後ろからひたひたと幽霊がついてきたり、出合い頭にモンスターや殺人鬼とこんにちは。よく知っているはずの場所も、危険な場所に早変わりだなんて、ちょっと面白いでしょう?」。そんな彼女のエキサイトぶりに、高校のクラスメイトは見る目が変わったとか。
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■ムービースター自身にも戸惑い
市では、×日になって『映画実体化問題対策課』を設置、今後、同課を中心に対策にあたることを発表した。同課は映画からあらわれた登場人物を「ムービースター」、映画に由来する現象のうち、有害なものを「ムービーハザード」と呼称すると広報。市民に解決への協力を呼び掛けるとともに、事態のより詳しい調査に乗り出している。
ムービースターたち本人にとっても、この出来事は「寝耳に水」だったようだ。マイケル・エマーソンは「ベトナムから脱出したはずなのに、なぜか日本にいる」と困惑。言葉や文化の壁に悩んでいる様子である。『新米探偵ジョージ&ジュリ』のジュリこと麻生樹莉は、自分が映画の中の登場人物だと言われること自体、納得がいきかねるとの主張。「私は今まで普通に暮らしてたわけだし。まあ、それが映画だっていうならそうかもしれないわね。私のこと知ってるっていう人も多いし、実際、ビデオやDVDもあるみたいだしね。……まあ、それはともかく、元に戻る方法を鋭意捜査中よ。この現象、原因か発生源があるはずでしょ? つきとめて元の状態に戻してもらわなきゃね!」
意気込む麻生樹莉と対照的に、「こうして生きてるっていうのは単純に嬉しい」と穏やかに話すのは烏丸つぐみ。しかし、同時に「でも相棒たちがいないのは寂しい……かな」とも語った。スペースオペラ『宇宙忍者☆ひわ』から実体化した彼女は、宇宙の平和を守る忍者組織『白鳥』の一員として、三人の少女でチームを組み、悪の組織と戦っていたのだという。
■新しい隣人たち
一方、はやくも、銀幕市の日常の中に溶け込んでしまったムービースターたちもいる。風魔銀星さんの自宅には、異変が起こった日から新しい同居人がいる。あるアニメ映画からあらわれた格闘家の彼は、風魔さんの自宅が竜巻(これもムービーハザードだったようだ)に巻き込まれそうになったとき、颯爽とあらわれて、彼と彼の家族を助けてくれたのだという。
ホラー映画『視線』『視線2』でおなじみの怨霊・野坂清子は、なんと今や、ある保育園の保母さんだ。もともと、彼女は作中においても、怨霊化する以前は5歳児を持つ母。その息子を失い、非業の死を遂げたあとは、かかわるものを次々呪い殺す恐怖の権化となったわけだが、そのシナリオにのっとらない限りは子育て経験もあるひとりの女性であるということか。「いい保母さんになりたいと思っているわ。だって、映画の中じゃ私――…………知ってるでしょ? コ・ロ・サ・レ・タ、の、よ……ゆ――るせ、な、いィィィ…………ウゥゥゥゥ……ァァァァアァアァ」
秋山桜子は、近々、探偵として活動をはじめる予定。出演作『竜王館の殺人』『暗闇卿の挑戦』などでは、事件に首をつっこむ素人探偵の女学生として描かれ、どちらかというサブキャラクターだった彼女。しかし、銀幕市には彼女の行動をさまたげるものがないと息巻いているのだ。「父様もお母様もじいやもいない。……ふふふ。これは絶好の好機ですわね! わたくしは、わたくし自身で事件を解決できる、真の探偵になって見せますわ!」
銀幕市こども科学館では、先日来、新たなプラネタリウムオペレーターとしてムービースターのMr.トワイライトが加わった。近くの公園で取材に応じてくれた彼は、芝生の上で、肩に小鳥を乗せ、しみじみと語ってくれた。「ここハのんびりしていて、いい所ですネ。戦争もなく、何より自然がありまス」。出演作では、プラネタリウムのシステムとして開発されながら自我をもち、そして後に軍事利用されるさだめにあった疑似人格プログラムが、彼。今は、銀幕市で、平穏な生活の場を見つけたらしい。
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■銀幕市のこれからは…
「ピッケルを持って襲い掛かってくるヤツや、急に地割れが起こったり……、このままにはしておけないッスよ、誰かがなんとかしないと! 『対策課』にはできるだけ協力していくつもりッス!」
桐原和雄はそう話す。彼のようなムービーファンだけでなく、ムービースターの中にも、事態の収拾に協力してくれようとするものもいる。
「みんなのために、天空から舞い降りた天使…マジック少女・カナが、どんな悩みも解決します! ……なーんてね♪」
南 香奈こと『マジック少女・カナ』もそのひとり。取材当日も、風船を飛ばしてしまった子どもの前で変身し、空を飛んで風船をとってきてあげるなど、ちいさな親切から、実践をはじめている。今後も「魔法を使って、困ってる人を助けてあげたいです!」とのこと。
また、『戦乱一途』より出現した、武士・榊 漣二朗は、自分と同じように映画からあらわれる存在が、人々に不幸をもたらしていることを憂いている。「弱き民に迷惑をかけるなど、許されぬ。私は止めなければ」と持ち前の一途さで、今はまず、少しでも多くの情報を集める必要があると語った。これを受けて、幣誌・銀幕ジャーナルでは、今後も、さまざまな形で市民に情報提供を行なう姿勢。お気軽に編集部にも立ち寄ってもらいたい。
縫製職人の白神弦間さんは「ムービーファン」ではない。もちろん「ムービースター」でもないから、たとえていうなら、さながら「エキストラ」とでも呼ぼうか。彼はムービースターのノリの良さに目を細める。かつては映画衣裳も手掛けていたという白神さんにとって、今の銀幕市の状況は、あたかも夢が現実になったよう。記者の取材に、彼はこう答えた。
「荒唐無稽な映画混合時代、お楽しみはこれからだ、だよな?」
市政広報
銀幕市役所内に『映画実体化問題対策課』が設置されました。ムービーハザードやムービースターについて、情報をお持ちの方はご連絡下さい。
電話:XXX-XXX-XXXX(担当/植村)
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編集後記
3日間にわたって、市内を駆け回り、取材を行ないました。ここに掲載できなかった情報もたくさんありました。なんだか、私のニセモノまであらわれたみたいで……もうびっくりです。でもここまで調べても、わかったことはあまり多くありません。とにかく、銀幕市は大変なことになっちゃったみたいです。
取材の途中、下水工事の作業員をされている鉄 徹さんに出会いました。下水道の中の白いワニやスライム状の怪物の話をうかがっていたんですけど、ふと鉄さんが「俺によく似た男を見なかったか? 俺を10年くらい若返らせた感じの……」と訊ねてきました。鉄さんは昔、映画俳優をされていたんですって。だから自分が演じた役がムービースターになっているかも、って思われたようです。それって、なんだか、不思議な話ですよね。
私たちは、これから、この現象とどうつきあっていけばいいのでしょうか。まだはっきりした答えは出せませんが、私たち『銀幕ジャーナル』は、これからも、街で起こるさまざまな出来事をおいかけていこうと思います。え、『銀幕ジャーナル』は映画雑誌じゃないのかって? そうですけど、今は……、この街そのものが映画なんですから!
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