★ 秋祭の夜に ★


<オープニング>

「むぅ……」
 遠く、聞こえてくるのは、祭囃子と、屋台の喧騒。
 しかし、他ならぬ『杵間神社』本社の奥は、関係者以外立入ることはできぬゆえ、祭の最中であっても、意外なほどの静謐な空気に充ちている。
 巫女姿の少女が、眉根を寄せ、低く唸り声をあげた。
 彼女の前には、一式の祭壇がしつらえられている。だが、その中央には何も置かれていない。
「これはなんとしたこと……。確かに、今日の昼まではここに……」
 14、5と見える、まだあどけなさを残す少女であったが、それだけに、凛とした巫女の装束をまとう姿は、どこか艶めいてさえある。背中に流れるまっすぐな長い黒髪のつややかさも、そんな印象を強めているのだ。だが、その表情は固かった。気の強そうなところはあるものの、なかなかの美少女であるのだが……。
 ふいに、巫女装束の肩に、もぞもぞと、一匹のバッキーが這い上がってきた。
 真っ白なバッキーは、ひくひくと鼻をうごかす。
「ハクタク……、なにか感じるか。これはもしや……」
 少女はぱっと立ち上がると、袴の裾を持ち上げて、走った。
「父上! 父上はおられないか!? 父――」
 のぞきこんだ部屋で、神主姿の壮年がひとり、大口を開け、いびきをかいて眠りこけていた。傍にはからっぽの一升瓶。
「父上〜〜〜。神事の最中に、飲んだくれてつぶれる神主がどこにおりますか! 起きて下さい! 一大事なのです!」
 揺り動かせど、神主が目覚める気配なし。
「朔夜や」
 障子が開いて、神主装束の老人が顔を出す。
「おじいさま! ちょうどよいところへ! 大変なのです。神事に必要な神宝『雲居の鏡』が見当たらぬのです。誰かが持ち出したとしか……」
「ぬうッ!!」
 老人の双眸にかッと光がともった。
「おじい――」
「妖気!」
 老人の言葉に、少女ははっとふりかえった。
(…………)
 どこがどうとはいえぬが、なにか、ざわざわと空気を騒がせるものがあるような気がする。そして、そのなかに、かすかに消え入る、なにものかの笑い声を聞いたような。
 またも、バッキーが、もぞもぞと反応する。
「妖気……。これは、あやかしのものの仕業だと、そう仰るのですね、おじいさま?」
「朔夜や」
 老人は、彼の孫娘の名を呼んだ。
「はい」
「……わしゃ、昼飯は食ったかのぉ〜?」
「おじいさま〜〜〜」
 脱力してへたりこむ、少女。
 神主は、依然、高いびき。

「わ、わたしがなんとかしなくては。おじいさまも父上もあてにならぬのなら、このわたししか、杵間神社を守れぬものはいない……。とにかく、消えた御神宝を探さなくては!」

 そして巫女装束の少女は、祭の喧騒の中へ、駆け出してゆく。杵間山の空はゆっくりと、暮れはじめていた。






<ノベル>

 くわえ煙草に着流しの、壮年の男が、のんびりと歩いている。
 その頭の上には真っ黒なバッキー。
 男は刑部恭である。格好だけを見れば、祭に繰り出した客と見えたがそうではない。格好は雰囲気を壊さぬようとの、銀幕市警のせめてもの計らいだ。私服であったが、刑部は刑事であり、今夜は見回りの任についている。人心が浮かれ騒ぐ祭の夜は犯罪も起きやすい。
 なればこそ、刑部は、あえて、人通りもまばらな北側の参道を歩いている。
 祭囃子も遠く、等間隔に立つ石灯籠だけが、ぼんやりと暗い光を投げかけていた。
「やれやれ……せっかくの祭だっていうのに、その祭の見回りとはなァ……。警察に休みは無いって事か。……こっそり見回りさぼっちまおうかね」
 ぼそりとひとりごちたとき、まるで図ったように、茂みががさがさと鳴る音に、なにものかの悲鳴のような声が重なる。
 瞬間、刑事の顔を取り戻した刑部は、音のしたほうへ走った。
 そこには、まるで闇からすっくと立ちあらわれたような、黒づくめの老紳士が、ひとり、煙草をくゆらせている。
「今、何か……!?」
 刑部の問いに、老紳士――ブラックウッドは、ふう、と煙を吐く。
 さりげなく、後ろに回した手の爪が鋭く伸び、なにかの血か体液のようなものに濡れていたことに、刑部が気づいたかどうか。
「煙が嫌いなお嬢さんが居ると困るから、人の居ない奥の方で煙草を楽しもうと思っていたのだけれどねえ。何かあやしいものが出歩いているようじゃないか。……まあ、自分も充分あやしい者だから、他人のことを言えた義理ではないがね」
 そう言うと、なにがおかしいのか、くくく、と喉で笑い、金の瞳を、神社を囲む森の暗がりへ遣る。秋祭の夜に……なにかがまぎれこんだようだ。

「えーっ、ご神宝がなくなっちゃったの!? それって、大事なものなんでしょう?」
 三月 薺は言った。
 社務所には、祭のあいだだけの、アルバイト巫女たちが詰めているところだった。薺もそのひとりである。
「さぁ、よくわからないな。怪しいものは見なかったけど」
 と、同じくバイト巫女の続 歌沙音。
 彼女たちに簡単に事情を説明した朔夜は、
「そうか……ならよいのです。ともかく、神宝はわたくしが探しますゆえ、みなさまはここを頼みます」
「わかったわ」
「え、でも……一緒に探さなくてもいい?」
 淡々と受け答えする歌沙音に、まるでわがごとのように心配そうにしている薺。……そこへ割って入ったのは、最年少のバイト巫女、西園寺ジェニファーだ。
「神主さんたちはどうしてるの?」
「それが……」
「ええ〜っ、酔いつぶれたり、ボケたりしてる〜? だめじゃん。ジェニファー、ちょっと怒ってくるね!」
 そういって、ぱたぱたと駆け出してゆく。その巫女装束の肩の上で、ジェニファーのバッキーが、ひくひくと鼻を動かして、あたりをきょろきょろしていた。
「わたしも、探してみる! ええと……、お賽銭箱の中は見てみた!?」
「……そんなとこにはないと思うわよ」
 薺の発案に、歌沙音がさっくりと冷静なツッコミを入れた。

 そして本殿のほうへ行ったジェニファーは、そこで高いびきをかいている神主と……、縁側で、酒をくみかわしている三人の老人を見た。朔夜の祖父と、パオ老師、白神弦間である。
「やはり祭には酒じゃ! して、その鏡とはどんな霊験があるんじゃ?」
「凶事のあるときは、その様子を映すとかいう話じゃったかのぉ、いや、それとも、災いをはね返す役割じゃったかな? この頃、ものおぼえが悪くていかんわい。そこのどら息子なら知っとるはずじゃが……」
「気持ちよく寝てるのに、わざわざ起こすことぁないわな。……それにしても、神主の親父さん、こんなところで、一人で呑んでたのか。案外、天狗さんと呑んどったりしてな」
 弦間はそう言って、笑ったが、秋の夜長に酒杯をかわし語らう三人の姿自体、どこか、浮き世離れして見えるのだった。
「楽しい祭だ。神宝も、案外、楽しんでるところを見たくて、外にいったのかもな」

「ふむ……。なるほどな。事情はわかった」
 屋台が立ち並び、人出にごった返す境内。
 そのかたすみに、簡易な集会用テントを立て、長机とパイプ椅子を並べただけの休憩所がもうけられていた。腕を組み、朔夜の話を聞いていたのは八之 銀二だ。
「今夜は俺の知り合いも多く屋台を出している。なにか見たり聞いたりしたという話があったら、情報を集めてみよう」
「神社が神宝をなくすなど恥もいいところ。氏子はもちろん、こうして縁日に来て下さっている方々に、なんと申し開きをすればよいか……」
 朔夜が恐縮したように、うつむき加減で言う。
「朔夜くん。『困った時はお互い様』だ。ここにいるのもはそういう人情を持ち合わせている。遠慮せず、俺を含めここにいる皆に手伝わせてくれ」
 精悍なこわもてに、うっすらと笑みがのぼった。
 居合わせたものたちも、力強く頷く。
 そんなわけで、その夜、屋台に繰り出していたり、自ら店をもったりしていたものたちは、消えた神宝のゆくえを探るべく、行動を開始したのだった。集まった手がかりとおぼしきものは、すぐに休憩所に集められ、朔夜の耳に入る。
「鏡なら何でもいい、ってワケじゃなさそうよね」
 山吹初子の眼鏡がきらりと輝いた。
「他ならぬ『雲居の鏡』を盗む理由なり動機なりが犯人にはあったはずだわ。それにはどんな曰くがあるのかしら。たとえば、いつ、どこで、どう使うと、どんなことが起こる、とか、伝えられていることはない?」
「異変を察知すると、その様子を映し出す、という伝承はあるようですが……」
 朔夜は自信なげに答えた。しかし今の場合、異変はその鏡そのものが消えてしまったことなわけで。
「『雲居の鏡』はもとは妖怪だったものを調伏したのだという説もあるようですね」
 吾妻宗主が話に加わってきた。彼なりになにか調べてきたらしい。
「そういえば、朔夜さんのおじいさんが、妖怪の気配を感じたって? それって、妖怪のムービースターが鏡を盗んだってこと? あ、でも吾妻さんが言うのは、鏡が妖怪って……???」
「どういうことでしょうね」
 一同は考え込むのだった。

 その夜――
 境内にはさまざまな種類の屋台が立ち並び、これぞ縁日、というにふさわしい賑わいと盛り上がりを見せていた。
 ワタアメ、りんごあめ、いか焼き、焼きトウモロコシ、チョコバナナ、射的、くじ引き、お面売り……。
 裸電球の下で、香具師たちが商う品々は、このうえもなくチープなのに、どこか郷愁を誘う。
 そして今年は、そんな屋台をひやかす客の中に、バッキーを連れたムービーファンや、ひきわ目立つ異形のムービースターたちの姿があるのだった。
 そして、中には、自ら屋台を企画するものも……。

 クレイジー・ティーチャーのお化け屋敷も、そんな屋台のひとつだ。
 クレイジー・ティーチャー自身が、緑色の肌に無残な縫合跡の這う、ホラー映画から抜けて出てきたような(ムービースターに対してなんと陳腐な形容であることか!)だったが、彼の案内する小屋の、暗幕の向こうからは断続的に人々の悲鳴が聞こえてくる。
「いらっしゃ〜い。和洋折衷サイコもリアルもスプラッタも入り乱れてアメリカ大陸サラダボウルなお化け屋敷ダヨ! それじゃあどうぞ、ごあんなーい。みんなー、もう一人入るよー!」
 そんな呼び込みに誘われて中に入った客のひとりが、クラスメイトPだった。
「うわああああああああああ」
 中で何があったのか、あやしい蛍光を発する粘液まみれになったPが出口から飛び出してくる。
「……う、うぅ……ッ……こ、怖い……怖いよ……おイヒけって怖い……」
「あれ? Pクン?どうしたの? おっかしーなー? 怪我するようなものは入れてないハズなのに……?」
 よほど恐ろしい体験をしたのか、中での出来事を語ろうとしないPに、無邪気に話しかけるクレイジー・ティーチャー。
「こんばんわ〜。……これってお化け屋敷?」
 そこへ顔を見せたのは取島カラスである。
「いらっしゃい! カラスクン来てくれたんだネ〜、アリガト!」
「え?! 俺? いやいや、こういうの本当に苦手で……、そ、それより、この神社のご神宝が盗まれたかどうかしたらしいんだけど、なにか、あやしいもの、見なかった?」
 この場で一番あやしいのは間違いなくクレイジー・ティーチャーなので、そんなことを聞くカラスもどうかと思うが、当人は首を傾げて、
「みんなー、なんか見た〜? そう? 特に心当たりはないって」
「そうか……。じゃあ、もし何かわかったら教えて。じゃあ」
 と去っていくカラスに手を振る。
 それからPに視線を戻すが、彼は真っ白になって昏倒していた。
 クレイジー・ティーチャーが、なにかの目撃情報はないかと話し掛けた相手は、ふよふよとそこらを漂う人魂の群れだったから。

「……だってよ。こういうめでたい日に泥棒なんて罰当たりな事しやがるヤツがいるなんてなー」
 秋津戒斗は、斑目 漆の手作りアクセサリーの露店で、小耳に挟んだ話を披瀝していた。
 戒斗は蝶の細工のついたかんざしを買ったようだ。むろん彼自身のものではなかろうから、誰かへの贈り物だろうか。漆は品物を包んで渡し、代金を受取ると、
「そしたら、軽く、見回ってみるかな」
 と言った。
「店はいいのか?」
「それはこいつが……」
 ぶん、と、斑の身体が二重にぶれ、そこに分身があらわれた。
「ほな、ちょっくら失礼!」
 そして本物(なのだろう)の漆は、ひとっとびに、背後の樹の上へ飛び上がり、枝伝いに賭けていく。
 それを見送りつつ、戒斗は
「こうもムービースターがいると、誰があやしいもあやしくないもないよな……」
 と呟いた。
「しっかし、どうしちまったのかね。鏡が勝手にどっか行くわけねぇし……」
 そういう戒斗の足元を、とことこと、手足のはえたとっくりがひとつ、歩いていった。
「…………え?」

「今の……」
 神野鏡示もまた、祭の雑踏の中に、不審な影をみたひとりだった。
 それは……水瓶のように見えた。しかしやはり四肢をそなえ、手にはひしゃくを持って歩いている。
 それに気づいた人が、騒がないのは、この銀幕市の住人が、怪異に馴れ過ぎてしまったためか、祭の空気が異形のものを受け入れさせてしまうのか。
 鏡示は、そのとき、占いの屋台の店番をしていたのだが、好奇心は抑えがたく、その謎の存在のあとを追う。
「見失ったか」
 ごったがえす浴衣の人々のあいだで、かるく舌打ち。しかしすぐに思いなおして、彼が取り出したのは一枚のカードだった。
 カードに封じたさまざまなスキルを自分のものとして使用するのが、鏡示の能力だ。
 『直感』のカードを使用した彼は、自らのカンが命じるままの方向へ走る。
「いらっしゃいませ! キャンディーいかがですか?」
 そこには、フィオナが露店を開いていた。
 並べられた、色とりどりのキャンディーたち。
「あ、ああ……。……ひとつ、もらおうかな」
 なんとなく、そうしたほうがいいような気がして、鏡示はひとつを買い求めた。
「ありがとうございます!」
「ん……。なんか……へんな感じが」
「はい、これ、みんな魔法のキャンディーなんです。その黄緑色のキャンディーは……たぶん、『杉の木と話せるようになる』タイプですね。この神社には杉の木が多いみたいですから、その声が聞こえるんじゃないですか? もしかしたら、面白いお話が聞けるかもしれませんね」
 そんなことは早く言え、というようなことをさらりと告げて、にこりと微笑むフィオナ。
 しかし、これこそ鏡示の『直感』の賜物か。
 魔法のキャンディーをなめはじめた途端、それまで、ざわざわと、風に枝葉が揺れる音としか聞こえなかったものが、意味をもって理解できるようになったのである。
『なんだか、今年の祭はいつもと違うね』
『面白いひとたちがいっぱい』
『本殿のほうもなにかあったみたいだよ』
『うん。道具や家具に手足ははえて、歩き出したりしている』
『こんなこともあるんだねェ』

 その頃、金魚すくいの屋台ではちょっとした騒ぎが起きていた。
 ――と、いっても、不穏当な事件ではない。
 ティモネがポイを一度も破らずに10匹の金魚と1匹のバケダマをすくいあげるという偉業を成し遂げたのである。
 一方、なかなかすくえずに何本のポイをだめにしている太助。
 対照的な両者を中心に、いつのまにかひとだかりが出来ていた。
「まだやっていたのか」
 岡田剣之真が通りがかり、苦笑のような笑みをうかべる。彼がさげているビニール袋の中に泳ぐ一匹の赤い金魚を見てのとおり、剣之真もまだ早い時間に金魚すくいに挑戦したもののひとりだった。彼はその一匹で満足し、縁日を散策していたのだが、再び、屋台前に差し掛かると、ティモネと太助がまだ奮闘していたのに気づいてのである。
「そうだ。さきほどそこで会った神社の巫女の娘が、なにか探していたな。神宝が消えたとか何とか」
「行方不明? 神隠し? においがついてるものがあったらアカガネが探せるけど、何かある? もし悪い人が持って行っちゃったなら、クロガネがやっつけてあげるよ」
 トトが言った。
 彼の周囲の――空中に、不思議な赤と黒の金魚がふわりとただよう。
「俺もにおいで探せるぞ!」
 太助も、まるで対抗するように言った。
「タヌキは犬科なんだー!」
 そして鼻をひくつかせる。
 だが、とたんに、ぽややんと、表情をとろけさせたのは、縁日のあれやこれやのうまそうな匂いのほうが鼻についたせいか。
「現場で手がかりを探すなら本殿のほうに行ったほうがいいだろう」
 剣之真が助言する。

 そして、その本殿では。
「どう、なにかわかる?」
 浅間 縁が彼女のバッキー、エンを警察犬がわりにして捜索を行なっていた。パステルグリーンと白のバッキーは、祭壇の周辺でしきりになにか匂いを嗅いでいるようだ。
「あやかしの気配がした……らしいね。あやかしとはつまり妖怪。妖怪といったらジャパニーズホラーでファンタジーじゃあないか」
 美杜 透はやけにうきうきした様子である。その腕の中の、黒と白のバッキーは飼い主とは対照的におとなしい。
「聞いた話じゃ、その鏡自体、もとは妖怪だったっていう言い伝えがあるとかないとか……エン、どうしたっていうの?」
 彼女のバッキーは、たしかに何かに反応している様子なのだが、それをたどって彼女をどこかに導いてくれはしなかった。いや……強いていうなら、導くべき場所は此所だ――と、言っているようにも思える。
「鏡が妖怪!? そりゃまたファンタジーな…………って、あ――」
 透が声をあげた。
 縁はつられて、透の視線を追い……そして、言葉をなくした。
 ふたりのムービーファンの眼前で、縁側を、手足のはえた鏡が、とことこと歩いて行ったのだから。

「そしたら、結局、自分で帰ってきたんかいな」
 竹川導次は、そういうと、豪快な笑い声をあげた。
「そりゃ最高や」
「これはやはり、ムービースター? し、しかし、神宝をハクタクに食べさせるわけにもいかず……」
 朔夜が、心底、困った顔で言った。
「いやいや、鏡は鏡や。ムービースターいうんは、映画の中から、それまでは現実におらんかったものが出てきたもんや。これはもともとここにあった鏡なんやから」
「じゃあ、これは……?」
 手の中で、手足をじたばたさせている鏡を示して、巫女の少女は問うた。
「まあ、あえて言うなら……『妖怪』やろな。……あれもこれも」
 導次はあごをしゃくった。
 神社の境内や、本殿や、鎮守の森のあちこちで、器物に手足が生えたり、動きだしたりした異形のものたちが発見された。鏡の捜索に加わったものたちが、目下、それらを追い掛け回したり、掴まえたりしているところだ。
 それらはすべて、杵間神社にあった道具が動き出したもののようだった。
「妖怪!? いったいどういう……」
「ようわからんが、この神社では品物が妖怪になってしまう、いうことや。この現象自体は、ムービーハザードなんやろうけどな。バッキーが反応してる以上は」
「収められないのでしょうか」
 朔夜の言葉に、導次は腕を組んで唸った。
「この神社の土地自体がハザードの影響を受けとるんは間違いないが、実体がない以上、バッキーに食わせることもできへん。このハザードで生まれた『妖怪』も、それ自体はムービースターやないから、やっぱりバッキーは食わへん。これは言うたら『本物の妖怪』で、この場所では『本物の妖怪を生み出すムービーハザード』が起こってる、というわけやろ。こいつは難問やで……」
 解決策がないと知って不安そうにうなだれる朔夜に、導次は言うのだった。
「せやけど、神宝は戻ってきたんや。とりあえず、綱でもつけといたらいいん違うか」


 そんな事件が起こりつつも、杵間神社の秋祭は、大きなトラブルはなく、それなりの盛り上がりを見せて、幕を降ろした。

 そして――

 神社はひとまず、平時の静けさを取り戻す。
 取り戻しはしたが…………、鎮守の森を抜ける参道を渡り、鳥居をくぐって玉砂利の境内へ。銀幕市の守神、とも言われる杵間神社では、ときどき、巫女の少女が、ぱたぱたと駆け回っている姿が見られるようになった。
 彼女はたいてい、消え失せた品物を探しているのだ。
 ちょっと目を離した隙に、手足をはやして、どこかに散歩に行ってしまった品物を。







<登場人物一覧>

刑部 恭 ブラックウッド 三月 薺 続 歌沙音 西園寺ジェニファー パオ老師 白神弦間 八之 銀二 山吹初子 吾妻宗主 クレイジー・ティーチャー クラスメイトP 取島カラス 秋津戒斗 斑目 漆 神野鏡示 フィオナ ティモネ 太助 岡田剣之真 トト 浅間 縁 美杜 透 (登場順)





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