<オープニング>
「むぅ……」
遠く、聞こえてくるのは、祭囃子と、屋台の喧騒。
しかし、他ならぬ『杵間神社』本社の奥は、関係者以外立入ることはできぬゆえ、祭の最中であっても、意外なほどの静謐な空気に充ちている。
巫女姿の少女が、眉根を寄せ、低く唸り声をあげた。
彼女の前には、一式の祭壇がしつらえられている。だが、その中央には何も置かれていない。
「これはなんとしたこと……。確かに、今日の昼まではここに……」
14、5と見える、まだあどけなさを残す少女であったが、それだけに、凛とした巫女の装束をまとう姿は、どこか艶めいてさえある。背中に流れるまっすぐな長い黒髪のつややかさも、そんな印象を強めているのだ。だが、その表情は固かった。気の強そうなところはあるものの、なかなかの美少女であるのだが……。
ふいに、巫女装束の肩に、もぞもぞと、一匹のバッキーが這い上がってきた。
真っ白なバッキーは、ひくひくと鼻をうごかす。
「ハクタク……、なにか感じるか。これはもしや……」
少女はぱっと立ち上がると、袴の裾を持ち上げて、走った。
「父上! 父上はおられないか!? 父――」
のぞきこんだ部屋で、神主姿の壮年がひとり、大口を開け、いびきをかいて眠りこけていた。傍にはからっぽの一升瓶。
「父上〜〜〜。神事の最中に、飲んだくれてつぶれる神主がどこにおりますか! 起きて下さい! 一大事なのです!」
揺り動かせど、神主が目覚める気配なし。
「朔夜や」
障子が開いて、神主装束の老人が顔を出す。
「おじいさま! ちょうどよいところへ! 大変なのです。神事に必要な神宝『雲居の鏡』が見当たらぬのです。誰かが持ち出したとしか……」
「ぬうッ!!」
老人の双眸にかッと光がともった。
「おじい――」
「妖気!」
老人の言葉に、少女ははっとふりかえった。
(…………)
どこがどうとはいえぬが、なにか、ざわざわと空気を騒がせるものがあるような気がする。そして、そのなかに、かすかに消え入る、なにものかの笑い声を聞いたような。
またも、バッキーが、もぞもぞと反応する。
「妖気……。これは、あやかしのものの仕業だと、そう仰るのですね、おじいさま?」
「朔夜や」
老人は、彼の孫娘の名を呼んだ。
「はい」
「……わしゃ、昼飯は食ったかのぉ〜?」
「おじいさま〜〜〜」
脱力してへたりこむ、少女。
神主は、依然、高いびき。
「わ、わたしがなんとかしなくては。おじいさまも父上もあてにならぬのなら、このわたししか、杵間神社を守れぬものはいない……。とにかく、消えた御神宝を探さなくては!」
そして巫女装束の少女は、祭の喧騒の中へ、駆け出してゆく。杵間山の空はゆっくりと、暮れはじめていた。
|