★ 綺羅星学園包囲網 ★
イラスト/キャラクター:ピエール


<ノベル>

 秋のはじまりであっても、なお緑が鬱蒼と茂る杵間山。市内の混乱と騒乱とは無縁のように、山と森はしずまりかえっているのだが、異様な緊張感がただよっていた。なぜなら、現在ここには機嫌の悪い米軍小隊が潜んでいるからである。
『山麓には念入りにトラップをしかけてある。死ぬようなしろものじゃないが、引っかかるなよ』
 杵間山の警戒にあたっている人々がたずさえた通信機からは、ジェフリー・ノーマンの報告が定期的に聞こえてくる。
 彼らは、日本のこんな山岳地帯よりももっと劣悪な環境でならしてきたプロだった。市民もそこをちゃんとわきまえていたため、杵間山での行動を彼らに任せる意見が多数をしめていた。
 広大な杵間山ではあるが、山道の数は少ないし、空からの目もある。川原貴魅子や暴徒が接近してこようものなら、即座に誰かが捕捉するだろう。
 上空から杵間山を見張るのは、黒竜にまたがった十狼、ファレル・クロス、ルドルフだ。
「ターゲットは女神様なんだって……? フン、普段なら見逃してやるかもだが、オイタが過ぎてるようじゃ、ちょいとお仕置きしないとだ」
「うん、おしおき! わるい本やさんなんでしょ、おしおきだー!」
 空を飛んでいるのは彼らだけではなかった。ルドルフの背に、ちゃっかり妖精のリャナが乗っている。
 山の西部の上空を、まるで見えない道を駆けるかのように見回ってきたファレルは、東部を見回っていた十狼と、黒竜の背の上で落ち合った。
「今のところ、山に近づいてくる人はいないようです」
「皆が街で食い止めてくれているのだろうな」
 十狼とファレルは頷き合う。ファレルはひらりと軽やかに竜の背から飛び降り、木々の枝の中に消えていった。
 彼らからの定期的な『異状なし』という報告を受けつつも、山中では警戒と捜索はむろん続けられている。地道ではあるが、玉綾やラルス・クレメンスやブレイドが、獣に姿を変え、嗅覚を頼りに山狩りを行っている。
「こっちにはいないみたいすね、ご主人」
「んー、わざわざ山にまで来て暴動しようなんてヤツは少ないだろうしな」
「わざわざ、ね。確かに。あ、でも……」
 玉綾は視線を周囲にめぐらせた。
「もともと山に住んでる人は、どうでしょうね?」
 もし、この厳重な警戒網を運良くくぐり抜け、川原貴魅子が山にもぐりこんでいたとしたら――しばらくは、闇にまぎれて姿をくらますだろう。そう考えたバロア・リィムが目をつけたのは、山中の山小屋だった。そう大きなものではないが、しっかりとした造りのログハウスだ。
「ん……?」
 バロアはログハウスの窓で、キラリ、と光るものを見つけた。近づこうとしたところを、後ろからマントの裾を引っ張られてつんのめる。バロアが振り返ると、紅 白蓮が強張った表情で膝をついていた。
「近づくでない。不穏な気配じゃ……あの小屋から、心の悲鳴が聞こえてくるぞ」
 さっ、とふたりの頭上を影がかすめる。
 大天狗の風轟も、この小屋の不穏な動きを空から察知して、近づいてきたようだ。
 そのときだった。銃声が響いたのは。
 鳥が一斉に飛び立つ。そんな鳥たちが逃げる方向に背を向けて、刀冴は走りだしていた。杵間山は彼の庭のようなものだ。ただ、直情にまかせていたので、上空の十狼に連絡を入れるのを一瞬忘れていたが、すぐにいちいち連絡するまでもないと思いなおす。銃声は一発だけではなかった。これを聞き逃す者などいないはずだ。
「山小屋です!」
 黒 龍花が叫ぶ。たまたま彼のすぐそばで身を潜めていたノーマン小隊が、それを聞くや否や、ライフルを構えて突進した。
「近づくな! 消えろ、ムービースター!」
「警告はしたぞ! それ以上近づいたら撃つ!」
 どうやら山小屋には、銀幕市猟友会の人々が偶然詰めていたようだ。そのうちの誰かが〈赤い本〉を持っていたのだろうか……。
「『撃つ』だと? それはこっちの仕事だ。総員、構え!」
「ち、ちょっと待て馬鹿! 生身の人間だぞ、蜂の巣にする気か」
 ザカザカと物騒なライフルを山小屋に向けるノーマン小隊を、慌てて斉藤裕也が制止した。木陰から目をこらし、窓から確認できる銃口の数を数える。
「8人もいるみたいだな……」
「いいじゃん、撃たせてあげればぁ? みんなみんな怖いんだもん、仕方ないよ。あははははは」
 湯森 奏の笑い声が、彼の後ろで上がった。裕也はむっと口をつぐみ、振り向いて彼女の姿を探す。しかし、見えるのは、森と、続々と集まってくる有志だけだった。
 一触即発の光景を眺めていたバロアは、一計を案じて、今にもブチギレそうなノーマン少尉に耳打ちした。
「さっき通信入ってきたけど、ストラが『ブタはどうせ役に立たない』って独り言言ってたよ」
 真っ赤な嘘だった。しかし。
「……撃てー! 撃て撃て撃て撃て撃て!!」
 小隊は狂ったように弾幕を張った。だがノーマンがすっかりキレてしまっていたので、弾丸はすべてポップコーンだった。せいぜい山小屋の薄い窓を割るくらいの威力しかなかったが、突然の一斉射撃に、中の男たちは慌てふためいたようだ。反撃してきたが、ろくに照準も合わせておらず、ショットガンやライフルの弾はあさっての方向に飛んでいく。
「よっしゃ、いまだ、いまいま! いま!」
 武器と主張する扇風機をかざして、柏木ミイラは小屋の入口に走る。風轟が空から降りて来て、刀冴も入口に向かって走る。山小屋の人々はノーマン小隊が弾幕を張る一方向にかかりっきりのようだ。
 異形の獣と化していたラルスが、真っ先に小屋に到達した。彼は突進の勢いをとめず、そのまま頭突きで入口のドアをぶち破る。
「お嬢ちゃん、こいつをあの窓のほうに投げてくれ」
 依然として上空からの警戒に当たっていたルドルフが、リャナに丸いものを手渡した。
「あの、ぱちぱちゆってるところにおくればいいんだよね。まかせて!」
 それは閃光弾だった。子供は知らなくてもいい道具だ。
 山小屋の中でまばゆい光が弾け、猟友会の銃撃が止まる。そこに、いやに甘く、優しく、気だるい香りを含んだ風が、入りこんできた――。
 風轟と刀冴が起こした眠りの風だ。
 ばたばたとあえなく倒れる猟師たちに、ミイラがネットをかぶせ、裕也が念のために手足を縛り上げた。
 しかし、まだ割れた窓の向こうからは延々とポップコーンがぶちこまれ続けていた。

★ ★ ★

 山小屋の暴徒がほとんど無血で鎮圧されたことを、市街地が見える山麓部で聞き、近衛佳織は軽く安堵の溜息をついた。
 ふと、直感にささやきかける何かがあったような気がして、佳織は顔を上げる。
 街から来る暴徒の姿はない……が、偶然、その視界には、小ぢんまりとした神社の姿が飛びこんできた。確か、昴神社と言ったか。特に変わった動きがあったわけでもない。しかし、その神社のたたずまいが、佳織の心にしこりのようにいつまでも残っているのだった。





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