★ 綺羅星学園包囲網 ★
イラスト/キャラクター:御子柴晶


<ノベル>

「うわ、ありえない」
 対策課の窓から外を見た八咫諭苛南の目に映ったのは、まさに暴動であった。
 群衆が市庁舎へ向けて集まってくるのを見て、なんとかしなくては、と振り返る。
「これを」
 サマリスが、手渡してくれたのは、まさに求めるものだった。
「音響手榴弾。殺傷能力はありませんが大音響で普通人なら無力化できます」
「ありがとう」
 武器を受け取ると、諭苛南はロビーへ向かった。
 すでに、エントランスではスルト・レイゼンが押し寄せる群衆に相対して奮闘していた。

 騒然とする中、対策課に続々と人が集まってくる。
「ではあのバッキーもどきを倒せばいいんだな」
 エドガー・ウォレスの問いに、白銀のイカロスは頷いた。
「川原貴魅子を殺しても差し支えないが、諸君は好まぬだろう。アンチファンの代わりはいないが、ダイモーンが生きていればなにかと厄介なこともあるからな。あれはバッキーと違って不死ではない。殺すことはそう難しくないはずだ」
 ティターン神族の脅威は物質的なものではない。エドガーはじめ、みなが理解しはじめていた。まだテイアの影響を受けていない市民には外出を控えるよう呼びかけを行ってもらうため、エドガーが対策課へ向かったのと入れ違いにやってきたのは取島カラスだ。
「ムービースターにも影響する『赤い本』があるって――」
「聞いたが奇妙な話だ。テイアの能力はムービースターやアンチファンには及ばぬはずだが……」
 イカロスも首を傾げる。
 カラスは、采配を振るっているマルパスへ、不安げな目を向けた。
 ムービースターがただ暴れ出すだけならともかく、たとえばマルパスのような立場のものがあの力にとらわれれば大変な混乱を生むことになる。万一に備えてカラスはマルパスの傍にいるつもりだ。
「何をやってるんだい、ここの神さまたち」
 崎守敏は呆れたように言った。
 彼は暴徒を鎮めるため、人を眠らす魔法の水が入った水鉄砲を配りがてら、情報を得るために市役所にやってきていた。
「神話の時代より、オリンポスとティターンの争いはさだめられたものだ」
 イカロスは、自嘲めいた笑みを浮かべる。
「でも本人たちは出てこないんだよねぇ?」
「ティターンたちは次元の彼方に放逐されているゆえに。オリンポスのお歴々は世界に介入することを嫌うゆえに。……神の娘ひとりの悪戯でここまでのことになってしまったのだからね」
 イカロスは、事態を面白がっているふうにも見えた。どこかしらその口調には皮肉の色が混じる。
「ともかく、今は彼女を見つけなくてはならないのだろう?」
 メルヴィン・ザ・グラファイトは、そんなイカロスの横顔を、思うところがあるように見つめていたが、思いなおして、手元の紙を、市役所に集まった人々に手渡しはじめた。川原貴魅子の写真をコピーしたものだった。
「僕が彼女なら、人の中に隠れようとすると思うがね」
「では広場のほうをあらためたほうがよいかもしれぬでござるな」
 メルヴィンの言葉を聞いて、岡田剣之進は写真のコピーを手に市役所を駆けだして行った。飛びだす前に、写真を穴があくほど見つめていた。女の顔なら、剣之進は忘れないし、間違えないだろう。

★ ★ ★

「スイさんを踏まないで!」
 レドメネランテ・スノウィスの悲鳴が響いた。
 銀幕広場の花壇に咲く花を彼がかばうと、血走った目で押し寄せてくる人々の足もとが凍りつき、転倒を誘った。
「こ、転ぶくらいならかすり傷ですむよね……?」
 つい、相手の様子が気にかかる。
「大丈夫かい? なんなんだ、これは」
 たまたま広場に居合わせたヴィディス・バフィランがレドメネランテの傍に駆けてくる。
「……まったく、この街って本当、事件ごとに事欠かないよなァー」
 魔力の糸で、向かってきた暴徒を縛り上げながら、しみじみと感想を漏らす。
「ここは危ないよ、逃げたほうがいい!」
 レオ・ガレジスタがバイクでやってきて避難を勧めたが、レドメネランテは花が気になる様子だ。
「……そっか。わかった。じゃあ、ここで一緒に花を守ってあげよう。すぐ、収まると思うから」
 レオはバイクを降り、モンキーレンチを武器に、花壇を背にして立つのだった。

 ミリオルの機械の脚がビルの壁面を走る。
 対策課から事情は聞いたはずだが、動きはじめるとすっかり忘れてしまったのか、鬼ごっこにでも興じているように楽しげに、彼は走りまわっていた。
「え、なに? 角の生えたバッキーを探せばいいの?」
 眼下の道路を、轟さつきのバイクが走る。剣をふるえば地割れが走り、これはかなわんと、スターに敵意ある暴徒たちも退散していく。さつきが探すのは、最初からためらいなく逃げていくものだ。テイアはムービースターに目もくれないはず。
 周囲を飛び交っているのは狩納京平の式神のようだ。どこかで、式神の目を通し、周囲をくまなく捜索しているのだろう。

「面白ぇ、何やってんだか、わかってるよな!?」
 来栖香介は、容赦なく、向かってくる暴徒たちを殴り飛ばしていた。
 テイアの影響を受けた群衆はムービースターを標的としていたはずだが、間違われたのだろう。平素から、彼がムービースターだと勘違いしているものは少なくない。
「しっかりと自分に向き合うんだ!」
 理月は、香介が突き放すように切って捨てている連中にも、おのれの叫びを伝えようと必死だった。それでも暴れるものはやむなくあて身で気絶させていく。
「何かおかしいって気づけねぇと、終いにゃ後悔するはめになっちまう」
 自らの内なる声に負けた経験を思い起こす。
 暴徒が落とした『赤い本』を、月下部理晨がさっと拾いあげた。これこそが元凶なのだという。ティターン神族は人の心につけいり、邪悪をなす。
「……」
 それでは理月が遭遇した先日の事件もあるいは……。別の地域で暴動鎮圧に動いている傭兵団の仲間たちのことを、理晨は思った。心配ないとはわかっているが、それでも乱れてしまうのが人の心というものだ。
「嫌われんのなんざ慣れてら」
 疾風の清佐は、彼を取り囲む狂気の眼光にも怯まない。
「けど堅気の衆を巻き込んで喧嘩に使おうっていう根性が気にいらねぇ、真っ向から勝負しやがれ!」
 ここにはいない――いずこにいるともしれぬ真の敵に向かって、清佐は叫ぶ。
 お控ぇなすって!と彼のロケーションエリアが展開され、硬直する暴徒の中を、シャノン・ヴォルムス、エリク・ヴォルムスのきょうだいが風のように駆けてゆき、銀幕広場を制圧してゆくのだった。





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