★ 綺羅星学園包囲網 ★
イラスト/キャラクター:犬島万州


<ノベル>

「そう、わかった」
 朝霞須美は、電話を切ると、リゲイル・ジブリールに向かって言った。
「ストラは学園の制圧に。ノーマン小隊は杵間山のほうへ行ったって」
「こんなときにどうしてケンカするのかしら」
 先のひと幕を思い出して口を尖らせるリゲイル。
 にらみ合うふたりの軍人に『今は協力するのが大事なの、喧嘩はしない! はい握手して仲直り!』とリゲイルが手を握らせたのだったが、すぐにそれはアームファイトに発展してしまった。ひとまずその場は植村に任せて、リゲイルは須美、コーディとともにプロダクションタウンへとやってきたのだった。
 コーディは少女の姿で付き添っている。センサーで川原貴魅子の姿を追っているが、いまだ見つけられてはいなかった。
「あ!」
 見知った人を見つけてリゲイルが声をあげる。
 ちょうど、片山瑠意が飛び出してきたところに出くわした。
「むやみに出歩いちゃ危ないよ」
 瑠意は言ったが、自分はその騒がしい街へ出ていこうとしているのだ。先日のコンサート会場の事件で負った傷はまだ治り切っていないにもかかわらず。
「……だめだ、通じません」
 諦め顔の萩堂天祢が、携帯を片手に瑠意のあとからあらわれた。
「たぶんまっさきにケンカに飛び込んでいっている気がする」
 天祢は来栖香介の様子を案じているのだったが、はたして予測は完全にあたっていた。
「みんな落ち着いて」
 言ったのは浅間縁だ。
「こういうときパニックになったら負け。映画でも『こんな時、自分だったら冷静に行動できるのに!』って思わない? 今まさにみんなあんな感じだから――ここは一発クールにいこうじゃない。ね?」

 実のところ――。
 プロダクションタウンは、表通りを歩いている限りは比較的落ち着いていた。
 しらせを聞いてこの地区にやってきて、物陰にひそみながら移動していた朱鷺丸は拍子抜けしたくらいだった。
 しかし……不安の種子は、この地域にも確実に芽吹いていたのである。
 オフィスビルのひとつから、そこに勤めるOLらしき女性たちが悲鳴をあげて逃げ出してくる。
 そのひとりが、歩道の上で転倒してしまった。
 ビルから彼女たちを追いたてているのは、同僚らしきスーツ姿の男だったが、なぜかゴルフクラブを振り回している。
「……」
 倒れた女性の上に振り下ろされたクラブを受け止めたのは、ウサギの着ぐるみ――宇佐木だった。
「なにやってんだい! 大の男が女の子追い回して!」
 叱咤の主はハンナ。そしてシキ・トーダの拳が男を一撃で昏倒させた。
「あんた、平気かい? 耳が折れちまってるよ」
「……平気だ。大したことはない」
 ハンナが宇佐木の様子を見、シキが男を縛りあげている間に、のっそりとあとからあらわれたロンプロールは電話で状況を報告していた。
「いまのところ……女は見つからない」

「ここは通行止めだ……!」
 ベネット・サイズモアが展開したシールドに、暴走してきた車が激突する。
 かれら――DP警官たちがいなければ車は近くのビルに突っ込んでいただろう。
「んもう! どうしてこういうことって起きちゃうのかしらね!」
 暴走車の出現を予知したのはマナミ・フォイエルバッハ――、双子の姉妹・メグミは車を透視して、
「気をつけて、武器をもってる」
 と警告した。
 運転手はエアバッグに顔をうずめて気絶しているが、あとのものたちは鉄パイプや角材を手に車から降りてくる。しかし、ハンス・ヨーゼフの立ち回りには、所詮、一般人では相手にならないのだ。
「この化け物がぁ!」
「あー、そうだねー」
 暴徒の手から、見えない力が武器をもぎとって遠くへ吹き飛ばした。
「忘れていたが私も能力者というやつでねぇ!」
 アズーロレンス・アイルワーンのサイコキネシスだ。
 ほどなく暴走車の若者たちは捕縛されることになる。ダッシュボードの中からは『赤い本』が見つかった。

★ ★ ★

 この街の人間は皆、夢をみている。
 その結果がプロダクションタウンに軒を連ねる製作会社であり、スタジオタウンのスタジオ群であり、そこで生み出された無数の映画だ。
 ムービースターはそこからやってきた。
 ソルファもそのひとりだ。
 夢みる街の住人が、夢から生まれたムービースターたちに退去を命じるなんて。
 難なく襲いかかってきた暴漢を帰り討ちにし、しかしソルファはそのことに悲しさを禁じえない。
「……」
「いや、わたしは『本』は読んじゃいないよ」
 ソルファの警戒のまなざしに、槌谷悟郎は穏やかに応えた。
「来たはいいけど、わたしの出る幕じゃなさそうだな。銀幕ジャーナル社にでも行ってみれば状況が掴めるだろうか」
 そう言って歩き出した悟郎のあとを、なんとなくついていくソルファ。
 ――と、目指すビルから大挙して人が逃げ出してきているのを悟郎は目にする。
「逃げてください! 危ない!」
 編集部員らしき人々が悟郎たちに告げた。
「え……」
 ゆらり――、と大柄な影があらわれる。
「ヘンなメールが着いて……たぶん、この前の七瀬さんみたいな状態に」
「って、あれは……」
 それは、獣のような咆哮をあげた。
 地をふるわすような勢いで、こちらに向かってくるあれは……
「へ、編集長!?」
 その様子を見たら、悟郎も逃げるしかなかった。
 この日、銀幕市各所で、テイアの影響により暴れ出したエキストラの市民たちの中で、盾崎時雄は間違いなく最強の一人だったから。

「アラ、なにか来るわョ」
 コーディが何かに気づいた。
 振り返った須美とリゲイルは、大挙して逃げてくる群衆を見る。
 瑠意は右手の魔法の指輪に意識を向けた。
「うそ、編集長!」
 縁が気付いて声をあげた。
「みんな逃げろ! 超逃げるんだ!」
 槌谷悟郎が叫ぶ。
 そう言われると逃げなければいけないような気になって、一同が逃げる群れに加わる。そのうしろから、ズシン、ズシン、と迫りくる編集長……!
 だが、次の瞬間――
 呻き声をあげて、盾崎が大きくのけぞり、どう、と倒れた。
 風を切ってビルから舞い降りてきたのは、黒いボディスーツの夜乃日黄泉があやつるグライダーだ。
「伊達にエージェントはやってないわ?」
 麻酔銃で猛獣(編集長)をしとめた美貌の女スパイは、ウィンクを残し、そのままプロダクションタウンを滑空してゆく。

★ ★ ★

 ビルの壁面に、黒孤が演じる人形劇の影が伸びた。
「多少なりとも、皆様の御心を鎮める力添えになればよろしいのですが」
 演目は『花咲かじいさん』。
 時ならぬ桜の花の香りがビル街にただよい、あたたかな春の陽気が人々を包み込んでいった。





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