★ 綺羅星学園包囲網 ★
イラスト/キャラクター:久保しほ


<ノベル>

「おーい! おーい、誰か助けて! ヘゥプ! ヘゥーーープ!」
 スタジオタウンのある通りに、ロイ・スパークランドのあわれな声が響く。彼は某大手スタジオから、こけつまろびつで飛び出してきた。
「どうかしたのか? 中で騒ぎでも?」
 転びかけたロイを、ジム・オーランドが助ける。スタジオタウンの警戒と暴動の鎮圧にあたっているのは、ジムだけではなかった。ただ、暴徒を相手取るよりも、皆、川原貴魅子――テイアを探している者のほうが多い。中には番長のように、事情もよくわからないまま巻きこまれている者もいる。彼はただケンカを売られたものとカン違いして、かなり豪快に暴徒と殴り合っていた。
「急にキャストが何人も暴れだして……大変なんだ、ケガ人も出てる。苦労して有名どころを揃えたのに、ああ神よ、一体何が――」
 ロイもずっとスタジオで撮影中だったために、突然人々が暴れだした理由を知らないのだ。あまり説明している暇はなかった。ジムは近場にいたメリッサ・イトウと鈴木菜穂子に声をかけ、スタジオの中に飛びこんでいった。メリッサと菜穂子は協力し、スタジオタウンとプロダクションタウンの境界にバリケードをつくっている最中だったが、ほとんど反射的にジムのあとを追っていた。
「ったく、めんどくせーことになったな。仕方ねぇ」
「ちょっと待って、僕も僕も! ミネくん、ひとりは危ないよ」
「あっ……私も行きます!」
『バトル☆ワルキューレ』から実体化したミネ、空昏、紀野蓮子の3人のファイターも、問題のスタジオの中に駆けこんだ。
 中はまさしく修羅場と言ってよかった。
 何かしらの映画や写真で見たことのある女優が――知名度から考えれば、彼女がスパークランド監督の新作の主演なのだろう――泣きわめきながら大型ガンマイクを振り回していた。
「あっち行って! 近づかないでよ! 私を殺すつもりでしょ、そうはいかないんだから!」
「おい、おいおいおい、落ち着けって! じゃなかった、落ち着いてください! それ置いて、危ないから置けってコラ!」
 ちょうどこのスタジオで待機していた中沢竜司。彼は一応特性のバットを持っていたが、大女優を殴るわけにもいかず、距離を取って声をかけるくらいしかできなかった。彼はムービースターではなかったが、女優はすでに恐慌状態で、言葉もろくに通じそうにない。
 ガンマイクな鈍器で殴られ、床で呻いている人や気絶している人がいる。どうやら女優のほかに、彼女のエージェントや専属スタイリストも暴れているようだ。
「くそ……、〈赤い本〉読んだのか……」
「あの、えっと、あの女優さんの控室ってどこですか? そ、そこに、〈赤い本〉があるかも……」
 竜司の後ろでこそこそしていた若い清掃員が、おっかなびっくり聞いてくる。両手にバケツとホウキ、頭には三角巾という出で立ちだが、清掃員にしてはあまりにも美しすぎた。エキストラに化けようとして微妙に失敗している彼女は、リディア・オルムランデ。
「うわ、こりゃ大変だ」
「怪我人は任せてください!」
 駆けつけた空昏が倒れた人を廊下に運び、蓮子が治療にあたった。竜司はリディアの腕をつかみ、女優の控室まで案内した。
「おい! そこの女、てめえムービースターだな!?」
 途中、角材を持った体格のいい男がふたりの前に立ちはだかったが、
「どきやがれ、邪魔だ!」
 あとからついてきていたミネがハイキックで吹っ飛ばした。
 このスタジオの中で最も広い控室が、暴れまわっていた女優に割り当てられている。竜司はドアを開けたが、中には入らず、中を見ようともしなかった。〈赤い本〉を見るのも怖かったのだ。
 かわりにリディアとミネが、部屋の中を覗きこむ。
 そして思ったとおり、鏡の前に――
「あ、やっぱり……」
「このクソ! あんなモンのせいだってのかよっ!」
 ミネはリディアと竜司を押しのけて部屋に入り、また足を繰り出した。
 鏡が割れ、赤い本は真っ二つになった。
 撮影場所では、女優だその瞬間、はたと動きをとめていた――
「どうしようもないイザコザが起きてるってのはここか!?」
 しかし、よりにもよってこんなときにようやく到着した海の男がいたのだ。
「待たせたな!! 俺達ギャリック海賊団、参上っ!!」
 『達』と複数形になっていたが、この場に駆けつけたのは船長たるギャリックただひとり。
「いや、遅いだろ――」
 ジムのツッコミも、次の瞬間押し寄せてきた大津波に見事に押し流されていった。

 スタジオからものすごい量の海水が流れ出してくるのを、佐々原栞は隣のスタジオの屋上で見ていた。ディレッタも同じく、栞がいる建物の陰で身を潜めながら、通りが水浸しになるのをただただ見ていた。

 ローラーブレードを履いて移動していた真山壱は、無差別に人々を押し流す津波からあざやかに逃げ切る。いっぽう、車で移動していた吾妻宗主は悲劇に見舞われた。すでに津波は車を押し流すほどの勢いは失っていたが、どうもエンジンはまともに海水をかぶってしまったようだ。津波が引いたあと、「やれやれ」と苦笑しながら宗主は車を降りる。
「やあ。神様は見つかった?」
 どうやって跳び上がったのか、コンビニの屋上から壱が降り、宗主の前で華麗にとまった。
「この辺にはいないようだね」
 そう言ってから、波にさらわれてのびてしまった人々が、ごろごろと死体のように転がっている光景を眺めて、宗主は肩をすくめる。
「でももしかしたら、この打ち上げられた魚みたいな人たちの中に紛れこんでるかも」
「ま、探しやすくなってよかった」
 ふたりは苦笑いをかわすと、女神を探すために再び動きだしていた。

★ ★ ★

 ウィリアム・ロウは、騒動が起きてから早々に問題のスタジオを立ち去り、暴徒たちが暴れるのも、津波に流されるのも、等しく傍観していた。どうせまたムービースターがおかしな魔法でも使って、人々を混乱させているのだと思っていた。
 結局それはカン違いであったと彼はその日のうちに知るのだが、特に彼の中の考えが変わったわけでもない。
 この街は大変な街で、常に常識外れな事件が起きている。それだけのこと。





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