★ 【神隠し温泉ツアー】戦士達は眠らない! デッドオアアライブ ★
<オープニング>

「『迷泉楼』――、ここですね」
 柊市長は、その建物を見上げる。
 古々しい、東北地方の古民家を思わせる日本家屋であった。入口に掲げられた木の看板に、古風な書体で、右から左へその名が書かれてあった。
 それは市長が――いや、今はプライベートであるから柊敏史と呼ぼう――彼が久々にとった休暇の日であった。
 そのつもりはなかったが、周囲が、ここ最近の一連の出来事で、彼の顔色がいっそうすぐれなくなってきたのを慮って、半ば強制的にとらされた休暇だった。よい部下をもったことを、彼は感謝する。
 そしてそこ……「岳夜谷(がくやだに)温泉郷」は、杵間連山中にひっそりと拓けた温泉地であり、銀幕市の奥座敷と呼ばれる知るひとぞ知るひなびた観光地であった。正直、観光地としてはあまり流行っているとはいえないようで、人出は静かであったが、それが今の彼には心地いい。今日はリオネも家政婦とミダスに(!)任せ、バッグひとつを手に持って、気ままな一人旅だ。
 久々に、浮き立つ気持ちを胸に、彼は、その旅館の門をくぐった。
「予約していた柊ですが」
「いらっしゃいませ」
 和服の女将らしき女があらわれて、にこやかに、彼を迎える。
 艶やかな黒髪と抜けるような白い肌――楚々とした所作が控えめでありながらどこか艶めいた風情を醸し出す女だった。
 緋色の唇が、笑みをつくった。
「ようこそ『迷泉楼』へ――」

 ★ ★ ★

『おかけになった電話は、電波の届かない地域におられるか、電源が入っていないため……』
「つながらないな」
 小首をかしげて、電話を切る。まあ、いいか、様子を聞こうと思っただけで、用があるわけでなし。植村直紀は、携帯をしまって、パソコンに向きなおった。
「植村さん、岳夜谷に大きな温泉宿のムービーハザードができたの、ご存じでしたか」
 ――と、灰田が話しかけてきたので、それに応えて口を開く。
「ええ、知ってます。『神獣の森』から温泉の湧く森が出てきたんですよね。それで、いっしょにあらわれたムービースターの方が営んでいるとか。評判いいそうじゃないですか。これで岳夜谷のほうも活性化するといいですよね。そうそう、それで、ちょうど今――」
「その温泉宿なんですけど、ちょっと気になる話を聞いたんです。ここ数日――」
 植村と灰田の次のセリフは、ほぼ同時に発せられた。

「市長におすすめして、休暇で出かけておられるんですよ」
「その宿に泊まったひとたちで行方知れずになる人がいるらしくって」

「え」
「……市長が、その宿に?」
 眉根を寄せる灰田汐。彼女の目の前で、植村の顔色が変わっていった。
「あの……植村さん?」
「ええと……胃薬の買い置き、あと何箱ありましたっけ……?」


「……と、いうわけで、対策課主催で岳夜谷温泉郷へのツアーを企画しました。どうぞごゆっくり、温泉を楽しんできてください」
 満面の笑みで、植村は市役所を訪れた人々に、強引に「旅のしおり」を手渡していく。
「旅行のついでにですね、先に現地入りされているはずの市長を探し出して無事を確保――いや、あの、挨拶でもしてきてもらえると嬉しいなーと思います。よい報告、お待ちしておりますので」

 ★ ★ ★

 迷泉楼の裏手に広がる広大な森、神獣達の住処である森の奥深くに、1つのテントが張られていた。
「誰も居ないか?」
「大丈夫であります! 隊長!」
 周囲を気にしながら出て来た2人の軍人は、コメディ映画『戦士達は眠らない!』から現れたムービースター。迷彩服を着たアベル大佐とカイン少佐で、鋭い眼光で辺りを見回していた。
「ここに潜入して、早一週間、耐えた甲斐があった。今、団体客が迷泉楼に来ているらしい」
「隊長、今こそシュミレーションの成果を見せる時であります!」
 アベルの言葉で、カインの士気は高まり、テントから望遠レンズの付いたカメラを取り出す。
「そう、我々のミッション、それは……」
「ビバ! 女湯覗き! イェーイ!」
 2人はハイタッチをし、興奮気味に大笑いをする。
「迷泉楼には美人のお姉ちゃんの客が多いであります!」
「過去、何人もの戦士が覗きに挑戦し、その全てが失敗に終わった!」
 カインとアベルは感極まって、空を見上げた。
「だからこそ、我々は成功させねばならん! なぜか言ってみろ! カイン少佐!」
「ハイ! 我々は彼等の魂を継承しています。彼等の無念を晴らす為、我々はこのミッションを成功させねばなりません!」
「おおおおおおおおおお!」
 カインの気持ちが入った言葉に、アベルは、その場で感動の涙を流す。
「良くぞ言った! カイン少佐! 絶対に成功させるぞ! おおおおおおお!」
「ハイ! 隊長! おおおおおおお!」
 2人は抱き合い、喜びと決意を共有して2人揃って号泣した。



「今度のツアー客も入ったんだろ?」
「ああ。『未来の湯』は人気だからな」
 旅館の前を掃きながら、2人の男性従業員は無駄話をしていた。2人が言う『未来の湯』は、迷泉楼の中でも人気の温泉だ。湯に入った者は、古傷が癒えたり、肌が若返ったり、肩こりが取れたりと、男性、女性問わず人気の湯だった。
「けど、副作用もあるんだよね……」
「そう、体が癒える代わりに……」
「ここに居る間、人によっては自分に起こり得る身近なトラブルを、頭の中で映像として見てしまう」
 2人が言う様に、理由は分からないが、『未来の湯』にある効能のせいで、体は良くなったが、精神的に滅入る人も少なくなく、2人は溜息を吐く。
「こっちは言っているのに、聞かないからね客は」
「客商売の辛い所だ。けど『自分の身は自分で守れ』が迷泉楼のモットーだからね」
「まぁ最近、また覗きしようと息巻いている軍人が居るけど」
「それは自分達で何とかしてもらおうぜ。俺達も忙しいし」
 2人はカインとアベルの存在に気付いていたが、トラブルを楽しむ為、あえて無視し、面倒くさそうに掃除を続けた。

種別名シナリオ 管理番号305
クリエイター天海月斗(wtnc2007)
クリエイターコメント未来の湯の効能で、皆様の中には2人が来る事を知っていますし、知らない人も居ます。

皆様には自分が見える側なのか、見えない側なのかは、あらかじめプレイングで書いて下さい。見える側はどのように2人を撃退するか、見えない側は、どのように協力するかをお願いします。

2人に対して、どんな方法を取っても構いません。皆様のプレイングに期待しています。

参加者
悠里(cxcu5129) エキストラ 女 20歳 家出娘
天月 桜(cffy2576) ムービーファン 女 20歳 パテシエ
佐々原 栞(cwya3662) ムービースター 女 12歳 自縛霊
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
<ノベル>

 板張りの廊下をキシキシと音を立てながら、悠里はタオルを持って、疲れた顔で歩いていた。
「ハァ、やっと入れるよ……」
 悠里は小さく溜息を吐き、腰をさする。20歳で腰痛持ちの悠里は『未来の湯』が目的でツアーに参加したが、同じ下宿に住む仲間達に振り回され、今まで入れず。ようやく出来た自由な時間で、いそいそと向かっていた。



「リカは温泉なんて初めてでしょ?」
「そうよ。だから今日はすっごく楽しみなの!」
 浅間縁とリカ・ヴォリンスカヤは揃いの浴衣を着て、楽しげに話していた。
「縁もどこか悪い所があるの?」
「ううん。私は『未来の湯』のもう1つの効能に興味があるの」
「ああ。トラブルを予知出来るって奴ね」
「そう。リカは?」
 縁の質問にリカは舌を見せる。
「舌?」
「そう。この間、ケーキを味見したら、凄い味がしたから……きっと舌がおかしくなったのね」
 リカは苦笑しながら答えるが、縁は質問を続ける。
「どんな材料で作ったの?」
「わたしは個性を大事にしたいからね。健康に良い、薬膳ケーキを作ろうと思って……」
 リカは聞いただけで、口の中に苦味が広がる様な薬草の名前を言い続ける。
「あと、それと……」
「もういいわ。後でじっくりと聞くから……」
 縁は呆れ顔でリカの肩に手を置いて、話を止めた。
「じゃあ続きは温泉で……」
「騒がしいと思ったら、やっぱりリカさん……」
 2人で話していると、物陰から、浴衣を着た少女が顔だけを出し、2人を見ていた。
「栞じゃない! 久し振り!」
 少女が自分の知り合いの佐々原栞だと分かると、リカは笑顔で駆け寄り、栞の頭を撫でる。
「リカ。その子、誰?」
 縁に聞かれ、リカは撫でていた手を首に回し、栞を抱きながら話す。
「前にわたしと協力して、事件を解決してくれたパートナーで、佐々原栞って言うの。わたしに負けず劣らずの実力なんだから!」
 リカは栞の強さを自分の事の様に喜んで、栞に頬擦りをする。
「ウザイ……」
 栞はリカを手で払うと、縁の前に立つ。
「誰?」
「あ……私は浅間縁よ」
 栞の雰囲気に圧倒され、縁は少し怯えて答える。
「よろしく」
「あ……うん!」
 栞は軽く笑って手を差し出し、一瞬、戸惑ったが、縁も笑顔で栞の手を取って、握手をした。
「よし! 親睦も深まった所で行くよ、2人とも!」
 リカは後ろから2人を抱いて、ズンズンと歩き出す。2人は苦笑しながら、リカに合わせて歩く。



 割烹着姿の料理人がひしめく厨房で、場に似つかわしくないコック服を着た少女が、小皿にケーキを盛り付けていた。
「これで完成っと!」
 少女が作っていたのは、近くの山や森から取った食材だけで作ったケーキで、ピンクを基調とした丸っこいそれは、見ただけで食欲をそそる一品で、少女はコック帽を脱ぐと、板前達に頭を下げた。
「厨房の方を貸してくれて、本当にありがとうございます。ここの素晴らしい食材達を見たら、いてもたってもいられなくて……」
「いや、いいけどさ……」
「美味そうだね。それ……」
 少女の丁寧なお礼に、板前達は話題を変えて、照れをごまかそうとしていた。
「同じ物を5、6個作ったので、良かったら皆さんで食べて下さい」
 少女は同じケーキを皿に置き、板前達の前に差し出すと、出ようとした。
「あ! 名前を……」
 板前の1人が少女を引き止め、彼女は振り返って穏やかな表情で答える。
「私は天月桜と申します。銀幕市で『ハピネス』と言うカフェを経営しています。良かったら来て下さい」
 桜は胸ポケットから、裏面に地図が書いてある名刺を取り出し、板前達に配ると、去って行った。
「オレ、行ってみようかな……」
「俺も……」
 板前達は締まりがない表情でケーキを食べながら、桜が見えなくなるまで、出入り口を見ていた。



 誰も居ない脱衣所に入り、悠里は腰をさすりながら服を脱ぐ。
「最近じゃ、少し動いただけで痛いよ……」
「大丈夫ですか?」
 悠里の様子を見て、桜は心配そうに声をかける。
「あ! そんな心配されるほど大した事でもないんで……」
 悠里は体にバスタオルを巻きながら、慌てて笑顔を浮かべて話す。
「そうですか?」
「本当に大丈夫ですから。ところで、その格好は?」
 桜の不安を取る為、悠里は話題を変えようとする。
「あ。これはさっきまでケーキを作っていたので」
「ここの人ですか?」
「いえ。銀幕市で『ハピネス』と言うカフェを経営しています」
 桜は脱いだ服から、名刺を出して悠里に渡す。
「天月桜さんですか? あたしは悠里って言います。よろしくお願いします」
「ハイ、お願いします」
 桜はバスタオルを巻きながら、差し出された悠里の手を取って、握手をした。
「じゃあ行きましょうか」
「先客ハッケーン――!」
 桜が入ろうとした時、かん高い声に、2人は同時に振り向く。
「ちょっとリカ! もうちょっと静かに……」
「何で『旅の恥はかき捨て』でしょ? こう言う場では盛り上がらないと!」
「ウザイ……」
 声の正体はリカで、縁はテンションが上がり過ぎのリカを宥め、栞は呆れた表情で2人を見ていた。
「早速、入るわよ!」
 リカは帯に手をかけ、勢い良く解いて、浴衣を脱ぎ捨てる。
「さぁ行くわよ!」
「待ちなさい!」
 入ろうとするリカを縁が止めた。リカは浴衣の下にオレンジ色の露出が多目のビキニを着ていて、そのまま温泉に入ろうとしていた。
「大丈夫よ、石鹸もタオルも持ったし」
「周り見て」
 縁に言われ、リカが見ると、全員バスタオルを体に巻いただけの格好で、自分1人が浮いている事に気付く。
「日本では、裸で入る物なの。それは守って」
「裸……」
 縁に言われ、リカは顔を真っ赤にして恥じらって、体を隠す様にしゃがむ。
「それはちょっと、乙女の恥じらいと言う物が……」
「だからバスタオルで隠しているんでしょ。ほら脱いで!」
「イヤ――! ゴムタイナ――!」
 強引に水着を取ろうとする縁に、リカは時代劇で聞いたセリフを真似て叫ぶ。縁は構わず、強引にリカを脱がしていった。
「先に入っている」
 それだけ言い、栞は洗面器を持って、温泉に向かった。
「待って〜」
 リカは体をバスタオルでキツく縛り、見えないようにして栞を追う。
「ゴメンなさいね。騒いじゃって、行きましょうか?」
「あ……ハイ」
 縁は桜と悠里に軽く謝って、温泉に向かった。一連のやり取りに、唖然としていた2人も後を追った。



「ん〜! 気持ち良い〜!」
 縁は体を大の字にして、湯船に浸かり、温泉を堪能していた。他の4人も穏やかな表情を浮かべ、リラックスして、悠里、桜、縁のバッキーもバッキー同士じゃれあいながら、温泉を楽しむ。
「ああ〜腰に効く……」
 悠里は腰をさすりながら、気持ち良さそうに言い、至福の喜びを味わっている。
「悠里。あなた、オッサンじゃないんだから……」
「リカさん、仕方ありませんよ。女性が働くのは男性以上にキツいんですから」
 リカは女らしくない悠里を叱ろうとするが、桜に言われて止めた。
「私だって、体の節々が痛くて……」
「そんなになるなんて……桜はどんな仕事してんの?」
「私は銀幕市で、『ハピネス』と言うカフェを……」
「じゃあ何? パティシエ?」
 桜がカフェに勤めている事が分かると、リカはテンションが上がって桜に聞く。
「ハイ、まぁ……」
「マジで? 超奇遇! わたしも! わたしも!」
 リカは大ハシャギして、桜の手を取って喜ぶ。
「どんなケーキ作ってんの? わたしは薬膳ケーキに、カレーケーキに……」
「一旦、落ち着いてから話しましょう……」
 リカのテンションに、桜は圧倒され、リカを落ち着かせようと話す。
「ゴメンね。栞……」
 縁は騒いでいるリカの傍で、静かに浸かっている栞に手を合わせる。
「そんな事より見えないの?」
 栞は険しい表情で、山の方を指差す。
「何が?」
「わたしボンヤリだけど見えてきた……」
 栞は表情を更に険しくさせて、山を睨んでいた。



 アベルとカインは荒い息遣いで、険しい山道を凄いスピードで駆け抜けていた。
「隊長! 今こそ皆の魂を引き継ぐ時であります!」
「その通りだ! カイン少佐! 行くぞ、お姉ちゃんの柔肌を求め!」
「うおおおおおおおお!」
 2人の叫びは山中にこだまし、砂埃を立てながら、女湯に向けて全力疾走する。



「フケツ・ケガラワシイ・ケダモノ……」
 栞は目を大きく開き、邪眼を発動させ、ブツブツとつぶやきながら、山を見ている。
「あの栞ちゃん、どうしたんですか? 凄く怖いんですけど……」
 栞の様子をおかしいと思った悠里は、小声で縁から詳しい事を聞き出そうとする。
「実は、見えたんだって……」
 縁は未来の湯の効能で、栞がこれから起ころうとしている、トラブルが見える様になったのを悠里に話した。
「え……それで何を?」
「それが分からないのよ。栞、話してくれないし、私、見えないし……」
 悠里と縁は、これから起ころうとしている事が分からず、不安に思っていた。
「栞さん、いいですか?」
「ナニ?」
 桜に話しかけられ、栞は一旦、邪眼を解除して桜を見る。
「私は見えましたから、出来る事があるなら協力します」
「ホント?」
 桜の口調から、これからの事を理解していると思い、栞は声を少し弾ませ、これからの事を話し出す。
「迷惑な話ですね。それで、皆にはどうします?」
「リカさんにだけは黙ってて、あの人が加わるとウルサイから」
 栞に言われ、桜は縁と悠里を小さく手招きして呼び寄せ、話した。
「嘘! 覗き?」
「大変! すぐに出ないと!」
 悠里も縁も、慌てて温泉から出ようとする。
「待って……」
 栞の低い声に引き止められ、2人はその場で止まる。
「それじゃ、何も変わらない……」
「私も栞さんの言う通りだと思うわ。皆で団結して返り討ちにしましょう」
 栞と桜に言われ、先程まで弱気だった2人も、覚悟を決める。
「分かりました。あたしもやります!」
「私も! 皆で女の敵を撃退しよう!」
 悠里と縁は、勇ましい表情で、2人を見つめ気持ちを伝えた。
「じゃあ、作戦を話すから聞いて……」
 栞は自分の作戦を事細かに、3人に話す。
(皆、何を騒いでんだろ……)
 自分がのけ者にされている事も大して気にせず、リカは温泉の気持ち良さに浸っていた。



 竹で作られた塀の前、アベルとカインは、物音を立てないようにゆっくりと歩み寄る。
(ここが正念場だぞ、カイン少佐!)
(イエッサー! ここで気付かれなければ、我々の完全勝利であります!)
 2人はアイコンタクトで通じ合い、ゆっくりと塀を登り、後1歩体を伸ばすだけで、女湯が見える所まで来た。
(行くぞ!)
 2人が顔を出すと、誰かが入っているのは見えたが、湯煙が邪魔でよく見えなかった。
(隊長。もう少し体を……)
(そうだな……)
 カインとアベルは、よく見ようと身を乗り出す。
「今です!」
「OK! 発射!」
 桜の声に、奥の方で待っていた悠里と縁は、栞の指示で作った即席の投石器に風呂桶を乗せて、2人に向けて発射した。
「な! 何だ? ウォ!」
 アベルは風呂桶をまともに食らい、そのまま後ろに倒れこむ。
「隊長! 未来の湯に入った者は予知能力が付くのは本当だったのですね!」
「この人でなし! バカ! ド変態!」
 カインはアベルの心配をしたが、その間も2人の風呂桶攻撃は続き、カインは手で風呂桶を弾きながら、下のアベルを見る。
「心配するな! なら、フォーメーションBだ。カイン少佐!」
「イエッサー!」
 アベルはすぐに駆け上り、カインに指示を出す。アベルが登り切ったのを見ると、2人同時に女湯に下り立ち、カメラを取り出し、鋭い眼光で一同を見た。
「小細工は無しだ! 真っ向勝負!」
 2人はカメラを構え、まっすぐに一同が入っている湯船に突っ込む。
「イヤ――!」
 一同は悲鳴と共に、慌てて逃げ様とする。
「さっきから騒がしいわね……」
 今までの騒動を知らずに、不機嫌そうにリカが現れた。
「何を騒いで……」
「剥ぎ取り御免!」
 それと同時に、カインはリカのバスタオルを剥ぎ取り、カメラを構える。
「激写ゴメ……え?」
 シャッターを押そうとした時、カインはリカの姿に驚く。リカはバスタオルの下に白の水着を着ていた。
「そう言う事ね……皆、もう大丈夫だから」
 リカは体を小刻みに震わせながら、2人を殺気がこもった目で睨む。
「少し、お痛が過ぎたようね……さぁお仕置きの時間よ、ベイビー!」
 リカはどこからかナイフを取り出していて、2人に向かって、まっすぐ突っ込んで行った。
「クソ!」
「臆するな、カイン少佐! 我々も対抗するだけだ!」
 カインとアベルもナイフを取り出し、リカのナイフを弾き返して、2人はリカと一定の間合いを取り、お互いに警戒する。
「凄い……」
「まるで映画の格闘シーンみたいですね」
 リカと2人の戦いに、悠里と桜は見惚れ、ジッとリカを見ていた。
「あ、ハハハ……」
 視線に気付いたリカは、少し照れながら、2人の方を向いて、手を軽く振る。
「隙あり! 剥ぎ取り御免!」
 リカの視線が反れたと同時に、2人はナイフを振り上げ、カインがブラ、アベルがパンツを狙っていた。
「かかったわね! ハッ!」
 リカは向かって行く2人に対し、無数のナイフを投げ飛ばし、それは迷彩服に刺さる。
「な?」
「トドメだ!」
 2人が怯んだ隙に、リカは距離を詰めて、カインに正拳突き、アベルにバックスピンキックを放ち、2人を吹っ飛ばした。
「あ――! ヘブゥ!」
 2人は壁に激突した所で止まり、先に放ったナイフが壁に刺さって、昆虫採集の昆虫の様に身動きが取れなくなる。
「皆、もう平気よ」
 リカに言われて、物陰に隠れていた一同は、おずおずと出て来て2人を囲み、厳しい表情で見た。
「今、私達が怒っている理由は分かりますよね?」
「アンタ達、最低よ!」
 桜は静かに、縁は激しく怒り、彼等を睨み付ける。
「皆、コイツ等どうしようか?」
 悠里は周りを見ながら、彼等の処分に付いて意見を聞く。
「取りあえず、全裸にひん剥いての百叩きは確定として……」
 リカは目が座った状態で、彼等を見据え、ナイフと小型の鞭を持って、ゆっくりと近付き。
「コロスケド、イイ?」
 栞は邪眼を発動させ、愛用の黄色い傘を出し、先端を彼等に向ける。
「ヒィ――!」
「頼む! 止めてくれ!」
 明らかに殺意を持って、自分達に近付く2人をカインとアベルは恐れ、涙ながらに許しを請う。
「ダメよ。あの世で反省するんだね」
「シンジャエ……」
「ちょっと待ってよ!」
 リカと栞が行動に移そうとする直前で、縁が手を大きく広げ、両者の間に割って入った。
「2人ともダメ! そんな残忍ショーなんて、私達見たくない!」
 縁は視線を悠里と桜に向け、それに2人も黙って頷く。
「でもね……」
「悪いことしたら『オトシマエつけなアカン』なんだって。親分が言ってた」
 リカと栞は納得が行かなかった。
「暴力で傷付けるだけが、責任の取り方ではありません」
「そうですよ。例えば……」
 桜も悠里もいきり立つ2人を宥めようとするが、具体案が思い浮かばず、口ごもる。
「そうだ! アンタ達!」
 何かを思い付いた縁は、頭に自分のバッキーを乗せて、彼等を睨んだ。
「このまま、お咎め無しで帰れるとは思っていないよね?」
「我々に拒否権は無いのだろう?」
「その通り! この2人に殺されたくなかったら……」
 縁は彼等を睨みながら、これからの事を話す。



「ぷは〜! 生き返るな〜!」
「だからさ悠里、オッサンじゃないんだから……」
 浴衣に着替えた一同は、大広場で風呂上りの一杯を楽しんでいた。悠里はコーヒー牛乳を美味しそうに飲み、リカは悠里のリアクションを注意していた。
「縁さん、考えましたね。彼等を私達の使い走りにするなんて」
 桜は髪を拭き、トロピカルドリンクを飲みながら、縁に話す。
「まぁね。これなら平和的だし、私達も気分的にスッキリ出来るしね」
 縁はオレンジジュースを飲みながら、得意げに笑う。
「おじさん。わたしフルーツオレ飲みたい」
「それで3杯目だぞ?」
 アベルは文句を言いながらも、栞に100円を渡す。
「隊長、暑いであります……」
 カインは汗だくになりながら、小声でアベルに話す。
「我慢しろ! 今、この場で機嫌を損ねたら……」
「辛そうね、あなた達」
 アベルはカインを黙らせ様としたが、縁が彼等に気付き正座をしている彼等の前に立ち、話しかける。
「いえ。大丈夫であります!」
 アベルは縁の機嫌を損ねない様、敬礼をする。
「この山道を走り抜けて、そんな重装備で温泉に入ったからね、飲んでもいいわ、お金はあなた達持ちで、選ぶのは私だけどね」
「ありがとうございます!」
 彼等は半泣きで喜び、すぐ縁に100円を差し出した。受け取った縁は、売店で物を選ぶ。
「ちょっと縁! それじゃお仕置きに……」
 リカは縁を止めようとするが、縁は聞かず彼等の前に飲み物を持って立つ。
「ハイ、おしることおでん」
 縁はカインにおしるこ、アベルにおでんを手渡し、去って行った。彼等はそれを持って、呆然としたていた。
「ハハハ! 縁さんナイスです!」
 悠里は縁の行為に腹を抱えて笑う。
「あの悠里さん……」
 桜は大笑いする悠里に、恐る恐る声をかけて彼等の方を見させる。
「甘みの中にも塩味が効いてて、中々イケる」
「缶に入っている割りには、ダシが出ていて結構、本格派だな」
 2人は汗だくになりながらも、おしることおでんを楽しみ、それなりに満足していた。
「どんだけ〜」
 栞は小声でつぶやき、他の4人も彼等の図太さに呆れていた。



 一同は、大広場からお土産コーナーに移動し、彼等に荷物持ちをさせながら、お土産を探す。
「日持ちがする物が欲しいんですけど」
 悠里は、おかずになる様な食べ物を中心に選び。
「この味……これで、新しい味が1つ生まれるかも」
 桜はケーキの材料になる様な、果物を買い。
「おじさん、これ1つ……」
 栞はパッケージのデザインが気に入ったお菓子を買い。
「あ、これ美味しそう! これなんかご飯に合いそう! あ〜! こう言うの私めっちゃ好み!」
 縁は自分が食べたい物を片っ端から買い、彼等を青ざめさせた。
「早速いただきま〜す」
 清算を終えたお土産の箱を、縁は次々と開けて行き、その場で食べ出す。
「あ〜! これ美味しい〜! これなんかご飯欲しい〜! これはパンと一緒に食べたい〜!」
 縁は次々と空にして行き、その食べっぷりに全員が呆然となっていた。
「すいません。それぞれ3セットづつ追加で!」
「ちょっと止めてくれる」
 追加注文をしようとする縁を、リカは血管が止める。
「何?」
「わたしは知っているから良いけど、皆の前であんまり食べるのはどうかと思うよ」
「何で?」
 リカの言う事が理解出来ず、縁は聞く。
「だからね、あんまり食べ過ぎられると、わたしはともかく、皆の食べる気が失せかねないから、もう少し自重してね……」
「何で? 何で? 何で?」
「旅行でテンションも上がって、食欲も上がるのは分かるけど……」
「だって本当に美味しいんだもん。リカも食べれば分かるって!」
 縁はリカに笑顔で食べていた、お菓子の1つを差し出す。
「そう言う事を言っているんじゃ……」
「良いから食べてみなって!」
「そう? じゃあ……」
 縁の押しに負けて、リカはお菓子を1つ取り食べる。
「あ、ホントだ。美味しい」
「でしょ。でも食べたかったら、自分で買ってね」
 縁は小さく舌を出し、リカが美味しいと言ったお菓子を食べ出す。
「あ〜もう! 縁のイジワル!」
「だって、美味しいんだも〜ん」
「良いわ。わたしもこれ1つ! 支払いはコイツ等で!」
 リカは、彼等を指差し、お土産を追加注文する。
「出費が……」
 彼等は出費がかさむ事を嘆き、小声で悲しむ。
「どんだけ〜」
 栞のつぶやきを誰も聞かず、2人は仲良くお菓子を食べていた。



 お土産を買い終えた一行は、大広間に移動し、メニューを真剣な目付きで見ていた。
「刺身の船盛りとぼたん鍋……」
「このすき焼きって、何人前ですか?」
 悠里と桜は、高そうな料理を片っ端から注文して行く。
「ねぇ、頼むのはいいけど、そろそろ、おじさん達のサイフ……」
 浮かれる一同に、栞は思い出したように言う。
「それもそうね……」
「アンタ達、あと、どれだけ残っている?」
 縁とリカは、彼等の財布を取り上げて中身を見る。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……まぁ、ここでの奢りでスカンピンって所ね」
「じゃあ……」
 縁が言うと、一同は追加注文をする。
「それでこの後はどうしようか?」
 リカに言われ、一同は座布団も無く正座をしている彼等を見た。
「金銭面での事はもう出来ない」
「だが、言われた事は何でもするつもりだ。捕虜に拒否権などないのだからな」
 カインとアベルの態度は堂々としていた。2人ともまっすぐ、一同を見て、これからの事を全て受け入れようとしていた。
「そうね……皆が迷っているなら、わたしが決めていい?」
 全員が黙ってリカに頷く。
「じゃあ栞、調理場の冷蔵庫から、わたしが作ったケーキ取って来て」
 栞は小さく頷き、1人調理場へと向かった。



 調理場で、栞は冷蔵庫を開け、リカのケーキが入っていると思われる、赤い箱を見付ける。
(でも、どっち?)
 それは2つあり、どっちがリカのなのか分からず、栞は困っていた。
(まちがってたら、あとでお金はらえばいいか……)
 栞は軽い気持ちで、箱を1つ取り、大広間に戻って行った。



「ハイ、ありがとうね」
 栞から箱を受け取ると、リカは彼等の前に立って、それを突き出す。
「ハイ」
 行動の意味が分からず、彼等は困惑する。
「分からないの?」
「全く」
「もう良いわよ。これ持って、サッサと消えなさい!」
 リカは照れ臭さそうに、頬を染めて、彼等から視線を逸らし、箱を強引にアベルに持たせた。
「良いのか?」
「何度も言わせないでよ! 皆もそれで良いでしょ?」
 リカに言われ、全員が彼等の前に立って話し出す。
「2度とこんな事しないって、あたし達に約束して!」
「そうですよ。それだけの能力を犯罪に使うなんて、勿体無いです」
 彼等の事を心配し、悠里は怒り、桜は悲しそうな口調で話す。
「次やったら殺すから……」
「潰すよ!」
 栞とリカは、ドスの効いた声で脅し。
「私達も十分、楽しんだし、気が変わらない内に行って」
「イエッサー!」
 縁の言葉と同時に、彼等は勢い良く立ち上がって、皆に敬礼をし、凄まじいスピードで去って行った。
「どんなケーキ渡したの?」
 縁はリカが彼等に渡したケーキが、どんな物か聞く。
「ここの食材を使った、わたし特製のアイスケーキよ」
「奇遇ですね。私も似た様な物を作りました。よければ食後、皆さんで食べますか?」
「賛成〜!」
 桜の申し出に、縁と悠里は大喜びし、手を取り合ってはしゃぐ。
(大丈夫よね?)
「料理が出来ましたよ〜」
 栞は渡した物が、本当にリカのケーキなのか不安に思ったが、考えようとした時に料理が届き、それを忘れさせた。
「美味しそう〜! あれ?」
 目の前の料理に歓喜の声を上げていた悠里だが、頭の中で映像が浮かび出す。
(何だろう? え?)
 見たのは、自分を含めた全員が、泡を吹いて倒れている物で、全員が苦しそうにピクピクと痙攣をしていた。
(あ! そう言う事ね)
 並べられる豪勢な料理を見て、悠里は1人納得する。
「皆! 食べ過ぎには注意して……」
「いただきま〜す!」
 悠里の掛け声と共に、一斉に箸を伸ばし、全員が、その美味しさに舌鼓を打った。
(まぁ良いか……)
 若干の不安があった栞だが、次々と並べられる美味しい料理に興味は移り、ケーキの事を忘れた。



「じゃあ、デザートのケーキで〜す!」
「待ってました〜!」
 料理を全て平らげ、桜が持って来たケーキに、ハイテンションで答えた。
「じゃあ切り分けま〜す」
 栞以外は、全員お酒が入っている為、上機嫌で桜が切り分けるたびに、子供の様に騒ぐ。
(まぁ……大丈夫だよね?)
 栞は一瞬、不安になるが、周りのテンションに負け、フォークを取る。
「じゃあ、食材に感謝して……」
「いただきま〜す!」
 桜の声で、全員がケーキを口の中に入れた。
(そう言う事か……)
 その瞬間、悠里は見た映像の本当の意味を理解し、意識が遠のき後ろに倒れた。



「隊長! 報告するであります! 美味いであります!」
「俺もだ! カイン少佐!」
 カインとアベルは手づかみで、桜が作ったアイスケーキを頬張りながら、山道を全力疾走していた。
「隊長! 回収し忘れた、盗聴器から情報を得ました!」
「報告しろ!」
「イエッサー! あのお嬢さん達、病院に搬送されたそうであります!」
「何!」
 カインの報告を聞いて、アベルは立ち止まり、カインと向かい合う。
「恐らくは食べ過ぎだろう」
「隊長! 自分もそう思うであります!」
「では、今から言う事を良く覚えておけ!」
 アベルは真剣な表情でカインを見て、話し出す。
「彼女達は身を持って教えてくれたんだ」
「何をでありますか?」
「自らの力に溺れた者の末路だ!」
 アベルは夕焼けに彩られた景色を見ながら、話を続ける。
「我々も愚かだった。自らの能力を欲望の赴くがままに使った。しかし、それに気付かないのが人間だ」
「同感であります!」
「しかし、それを続ければどうなるか、彼女達が身を持って証明してくれた。力に溺れては行けない事。それを身を持って、証明してくれたのだ」
「隊長!」
 感極まったカインは、アベルの手を取り、2人はまっすぐ見つめあいながら、感動の涙を流していた。
「もう一度言う! 彼女達の思いを無駄にするな!」
「イエッサー! それでこれからはどうしましょう?」
「我々はパティシエになる! あのガサツ女でも出来たんだ! 我々にも出来るはずだ!」
「一生、付いて行くであります! 隊長!」
「よく言った、カイン少佐! 行くぞ!」
「イエッサー!」
 2人は号泣しながら、山道を再び駆け抜けて行く。自分達の都合が良い解釈で、2人の覗き魔は更正し、新たな道を力強く歩んでいた。

クリエイターコメント今回で4作品目になります。私の作品に期待し、参加してくれた皆様の為、全力を持って、書き上げました。

私の作品で皆様が少しでも、楽しんでもらえたら、嬉しい限りです。私の作品を気に入った人は、プライベートノベルの受付もやっています。もし、依頼しても良いと言う方が居れば、その時は全力で書き上げさせてもらいます。
公開日時2007-12-04(火) 19:50
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