★ 銀幕ロードレース2007 ★
<オープニング>

 穏やかな小春日和に。
 一般的な日本家屋の庭園にて。
「わしゃ、もう一度見てみたいんじゃよ」
 小さいが力のこもった声で、ロッキングチェアの老人はつぶやいた。その目は、遠いどこかに向けられている。
 老人の目はいったい何を映しているのだろう。迫り来る死への恐れか、はたまた過去の栄光か。
 どちらにしろ、若者にはとうてい理解できない代物だ。
 だから佐野原冬季(さのはら とうき)は単刀直入に仕事の話を切り出した。
「要はこの銀幕市でロードレースを開催すればよいのですね?」
 老人は無言でうなずいた。
 あまりに極端な動作だったので、ポックリ逝ってしまったのではないかと冬季は疑ったが、ゆっくりと首が元に戻ったところを見ると杞憂だったようだ。
「わかりました。それで、報酬の方は……」
 冬季がポケットから一枚の紙切れを取り出す。
「これくらいでどうでしょう? もちろん必要経費は別途ご請求させていただきます」
 老人は面倒くさそうな一瞥を紙片に投げかけ、「夢に値段は付けられん。好きに請求するがいい」とすぐにまた遠くを見つめた。日差しが眩しいのか目を細めている。
 冬季の整った顔に会心の笑みが浮かんだ。
 この手の老人は扱いやすい。自分が稼いだ金を他人に残そうとも、あの世へ持っていけるとも考えていないタイプだ。
 もう一押しできる。そう考え、冬季が続けて提案する。
「ロードレースを成功させるためには、参加者を集めなければなりません。それにはそれ相応の対価というものが必要でしょう」
「賞金か?」
「ええ」
「好きにしろ」
 小躍りしたい気持ちを抑えるため、冬季はひとつ咳払いをした。
「で、参加人数の上限は……」
「多いほうがいいに決まっておる」
 遠くを見たまま、老人がロッキングチェアから身を乗り出した。表情も変わる。真剣そのものに。その目つきは、獲物を狙う猛禽類のものだ。
「わしゃ、もう一度見たいんじゃよ。真の勝利者が誕生する瞬間をな」
「わかりました」
 老人の目が映しているのは過去の栄光だったようだ。
 ふと、冬季も老人と同じ方角に視線を向ける。
 いや、違った。過去の栄光ではない。
「……ところで、ご老人、目は良いほうで?」
「歯はすべて入れ歯じゃし、近頃耳も遠くなってきたが、この年でも視力だけは衰えぬ。それが自慢じゃ」
「なるほど……ここからだとよく見えますね。隣家の窓が。いま着替えを始めたのはお知り合いの娘さんですか?」
「…………」
「…………」
「乗り物はどのようなものでもよい。自転車でも一輪車でもな。ただし、参加者には必ず人力で参加するように伝えよ。人力でなければ真の勝利者は誕生せん」
 老人が突如、饒舌になった。
 おそらく隣家の窓のカーテンが閉められたからだ。そう思った冬季だったが、口に出しては「わかりました」とだけ言った。
 これだけ決まれば、もう報酬は手に入れたも同然だ。
「では、さっそく準備に入りますので。失礼いたします」
 と、冬季がその場を去ろうとする。
 その背中に老人の問いが投げかけられる。
「『計画者(プランナー)』よ。ずっと気になっておったのじゃが、おぬし、なぜそのような格好をしておる?」
 幼稚園の学芸会から軍事クーデターまで、企画立案を生業とする者、『計画者』佐野原冬季。彼はなぜか競輪選手などが着るレーサージャージ姿だった。
「もちろん、私もレースに参加するのですよ。主催はあくまでご老人です。私は『計画者』、影の存在です。レースに出ても問題はないでしょう」
「ふむ、面白い。好きにするがいい」
 老人がにやりと笑う。波乱が好きらしい。
 と同時に、ものすごい勢いで首をひねる。カーテンが開く音が聞こえたようだ。耳が遠くなってきたとの言は、どこまで本当か。
 しかしそれももはや冬季には関係ない。
 銀幕市におけるロードレース開催の報酬。それに加え、優勝すれば賞金も手に入れることができる。
 冬季にとってこれほど美味しい話はない。自分の作ったレースで優勝することなど簡単だ。
 かくして、あやしい老人の発案とあやしい計画者の立案で、銀幕ロードレースが開催されるはこびとなった。

種別名シナリオ 管理番号315
クリエイター西向く侍(wref9746)
クリエイターコメント六つ目のシナリオになります。西向く侍です。

というわけで、銀幕市内を会場としたロードレースが開催されることとなりました。
参加者は以下の点にご注意いただいたうえでご参加ください。

▼全編ギャグです。

▼プレイングには必ず何に乗って参加するかをご記入ください。
 ただし、動力が人力であるものに限ります。逆に言えば人力であれば空を飛ぼうが、地面にもぐろうがなんでもOKです。また人力は筋力に限りません。魔術でも超能力でも人力です。

▼プレイングにはレースに優勝するための秘策を自由に盛り込んでください。
 ただし、他の参加者に直接的なダメージを与える行動は控えてください。たとえば、「一体ずつ乗り物を破壊してまわる」ですとか、「乗り手を剣で斬りつける」ですとか、そういった類の行動です。

▼コースは銀幕市一周です。どこを回るかを予測してのプレイングは可能です。
 たとえば、「聖林通りで○○する」ですとか、「綺羅星学園の校庭で××する」ですとか、そういったプレイングです。

▼コースを設定した冬季自身がレースに優勝する気満々のため、さまざまな妨害が設けてあります。がんばってくださいw

▼優勝賞金は一千万円です。たぶんw

ちなみに、佐野原冬季はムービースターですが、老人は市外の一般人です。
ではでは、面白ネタをお待ちしております。

参加者
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
宝珠 神威(chcd1432) ムービースター 女 19歳 暗殺者
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
<ノベル>

▼スタート前▼

「見事に晴れ渡った空ですね」
「うむ、まさにロードレース日和じゃ」
 老人と佐野原冬季(さのはらとうき)は、とあるビルの屋上に立っていた。眼下にはスタート地点と人の群れがある。スタート地点とは、もちろん『銀幕ロードレース2007』のスタート地点だ。
 どのような宣伝効果によるものか、スタートラインには三百名近い参加者が集まっていた。エキストラの姿あり、ファンの姿あり、スターの姿あり、それぞれが思い思いのマシンに搭乗している。
「これだけの人数、よく集まったのぉ」
 満足そうに相好を崩す老人に、冬季が口角を釣り上げた。
「私を誰だと思っているのですか? 『計画者(プランナー)』の名は伊達ではありません。もちろん、ご老人が提供してくださった賞金の効果が大きいですが」
 自らの能力をアピールするとともに、さりげないご機嫌取りも忘れない。
「ほぅほぅ、それは奮発した甲斐があったの」
 思わず納得しかけて、賞金については冬季に一任していたことを思い出す。
「して、賞金はいくらにしたかの?」
「一千万です」
「一千万ぽっちか? 百億でもよかったのではないか?」
 銀幕市の住民の大半を敵に回すような金持ちの暴言に、冬季は丁寧に答えた。
「一般庶民には百億などという大金は理解できないものなのです。庶民には庶民にふさわしい額面というものがあります。多すぎず少なすぎず適度に、ですよ」
 丁寧に言っただけで、暴言には変わりなかった。
「さぁ、もうじきスタートの時間です」
 腕時計で時刻を確認した冬季が言う。
「おぬしも参加するのではなかったか?」
「ええ、そのつもりです」
 冬季は今日もレーサージャージ姿だ。
「どうしてスタート地点に行かんのじゃ?」
 首をかしげた老人が、びくりと全身をこわばらせた。突如、ボン、ボン、ボンと何かが炸裂する音が鼓膜をふるわせたからだ。
「ほほぅ。空砲じゃな。まるで運動会じゃ」
 音の正体に気づいた老人が、かっかっかと笑う。
「いえいえ、誤解です」
「ん?」
「スタート地点に仕掛けておいた地雷ですよ」
 さらりと言ってのける冬季に、老人は「なるほど。じゃから、おぬしはスタート地点ではなくここにおったのじゃな」と、さらに大笑した。
「さて、それでは行ってきます。ご老人はそこでゆっくりとご観覧ください」
 一礼して階段を下り、ビルの前にとめてあったレース用自転車にまたがる。
 アスファルトがはがれ、掘り起こされたむき出しの地面に転がる無数の参加者たちを尻目に、冬季はゆっくりとロードレースのスタートを切った。



 スタート地点が地雷により吹っ飛ぶ数分前――
 スタートラインに群がる参加者たちの後方で、ローラーブレードの具合を確かめている女性がいた。とんとんとつま先で地面を蹴ってみたり、その場でくるりと一回転してみたりする。
「問題ありませんね」
 彼女は『人力ならば何でもOK』というルールを見た瞬間、このローラーブレードを選んでいた。機械的な乗り物にのってしまうと、どうしても動きが制限されてしまう。自由に動ける乗り物が理想だった。もちろん、自転車などに比べるとスピードは劣ってしまう。しかし、物は使いようだ。
 彼女はすぐ近くにあった壁に身をもたせかけた。深い青色のサングラスの下で、赤い瞳が、肉眼ではとらえきれるはずもない遠方のゴールを射抜く。
 黒い帽子に黒のシャツ、黒いジーンズと、漆黒に身を染めた宝珠神威(ほうじゅ かむい)だった。
「お嬢さん」
 唐突に呼びかけられたような気がして、さっと辺りをうかがう。職業柄、物音には敏感な方だ。
 だが、彼女に話しかけた素振りを見せる者はいない。知り合い同士で雑談を交わしたり、精神集中のためお経を唱えたり、ひたすらスクワットを繰り返したり――彼女の周囲にはそういった人物しか見あたらなかった。
 気のせいかと思い、無視していると、
「お嬢さん」
 今度ははっきり聞こえた。
 背筋を悪寒が走る。それは仕事中に死を覚悟したときの感覚によく似ていた。
 声はすれども、気配すらつかめない。これほど恐ろしい敵が存在しようか。
「落ち着きなさい、宝珠神威」
 冷や汗を額に感じつつ、神威は自分に言い聞かせた。こうなれば、耳を澄ませて声の出所を探るしかない。
「そこのお嬢さん」
「後ろですか?!」
 弾かれたように、寄りかかっていた壁から身を離し、咄嗟に言霊を唱えようとする。
 唱えようとして、止まった。
 嗚呼、なんということだろう。
 そこにあるのは壁ではなく、巨大な戦車だった。声は戦車の中から聞こえてくるのだ。
 神威がふっと笑みを漏らす。
「……そうですか、最近の軍事技術の進歩は凄まじいとは聞いていましたが。人間の知恵はついにここまできたのですね。これぞまさしく人工知能搭載の戦車! さぁ、人型に変形してみせなさいっ!!」
 びしっと指さす先で、戦車の上部にある操縦席ハッチがぱたんと開いた。
「いえ、乗ってます」
 ひょっこり飛び出した頭は、ランドルフ・トラウトのものだった。



「すみません。初対面なのにこんなお願いをしてしまって」
「別にいいですよ」
「あのぉ、さっきから笑顔の下に危険なものが見え隠れしているような……」
「気のせいです」
 言いつつも、笑顔の上方片隅で血管がぴくぴくと小さく脈打っている。神威が不機嫌なのは、さっき自分のボケに誰もツッコんでくれなかったからなのだが、そんなこと口が裂けても言えない。
「それならいいのですが――ロードレースに出ようと思って、戦車を手に入れたのはよかったんですけど。とにかく操縦席が狭くて。肩がつかえて、出られなくなってしまったのです」
 狭いもなにも、入口から頭しか出ていない。
 いや、それ以前に、どうやって乗り込んだのか……
 いや、それ以前に、戦車などどうやって手に入れたのか……
 神威がすっと身を離した。
「じゃあ、私の言霊で戦車を破壊します」
「へ?」
 ランドルフの目が点になり、神威の目が殺気を放つ。
「そこから出せばいいんでしょう、出せば」
「あぁぁぁああぁあっ! やっぱり危険なものがっ!」
「観念してください。このままではロードレースに参加できませんよ」
「観念しろって言ってる時点でオカシイですよ! というか、それ以前に戦車壊れたら参加できなくなります!」
「悔しかったら人型に変形してみせなさいっ!」
「ええっ! そのネタまだ引っ張るんですかぁぁぁぁ?!」
「……死になさい」
「あぁ、観念しろから、死ねに変わってるぅぅぅ!」
 神威が言霊を飛ばすべく口を開きかけ、ランドルフがぎゅっとまぶたを閉じたその時、
「やめなさい!」
 まさに天からの助け。新たな登場人物に神威の動きが止まった。
「ど、どなたか知りませんが、ありがと――」
 救世主の姿をひと目見ようと、必死に首だけをひねるランドルフに、冷笑が浴びせられた。
「戦車に首だけって、これまたシュールな笑いを提供してるわね、ランドルフ」
 助かってなどいなかった。
「ウサギ?」
「れ、レモンさん!」
 ゴスロリファッションの二足歩行ウサギは、自転車のサドルの上に立ったまま、すまし顔だ。
 (サドルから)ひらりと飛び降りると、優雅な(と思っている)足取りで戦車と神威に近づいていく。
「そちらの女性とは初めてよね。あたしは【聖なる者の使い】、レモンよ」
 堂々たる足取りで(実際はタ○ちゃんの足音が似合う)神威の前に立つと、(必死に背伸びしつつ)手を差し出した。
 美しい女性にはライバル心むき出しのレモンだ。
「私は神威、宝珠神威。レモンさんもレースに参加するのですか?」
「ええ、もちろん。あなたも?」
「ちょっと興味がありましてね。でも、あなたみたいな可愛い子が相手なら負けてしまいそうです」
「なっ! お世辞なんか言っても手加減しないわよっ!」
 レモンが耳の先まで真っ赤になる。
「手加減してほしくて言っているわけじゃないですよ。それにお世辞でも嘘でもありません」
 中性的な魅力の神威に真顔で言われて、さらに動揺する。
「さ、さ、最近、あたしがツンデレ属性だっていう根も葉もない噂を確かめようと、みんなプレイングに『レモンを口説く』って書いてくるんだからっ! そ、そ、そ、そんなの信じないわよっ!」
「プレイングってなんのことか分かりませんけど、本当にレモンさんは可愛いと思いますよ」
「あ、あのぉ〜」
 被害妄想全開のレモンと、そろそろ本気モードに移行しようとしていた神威が、いっせいに声の方を向いた。
「私のことはどうなったのでしょう?」
 寂しげにランドルフがつぶやいた。



「あ、そうだったわ。あたし、ランドルフのことを助けようと思ってたんだった。ライバル宣言に夢中で忘れてたわ」
 ぽむと手を打つレモンに、ランドルフの深いため息が重なる。
 レモンは「よいしょ」ともう一度自転車のサドルに登ると、咳払いをしてポーズを決めた。
「話は聞かせてもらったわ。みなさんお困りのようね」
 困っているのはランドルフだけなのだが、とりあえず神威もここは黙ってスルーする。
「ええ、困っています。レモンさん、早く私をここから出してください」
「わかったわ。あたしに任せといて」
 レモンは自信満々だ。
「実はね、さっきそこで知り合った人がいるのよ。彼ならなんとかしてくれると思うわ。カモーン! ミケランジェロ!」
 くいっと親指で後ろを指し示す。その先には、アスファルトに仰臥した一人の男性がいた。
 ひどく冷たい沈黙がきっかり十秒。
「……あのぉ、神威さん。私は戦車から出られないので、はっきりとはわからないんですが、もしかしてあの男の人は――」
「どこからどう見ても寝てますね」
「……あたしが呼んだら来てって言ったのにっ! せっかくキまったと思ったのにっ!」
 レモンが半べそで駆け出す。次に戻ってきたときには、薄汚れた黒のツナギを着た男をずるずるとひきずっていた。
「んあ? もう昼飯か?」
 あくび混じりにトボけた声を出すミケランジェロの後頭部に、レモンの跳び後ろ蹴りがスコンと決まる。
「いてっ!」
「約束を忘れたわけじゃないわよね?」
 睨みつけるレモンに、寝ぼけた頭で考えること数秒。
「おお、そうだった。レースに出るんだった」
 頭をさすりながら、ミケランジェロが言った。
「ちがーう! あたしに協力してくれるって言ったでしょ?」
「あ……あ、ああ、そうだったそうだった」
「ちょっと、あんたたちまで何を胡散臭そうな目で見てるのよ?!」
 唐突に話題をふられて、ランドルフと神威が顔を見合わせる。この状態を、胡散臭い以外の言葉でどう表せというのか。
「聞いて驚きなさい! このミケランジェロはね、なんと絵に描いたものを具現化できるのよ!」
 さも自分のことのように胸を張る。
「お、おぉおおぉ?」
 と微妙な感嘆。
「さぁ、ミケランジェロ! 矢でも大砲でもなんでも具現化させて、ランドルフの戦車を破壊して!」
「っと、待った! 待ってください!」
 さっそく絵筆をふるおうとしていたミケランジェロが、あわてふためくランドルフに視線を移す。
「どうした、戦車男?」
「戦車男じゃなくて、私はランドルフです!」
「なるほど。で、どうした、戦車男?」
「うわっ! 人の話を聞いてないっ?!」
「おまえ、戦車から出たいんだろ?」
「でも、戦車が壊れたらレースに参加できません!」
 荒い息をつくランドルフに、そろそろ目が覚めてきたのかミケランジェロが妙に冴えたことを口にした。
「でもよ、戦車って人力じゃないんじゃないか?」
 ぴし。
 空気の固まる音がした。
 ランドルフは――白い。ただただ白い。
 レモンが腹を抱えて爆笑する。
「よく考えたらそうよね! それでどうやって参加するつもりだったの? ランドルフったら、オカシイ!」
 ミケランジェロの矛先が今度は、けたけた笑うウサギに向けられる。
「おまえ、その自転車に乗っていくのか?」
「そうよ。九十九軒から盗――じゃなかった、借りてきたスーパーママチャリよ。出前を運んで常に銀幕市中を走り回ってるから、市内の道路のすべてを知り尽くしているわ。自転車なら、戦車と違って人力だしねぇ〜」
「足が届かないんじゃないか?」
 ぴし。
 空気の固まる男がした。
 レモンも白い。もともと白いが、さらに白い。
「どうやら、まともに参加できるのは私だけみたいですね」
 神威が軽やかにターンしてみせた。ローラーブレードは人力だ。
 ミケランジェロがにやりと笑う。
「そっちの白ウサギが言わなかったか? 俺は絵を具現化できるんだぜ」
 足元にあったモップを、ひょいと蹴り上げると、片手でつかむ。
「まぁ、見てな」
 ミケランジェロがモップを変幻自在に操りだした。どのような魔法の効果か、モップが様々な色を紡ぎ出し、アスファルトに何かの絵が描かれていく。
 ほんの数十秒の出来事だった。ミケランジェロが、仕上げとばかりにモップを三回転させ、ぽんと肩にかついだ。
 すると、地面に描かれていた巨大な物体が、ぎょいんと立ち上がった。二次元が三次元へと転化する。
 周りにいた他の参加者からも歓声が上がった。ミケランジェロの絵は、それほどに見事な腕前だった。
 ただし――
「これは……いったいなんですか?」
「見てのとおり、車だぜ」
 神威の問いももっともだ。独創的で前衛的でカオスなデザインのそれは、少なくとも乗り物には見えない。
「どこに乗るのです?」
「ここに決まってる」
 手を置くそこが運転席だとは到底思えない。
「しかし、どこかで見たことのあるデザインなんですが……」
 母親と一緒に歩いていた子供が大きな声で叫んだ。
「ママ、見て見て! ハ○ルの動く城だよ!」
 ぴし。
 空気の固まる音がした。



▼レース序盤戦▼

 白く固まってはいても、さすがは歴戦の勇者たちだ。
 レース開始直前に、参加者のすべてを吹き飛ばすように起こった爆発に対して、それぞれがしっかりと回避行動を取っていた。
「間一髪ですね」
 華麗に空中を舞っているのは神威だ。『風』の言霊を使って自らのジャンプ力を上げたのだ。
「いったい何が起こったの?」
 その隣にレモンもいた。
 九十九軒のスーパー出前チャリをうち捨て、今は魔法で造りだしたペガサスに跨っている。もちろん、自転車の教訓を生かして、サイズは小さめ、どちらかというとポニーだ。その姿はどうにも遊園地のメリーゴーラウンドを彷彿とさせる。
「ランドルフやミケランジェロは大丈夫かしら」
 地上はもうもうと立ちこめる爆煙によって視界が通らない。
 と、その煙の渦を散らしながら、動く城が姿を現した。
「ふぅ、危なかったぜ」
 何事もなかったかのように、ふわふわと浮いているミケランジェロ。
「それ、車って言ってませんでしたか?」
 神威のジト目に、ミケランジェロは平然と答えた。
「車って言やぁ、空を飛ぶのが男の子の夢だろ」
「ちょっと! あんた、それこそ人力じゃないじゃない!」
 レモンのツッコミにも動じない。
「あ、これの動力は夢だから」
「それ、どこのバッキー?! つーか、新しいファングッズ?!」
 さらに何かツッコもうとしたレモンの両耳に、不気味な鳴動が響いた。
 神威もミケランジェロも同時に下を向いている。
「なんですか? このプレッシャーは!」
「ものすごい気迫――いや、殺気か?!」
 おちゃらけていたミケランジェロすら真剣な顔つきになっていた。
「何か来るわよ!」
 レモンがポニー……いやいやペガサスの手綱をひく。
「『風』」
 神威が言霊でさらに上空へとその身を押し上げた。
 【暗殺者】をして逼迫せしめ、【聖なる者の使い】をして驚愕せしめ、【芸術の神】をして緊迫せしむる。超常の身である彼らがこれほどまでに恐れる存在とは――
 ごうと突風が吹いた。
 それは下から上へ、地上から天空へ。
「こんなとこで負けるわけにはいかんのじゃぁあぁあああぁっ!!」
 巨人の咆吼が轟いた。
 見よ!
 鋼鉄の車体から突き出た両腕を。その隆々たる筋肉を。
 見よ!
 力強く地面を蹴った両脚を。その極限まで膨れあがった大腿部を。
 見よ!
 結局は搭乗口から飛び出たままの頭を。まさしく鬼の形相だ。
 嗚呼、ランドルフ・トラウト。覚醒せし者。
 ついに戦車から出る事あたわず、腕と足とで鉄の囲いを突き破り、いま復活せり。
 その筋力は戦車の重量などものともせずに跳躍することを可能にした!
「なんだ、戦車男か」
 ミケランジェロが眠そうに欠伸する。
「え? それだけっ?! ってか、戦車男じゃねぇし」
「まぁ、ランドルフにしては考えた方じゃない」
 レモンも冷めた口調だ。
「冷たっ! 反応、冷たっ!」
 さっさと先へ進もうとするミケランジェロとレモン。
「ちょ、ま、ここまで引っ張ったのに、そのツッコミじゃ寂しすぎ――」
 空に取り残されたランドルフ戦車ヴァージョンの腕に、そっと神威の手が添えられた。
 優しい笑みだ。とてもとても温かい笑み。
 つられてランドルフも(覚醒状態だということを忘れて)微笑み返す。
「やっと人型に変形してくれましたね」
「え?」
「それでは、またご縁があれば会いましょう。『風』!」
 それこそ風のように去っていく神威。
 自由落下していくランドルフの凶悪な瞳から、涙がはらはらと流れ落ちた。



「四人も残りましたか」
 上空を見上げつつ、冬季が不敵につぶやく。
「まぁ、計画に支障はありません」
 冬季の漕ぐ自転車のスピードはゆっくりのまま変わることがなかった。



 こうして、真の勝利者の座を争うことになる五人の若者が出そろった。
 しかし!
 忘れてはいないだろうか? 今大会における最有力の優勝候補を。
 主役というものは常に遅れてくるものであり、そして最後には勝利を手にする者である。
 未だこの戦場に姿を現していない、真の勇者。
 その名は……
「おぬし、このような人気(ひとけ)のないビルの屋上で何をしておるのじゃ?」
 背中から呼びかけられ、ルイス・キリングは露骨に眉をひそめた。彼の顔に文字が浮き出ることがあったとしたら、まさしく『ちょうど良いところだったのに』だ。
「何って、爺さん。ナレーションに決まってんだろ、ナレーション。こうでもしないと、俺様の出番がいつまでも来ないだろーが?」
「ナレーションとは、器用な坊主じゃの」
 老人が楽しそうに笑う。
「けっこう簡単だぜ。カギ括弧を付けずにしゃべればいいんだよ。爺さんもやってみな」
「やめておこう。二番煎じはどうせウケやせん」
「けっこう厳しい爺さんだな……」
「で、おぬしもレースに参加しとるのか?」
 老人がそう質問したのは、ルイスがある乗り物に乗っていた(?)からだ。
「ほぅ、わかるのかい?」
 ルイスが『越後屋、おぬしも悪よのぉ』の調子で言うと、
「伊達に年はとっておらんでな」
 老人が『将軍様ほどでは』の調子で答えた。
 ちょっぴり気があっている二人だ。
「あんた、もしかして――このレースの関係者じゃないのか?」
 どこからそう判断したのか、ルイスが獲物を発見した猛禽類のごとき素早い動きで老人を牽制する。
 老人は悠々自適、まったく動じた風もなく、「左様、主催者じゃ」と応じた。
 ルイスが、なぜか片足を上げ鶴の構えをとる。意味はない。
「くっくっく。ここで会ったが三年目! さぁ、俺の車に乗ってもらおうか!」
 大きく両手を広げたルイスが乗っている、いや引いているのはどこからどう見ても人力車だった。
 外面に銀幕商店街の広告を大量に貼ってあるところを見ると、広告料を巻き上げているに違いない。車体の前面には、どこかで見たような巨大な蝶々仮面が張り付けてあり、知名度アップを狙っているようにも思えた。あえて名付けるとすれば『本気★狩る号』か?!
「なぜわしがレースに参加せにゃならんのじゃ?」
 当然の反応も、ルイスは気にしない。
「なぜって、それを聞いた時点でおまえの負けなのさ」
 老人が鼻白む。まったく意味がわからない。
「これを見ろっ! 俺の車はバスガイド付きだっ!! 制服萌え〜っ!!!」
 人力車の人が乗る部分から、むくりと何かが起きあがった。
「ば、バスガイドとなっ?!」
 その楚々とした後ろ姿に、迂闊にも老人の胸がトキめいた。
 バスガイド――それは誰しもが少年の頃に必ず一度はトキめく職業。社会科見学や修学旅行の行き帰り、彼女の指さす観光名所よりもその白い手袋を見つめ、彼女の歌声を聞いては「バスガイドさんって、みんな声が同じなのはなんでだろう?」と思ったりするものだ。
 まさしく一日だけの恋。一期一会の代名詞。
「本日は銀幕ロードレース2007にご参加くださり誠にありがとうございます」
 バスガイドが裏声を流しつつ振り返った。
 老人の胸のトキめきが、一気に動悸息切れに変化した。
「お、おと――」
「はい、それ以上は言わない!」
 ルイスがしーっと人差し指を立てる。
「いや、じゃが、どう見ても――」
「だーかーら、言うなっての!」
「ってゆーか、ヒゲが――」
「殺れ」
 ルイスが短く命令すると同時に、バスガイドの拳が老人のみぞおちに決まる。気絶した老人を軽々とかかえ、人力車に乗せた。
「生でレースを体験させてやんぜ!」
 ルイスが人力車を引きながら、屋上から飛び降りた。

現在の順位
1位 宝珠神威
2位 レモン
3位 ミケランジェロ
4位 ランドルフ・トラウト
5位 佐野原冬季
6位 ルイス・キリング


▼レース中盤戦▼

 レースの中盤戦は、激しい牽制のし合いから始まった。
「『風』『風』『風』」
 現在トップを走っているのは神威だった。『風』の言霊で追い風を吹かせることによってローラーブレードのスピードの無さを補っている。スピードさえ出れば小回りがきく分、スムーズなコーナリングで他の追随を許さない。
「ただのローラーブレードなのに、やるわね」
 その後ろにぴったり張り付いているのはレモンだ。シルバーレモン号の脚は短かったが、翼をはばたかせて飛んでいるので問題ない。
 神威がスピードを落とさず、身体の向きを変えた。後ろ向きに走りながら、涼しい笑みでレモンに語りかける。
「レモンさん、ペガサスとは恐れ入りましたが、それこそ戦車と同じで人力ではないのでは?」
 心理的に揺さぶりをかけるつもりだったのだろうが、レモンはあっさりはねのける。
「魔法も人力の一種。だから、魔法で造られたこの子も人力よ!」
「そうですか、残念です。できれば、手荒な真似はしたくなかったのですが――『弾』『弾』『弾』」
 神威の生んだ弾丸が、聖林通りの街路樹を貫いた。
 めきめきと音を立てて倒れる木々に、あやうくシルバーレモン号が押しつぶされそうになる。
「ちょ、ちょっと! 邪魔なんてルール違反よ!」
「直接的な妨害は駄目なんでしょ? だから間接的に妨害しただけです」
 さらりと言ってのけ、さらに『弾』を発する。
「わっと、あわわわっ!」
 『弾』に打ち抜かれた備え付けの看板、マンホールの蓋、消火栓、蜂の巣、椰子の実、子猫、お婆さん、おせんべい、幸せ、初恋などなど、あらゆるものが四方八方からレモンを襲う。
 椰子の実を杖でたたき割り、子猫を抱きかかえ、お婆さん――特に入れ歯を気合いを入れてかわし、おせんべいを口にくわえ、幸せと初恋にうっとりしつつ、なんとか体勢を立て直した。
 そのすきに神威はさらにリードを広げている。
「もう許さないわ!」
 レモンの杖が魔法の光を放つ。現れたのは釣り竿と、釣り針の先に刺さった人参だ。
「さぁ、シルバーレモン号、お食事の時間よ」
 釣り糸を鼻先に垂らすと、ペガサスの鼻息が荒くなる。食い意地利用作戦だ。
 シルバーレモン号は、高くいななくと、それまでにないスピードで走り出した。



 ミケランジェロとランドルフは、神威とレモンよりも少し遅れた位置で三位争いを繰り広げていた。
「むぉぉぉおおぉぉおぉおおおっ!!」
 地響きをたてて駆け抜けるランドルフの姿に、苦笑と声援とが半分ずつ投げかけられる。覚醒状態であるにもかかわらず、それらすべてに笑顔で手を振り返すところが、いかにも彼らしい。
 対してミケランジェロは座席(?)に寝転がり、ウトウトしながら動く城に乗っていた。
 もともと『楽しそうだから』という理由だけで参加した彼だ。優勝しようという気もあまりない。
「がんばるなぁ、戦車男」
「いい加減にその呼び名をやめねぇか!」
「その状態になると威勢がよくなるな」
「そういう設定だっ!」
「身も蓋もない言い草だな、戦車男」
「それじゃあまるで俺が戦車の中で恋に落ちるヲ○クみたいじゃねぇか!」
 ランドルフがぐっと身を沈めた。
 力をためて、解放する。
 ミケランジェロの視界が暗く翳った。ランドルフと戦車が太陽を遮ったのだ。
 動く城を跳び越えたランドルフの背中が、ミケランジェロの進路を妨害するように立ちはだかった。
「そうきたか」
 面白くなってきたとばかりに、ミケランジェロが身を起こした。
「これでどうだ?」
 動く城を急激に左右へ移動させ揺さぶりをかける。それに合わせて、ランドルフも右へ左へと動いた。これでは前に出ることができない。
 もちろんミケランジェロの乗り物は空中高く上昇することができる。しかし、それすらもランドルフのジャンプによって防がれた。
「やるなぁ」
 ミケランジェロの口から素直な感嘆が漏れる。
「俺とてめぇとではこのレースにかけてるモノが違う」
 ランドルフが前を向いたまま言う。
「レースを遊びでやってるてめぇには分からねぇだろう。この俺の体を通して出る力がっ!!」
 熱い。男の背中が熱い。やはり男は背中で語るもの。
 まぁ、背中は戦車の車体で隠れているので、どちらかというと後ろ頭だったが。
 さすがにミケランジェロも口をつぐまざるをえなかった。
 彼は神であり、興味をそそるか、そそらないかがすべての判断基準だ。逆に言えば、人間特有の想いなど理解できないのかもしれない。
「人間、か……」
 複雑な想いを込めて、独りごちた。
「ドルフさーん!」
 その時、割烹着姿のおぼさんが歩道から大きく手を振った。
「がんっばて優勝しなよ! 食堂のみんなで応援してるからね」
「あぁ、すみません、おばさん。このレースに優勝したら、たまってるツケは全部支払いますんで。もう少し待ってくださいぃぃぃ」
 一瞬だけ覚醒状態が解けたランドルフが気弱に手を振り返す。
「水くさいねぇ、別にまだいいんだよ。皿洗い手伝ってもらったし」
 苦笑するおばさんに、ひたすら平身低頭のランドルフ。
 今度はラーメン屋のおじさんが声援を送る。
「ドルフ! がんばれよ!」
「あぁ、すみません、おじさん。このレースに優勝したら、たまってるツケは全部支払いますんで。もう少し待ってくださいぃぃぃ――ぐはっ!!」
 四方八方に頭を下げているうちに前方不注意が生じる。盛大な物音をとともに、ランドルフ戦車は、聖林通りにある一軒のケーキ屋へと突入していった。
「確かに、背負っているモノが違うみたいだな」
 ミケランジェロは、ケーキ屋で謝りたおしているランドルフの横を悠々と抜き去っていった。



「ふむ、そろそろ、ですかね」
 冬季が腕時計に視線を落としてつぶやいた。



 その頃、聖林通りの南端では、人参効果によって金色の光を放ってもおかしくないくらいハイパー化したシルバーレモン号と神威が壮絶なトップ争いを繰り広げていた。
 今はわずかの差で神威が首位を守っている。
「あんた、いい加減にあきらめなさいよ」
「そちらこそ、そろそろ限界ではないのですか?」
「息が切れてるのはシルバーレモン号だけ、あたしはまだ大丈夫なんだから」
「いや、だから、それが限界ということでは?」
「あー言えば、こー言う。だから美人は嫌いなのよ! あ、もちろん、あたしの方が百倍美しいけどね」
 レモンの頭の上にすっかり居座ってしまった子猫が、「みゃー」と鳴いた。
「子猫ちゃんも、あたしの方が綺麗だって言ってるわ」
「…………」
「ちょ、そこはスルーなの?! ちゃんとツッコんでよっ!」
 わめき散らすレモンを無視して、一気に聖林通りを抜けるべく、神威がさらに大きく一歩を踏み出そうとした。
 途端に襲いかかる違和感に、思わず身を丸める。
「地面が?!」
 違和感の正体は浮遊感だった。さっきまでそこにあったはずのアスファルトがなくなっている。落とし穴だと気づいたときにはもう遅い。直径十メートルはあろうかという大穴だ。
「罠? いったい誰の?」
 『風』の言霊で落下を防ごうとして、ぐっと息が詰まる。
 あわてて口に手をやると、なぜかガムテープが張り付いている。必死に取ろうとしたがどうしても取れない。
「むがが、むご」
 神威がきっと睨みつける先には、晴れ晴れとした笑顔のレモンがいた。杖の先が魔法の光で輝いている。
「ジャ○ネットでも売ってない魔法のガムテープよ。取れやしないわ。よく考えたら、最初からこうしとけばよかったのよね。それじゃ、バイバイキーン!」
 レモンのペガサスは宙に浮いているから落とし穴など問題ない。
「もがっ!」
 神威が片方のローラーブレードを脱ぎ捨て、放り投げた。
 スカーンと良い音をさせて、シルバーレモン号の頭にヒットする。
「きゃっ!」
 レモンを乗せたままペガサスもまた、落とし穴へと落下していった。



「なんだこりゃ?」
 落とし穴を前に、ミケランジェロは動く城を停車させた。
 彼の乗り物も地面を走っているわけではないので、落とし穴など無関係だ。しかし、面白そうなことには首をつっこみたくなるのが彼の性分だ。
「ありゃ? ウサギと黒い姉ちゃんじゃないか」
 穴の底ではレモンと神威がもがいていた。どうやらトリモチのようなものが敷き詰めてあるらしく、二人とも抜け出せずにいる。
「おーい、大丈夫かー?」
 ミケランジェロの呼びかけに、
「みゃー」
 レモンの頭上でトリモチの被害を受けていない子猫が楽しそうに鳴く。
「おい、ウサギ。いつから猫になったんだ?」
「猫じゃないわよっ! 見たらわかるでしょ!」
 レモンのイライラした返事がかえってきた。
「もげもげもー!」
 こちらは神威だ。何を言っているのかさっぱりだ。
「さて、いちおうウサギには協力するって約束したからなぁ」
 ミケランジェロがなんとかしようとモップを構えた。梯子でも具現化させて助け出そうと考えたのだ。
 そこにランドルフが追いついてきた。
「やっと追いついたぜっ! そして、さよならだっ!」
 もはや得意技となった戦車ジャンプを繰り出して、落とし穴を越えていく。車体が邪魔で下の――レモンと神威の様子は見えない。
 一気に三人を抜き去って一位になったわけだが、ランドルフ本人はそれに気づいていなかった。



「どうだ、爺さん? 風になった気分は?」
 ルイスの身体能力は並ではない。百メートルを五秒以内で走ることができる。人力車を引いているので多少落ちてはいるが、それでも彼自身の言葉どおり風のような速さだろう。
 無理矢理に乗せられた老人は……
「…………」
 白目をむいていた。
 その隣では、例のバスガイドが妙に甲高い裏声で仕事をこなしている。
「こちらが有名なかの聖林通りでございます。休日は多くの観光客で賑わい――」
 もちろん誰も聞いていない。
「お、あれはなんだ?」
 進路前方に、奇妙なオブジェが佇んでいる。
「あれ、なんだと思う?」
 ルイスの質問に筋肉質なバスガイドは無言で首を振った。
「どう見てもハ○ルの動く城だよなぁ。ん? なんだ? 今勝手に伏せ字になったぞ? 宇宙人の陰謀か?」
 陰謀ではなく当然の処置だ。
「そばにモップを持った掃除夫がいるみたいなだ。とりあえず」
 ルイスが急停車しようと足を止めようとした時――
 本能が、「否!」と告げた。
 それはルイス・キリングの持つ天与の才能だけが感知しうるものだった。
 止まってはいけない。彼はその本能に従う。
 むしろ加速した。これまた本能の命じるままに。
「どけどけどけぇぇぇい!!」
 言いつつも、故意に掃除夫をめがけて突進する。
「ちょ、おま、げふっ!」
 掃除夫の顔面を蹴りつつ、落とし穴を落ちていくルイス。そして、老人、バスガイド、ミケランジェロ。
 ルイスだけが満面の笑みだ。
 彼の本能が「ほらね、こっちの方が面白かっただろ?」と言っていた。



「きゃーっ! セクハラ! セクハラ男じゃないの!」
「あれ? ツンデレウサギか?」
「もがもがもが」
「ツンデレじゃないって言ってるでしょ! って、そっちの死にかけた爺さんと未確認生命体は誰よっ?!」
「UMA扱いすんなっ! れっきとしたバスガイドさんだっ!」
「みゃー」
「おまえいつからウサギやめて、猫になったんだ?」
「どっからどう見てもウサギでしょ! って、どこさわってんのよ、ミケランジェロ!」
「あ、すまん。トリモチがどうにも……つーか、台詞だけだとわかりにくいから、誤解の内容に言っておくが、さわったのは耳だからな」
「もげもげもげ」
「耳はウサギの聖域よっ!」
「ほぅ、そいつは良いことを聞いたぜ」
「ひぃっ! セクハラ男に聞かれたっ! 乙女の耳の危機よっ!」
「もががががっ!」
「あー、トリモチがついた俺様の手がツンデレウサギの耳にくっついて取れないよぅ(棒読み)」
「ぎゃーっ!!」
「バスガイドさんも爺さんも、触ってやれ! ん? 爺さん? 爺さんが息してねぇぞっ! 逝くなっ、まだ逝くな、爺さん!!」
「それよりもいい加減、口のテープ取ってやれよ。ツッコミも不足してるし、黒い姉ちゃんの存在感がなくなってるぞ」
「…………もげ」
「ん、誰か来たぜ」
 ミケランジェロの一言に、全員が上を向いた。遠い空から陽光が差し込んでいるので眩しい。誰かが穴をのぞき込んでいるようだ。
「みなさん、おそろいですね」
 穴の上から見下ろしているのは、レーサージャージ姿の若者だった。『計画者』佐野原冬季だ。
「あんた、誰よ!」
「そんなことはどうでもいいじゃないですか。まぁ、その落とし穴を造った者、とでも名乗っておきましょうか」
「さらりと、どうでもよくないこと言ってんじゃない!」
「すべては私の計画通りです。ツンデレウサギが腹黒女の言霊を封じることも、腹黒女がツンデレウサギを道連れにすることも、掃除夫と戦車男がセクハラ男の巻き添えになってしまうことも」
「嘘つけ!!」
「おーい、戦車男は落ちてないぞ」
 ミケランジェロが親切に教えてやったが、冬季は軽やかに無視した。
「さて、優勝は私がいただきますよ。アディオス!」
 残された全員が冬季に復讐を誓ったことは言うまでもない。

現在の順位
1位 ランドルフ・トラウト
2位 佐野原冬季
3位 宝珠神威、レモン、ミケランジェロ、ルイス・キリング



▼レース終盤戦▼

 トリモチ地獄から抜け出したレモンが身体を拭きながら憤慨した。念入りに両耳をこすっているのは聖域だからだろうか。
「あの男だけは絶対に優勝させないんだから!」
 半べそだ。
「ちくしょう。俺様の『本気★狩る号』の広告がはがれてやがる。広告料が!」
 ルイスは泣きながら、人力車を上から下からなで回している。
「まったく……酷い目にあいましたよ」
 神威は顔の下半分を手で覆っており、しゃべりにくそうだ。
「あらら? 神威ちゃんはどうしちゃったのかなぁ?」
 こういう場合、ルイスの観察眼は普段の数十倍になる。さっきまで泣いていたくせに「ん? ん?」などと言いながら、神威の顔をあらゆる角度からのぞき込もうとする。
 神威はスススと足音もなく巧みに身をかわした。
「もしかして、ガムテープの跡が……」
「『弾』」
「のわっ! 危なっ! なにすんだよっ!」
「黙りなさい」
 片手でつかまえようとしたが、ルイスは脱兎のごとくその場を離れた。口を隠しているので動きにくい。
「そーか、そーか。美形キャラには辛いよなぁ。いっそギャグキャラになっちゃえばいいんじゃん?」
「ケンカはやめなさい! ここはひとつ、みんなで協力して、まずはあの男を蹴落としましょう」
 レモンがぐっと握り拳をかためた。
「私の恨みは別のところにあるのですけどね」
 静かな怒りをたたえて、神威がつぶやいた。
 危険なものがちらちら浮かぶ笑顔の神威に、レモンが乾いた笑いを向ける。
「あははは、それとこれとは別、よね? み、ミケランジェロも協力してくれるわよね? だって約束――」
 瞬間、レモンの白い毛並みが青く染まった。恐怖のあまり、がちがちと歯が鳴る。
 ミケランジェロの様子がおかしい。明らかにイっちゃった目つきをしている。
「くっくっく。面白い。この俺がこんな屈辱を受けるとはな」
「く、くつじょくって?」
 レモンがおそるおそる訊ねる。
 ミケランジェロがモップの先をレモンの鼻先に突きだした。
 意味がわからない。
「トリモチが付いてるだろうが」
「え?」
 確かに小指の先ほどのトリモチがモップの毛の先端にひっついていた。
「で?」
「このモップは俺の命よりも大事なものなんだよ」
 どうやらモップだけはトリモチから守っていたらしい。それでも汚されたので怒っているようだ。
「楽しければいいと思っていたが、優勝したくなってきたぜ」
 ミケランジェロが動く城に乗り込んだ。
「ね、ちょ、待ってよ! いっしょに協力して――」
 レモンの説得がむなしく響く。
「やめとけ、無駄だ」
 ルイスがレモンの肩に手を置いた。
「奴の背中の『夜露死苦』の文字が見えねぇのか? 奴も背負ってるのさ、譲れねぇモンをよ」
「そんなものどこにも見えないわよ?!」
 爆音と突風を巻き起こして、これまでにないスピードで城が動き出した。
「私も行きますよ」
 神威もローラーブレードを滑らせる。
「ええっ! 神威まで」
「私も面白そうなので参加しただけでしたが、今は優勝する理由ができました。レモンさん、私が優勝したら賞金の札束で頬をはたいて差し上げますよ」
「うわっ! ものすごい嫌がらせっ?!」
「じゃあ、俺も行くぜ」
 ルイスが人力車を引き始めた。彼の忠実な下僕、バスガイドが老人を放り込み、自らも乗り込む。
 次々と再スタートを切る参加者たちを呆然と見送ってから、
「あー、もう! 優勝するのは、あたしなんだからね!」
 レモンは地団駄を踏んでシルバーレモン号に跨った。子猫もなぜか頭に跨る。
 結局、それぞれがそれぞれの理由で優勝を目指して走り出したのだった。



 レースは一進一退の様相を呈していた。
「食らいなさい!」
 シルバーレモン号に乗ったレモンが、後続を突き放すため、路上にバナナの皮をバラまく。
「どこの間抜けがそのようなものを踏むのです?」
 神威がひょいひょいバナナの皮をよけていけば、
「うおっ! 卑怯な! バナナか? 王道のバナナか? だ、ダメだ。本能が、本能がぁぁあぁぁああぁ」
 ルイスが本能のままに、バナナの皮を踏んですっころび。
 ひっくり返りそうになった人力車をバスガイドが素早い動きで支え。
 生死の狭間を彷徨っている老人が転げ落ちてみたり。
「なんのこれしき! 今度は俺のターン!」
 ルイスがどこから取り出したのか人参を放り投げると、
「あわわわわ! どこに向かって走ってるのよぉぉぉおぉぉお」
 ポニーペガサスが人参を追ってあらぬ方向へ走り出したり。
「あなたたちの常識はずれの馬鹿さ加減を尊敬しますよ」
 神威が、足を引っ張り合うレモンとルイスに冷笑を浴びせれば、
「まだまだ俺のターン! トラップ発動!」
 ルイスがどこからともなく取り出したホイッスルを吹き。
「きゃー! 神威様よ!」
「見て見て、本物よ、本物!」
「サインくださーい!」
 女子高生がわらわらと大量に現れ、囲まれた神威が動けなくなったり。
「いい加減に、ガムテープの跡がついた顔をさらして笑われろ!」
「そちらこそ、さっさとそのバスガイドさんと結婚式でも挙げたらどうです!」
「あたしは猫じゃないわ!」
 ルイスと神威とレモンが三人並んで併走していると、
「へぶし」
「ぎゃん」
「ふぎゃ」
 ミケランジェロが描いた騙し絵にひっかかって、さも真っ直ぐ道が続いているように見せかけられた壁に、三人して激突してみたり。



 で。
 結局はランドルフと冬季を除く四名が同時に、スーパー『まるぎん』の前を通りかかることになった。
「ワイナ・ャジレ・デンツ・ハシタア!」
 呪文を唱えたレモンが魔法の杖をふりかざす。
 神威が咄嗟に口を防御し、ルイスがミケランジェロを押しのけて積極的に前に出た。魔法に当たったらオイシイからだ。
 魔法の効果でアスファルトがキラキラと輝いた。まるで光の道だ。
 一瞬、動揺してしまい、神威とミケランジェロが固まってしまう。ルイスは「直接攻撃系の魔法じゃなかったか」と舌打ちした。
 その隙に、レモンが『まるぎん』の前をさっさと通り過ぎる。
「あーっはっは! あたしの勝ちね!」
 レモンと三人との距離はたかだか店一軒分だ。それなのに自信満々のレモンだった。
 神威もミケランジェロもわけがわからず首をかしげた。
「気づいていないようだから、教えてあげるわ。スーパー『まるぎん』には厳選食材が半額になるタイムセールが存在するのよ。その開始時刻は、毎朝10時30分!!!」
 ただ今の時刻、午前10時29分。
 地響きが轟いた。
 おばさんの群れ、いや、雪崩だ。いや、贅肉の津波だ。スペインの牛追い祭さながらに、通行人のすべてが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「巻き込まれる?!」
 神威が空中にのがれようとしたが、遅かった。さきほどの女子高生の数百倍の圧力で押しつぶされる。
 ミケランジェロは急いで動く城を絵に戻した。おばさん軍団と魔法の乗り物では、前者に軍配が上がると判断してのことだ。
 ルイスはすぐさまバスガイドの後ろに避難している。
 そして、大きな力に流されるままなすがままの時間が始まる。
 レモンの高笑いだけが勝ち誇ったようにいつまでも聞こえていた。

現在の順位
1位 ランドルフ・トラウト?
2位 佐野原冬季?
3位 レモン
4位 宝珠神威、ミケランジェロ、ルイス・キリング



▼ゴール直前▼

 不思議な光景が展開されていた。
 まったく不思議としか言いようがない。
 栄光のゴールはもう肉眼でとらえきれる位置にある。『銀幕ロードレース2007』と大きく書かれた垂れ幕があるので間違いない。多くの観客たちが真の勝利者の登場を今か今かと待ち受けてもいる。
 あれこそがゴールだ。ゴールに決まっている。
 なのに、スーパー『まるぎん』で揉みくちゃになった神威とミケランジェロとルイスが、半ば優勝も入賞もあきらめてやって来たところ、まだレースは終了していなかった。
 それどころか、他の参加者が全員、ゴール前で立ち往生している。
 落とし穴のトラップに一人だけひっかからず、とっくに先へ進んだはずのランドルフ戦車が立ち尽くしている。その隣に、これまた立ち尽くしているのは落とし穴を造った犯人、冬季だ。
「おいおいおい、戦車男。おまえ、先に行ったんじゃなかったのか?」
 ミケランジェロが動く城から降りて、ランドルフの背中に話しかけた。
 と、そのまま動かなくなってしまう。
「あんた、落とし穴の人だよな? ナイスアシストだ。あんたのお陰でなかなかいい笑いがとれたぜ」
 傍若無人、無念無想、八方美人、唯我独尊、無敵の男ルイス・キリング。彼もまた冬季に近寄ったきり、動かなくなってしまった。
 最後に神威が「本当にどうしたんです?」と棒立ちの男性陣の前に回る。
 そこで彼女は悟った。
 彼らは動かないのではない。動けないのだ。
 覚醒状態のランドルフも、『計画者』佐野原冬季も、人智を超えた神であるミケランジェロも、傍若無人(以下略)ルイス・キリングも、全員が蝋燭のように真っ白な顔色で大量の脂汗を流していた。
「おやおや、神威殿ではありませぬか」
 声に反応して、神威が振り返る。
 よくわからないしゃべり口で言葉を投げかけてきたのは、【聖なる者の使い】のウサギだった。
 彼女はなぜか常夏を想起させるカラフルなビーチパラソルの下で、折りたたみ式のビーチチェアに寝そべっている。そばに据えられたミニテーブルの上にはトロピカルジュースが置いてあり、さすがに服装はゴスロリのままだったが、サングラスは忘れずにかけていた。
 まさにそこだけ南国リゾート。
「あ、あなた、いったいなにをして……」
 それ以上は言葉にならない。
「わらわは、一千万の――ぢゃなかった、真の勝利者になる直前というこの至福の時をゆったり味わっておるのじゃ。おーっほっほっほ」
 どうやら常夏セットも平安朝っぽいしゃべりも、余裕綽々であることをアピールしたいがゆえらしい。思いっきりハズしているが。
「いったいこれはどうなっているのです?」
 神威が男性陣に問う。
 ようやく冬季が声を発した。
「迂闊でした。『計画者』である私がコースの設定ミスをするなど」
「た、確かにこれは設定ミスだぜ」
 ランドルフもようよう言う。
 神威にはまだ理解できない。
「神威殿、神威殿、あれをよく見てたもれ」
 レモンがうつぶせのまま、手元の杖で彼女と男性陣との間にある一軒のお店を示した。
「あ」
 カフェ『楽園』。
 銀幕市最強(最恐)の男子禁制結界。
 足がすくんで、その店先を誰も通ることができないでいたのだ。
 真に恐れるべきは良きライバルでもなく、レースの魔物ではなく、森の女王か。
「おーっほっほっほ。わらわの勝利は決まったも同然ぞえ。先刻の言葉をそのまま返しますぞ。神威殿、わらわが優勝したら……って、えええっ?!」
 決め台詞を放とうとしたレモンの真横を、すいーっと神威が通り過ぎた。
「私は女性です。お間抜けさん」
「だあああぁぁぁあぁぁぁぁあああっ!! そうだったわっ!!!」
 ローラーブレードでゴールへ一直線の神威を、どたばたとレモンが追いかける。もはやゴールまでは数十メートル。シルバーレモン号に乗っている暇などない。みずからの背に天使の羽を生やして飛ぶ。
「あー、終わっちまったな。食費が、食費が、食費が」
 ランドルフががっくりとうなだれつつ、通常モードに戻った。
「ま、なかなか面白かったぜ」
 ミケランジェロもいつの間にか冷静に戻っている。
「猿も木から落ちる。たまには計画ミスもいいでしょう」
 案外潔く負けを認める冬季。
「あんたら、あきらめるのはまだ早いぜ」
 そんな状況下で、ルイスの両眼がぎらりと野生の光を放った。
「論理的に考えてみな」
 ルイスの口から論理的などという言葉が出たことに目を瞠る。
「俺たちは今、男という性に根ざす原初的な恐怖に冒され身動きできない。ならば、恐怖の大元を取り除けばいい」
「ど、どうやって?」
 ルイスがにやりと笑う。清々しい笑みだった。
「先手必勝!!! やられる前にやるっ!!! 美☆チェェェェェェェェェェェンジッ!!!!!」
 ルイスが服を脱ぎ捨てる。と同時にバスガイドもまた服を放り投げた。
 もちろん大事な箇所にはモザイクが入る。
 二人の服が宙で交差し、入れ替わった。
 説明しよう。ルイス・キリングは美☆チェンジの掛け声で、相棒と衣服を交換することにより漢女モードに変身することができるのだ。この間、0.1ミリ秒。
「バスガイィィィィドッ!!! さらに、ロザリオ解放っ!!!!」
 説明しよう。ルイス・キリングはロザリオをはずすことによって(以下略)。
「優勝は俺がもらった!!!!」
 人力車がゴールめがけて一気に加速した。
「…………なんだかどうでもよくなってきました」
 冬季の独白に、ランドルフもミケランジェロも何度もうなずいた。
 


 『銀幕ロードレース2007』の結末を、正確に理解できた観客は一人もいなかった。
 後日、銀幕ジャーナルのインタビューに対して、ある者はこう答えた。
「あのまま神威さんが優勝すると思ったんだよ。そしたら、レモンさんの追い上げもすごくて。競馬で言ったら鼻差ってやつかな。そうなると思ったんだよね」
 ある者はこう答えた。
「神威は惜しかったな。どうしてかはわからないけど、ずっと顔を手で隠すようにしてたからなぁ。あれがなけりゃ手を伸ばして、レモンの頭より先にゴールできたのにさ」
 ある者はこう答えた。
「やっぱりルイスは最高よね! 神威もレモンも一気に抜き去るスピードで駆けてきて、お約束のようにゴール前で転ぶんだから! しかも、衝撃波っていうの? それで他の参加者が後押しされて先に進んじゃうんだもん。面白過ぎ! ルイス、来年のM−1グランプリ楽しみにしてるわ!」
 ある者はこう答えた。
「はぁ? わしゃ、今年で99歳じゃ。みつこさん、昼飯はまだかの? ん? さっき食べた?」
 ある者はこう答えた。
「とにかく最後はルイス君の巻き起こした衝撃波でいろんなものが飛んでたからさっぱりわかりません」
 かくして『銀幕ロードレース2007』は幕を閉じた。

最終順位
1位 ???
棄権 ランドルフ・トラウト、ミケランジェロ、佐野原冬季、ルイス・キリング



▼レース終了後▼

「納得できなーい」
 レモンがじたばたと地面を転げ回る。
「いちおう主催者の発表ですからね」
 ランドルフのお腹が、ぎゅるぎゅる鳴る。
「仕方ありません」
 神威はベンチに腰掛け頬杖をついている。さりげなくまだ顔を隠しているようだ。
 ミケランジェロはその横で惰眠をむさぼっており、ルイスはバスガイドの格好のまま気絶していた。
 ルイスがゴール前で転んだ際に生じた衝撃波、それが吹き飛ばしたのはレモンと神威とその他もろもろだけではなかった。
 人力車に乗っていた老人とバスガイド(ルイス服着用)も同じように飛ばされたのだ。
 しかも、人力車が投石機と同様の役割を果たし、テコの原理でスピードが上がり――結果として、ゴール直前で二人は神威とレモンを抜き去ったのだ。
 よって、1位は老人、2位はバスガイド(ルイス服着用)。
「せめて3位には入りたかったわよ」
 レモンがちらりと足元に視線を落とす。
 道中で拾った子猫が「みゃー」と鳴いた。
 3位はこの子猫だった。レモンが頭からつっこんだため、レース中ずっと頭にしがみついていた子猫の方が先にゴールしたのだ、という。
 まぁ、そういう発表だった。
 ゴール付近から勝利者インタビューが聞こえてくる。
「真の勝利者が、よもやわしだったとは! 長生きはするもんじゃのぉ」
 老人はとても満足そうだ。ずっと気絶していただけなのに……



「さて、来年のコースはどうしましょうか。今回のような設定ミスはもう許されませんね」
 勝利者インタビューを遠く見つめながら佐野原冬季が独りごちた。
 その口元には薄い笑みが浮かんでいた。

クリエイターコメントまずはシナリオの納品が遅れましたことをお詫びいたします。
誠に申し訳ありません。

今回は全編ギャグということでテンションがもつかどうかが問題でした。
結局、もったかどうかは皆さんの判断にお任せします。

▼ランドルフ・トラウト様
一番いじりやすかったです(真顔)
ここまでやっていいのか?とも思いましたが、なんだかんだでやってしまいました。
前半飛ばした分、後半に出番が少なくて申し訳なかったです。

▼レモン様
ツンデレ最高!
場所指定によるプレイング、ありがとうございました。
おかげさまで初の「美☆チェンジ」叫びができました。

▼ミケランジェロ様
今回はツッコミ役として活躍していただきました。
途中、ノリで神威様の口を封じてしまったあと、ツッコミの数が減ってミケランジェロ様頼りになってますし。

▼宝珠神威様
ボケなのかツッコミなのかどっちなのか迷った挙げ句、どっちもやってもらいました。
マルチな活躍、ありがとうございました。

▼ルイス・キリング様
実はプレイングを拝見した際に、ルイス自身がバスガイド姿なのか、バスガイドが別にいるのか判断に迷い。
結局、両方を選んでみました。本能の命ずるままに。
公開日時2007-12-26(水) 12:30
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