★ きっとこの手を離さない ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-4680 オファー日2008-09-13(土) 04:53
オファーPC 香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
ゲストPC1 シグルス・グラムナート(cmda9569) ムービースター 男 20歳 司祭
<ノベル>

「……はぁ」
 無意識的に口をついた溜息に、私は上を向く。
 そのまま軽く目を閉じ、その上から手で覆い、目に降り注ぐ電灯の光りを遮断する。ゆっくりと、数回の深呼吸。
 コホン。気持ちを改める為に意識して小さく咳払いをし、ベッドに腰掛ける姿勢を正す。そうして再び本に目を落とす。
「……」
 集中できたのはほんの数分。私は再び無意識にでた溜息に本を閉じる。パタリと重厚な音が静かな室内に響く。
 だめ。集中出来ない。
 そうして立ち上がってドア側の窓へと向かおうと一歩歩いた所で、はっとして気が付く。
「……違う。待っているわけじゃ、ない」
 言葉は、わざと口にした。そう思うことが私には必要で。でもそう思うことが今の私にはとても難しい事だと分かっていたから。
 ――コンコン。ギシッ。
 ややぶっきらぼうなノック音。次いでドアが開けられる。こんな森の奥深くまで訊ねてくる者なんて一人しかいなかったし、ノックの仕方でそれが彼だと分かった。
「カグヤ」
 いつも、そう私の名を呼んで。シグルス、シヴは入ってくる。
「……あ。ほ、本を。読み終わったから、別のに替えようと思って」
 ドアの方を向いて立っていたという、そんな些細な事が無性に恥ずかしく思えて。私は持っていた本を少し掲げて言った。言ってから気が付く。言う必要の無い言い訳だ。
「え、ああ」
 訳が分からないというようにキョトンと返事をするシヴ。
「それと、ドアを開けるのはちゃんと返事を待ってからにして。そんなのじゃ村の女の子たちにモテないわよ」
 こころが熱を持つのを感じる。これは恥ずかしさだろうか、それとも。
 私はつい早口に、そしてまたいう必要の無い事まで言ってしまう。
「なっ……」
 キョトン顔が見る見るうちに今にも噛み付きそうな顔に変わり、シヴは言葉を荒げる。
「別に村の女の子達からモテたいなんて思ってねーよ! カグヤこそ、家で本ばっか読んでないでもっと外に出ないと、いつまで経っても嫁の貰い手いないんじゃないのかぁ?」
 売り言葉に買い言葉。どちらかが冗談として流せば済む事なのに、私たちはなかなかそれが出来ずにすぐ言い合いになってしまう。いつものことだった。
「あのねぇ。私の場合はそう易々と外に出歩けないの。それでなくてもこのところ、魔女狩りの弾圧が酷いんだから」
 そうなのだ。長い時を生きている中、この時代の魔女狩りというのは特に酷い。少し何かをしただけで魔女だ魔女だと弾圧され、火あぶりにされる事も誇張無しに起こりえるのだ。そして召喚師、エルーカの力は、魔女と見なされる。
 自分の身だけを守るなら、そこまで難しい事じゃない。精霊の力を借りて髪や瞳の色だって変える事も出来る。しかし、付近に魔女がいると騒ぎ立てられれば、何も関係のない誰かが魔女され、焼き殺されるようなことが平気で起こる。そんなことは避けたかった。
「でも……」
 何か言いたげに、でも何も言わずに、シヴは拳を握った。何か反論でもしようとしたのだろうか。
 くっ。と小さく毒づいて、シヴは部屋の隅の長椅子に乱暴に腰掛ける。そしてそのまま窓の外を見る。その行動を目で追ってから、私は自分で言ってしまった言葉を思い出し、手に持っていた本を本棚に入れて別の本を取り出してベッドへと戻る。前の本をまだ読みきってはいないというのに。
 ゆったりとした時間。私はたまにシヴの様子をちらりと見る時意外は、読書に集中できた。
 シヴが来たときは、二人で何かについて喋ることも多ければ、今のようにお互いが好き勝手な事をしている時も多い。どちらも好きな時間だ。
「カグヤ」
 シヴの声に、私はたっぷり一秒ほど待ってから本を閉じて顔を上げる。シヴはいつの間にか私のほうを見ている。
 ん? と、顔だけで返事をした私に、シヴは少し視線を逸らして言う。
「明日。年に一度の村祭りの日だってのは知ってるだろ? その、一緒に行かないか?」
 はっとして、きっと私はシヴを見ていた。
 シヴがこんな風に素直に誘うのは、珍しいことだった。
 意地っ張りで素直じゃないシヴ。でも優しいシヴ。いつもはわざと皮肉めいて言ったり、突き放して言ったり。照れを隠すようにそんな風に言うのだ。尤も、残念ながら私にはバレてしまっているが。
 だからこの素直な誘いは、それほどに私の事を心配してくれているというのが分かった。ずっと家に篭って塞ぎこむ毎日の私を、心配してくれているんだって。
 けれど私はそんなシヴの優しさや、その優しさに触れて自分が感じてしまった気持ち。そしてその気持ちを顔に出しちゃっていないかが心配で。照れや恥ずかしさ。自分でも掴みきれない色々な感情で焦ってしまう。
「だからさっきも言ったでしょ。そんな考え無しに外を歩くわけにもいかないのよ」
 ――違う。
「大丈夫だって。髪と目の色さえ変えれば、誰も気付かない」
 シヴが逸らしていた目を私に向ける。私の口は半ば勝手に言葉を紡ぐ。
「だいたい、私はお祭りではしゃぐ誰かさんみたいに子どもじゃないの」
 ――違う。そんな事が言いたい訳じゃない。
「なんだよ、それ。だからいつまでも子ども扱いするなって。ったく。どうせ暇してるだろうと思って人が折角準備の途中で抜けて誘いに来たってのに」
「誰も頼んでないわよ。ほら、忙しいなら早く帰って村祭りの準備でもしたらどう? 神父さま」
「あー分かったよ。それじゃ一日中家に篭って本でも読んでろよ。好きなだけ!」
 立ち上がって言い放ち、シヴはドアに向かう。
「じゃあな」
 振り向く事はせずに、シヴは出て行く。
「……ぁ」
 閉められたドアに、小さく声が漏れた。一呼吸置いて、遠ざかる足音が聞こえる。
「……」
 あぁ。またやってしまった。
 喧嘩するつもりなんてないのに、いつもこうなってしまう。
 私は知らず知らずに伸ばしていた右手を引き寄せ、左手で抱いた。後悔と悲しさと切なさと。それらの気持ちを律しようとするこころが全部ごちゃまぜになって。最悪な気分だった。


 明くる日。私はこっそりと村へと降りてきた。
 最初から来るつもりだったのか? と問われれば、そうじゃない。ついさっきまでは来るつもりは無かった。外に出ると考えると、やはり魔女狩りという言葉が脳裏に浮かび、どうにも出る事をしなくなってしまうのだ。
 しかし家で何かをしていてもどうにも集中できないし、考えれば考えるほどに居てもたってもいられずに、私はここへと来たのだった。シヴも心配していたし。と自分自身でこころに言い訳を作って。
 この日の為に前々から準備をしていたのだろう。道や家は綺麗に飾られ、村の広場までの道のりを飽きさせない為の工夫がなされている。
 私はここのところ毎日のようにシヴに聞かされていた準備の苦労話を思い出し、思わず含み笑い。
 ああ、そうか。今更になって私は気が付く。
 最近ずっとシヴが村祭りの準備のことを私に話していたのは、私が楽しみにして村祭りへ行きたいと思わせる為だったのかもしれない。家に塞ぎこむ事の多い私を心配して。
「ありがとう。シヴ」
 そっと、私は呟く。勿論辺りには誰も居ない。
 シヴの前でもこんな風に素直に言えればいいのに。そんなことを考えて、少し面白くなる。
 私は村の教会へと向かっていた。
 村祭りが始まってしばらくは神父としての仕事がある。そう言っていたシヴは、きっとまだ教会にいるだろうから。
 そろそろかな。
 遠目に見えてきた教会に、私の足は自然と速まり、こころは弾み、そしてほんの少し警戒心が強まる。
 銀の髪に紫の瞳は、精霊の力で村娘と遜色ないように変えてある。だから特別何かをしなければ魔女だと言われることもないはず。けれど、警戒することは必要だ。いつどんな事が起こるか分からないのだから。
 そんな風に歩いていたその時、10メートルくらい先、教会の入り口から出てくる人影があった。
 それがシヴだというのはすぐに分かった。そして、シヴを追うように出てくる数人の村娘達。
 ピタリと、私の足が止まった。
 ピントが外れたカメラのように、目に映る風景は形を失う。その中ではっきりと映るシヴと娘達。
「シグルス神父〜。仕事が終わったら一緒に踊って〜」
 その声がやけに鮮明に聞こえる。
 キリ……キリ。
 こころが、締め付けられる。
 ざり。という土を踏みしめる音で、私は自分が後ずさっていたことに気が付いた。その音が聞こえたのだろうか。シヴがこっちを向く。
 一瞬の数倍。私とシヴは目を合わせていた。先に逸らしたのは私。
 シヴが娘達に何か言った後、小走りで私のほうに向かってきた。逃げ出したい気持ちを、私は必死で抑えていた。
「なんだ。結局来たのか」
 やだ。
「……こ、こないで」
 今にも消え入るくらいの声で、私はそう言った。
「…………は?」
 シヴはびくりと、そして真剣な顔つきになって言った。
「……バカみたい。お祭りも、踊りも! 私はそんなので浮かれたりしない!!」
 押し出すように早口でそう吐き出して、私は背を向けて走り去った。去り際に見えた呆然としたようなシヴの顔が、いつまでも頭から離れなかった。


「はぁ……ふぅ」
 あの場から逃げてしまった私がようやく一息ついたのは、村の中央広場辺りまで走った後だった。何も考えれない状態でただ走って逃げてきたので、行き先を考える余裕なんて無かったのだ。
 息を整えて辺りを見てみると、どうやらそこは踊りの場のようだ。沢山の人々が二人一組で輪になって踊っている。
 そうか。さっきシヴはこの踊りに誘われていたんだ。
 考えると、胸がチクリとする。
 何が、そんなのじゃ村の女の子たちにモテない。だろうか。昨日自分で言った台詞を思い返して可笑しくなる。
 シヴはあんなにも慕われていて、あんなにも――。
 シヴとシヴを取り巻く人々を見て湧き上がった感情は、嫉妬。それと絶望。
 浮かれていたのは私の方だったのだ。
 シヴが優しくしてくれるから、私はその優しさに甘えた。けれど二人の歩幅はどうしたって同じにはならない。私はシヴの歩幅で歩く事は叶わない。
 そんなこと。初めから分かっていたのに。村でのシヴを見て、私のイメージと全然違う、成長したシヴを見て。ようやく思い知らされたのだ。
「……」
 目に映るのは、踊っている人々の楽しそうな笑顔。なにがそんなに楽しいのだろうか。
 決まってる。
 帰ろう。一人はつまらない。
 そう村から出ようと思って振り返ったそこに、シヴが居た。
 肩で息をしているシヴ。きっと私を探して走り回ってくれたのだろう。
「……カグヤ」
 怒りの混じった声で、シヴは続ける。
「なんなんだよ。さっきの」
「……言葉どおりよ。さっきの子と踊りでもしてればいいじゃない」
 私は言い放ち、シヴの横をすり抜けて歩く。が、すぐにその腕が掴まれる。
「違う! そんなことを言ってるんじゃない!!」
 叫び、そして小さく声を落として続ける。
「……こないでって、なんだよ」
 私の腕を掴むシヴの手に力が篭る。
「……離して」
「……っ!」
 シヴは私の手を掴んだまま、強引に歩いて踊りの輪の中へと入っていく。
「な、なによ」
「踊る」
 シヴはそれだけ言うと、一度私の手を離した。そして私の目の前に手を差し出す。
「…………」
 差し出されたシヴの手を取る事を躊躇した私の手を、シヴは強引に取った。
 二人して、演奏に合わせて無言で踊った。それでも、やっぱり私は楽しさを感じ始めていた。
 しかし、シヴの顔は晴れない。いまだに不機嫌そうな顔。よほど怒っているのだろうか。
「……シヴ?」
 恐る恐る、私は言う。その声に、シヴが唐突に立ち止まる。
「……楽しくない。行こう、カグヤ」
 シヴはそう言ってまた強引に踊りの輪を出た。
 そのままシヴは私の手を引き、どこかへ歩き出す。私は何も言えずにただ後を追った。
 私はどうすればいいのか分からなくなっていた。
 私は、実際の自分の気持ちどうであれ、シヴと近すぎる関係になるべきではない。と、思っていた。
 自分の本当の気持ちなんて、痛いほどに分かっていた。でもそれを認めてしまうと。後に残るのは叶わぬ恋を望んでしまった絶望ともいえる悲しさ。
 先ほどの事で、私はそれを再確認したのだ。
 しかし、だからといって私はシヴのこんな顔を見たい訳ではなかった。
 いつもの無愛想とは違う。明らかに何かに怒っているシヴ。
 私はそんなにも、シヴを傷つけてしまったのだろうか。
 そのことが、私のこころを突き刺して。シヴの表情が、私のこころを締め付けて。
 痛くて痛くて、仕方が無かった。


 私が一言も喋れないまま、シヴが一言も喋らないまま辿り付いたのは、村はずれの丘の上だった。
 そこは村の喧騒とはうって変わって誰も居ない静かな場所だった。優しい風にさざなみのように揺れる、そんな草の音しか聞こえない。静かな場所。
「カグヤ」
 シヴのその声に、私は少し安心してシヴを向いた。いつもの声だったからだ。
 見てみると、さっきまでの怒ったような顔ではなく、いつもの無愛想に戻っている。
「ここは普段から誰も来ない。今日は村祭りだから、なおさら」
 シヴが話し出す。何のことを言っているのか分からずに、私は黙って聞く。
「俺はカグヤと踊りたかったんだ。だから、踊って欲しい」
 真面目に、そして照れて、シヴは手を差し出した。
 私は、唐突に理解した。嬉しくて、どうにかなってしまいそうだった。
 私はそれをシヴに悟られないようにゆっくりと息を呑み、震えるこころを落ち着けようとする。二、三度そうしたあと、私はすぅ、と。今度は大きく息を吸い込んで。
 ――変装を解いた。風にそよぐ純銀の髪が、視界の端に映った。
「喜んで」
 今度は私からシヴの手を取れた。シヴが微笑んだ。
 そして私たちは踊りだす。
 シヴが私をこの場所に連れて来た理由。それは本来の姿の私と踊りたいという事だった。髪も目も元に戻した、本当の私と。
 演奏は風のさざなみ。観客は小鳥。村祭りとは比べ物にならない、それは小さなダンス会場。
 流れるのはゆっくりと優しい時間。踊る二人の時間は、その時確かに重なっているように思えた。
 この手を繋いでいれば、私とシヴは同じ時間を過ごせる。到底叶わないと諦めてきたことが、この手を繋いでいれば叶う。
 そんな想いに、不意に何かがこみ上げてきた。
 それは涙。
 私はそれを見せまいと、精一杯の笑顔でシヴに微笑んだ。
 瞬間。シヴがそっぽを向いてしまう。
 やだ。
「……おいていかないで」
 思わず漏れてしまった言葉は、小さく、消え入るような声。
 こんなこと。伝えるつもりはなかったのに。そっぽを向いてしまったシヴが、また先に歩いて行ってしまったように思えて。
 そっぽを向いたままのシヴは、無愛想に右目を眩めている。そうだ。これはシヴが照れている時の癖。
 再びこっちを向いたシヴ。踊りは続く。
 さっきの私の呟きは、シヴには聞こえてしまっていただろうか。
 分からない。シヴは何も言葉にしない。
 けれど、気のせいだろうか。
 さっきまでよりも、ぎゅっと。その手は強く、固く、握られていた。

クリエイターコメントこんにちは、依戒です。
プライベートノベルのお届けにまいりました。

愛ですね、愛。

と、まず最初に。
この度は素敵なプライベートノベルのオファー、ありがとうございました。
お二人の素敵な過去の物語、楽しく幸せに書かせていただきました。

さて、長くなるお話は後ほどブログにてあとがきという形で語らせていただくとして、ここでは2,3。

今回。一人称の形で書かせていただきました。
理由は色々ありますが、想いというのを強く描きたかったので。
視点も、色々迷った末に香玖耶さん視点。

それともう一つ。
ツンとツン。というお二人ですが、今回、場面が場面だけに、素直さ過多で描きました。
キャラを崩しすぎてはいないだろうかと、そればかりが心配で。
お気に召していただけたら嬉しく思います。

さて、それでは。
最後となりましたが、
オファーPLさまが。そして作品を読んでくださった全ての方が、ほんの一瞬でも幸せを感じていただけたなら、私は嬉しく思います。
公開日時2008-10-05(日) 20:20
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