★ 塵は塵に 夢は夜に ★
クリエイター諸口正巳(wynx4380)
管理番号100-8416 オファー日2009-06-25(木) 22:42
オファーPC エドガー・ウォレス(crww6933) ムービースター 男 47歳 DP警官
ゲストPC1 レオンハルト・ローゼンベルガー(cetw7859) ムービースター 男 36歳 DP警官
<ノベル>

 6月13日の朝、いつものように、銀幕署の『DP部屋』には、DP警官たちの姿があった。彼らDP警官が特にそう宣言したわけでもないのに、いつの間にか彼らの詰所になっていた小会議室。それを銀幕署に返すときがきた。
 今日限りで、ムービースターはいなくなる。
 率先して部屋を片づけているのは、エドガー・ウォレスとレオンハルト・ローゼンベルガーだった。エドガーは印象深い事件のファイルや関連品を見つけてしまうと、最低5分は回想の時間を取られているので、あまり作業効率はよくない。対してレオンハルトはというと、まるでアンドロイドのように淡白に、無表情で、黙々と、まったく手を休めずに働いている。
「ほらレオン、こんなものが出てきた。雑巾だ。盛大にお茶をこぼして、皆で雑巾がけしたときの」
「……」
「ほらレオン、これこれ。君があのとき燃やしたウサ耳だ。よく燃え残ったものだよ、うんうん」
「……」
「この事件も無事解決してよかった。しかしまさか犯人が筐体に潜りこんだゴキブリだったとは」
「……」
「あのゴキブリを見たときの彼女の顔を覚えているかい? はっはっは」
 そんな小さなことまでよく覚えているな、ということまでエドガーはよく覚えている。もちろん、人の生死がかかわる大事件について記したファイルも山ほどあった。レオンハルトは終始無言だったが、大事件ファイルのような、回想に時間がかかりそうなものを冷静に見極め、エドガーの視界に入らないよう、迅速に段ボールの中にブチ込んでいた。
 おかげで事件簿はすぐに片づいた。レオンハルトは鼻でため息をつく。この段ボールの中に詰まっているのは、ムービースターやムービーハザードが起こした、非現実的な事件ばかり。一応銀幕署の刑事課に引き渡しておくが、銀幕市が現実に戻れば、これらの事件簿が紐解かれることはないだろう。倉庫の片隅で、ひっそりと埃をかぶっていくのだ。もう二度と、こんな『魔法』は起こらないのだから。
 レオンハルトはわざわざガムテープで蓋を閉じておいた。
 しかしエドガーの回想オンパレードはとどまるところを知らず、DP部屋の整理は朝から夕方までかかってしまった。


 銀幕署の関係者は、しんみりしながら、無理やり笑いながら、泣きながら、DP警官たちに別れを告げた。刑事の中には、度重なる非現実的な事件に音を上げて、何から何までDP警官をはじめとしたムービースターに事件解決を丸投げした者もいる。レオンハルトが毛嫌いしたのは、そんな連中だった。
 自分のようなムービースターを頼ってくる市民を、ひとまとめにして蔑視しているわけではない。すべての市民が、自分の手で自分の身を守れるわけではないのだ。レオンハルトは非力な人間には救いの手を差し伸べた。だが警察は違う。警察は、非力な市民を救うためのものではないか。
「じゃあ、ありがとう。頑張って。そうだ、科捜研のほうに人はいる?」
 レオンハルトの冷めた物思いに、エドガーの声が割って入る。
 彼はレオンハルトとは違った。いかなる場合も、警察に協力を惜しまなかったのだ。レオンハルトのような、重い腰は持っていなかった。今も肩を叩き、ときには抱き合って、別れを惜しんでいる。
 エドガーは若い黒髪の女刑事に、とある若い科学捜査官の所在を尋ねていた。残念ながら、エドガーの目当ての捜査官は、署にいないようだった。
 エドガーは、若い女刑事と、その相棒のベテラン刑事と順番に握手をした。
「ほら、君も」
 エドガーに引っ張り出されて、レオンハルトもそのふたりと握手した。仏頂面だったが、彼はそれを拒まなかった。彼が軽蔑する警察関係者とは、まったく比べるのも失礼なくらい、そのふたりは優れた情熱を持っていたから。
 ひととおり握手と挨拶が済むと、レオンハルトはさっさときびすを返した。もう、銀幕署に用はない。あとは自分の用を済ませるだけだ――彼はそう思っていたのだが、エドガーは彼を逃さなかった。
「レオン。まだ時間はある。どうだい、一緒に?」
「……酒か?」
「それはあと。詰所で嫌になるくらい飲まされるよ」
「……では、どこへ?」
 エドガーは軽く肩をすくめて笑っただけで、行き先を言わなかった。
 レオンハルトは、黙ってエドガーを見つめていた――5秒ばかり。エドガーはただ微笑を浮かべて立っていただけなのに、レオンハルトは根負けしたかのようなため息をついた。
 彼は、エドガーについていった。


 エドガーがレオンハルトを連れて行ったのは、杵間山の展望台だった。
 ここからは、銀幕市の全景が一望できる。ハリウッドを見下ろすマルホランド・ドライブのごとく。
 海が見えた。破壊された銀幕ベイサイドホテルも、海に浮かぶダイノランドも。街と海は、空を染める濃いオレンジ色の光を受けて、音もなく輝いていた。太陽はもうじき沈みそうだ。
 恐らく、ダイノランドは今の時間で見納めだろう。夜が明けたときには……きっと、なくなっている。漁船やタンカーが行き交う、平凡な水平線が戻ってくるのだ。
 ベイサイドホテルを含め、戦いによって傷ついたベイエリアが完全にもとのとおりになるところを、ムービーターは見られない。それだけが、エドガーにとっては、少し残念だった。
「でも、晴れてよかった」
 エドガーは大きく深呼吸した。
 日本の6月は雨や曇りばかりだ。だが、6月13日の銀幕市は、朝から夕方まで快晴で、空気もからりと乾いていた。天候を操れるムービースターの力だろうか? もしくは、神の情けか? もちろんただの幸運かもしれない。
「前にここに来たのは、ベヘモット戦が終わったときだったかな。あのときもいい天気だったね。そうだ……ここでタロスと会って、『希望』について話したんだ。覚えてるかい?」
 レオンハルトは何も言わない。柵に肘をつき、エドガーの言葉を聞きながら、銀幕市と海を眺めている。
 応えがなくてもかまわずに、エドガーは続けた。
「あれからは、まさに怒涛の展開だった。ただただ大変だったね」
「……」
「でも、こうして無事に終わりの日が来た。『無事に』と言うのもへんな気がするけど。ともかく、君と共にこの日を迎えられて良かったよ。本当に、そう思っているんだ」
 エドガーは笑顔で、レオンハルトの肩に手を置いた。レオンハルトは相変わらずの仏頂面で街を見下ろしている。エドガーの手を、振り払おうともせず。
「君からそのような台詞を聞くとはな」
 しかし、レオンハルトはそこで口を開いた。
「魔法の終わりが来ることを良しとするムービースターは、私だけなのだろうかと考えていたところだ。私は、もう二度とこのような事象が起こるべきではないと考えている。だが、終わりを受け入れられず、この不条理な夢が永劫に続くことを望む者は、驚くほど多いようだ」
「そうでもないさ。君の考えが正しいと――この街をもといた市民に返したほうがいいと、考えていた人も少なくないはずだよ。あの〈選択の時〉でわかっただろう。あのとき、皆の本音が聞けたじゃないか」
「私が言っているのは、『君が』その考えに同調している……或いは理解を示しているのが、意外だということだ」
「ああなるほど」
 エドガーは苦笑した。
「俺たちムービースターに迷惑をかけられた人もいる。俺たちがいなければ……神の魔法なんてかからなければ、この銀幕市は、平和な日本の中の、栄えたまちのひとつでしかなかった。銀幕市は、平和と、世界の常識から、切り離されてしまったんだ。それは、君のお説教を聞く前からわかっていたことだよ。ずっと前から理解はしていた。同調だってしていたさ。君は間違ったことを言っていないのだからね」
「だが、やはり、私とは違う。君は市民のために時間を削り、血を流すことをいとわなかった。無能な警察や権力者さえ、君は救った」
「それは、皆が俺たちを『警官』として受け入れてくれたからさ。心強い味方だと思ってくれるのは光栄じゃないか。俺はその気持ちに応えただけだよ」
「理解した」
 レオンハルトは柵から離れた。
「君はお人好しだ」
「それで結構。恥ずかしいことじゃないよ、俺にとってはね」
 エドガーは柔和な笑みを浮かべ続けている。
「君にも、それがやっとわかってもらえたみたいだ。嬉しいよ、レオン」
「……」
 しばらくふたりは、藍がかり始めた夕暮れの下で見つめあった。
 最初に目をそらしたのは、レオンハルトのほうだった。
 その瞬間だった――エドガーの携帯電話が鳴ったのは。
「詰所で酒盛りが始まったみたいだ。思ったよりずいぶん早いなあ」
 通話を終えてから、エドガーは古くさい表現を持ち出し、苦笑いで肩をすくめた。
「早く来い、だってさ。ぱあっと飲みに行こう。全員が集まれるのも今日が最後なんだ」
 エドガーは、がっちりとレオンハルトの腕を掴んだ。レオンハルトが悪しき者の力を解放でもしなければ振り払えなさそうなくらい、大変な拘束力だ。彼は本気だった。レオンハルトはスターや魔法を頼る人間どころか、同じムービースター、果てはDP警官にさえ冷めているところがあって――要するに、いつも付き合いが悪かったのだ。
 しかし今日という日は、さすがに逃れられそうもなかった。


『ディヴィジョンサイキック』から実体化したDP警官たちの、「正式な」詰所というのは、銀幕署の小会議室ではなく、とある民宿だった。彼らはそこに私物を置き、ときには寝泊りしていた。実体化して間もない頃はほとんど雑魚寝状態だったが、やがてそれぞれが自分の住居を見つけて、民宿から出て行った。
 それからというもの、DP警官全員が一堂に会するのは、めったにあることではなくなっていた。いつも誰かがどこかで仕事をしているし、「付き合いが悪い者」もいる。しかし今夜、エドガーがレオンハルトを連行してきたことで、久しぶりにDP警官全員が顔を合わせることになった。杵間山からはかなりの距離があったので、ふたりが最後の到着となった。
 だが、いつまでも人数が揃っているわけではなかった。むしろDP警官が全員揃ったのは一瞬だったと言ってもいい。仲間はひとり抜け、ふたり抜けていった。また明日もよろしく、とばかりに、いつもの挨拶を残して。
 22時ごろ、レオンハルトも酒盛りから抜けた。エドガーが席を外していたときだった。彼はいつものごとく、あまり飲まず、ほとんどしゃべらなかった。それがいつものことだったから、誰も彼の態度を咎めたりはしなかった。それどころか、レオンハルトが抜け出したことに、誰も気づいていなかった。レオンハルトはニンジャのように、気配を殺して、そっとその場を立ち去ったから。

「レオン」

 だが、縁というものがあるならば、それは恐ろしいもので――ちょうどトイレから出てきたエドガーと、宴の場を抜け出したレオンハルトは、民宿の短い廊下でばったり出くわしたのだった。

「……」

 レオンハルトは驚いた様子も見せず、振り返って、エドガーを見つめた。
 つい数時間前、黄昏の空の下、杵間山の展望台で、そうしたように。

 エドガーは微笑んだ。

「……」
「……」

 もう充分だろう。
 そうだね。お疲れ。……それじゃ。

 どちらからともなく目をそらし、エドガーは宴の席へ、レオンハルトは民宿の外へ、それぞれ歩いていった。エドガーが微笑みを浮かべ、レオンハルトは仏頂面。どこまでも、いつもどおり。
 けれど、それが最後。




 酔いつぶれた者もいれば、片づけを始めた者もいる。エドガーは後者だった。散らかったままのほうが詰所らしい気もしたが、放置しておけば、明日片づけるのはDP警官以外の――ムービースター以外の誰かなのだ。それはさすがに失礼だと、エドガーはほろ酔い気分をおして、後片づけを始めたのだった。
 ビールやチューハイの空き缶や空き瓶を集め、干からびたおつまみや大量のビニール包装を集めた。卓袱台をふきんで拭き、畳の上を丁寧にほうきがけまでした。酔いつぶれた者を起こして水を飲ませた。その姿は、日本の、古き良きおかあさんのようだ。
 詰所に最後まで残ったのは、エドガーだった。
 俺がやるからいいよ、と言って、仲間を帰したのだ。彼らには、最後に行きたい場所や、会いたい人があるようだった。エドガーの言葉に甘えて、彼らは思い思いの時間を過ごしに、民宿を出て行った。
 エドガーは、ここで終わりにするつもりだった。
 畳も卓袱台もすっかりきれいになったことに満足し、エドガーは自分のDP制帽を探しだした。そして、メモ帳にこうしたためた――。

『制帽が消えていなければ、銀幕署科捜研のMs.二階堂へ届けて下さい』

 できれば直接渡したかったが。
 いや、渡さずにすんだほうがよかっただろうか。
 もしかしたら、自分ごと、制帽は消えてしまうかもしれない。その可能性は高い。魔法は消えてなくなるのだ。きっと夢のように。
 笑顔や言葉と一緒に渡されたものが消えてしまったら、誰でもがっかりするだろう。
 こうしたかたちで残しておいたほうが、逆にいいのではないか。
 民宿の主人には、余計な手間をかけさせてしまうけれど。
 メモを書き終えたあと、エドガーは愛刀を取り出し、丹念に手入れした。昨日も一昨日も、この刀が必要となるような事件は起きなかった。それでも彼はこうして手入れを続けた。人を斬るために万全の体勢を整えておいた――わけではなく、単に彼は刀が好きで、こうして手入れするのが好きだっただけだ。終わりが来るまであと数時間もない。今日も、この刀を使わずに終わるだろう。
 納得いくまで刀を磨き上げると、彼は何となくレオンハルトの痕跡を探し始めた。ひと目で彼の姿や言葉を思い出せるような私物は、どこにも、何も、残されていなかった。ただ、彼がきちんと整理した書類が、ファイル立てに並んでいるだけ。ファイル立ての横に、小さな時計が置いてあった。
 時刻は、午後11時。
 レオンハルトがここを立ち去ったのは、ほんの1時間前のことだ。ずいぶん昔のことのように思える。
 彼がどこで、どんな風に、今の時間を過ごそうとしているか考えていると――不意に、ついさっきまで刀を握っていた手が震えた。まるで自分のものではなくなったかのようだった。
 ――シャドウ。
 ――俺は死にたくないんだよ。君もそうだろう。
 ――そんなことはない。俺は死ぬわけじゃない、ここからいなくなるのさ。
 ――死ぬのと、同じことだろう。
 ――刀はもう、しまったぞ。何が望みなんだ。
 ――さあ? 君の好きにするがいいさ。
 手など、震えてはいなかった。じっと見つめる自分の手は、自分の手でしかない。見つめている間、心の中で、言葉の応酬があった気がする。しかし結局、何も起こらなかった……誰かが何かに、一切の興味をなくしてしまったかのようだ。
「?」
 外で大きな物音がしたような、そんな気がした。
 エドガーはカーテンを開け、窓を開ける。
 やけに澄んだ夜空に、星が散らばっている。冬の空でもこれほど美しくはないだろう。エドガーは驚き、思わず、「おお」と声を上げていた。
 それからエドガーは急いで部屋の明かりを消した。星の輝きはいっそう強まり、そのまたたきさえ見えるほどになった。
「……どこで見ても、空は空だな。俺たちがいた世界の空も……この世界の空も……結局は同じだ。フィルムに映されたものなのだから。どこに行っても……同じ空がある――」

 終わりだ……、終わりが来る。
 誰もが空を見上げたとき、それを感じた。
 エドガーは不意に、左の薬指の重みを意識した。
 レオンハルトは不意に、生温かい風が頬を撫でたことに気づいた。




 レオンハルトの前には、篝火がある。
 今は、暖を取らねばならないような時期ではない。かといって、ただの灯かりにしては強すぎる炎だ。人の頭くらいの大きさのものを燃やすには、もってこいの火力と大きさ。レオンハルトの前に、そんな火がある。
 風が吹いたわけでもないのに、ごおう、と炎が激しく揺らぎながら背伸びをした。
『我には判る。我は総てを識るが故。汝が亡骸を灰とすれば、多くの罪無き民が肩を落とす。其れが何故か、知りたくはないか』
 炎の奥から、朗々と〈無価値の名を冠する者〉が問いかけてくる。恐ろしいことに、その声は、たいていの人間の心をたちどころに奪えそうなほどに快い低音なのだった。
 しかしレオンハルトが、今さら動じるはずもない。彼は吐き捨てるように答えた。
「知りたくもない」
 彼がそう答えることも、〈無価値の名を冠する者〉はとうに知っていたのだろう。大きな哄笑を聞かせることもなく、いつもの薄ら笑いを浮かべ、篝火の中から姿を現した。仕立てのいいスリーピースを着た彼は、最期までレオンハルトに憑いたままだった。
『骸も残さず、人として死のうというか』
「死ぬのではない。消えるだけだ。ここに在ってはならないものが、本来あるべき姿――『無』へと還るだけ。私は人ではない。そして君は、悪魔ではない」
『面白い事を云う』
「総てを識る者であれば、知っているはずだ。我々は人に考え出されたものだ。人の夢想と記憶の中に存在するだけ。『ディヴィジョンサイキック』の世界は、人の記憶とフィルムの中に、明日から先も在り続ける。その中で、私と君とは、終わりのない戦いに明け暮れるというわけだ」
『其れが何を意味する?』
「私たちは、はじめから、どこにもいない。何も始まっておらず、従って、終わることもない」
『否』
 悪魔は炎の中で、笑みを大きくした。
『汝が、ここに在ろうと足掻かなかったに過ぎぬ。この地に確かな生の足跡を残した〈夢の落とし子〉も存在する。汝は彼者どもをも否定するか?』
「……彼らと私は、違うのだ。彼らは受け入れられ、受け入れられた自らを受け入れた。……私は、それを自ら拒んだだけだ。私の選択だ」
『夢幻が、選択をするか』
「中にはそのような夢もある。夢というのは……無数にあり、無限に広がっているのだから」
〈無価値の名を冠する者〉が、ゆっくりと目を細めた。
 夜空で、虹色の光が渦を巻き始める……。音もなく。星さえも巻き込みながら。
 レオンハルトは篝火に、自らにとり憑いた悪魔に、ゆっくりと近づいていった。
「少なくともこの街に存在した『私』の、望みは叶う。……悪魔め。私と共に滅びるがいい」
 Earth to earth, ashes to ashes, dust to dust.
 そのささやき。
 その祈り。
 レオンハルトはそれに包まれながら、篝火の中へ足を踏み入れた。




 ――ああ、なんてきれいな夜だ。
 エドガーは、渦巻く夜の虹に目を奪われた。
 白……黒……ピンク……ブルー……イエロー。飴玉のようなパステルカラーが、空へのぼって、渦の色の中に加わっていく。そのパステルカラーが何であるか、なぜかエドガーにはわかるのだ。
 夢を喰ういきもの。かれらは、神のもとへ帰ってゆくのだ。
 平均よりもずいぶん小さかった白いバッキーも、レプリカのDP制帽をかぶった青いバッキーも、あの、空に降る雨粒の中に入っているのだろう。
 それを眺めながら、エドガーは薬指の指輪に触れる。
 やけに温かい。自分の体が温めているとは思えないほどだ。それはあまりにも、不思議で、なつかしい温もりだった。
「ミリアム……。また、会えるかな……?」
 消えるムービースターが、映画の中へ戻るのか、宗教が語るあの世へ行くのか、それとも完全なる無へと帰するのか。誰も知らない、エドガーも知らない。
 けれど、希望を持っても罪にはならないはずだった。
 エドガーは、亡くしたひとが自分を出迎え、抱きついてきて、口づけをくれる光景を思い浮かべた。
 その瞬間、確かに、彼は彼女と再会したのだ。


 時計は、午前0時を指した。




〈了〉

クリエイターコメントオファーありがとうございました。納品締切日の関係で、お届けが前後してしまったことをお詫びします。おふたりの最後の日の描写が、ご満足いくものであれば幸いです。
公開日時2009-07-21(火) 09:50
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