★ ギャリック海賊団、最後の戦い ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-6117 オファー日2008-12-28(日) 22:13
オファーPC ギャリック(cvbs9284) ムービースター 男 35歳 ギャリック海賊団
ゲストPC1 ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
ゲストPC2 ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
ゲストPC3 セエレ(cyty8780) ムービースター 女 23歳 ギャリック海賊団
ゲストPC4 ヤシャ・ラズワード(crch2381) ムービースター 男 11歳 ギャリック海賊団
ゲストPC5 アゼル(cxnn4496) ムービースター 女 17歳 ギャリック海賊団
ゲストPC6 ロンプロール(cbwr9939) ムービースター 男 43歳 ギャリック海賊団
ゲストPC7 ブライム・デューン(cdxe2222) ムービースター 男 25歳 ギャリック海賊団
ゲストPC8 ナハト(czmv1725) ムービースター 男 17歳 ギャリック海賊団
ゲストPC9 ジュテーム・ローズ(cyyc6802) ムービースター 男 23歳 ギャリック海賊団
ゲストPC10 ヴィディス バフィラン(ccnc4541) ムービースター 男 18歳 ギャリック海賊団
<ノベル>

 ギャリック海賊団。それは、誇り高き者どもの集まり。
 無法者が幅を利かせる世の中において、海賊でありながら義を失わぬ者達。
 殺しには手を染めず、堅気から奪わず、時には慈善事業も行う――。今や、物語の中にしか存在しないはずの、気高い精神の塊。
 まさしく、人々が思わず支持したがるような、好漢たちで構成されている。それが、ギャリック海賊団である。
「よーし、野郎ども! よく聞け!」
 その彼らが今、乾坤一擲の戦いに、向かおうとしている。
 もう、決戦は始まる直前。連合軍の各部隊がそれぞれ、命を賭けろ、生き様をみせてやれ、と怒号のような雄たけびを上げている。
 そんな中、ギャリックはいつもの豪快な笑顔で一同を見渡しこう言った。
「死ぬ事はこのキャプテン・ギャリック様が許さねえ。いいか絶対に生き延びろ。分かったなっ!?」
 ただ、一言。それだけで、充分だった。団員全てが、湧き上がるように歓声をあげた。
 皆、もしかしたらと思っていた。皆で顔を揃えるのも、これが最後かもしれないと。
 戦いの前、そう覚悟していただけに、ギャリックの言葉はずっと胸に響き消えなかった。誰もがこの団に居る事を誇りに思っただろう。
 開戦の合図の音が空高く響き渡る。それぞれの決意を胸に、海賊達はそれぞれの持ち場へと駆け出した。

――いよいよ、始まるか。

 崇拝に近い敬意を受けながらも、ギャリックはこの期に及んで、いささかの不安を感じている。
 団員の誰もが、ギャリックを信頼し、『あの人は間違わない』『あの方に任せておけば安心だ』と思っていた。そしてそれを、ギャリックは自覚している。
「死なさねェよ。誰一人、な」
 いわば、彼はこの集団の父であった。なればこそ、守ってやりたい。完璧な大人としての役目を、果たしたい。
 そのためならば、彼は己の身を危険に晒すことなど、何とも思わなかった。自己の命よりも、大切な信念があるからだ。
 ――命を軽く見ているわけでは、無論ない。ギャリックは、ただ『進め』と命ずるだけの無能者には、なりたくないのだ。むしろ『我に続け』と、先陣を切って危険に飛び込み、部下を鼓舞したがる系統の指揮官である。命惜しさに恐怖から逃げることは、何よりの屈辱と捉えてしまう。
 荒くれの長としては、それでよい。だが、結果として、危機に陥ることもある。ギャリックは、それさえも理解していたが、問題視することはなかった。なぜなら、自分の力量以上に、仲間の実力を信じていたからである。



 ことの発端は、子供の喧嘩だった。お互いの出身が港町で、しかも両町が仲の悪さで有名な所であったのが、この争いの規模を大きくさせた。国境を挟んだ、二国間での出来事であったことを考えると、最悪の事態を呼ぶ舞台は、最初から整っていたのだともいえる。
 喧嘩の結果、一方の子供が泣かされて帰ってくると、その子の父親が向こうの家庭に殴り込んで、一家に暴行を加えた。当然、その父親は投獄されたが、事は収まらない。もともと悪かった街同士の感情が、これをきっかけにさらに悪化したのである。
 海を侵して、勝手に海産物を拝借したり、お互いに船を見つけると、嫌がらせに腐った魚を投げつける、威嚇目的に銃を撃つ……など。これが行き過ぎて、船を衝突させた挙句、積荷を強奪する事件にまで発展すると、もはや溝は深まるばかり。
 収まりが付かなくなって、今度は町が所有する艦隊同士で、派手に撃ち合うところにまで発展。外交官が飛んできて、国家が仲裁に入ると、ようやく事態は収束するかと思われたが……これが失敗。むしろ両国間の確執を再認識させ、争いを煽る結果に終わる。
 次に国家元首が同じテーブルに付いて、事件の落とし所を模索した。――が、両者共に、己の非を認めず、相手を糾弾する姿勢を崩さなかったことから、妥協の余地はないと判断。ついに、戦争が開始されるに至る。

――笑っちまうのは、この件に海賊が深く食い込んでるって事だ。

 ギャリックの目からは、大人まで子供の喧嘩に付き合っているようにしか見えない。それを煽る連中も、同様に程度が低いと思う。
 ある一つの海賊団が、この騒ぎに目をつけたのだ。それはギャリックたちのような、筋の通す好漢とは違い、ひどく低俗な無法者どもの集まりだった。
 といっても、悪知恵が働く程度には、有能であるらしい。連中は、敵対する二つの町、ひいては国家間の争いに飛び込み、己を売り込んだ。

『敵側に対する海賊行為を、公式に認めてほしい。そうしてくれれば、相手から物資を奪って弱体化させてやれる。分捕った物が入用なら、格安で売っても良い』

 この海賊団の悪辣なところは、これを両方に持ちかけたことだ。うまくすれば、、両方に不利益をもたらし、自己の利益のみが増大する。
 しかも、どちらもが物資の不足によって戦争が泥沼化するから、より長く稼げる。……よほど、弁舌に長けた仲間がいたのだろう。結果として、無法者たちの言い分は全て通った。
 持ち掛けられた方にしてみれば、海賊が勝手に敵側を弱らせてくれるのだ。受けない理由は無い。……たとえ有効でも、軍にやらせるには、汚れた役目である。全ての物資を輸送するには、軍艦だけでは足りない。当然、中には民間の船舶も含まれる。
 戦争とはいえ、民間の船を襲うのは、ひどく格好が悪く、世間の印象も悪い。何より民衆の力が強くなり出している近代において、国民、特に国家をまたにかける商人を敵に回すのは、リスクが大きすぎた。海賊が自ら申し出て、やってくれるのならば、押し付けたいと思うのが心理である。
 そうして、この件が発覚するまで、彼らは好き放題にしていたのだ。――ギャリックと、彼の好敵手が事の真相にたどり着くまでは。
「気に、食わねェ」
 だから、自ら乗り出して、戦う。競争相手であり、時には敵対する『彼ら』と手を組んでまで。
 ……まあ、ギャリック自身は『彼ら』に好意すら抱いており、たびたび衝突するのは、単に場の巡り合わせが悪いというか、成り行きに近いことが多い。
 無法者、外道と比べるなど、失礼であるだろう。ギャリックとしても、『彼ら』は別格だ、という印象を受けている。そう、まるで『物語の主人公』のような……そんな品格を感じることも、少なくはなかったから。

――今は、関係ないがな。一緒に海に乗り出せば、もう仲間だ。まあ、あいつらはあいつらで、勝手に動くだろうが。

 かくして、ギャリック海賊団と、その他の混成艦隊が出来上がった。『彼ら』の中には私設の軍隊まで持っている奴がいる。今回は、それを全て動員したという話であった。
 現在、艦隊の先頭はギャリック海賊団が勤めているが、その周囲は全て『彼ら』の私兵で埋まっている。たかだが海賊を一つ潰すだけなのに、ご大層な話だとは思うが――。
 しかし、これも一種の戦争と考えれば、正しい判断であろう。やっていることは外道だが、連中は相当羽振りがいいはずだ。その財産で人数を多く雇っているであろうし、船を改造して戦力を強化してもいるだろう。新たに船をいくつか買ったかもしれない。
 ならば、万全を期すのは当然の処置。ギャリックはそう思いなおし、海を見つめた。……青々とした、美しい風景。今は太陽が雲に隠れ、風も湿り気を帯びている。
 これが陸ならば、辛気臭くも感じようが、海の上では全てが様になる。この海原は、何度見ても新鮮味を感じて、慣れることがなく、さまざまな顔でこちらを楽しませてくれた。時に覗かせる、恐ろしい面でさえ、彼には魅力的に写る。
「日は曇り。波はまあまあ。季節的には、霧が出ても可笑しくはない……が、どうかな」
 戦闘に突入してから、終わるまで。果たして、海はどのように表情を変えてくるのだろう。
 不安といえば、不安ではあった。なんと言っても、海の天候ほど移り気な存在は、そうないのだから。

――人事を尽くして天命を待つ、ってか。気にしても、どうしようもねぇ。……さて、そろそろ、か。

 この先に、敵がいる。
 殺し、奪い、民衆を食い物にする悪党が。
 ……決戦は、もう目の前だった。この戦いに勝利しても、国家の争いを直接収めることが、出来るわけではない。しかし、確実に民間人の被害は減らせる。外道を排除すれば、後は国家の問題だ。そこから先は、きっと『連中』がうまくやるのだろう。
 この戦闘の結果は、国家の未来を左右する。自分たちの勝利が、より良い未来につながるのだと、ギャリックは信じていた。だからこそ、彼はやる価値があることだと思い、命を賭けるのだ。



 交戦の前日、ギャリックの演説より、およそ半日前……団員たちは最後の点検を行っていた。
 各自の武装の整備、糧食の用意、救護体制の調整……など。特に、作戦面での話し合いは、直前まで時間を取って行っていた。
「各員、通信機は持っているか? ――よーし、持ってるな。戦いが始まったら、きちんと耳に当てておくんだ。付けっぱなしでないと、役に立たないからな」
 この時代、情報技術も格段の進化を遂げてきている。現代科学と、古代の失われた技術。それを融合させて、体系付けた天才の出現により、一気に近代化が進んだと思えばよい。
 実戦に投入されるのは、これが初めてになるだろうが……こうして、通信機の小型化も成功している。
 雨の日には使えず、距離も1km以内に限られるので、そう使い勝手が良いわけではない。しかし一戦場に限るなら、確実に有用であろう。
 大元の端末と、それを介して声を伝える小型の通信機。片耳を完全に覆う形ではあるが、それだけで全員の連携が密になるのなら、安い代償といえた。
「それは戦闘時の生命線だ。うっかり壊したり、するんじゃねェぞ? 海に落っことすのもナシだ。ま、そんなお間抜けさんは、この場にいないと思うけどよ」
 前線で、敵と刃を交える戦闘員たち。彼らを前に、ウィズは作戦の確認を行う。
 彼は、戦闘では他の団員と比べて、そう大差はない。だがひどく混沌とした戦場でも、冷静に全体を客観視できる才能が、彼にはあるのだ。どちらかといえば不真面目な方であるし、口から先に生まれてきたような、軽いおしゃべり男……と評されることもある。だが、これで一隊の指揮を任せれば、なかなかの結果を出すのだ。皆もそれは承知していたから、一定の信頼を彼に向けていた。
 今回ウィズは、最前線で戦況を把握し、ギャリック船長を含めた戦闘班の指揮を執ることになっている。こうして、作戦をおさらいするのも、その役割の一環だった。
「オレは、指揮こそ任されているが、ああしろこうしろと、そんな風に命令するつもりはねぇ。というのも、だ。……今回の戦いは、これまでとは規模が段違いなんだよ。戦況の把握だけで、精一杯になる可能性が高い。だから――オレは、通信機で情報を伝達することに集中したい。可能なら、手は適当に出すつもりだがね」
 ウィズはこの時点で、戦闘がひどい乱戦となる事を予測していた。
 ギャリック海賊団は、他の部隊と比べると小規模だが、だからといってまとめるのが簡単なわけではない。一度戦いの場に突っ込んでしまえば、そこには不確定要素が満ちている。
 敵味方が入り乱れて、なにが正しく、なにが間違っているのか。勝っているのか負けているのかさえ、決定的な場面まで進まぬ限り、理解することは難しい。そして決定的な所まで進んでしまえば、後はどう動こうが結果に対した差はない。
 全滅か、勝利か。……改めて、身に背負う荷物の重さを、ウィズは実感する。
「団長は? この場には、顔を出してないみたいだけど」
「団長は、明日に備えて早めに休んでもらってる。……あの人は、一番危険な役回りこそ、好んでやりたがるからさ。だからせめて、体調くらいは万全にして欲しい。どうせ、自重しろって言ったって、聞きやしないんだから」
 セエレの問いに、ウィズは冗談めかしながら、答えた。……問題は、その内容が冗談ではすまされないことだった。
 ギャリックは、本気で最前線に身をさらすだろう。一団の長が、自ら危険を顧みずに、一兵卒のような真似をする。これが軍隊であれば、士官として不適格と断じられるところである。
「と、いうことは……うちのボスは、先頭で敵と斬り結ぶつもりか。いつもながらに、豪快だな、あの人は」
 ブライムが、苦笑しながら言う。仕方ないな、と受容するように呟いて。
 それに続いて、ヤシャも口を挟んだ。
「だったらさ、俺らも頑張らないとな! 親分には負けてられねぇ。いや、他の連中にだって、負けてやるもんか! あの人の後ろについたままじゃあ、つまんないしな」
 元気の良い、子供である。そんなヤシャを、ウィズはそっと諌めた。頭に、手をのせて。
「わかったわかった。……団長と同じくらい、目を離せない奴がいる。みんな、覚えておこうぜ?」
「ちょ、なんだよ、それ」
「威勢の良さは、子供の特権だ。――ま、頑張れよ」
「バカにしてるだろー! こら、頭から、手、離せって――」
 ヤシャをひとしきり弄ると、ウィズは作戦の概要について、続けて述べた。
 具体的には、『戦況をウィズが伝え、各員はそれを活かし、独自の判断で行動する』……と。これだけ、である。
 複雑な戦術を組み立てたところで、実行できるものではない。ギャリック海賊団は、もっと奔放な集団だ。型にはめるより、個人の持ち味を好きなように生かすのが、一番良い。
「もちろん、どこに向かって、どうするかは、確実に報告してもらう。――で、オレがその行動の情報を、必要な奴らに伝えて……結果が出たら、それも追加で知らせる」
 結果として、情報が入り乱れることになる。それらを瞬時に判断、取捨選択し、仲間へ伝達。言うは容易いが、実戦の混乱の中で、どこまでの精度を保てるか。それは、ウィズの資質一つにかかっている。
 彼は、増援が必要ならその場所を告げ、援軍が向かったなら、相手と周囲にこれを伝えねばならない。一手でも間違えたり、迷ったりすれば、悪影響は全体に回る。
 不安は大きかったが、ウィズはこの役割を放棄しなかった。必要なことだと信じていたし、自分がやらねば誰がやる、とも思うから。
「なるべく戦場を俯瞰できるように、高い場所に陣取るつもりだが、これはあまり当てにはできない。狙撃の危険があるし、高所には敵も注意を払うだろうから、そう長くは留まれないと思う。それ以降は、皆の声だけが、頼りだ。……いいか? 報告のし忘れだけは、やめてくれよ。真面目に生死にかかわるからな?」
 こればかりはウィズも、念を押した。情報が正確ではないことより、情報がまったくないことの方が恐ろしい。
 皆も、そんな彼の心境は理解しているのか。一様に、頷いた。ただ、ウィズのこの神妙な態度は、一部の者に懸念も抱かせたようである。
「ウィズ兄、不安なのか?」
「……そりゃ不安だし、怖くもなるさ。いくさってのは、そういうもんだ」
「そうじゃ、なくてさ。――ああ、なんていうのかな。とにかく! ……らしく、ないんじゃないかなって。ほら、今日のウィズ兄は、いつもよりピリピリしてる感じがして」
 ナハトが、その幼い顔を陰らせて、そういった。彼はヤシャと同じ、年少組である。男の子同士、ということで、競争相手には丁度良いのだろう。ヤシャをライバル視し、ことあるごとに衝突している。
 それでも不思議と、嫌い合ってはいないようだった。このときも、ナハトの気弱な発言に対し、ヤシャは野次の一つも飛ばしていない。……茶化してよい話題でもないと思い、心のどこかで彼も共感していたのだろう。
「わっ」
「ばーか。……子供が、余計なことに気を回すな。おまえらは、いつもどおりでいいんだ。いつもどおり、元気に暴れまわってりゃいい。オレも、同じように好きにやらせてもらうんだからよ」
 ウィズは、ヤシャにしたのと同じように、ナハトの頭をかき回してやった。そうした後で、集った皆の顔を見回し、告げる。
「明日、決戦の前に、ギャリック団長が演説なさる。――辛気臭い顔のままで出てくるんじゃねぇぞ? だって、あの人が言うことは、いつだって同じなんだからな!」
 死ぬな、生き残れ。
 ……ギャリックは、いつだってそう言った。彼がもっとも辛く思うのは、仲間を失うこと。
 なればこそ、自分たちは生き残らねばならない。あの明るくて、強くて、すがすがしいくらいに綺麗な心を持った人を、悲しませるわけにはいかないから。
 これまでと同じように、勝って、誇ろう。ギャリック海賊団という存在の素晴らしさを、皆で噛み締めあうのだ。喜びを共にし、楽しみを分かち合う。その中に、負の感情はいらない。
「わかったら、これで解散だ。前祝に一杯やりたきゃ好きにすればいいし、楽しみを後に取っておくのもいい。――じゃあ、また明日な」
 ウィズは、誰よりもそう信じていた。だから、内心の恐怖を拭い去るように、一言を付け加えたのである。



 解散後、各人は言われたとおり、適当に過ごしていた。
 たとえばブライムは、夕食も終えた後だというのに、海賊喫茶で酒と肴をつまみながら、だらだらしている。
「明日、戦いに出るんでしょ? いいの、準備しなくて」
「武器の手入れくらいはしたさ。心配されなくても、俺はもう万全だよ。……んむ」
 チーズと干し肉を咀嚼しながら、ブライムは答えた。
 今、彼の中では乾き物が流行っているらしい。魚の燻製にも手を伸ばして、飽きもせず口いっぱいに詰め込んでは、それを咀嚼している。
「備蓄は腐るほどあるから、とやかくは言わないけど。……ま、いいわ。これも、前祝と思えばね」
 アゼルも苦笑しながら、これを受け入れた。
 見れば、他にも客はいる。ブライムだけが、緊張感を欠いているわけではないのだ。それがまた、ギャリック海賊団らしくもある。彼女は、そう考えていた。
「……あら、もういいの?」
「これで、充分だ」
「普段なら、追加で注文してくるのに。どんな心境の変化かしら」
 テーブルの上を綺麗に片付けると、ブライムは席を立った。彼が海賊喫茶で長居することは、珍しくない。
 特に、戦闘を控えた日には。今腹に詰め込んだ分など、彼にとっては味見程度の容量に過ぎない。だから、比較的早めに出て行こうとする彼を、アゼルは意外に思うのだ。
「帰ってきたら」
「え?」
「この戦いが終わったら、命一杯食いたい。そうしたほうが、きっと美味い」
 何か、不吉な物を感じたのは、アゼルの気のせいであったろうか。
 いや、きっと錯覚なのだと、彼女は思うようにした。
「そうね。空腹は、最高の調理料だもの」
「ああ。じゃあ、な」
「ええ。……良い夜を」
 ブライムを見送った後も、アゼルは嫌な予感を拭い去ることができなかった。いつもなら、ごく自然に思うはずの別れも、妙に意味深に感じてしまう。それがどうしても、気がかりでならなかった――。


 ヴィディスは、この日の夜もミシンを動かしながら、片手間にハサミと布を動かしカットしつつ作業し、団員のリクエストや自分のブランドの品々を作っている。
 中には、まだまだ手をかけねば物にならぬ品も多い。この一夜で、やり残した事を全て片付けるなど、不可能であった。
「やっぱり、死ねないな。こいつらが日の目を見るまでは、何としても」
 そして、これらが全て完成する頃には、また別の作品が生まれ出ようとしているのだろう。今度はそれを作り上げる為に生き延びたくなり、さらにそれを作り上げれば、また次の――と。
 今まで、繰り返してきたことだった。これからも、きっとそんな日々が続くと思う。

――俺は、死なない。なら、死なせたくない奴らの為に、俺は何をすべきなのか。問題は、これだけだな。

 ヴィディスの特種糸(ワイヤー)を用いた戦闘術は、磨きがかかるばかりで、衰える事を知らない。
 昼間に戯れに試してみたが、まったく問題なく、実戦で扱えることが確認できた。戦場の全てを、とはいくまいが、かなりの広範囲をカバーできるだろう。
 彼の特技は、ウィズにとって大きな助けになる。単純な戦闘力ではなく、柔軟な行動力や、広範囲に及ぶ制圧力という点で、ヴィディスは団員の誰よりも勝っていた。
 といって、調子に乗って乱用すれば、ここぞという場面で、役に立たない……という事もありうる。どんな技にも、限界はあるのだ。流石の彼も、両手がふさがった状態では、それ以上の行動はできない。
 もしもの時に備え、常に余裕は持たせておくべきだった。――まあ、ウィズにこちらの状況を把握させておけば、適当な時に、最良の手を打たせてくれるだろう。
 この点、彼は気楽に構えることが出来た。仲間を信じることが、できたからである。



 ロンプロールは、海図の作成を終えると、そのまま趣味のランプ作りに入っていた。
 元々口数が少なく、やるべき事を追求したがる性格なのである。次の日に決戦を控えていても、いつもと何かが変わるわけでもない。海に出れば、荒事が常であるし、これくらいで日課を怠りたくはない……という心理も働いていた。
 ヴィディスと似ているようだが、微妙に異なっているのは、彼の方が口が堅い分、余計に禁欲的に見えてしまうところだろうか。
 傍目からも、ロンプロールがランプをこしらえている様は、楽しそうには見えない。これが趣味ではなく、業務だといっても、通じそうな雰囲気である。
「……?」
 ちょうど、一つ仕上げたところで。ドアが、ノックされた。
 そして、答える前に、開く。
「ロンプロールさん、遅くなってごめんね? ――はい、洗濯物よ」
「……ああ」
 そういえば、朝方に汚れた衣服を渡しておいたのだった。ジュテームから洗濯物を受け取ると、それをタンスにしまう。
 清潔な繊維の、さわやかな匂いがした。これは洗剤の効力というより、洗濯した本人の技量が現われているのだろう。
「いつも、助かる」
 家事がまったく出来ないわけではないが、ロンプロールはここまで徹底できない。だからこそ、家庭的なアゼルに惹かれるのだし、ジュテームにも素直に感謝を述べられるのだ。
「あら、嬉しい。最近は、素直じゃない子が多いからねェ? 特に男の人は」
 ロンプロールは、自分が何か、口にすべきなのだろうと思ったが……。とっさに言葉が出ず、沈黙する。
「あたりまえのことなんだろうけど、自分の仕事には、誇りを持ちたいじゃない? だから、ありがとね」
「……む」
「礼を言うのは、こちらの方だ、って言いたいのかしら? ……いいのよ、気にしなくて。単に、気分の問題なんだから」
 口を開く前に、内心を暴かれたような気がして、どこか気恥ずかしかった。ロンプロールはそれでも表情を変えなかったが、ジュテームは何となく、察したらしい。
「助かった、ありがとう、って。感謝されたら、こっちも嬉しくなるでしょう? 嬉しくなったら、そんな気分にしてくれた相手に、礼を尽くしたくもなるわ。明日も頑張ろうって思える。……そういうものよ」
 やはり、いつもより口数が多い。ジュテームの仕草が、どことなく余裕のないもののように感じてしまう。
 彼のような人間でも、大きな戦いを前にすれば、緊張するのか。ロンプロールには少々、意外でもあった。……が、それならば、言うことが一つある。
「明日、は」
「……?」
「たぶん、盛大に汚れる。だから、また頼む」
 ロンプロールは、どこまでも不器用だった。人を励ますのは、他の連中の役目だと考えていたし、自分には向いていないと思うから。
 それでも、精一杯に言葉を尽くしていたことは、ジュテームも理解したらしい。
「もちろん。いくらだって、汚してくれて構わないわよ。……綺麗に洗濯してあげて、お日様の匂いのする、着心地の良い衣服を渡すのが――私の役目なんだから」
 笑って返して、そうして退室した。ジュテームの顔に、もう陰りの色は見えない。
 それを確認すると、ロンプロールは再び、ランプ作りに精を出した。今夜中に、つくりかけを一つくらいは片せるだろうか。そんなことを、考えながら。



 ルークがウィズの私室に入った時、彼はひどく難しい顔で、ベッドに寝転がっていた。
 考えるべきこと、悩むべきことで、頭の中が一杯だったのだろう。これはいいところに飛び込めたな、とルークは判断する。
「もう夜更けだぜ? 今頃何か用かよ」
「……どうにも、つらそうだったからな。差し入れを持ってきてやったんだが、余計な気遣いだったか?」
 ルークは、ワインとグラスを持参で、部屋に来ていた。一転して、ウィズの顔がほころぶ。
「まさか。こういう気遣いは、いつだって歓迎さ。――ほら、座れよ」
「現金だな」
 酒の一つで直る機嫌なら、たいしたことはないのだろう。ルークは薦められるままにイスに腰掛け、ワインをテーブルに置いた。コルクを抜いて、二つのグラスにそれを注ぐ。
「赤か」
「白のが好みか?」
「いや。……どちらかといえば、こちらの方が大好きだ。わかってんじゃねぇの」
 満足そうにグラスを手に取ると、ウィズはまずワインの香りを楽しんだ。
 器から立ち上る香気は、鼻腔をつき、その豊かな感触を脳に伝達する。
「――うん」
 グラスを回して、しばし。彼は軽く目をつむって、嗅覚を集中させる。
 ウィズの好みからすれば、やや弱いか。しかし、どこか上品さを感じさせる、柔らかな香りだ。
「……へえ」
 口に入れて、味わってみると、また違う印象を受けた。最初に感じるのは、甘み。次に酸味が舌を刺激する。
 そして後味に渋みが軽く残り、喉へと軽やかに流れていく……。口から鼻に抜ける香りは、直接嗅ぐよりも当然強く、上品と表現するよりは、むしろ情熱的でさえある。
「悪くない」
 真っ赤な果実が、口の中で溶けている。そのような錯覚さえ、感じそうになった。これは、ルークに感謝しなければなるまい。
「素直に、美味いと言えないのか?」
「ああ、確かに美味いよ。――これ、どこのだ?」
 改めて賛辞を述べると、ルークは答えてくれた。
「ケイロン産だ。あそこは果物の産地としても名高いが、ワインの出来も相当なものでね」
「初めて聞いたな」
「有名どころでは、ないからな。地方の良酒、というところか。……まあ、これを機会にひいきにするといい」
 所詮は、一本のワインである。飲みつくすのに、さほど時間はかからなかった。
 短い間だったが、充分に堪能したと、ウィズは思う。そして、ここでようやく、彼はルークに問うた。
「で、本当に何の用だよ?」
「聞くのが遅いな。……いや、なに。景気付けの一杯を、誰かと一緒にしたかっただけさ」
 ルークが意味もなく、酒を持ち込んでくるはずがない。ただ純粋に飲みたいだけなら、自室でやればいいのだから。一人が寂しいなら、海賊喫茶でも賑やかには過ごせる。
 景気付けとはいっても、わざわざ自分を選ぶ必要などないはずだ。これは、よっぽどの理由があるのだろうと、ウィズは判断した。
「それだけじゃないだろ? 何か、相談したいことでもあるのかよ」
「……相談というか、心配になってだな。様子を見にきた」
 これは、ウィズにとっては意外であった。ルークがこうも率直に、人の心配をするところは始めて見たし、何より対象が自分であるという事実も新鮮だった。
「なんだそりゃ。今までオレの心配なんぞ、したこともなかったくせに」
「それは認める。が、今回は特別だ。……結局のところ、自分の命は、自分で背負うしかない。でも、その危険性を、お前はなるべく下げたいと思ってる。皆を生かして帰す為に、何が出来るか、それを必死で考えている。……今までにない、大きな戦いだからな。これまでと同じやり方では、目が届かないから、死なせてしまった――なんて。そんなことも、ありえなくはない」
「……回りくどいぜ。ルーク、何が言いたいんだ?」
 笑い事では済ませぬ、とばかりに、ウィズは鋭い目付きでルークを見やる。
 そして一呼吸置いて、彼は言った。気負わず、ゆっくりと。
「だからな、ウィズ。あまり自分を追い詰めるな。……お前は、一人じゃない。悩むくらいなら、吐き出せ。精神に余裕のない状態では、まともに働けないぞ?」
 一瞬、あっけに取られたように、ウィズは間抜けな顔をさらした。
 ルークが、自分を励ましてくれている。心配する、なんて次元を超えて、彼はウィズを気遣っているのだ。日常の態度との落差に、驚かざるを得ない。
 しかし、それが嬉しくないか、といえばまったく別の話。ウィズは顔を引きつらせながら、せめてもの悪態をつく。
「……この野郎。イラナイ子のくせに」
「ふん。今更強がったところで、腹も立たんな。……ああ、酒の追加はなしだぞ? 二日酔いは明日に障る」
 照れ隠しだと、ルークは気付いているのだ。そして彼のほうは、恥じるどころかむしろ堂々としている。
 己がどんなに恥ずかしい事を言っているのか、わかっているのだろうか? いや、わかっていて、開き直っているのか。
「わかったよ。なら、しばらく愚痴に付き合え。覚悟はできてんだろうな?」
「聞くくらいならな。ああ、好きなだけ、弱みをさらけ出せ。――俺は気にしない。だから、お前も気にするな」
 そうして、二人の談義はしばらく続いた。
 それが彼らの精神に良い影響を与えてくれたことは、きっとすぐにでも証明できよう。
 明日の戦いに勝利し、必ず皆でそれを祝うのだと。ウィズは、改めてここに決意したのである――。






「ルーク、お返しに一応忠告してやるがな。お前、こんな時こそ女を誘うべきだろ。オレみたいな男に走ってどうする」
「うるさい、黙れ。俺にそんな都合のいい相手がいてたまるか。……おい、ウィズ。なんだその微妙な表情は」







 ギャリックは、ウィズの部屋の前で、たたずんでいた。
 中から聞こえる明るい声に押されたように、その場から立ち去る。
「余計な心配だったか」
 そして、彼は自分の部屋に戻った。決意は、すでに固まっている。目下の不安は消え、もう恐れる物はない。
 明日は、暴れに暴れるだけだ。豪快にベッドに体を投げ出して、そのまま眠った。起きれば、そこからはもう、全てが戦いの為に費やされる。
 嵐でさえ、その直前では穏やかな顔を見せる。ギャリックもまた、総力戦を前に、体調を万全に整えるべく、体が欲するままに睡眠を貪るのだった……。



 そうして、翌日。ギャリックは団員の前で激を飛ばし、皆の士気を大いに盛り上げた。
 敵の艦隊を発見し、接触に至るまで。これは、かなりスムーズに進んだ。ギャリック海賊団は、全員が意気顕揚であったし、敵もまた、好戦的でありすぎた。

――ギャリック? どこの誰だ? 身の程知らずの田舎者が、なにを粋がっていやがる。

 と、いうのが敵側の率直な感想である。彼らは敵を蹂躙する事を躊躇わず、むしろ好む。この点から言っても、ギャリックたちとは相容れない。
 この期に及んで、穏便に事を済ませる、などという手はありえなかった。ぶつかり合い、決着を付け、どちらが正しいのか、ハッキリさせる。
「……見えたな。全員、戦闘態勢! 気迫で敵に負けるんじゃねぇぞ!」
 ギャリックの掛け声と共に、彼らの最期の戦いが、ここに幕を開けたのである――。



 ウィズは、甲板の上から、望遠鏡で敵を見据えていた。
 連中の戦力は、八隻。こちらはギャリック海賊団を含めて、ようやく八隻に及ぶ。戦力上の優位はない。
 だが、も、両方の船の装備が同じであれば、まず問題なくこちらが勝つ。……船員の練度は、確実にこちらが上だと、彼は疑っていない。
「――ああ、やっぱり、そう簡単には勝たせてくれないか」
 しかし、ウィズは楽観していなかった。敵艦隊のうち、一隻だけだが、恐ろしく重武装の船がある。……他の七隻は、海賊船としては上等、という程度で、こちらとさほど差はない武装であるが。
「呆れるぜ。ああも徹底するかね? 普通」
 ウィズの目から見れば、それはあまりに醜すぎた。過ぎた鉄量は、船の健康を損ねる。ごてごてと、敵を威圧するように並べられた砲台などは、なんと形容すればよい物か、悩んでしまう。
「悪趣味ね」
 誰の言葉か、と思えば、セエレだった。彼女も同じく、敵の船を眺めている。
「けれど、火力の差は攻撃力の差。下手をすれば、近接する前に沈められる。……私たちはともかくとして、こちらの他七隻は、どうなのかしら?」
「心配いらねぇ。後ろの連中だって、私兵とはいえ、いっぱしの海軍なんだ。賊にやられるような腕はしてないだろう」
 セエレの疑問に、ウィズはそう答えるしかなかった。流石に、他人の事情までは把握できていない。
 ただ、『あいつら』が用意した戦力が、雑魚であるはずがないと。それだけは、妙に確信していた。
「なら、いいわ」
 セエレも、特に深い疑いを抱こうとは思わない。そもそも、自分たち以外の存在を、当てにしようとする方が間違いなのだ。
 ギャリック海賊団は、自分たち以外のものに、頼りきろうとは思わない。できることなら、立ちふさがる敵は、自ら蹴散らしていくべき――と。これは、団員全ての、共通の認識といってよい。
「できれば、船内に敵を入れないでね」
 それだけ言って、彼女は甲板から出て行った。……結局、言いたかったのは、これだけらしい。

――保証してやりたいのはやまやまだが、戦場に確実はない。もしもの時は、頼むぜ? 本当に。

 ああいったものの、セエレは必要があれば、前線に出て戦うことの出来る人材である。後方任務も務まる器用さがあるから、今回は支援が主だが……もし、船内に敵が立ち入ったとしたら。その者どもは、彼女の剣の前に、叩き伏せられることだろう。
 さて、それを拝見できないのは、少々惜しいか? と思ったところで、ギャリックからの合図が来た。
「いくぞ、野郎ども」
 戦いに出る者全てが、彼の声を聞いた。ギャリックから言葉をかけられるだけで、気分が高揚する。戦いを前にしながら、恐れを忘れることができる。
 まさに、彼は一代の英傑であった。細かい理屈など、必要ない。ただ彼の元にいて、彼に従うことが、いつのまにか生きがいになっている。
 ウィズも、他の皆も、同じ認識であるはずだった――。



 戦闘の始まりは、轟音と共に。
 互いの船が砲撃を行い、鉄の塊が海を渡る。
「……さすがに一発目からは、当ててこないか」
 ギャリックは、潮のしぶきを体に浴びながら、突撃の瞬間を心待ちにしていた。正確に言うなら、船同士が近接し、乗り込めるようになる時を。

――接舷攻撃なんざ、軍人さんにしてみれば、好んで危険に飛び込む行為にしか、見えねぇんだろうな。

 船同士が隣接しなければ、当然乗り込むことなど出来はしない。隣接するということは、あの砲撃の中をかいくぐって進まねばならぬということである。
 また、近づけばそれだけ砲撃の命中率は上がるのだ。船体を偽装するか、よほど天候が悪くなければ、触れ合うほど近くに寄りながら無傷で接舷するなど、まずありえない。
 しかしこのとき、天候はギャリックらに味方した。もともと芳しくなかった天気が、ここで一気に悪化していったのである。
「風が……」
 遠くに見えていた霧が、風と共に近づいてきている。これが戦場に影響を及ぼすのは、まだしばらく先であろうが――天啓であることに、違いはない。
 ギャリックは、自らの操舵手の技量を信じていた。砲撃手の腕も疑ってはいないし、航海士から船大工まで、彼がその能力に不安を抱くような手合いは、一人も居なかった。
 だからこそ、無邪気に確信できる。己が先陣を切り、戦場に乗り出せる、その好機を。

――いけるな。

 そして、その瞬間が迫ってきたとき。ギャリックは、自らの剣を鞘から抜いた。接舷の準備ができたときには、派手に名乗りを上げながら、突貫さえしたのである。
「突っ込むぞ、覚悟ができた奴から、俺に付いて来いッ!」
 この期に及んで、迷う物などいよう筈もない。それがギャリック海賊団であり、彼の凄さであったといえる。
 間を置かず、彼に続く仲間たち。それらの顔には、不安などなく、自信があるのみである。
 これに敵対しなければならぬ、悪役の方にこそ、同情すべきであったろう。なぜならば、ギャリックが先陣を切って剣を振るった場合、その勝率は十割。今まで一度たりとも、彼らは不覚をとったことがないのである。
 つまり――連中にあるのは、ただ確実な敗北のみ。非道を成した者が、一旦負け始めたとき。坂道を転げ落ちるように、破滅の運命をたどることになるのが、この世の理と言うものであろう。



 ギャリックが率先して敵軍と接触し、最前線で奮迅する。彼は、戦闘の指揮官としては、まず水準を超える程度の能力しか持たない。
 しかし現場に出て、仲間を鼓舞する才能に秀でていた。彼が立っているうちは、何もかもが順調だと、皆は信じられたのである。これはこれで、得がたい資質といってよい。
「……大丈夫そうだな。なら、ここからは少し、自由にやらしてもらうか」
 であるからこそ、おのおのが最善と思う行動を、迷いなく取れるのである。通信機を通じ、ウィズに報告だけして、ブライムは秘蔵の魔剣を取り出した。
 普段はサーベルや短刀を愛用しているが、今回は特別な戦い。久々の、大戦である。大盤振る舞いをしなければ、勿体無いという物だ。
「じゃじゃ馬め。そうはしゃぐな。……本気を出すのは、まだ先だぞ?」
 魔剣に語りかけるように、ブライムは言う。魔、という字が付くだけあって、この剣は扱いが難しい。振るうたびに力を吸われるような感覚を覚え、適当に暴れまわっていると、あっという間に消耗してしまう。ゆえに、力加減を誤らないよう、常にそれを意識しなければならない。
「甘い甘い。素人の太刀筋では、俺を捉えられんよ」
 周囲に展開する敵陣に突っ込み、必要最小限の動きで、雑魚どもを薙ぎ払う。斬りつけてきたところで、所詮は雑兵。ブライムの剣術に及ぶわけもなく、全てが受け流され、無効化されていった。
「ん?」
 ふと彼が遠くを見れば、そこではヤシャが奮闘していた。デッキブラシを両手で構え、見上げるように大男と対峙している。片手間に回りの敵を打ち倒すと、ブライムは可愛い仔犬のために、一肌脱いでやることにした。
「あれは、骨が折れそうだな。……よし」
 素早く、魔術を展開させる。出力は弱く、さほど大きな威力はないが――ヤシャであれば、これをきっかけに良い流れを作り出すだろう。
 雷の衝撃が甲板を伝わり、大男の足元がゆらぐ。それを見逃さず、ヤシャはデッキブラシを思いっきり振りかぶると、脳天にそれを直撃させた。
「む?」
 が、そこで油断してしまったのだろう。大男を倒し、喜んでいる背後から、敵が斬りかかろうとしている。
 ブライムは焦りかけたが……すぐに、安心した。

――仕事が速いな、デザイナー。

 彼の目は、魔力の糸を確実に捉えていた。それがヤシャを守るように取り巻いていることを確認すると、彼は遠慮なくさらに前へと突き進んだ。ヴィディスがついているなら安心だと、そう判断したからである。
 そして敵船へと乗り込んで、彼は因縁の相手と出会う。
「……これはまた、奇遇だな」
 ブライムの言葉に、相手の男はとぼけたような口調で答えた。
「誰だ? あいにく、覚えがない」
「おいおい、ボケが始まるには、まだ早い年齢だろ? ……まあ、いい。この胸の傷の借りは、ここで返させてもらう!」
 かつて、ブライムは己の師を助ける為に、男に胸を刺されている。あの時は、師を庇うことに精一杯で、まともに立ち会うことができなかったが――。
 皮肉な運命のめぐり合わせで、こうして尋常な勝負を挑むことができる。それが例えようもなく、ブライムには嬉しかったのだ。




 ヤシャは、自分が守られている事を、特に認識していなかった。子供らしい視野の狭さ、といえばそこまでであろうが、この点は長じれば、いずれ消滅する欠点に過ぎない。
 彼の長所は、誰もが見守ってやりたくなるような、やんちゃな気質にある。
「どうだ! 俺だって、これくらいはできるんだぜ!」
 デッキブラシを振り回し、ヤシャは凄んだ。子供が虚勢を張っている……のではない。彼は本気で、己の優位を確信していた。この場では、その認識は正しい。
 ヤシャは、あまりに子供らしく、無邪気で疑う事を知らない。純粋に過ぎるということは、それだけ多くの人から好意を得やすいということ。団員が皆家族のような物である、ギャリック海賊団において、これは大きな特性であった。どこの家庭でも、手の掛かる弟は、常に兄に庇護されるものであるから。
「いくぞ! そらッ」
 ヤシャを守ろうとするのは、ヴィディスだけではない。彼が再びデッキブラシを振りかざし、敵に立ち向かった時――的確な援護が、背後から行われた。
 ボウガンの矢が、敵兵の足をかすめる。一瞬とはいえ、痛みに気をとられれば、機動力は落ちる。これを狙って、ヤシャはまた一人、敵を打ち倒した。
「へへ、やるじゃねぇか、ナハト」
 振り返って、見張り台のほうを見る。すると、そこにはウィズと、ナハトの姿が見えた。
 そして、ナハトが不機嫌そうな面構えで、こちらを見ている。彼が援護してくれたことを、ヤシャは素早く悟った。
「その調子で頼むぜ!」
 ヤシャはこれ幸いにと、調子に乗って攻め続ける。もしナハトに、この声が聞こえていたら、率直に悪態をついたであろう。
 何しろ彼は、決戦前の団長の言葉に号泣。子供の様にぐちゃぐちゃに泣いて泣いて、泣き通している。ゆえに、誰にも怪我などしてもらいたくはないし、無茶などもってのほかと考えていた。せっかくのギャリックの気遣いを、無にしてはならない。そう思えばこそ、無謀に近いヤシャの行動を、なかなか容認できなかった。
「おい、こら。何勝手にどんどん前に行ってやがんだよ。……ああ、くそ! 知らねぇぞ。知らねぇからな!」
 だが現実には、ナハトは見張り台の上、もっとも眺めの良い場所にいる。ヤシャを押し留めようにも、手が届かない位置であり、罵倒しようにも声も届くまい。こうなれば、仲間の無謀をフォローするしかなく、彼は狙撃に集中した。
 泣きじゃくった後であるからか、かなり落ち着いて、正確に狙いを付ける事が出来ている。ヤシャの無茶にそうして付き合っているうちに、いつしか絶妙な連携を、二人はこなすようになっていった。
「知らないっていっておきながら、必死になってるじゃねぇの」
「……こいつは貸しだぞ、犬ッころ。絶対倍にして返してもらうかんな!」
 ウィズのツッコミに、ナハトは答える暇もない。ボウガンの狙いを定め、撃ち、そして装填を繰り返している。
 訓練された兵隊と比べても、遜色ない働きであるが――ヤシャの突撃を補助するので、手一杯。他の部分にまで、手は回るまいと、ウィズは判断する。
 しかし逆に考えれば、ナハトさえ援護に集中していれば、ヤシャのことは心配しなくていい、ということだ。ここでヴィディスの力を他に向けてやれるのは、大きい。
 彼は改めてヴィディスに指示を飛ばすと、自らもボウガンを手にとり、可能な限り攻撃に加わった。そして通信機から情報を得て、必要な局面に、適切な要請を行う。
 戦いは、そろそろ佳境となる。乱戦が続けば、有利と不利が入れ替わることも、ままあるもの。敵がこちらの船に侵入してくることも、時には容認せねばならない。
 ……もっとも、その程度で取り乱したり、焦ったりするような連中は、この場にはひとりも居ないのだが。


 ギャリック海賊団の船は、突撃に際し、船にそれなりの損傷を受けている。深刻なものではないし、時間さえあれば、どうとでもなる傷に過ぎない。
 問題があるとすれば、現在が戦闘中である、ということだけか。
「急げ! ……敵は、手を緩めては、くれないぞ」
 ロンプロールが、船の修繕の為に、奔走している。実際に走り回るだけでなく、彼としては珍しい、大声を出して指示も行っていた。
 その傍では、アゼルも救護班として働いていた。怪我人を治療したり、叱咤激励、炊き出しをして修理班の労ったりと、縦横に活躍している。ギャリック海賊団の後方支援は、彼女を中心にして回っているといっても、過言ではなかった。
「傷は軽いわ。――ほら、元気を出しなさい。私たちはいつだって、あの人を信じて、やってきたんだもの。今回だって、無事に帰ってくるわ」
 気の弱っている仲間に、そう声を掛けると、アゼルはまた仕事へと戻っていった。
 特定の誰かに、格別の心配をかけられるような、そんな状況ではない。そうは思いつつも、ロンプロールは考える。……なればこそ、なるべく早めに戦いを終わらせねばならぬ、と。
 彼は、すでに戦場から程近い位置にまで、霧が近づいている事を察していた。こちらに到達する正確な時刻も、ほぼ読めている。
「ウィズ、聞こえるか」
 そうして、ロンプロールは報告する。この戦いで彼ができる、おそらく最高の働きが、この情報であった。

 戦闘が進めば、後方支援役とて、修理と治療にのみ専念できる状態ではなくなってくる。率直に言えば、敵の侵入によって、対応が迫られているということになるが――。
「それを持って付いてきて!」
 セエレは目の前の作業に忙しく、なかなか事態の変化をつかみきれていなかった。船大工として船内を走り回り、破損した船内の応急措置、状態維持の作業に夢中になっている。
 忙しさもあったのだろうが、この時ばかりは彼女も対人恐怖症を忘れ、手が空いている船員に指示を出して手伝わせていた。
「あなたは、あそこを。私は向こうを担当するから。――次の指示は、ロンプロールか、アゼルにでも聞いて。あの二人の方面には、まだ破損箇所が多く残っているはずだから」
 言葉少なだが、普段とは違いはっきり喋る。不思議と、何処がどう破損しているか確認してきたような指示であった。少なくとも、戦いが始まってから、セエレは二人とは顔もあわせていないはずなのに。
 勘と、センスか。あるいは神がかり的な、何かか。とにかくこの時のセエレは、通常時の二倍は有能であったに違いない。
 ……もっとも、流石に万能とまではいかず、敵の侵入を悟るまで、幾ばくかの時が必要であったのだが、これを責めるのは酷であろうか。

――来た。なら、私が。

 セエレも、覚悟は決めている。ギャリックが戦うと決めた時から、全力を尽くす事態を想定していた。船大工と海賊の誇りにかけて、船員と船の安全を確保せねばならぬ。
「船を守ることが、わたしの仕事。……だから」
 カトラスを抜き、敵と対峙する。幸い、非戦闘員と接触する前に、彼女は連中を捉えることが出来た。
 しかし、敵の目には、彼女も非戦闘員として写る。……少女の外見は、荒くれどもから見れば、あなどるに充分な要素を備えていたからだ。――もっとも。
「これでも、海賊……です、から」
 ほとんど瞬時に、彼らは切り伏せられた。下卑た笑みを顔に張り付かせたまま、数人が昏倒する。
 セエレのカトラス、その抜き打ちは、団員内でも受けられる者は少ない。後方支援役だからといって、油断した。それが、連中の敗因であったろう。
「他の、皆は……?」
 船は、人一人の手で、カバーできるほど狭くない。この場は押さえたが、別の箇所から侵入されれば、たまらない。……ウィズたちも頑張ってはいるのだろうが、敵も多勢だ。期待しすぎては破滅を招きかねない。
「どうか、無事で……。私、がんばるから……」
 自分ひとりなら、戦う自信もあった。だがこの場では、多くの仲間を守る事を、まず考えねばならない。セエレはまた立ち位置を変えながら、船内を走り回った。そして敵を打ち倒し、仲間を助けることに、全ての時間を費やしたのである。
 これによって、多くの者の命が助けられ、多くの敵兵が潰された。これだけでも、彼女が居てくれた事を、団員たちは感謝すべきであったろう――。


 アゼルが敵兵に遭遇した。これがどれほどの深刻さを意味するか、理解できる者は多くないであろう。
 彼女が倒れれば、士気は激減する。直接的な戦闘力ではなく、精神的支柱として、アゼルは重要な位置にいた。たとえ本人に、その自覚がなかったとしても。
「く……」
 とっさに、武器を探す。傍にある料理道具で、撃退しようかと思わぬでもなかったが――彼女にとって、料理道具は唯一にして最も自分の誇れるもの。暴力目的に、使用することはアゼルの誇りが許さなかった。
 最悪の事態を脳裏に浮かべた、アゼル。……取り越し苦労に終わったのは、本当に運が良かったといえる。
「危ない危ない。……うちの子には、手出しさせないわよ?」
 男は、後ろからシーツで顔を巻かれ、視界を失ったところを一撃。そのまま気を失った。まさに、奇襲としては見事な流れである。それにこの口調、アゼルには聞き覚えがあった。
「ジュテーム?」
「アゼルちゃん、怪我一つないみたいで、なによりだわ。嫁入り前の体に、傷はつけられないものネェ?」
 ジュテームは、最初のうちこそ攻勢に参加し、斧を鎖で操って、多くの敵をなぎ払っていたのだが……一度戦況が安定したと見ると、後方へ目をやり、仲間が危険な目にあわぬよう、配慮をし続けていたのだ。
 セエレと並んで、彼の守備における功績は大きい。女性陣や年齢低い子達などを特に意識し、避難や救護を助けている。この場でアゼルを助けたのも、その一環であった。
「助かったわ。……ありがとう」
「いいのいいの。また皆と一緒に、騒ぎたいもの。一人でも欠けてたら、楽しくないじゃない? 困った時は、お互い様よ」
「本当に、ね。――まだ敵が乗り込んでくるようなら、対処を考えないと」
「その点は大丈夫。連中はもう、こちらの攻勢を防ぐだけで手一杯だもの。……戦いには、勝っているわ。ギャリック船長が倒れない限り、もう私たちが苦労することもないでしょう」
 ジュテームの言に、アゼルはいくらかの不安を感じた。
 彼の言葉が正しいことは、感覚的にわかる。だがそれはつまり、船長の身に何かあれば、事態がどう転ぶか、わからぬというわけで――。
 たとえ限りなく低い確率であろうと、悪い展開に備えねばならぬ。後方を任されているという責任感から、アゼルは一層、気を引き締めた。ジュテームは怪訝に思ったが、特に指摘しようとはしない。
 彼には守るべき対象が多くあり、これから一回りして、完全に安全を確保しなければならぬ。
「じゃあ、私は行くわ。セエレもいるから、もしもの時は彼女も頼りなさい。……ロンプロールでもいいけれどね」
「? ええ、あなたこそ、気をつけて」
 こうして、後方の戦闘は終わりを告げた。これ以降、彼女らが脅威にさらされることは、なかったのだが――前線では、いまだに戦いが続いていた。


 ルークは、乗船してきた最後の敵兵を打ち倒すと、周囲を観察した。
「……いくらかは、逃してしまったか。くそ、乱戦になったのは、まずかったな」
 彼は、敵の乗船に備えて、事前にトラップを用意していた。初撃こそ、それで多くの敵を足止めし、戦いを楽な物にしてくれたが……この手の代物は、二回目以降は成功率が落ちる。警戒されれば、たとえ罠の発動に成功しても、被害は抑えられてしまうだろう。
 結局、数に押されてしまえば、自ら武器を取って応戦せざるをえなくなる。ルークは最初は銃で抵抗していたが、手持ちの弾丸を使い尽くすと、ナイフの投擲で、敵を戦闘不能にした。
 また、これも使い尽くせば、カトラスをもって近接戦闘を行った。状況がここまで切迫すれば、敵味方入り乱れての乱戦に持ち込まれる。そうなれば、どさくさに紛れて船内に入り込む物も、いくらか出てくるであろう。
 ……とはいえ、彼はセエレやジュテームが中にいる事を知っていたから、さほど焦ることはなかった。

――腹は、立つがな。……アゼルは、無事か? いや、どうせ無事に決まっているが、直接確認にいけないのが、悔しいな。

 目の前に居れば、命を張って助けに行ったであろう。だが、この状況。わざわざ船内を探りに行くより、前に出て一兵でも多くの敵を叩き伏せた方が、危険は減る。
 アゼルにしろ、他の仲間にしろ、ただの守るべき対象ではない。彼女らは、「共に戦う仲間」なのだ。ならば、戦場でこちらの優勢を確保し、後方の安全を勝ち取る方が、より建設的であろう。……なにより、通信機からは、不吉な報告など一度も入っていない。ならば、ここは攻めに出るのが最良。ルークは、そう判断した。
「あれは、ヴィディスか?」
 戦線へと向かう途中、ルークはヴィディスが一人、甲板でたたずんでいるのを発見した。声を掛けようかとも思ったが――途中でやめる。

――集中しているのか? 魔術にはうといが、どうも尋常な様子ではない。

 しばらく様子を見ていたが、轟音で注意がそらされる。何が起こったのかと、その音の方を見てみれば……。
「よし。これで、二隻か。……一気に、楽になるな」
 敵船が、もう一方の敵船と接触し、互いを傷つけあっている。この隙に乗じて、味方がこの二隻を砲撃。撃沈した。ヴィディスはこの過程を見ると戦果を口にし、満足そうに微笑んだ。仕掛け人が彼であることは、その態度で読み取れる。
 霧はすでに戦場を覆いつくしており、視界は悪い。そこで、ウィズ(あるいはロンプロール)からの情報を照らし合わせて、彼は的確に人傀儡を動かしていたのだ。魔術と言う優位性があったとしても、この戦場でそれを実行してしまえるのは、ヴィディスの能力が隔絶しているからに他ならない。

――相変わらず、恐ろしい技の冴えだ。これはもしかしたら、さっき罠を張った時も、密かに助けてもらっていたかもしれない。何か妙に、戦いやすい気がしていたからな。

 ヴィディスの気遣いには、頭が下がる想いであった。これは、あとで礼を言わねばならぬかと、ルークは思う。そして彼が今、二隻の敵船を沈めたことで、もう敵に組織的反抗は不可能になった。
 残りは、三……いや、二隻。敵の戦力は僅かだが、こちらは海賊団の一隻を含めると、総勢でまだ五隻残っている。これだけ差があれば、必ず勝つだろう。
 勝利は時間の問題。それがわかれば、何も心配することはなかったのだ。……その一報が入るまでは。
「……なに?」
 ギャリック、重傷。その報は、ルークのみならず、他の団員たち全てを震撼させたのであった。


 ブライムと、因縁の男との戦いは、長引いていた。彼とて、雑魚を相手にしているつもりはないのだから、長期戦は覚悟していたのだが。
「……魔剣での攻勢すら、防ぎきるか。まさか、ここまでやるとは、な」
 ブライムは一切手を抜いていない。最初から全力で、男と戦っていた。
「お疲れのようだな? 楽にしてやろうか」
「なに、これからさ!」
 あくまで余裕を見せ付ける男に、ブライムは吼えた。剣の技量では、間違いなく相手が勝っている。ここまで戦いつくして、理解できたのはそれだけだった。
 斬り、薙ぎ、払い、突く。
 弾き、避け、受け、切り抜ける。
 刃を交えれば交えるほど、不利になっていく感覚を、彼は感じていた。いつか、男に斬り倒される。そんなイメージさえ、湧き始めていた。
 十合、二十合と、切り結び続けて……ついに、ブライムは追い詰められる。利き腕を負傷し、右足を深く切りつけられた彼は、膝を折って、男の前に屈した。
「終わりだ」
「――ッ!」
 『別の意味で』覚悟を決めていたブライムは、この期に及んでも動揺がない。だが、この光景を黙って見られない。見てはいけないと思う存在が、この場にはいたのだ。
「ブライムッ!」
 他ならぬ、ギャリックである。
「ボス! 来るな……ッ」
 彼の制止も空しく、ギャリックはブライムと男との間に割って入り、そして――。
「がッ」
「……あ」
 ブライムの代わりに、ギャリックはその斬撃を身に受けた。仲間を庇った代償は、左半身への大きな切傷。放置すれば、命さえ奪いかねない、重傷であった。
「無事、か?」
 なのに、ギャリックは傷の痛みなど頓着せず、ブライムの安否を尋ねた。
「……ああ、ボス。俺は、無事だ」
「なら、よか、った……」
 気を失ったが、命まで失ったわけではない。このままでは遠からずそうなろうが、そんなことは絶対にさせない。ブライムは通信機を通じてウィズに連絡し、救援を要請した。
 声だけでも、相当に動揺し、慌てふためいていたようだが、誰かが活を入れてくれたのだろう。頬を張るような乾いた音の後で、しっかりとした声が聞こえてくる。
『ルークが近くにいる。団長はあいつに任せて、ブライムはそのクソッタレをぶちのめしてくれ』
「了解。……ほんとに、な。これで本当に、覚悟ができたよ」
 てきぱきと応急処置を施し、ブライムはギャリックをそっと寝かせる。
 男がこれを好機に、切り込んでくることも想定していたのだが――奇妙なことに、何も仕掛けては来なかった。ありがたくはあったが、不気味である。
「今度は逆の立場になったな。気分はどうだ?」
「……やっぱり覚えていたんじゃないか。食えん奴め」
 下品に笑う男の顔は、今すぐ恐怖に歪ませてやりたくなるほど、ひどく不快に見えた。
 圧倒できる相手と知った以上、勝負を急ぐ理由もないのか。あるいは、勝利を目前にして、ブライムを嬲りたいと思う欲がでてきたのか。どちらにせよ、こちらが遠慮してやるべき理由ではない。
 ほどなくルークが駆け寄ってきて、ギャリックを背負った。なんとなく状況を理解したのか、声も掛けずに戻っていく。その察しのよさが、なんとも彼らしい。
 これなら、ギャリックの治療は間に合うだろう。不安に思うべきことは、なにもなくなった。

――剣で勝てないなら……こうするしか、ない。近くに仲間がいないのも、好都合だ。……ボスを頼むぞ、ルーク。

 ブライムの顔色が変わった事を、果たして男は理解していたであろうか。なんにせよ、己の優位を疑わぬ愚者には、つける薬もない。
「この戦いを最後に、海賊団から抜けるつもりだった。……しかし、こんな派手なやり方で退場することになろうとは、あまり考えたくはなかったな」
「なにいってんだ? お前」
「わからないなら、わからないままでいいさ。……貴様と一緒に地獄に行くなら、それはそれでいい。運命だと思って、納得することにしよう」
 まだ理解できていない相手を尻目に、ブライムは意識を魔術の行使に集中させる。
 男も流石にこれには警戒し、ブライムに斬りかかるが――。

――生憎だが。この魔術に長い詠唱はいらないんだ。思いっきり、ぶっぱなす感触だけをイメージすれば、それだけで。

 その瞬間。ブライムは、因縁の男と共に、爆発に巻き込まれた。乗り込んでいた敵船も、この衝撃で大破。沈没の憂き目にあった。
 崩れ落ち、海へと投げ出される感触を、ブライムは最後まで感じ続けていた。相手の男が溺れる様を確認した後、彼は海に浮かびながら、空を見る。
「これで、勝った。……誰一人、死なせずに済んだ。なら、満足だ」
 自分の頭の上から、剥げ落ちた船の装甲が落ちてくる。直撃すれば、死ぬのだろうな。そんな益体もない事を、考えていた。



 勝敗は、決した。ギャリックも船に戻った後、アゼルらから治療を受け、意識もすぐに回復している。
 あとは、掃討戦に移れば完全勝利。その、最後のとどめを行う直前に、それは起きた。
 周辺の霧が、不意に晴れたのだ。そして、それと同時に、目の前にあったはずの敵船と、後方に存在していた味方。その両方が、消えていた。
「おい、なんだ、あれは」
 そして、ギャリックが指差した先には、見たこともない港があった。彼らの目からは、まったく異質に見える、近代の港。
 とりあえず寄港して、情報を集めてみれば――ここが、銀幕市という奇妙な街であることを知る。
「……まあ、いい。もとより、俺たちは根無し草だ。訳はわからんが、ここに居ろというなら居てやるさ。飽きるまで、な」
 ギャリック自身が不満を洩らさなかったことから、皆もこの状況を受け入れた。
 しかし、向こうの世界においていってしまった物。戦いの中で失った者を考えると、とても楽天的にはいられない。沈んだ雰囲気が、船内を包んでいた。
「ブライムの野郎、格好をつけやがって……。俺が大怪我した意味が、ないじゃねぇか……」
「すみません、ボス。でも、格好よかったでしょう? 俺」
 あっけらかんと、平気な顔をして現われたブライムに、ギャリックを含めた団員たちは言葉を失った。
「……おい」
「いや、本気で死ぬかと思った。勝利を決定的にするためとはいえ、少々無茶が過ぎた。二度はしたくないな」
 満身創痍。そういっても、良いのだろう。敵から受けた負傷はそのままに、ブライムは甲板で皆と顔をあわせ、不敵に微笑んで見せた。まるで、傷の重さなど感じさせぬように。
「因縁にはカタがついたし、このまま消えるのもいいか、とも思ったんだが。……腹が減ってたのを、思い出してな。それで、帰ってきたんだ」
「この、馬鹿野郎! 生きていたならさっさと戻ってこい! 柄にもなくしんみりしちまっただろうが!」
 ブライムは、ギャリックに思い切り叩かれながらも、どこか嬉しそうだった。
 そして、あとはギャリック海賊団らしく、宴会への流れとなる。新たな世界と出会った驚きと、仲間と祝う勝利の宴。それは、夜を徹して行われたという――。






 とりあえず、ブライムはありったけの食い物を、口に詰め込んでいた。
 今度は乾き物だけでは飽き足らず、野菜に果実、合間に酒まで豪快に飲み干して、周囲を呆れさせている。
「うまい。もう一杯くれ。あと、つまみも追加だ。一通り持ってきて欲しい」
「……あんたの一杯は、本当に『いっぱい』だから困るわね」
 アゼルも給仕を務めながらも、どこか呆れるというよりは、安堵の方が大きいのだろう。なんだかんだ言いながら、楽しそうに働いている。
 周囲では、ヤシャとナハトがこれまた派手に料理を食い散らかして、どちらがより多くの物を早く食べられるか、勝負していた。
「んぐ……」
「顔色が悪ぃぞ? もうギブアップか?」
「げふッ。んな訳あるか、まだまだ!」
 これがまた目に余るので、アゼルに拳骨を喰らわされることになる。また懲りずに、密かに酒に手を伸ばしたりしてくれたので、懲罰として朝食を抜かれることになるのだが、これは自業自得言うべきだろう。

「……で、結局誘わないんだな」
「仕方ないだろう。あんなに忙しそうにしていては……って、なにを言わせる」
 ウィズは、またルークと一緒に飲んでいた。彼の目からは、ルークが誰に惹かれているか、一目瞭然であるのだが。

――まあ、不器用な奴を見守るのも、面白くていい。しばらくは、静観するか。

 そうして、視線をまた別の方向に向けると、ロンプロール、ジュテーム、ヴィディス、セエレの四人が同じ机で語り合っているのが見えた。
 戦いのさなか、苦労を共にした仲である。語り合うことも、多いのだろう。少し耳を傾けてみれば、あれでなかなか楽しんでいるらしい。酒が進んでいるのは、傍から見てもわかった。ヴィディスだけは、ジュースを飲んでいるようだが、気にすることではない。雰囲気に酔っているのは、皆同じなのだから。

「……よかったな。月並みだが、全員が生き残ってくれて、本当に良かった」

 そして、ギャリックが全員の様子を眺めて、満足そうに微笑んだ。宴はまだ、始まったばかり。
 彼は席を立つと、一人一人団員を労っては、その武勇を褒め称えた。過ぎさってしまうのが惜しいくらいに、楽しい夜であった――。

クリエイターコメント このたびは、リクエストを頂き、まことにありがとうございます。
 これほど多くの方々のノベルを執筆するのは、初めてでしたが……良い経験になったと、思います。

 また縁がありましたら、よろしくお願いしますね。
公開日時2009-04-16(木) 17:40
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