★ 【最後の日々】Early summer, Dream a dream ★
<オープニング>

「6月11日、夜8時。
その日その時、何してる?

一人で物思い? じゃー話相手になってくれよ。
二人でラブラブ……気の利いたBGMが要るんじゃね?
三人で酒盛り。よし、オレも飲むから電話かけて来てッ!

つーわけでノッてくれるリスナーの皆は、
6月11日夜8時、ラジオの前に集合!
ファックス、メール、電話でリクエスト、メッセージ受付中だぜ。

【Early summer, Dream a dream】
June 11th 20:00 On air!」


 それは6月2日から10日にかけてのこと。
 銀幕市のコミュニティFM局『FM銀幕』の電波を通して、こんな番宣が流れた。声の主は、KEN。今年の2月末、銀幕市の地下に発生したネガティブゾーンの調査に赴いたメンバーを応援するため放送されたラジオ番組『ファイト!銀幕市民』のMCを勤めたムービースターだ。
 自分たちに残された時間は有限だから、あのときのように、皆の声が聞こえる場所に居たい。そしてもう一度、誰かと誰かの声を繋げたい。そんな思いから、再びこのスタジオを訪れたのだった。

 ラジオ、それは誰が聞いているか分からないのに誰かと繋がれる不思議なメディア。
 6月11日の夜、どうしても会いたかったけれど会えない人がいるのなら、その人に向けてメッセージを送るのはどうだろうか。
 自分には関係ないと思うあなたも、お暇ならどうかチャンネルを合わせてみて欲しい。今、あなたの目の前に居ない誰かが、あなたに宛ててメッセージを送っているかもしれないから。

種別名シナリオ 管理番号1054
クリエイター瀬島(wbec6581)
クリエイターコメントEarly summer, Dream a dream!
お久しぶりです、瀬島です。
そんなわけで、6月11日の夜はラジオなどいかがでしょうか。

この日を一緒に過ごせない大切な人にメッセージを。
隣で笑う友人と、思い出の曲を。
暇つぶしにKENと生電話を。

6月11日20時〜22時、あなたはラジオの前で何をしていますか?


※ご注意※
1、今回のシナリオは、参加者の皆さんがリスナーであるという前提で運営されます。ご一緒に参加される方とラジオを聞かれる場合は、その旨プレイングに明記してください。

2、シナリオに参加していない方と一緒にラジオを聞いている、というプレイングは採用出来ません。

3、シナリオに参加していない方へのメッセージはどんどんお寄せください。KENががんばって読み上げます。書き足りない場合はクリエイター向けコメント、ノート欄などご自由にお使い下さい。

参加者
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
柊木 芳隆(cmzm6012) ムービースター 男 56歳 警察官
針上 小瑠璃(cncp3410) エキストラ 女 36歳 鍵師
柏木 ミイラ(cswf6852) ムービーファン 男 17歳 ゆとり
ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
片山 瑠意(cfzb9537) ムービーファン 男 26歳 歌手/俳優
<ノベル>

◆19:30 ギャリック海賊団 海賊船B2
「……あー、ちげえ。こんなコト言いたいんじゃねえよ……」

 かたかたかたと、キーを打つ音が響いては止まり、また響き。それが何度か繰り返されている。

「……何やってんだ、オレ」

 ふと。キーボードから手を離し、モニタに映った文字列に目を走らせてウィズは深く息を吐いた。何気なく聞いていたラジオで流れた番宣、メッセージ募集中というフレーズに思わずパソコンを立ち上げたのは三日前のことだ。それからずっと、海賊船の中にある自室に籠り、言葉にならない想いを打っては消し、打っては消し。放送30分前で漸く形になりかけたその文字列に、意味があるのか無いのか……ウィズ自身にもよく分からなくなっていた。
 このメッセージを送ってどうなる。送ったところで届くのか。否、届かない。絶対に絶対に届かない。それをウィズ自身……そしてこの船に出入りしたことのある者全てが痛いほど分かっている。それでも。

___かちり

「……」

 送信ボタンをクリック。宛先はFM銀幕。

 そう、それでも、送らずにいられなかったのだと。ウィズは何度も自分に言い聞かせていた。


◆19:40 銀幕市某所 県警科学捜査研究所
「おつかれ。……二階堂、鍵閉めとけよ」
「はいっ、おつかれさまでした!」

 カードキーをリーダーに通し、先輩と思しき所員が扉をくぐる。机にしがみついて作業をしていた二階堂美樹はそれを見送って、白衣の皺をぱんと伸ばした。

「お腹減った……まだ残ってるし、コンビニ行こうかな」

 本当は、今日片付けなくてはいけない仕事など殆ど無い。今だって薬品瓶のラベリングや資料のファイリング、古い機密書類をシュレッダーにかけるなど、およそ残業が必要なほどの作業ではなかった。
 けれど。
 今日は何だか、手を動かしていたい。何かしていないと、変なことを考えてしまいそうだった。


◆19:50 銀幕市某所 ライヴ会場
「はい、チェックOKです!」
「ありがとう、次は……」
「5曲目と6曲目のツナギですね。プロジェクターで新曲のPV流して、その間に衣装替えです」
「うん。替えの時間計りたいんだけど……衣装は?」
「すぐ持ってきます!」

 ローディーから投げ渡されたスポーツタオルで顔の汗を拭い、片山瑠意は心地よい緊張感に包まれていた。今は後日行われるライブのリハーサル真っ最中で、瑠意もスタッフも仕上げに余念が無い。
 タイムキーパー役のスタッフが衣装を取りにダッシュし、瑠意は図らずも一息入れる形になった。音響チェックのために鳴り続けている音楽と、慌しく走り回るスタッフたち。……一瞬だけ、この喧騒が他人事のように感じられる。人ごみの中に取り残されるような気持ちと言えばいいだろうか。ほんの一瞬、することが無くなって手持ち無沙汰になっただけなのに。

___今、ここに、あの人がいてくれたなら

「あ、君」
「はいっ」
「ここ……ラジオとかないかな?」

 突然瑠意から声を掛けられたスタッフの一人は少し目を丸くし、それから若干申し訳無さそうに眉を下げて答えた。

「あー、すんません……ここ、セキュリティが厳重なもんで電波の類は一切シャットアウトなんですよ。ですんでケータイもラジオもNGなんです」
「そうかあ……いやごめんね、急に無理を言って」

 どのみち、リハーサルはまだ続いている。メッセージは託したから、残らず……いや、塗り潰したあの部分を除いて、全て読み上げられることを祈っておこう。今はただ、自分の存在を、自分の歌を待ってくれている人たちを想おう。言葉に出来たけれど、どうしても書けなかった想いを胸に抱きながら。


◆19:55 FM銀幕
「KENさんスタジオ入りまーす」
「よろしくおねがいしまーす!」
「うーす、よっしく!」
 
 FM銀幕、第一スタジオ。
 グリーンのヘッドホンを首にさげ、KENはガラス張りの扉を押し開けた。リクエスト曲の一覧と、リスナーからのメッセージが印刷された紙を片手に、心なしか緊張したように中央の椅子を引いて腰掛ける。

「あーあー、マイクチェックマイクチェック。OK?」

 ヘッドホンのコードを手元の端子に繋ぎ、マイク音量の調節ツマミを最大にして一言二言。ガラスの向こうにスタンバイするスタッフに目線をやれば、スタッフは両手で大きく丸のサインを作った。

「……っし」

 生放送開始まで、あと5分。


◆19:59 銀幕セキュリティ社
「そろそろ、時間かな」

 腕時計をちらりと見遣り、柊木芳隆がデスクを離れて大きく伸びをする。自分は公私ともに世話になったこの会社を、もうすぐ去らなければならない。残務処理と引継ぎ書類の作成に追われながら、芳隆は銀幕市で過ごした慌しくも楽しい日々を思い出していた。

 今日は6月11日の、もうすぐ20時。キャビネットの上に置かれたラジオから時報が流れる。

"毎月0のつく日はまるぎんへGO! あなたの食卓を全身全霊で応援するスーパーまるぎんが、20時をお報せします"

___ピッ、ピッ、ポーーーン……


◆20:00 FM銀幕
「本番いきます、5秒前、4、3……」

 3カウントから声を止めたスタッフが2、1、と指のサインを一本ずつ減らしてゆく。タイミングを合わせるように小さく頷き、KENは再びツマミをスライドさせてマイク音量を最大に上げた。

___ピッ、ピッ、ポーーーン……

「はいどーーーもこんばんはー! KENです!」

 初夏の夜の夢、はじまりはじまり。


◆20:00 カフェ『楽園』
「お待たせしました、水出し玉露と蕨餅は……」
「あ、俺。ありがとう、レーギーナさん」

 女主人レーギーナが二人分のメニューをトレイに載せ、テーブルとテーブルの間をすり抜けてとあるテーブルの前で立ち止まった。レーギーナの目線の先には蕨餅をそわそわ待っている理月が居る。

「では、こちらは刀冴さんですね」
「おう、ありがとよ」
「いいえ、ごゆっくりどうぞ」

 蕨餅のセットをサーブした後、向かい合う形で同席している刀冴の前に、マンゴーラッシーパフェのグラスを置き、レーギーナは軽く会釈してその場を離れた。

「腹一杯でもここのデザートは食えるんだよなー」
「ははっ、全くだ。明日消えちまうとしても腹は減るしな」
「うん」

 朗らかに笑う二人の会話。それは昨日までと何も変わらない。きっと明日になっても変わらない。明日消えてしまうとしても……そう言い切れる刀冴と理月に、後悔や不安の色は無かった。明日と明後日はあっても三日後は無い。二人はそれを無視しているのではなく、ちゃんと受け入れて笑っていた。

「じゃ、食うか」
「うん。いただきまーす」

 二人が一口目を食べようとした、その時。カフェのBGM代わりに流れていたFMラジオが、20時を告げた。

___ピッ、ピッ、ピッ、ポーーーン……

"はいどーーーもこんばんはー! KENです!"

「……んあ?」
「……KEN?」

 二人の手が一瞬、ぴたりと止まり、そろって店内のスピーカーに目線が向く。

「KEN、だな」
「ああ。懐かしいな」

 思わぬところで聞こえてきた知り合いの声に目を細め、カフェに響く心地よい喧騒とは若干似合わないテンションのそれを注意して聞き取ろうとする二人。

「こりゃ帰りが遅くなりそうだな」
「うん」


◆20:01 FM銀幕
「えーーはい、というわけで始まっちゃったよ【Early summer, Dream a dream】! いや言いだしっぺが始まっちゃったとか言うなって話だけどな。……とにかく! 突然ワガママ言ったのに番組枠空けてくれたFM銀幕のスタッフさんと偉いさん、昨日までの番宣聞いてくれた皆、リクエストやメッセージ送ってくれた皆、そして今まさにラジオの前で聞いてくれてるそこのお前! ラブ! ちょーラブ! 皆愛してんぜ!」

 軽快なトークで生放送が始まった。あと52時間のうち、自分はどれだけこんな風に明るく振舞っていられるだろうか。そんな思いがKENの頭を過ぎったが、賽は投げられたし幕は上がっている。もう一度、誰かの声を誰かに届けたい。今夜はそれに徹しよう、どうせ明日の夜には大泣きしているのだから今は笑おう。わざとマイクが拾うように、ひとつ大きく息を吸ってトークを続けた。

「そんで、沢山のメッセージにリクエストサンクス! も、マジで無理言って2時間枠取らしてもうたからボツ無し全ッ部読み上げるわ! あとメッセージくれた奴はアレ、自分のが読まれたからってラジオ切るの無しな! いやマジで。メッセージとリクエストは生放送中の今も絶賛募集中、テーマは『今だから言えるあいつへのメッセージ』だ。自分宛てのメッセージを聞いた奴もどんどんレスポンスよっしく! 生放送終了10分前まで電話、メール、ファックスで受付中だぜ。というわけで【Early summer, Dream a dream】、この番組はパニックシネマ、スーパーまるぎん、銀幕ジャーナル社の提供でお送りします!」


◆20:05 鍵屋カミワザ
「いただきまーす」
「はい、いただきます」

 低い卓袱台に向かい合って正座し、針上小瑠璃と柏木ミイラがそろってぱんと手を合わせた。卓袱台には豚肉の生姜焼き、てんこ盛りの千切りキャベツ、茄子と豆腐の揚げ出し、胡瓜と蕪の浅漬け、茗荷の味噌汁と炊き立てのご飯が二人前ずつ並んでいる。
 あと52時間で、この街にかかった魔法が解ける。それは即ち、ミイラの肩でキャベツの端っこをぱりぱりやっているラジオ……ミイラのバッキーが消えてしまうことに他ならなかったが、二人と一匹は特に気にしている様子でも無く、どちらかといえば目の前の夕食のほうが大事といった面持ちでいた。

「おばちゃん、テレビつけんの?」
「あぁ……今調子悪うてなあ、映らんねん」
「買ッい替え! プッラズマ!」
「はいはい、そのうちな。それとも、あんたが買うてくれるんか?」
「すいませんでした」

 ブラウン管というだけで珍しいのに、そのうえ手動のツマミでチャンネルを替えるレトロなテレビもついにガタがきたらしい。主に自分の為に、どうにかしてカミワザに文明の利器を取り入れたいミイラが買い替えコールをしてみせるが、小瑠璃にさらっと流されてあえなく撃沈した。

「まぁそのうち、修理に出すわ。今日は代わりに、ラジオつけよかぁ」

___ぱちん

 ミイラの返事を聞かず、小瑠璃がラジオのスイッチを捻り、アンテナを伸ばしてFM用のツマミを回す。

"【Early summer, Dream a dream】、この番組はパニックシネマ、スーパーまるぎん、銀幕ジャーナル社の提供でお送りします!"

「お、やっとるなぁ」
「あれ、おばちゃんもコレ目当て?」
「も、ってことは、あんたもか?」
「まー、そこそこ」

 モノラルのスピーカーから流れるKENの声に耳を傾け、少しだけ二人の箸が止まる。お互いそうとは言っていないけれど、この番組を聴こうとしていたことが、二人して何だかおかしかった。

「まさかメッセージとか送ってねーよな」
「さあなぁ」
「……」

 小瑠璃は肯定も否定もせず、揚げ出し豆腐を器用に箸で切って口に運ぶ。その反応からこれは送ったなと判断したミイラであったが、それが自分宛てのものかもしれない……ということまでは思い至らなかったようだ。食卓には再び二人の箸の音、ラジオ(バッキー)が胡瓜の浅漬けをぽりぽり齧る音が響く。

「……あぁ、魔法解けんやってな。リオネ、おらんようになるんやってなぁ」
「うん」
「そういえばな、うち、KENとお酒飲んだことあんねん。魔法解けんねやったら、静かになるなぁ思たけど……知り合いがおらんくなるのは、やっぱり寂しいなぁ」
「……んー」

 これまでのことを思い出してちょっぴりしんみりする小瑠璃と、生返事でお茶を濁すミイラ、それから食べるのに一生懸命なラジオ(バッキー)。
 その隙間を縫って、CMを挟んで再開したトークが聞こえてくる。

"えーー、そんじゃ早速メッセージどんどん読み上げてくな。尺の関係で読み上げられないなんてこたーない! そん時は延長戦すっかんな! というわけで最初のメッセージはえーっと……"


◆20:10 カフェ『楽園』
"えーっと、ラジオネーム、ルイさんから。聞いてっかな? 送ってくれてサンクス!"

「ん?」
「ルイ……瑠意か?」

 聞き覚えのある名前に振り向き、デザートをつついていた二人の手がまた止まる。

"えーと……
『KENさん、はじめまして。この放送が始まっている頃は、多分ライブのリハーサル中かな? と思いながら書いています』
おー、同業者! リハいいなーちきしょー、オレも一発野外ライヴでもやっときゃよかったぜ。あ、ごめん続き読むな。

『今日は、俺の大切な人たちへのメッセージを届けたくてお便りしました』
うん、ルイさんの代わりにしっかり伝えてくぜ、お前らボリューム上げてけよー! まずは……
『刀冴さん、いつも美味しいご飯やケーキをご馳走様でした。もう食べられなくなると思うと切ないです。あと、刀冴さんは、俺の永遠のライバルですからね!』
『理月、最初のうちは普段と動物に囲まれている時とのギャップが半端なくてかなり驚いたけど、この街で理月が幸せを感じてくれて嬉しかった。理月と友達になれて良かった』"

「……うん、瑠意だ!」
「だーッ、きな粉散らすな!」

 驚いた理月が蕨餅を竹の串から取り落とし、皿に添えられていたきな粉が派手に散った。刀冴がおしぼりでそれを拭こうとすると、レーギーナが素早く新しいおしぼりと布巾を持ってくる。

「あらあら、大丈夫ですか? こちらをお使いくださいね」
「ああ、すまねえな。こいつが急に驚くもんだから」
「ご、ゴメン……。でも瑠意が」
「まあ、瑠意さんがお見えになるのですか?」

 自分にとっても友人(という名の女装ターゲット)である瑠意の名を聞き、思わずレーギーナの頬が緩む。

「いや、今流れてるラジオさ。瑠意が俺ら宛てのメッセージ投稿してくれてよ」
「うん、ラジオで喋ってるKENも俺たちの友達なんだ」
「まあ、そうだったんですか。ではチャンネルはそのまま! ですね」

 どこで覚えたのか、ちょっと似合わないフレーズを出して微笑むレーギーナ。夕食時を過ぎて閑散としてきた店内で、三人ともラジオに耳を傾ける。

"『レーギーナさん、楽園のタルトと共に沢山のほろ苦い思い出をありがとうございます、カッコワライ。貴女が笑顔でいてくれると、俺も幸せです』
……えー、ルイさん、リハ中だろーけどこれ聞いてたら、ほろ苦い思い出の部分をもーちょっと詳しく。追加のメッセージ待ってんぜ!"

「まあ……! 私のことまで……」

 銀のトレイを胸に抱え、レーギーナが驚いてスピーカーを注視した。まさか自分の名前が出るとは思っていなかったのだろう、嬉しそうに、それから少しだけ恥ずかしそうに俯いて、刀冴と理月の席の隣にある空いた椅子に腰掛ける。

「聞いてるか分かんないのにメッセージくれたんだな……俺たちにも」
「ははっ、何がライバルだ。弟分が一丁前抜かしやがって」

 これまでのことを思い出し、メッセージを託してくれた瑠意の気持ちに、それからラジオを聞けた偶然に感謝する理月と、自分の守り役に寄り添おうとする瑠意を思って楽しげに悪態をつく刀冴。

"『リチャP、梛織、バロア、よく考えたら「貧乏籖カルテット」の中で、俺だけムービーファンなんだよね。色々と巻き込まれて大変だったけど、楽しかったって心から思える。』
ははっ、貧乏籤カルテットってすげーネーミングだな。どんな演奏すんのか興味ありすぎるぜ。

えーっと、くるた……あ、ごめん違うっぽい。
『香介、またライブやろうぜ? 今度は面倒だから嫌だとか言うなよ?』
『太助、いつも前向きな太助に、俺は元気をいっぱい貰った。魔性のお腹も大好きだ。もっとモフりたかった!』
……魔性の腹ってなんだよ、ちょー気になるんだけど!

あ、次のメッセージでルイさんの分は終わりかな。えーと……
『そして、十狼さん。傍に居てくれて有難う。抱えきれない程たくさんの幸せを有難う。今までも、これからも、俺にとって十狼さんは誰よりも大切なヒトです。俺は貴方に出逢えて幸せでした』
……えっと、ルイさんごめん。続き書いてあるみてーなんだけど、潰れて読めねーや……。それともルイさんの書き損じかな? もし続きがあるなら、仕事中でも何でもマジで今から送ってきてな。全力で読み上げるぜ!

んじゃ最後にルイさんからのリクエストだ。
『去年のクリスマスライブで、香介と、俺の尊敬する歌手である神音さん、そして大切な友人たちと一緒に歌った思い出の歌をリクエストします』
それじゃ聞いてくれ。片山瑠意、来栖香介、神音で『オトノハ・ファンタジア』"

 瑠意がわざと塗り潰した部分を印刷ミスと思ったのだろうか、スピーカーから流れるKENの声が少し曇っていた。耳を傾けていた刀冴には、その続きが何となく、理解出来た。
 そして流れる、あの年末の懐かしい旋律。生きる喜び、希望を持つことの幸い、音楽がそこに在ることへの感謝。

「懐かしいな……あれからもう半年になるんだな」
「懐かしいってお前、さっきも言ったじゃねえか」

 指でリズムを取りながら、覚えている限りの歌詞を口ずさむ理月。ラッシーフレーバーのアイスを口に運び、刀冴が静かに微笑む。

「でも、素敵ですわね。届かないかもしれないメッセージが届くなんて」
「ほんとだな。いいなあ、俺もKENにメッセージ読んで欲しい」

 自分に宛てられた瑠意のメッセージを反芻していたレーギーナが嬉しそうに呟くと、理月も同意して笑顔を見せた。こんな番組が放送されると知っていたら、自分も誰かに宛ててメッセージを送ればよかった、理月はそんな風に思ったのだけれど。

「送るのはいいけどよ……どうすりゃいいんだ?」
「……う」

 理月は一応携帯電話は持っているものの、かかってきた電話をとるためにしか機能しない……というより、理月自身がほぼその機能しか使えない。メールもやっと返信が出来るようになったところなのに、新しくメールを打つなんて芸当はとてもじゃないが無理に等しい。刀冴に至っては電話をかけることも覚束ないため、二人はしばし言葉を失って頭を捻った。

「うーん……」
「……なんだ、じゃあ直接行けばいいんじゃねえか?」
「! 刀冴さん、さっすが!」

 この瞬間、飛び入りゲスト二名の参加が決定した。


◆20:15 FM銀幕
「えー、片山瑠意、来栖香介、神音で『オトノハ・ファンタジア』でした。ルイさんリクエストサンクス! ってあれか、ルイさんはこの歌の片山瑠意か。やべーな今の今まで気づかんかった。リハ頑張ってなー! さて、次はオレセレクションでもう一曲。突然だけど、皆覚えてるか? 今年の2月末かな、地下に出来たでっかいネガティブゾーンのこと。あれも色々終わった今だから話せることだよなー。……じゃなくて、あの時もこうしてスペシャル番組やったわけだけど。オレ、その時リクエストもらった曲が忘れられなくてさ。オトノハ・ファンタジアを聞いて思いだしたんだ、つーわけで聞いてください、来栖香介で『Prayer』」


◆20:20 銀幕市某所 県警科学捜査研究所
「キャビネットよし、薬品棚よし、外付けハードディスクよし……うん、これで終わりね」

 作業を粗方終え、独り言のように指差し確認をし、美樹の思考がふと止まった。

「これで、終わり……」

 魔法の終わりが告げられたあの日以来、無意識のうちに避けてきた言葉が出てきたことに驚き、そしてその言葉の重さが美樹の肩に圧し掛かった。この重さを言葉にするのなら、何と言えばいいだろう。

 哀しい?
 寂しい?
 辛い?

「……寂しい、よ……」

 ほろりと。本当の想いが、音になって零れた。
 どんなに理不尽でも、これは既に決まってしまったことだ。消えなくてはならない大事な友人たちはそれを受け入れて笑っている。なのに、残り、生き続ける自分が泣き喚くなんて出来る筈が無い。それがあるべき終わりの姿で、誰もがそれを受け入れるのなら、笑って手を振らなくてはいけない。出逢えて嬉しかったこと、幸せな時間が確かに在ったこと、これからもずっとずっと皆が大好きなこと、それを涙で台無しにしたくない。
 けれど。
 寂しいと思ってもいけないのだろうか。引き止める術が無くても引き止めたいと思うことは悪いことなのだろうか。
 答えは勿論否で、美樹の思いも限りなくそれに近い。

「ううー……駄目、駄目駄目。……うん、音楽、聞こう!」

 溢れ出そうになった泣き言を払い落とすように首をぶんぶんと振り、美樹はデスクに置いた私物の小型ラジオに手を伸ばした。窓際にラジオを移動させ、内蔵のアンテナを伸ばしてチューニングする。僅かなノイズの後、聞こえてきたのは……。

"つーわけで聞いてください、来栖香介で『Prayer』"

「……!」

 あの時、絶望の街で折れかけた心を励ましてくれたメロディだ。
 記憶がいっぺんに甦る。
 身を守る為とはいえ、一切が閉ざされたあの場所。正しく、一筋の光明も見えなかった時間。ディスペアーに怯えながら9人で身を寄せ合っていたあの日。
 光を見つける為に、絶望を吹き飛ばして希望を残す為に臨んだあの探索は、絶対に絶対に無駄ではなかった。夢の終わりが来てしまうことが分かった今でも、それは美樹の胸に誇りとして、在る。
 在るけれど、今はただ。

 零すまいと決めていたものが、両の目からぼろぼろと零れる。それはどんな言葉より、歌より、雄弁で。

「……、……っ……! ひっ……」

 誰も居ないから。
 誰も見ていないから。
 誰も聞いていないから。
 誰にも心配をかけないから。
 だから、今だけ。今だけは。

"同じ光を見ることが出来たなら、どんなにか素晴らしいことだろう……♪"

「……ふぅ……」

 曲は終盤を迎え、少しずつ音がフェードアウトしてゆく。抱えた膝をなおし、美樹はまだ乾かぬ涙の跡をそっと拭った。押し殺していた感情を解き放てたこと、それを少し喜べた自分が居る。だからこの気持ちはもう、誰にも見せない、自分自身にも。笑って見送りたいから。出会えたことを喜んで終わりたいから。

"えー、来栖香介で『Prayer』でした。そんじゃ一旦CMです、【Early summer, Dream a dream】、まだまだメッセージ、リクエスト、生電話受付中!テーマは『今だから言えるあいつへのメッセージ』。 電話番号は×××……"

「メッセージ……!」

 いつもの表情を取り戻した美樹がペンを取るのに、時間はかからなかった。今、面と向かって言うのは難しいかもしれない、もう大丈夫とはいえこんな泣きっ面を見せるわけにはいかない。けれど、目の前のラジオとDJは言葉を伝えてくれる。
 ラジオネームなんていらない。本音の自分を、本名で残さず伝えたい。ペンを走らせたファックス用紙の最後に、力強く。美樹は自分の本名を書き添えた。


◆20:30 ギャリック海賊団 海賊船甲板
"【Early summer, Dream a dream】、この番組はFM銀幕のご好意とパニックシネマ、スーパーまるぎん、銀幕ジャーナル社の提供でお送りしています。つーわけで引き続きメッセージいってみっか! 次は……"

 甲板の下にある自分の部屋では電波が届かなかったらしく、ウィズは20時からずっとこうして船の舳先でラジオを抱えていた。他の団員はさっきまでの自分同様部屋に篭っているのか、それとも誰かに会いに行っているのか、兎に角甲板に出てくる気配が無い。きっと世界で一番情けない顔をしている自分を見られたくなかったから、ウィズにとってそれは好都合だった。

"……お? コレ、匿名メールか。えー、ただいまADに名前無いか確認中。……あ、やっぱり無い? 了解、んじゃ名無しクンからのメッセージね"

 ウィズの長い耳がぴくりと反応する。同じ事をする奴が居ないのなら、今から読まれるのは自分のメッセージだ。

"えーと……お、一人だけに宛てたメッセージかな。ちっとゆっくり読むわ。なになに……
『昔はさ、早く大人になりたかった。子連れの傭兵とか言われるの、嫌で堪らなくて。事実だからしょうがないけど、マジ屈辱だったね。お荷物だって言われてるのと同じだからさ、ソレ。実際、何も出来なかった。
世の中の汚いトコばっか見て育って、上手い事世間渡っていた気になってたけど。

11歳で、あの人に出会うまで。オレは最低のクズだった。出来るのは人様の物をくすねる素早さと、嘘しか発しない口の軽さだけ。素養もない、読み書きすら出来ない、食いモンも満足に食えなくてやせ細った小汚いだけのそんなオレを。あの人は拾ってくれた。

太陽みたいな人だった。いつかこの人の役に立ちたいと必死だった。案外抜けてる所があって、人を信じて騙されやすかったあの人は、そんな何も出来ない、ガキのオレから見ても、危なっかしかった。

これだと、思った。オレが役に立てるのは、ここしかないと思った。
だからオレ言ったんだ。

「アンタそれでよく今まで生きてこられたな。しょうがねぇから、オレがついてって守ってやるよ」

……それが、嘘になっちまった。

ナァ、神サマがいるんなら。この願い叶えてくれ。
いつかまた、どこかの街に魔法を掛けて、そしてオレ達を呼び出してくれたら。
そしたら言うから。必ず言うから。

「今度こそ、アンタはオレが守る」』"

___ザッ、ザザーーー……

 メッセージが読み終えられると同時に、派手なノイズがラジオの音声を掻き消した。
 誰にも、何も言って欲しくない。どんな言葉も、あの人にはもう届かない。届かないメッセージを送ったのは自分なのに、ウィズはその自分で送ったメッセージに押し潰されそうだ。吐かずにおれなかった思い、何も出来なかった無力感、何故あの人がという悔しさ。それを跳ね除けたいのに、圧し掛かるのはそんな空しい感情ばかりだ。一人歯を食いしばり、呼吸とともにウィズの唇から零れたのは。

「ギャリック……ごめん……」

 自分の命と尊厳とアイデンティティを守ってくれた人、自分が守りたかった、けれど守れなかったあの人の名前。こんな思いをしてまで魔法の終わりをただ待っているくらいなら、いっそ今海に身を投げてフィルムになったほうがマシかもしれないと、ふと思ってしまった。そうしたら自分はただの、映画の登場人物になれる。あの人と、冒険の続きが出来る。

"ごめん、なンか何も言えなかった。……あの時、何も出来なかったオレが言えたことじゃねーけど。名無しクン、お前カッコいいぜ。お前の言う『この人』はきっと、お前を生かせたことが嬉しいと思うんだ。この人が誰なのか、何となく分かるけどオレは面識ねーよ。けど、オレがこの人だったら、絶対絶対そう思う。お前が生きててくれてよかった、その為に闘えてよかった、ってさ!"

 KENが自分なりに一生懸命紡いだ言葉も、薄っぺらな綺麗事にしか聞こえない。ノイズ交じりの言葉はただの音として、ウィズの耳をすり抜ける。
 悔いなくフィルムになったあの人の最期を見て、納得したのに。それを誇らしく思っていたのに。心は強いけれど、とても脆い。こんなメッセージ、送るんじゃなかった。そう思ってラジオのスイッチを切ろうとした、その時。

"……あ、ファックス? えー、たった今メッセージが来たぜ。そんじゃ気分変えて読んでくな、名無しクンももっと言いたいことあったらガンガンメールくれよな。えー、これは二階堂美樹サンから。たった今ってことは番組聴いてくれてんだな、マジサンクス!
『KENさんへ、さっきはPrayerを流してくれてありがとう。ネガティブゾーンの探索中に聞こえた歌をまたラジオで聞けるなんて思わなかった! あの時は大変だったけれど、こうして無事でまたラジオを聴きながらメッセージを送れることが嬉しいわ。今日は私の大事な友人たちにメッセージを送ります、生放送中に間に合いますように!』
おおお、あん時ネガティブゾーンで聴いてたんか! そっかそっか、曲かけてよかったぜ。こっちこそ美樹サンが無事で良かった、帰ってきてくれて、調査に行ってくれてマジサンクス! メッセージもあんがとね!"

「美樹ちゃん……!?」

 予想もしていなかった、大事な友人の名前。もしかして、今の自分が送ったメッセージも聞かれていただろうか。それだったら情けないことこのうえない。ある意味、団員に今の顔を見られるよりタチが悪い。そんなウィズの気持ちなど露ほども知らず、KENが美樹からのメッセージを読み上げる。

"んじゃ読みまーす、まずは……
『ウィズさんへ。楽しい思い出をたくさん、ありがとう。話していると、時間を忘れるくらい楽しかった。何でも知ってて、何でも作れて、羨ましくって憧れた。実はね、ウィズさんの方が年下なのに、お兄さんみたいに感じることもあったのよ。
かけがえのない時間をありがとう。一緒に過ごした時間は、私の宝物です。思い出すだけであたたかい気持ちになれる全てに、心からの感謝を。絶対に、忘れないからね。
……一番辛い時に、何の力にもなれなくてごめん。かけるべき言葉も見つからない情けなさだけど、ずっと想っているから。あなたの傷が少しでも癒えるよう、祈っているから』
いいねー、愛されてるねー。ウィズ、聞いてっか? 女の子にここまで言わせて凹みっぱなしじゃ、男が廃るぜ?"

「……ッ、分かってるっつの……!」

 思わず口から出てきた悪態は、KENへのものか、美樹へのものか。少なくとも、美樹の言葉は確実に、ウィズに届き、受け止められた。
 初夏の夜風がウィズの三つ編みを揺らし、少しだけラジオのノイズが消えてクリアな音に聞こえた。


◆20:40 銀幕市某所 県警科学捜査研究所
"女の子にここまで言わせて凹みっぱなしじゃ、男が廃るぜ?"

「……ウィズさん、聞いてくれたかな」

 自分のメッセージの前に読み上げられた、匿名のメッセージ。それがウィズからギャリックに宛てたものであることくらい、美樹には分かりきっていた。だからその直後に自分のメッセージが読まれたことを驚かずにいられなかったし、同時に、メッセージに込めた言葉の通り、ウィズの力になれなかった自分を責めそうになった。
 けれどもう大丈夫。ウィズはそんなに弱くない。届かないメッセージの最後に添えられたあの言葉があるなら、ウィズは強く在れるだろう。

”えー、どんどん読み上げてくぜ。
『ジャックへ。甘いお菓子と薔薇を見ると、あなたを思い出すわ。ステンドグラスも、切り絵も、しっかり練習しているからね。いつかびっくりするくらい上手になって、負けないくらい素敵な薔薇を作ってみせるんだから!私の中にずっとあなたの薔薇は刻まれていくから、何があってもあなたを決して忘れない。楽しい時も、辛い時も、いつも傍にいてくれてありがとう。変わらず笑ってくれるジャックに、いつも励まされてきた。
たくさんの思い出をありがとう。友達になってくれて、ありがとう。ずっと、ずっと、忘れないからね。』

『ストラ、スミルノフ、マルチニ、エミール、ベリンスキー、ドラグノフ、ヘッケラー、アレクセイ、ミハイル&ハーメルンのみんなへ。
最悪の出会いだったけど、今は最高の運命だったと思ってる。出会えたことが嬉しくて、友達と呼んでもらえたことが誇らしかった。あなた達のことも、「彼」のことも、絶対に忘れない。
一緒に笑ったこと。一緒に泣いたこと。いつも守ってくれたこと。
この街が夢から覚めても、私は全部覚えているわ。みんな、大好きよ。
今までも、これからも、ずっと大好きだからね。
出会ってくれて、ありがとう。友達になってくれて、ありがとう』
ストラ……? あー、あのガスマスクつけた連中連れてるロシアンなナイスガイか! 最悪の出会いってとこがちょい気になるけど、仲良くなれたんなら良かったぜ。

『エドガーさんへ。お世話になりました、先輩!捜査官として、人として、大切なことをたくさん教えてもらいました。どの言葉も、どの時間も、私にとってかけがえのない大切なものです。教えたもらったことを胸に、負けないくらい立派な捜査官になりますからね!
エドガーさんがくれた言葉は、ずっと胸の中で生きています。魔法が解けても、絶対に忘れません。…実は密かに、こんなに素敵なお父さんがいたらいいだろうなぁなんて思ってました。
出会えたこと、友達になれたことに心からの感謝を。素敵な時間をありがとうございました』
エドガーってオレの知り合いのエドガーかな? エドガー、聞いてっかー! それから、最後。

『みんな、ありがとう。生まれてきてくれて。私と出会ってくれて。
私にとって、みんなは「夢」よりも確かなものだった。今までも、そしてこれからも、かけがえのない大切な友達よ。
会えなくなっても、それは変わらない。あなた達がここにいたことを、私はずっと覚えている。絶対に、忘れないから』
……オレからも、ありがとー。オレがこーやってラジオやってたことも、覚えててね"

「……ありがとう、みんな」

 メッセージを送った友人一人一人の顔を思い浮かべ、美樹は晴れやかに笑った。寂しさは残るけれど、哀しくないわけじゃないけれど、楽しい時間が消えることは無い。自分は絶対にこの人たちを忘れない。絶対に。


◆20:45 銀幕セキュリティ社
"さて、番組もそろそろ後半戦だ。ここらでそろそろ一曲流すかな? の前に、もう一通メッセージを紹介すんぜ。ラジオネーム、柊木芳隆サン。……あっ、本名ね。さっきの美樹サンといい本名がブームなんか。まーでも当たり前だよな、伝えたいこと伝えるのに自分の名前がなくてどーすんのって話だった。じゃ、読みまーす。

『KENさん、初めまして。僕はとある映画から実体化したムービースターです。勿論、実体化した当初はとても驚き戸惑いました。映画から実体化したのは自分だけで、いくら待っても妻も息子も現れることはなく、時には何故だろうと自問自答し、寂しさや哀しさに呑まれてしまいそうな夜もありました』
……あー、うわー、あ、柊木サンごめんねぶったぎるけど。妙……オレの彼女もムービースターなんだけどさ、自分と、自分の家は実体化したのに、映画の中の旦那さんは実体化しなかったんだってさ。……そーいう人、多いんだなやっぱ。オレ、神さんとかよくわかんねーし、リオネとも結局ちゃんと喋ったことないんだわ。オレがパチモンだって本物のオレに言われた時とか、妙が凹んでるの見た時とか、何で実体化したんだよって神さん恨みそうんなったこともあったんだけどさ……あーごめん、続き読むわ。えーっと……

『それでもみんなと笑い合い、いくつもの苦難を乗り越え、今日この日まで僕は幸せな日々を過ごすことが出来ました。この街で暮らすうちに大勢の友人、娘や息子、そして孫も出来ました。惜しむらくは、映画の中へ戻ってこの素晴らしい日々を愛する家族に話してあげられないことだけれど、それでも僕はこの街での幸せを胸に、最後の瞬間まで生きたいと思っています』"

 ここで一度KENの声が止まり、メッセージの続きを待っていた芳隆はラジオに視線を向けた。自分のメッセージを読み、何か思うところがあったのだろう、ラジオからは何かを喋ろうとして言葉が出てこない沈黙の音が続く。3秒無音状態になったら放送事故になるらしいが、控えめに流れるBGMがそれを防いでいる。
 そしてたっぷり5秒は無言が続いた後で、再び声が響いた。

"……うん、マジでそーだよな。オレらがどこに行くのか分かんねーけど、もし映画の中に戻れて、話せるモンなら話してーよ。映画の外に出て、銀幕市ってとこがあって、そこであんなことがあったこんなことがあった、って。そんできっと、皆には映画の見すぎって笑われんだ。きっとそーだよな"

「ああ、きっとそうだよ」

 聞こえる筈の無い相槌を打っている自分に気づき、芳隆は目を細めた。思い出を持っていけるのなら持って行きたい。最後の瞬間まで、持って行ける思い出をもっと作りたい。そう願うことはとても自然で、この街での生活を楽しんだムービースターなら誰でもそう思うことだろう。そして、思い出は誰かと共有したい。銀幕市で出会えた沢山の友人たち、頼もしい部下、冷たくあしらわれるお気に入りの中華屋の店主……。芳隆が彼ら彼女らの顔を思い浮かべると、呼応するようにメッセージの続きが読み上げられた。

"『ミシェル、日の当たる場所へ戻ってきてくれてありがとう。いつもツレないけれど、きみの優しい笑顔が大好きです。またお店に手料理を食べに行きますね』

『流鏑馬くん、僕をお父さんのようだと言ってくれてありがとう。とても嬉しかったよ』

『桑島君、流鏑馬君を見守ってあげて下さい。でも、あんまり口うるさくしては嫌われてしまうから気をつけてね?』

『クラスメイトPくん、ライターをありがとう。今も大切に使っています、僕の何よりの宝物です』

『綾賀城くん、カフェに来てくれてありがとう。色々なお話が出来て楽しかったよ』

『原くん、頼りになる部下を持って僕は幸せでした。連れて帰れないのが残念です。これからも市民の為に頑張って欲しい』

『ルルくん、素敵な女優さんになって下さい。きみなら絶対に大丈夫。その日を楽しみにしていますね』"

ミシェルの作る角煮の味を思い出し、芳隆はふと腕時計を見る。針は8時50分を指していた。まだ……いや、そもそも今日は店を開けているだろうか。この放送が終わったら星砂海岸に行ってみよう。遅い来客に彼女は眉を顰めるだろうか。それともいつものように冷たくされながらも、同じくいつもの料理を出してくれるだろうか。それを想像すると、自然と優しい笑みが零れた。そうだ、こんな時にはあの歌がぴったりだ。

"えー、以上、柊木芳隆サンからのメッセージでした。ありがとな! ……おっと、その前に。柊木サンからリクエストだ、『この街に住む全ての人に感謝をこめて、僕の大好きな曲をリクエストします』
こっちこそありがとな、オレ今日家帰ったら妙に柊木サンのメッセージ伝えてみるよ。同じ気持ちになった奴はいっぱいいるけど、それでもムービースターに幸せな時間はあったんだって教えてくれてマジサンクス。そんじゃ聞いてくれ、ミラ・マクナガンで『To all dear』……邦題、全ての愛しい人へ"

「Stand by me, my dear……♪」

"Stand by me, my dear. Relive me, my dear. Remenber, the all words I told you……♪"

 流れる、心を包み込む穏やかなメロディ。ミラのハスキーボイスと芳隆の精悍な声がうまく噛み合い、誰も居ない銀幕セキュリティ社のオフィスに響く。

___どうか覚えていてほしい、私があなたに伝えた言葉の全てを

 ミラの言葉は芳隆の思いを載せて、銀幕市の夜を優しく包んだ。


◆20:55 FM銀幕
"Remenber, the all words I told you……♪"

 曲は最後のサビに差し掛かる。次に読むメッセージに目を通し、KENはペットボトルの水を一口含んだ。あと二人分のメッセージが残っているから、もしかしたら尺が余ってしまうかもしれない。そうなったらだらだら生電話コーナーでもしつつ、自分がこの街で世話になった人たちへお礼を伝えよう。そう思いながら曲が終わるのを待っていると、スタッフが遠慮がちにスタジオのガラス扉を開けた。

「あのお……KENさん」
「どした? 曲30秒で開けんぜ、急ぎ?」
「なンか……お友達って名乗る方がいらっしゃってるんですけど」
「……へ?」
「あーッちょっとあんた達勝手に入っちゃ駄目だって!」
「ぶっ」

 刀冴と理月だった。KENが水をふいたのは言うまでもない。

「ちょ、お前ら何してるし! あーやっべ曲終わる!」
「よう、ナマホウソウだって聞いて遊びにきたぜ!」
「きたぜー!」
「だーもーちょっと待っとけ! ……えー、はい。ミラ・マクナガンで全ての愛しい人へ、でした。柊木サン、メッセージサンクス! さて、番組の途中ですがこの後は21時のニュースです。後半は21時10分から! 【Early summer, Dream a dream 】、Stay tune! ……ま、間に合った……」

 再びマイク音量をミュートにし、KENはふーっと大きく息を吐いた。そのまま視線は刀冴と理月に向かう。

「まー……なんだ。とりあえず……どーやって来たんだよ、ココまで」
「歩きに決まってんじゃねえか」
「うん、聞いたオレがアホだった」

 無邪気な二人の様子に、KENの苦笑いが段々いつもの笑顔になってゆく。電話くらいならかけてきてくれるかなと思っていたが、まさか直接訪ねてきてくれるだなんて思いもしなかったのだろう。二人はKENがこの街に生まれてから初めて出来た友人だ、驚きこそすれ嬉しくないわけがない。

「……ま、生放送終わるまでゆっくりしてけ! ADクン、椅子二つ入れてー。あとヘッドホンも」
「はーい!」

 KENはにしっと笑い、スタッフが持ってきてくれた椅子を引いて二人に勧めた。

「お、悪いな」
「ラジオ局ってこんな風になってたのかー、これで声が届くんだな」
「ニュース終わったら後半始まるかんね、お前らも喋れよー」
「「!?」」
「いーじゃん、折角来たんだし。お前らだって誰かに言いたいことあんだろ?」

 突然の提案に目を丸くする刀冴と、不安一杯の理月。

「こ、これ喋って魂抜かれるとかじゃ……」
「ねーよ! お前どこの写真嫌いなサムライだよ! ……まーいいや、残ってるメッセージ読み終えたらさ、マジで何か喋れよ。誰か聴いてるかもしんねーし。な!」


◆21:10 鍵屋カミワザ
"はい、21時のニュースでした。というわけで【Early summer, Dream a dream 】、後半始まるぜー。えー、ニュースの間にサプライズゲストが来てくれたんだけど、シャイな二人なんで喋ってくれんのはもーちょっと後かな。そんじゃ引き続きメッセージ読んでくぜ!"

 夕食を終え、居間でごろごろしていたミイラは、小瑠璃が台所で洗い物をしている所為か、そわそわとした挙動を隠さずにカミワザのラジオに耳を傾けていた。自分のメッセージが届いたかどうかも気になるし、それより小瑠璃が誰にメッセージを送ったのかが気になっていた。

"えー、これは針上小瑠璃サン……ああ、小瑠璃! はいはい、眼鏡かけたあのいい女! ……っとごめん、オレの知り合いでした。おーい、聴いてっかー? バレンタインクルーズん時は一緒に飲んでくれてサンキュー! 楽しかったぜ! あー、さーせんいい加減メッセージ読みまっす。

『ミイラ。あんた、うちの店を護ってくれたんやって? ほんまに、あほな事するなぁ……自分の命のが大事やろ! って怒りたい所やけど、おおきにな? この店には、いろんな思い出が詰まっとる。うちにとっても、あんたにとっても大事な店や、これからもよろしゅうに』
だってさ!"

「……ぶッ」

 ミイラが麦茶をふいた。
 ここでまさかの僕宛てかよ!と台所に向かってツッコミたい気持ちを抑えて、ミイラはそのサプライズメッセージを受け止めた。

___おおきにな?

「直接言えよ……」
「何か言うたかぁ?」
「なんでもね!」

 洗った食器を水切り籠に収めて台所から居間に戻った小瑠璃が、複雑な顔をしているミイラを見てくすりと笑う。台所でもラジオはしっかり聞こえていたし、ミイラの反応もちゃんと小瑠璃は見ていた。直接言わなかったのは、この方がきっとミイラは聞いてくれると思ったのと……小瑠璃自身も、少し照れ臭かったからだろう。

「……コンビニ行ってくる」
「はいはい、行ってきぃ」

 小瑠璃と目を合わせられずにミイラはぱっと立ち上がり、逃げるようにカミワザの玄関を開けた。小瑠璃はそんなミイラの背中を見て、それから無事に残った……ミイラが護ってくれたカミワザを見回して、また少し笑った。


◆21:20 商店街裏路地〜どこかの公園
「こっぱずかしーわ、あんなの」

 靴を履くのもそこそこにカミワザを出て、ミイラはぶつくさ言いながら銀幕市のあちこちを流している。まさかあんなメッセージを送られているとは知らずに、まんまと小瑠璃に笑われてしまった。

「ったく空気の読めねーおばちゃんだぜ……」

 悪態とは裏腹に、その表情はどこか優しい。久しぶりにおばちゃんに褒められた自分が嬉しかったのか、それとも。

「っと、続き聴こ。ラジオラジオ」

 ポケットに手を突っ込んで携帯ラジオを取り出すと、自分を呼ばれたのかと思ったラジオ(バッキー)がミイラのパーカーのフードからむんずとミイラの後ろ髪をつかんで引っ張った。

「ってーな、お前じゃねーよ。……めんどくせーから前みたいに粗塩って呼ぶぞ」

 ラジオ(バッキー)は不満そうにミイラの頭によじ登り、ミイラが携帯ラジオをチューニングする様子を見ている。

「しっかしお前の命もあと二日とはねー……でっ」

 いつものように黒いジョークを飛ばし、それを宣戦布告と受け取ったラジオ(何度も言いますがバッキー)にしこたま額を噛まれて涙目になるミイラ。いつもならここで本気の喧嘩になって何故かミイラがボロ負けするという情けない事態になるのだが。

「噛むなバカ、最後まで冗談の通じねえ白バクだな……そーだよ、お前が来てから生傷絶えんかったわ、マジで。あーせいせいする」

 主の声が少しだけ寂しさを含んでいるのを聞き逃さなかったのか、ラジオ(しつこいようですがバッキー)はそれ以上噛み付くのをやめた。

「まあ楽しかったけどね、お前と居れて」

 これにはさすがのラジオ(バ(以下略))も驚いたようで、ミイラの頭の上でぴきんと固まってしまった。もしラジオが喋れたのならこう言ったことだろう、何か悪いものでも食べたのかと。

「固まんな、バカ」

 ほんの少しだけ照れ臭そうにラジオ(略)をこづき、ミイラは携帯ラジオのアンテナを伸ばしてヘッドホンをつけ、チューナーを合わせる。ちょうど自分のメッセージが読まれる瞬間のようだ。

"えー、次は……柏木ミイラサンから。あー、さっき小瑠璃がメッセージ宛てた人な。んじゃ読んでくぜ。

『KEN様こんばんは、初めまして。最近梅雨入りして毎日湿気がひどいですが、KEN様の天パの具合はいかがですかな』"
……ミイラサン? いや、ミイラてめーふざけんなわざわざ天パのとこだけ太字にしてんじゃねーよマジで。……えー、オレはオトナなので気を取り直して続き続き。

『それは置いといて、銀幕市はどうでしたか? ぼかあこの街の魔法がかかったせいで許せんことも色々起きたけど楽しかったです。こういうとなんか今生の別れみたいだけど、つーか実際そうなのかもしんないけど、僕はまたどっかで会えると思ってます。だってお前らみたいなムービースターが近くで生きてるっつーありえない事態がほんとに起きちゃったわけですし。だからぼかーKEN様をどつける日を心待ちにしています。』
オレはむしろお前を殴りたい。はっはー、生放送中でよかったなお互い。まーその前にメッセージちゃんと読みきってやんよ、生放送終わったら覚悟しとけ。

『タロー様へ、わかるかな。KEN様なるべくゆっくり呼んであげて下さい』
あー、ラジャ。んじゃゆっくりめで。
『ぼかあお前さんが一番心配です。寂しい思い……は、しねーかもしんないけど。あ、僕はフツーに寂しいよ。プレミアフィルムになった後どーなんのか分からんがちゃんとお母様に会うんだぞー。超イケメンのお兄さんに遊んでもらったって言うんだぞー』
……オレはお前のビジュアルを知らねーが、本物のイケメンは自己申告しねーぞ。

『玄兎様へ。大炸裂な君が好き』
……え、コレだけ? マジでコレだけ? いいの通じんの? 二人の世界ってヤツ? ……あ、そだ。オレも玄兎に言いてーことあったわ。クリスマスプレゼント大事に使ってっか! オレも今お揃いの、グリーンのヘッドフォンつけて喋ってんぜ。末永く……あ、ごめん違う。明後日まで、大事に使えよ。

『ティモ姉様へ。こないだの買い物、つけといてって言ったけど今月ピンチなのでおごってください。あと今年のお歳暮は夏みかんチーズケーキのアイスにしようと思ってます。僕んとこは高いハムでいいです。厚かましいとか言わない』

『香玖耶様へ。その節はお世話になりました。願い事は叶っただろーか。今年の夏はヤク○トで流れるプールをやりとうございましたがそれも叶わないっぽくて残念です。向こうに戻って覚えてたらやって下さい。僕も頑張ってやりますんで』

『地下鉄最年少かつ最軽量が天様へ。ちゃんと食ってでかくなれよ! ちまこいんだから!』

『まきちゃんへ。愛してるよ! ごめん嘘。殴ってもいいけど顔は勘弁して下さい。まきちゃんが月9の主役を取るときを楽しみにしてる。あとハリウッド進出も』

『最後に、歳なのに無理こいてばっかのおばちゃんへ。僕は寂しい反面ちょっと安心しています。銀幕市が静かになったら少しはおばちゃんが無理をすることがなくなるだろーし。今僕はおばちゃんの横にいないけどそこは察してください。思春期は色々と恥ずかしんだよちくしょー。帰ってもいじらないでください。……あれだ、なんだ。今までサンキューだ。これからもよろしく』"

 ラジオにも小瑠璃にも、素直な気持ちは最後の最後まで見せられないミイラであった。


◆21:25 FM銀幕
「えー、そんじゃミイラからのメッセージは次で終わりかな。えーと、理晨様と理月様へ……おー、これ理月じゃん。ちょーどいいや、ここで飛び入りゲスト紹介すんぜ! カフェ『楽園』からわざわざ歩いて来てくれやがった刀冴と理月のおふたりー! ……ほら、挨拶ぐれーしろよ」
「こ、これもう皆に聞こえてんのか?」
「聞こえてるっつの! 刀冴もマイクいじってねーで何か言えって」
「お、おお……突然話振られると思い浮かばねえもんだな……」

 普段は杵間山の古民家に居を構えてアナログな生活を送っている刀冴と、携帯電話の着信音にも驚いて飛び上がる理月が、これだけの機械に囲まれるのは初めてのようで、マイクがオンになっているというのに落ち着き無く周囲を見回したり、何を喋っていいのか迷ったりしている。

「えーーはい、既に飲み会の三次会的なグダグダのノリでお送りしてます。シャイな二人はおいといて、ミイラからのメッセージ続きいくぜ。理月、喋んねーでいーからしっかり聞いとけよ。

『理晨様と理月様へ。第三者が何言っても意味ねーけど、兄弟と離れるしんどさはちょっと分かるつもりでいます。これから理晨様はまたどっかの戦場に行くのかもしんないけど、気が向いたらアイスでも食いに戻ってきてください。カッコ、客引きだよ客引き! カッコトジ。……追伸、ホンオフェ味とキビャック味を鋭意制作中』
……だってよ」

「……ありがとう、ミイラ。理晨が今の聞いてなかったら、ちゃんと伝える。アイスも食いに行くように言う。ミイラからのメッセージ、聞けてよかった」

 機械に囲まれての緊張は解けないままだが、自分と理晨に宛てたメッセージを受け取って理月は穏やかに微笑んだ。

「KENも、ありがとう」
「はっはー、オレは直接乗り込んで来たお前らに脱帽だぜ。そーじゃなかったらミイラに返事出来てねーだろ」
「そうだな、本当だ」
「んじゃ、お前らもなンかいっとく? メッセージ」
「……うん。刀冴さんもあるよな」
「おう、勿論だ」

 KENがミイラからのメッセージを読み上げている間、刀冴はスタッフから紙とペンを借りて原稿を書いていたらしい。まだ内容を決めあぐねている理月を横目に、マイクに向かって語り始めた。

「あー……、この声が本当に銀幕市全部に届いてるのが未だに信じられねえんだけどよ、KENが折角喋らせてくれるから、俺もそのメッセージってやつを届けさせてもらうぜ。

 まずは、今まで出会えたこの街の皆に感謝してる。俺と出会ってくれた偶然を幸運に思う。
 それから、俺の大事な友人に。
 銀二、アル、ルイス。瑠意、ブラックウッド、リゲイル。ウォン、トト、縁。P、来栖、太助。白亜に取島、クレイ、昇太郎、あとタマ……じゃなくてミケ。理晨、ヴァールハイト、イェータ、スルト。それから理月と、十狼。……ははっ、書いてるうちは足りねえなって思ったが、読み上げてみたら長いもんだな。……とにかく。
 俺が今の俺になれたのは、みんなあんたたちのお陰だ。本当に、ありがとう」

 マイクから顔を離して椅子の背にもたれかかり、刀冴は少しだけ笑った。嘘偽り無い気持ちを伝えることは難しくないけれど、やはり若干照れ臭さが残るらしい。

「ははっ、言い損じがねぇか肝が冷えたぜ」
「なんだよー、言ってくれたらオレが読んだげたのにッ」
「馬鹿野郎、そんなこっ恥ずかしい真似なんか出来るかよ」
「じゃあ、次は俺が。……ちゃんと自分で読むからな」
「おー、噛むなよー理月」

「……えーと、このラジオを聴いてくれてる銀幕市の皆へ。知ってる人も知らない人も、とりあえず、初めまして。俺はムービースターの理月です」

 律儀な挨拶から始まった理月のメッセージを、KENはニヤニヤ笑いながら眺め、刀冴は微笑ましく見つめている。二人分の視線を感じながらも、急いで書いた原稿から目を離せずに理月はゆっくりとそれを読み上げた。

「俺は今日、カフェ『楽園』で刀冴さんと一緒にこのラジオ……瑠意からのメッセージを聞いて、俺たちも何か伝えたくなってここに来たんだ。突然なのにここに座らせてくれて、喋らせてくれたKENに、まずはありがとうを伝えたい。それから、俺の大切な人にメッセージを伝えていく。聞いてるかどうか分かんねえけど、伝えさせて。

 理晨、出会ってくれてありがとう。
 太助、いつも力づけてくれてありがとう。
 ブラックウッドさん、いつも大切にしてくれてありがとう。
 ……俺に、痛みにも全部感謝しようって思わせてくれてありがとう、……刀冴さん」

「……!」

 自分の番が終わり、すっかり気の抜けた顔で水を一口含んだ刀冴が、自分の名前を聞いた途端に目を丸くした。理月はまだ原稿から目を離さない。恥ずかしいのか、どんな顔をしていいのか分からないのか。
 黙っている理月を見たKENが慌てて割り込もうとすると、理月は手でそれを遮ってメッセージの続きを読み上げた。

「理晨。イェータ。瑠意。リゲイル。どうか、ずっとずっと元気で、幸せで。……俺、いつでも、あんたたちの傍に、いるから」

 残る友人たちの幸せを祈る理月は、消えてしまうことが寂しいけれど怖くはない。自分の意志で選んだ結末が、この街と大事な友人を守れたことが、この街に存在出来たことが、全てが誇らしい。

「俺も居るぜ、忘れんなよ」

 ふっと笑い、少しだけ机に身を乗り出して刀冴が後を続けた。魔法はもうじき終わってしまうけれど、自分は十二分に満ち足りた。いつだって精一杯やってこれた、だから後悔も無い。願わくば、残る彼らに明日の光が優しくあるように。
 二人は満足げに頷いて、KENに目線をやった。伝えたいことは全て伝えたようだ。KENも笑ってヘッドフォンを再び耳にかけ、声を紡ぐ。

「えー、飛び入りゲストの二人はサンクス! この後もゆっくりしてってな。そんじゃ一曲流してからCMだぜ、ミイラからのリクエストが……っと。

『とりあえずラジオなんで、リクエストはNearFearで一曲お願いします。生MC期待』
あー……やんねーよ、アホ。オレぁ確かにNearFearってことになってっけどさ、それはオレの役なの。本物居るっつーの。あくまでオレの曲だけどオレの曲じゃねーの!分かる? この差ッ! だから今日は作ってきたんだよちゃんと。名義? オレのソロに決まってんだろ、生でなくて残念だけど聞いてくれ、【KEN from NearFear-featuring Ginmaku City】……っつかオレで『Dream a dream』」

 重低音で構成されたシンセストリングスと、軽快なスカの音色でイントロが始まる。

"Say hello to ALL! Lay hands on you!
Say hello to ALL! Lay hands on you!

パズルのピースはバラバラ でも気分はPeaceでキラキラ
繋ごうsequence 歌おうWeekend

夢が覚めてもまだまだまだまだ夢は続く
俺が冷めてもまだまだまだまだ君は踊れ

It's fantastic days
Show must go on
Dream a dream, In early summer

Say hello to ALL! Lay hands on you!
Say hello to ALL! Lay hands on you!"

 全ての人に祝福を、全ての道行きに光を。
 誰でもない、一人の人間として奏でられた言葉を載せて、FMの電波は誰かの元へ。


◆21:40 銀幕市某所 ライヴ会場
「メッセージ……読まれたかなぁ」
「どうしました?」
「いや、何でもないよ」

 通しで……とはいえ、その都度スタッフのチェックが入るため実際は細切れで進んでいるリハーサルの合間。舞台装置の安全確認を行っており、瑠意はその間に軽い夕食と仮眠を取っていた。
 リハーサルの進捗が気になるのと同じくらい、ラジオに送ったメッセージが読まれたか、そして聞かれたかが気になっている瑠意は勿論仮眠どころではなかったのだが。

「30分後にまた来ますんで、ゆっくり休んでくださいね」
「うん、頼むよ」

 やたらそわそわと時計を気にしている瑠意を見かねて、スタッフが楽屋を離れた。一人の時間に思うことは。

「どこまでも続く……生命の道程を……♪」

 信頼出来る仲間と紡いだ、奇跡のような音色。
 そして。

「十狼、さん……」

 書こうとして書けなかった……正確には、書いたけれど勇気が出なかった言葉。

「愛して、います」

 いつまでも、そう、いつまでも。
 重ねた時間が真実ならば、この気持ちもいつか醒める夢では無いのだから。


◆21:50 FM銀幕
「皆、沢山のメッセージマジサンクス。届いてるといいなと思う。そんじゃ、ここからはオレに喋らしてね。オレもこの街に生まれて、色んな奴と会えて、色んな事が出来た。本当に、ありがとう。
今日、本当はさ、星砂海岸で早めの夏フェスとかやりたかったんだけど。オレこー見えて涙脆いんだぜ、皆の顔見たらぜってー泣いちゃうって思って諦めたんだわ。ステージ立って号泣とかどんだけ痛々しいんだっての。そんな夏フェス嫌すぎるだろ! 夏フェスっつか梅雨フェスだよな! ……来てくれた皆をしんみりさすのもヤだったしさ、それならラジオでバカ騒ぎしたほーがオレらしーかなって。うん、まー、そーゆーアレ。ってことで、オレも皆みたいに、世話んなった奴にメッセージがありまーす。

えー、とりあえずものすごい偶然の積み重ねでオレの目の前に座ってる刀冴と理月。
オレと乾を助けてくれたこと、オレと妙のキューピッドになってくれたこと、マジで感謝してんぜ。それから、オレの友達になってくれてサンクス。あとメシ美味かった!

それから、柘榴、リシャールも。二人とも元気にしてっか? 乾の野郎、たまにお前らのこと話すぜ。礼言っとけよって。ありがとな。お前らの名前、乾のPVにずっと入ってっかんな、だからぜってー忘れられねーぞ。

エドガー。なンかオレら、会うときはいっつも美味いもん飲み食いしてたよな。妙のときも、バレンタインのときも。また一緒に飲みたかったぜ。
ハウレス、天弥。妙がね、またご飯食べに来て欲しかったって。オレはシズカの肉球をぷにぷにしたかった! あと来栖のサインもらっときゃよかった!
リカ。おめーの殺人料理はマジで一生忘れねー。でも、妙を元気づけてくれたことは感謝してるし、そのポジティブ具合は尊敬すんぜ。サンキュー。

志郎、リョウ。船のバーで飲んだの、昨日のことみてーだな。あとお前らさー結局年末のあん時何があったか教えてくんなかっただろ。今ならまだ間に合うぜ、オレの思い出を奪っていかないでッ! ……あ、やっぱ生放送中は恥ずかしいから今度でいーや。あと志郎のカレーいっぺん食ってみたかった。それとリョウにナンパ教わりたかったー。

それから、おばちゃん……あ、海賊船のハンナおばちゃん。
クリスマスプレゼント、ちゃんと使ってるぜ。あのね、妙に手伝ってもらいながらだけど、ロールケーキ作れたんだぜ! すっげー美味かった。妙も美味しいって言ってくれた。おばちゃんが料理好きな理由、やっと分かったぜ。……ごちそーさま!」

 ゆっくり、一人一人の顔を思い浮かべながら。この街で出来た思い出を噛み締めるように、KENは言葉を選ぶ。KENの手元にはもう、何の原稿も無い。これは紙に記さなくていい、録音もしなくていい。この日、この時、自分がラジオで何か喋っていたなと、誰かの記憶の片隅にでも残ってくれるならばそれがいい。

「……以上、オレからでしたッ! 皆サンキュー! つーわけで、現在の時刻が21:53。この番組もそろそろおしまいだ。何度も言うけど、リスナーの皆、メッセージくれた皆、マジでありがと。オレとか、ムービースターの皆はあと50時間ちょいで居なくなっちまうけど、残る皆は、オレらのことを……覚えてて。それだけでいい。思い出の品なんかとっとかなくていーし、記念碑とかそーゆーのもいらねーよ。その代わり、忘れないでいてね。……頼むわ」

「しんみりするんじゃねぇよ、笑え笑え!」
「笑ってるっつの! つーか泣いてねえ!」
「誰も泣くななんて言ってないだろ、なあ刀冴さん」
「だーもーお前ら調子乗んな!」

 目尻にうっすら涙の浮かんだKENの額をこづき、刀冴が笑った。理月もKENの瞳を覗き込んで目を細めている。電波が誰かと誰かの心を繋げる時間が、もうすぐ終わる。

「えー……【Early summer, Dream a dream】、この番組はパニックシネマ、スーパーまるぎん、銀幕ジャーナル社の提供でお送りしました。See you next re-birth!」


___ポップコーンに新作フレーバー、スパイシーカレー&メイプルシナモンが登場! パニックシネマが22時をお報せします……


 初夏の夜の夢、Dream a dream。これにて、終幕。

クリエイターコメントお待たせしました、
【最後の日々】Early summer, Dream a dream お届けです。

まずはたくさんの熱いメッセージ、ありがとうございました。
お預かりしたものは全て読み上げさせていただきましたが、万が一読まれていないものがあった場合はご一報ください。
なお、番組進行の都合上、お預かりしたメッセージの順番を若干前後されております。その点ご了承くださいませ。

今回は、シナリオに参加されていないPCさんへのメッセージが本当に沢山登場しています。
ご参加されていない方も、参加者の方と、ついでにKENとご縁がありましたらどうかご覧になって……いえ、お聴きになってみてください。

あらためまして、ご参加ありがとうございました。
皆様の思い出と声を繋げるシナリオを執筆するという幸せな時間をいただけて、瀬島は幸せです。
公開日時2009-06-19(金) 18:10
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