★ 【White Time,White Devotion】満ち満てるオトノハ・ファンタジア ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-6130 オファー日2008-12-30(火) 03:10
オファーPC 来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
ゲストPC1 片山 瑠意(cfzb9537) ムービーファン 男 26歳 歌手/俳優
ゲストPC2 フェイファー(cvfh3567) ムービースター 男 28歳 天使
ゲストPC3 葛城 詩人(cupu9350) ムービースター 男 24歳 ギタリスト
ゲストPC4 マリアベル・エアーキア(cabt2286) ムービースター 女 26歳 夜明けを告げる娘
ゲストPC5 理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
ゲストPC6 刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
ゲストPC7 三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
ゲストPC8 神音(cavr6107) エキストラ 男 37歳 歌手、俳優
ゲストPC9 萩堂 天祢(cdfu9804) ムービーファン 男 37歳 マネージャー
<ノベル>

 1.うたびと集う

「だからさ、何もクリスマスだからってラブソングを歌わなきゃいけない、ってわけじゃないんだから」
「そうそう、瑠意(るい)さんの仰る通りですよ。それほど大規模なライブでもありませんし、来栖(くるす)さんの好きな曲を歌えばいいんですから。ね?」
「……」
「しかしまぁ何ヶ月も前にオファーのあったやつを今になって渋るとかくるた……いや何でもない、香介(きょうすけ)らしいよな」
「その気紛れなところも来栖さんらしくていいといえばいいんですけどね。さすがに今回は、チケットも完売していますし、ここでキャンセル……というのは、ファンの方々をガッカリさせてしまいますから」
「……」
「なんなら、クリスマス成分とラブ成分は俺が担当してもいいからさ。あと十日だろ? 早めに練習始めねぇとやばくね?」
「そうですね、設備はすでに整っていますし、MCに出ていただくミュージシャンの方々の準備も万端です、いつでも始めてもらえますよ。毎度のことですが、楽器や音響、スタッフなど、すべて最高のものばかりが揃っています。きっと、忘れられないライブになるでしょうね」
「……」
「なあ、香介。いい加減観念したらどうだ?」
「ねえ、来栖さん。そろそろ前向きな返事が欲しいんですけど」
 片山(かたやま)瑠意と萩堂天祢(しゅうどう・あまね)のふたりにサラウンドで攻め立てられて、来栖香介は少々げんなりしながら左右を見遣った。
「……返事は?」
 言って、可愛らしく小首を傾げる瑠意は、見てくれだけなら爽やか系美青年というやつだが、実は相当な腹黒で怒らせると怖い男だということを知っている人間はそうそういないだろう。
「……」
 どうしても気が進まなくて、なおも沈黙していると、
「そういえばさ、香介」
 世間話のような口調で言った瑠意が、ぱきぱきと指を鳴らし、
「俺、最近握力が百を超えたんだよね。……試してみるか? 前みたいに、頭頂部で。そうしたら、返事もすらすら出てくるかも知れないし……まぁ、やってみる価値はあると思うんだよな」
 などと、碌でもないことを言ったので、香介は思わず後方へ跳んで身構えた。
「そんな大袈裟な。俺、傷ついちゃうぞ?」
「どの口で傷ついちゃうぞとか言うんだこの腹黒!」
「やだなぁ、俺の腹ん中なんて真っ白だぜ? セーレンケッパクってやつだ」
「なんでそんな片言っぽいんだとか突っ込む前に、自分で言うやつが一番信用出来ねェって知ってるか……?」
 カラーコンタクトで染めた赤い目を眇めて香介が言うと、瑠意は軽やかに笑って肩を竦めた。どうやら、自覚はあるらしい。この男が可愛らしいのは、杵間山の中腹に住まう某人物を初めとしたごくごく一部の前に過ぎない。
「ま、それはさておき、ホントどーすんだよ? せっかく神音(ジンネ)さんだって来てくれてるんだし、早く決めようぜ?」
 瑠意が指し示す先には、事務所の壁にもたれるようにして、三人の一連のやり取りを見つめている神音の姿がある。
 常に無表情に近い人物なのだが、何故か今ばかりは、不思議な光沢のある目に、事態を面白がっているような色彩が浮かんでいる気がして、香介は、これは被害妄想なのだろうか、などと思った。
「……あんたは」
 低く呟くと、神音が首を傾げる。
「どうした」
「いや、あんたはどーなんだ? ここにいんのだって成り行きみてーなもんだろ。萩堂に巻き込まれたっつーか、否応なく引きずり込まれたっつーか。そんでも構わねーのかよ?」
「巻き込んだ、引きずり込んだとは失礼な。丁重にお願いして来ていただいただけですよ」
「おまえの『お願い』は何か信用出来ねーんだよ」
「来栖さん……」
 物悲しげな表情をする天祢を、自業自得だろと切り捨てる。
 詳しいことは知らないし、興味もないが、いつの間にか、気づいたら自分のマネージャーに収まっていたこの男が、様々な――特に香介と香介の音楽が関わる――場面において、金やコネの力を駆使していることに気づいていないわけではないのだ。
 特に天祢は、金銭が有り余っている家の子息なので、そういう意味では歯止めの利かない男なのだ。彼は、香介とその音楽のためなら、平気で何かを犠牲にするし、投げ出しもするだろう。
 それを香介は馬鹿だと思うのだが、少々溜め息の混じったその思いに、天祢が気づいているかどうかは微妙だ。
 と、
「確かに、私がここにいるのは成り行きだが……」
 ほつり、と神音が口を開いた。
 中性的で性別を計りにくい香介の声と同じく、性別も年齢もはっきりしない、不思議な音韻を伴った声だ。
「だが?」
「きみや瑠意と、声や旋律を揃えてうたうのは、さぞ楽しいだろうとは、思う」
「……そういうもんか」
 香介は肩を竦めた。
 香介にとって歌は――音楽は呪いだ。
 どうしようもなく愛しながらどうしようもなく憎んでいる。
 音楽がなければ生きられないと知っていて、時折、音楽に関する何もかもを無茶苦茶に壊して投げ捨ててしまえれば、と思いもする。
「仕方ねぇ、やるか」
 神の音と称されるこの歌い手からは、香介の抱く類いの負は感じられない。
 しかし、何故か香介は、神音に、自分と近しい何かを感じ取っている。
 朴訥な言葉についうなずいてしまったのは、そういう理由もあったのかもしれない。
「本当ですか、来栖さん! 判りました、では早速手配を……!」
 ようやく得られた色よい返事に喜び勇んだ天祢が、諸々の準備のために事務所を文字通り飛び出していき、瑠意が友人たちに招待チケットを配るべく出て行く。
 それを、どこまでやる気満々なんだと呆れながら見送って、
「んじゃまぁ、さっさと調整すっか」
 香介は自分のやるべきことがどれで、準備すべきものがなんなのかを脳裏に算段し始めた。
 香介の音楽に対する執念は常人の比ではない。
 どうしようもなく忌避しながらどうしようもなくこだわり、執着もしているそれのためならば、努力は惜しまないのが香介だ。
「二時間半のライブで、歌い手は三人か……クリスマスソングは瑠意にやらせるとして、あんたは?」
 香介のうたう歌は、ひとつのジャンルに留まらない。面白いと思えば――そのときの気分にピタリとはまれば、讃美歌でもヘヴィメタルでも演歌でも童謡でも歌いこなすのが来栖香介という人間だ。
 だから、一口にライブと言っても、まず、演奏すべき楽曲の方向性を定めないことには始まらない。
 神音は民族音楽とニューエイジ・ヒーリングを掛け合わせたような歌が基本だし、瑠意はポップなバラードを得意とする。
 なかなかにカオスで濃厚なコンサートになりそうだ、と香介は思った。
「そういうきみはどうなんだ、香介?」
「んー、オレか? 最新アルバムの楽曲をいくつかと、あとヴァイオリンもやるかな。瑠意やあんたと即興で何かあわせてもいい」
「なるほど。……私は新曲のストックがあるから、それでも出そうかと。きみたちに一緒に歌ってもらうのも、楽しそうだな」
「へェ、なかなか剛毅だな、そりゃぁ」
 にやり、と笑って、香介は手をぱちんと叩いた。
「よし、九日で全部まとめる。あんたも出来るだろ? 出来るよな?」
「……ああ」
 香介の無茶振りに怯むでもなく、淡々と頷く神音。
 香介は満足げに頷き、戦闘と音楽に関して『だけ』は回転が速い……と言われる思考をフルで動かして、来るべき十日後、何をどう歌い、どう奏でるか、を算段し始めた。
 思考の裏側を、幾つものメロディが巡っていく。
「ま、……悪くねぇ」
 音楽は香介の呪いで、彼を縛る鎖だ。
 しかし、やることが決まってしまえば、彼は全力を尽くすし、その状況を楽しみもする。
 それだけのことだ。



 2.音の元に集う人々

 葛城詩人(かつらぎ・シド)は家主である来栖香介から招待券をもらい、友達以上恋人未満である――しかし身体を張って守ることに何ら躊躇いのないくらい大切な――マリアベル・エアーキアを誘って、デート気分で出かけた。
「おー、結構賑わってるじゃん」
 ぐるりと周囲を見渡し、屋外コンサート会場にどんどん人が入ってくるのを見ながら、詩人は目を細める。
 家主は大規模なライブではないと言っていたが、それは香介の感覚からすれば……であって、観客が五百人というのは、そこそこ大掛かりなのではないか、と詩人は思う。
「どんな歌が聞けるのかしら……楽しみね」
 マリアベルがふんわりと笑う。
 詩人はそれだけで嬉しい気分になって、何度も頷きながら無邪気に笑った。
「まぁあのくるたんだし? がっかりさせるような真似はしねぇと思うぜ」
「そうね、シド君がそう言うのならきっと大丈夫なんでしょうね」
 と、マリアベルが向けてくれる笑顔に、詩人の心は少年のように弾む。
 らしくない、と思わないわけではないが、映画を超えて出会った大切な女性の、仕草のひとつひとつに動かされる心を楽しんでいるのもまた事実だ。
「わたし、あまりよく知らないまま来てしまったのだけれど……今日は、香介君以外に誰が歌うの?」
「ん? ああ……俺もこっちのmusicianやsingerに詳しいわけじゃねぇからあんまりよく判ってないんだけど、メインは、キョウスケの他に、ルイも来てるらしいし、あとジンネって奴もいるらしいぜ。ルイとは俺、一緒に、まるぎんってとこでliveやったことがあるんだ。あと、MCにその三人の知り合いのmusician連中が何かやるとかも聞いた」
「へえ……そうなの。楽しみね」
「ああ、招待券のお陰でいい場所に陣取れたしな。……それに」
「あら、どうしたの、シド君?」
「いや……ほら、マリアと一緒だからさ」
「まあ」
 詩人が彼女への呼称から『さん』を抜いてどのくらいになるだろうか。
 身近に、親密になった女性に、素直な言葉で好意を伝えることは、詩人にとって恥ずかしい行為ではない。帰国子女である彼にとって、むしろそれは、きちんと言葉で伝えるべき感情だ。
 それゆえに発せられた詩人の言葉に、マリアベルは苺色の目を瞬きさせ、それからふわっと笑った。
「……そうね、わたしも、シド君と一緒だから、楽しいし、嬉しいわ」
 言ってくすくす笑うマリアベルと顔を見合わせ、詩人もまた笑う。
 これから始まるライブへの期待と、ふたり一緒だということに対する弾むようなうきうきとした気持ちで、詩人が舞台を見遣った時、
「お、この辺かな。……しかし、すげぇ人出だよな。これで小規模って、いつもはどんな規模のコンサートをしてるんだろ」
 すぐ傍で、邪気のない闊達な声が響いた。
「さぁな……全部で五百人っつったか。まぁ、確かに、軍隊としちゃそんな大した規模じゃねぇよな。錬度にもよるが、俺ひとりでも三十分もありゃなんとかなる程度っつーか」
「いや刀冴(とうご)さん多分それ判断基準としちゃ間違っ……」
「でもホント楽しみですよねっ! 香介さんも瑠意さんも、一体どんな歌をうたうのかなぁ。私、昨日から楽しみ過ぎて眠れないくらいだったんですよ! 折角招待状もらったんだから、バロア君も来ればよかったのに」
「ん、なんだ、あいつ忙しいのか?」
「はい、何かの研究が大詰めらしくて。目を離せないんだそうです」
「そっかー、それは残念だな。あ、薺(なずな)、あいつにまた一緒にラーメン食いに行こうぜって伝えてくれ。あとタスクにもよろしくな」
「あ、はい、伝えておきますね」
 ほのぼのとした和やかな会話が隣で繰り広げられるのを、詩人は聞くともなしに聞いていた。
 ちらと見遣った視界の端に、青い衣装を身にまとった長身の男と、白銀の目以外すべてが漆黒という青年、そしてやわらかい雰囲気をたたえた可愛らしい少女の三人が映り、詩人は、率直に、変わった取り合わせだな、と思った。
 ここは招待客用のスペースだ。
 特に、今詩人たちがいる辺りは、出演者の身内や友人など、親しい関係者ばかりが集められている。ということは、この三人も、今日の出演者三人の友人たちなのだろう。
 詩人自身が戦いに身を置く人間だからこそ判るのだろうが、青い男と漆黒の青年は明らかに手練れと判る雰囲気を覗かせており、しかもそのくせ周囲に溶け込み不審を抱かせない自然さを備えてもいて、詩人は、今日の出演者たちは一体どういう友人関係を持っているのかと他人事ながらいっそ感心した。
 と、詩人の視線に気づいたのだろうか、青い男が、夏空のような真っ青な目を細め、詩人を真っ直ぐに見たのだ。
 耳が尖っているのは、彼が、人間ではない種族だからだろうか。非常に整った顔立ちの男だったが、それよりも印象に残るのは、顔立ちの美醜よりも、眼差しや表情の明るさだった。
「あんたたちも瑠意や香介や神音の友達か?」
 低く耳に心地よい、しかしどこか少年めいた闊達さの残る声に問われ、詩人は笑って頷く。
「俺はくるたんの同居人なんだ。まぁ、友達ってことだろうな。俺は詩人、こっちはマリアベル。あんたたちは?」
「俺は刀冴だ。瑠意と来栖の友達だな」
「あ、俺は理月。瑠意と香介の友達で、神音さんには間接的にお世話になってるっつーか」
「何だその間接的ってのぁ」
「や、俺のいる映画の主題歌っての、うたってくれてるらしくて。だから、理晨は面識あるみてぇだけど」
「ああ、なるほど。……うちのはどうなんだろうな、今度訊いてみるか」
「『Supernova』の詩人さんと『レスティア物語』のマリアベルさんですよね! 私、両方とも大ファンです! あっ、私は三月(みつき)薺と言います、どうぞよろしく」
 ニコニコと笑った薺がぺこりと頭を下げる。
 それを見てマリアベルが微笑んだ。
「そうなの……嬉しいわ、どうもありがとう。こちらこそ、どうぞよろしく」
 ひとしきり自己紹介と挨拶が終わり、詩人が、今日は楽しい一日になりそうだ、と再度思ったところで、アナウンスが、開演が近い旨を告げた。
「……どんなコンサートになるのかしら。楽しみね」
 苺色の鮮やかな目をきらりと輝かせてマリアベルが言い、詩人は笑って頷くと、鉄骨と機材で組み上げられた舞台を見遣った。
 と、ばさり、と羽音がして、四枚翼を背に負う野生的な美貌の青年が、舞台をかたちづくる鉄骨の天辺に舞い降り、金の目で会場を見下ろすのが見えた。彼も誰かの友人だろうか、と思い、何とも面白い街だと思いながら、詩人はライブの始まりを待つ。



 3.見えない壁

「……なんか、おかしくねぇか」
 五曲目が終わった頃だと思う。
 ライブ全体では四分の一が進行した辺りで、片山瑠意は、神音の歌と、他のミュージシャンたちのMCに場を任せ、着替えや水分補給に戻って来て、香介のそんな言葉を聞いた。
 そして頷く。
「うん、確かに。なんか……ノリが悪いっていうか」
 いつもなら、こんなことはありえない。
 香介のファンと瑠意のファン、そして神音のファンは若干毛色が違うが、それでも、三人とも、音楽を通してひとつになれる喜びを感じることの出来る、素晴らしい一時を創っている。
 観客は紡がれる音に歓喜し、全員で一丸となってコンサートを楽しんでいる。いつもなら、そのはずだ。それが、今日は皆、妙によそよそしい。
 眼差しがひんやりしている、と言えばいいのだろうか。
 白茶けたような表情は、エンターテイメントを司る身としては、正直、心苦しい。
「……そういえば、刀冴さんたちも、何か妙な顔してたな。そんなに変なこと、してるつもりはないんだけど……なんだろう、なにかあったかな? 何にせよ、あと十分くらいで何とかしないと……うーん」
 瑠意が考え込んでいると、
「おい、クー、ルイ」
 印象的な美声とともに、ワイルド&セクシーを地で行く天使、フェイファーが楽屋に顔を覗かせた。フェイファーは、香介の義兄弟である美大生の青年の友人なので、当然、瑠意とも面識がある。
「どうした、フェイファー。そのカッコからして仕事中じゃねぇのか」
 背に四翼、思わず荘厳な気持ちにさせられる正装という出で立ちのフェイファーを見れば、今日がクリスマスという一大イベントで、愛を司る天使の仕事が佳境であることが判る。
 それなのに何故、というニュアンスを含んだ香介の言葉に、フェイファーはぐるりと周囲を見渡して、楽屋ではない『何か』を見たようだった。
「ん、や、たまたま通りかかって、クーの晴れ姿でも見て行こうと思ったんだけどな」
「ああ、それでどーした?」
「うん……なんか、精霊の様子がおかしいんだ」
「あん?」
「音……を司る奴らなのかな。そいつらが妙に不貞腐れてて、音の響きを悪くしてる。理由は判らねーけど」
 首を傾げるフェイファーに、香介が眉をひそめた。
「待て、ってことは、客のノリが悪いのは、そいつらがオレたちの歌を客席に届かなくしてるから、ってことか」
「あー……まぁ、そーいうこったな。ステージと観客席の間に空気の壁みてーなもんがあるんだ」
「……ふざけてやがる」
 胡乱な目つきで香介がつぶやく。
 じわり、と怒気と殺気が滲んだのを見て、瑠意は苦笑した。
「お客さんがびびるからそう殺気立つなって。何か理由があるのかも知れないだろ」
 意図的に避けてでもいるかのように、積極的には音楽に関わりたがらない香介だが、一旦引き受ければ、そのすべてを完璧に遣り遂げようとする。
 だからこそ、邪魔するものには容赦がないのだ。
「そうだぜー、カリカリしたって仕方ねー。音を司るってことは、本当は音楽が好きなはずなんだ、あいつらにとっちゃ存在意義なんだから。それが不貞腐れてるってのはホントにおかしなことなんだぜー?」
「そんなもんオレには関係ねぇっつの」
「判ってるって。でも、邪魔されたから力尽くで、なんて、この場所には相応しくねーだろ? どうせなら、思いっきりうたって、それで精霊の凍った心まで溶かしてやりゃーいいんじゃねーの?」
「あ、それいいな。なんか……平和的で、楽しい。俺たち自身のためにもなりそうな」
 瑠意は笑って頷く。
 彼にとってうたうことは生きることだ。
 きっと、歌なしに瑠意は生きていられない。
 歌があったから、苦しいことも辛いことも乗り越えてこられた。
 自分も歌を届けたい、誰かを幸せにしたいと思ったから、今の片山瑠意がある。
 それを伝えたくて、瑠意はステージに立つのだ。
 全身全霊でうたうことで、精霊がそれを判ってくれればいい、と思う。
「だろー?」
 にやり、と笑ってフェイファーが指を鳴らすと、そこには、正装姿の天使ではなく、レザーパンツにブーツ、個性的なシャツをまとったワイルドな青年が佇んでいるのだった。
「……仕方ねぇ」
 香介が大袈裟な溜め息をつき、がりがりと頭を掻いた。
「精霊どもを感動させるよーな音楽をやりゃあいい、ってことだろ、要するに?」
「そーいうこった」
「だね」
「なら……感動のあまりブッ飛んじまうよーなの、やってやろうじゃねーか」
 言って、にやり、と笑みを浮かべてみせた、中性的に整ったその顔からは、怒りが消えている。吹っ切ったのか、まずやるべきことに意識を切り替えたのかは微妙なところだが。
 瑠意は笑って香介の肩を叩き、彼とフェイファーと並んで歩き出した。
 舞台からは、若干戸惑いの見えるMCが聞こえてくる。



 4.精霊を揺らす

「空気の壁……か」
 銀の目を細めて、理月がステージを見遣る。
 刀冴は小さく頷いた。
「何だろうな、あの辺りだけ、空気が沈んでる。世界の成り立ちや運営に関わる精霊は、基本的にプラスの存在だから、あんな負のエネルギーをまとうことは滅多にねぇはずなんだが……」
「そうね、でも……それほど悪い空気ではないと思わない?」
「ああ、それは俺も思う。……マリアベル、あんたはどう見る?」
 刀冴が問うと、マリアベルはステージを見遣り、静かに答えた。
「寂しい、置いていかれた、羨ましい、妬ましい。そんな感じかしら」
「……俺も同じだ。あの精霊は、元々この世界に存在してる奴らじゃなくて、別の世界から実体化した連中なんじゃねぇかな。自分たちがやるべき仕事が出来なくて、途方に暮れてるところにコンサートが始まって、妬み僻みから邪魔をした……ってとこじゃねぇか」
「わたしも同感よ。わたしは精霊を『視る』ことは出来ないけれど、存在として感じ取ることは出来るわ。『彼ら』は、銀幕市に満ちている精霊たちとは、少し雰囲気が違うものね」
 天人という種族の血を引き、世界の根幹に愛される刀冴には、ステージと観客席の間に陣取って不貞腐れている精霊たちの姿が見えている。だから、そこにわらわらと群がる精霊たちが、寂しそうな気配を漂わせているのも判る。
 彼らは今、迷子になっているようなものなのだ。
「でもさ、可哀想だよな、あいつら」
 ぽつりと言ったのは理月だ。
「俺は精霊とか見えねぇし、よく判んねぇけど、精霊が仕事を出来ねぇって、存在意義をなくしちまうようなもんだろ。……何とかしてやれねぇのかな。ちょっと気づけたら、きっと、一緒に楽しめると思うんだ」
「それ、私も思います」
 一生懸命精霊を探しているのだろう、空を見上げながら薺が拳を握る。
「来栖さんの歌も、片山さんの歌も、神音さんの歌も、どれも個性的で素敵だった。皆さん、音楽を心底楽しんでるんだなぁって、音の響きが悪くても、私にはすごく伝わってきました。それを精霊さんに伝えられたら、精霊さんたちも判ってくれないかな」
「……薺もそう思うか」
「はい、理月さん。私、将来は音楽関係の仕事をしたい、って思ってるんです。だからなのかな、音を司るって言う精霊さんたちにもすごく親近感があるの。途方に暮れて、哀しくて寂しくて、このコンサートを邪魔しているのなら、一緒に楽しめるようにしてあげれば、全部解決するんじゃないか、って」
「だよな。……なあ刀冴さん、なんか方法、ねぇのかな。俺じゃ何も出来ねぇけど、なんとかしてやりてぇ」
 縋るような弟分の言葉に、期待を覗かせた薺の眼差しに、刀冴はほんの少し苦笑した。
 そして、理月と薺の頭を、大きな手で掻き回してから、頷く。
 ステージに瑠意と香介が戻ってくるのが見えた。
 傍らには、先ほどまで様子を伺っていた天使、フェイファーの姿も見える。
「さて……なら」
 言って、意識を集中させる。
 と、清冽な空気が刀冴の周囲を渦巻き、夏空の目の瞳孔が白金に変わる。
 ちらちらと瞬く銀の光は、覚醒領域が解放されている証だ。
「刀冴さん、それ、」
 言いかける理月を視線だけで制し、刀冴は空を見上げ、手を掲げた。
 刀冴の……天人の領域に歓んだ精霊たち、この世界に満ちる根源のエネルギーたちが、きゃわきゃわと笑いさんざめき、活気づいて、会場中を駆け抜けていく。馥郁とした、あたたかくやわらかな、それでいてどこか神々しい空気が、コンサート会場全体に満ちる。
 駆け抜けた精霊たちが、不貞腐れている音の精霊たちを取り囲み、くすぐっている。
 ふるり、と、見えない空気の壁が震えた。
 そこへ、
「……両側から壁を崩せば、なんとかなるんじゃねえかな」
 歌い手四人がそれぞれの位置についたのを見計らって声を上げたのは詩人だった。
 彼は、持ち込んだギターをケースから出し、準備を終えていた。
「こんなお祭の日に、辛気臭いカオしてたって仕方がねえ。人間も、精霊もだ。祭なんてノッたもん勝ちだ、いっちょやってやるか……Are You Ready?」
 三角形のプラスティック片をつまんだ詩人の指が、ギターの弦を撫で、弾く。
 それだけで、軽快なメロディがあふれ出し、理月と薺が目を輝かせた。
 折しもステージ上では、四人に増えた出演者たちが、リズムをそろえて歌声を響かせている。
「ははぁ、『故郷』のrock arrange版ってか……なかなか面白いな! よし、乗った!」
 ニッと笑った詩人の指が、また弦の上を滑る。
 どこか郷愁を誘う懐かしいメロディに、軽快で少し強いリズムを加えて、音楽が紡がれる。
 見れば、理月も薺もマリアベルも、足で拍子を取りながら、その歌詞を口ずさんでいた。
 みし、と音がして――実際には音ではなく、空気の軋みだが――、前方を見遣れば、精霊たちにくすぐられ、ステージ客席双方から音の奔流を浴びせられて、音の精霊たちが半笑いで身をよじっている。
 自分たちの根源、意味に包まれて、音の精霊たちの心が解れてきているのが判る。
「……もう少し、か」
 呟き、精霊たちを活気づかせるべく覚醒領域を維持・拡張する刀冴の傍ら、薺の肩の上で、小さなバッキーがくるくると踊りだした。薺は楽しげに、ふるさとの歌を口ずさんでいる。
 音楽は幸せを創ってくれるものなのだ、と、彼女の表情が語っていた。
 心底楽しげな詩人の手の中で、ギターが軽やかに唸り、そこから紡ぎ出されるメロディが、空気の壁にぶつかり、震わせる。
 みし。
 また、空気の壁が軋んだ。
 否、もう、ひびが入り始めている。
 何故なら、ステージ上から、先ほどの比ではない、圧倒的な歌声が響いてくるのが判るから。
 何かが変わったことに気づいて、一般客たちも活気づいていた。
 パッと表情を輝かせ、ノリのいい、しかし身近なそのサウンドに身を任せ、ある者は足踏みし、ある者は声を揃えて歌いはじめる。
 みし、ぱりん。
 その音を聞いたのは――聞くことが出来たのは、ヒトならぬモノに慣れた刀冴と鋭い感覚を持つマリアベル、そしてステージ上で神々しい音楽を響かせる天使フェイファーくらいのものだっただろう。
 しかし、誰もが理解していただろう。
 今までのコンサートはホンモノではなかったということを。
 みし、ぱりん、しゃりん。
 ――空気の壁が、軽やかな音を立てて砕け落ちていく。
 人々はきっと、感じているだろう。
 これからのコンサートこそが、本番だということを。
 そして今、喜色に全身を輝かせた音の精霊たちが、紡がれ放たれるメロディを受け取って、会場のみならず周辺にまで、その怒涛のような音楽を鳴り響かせているのだということを。



 5.ハルモニア

 何かが変わったことに気づいたのは観客席の人々だけではなかった。
 ステージ上に立つ演奏者たちもまた、自分たちと観客とを隔てていた何かが消滅したこと、今や喜ばしいエネルギーとなったそれらが、コンサートの手伝いをすべく張り切っているのだと感じ取ることが出来た。
「さーて」
 にやり、と笑い、香介がヴァイオリンを手にする。
「こっからが本番だ……そうだろ?」
 香介の言葉に、ベースを手にした瑠意が笑って頷いた。
 その隣に神音が並び、不思議なブロンズ光沢のある目で、まるで精霊たちが見えてでもいるかのように空中を見上げている。
「派手にやってやろーぜ?」
 フェイファーはからりと笑って前へ進み出た。
「そうだな。……っとその前に」
 瑠意が舞台の裾に控えている天祢の元へ歩み寄り、何ごとかを囁くと、天祢は笑って頷き、すぐに姿を消した。
 その間に、香介とフェイファー、神音が、まさに神代のと称するのが相応しい、重厚で神秘的なメロディを響かせて、観客たちを――そして精霊たちを、うっとりと酔い痴れさせている。
「お連れしましたよ、片山さん」
 ややあって戻ってきた天祢は、よくよく見知った人々を伴っていた。
「いらっしゃい、詩人さん、マリアベルさん、薺ちゃん、理月、それに刀冴さん。あの、精霊たちを宥めてくれたの、皆さんですよね? ありがとうございました。クリスマスにさ、力尽くで物事を解決……なんて、ちょっと哀しいかな、って思ってたから」
 瑠意の言葉に、詩人が首を横に振り、マリアベルは穏やかに微笑み、薺はにっこり笑って首を横に振り、理月がよかったな、と笑い、刀冴は小さく肩を竦めた。
「精霊ってのは世界の根源だ。その根源を哀しませたまま、ってわけにはいかねぇだろうよ。別に、あんたたちのため、ってわけでもねぇ」
「ああ、その返し、刀冴さんらしいな」
「そういうもんか。……で? 何で俺らはここに呼ばれたんだ?」
「や、折角だから一緒に、って思って。精霊たち……なのかな、目に見えないものがすごく喜んでるのが判るから、その喜びを、ここで共有出来たら、って思って。それに俺、詩人さんや薺ちゃんと共演したかったし」
 瑠意が言うと、詩人と薺は嬉しそうに笑って頷いた。
 刀冴と理月は顔を見合わせている。
「つっても俺ら、演奏なんか出来ねぇぞ」
「うん、聴くのは好きだけど、演奏すんのはなぁ」
「や、だからホラ、剣舞が見たいなーって。俺たちの歌で、ふたりが剣舞、なんて、素敵過ぎません?」
「……なるほど」
「あー、そっか、それなら」
 再度顔を見合わせ、肩を竦めて頷くふたり。
 その隣で、
「わたしは……どうしようかしら?」
 マリアベルが小首を傾げると、すかさず詩人が彼女の傍らに立った。
「俺の隣で、俺の一番近くで、俺の音楽を聴いててくれたら嬉しい。……もちろん、一緒に歌ってくれたら、もっと嬉しいけど」
「……まあ」
 率直な詩人の言葉に、マリアベルは花が綻ぶようにふんわり笑って、詩人とともにステージの前へと歩み出る。
 観客は、出演者の数が増えたことに、そしてその顔ぶれが、銀幕ジャーナルでよく見知ったものであることに対して拍手喝采で応え、その登場と共演を喜んだ。

『なら……次は』

 あれだけの音量、あれだけの音域で歌いながら、まったく息も切らしていない香介が、共演者たちを指し示し、それからマイクに――観客席に向かって、次なる楽曲の名を告げる。

『オレと、瑠意と、神音で、今日のために創った。……ここにいるこいつらも、ま、やれるだろ』

 あっさりとした無茶振りに、あちこちからくすくすという笑いが起きる。
 香介はにやりと笑い、演奏者たちに片手で合図を送った。

『――……【オトノハ・ファンタジア】。今日のこの日の、響き合った数多の魂のために』

 それと同時に流れ出す前奏。
 香介がスタンドからマイクを毟り取り、瑠意は流麗な立ち姿でマイクに手を添え、フェイファーはソリストのように両手を広げて天を仰ぎ、詩人がワクワクを抑えられない表情でギターのピックを握り、マリアベルはそんな詩人に明るい笑みを向けて、薺は楽しそうに笑って瑠意の隣で彼を見上げ、刀冴はやれやれといった風情で真紅の大剣【明緋星】を抜き、理月は刀冴に無邪気で嬉しげな笑みを向けたあと自分もまた『白竜王』を抜いて、神音は香介の隣で静かに微笑を浮かべ、天祢はそれらが渾然一体となった空間に頬を緩めた。

『さあ……行こうぜ、ブッ飛ばそう』

 ヴァイオリンの弦に弓を当てた香介の、ふてぶてしく強い、そんな始まりの合図。

 ――……そして。


 世界が哀しみに満ちる抜け殻だとしても
 わたしたちは今 生きるために生まれた
 目覚めの大地で 黎明の歌を紡ぎ
 わたしたちは凜と ただ凛々と
 どこまでも続く この運命を往く

 生命が終焉を孕む抜け殻だとしても
 わたしたちは今 愛するために生まれた
 歓びの陽光で 鮮烈の舞に揺らぎ
 わたしたちは燦と ただ燦々と
 どこまでも続く この永遠を往く

 どこまでも続く 生命の道程を
 わたしたちの心にかけて ただ真っ直ぐに
 わたしは生きる 愛し輝くために

 響け生命の音韻 鮮やかな調べを載せて
 満ちよオトノハ・ファンタジア
 高らかにどこまでも
 満ち満てるオトノハ・ファンタジア


 夕暮れの迫る銀幕市に、幾重にも連なる繊細で神秘的な旋律が響き渡る。
 うたうこと、生きることへの喜びと幸いとを載せて、流れたゆたってゆく。
 事件の発端ともなった音の精霊たちは、すっかり本来の性質を取り戻して、巧みな采配で音楽を伝達し、すべての人々に行き渡らせた。
 音楽と喜びが満ち満ちた、夢のような時間がそこにはあった。
 どこまでも遠く響くそのメロディは、そしてコンサートに集ったすべての人々、すべての精霊たちがひとつの音を、喜びを共有したあの一瞬は、まるで奇蹟のようだった、と、のちに観客たちは語ったという。

 しかし、それも後日の話。
 会場に集った人々はその日、終了時間を大幅に延長して、時間の許す限り……体力の許す限り、ひとつの塊になって、今日がクリスマスであることも忘れて、心行くまで音楽を楽しんだのだった。

クリエイターコメント大変お待たせいたしました!

オファー、どうもありがとうございました!
今日の日付を言ってみろ、という感じですが、幸せな年末を描くプライベートノベル群、【White Time,White Devotion】をお届けいたします。

音楽家の方々と、音楽を愛する人々、そして精霊たちの賑やかな共演と人間模様……をコンセプトに書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。

記録者もまた、音楽がなければ生きて行けない類いの人間ですので、出演者の方々の音楽に対する思いは、拝見していてとても共感できるものでした。

彼らの奏でる音楽や旋律、そして言葉が、これからもたくさんの人々を幸せにするよう、願ってやみません。

なお、言動などでおかしな部分などがありましたら、可能な範囲で訂正させていただきますので、どうぞお気軽に仰ってくださいませ。

それでは、楽しんでいただけることを祈りつつ。
またの機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。
公開日時2009-04-13(月) 19:30
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