★ ハッコウ スイテイ ××××M ★
<オープニング>

 何時も忙しいのが当たり前となった場所、銀幕市役所対策課には今日も沢山の人が集まっている。依頼を受けに来た人、依頼を出しに来た人、困ったことやおかしなことを伝えに来た人やなんとなく寄ってみた人、様々だ。
 ある依頼に興味をもった君達が窓口へと向かう中、対策課に聞きなれた男の声が響いた。君達が声のした方に目をやると、一人の女性が対策課のカウンターから踵を返して歩き出していた。君にぶつかりそうになった彼女、ユウレンは短く謝ると君の手元をじっと見た。
「……その依頼を受けるのか」
 誰かがこれから依頼内容を聞きに行くところだ、と答えると、彼女は君達一人一人の顔をゆっくりと確かめるように見た。
「……受けるのなら……私と出会わないことを祈れ」
 そう、どこか吐き捨てるように言って彼女は立ち去ってしまう。 君は手元の紙に目を落とし『依頼内容については一番窓口植村まで』と書かれているのを読むと、改めて彼女が立ち去ったカウンターを見る。一番窓口の奥ではこっそりと胃薬を飲む植村がいた。


 君達は植村が出した資料に目を通しながら、彼の言葉に耳を傾ける。
「海の底にハザード、機械の城が出現しました。皆さんにはその城に向かっていただき、状況確認を含めて交渉に向かっていただきたいのです」
 機械の城は海底深くにあり、その周りを高温のバリアに護られている。そのバリアも映画に実在しており侵入方法も映画を参考にすれば簡単に中に入れるのだが、調べるにはもう少し時間がかかるそうだ。件の映画は古く、資料もあまりない中でやっと見つけたのが、城の見取り図だった。

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  NEWS  23:41 緊急時ニハ是ヲ使用スル

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 黒丸の部分に一際大きい塔があり、その塔をぐるりと囲むように立てられた塔には時計回りに1〜6迄の数字が記入されていた。
 植村の話によると、黒丸の塔に入るには1から6の塔の内半分の機能を停止させないと入れないらしい。しかも、機械の城は様々な機械兵が歩き回っている。警備巡回、城の補強と増築。交渉するまえに見つかれば危険もあるだろう。壊しまわれば機械兵が集まり大変なことになりかねない。
「黒丸の塔にいるマザー、機械の城全てのコンピューターを統括するメインコンピューターで会話が可能ですが、映画では人間を殲滅する事が目的でした。今のところ目立った事件などは起きてませんが、今のままでは海が危険です……ですが、ここは銀幕市です」
 植村は改めてその場にあつまった全員の顔を見ると、こう続けた。
「マザーとの交渉をお願いします。 色々と難しいかもしれませんが、宜しくお願いします」
 


種別名シナリオ 管理番号983
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメントこんにちは桐原です。久しぶりのシナリオ、目に留めていただいてありがとうございます。

このシナリオは募集期間が短く、製作日数が多めになっておりますので、お気をつけくださいませ。


 皆さんが対策課にて依頼内容を聞いたところから始まります。
 共存のためマザーと交渉するのであれば、依頼をお受け下さい。依頼を受けた皆様は基本的に団体行動となります。
 他の方法をとる方や単独行動をとる方は依頼を受けても受けなくてもかまいませんが、何をするのかは明確にお書き下さいますよう、お願いいたします。


最短ルートのヒントはOP内にありますので、よろしければ見つけてみてください。

 皆様のプレイングによってはNPCとの戦闘がありますので、ご了承くださいませ。 

それでは、ご参加お待ちしております。

参加者
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ソルファ(cyhp6009) ムービースター 男 19歳 気まぐれな助っ人
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
フォーマルハウト(cfcb1792) ムービースター 男 35歳 <弾丸>
瀬崎 耀司(chtc3695) ムービーファン 男 41歳 考古学者
ギル・バッカス(cwfa8533) ムービースター 男 45歳 傭兵
<ノベル>

 風もなく穏やかな海をゆっくりと進む漆黒の大きな船、その甲板には二人の人影がある。船の住人であるユウレンは眉をひそめ、じっと海の先を見つめている。その背後から腰に手を回し、抱きしめている男がいた。銀細工がちりばめられた黒衣のコートとハットを被る、自らを弾丸と言う男、フォーマルハウト。
 弾丸の問いかけに海賊は溜息をつきならがも答える。海賊が短く問えば、弾丸もまた苦笑して答えた。息が掛かるほど近い距離で、目も合わせずに。波風を切り裂き進む船の上で会話をしていた。
 暫くして船が止まると、海を見下ろす海賊の顔が一層歪む。風のない海上で船はゆらゆらと動くが大きな波を立てる程では無い。だが二人の見下ろした海上では一部だけ、円形の穴が現れていた。ぽっかりと空いた穴に向かって海水は滝のように落ち白波が絶えず踊る。
「思った以上にでかい穴だったんだな」
「……さっさと行くぞ」
「そう慌てるな。俺はまだ答えを聞いてないんだが?」
 ユウレンの頬をそっと撫で、顎を掴むとフォーマルハウトはユウレンの顔を自分に向けさせる。ぴったりと寄り添う身体と、触れ合う鼻先。普通の女性ならば頬を染める事もあっただろうが、ユウレンは鼻で笑い
「……無事に生きて帰れたら、答えてやろう」 
 と答えた。態度が面白かったのか、それとも返答を気に入ったのか、フォーマルハウトは喉をくつくつと鳴らして問い返す。
「俺がいるのに死ぬと? それとも最初から生きて帰るつもりもないのか?」
「報酬を全て前払いにするわけがないだろう。……それに、お前のような奴がいるから、侮れないんだ。この場所は」
 どこか見下すような笑顔で言うユウレンにフォーマルハウトは笑うと、ハットを片手で押さえ彼女の身体ごと抱え跳び手摺の上に立った。海面から吹き上げる風がユウレンの髪とフォーマルハウトのコートを踊らせる中、二人は同時にとんっと手摺を軽く蹴る。 
「俺は移動手段と答えを」
「…………破壊を」
 二人は穴の中へと落ちていった。




 


 対策課
 海底にあるという機械城への移動手段に必要な物を準備する間、依頼を受けた五人はそれぞれの行動について相談をしていた。ムービーファンのコレット・アイロニーと瀬崎耀司、スターであるファレル・クロス、ソルファ、ギル・バッカスの五人だ。
「悪いが俺はもう少し情報を集めてから向かわせて貰うぜ。製作者関係者に話が聞けるっていうからな」
 片手をあげ、ギルがそう言うとコレットが
「えっと、移動場所の、高台はわかるのかな?」
 首を傾げて聞く。ギルが大丈夫だ、と大槍を担ぎ直して答えれば
「では、四人でまず向かいその後合流、ですね」
 と、ファレルが後を続けた。
「間に合えば必ず向かうから安心してくれ。上手くいけば俺の出番無しでマザーと交渉成立、悪くても俺様の情報が切り札になって交渉しやすくなるってとこだ。別に大丈夫だろう?」
「良いんじゃないかな? スターが二人いるから戦闘になっても大丈夫だろうし、出来るだけ隠れて動くっていうのは全員一致してるわけだし。任せて良いんだよね」 
 微笑みながら言う瀬崎が無言のソルファを見ると、ソルファは任せろと言わんばかりにこっくりと深く頷いた。
「塔を回る順番ですが――他にヒントも有りませんので、(2)→(3)→(4)→(1)の順で良いでしょうか」 
 渡された資料に目を落としファレルがそう言うと、ソルファが頷くと同時にコレットがえ、と小さく声を漏らした。ファレルとソルファが不思議そうにコレットを見ると、
「あ、ごめんねファレル。えっと、塔を廻る順番なんだけど、私は(5)→(2)→(3)→(6)だと思うの。この、(2)の上にNってあるでしょう? これが、方角を表してるんだと思って……」
「なるほど、方角ですか……」
「あの、えっと、違うかもしれないし、ね?」
 コレットはわたわたと訂正するが、瀬崎があってるんじゃないかな、と言葉を漏らす。着物の袖からひょっこりと顔を出しているボイルドエッグのバッキーの頭を撫で、
「NEWSというのは、元々NorthEastWestSouthの方角の頭文字を取ったものだからね。ニュースとなっているのに時刻が明記されていて、ご丁寧に1〜4しか使われていないんだから、順番を表していると考えて良いと思うよ」 
 と瀬崎は左右で違う色の瞳を細め、バッキーに微笑みながら言う。瀬崎の後押しでほっとしたのかコレットが安堵の表情になる。ファレルがではその順番で行きましょう、と言うとソルファはまた無言で頷き、ギルは感心したように顎髭を撫でつけていた。
「お待たせいたしました。これが、機械の城へいくワープゲートを開けるのに必要な物です」
 対策課の職員がそう言い差し出された袋をコレットが受け取る。彼女が持っているトートバックには塔の機能を停止させる為に用意した水筒が入っており、手渡された『鍵』を入れるのにも丁度良かった。トートバックに袋を入れる時、中をみた彼女がきょとんとした顔になった。同じように中身を確認したファレルは理解しがたい、という表情になる。どれどれ、と覗き込んだギルはあんぐりと口を開けて呆け、瀬崎はゆるやかに微笑んでいる。ソルファに至ってはふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅いだ後両手でお腹を押さえ、だぼだぼのパーカーのポケットから生のニンジンを取り出してこりこりと囓りだした。
 それぞれの個性を表すような反応に渡した職員は
「これを高台に現れた柱時計に置いてください。そうすると振り子の部分が開いて機械城へのワープゲートが現れていますので……」
 と困り顔で伝えるのが精一杯だった。
 
 
 
 情報を集めるギルと別れた四人はワープゲートがあるという高台へと到着した。殆どの市民には知られている場所ではあるが、特に名物になるような物も公園も何もない。その高台は少しせり出した崖のような場所だった。ベンチもなく、間違って落ちないようにと備え付けられている小さな鉄柱と鎖は海風で錆びて赤茶けている。この場所に訪れる人も少ないのだろう。細い獣道の先にある小さな野原の中心にはアンティークの柱時計がぽつんと置かれていた。
「これで、いいのかなぁ?」
 不安そうに呟きながらコレットが対策課で渡された物を柱時計に置くと、言われたとおりたしかに振り子部分の扉が開き、その中が虹色に光っていた。
「扉も開きましたし、これがワープゲートなのでしょうが……」
 ファレルがそう呟き扉を開くために置いた物を見て小さく溜息をついた。対策課で渡された物は煮物だった。里芋、椎茸、たけのこ、花形人参とねじりこんにゃくが入った煮物を「ワープゲートを開ける鍵です」と手渡されれば動揺もする。
「じゃぁ、行こう。私、早くマザーさんに会って、ちゃんとお話したい」
 急ぎゲートを通ろうとするコレットの腕をファレルが掴む。ファレルはコレットを抱き寄せ
「先に行きます」 
 後に立っていた瀬崎とソルファに伝えると、二人はゲートの中に消えていった。
「王子様とお姫様は何時も一緒、だね。じゃぁ僕らも行こうか」
 ソルファが尻尾をぱたぱたと左右に揺らし瀬崎を見上げると、二人もまたゲートの中へと消えていく。ゲートの内部は無重力なのか、ふわりと浮いた身体が流れる虹色の通路を抜け、眩しいほどに輝く出口を通り抜ける。瀬崎とソルファが到着した場所はビルの屋上のような場所だった。周りは背の高い建物に囲まれ機械兵に見つかりにくく、地面より高い場所にあるため辺りが充分に見渡せる、下見をするにはうってつけの場所だ。
 機械城というだけの事はある果てが見えないほどの広さの中、輝く鋼の塔や通路が広がっている。通路は全て真っ直ぐに繋がっているらしく、遠目に見ると綺麗な図形のようだった。綺麗な住居らしい建物や大きな門のような物があり、大小様々な歯車が見え隠れしていた。中心部にある一際大きな塔が目指すマザーの塔だというのは、誰の目にも明らかだ。
 先にゲートを通ったコレットとファレルが頭上を見上げていた。
「すごい……きらきらしてて、綺麗……」 
 透明なバリアの向こう側で水泡がぽこぽこと絶えず沸いている。地面から延びた多色のライトが右に左にと動いており、その光が水泡や建物に反射して辺りはネオンが輝いているように見えていた。三人が煌びやかな城方面を見ている中、瀬崎は一人屋上の端へと足を向けハザードの境目を見ていた。微笑みを絶やさない瀬崎が間近でバリアを見ると、ほんの一瞬だけその笑みを崩した。
 急に辺りを見渡していたソルファが駆けだし、隣の高い建物に飛び上がっていった。左右を確認し、すとんと地面に降りてきたソルファは不思議そうな顔をして腕を組み、首を真横に傾けている。どうかしたのか、と声を掛ける前にソルファはパーカーのポケットから資料を取りだし、皆に指し示す。
 ソルファの指が紙面にある(4)の塔を指し、城の方へと向けられる。指が動くのにつられて顔を動かすと、示された方向には(4)と書かれた塔が建っていた。一番近くに見える塔が(4)、少し離れた右方向には(3)の塔があり、左方向の遠くには(5)の塔が小さく見えた。三人が塔を見たことを確認したソルファが資料を動かし地図と塔の方向を合わせると、今度は紙面の(1)の塔を指す。先程と同じようにソルファが塔の方角を指差すが、そこには何もなかった。
「おや、塔が無いね。地図が間違っていたとは考えにくいし、マザーの塔や他の塔もあるのだから、無いはずは無いんだが」
「細く、黒煙があがっているようですね」
「黒い煙……それって、壊れちゃったってこと?」
「壊れた、というよりは壊された、だね。(4)の塔と同じ構造だろうし、それくらい大きな建築物が見えなくなるほど、徹底的に破壊されたんだろう」
 瀬崎が笑顔のままで物騒な事をいうと、コレットは不安そうにファレルを見る。おそらく、とファレルが小さく答えた。





 薄暗い塔内部は広い円形のフロアになっており、壁一面に沢山の画面や計器がついている。正方形や長方形のランプがチカチカと順番に光っていた。白黄赤緑青と規則正しく、順番に光るランプに照らされるのは剥き出しの大きな真空管や丸い計測器だ。古いSF映画が元なだけはある。どれもこれも大きく、スイッチもレバーもわかりやすい色や形をしていたが、話しかける人物だけがはっきりとしない。すぐそこに、マザーの目の前にいるというのに、姿も、声もあやふやなのだ。
「        」
 フロアの一番奥には革張りの椅子が置かれている。文字の書かれていないタッチパネルと画面がある事から、操作盤なのだろう。当たり前のことだが、人類を滅ぼすに至った機械城も誰かが作ったのだ。
「                                 」
 この柱こそがマザー。この機械城の主ともいえる存在。
 その場に、誰よりも早くマザーと出会っている人が居る。
「                  」
 タッチパネルの辺りを人影が動き、また何かを言っている動作だけが影となって見える。机の上から何かを取り、その人物は重たい靴音を鳴らして扉に手を掛ける。
 薄暗いフロアの中に外からの光が入り込むと、その人物は逆光の中でマザーを振り返る。
「一つ忠告をしておこう。人間の言う事を簡単に信じない方がいい。人は嘘を吐く生き物だ、貴方達とは全く違う」
 その言葉だけははっきりとフロアに響いた。









 (1)の塔が何者かによって壊されたと知った四人は急ぎ(5)の塔へと向かう事にし、ゲートのあった屋上から地面に移動する。通路には多種多様な機械兵が動き回っていた。よく見ると2足歩行をしている機械兵は剣や槍を所持し、銃器やボウガンを腕に付けた2メートル近い。下半身がキャタピラになっているショベルカーのような機械兵や六本足の機械兵、手がハンマーやドライバーの形をしている小柄な機械兵は工事用らしく、金属板を運んでは道や建物に打ち付けている。殆ど直線の道とはいえ、何が飛び出すかわからない機械兵の目の前を通るわけには行かない。
「見たところガトリングガンですが、形状が違う銃器はレーザーでしょうか」
「最初から戦う気はないんだ、少し遠回りになっても確実に見つからない道で行こうか」
 ファレルと瀬崎の言葉にソルファは頷き、一人高い場所に移動する。通路を確認し、兵がいない道を見つけては、合図を出す。その合図に従い、三人は物陰に隠れながら戦うことなく移動を続けた。ガシャンガシャンと大きな音を立てて見回りをしている機械兵がうろつく中を見つかることなく順調に進んでいたが、ふいにソルファの合図が止まる。見つかったのかと思いソルファを見上げていると、彼は飛び降りてくる。
「伏せろ」
 ソルファの言葉に瀬崎は地面に伏せ、ファレルがコレットを引き寄せ地面に倒れ込むと大きな爆発音と振動が響いた。ごうっと流れる爆風の中でカツンガシャンと金属片が至る所でぶつかり合う音がし、瞬く間に警報ブザーが鳴り始める。そこら中の建物から真っ赤な回転ランプが出てきて光り、辺り一面を真っ赤にする。
「派手だね。(1)の塔を破壊した御仁かな」
 瀬崎は着物についた土埃をはらいながら言うと、手に付いた汚れを見てふむ、と小さく呟く。
 物陰から少し顔を出して見ると、先程まで大きく高く建っていた(4)の塔が丁度真ん中あたりからぽっきりと折れ、斜めに傾いていた。もうもうと立ちこめる砂埃の奥から銃撃音や金属のぶつかりあう音がする。先程のような大きな爆発はないものの、断続的な爆発音や飛んでくる金属片、方々から集まってくる機械兵の音がする事からまだ戦闘は続いているようだ。
 最初に走り出したのはソルファだった。続いて走り出したのはコレットだ。駆けだしたコレットをファレルが呼び止めるが、彼女は止まらない。
「だって! 誰かいるんなら危ないし、止めて貰わないと!」
 と、叫びながら走って行くのでファレルもその後を追いかけた。
「戦いを避ける為に戦地へ赴く、とでも言うのかな、この状況は」
 三人の後ろ姿と未だ崩れ続ける塔を見つめ、瀬崎は一人のんびりと歩き出した。



 崩れ落ちる塔の傍に機械兵とはちがう人影を見つけたソルファは、建物や集まる機械兵を足場にし、真っ直ぐに人影の方へと向かう。ソルファも敵と見なした機械兵達は攻撃を仕掛けてくるが、ソルファはその攻撃を軽々と避けてぐんぐん進む。目的の人物――対策課で入れ違いになったユウレンが一人機械兵の群の中で戦っているのをはっきりと視野に入れるとソルファは両手の拳銃を撃ち、彼女に襲いかかる機械兵達を次々に貫いていく。頭上から落ちてくる瓦礫を足場に、その場にある物を全て武器とし二人は機械兵もかろうじて建っていた塔も全て鉄塊にした。
 動く機械兵が見あたらなくなった頃、ソルファは血に濡れた鉄クズを見つけた。改めてユウレンを見ると身体の至る所に包帯が巻かれており、傷口が開いたのか腹部の包帯には血が滲んでいた。
 ソルファが一歩、鉄くずの山に足を乗せるとユウレンは持っていた機械兵の剣をソルファに向ける。暗に寄るな、と言われソルファが困った顔をし、尻尾をぺたんと地面に垂らしていると、がらがらと音を立ててコレットが瓦礫の山を登ってきた。
「あ、あの、ユウレンさん、ですよね? わ、痛そう……えっと、まず怪我の手当しましょう。それから、お城に行くんだったら、危ないから一緒に行きませんか?」
「……ムービーファン、か。依頼を受けてここに来たんだな?」
 コレットの言葉を無視しユウレンは静かに言う。コレットはえ?と少し戸惑った声を出した後、はい、と答えてしまった。
「………………では、死ぬがよい」
 ぐん、とコレットは後に引っ張られるとファレルの腕の中に収まり、たった今コレットが立っていた場所には氷り漬けにされた機械兵の剣がごとん、と落ちる。がらがらと音を立て、周りの鉄くずも雪崩のようにコレット達の足下を流れていく中でコレットはやっと、自分に剣を投げられた事と、ファレルが助けてくれた事を理解した。
「どうして?」
「……簡単な事だ。お前達はこのハザードと共存を選んだ。私は破壊を選んだ。故に敵同士……それだけだ。」
「ムービーファンだからコレットさんを狙った、と?」
「……理解が早くて助かる」
 ユウレンが手近にある武器を取り再度投げようとする手を、一蹴りで間合いを詰めたソルファが押さえつける。ソルファが哀しそうな顔で首を横に振るが、ユウレンはソルファの顔や腹を殴りつけ、引き剥がした。
 後によろめいたソルファは足場が悪いせいで膝を付くと、ちらりとファレル見る。行け、と合図を送られたファレルは対峙する二人を交互に見た後、小さく頷きコレットを抱えて走り出した。
 コレットの悲鳴ともとれる叫びが聞こえる中、ソルファは佇まいを直してユウレンに向かい合う。あまり動きたくないのか、ユウレンは近くにある瓦礫をソルファに数度投げつけるが、ソルファはそれを避けるだけで自分から攻撃を仕掛けようとはしない。何もしてこないソルファに疑問を持ったのか、ユウレンが攻撃の手を休めると瀬崎が瓦礫の上をのんびりと歩いてきた。瀬崎は二人が微妙な間合いを取って向き合ってるのを見ると、その場で足を止める。傷つき血にまみれているユウレンとその後にある残骸、それが(4)という字の書かれた塔だった物であることは、遠くから崩れ落ちるのを眺めて知っている。
 依頼を受けるなと進言し、受けるのであれば自分と出会わないようにしろと言い放った彼女の有り様を見て、瀬崎の中で一つの答えが産まれる。
「海を汚す者は万死に値する、だったかな」
 瀬崎の言葉の意味が解らないソルファはん?という顔で首を傾げるが、ユウレンは静かに、瀬崎睨んだ。彼女の態度を見て一人、納得したように頷きながら瀬崎はこう続ける。
「海底の上に現れた鉄の塊、高温のバリア。確かにこのままじゃ海は危険だが、騒ぎ立てず穏便に解決してみる気は無いかな、無いよね。海賊だもんね。例えマザーに攻撃する意思が無いにしても」
「……相手が誰だろうが、例えヴィランズとなろうがこのまま破壊する。海賊だからな」 
 穏やかに微笑む瀬崎に対し、ユウレンはどこか自嘲気味に笑い吐き捨てた。遠く、塔を眺める瀬崎は
「そろそろ新しい機械兵が集まってきそうだし、僕は先に行ってもいいかな?」
 と、独り言のように言う。ゆっくりとソルファの方を向き、彼がこっくりと頷くとまたあとで、とソルファ達に言うと一人、瓦礫の山を降りていった。
 瀬崎の言うように遠くから機械兵が集まる音が聞こえだした。このまま留まればまた大量の鉄塊の山を作らねばならない。なんとかしてソルファから逃げ出そうと考えるユウレンの前に、ソルファは駆け寄ってきた。予想外の行動にユウレンは咄嗟に拳を前に出すが、反応が遅れていた。少し前にソルファの行動力は見ている為、どう考えても当たらずに避けられてしまうだろう。最初の判断が鈍ったユウレンは確実にカウンターを喰らうと覚悟した。が、彼女の予想に反し、拳は吸い込まれるようにソルファの腹へとめり込み、小さな呻き声が漏れた。拍子抜けしたユウレンが呆気にとられていると、彼は腹に撃ち込まれた腕を鷲掴みユウレンに肩を貸す。ソルファはユウレンと一緒に逃げるつもりらしい。
「……お前、バカか」
 ユウレンの呆れた呟きに、ソルファは満面の笑顔を向けた。





 ファレルはコレットを抱えたまま(5)の塔内部に侵入し、そのままメインコンピューターのある最上階まで突っ切った。途中数体の機械兵とすれ違う時があったが、彼はユウレンが投げつけた武器を氷らせたのと同様に、機械兵を倒さず氷り漬けにすることで通り抜けてきた。
 最上階に到達し、扉を開けるとそこは広いフロアだった。今まで上ってきた塔内部の構造から考えると、最上階はこのワンフロアしか無く、全体がメインコンピューターなのだろう。壁一面にある四角いランプが一定の間隔でチカチカと灯っていた。部屋の一番奥、一際大きなディスプレイがある場所でコレットを降ろすと彼は困った顔をする。コレットが未だにソルファ達の安否を気遣っているからだ。
「コレットさん」
「うん、ごめんねファレル。……わかってる。これ以上誰も傷つかないように、私たちが塔を停止させて、マザーさんとお話するのが一番良いんだよね」
 うん、と自分を納得させるように頷いたコレットが、トートバックから水筒を出そうとすると、ファレルが制止した。
「少し、調べさせてください。水筒の水を掛けなくても安全に止められるかもしれません」
「あ、そっか。そうすればマザーさんとお話した後に修理しやすくなるね」
 ファレルがメインコンピューターの周囲を調べ始める。すこしせり出した場所は机らしく、足下は椅子が入るような空間がある。机上のタッチパネルはうっすらと淡い光を放ち、そのすぐ傍に真っ赤なボタンが一つあった。それは透明なプラスチックの板で蓋をされ、四方を黒と黄色の危険を知らせるテープが張られている、あからさまなボタンだ。
 ファレルは眉間に皺を寄せ、取りあえずそのボタンには触れず机周りの壁や床を調べてみることにする。何カ所か開きそうな場所があり、その部分をよく調べると取っ手が収納式になっていた。スイッチになっている部分を押し、カシャンと取っ手が壁から飛び出してくる。
 同じ事を繰り返しファレルは片開きの扉を幾つか開けるが、特に中の様子を伺う事もしない。ただ開けては締めてを繰り返すファレルの行動をコレットが不思議そうな顔で見ていた。
 次ぎにファレルはフロアの壁面全てを調べてみたが特に変化が無かったらしく、ファレルは険しい顔をする。
「すいませんコレットさん、そこのボタン、押して貰えますか?」
「え? う、うん」
 ファレルに言われ、コレットはメインコンピューターに向かってごめんなさいと呟きながら透明な蓋をあげ、ボタンを押した。少しすると画面上に一文字『N』と浮かび、フロアのランプが一斉に消える。窓一つないフロアは暗闇だ。足下でぼんやりと光る非常灯は心許なく、メインコンピューターディスプレイの明かりだけが頼りだった。
 画面にはNの文字の下に30.00.00という数字が新しく浮かんでいるのを見て、ファレルは難しい顔をする。ファレルがコンピューターの内部を見たとき、中には何も無かったのだ。ジャックもコードも何一つ無かった。だから画面やスイッチもそうだと思った。だが、この城は全て、コレットが押したボタンも正常に作動している。
「これで、良いのかな?」
「えぇ、『N』と出ましたし合っているのでしょうが、この数字が気になりますね」
「次の塔のボタンを押すまでの時間制限? かな?」
 二人が画面を見ていると何処かから光が漏れてきた。徐々に明るくなる部屋に光をもたらすのは念入りに調べ、只の壁だと思っていた場所だ。それが突然開き、真っ暗な部屋を一瞬で明るくされた二人は眩しさに目を細める。
「薄暗い塔で出会うのは金髪のお姫様、いや、天使様かな?」
 人の声がして、ファレルは一歩前に出て背中にコレットを隠すように立った。
「ナイト付きでも俺は構わないんだが、どうだ? 俺と一緒に海底のお城を散歩するか?」
 と、ファレルの存在を無視しコレットをデートに誘い出した。二人の目が光になれると、そこに立っていたのはフォーマルハウトだった。
「あなたも依頼を受けてここに? ギルさんも一緒なの?」
「ギル? 一緒にはいないが、ギルも来るのか。最近同じ仕事になる事が多いな」
 その言葉にコレットは同じ依頼を受けた人だと思い、ホッと安堵の溜息をついたが、ファレルはまだ警戒を解いていなかった。そのせいか、フォーマルハウトもその場所から動こうとしない。
「よかった。あの、私たち早く残りの塔を停止させて、マザーさんとお話したいの。手伝ってくれる?」
 コレットがそう言うと、フォーマルハウトは両手をあげなんてこった!といわんばかりに大袈裟な仕草した。
「悪いな天使様、凄く残念なんだが、俺はやることがあって君と一緒には行けないんだ。……そうだ、変わりにコレを渡そう」
 心底残念そうな物言いの後、フォーマルハウトはファレルに向かって一枚のカードを投げ渡した。ファレルが器用にカードを空中で受け取ると、
「さっき手に入れたカードキーだ。それでこの部屋にある扉から他の塔のメインコンピュータールームに移動できる。機械兵から隠れて塔を上り下りするよりは、早いと思う」
「あ、ありがとう! よかった、これで早く回れそうだねファレル!」
「天使様に喜んで貰えたなら何よりだ。俺だと思ってそのカード、大事に持ってくれ。じゃぁ、また後で、マザーの所で会おう」
 あの、とコレットの言葉に振り返ることもなく、フォーマルハウトは今来た道を戻っていく。扉が閉まりまた暗闇が訪れると、コレットは目が慣れるまで動けなかった。
「扉を探してみますので、コレットさんはそこを動かないでくださいね」
「あ、うん。ありがとうファレル。……後であの人に会ったら、私は天使様なんかじゃないって、言わないとね」
 コレットの呟きに苦笑しつつ、ファレルは受け取ったカードキーをじっと見る。薄くなった名前は読めなかったが僅かに読みとれる二桁の数字はID番号だろう。これだけ大きな場所で二桁の数字ということは元の持ち主は余程位が高いはずだ。
 そんなカードを彼はどこで手に入れたのか。信用して使って良いのだろうかとファレルは疑ったが、結局そのカードを使うことにした。
 罠だろうとどんな危険だろうと、ファレルには回避できる自身も力量もある。何よりコレットには怪我一つさせない。ならば、コレットが望むように、早くマザーと交渉する為に使うべきだ。
 ファレルは次の塔への扉を見つけると、コレットと共に移動した。



  


「……そろそろいいかな?」
 動かない数体の機械兵の上に座り、瀬崎は一人機械兵が居なくなるのを待った。瀬崎の独り言が大きく聞こえるほどに静かだ。少し前に爆発音も聞こえなくなり、(5)の塔が沈黙したのを境に機械兵の殆どがわらわらと残る三つの塔へと移動していた。瀬崎は溜息混じりに一枚の小さな紙を見て
「帰ったらまた取りに行こうって言ってみようかな」
 と呟いた。瀬崎が椅子代わりにしていた機械兵は彼を攻撃した際、彼の懐から落ちたその紙――彼の愛娘が映ったプリクラを傷つけた為スクラップにされたのだ。
 瀬崎は対策課で書類を見たときから一つだけ気になっている事があった。ついでに先程会ったユウレンの事情も少しだけ、気に掛けている。彼女の行動は瀬崎達がしようとしているマザーとの交渉の邪魔に成りかねない。その事情は瀬崎が見た状況と短い彼女と会話で察しが付いた。
 後もう一つ、もし彼の考えが正しければ既にマザーへの扉は開いている筈だ。
 ソルファとはぐれ、(5)の塔に向かったコレット、ファレルと合流するならば通りそうな道で待ち伏せるのが早かったのだが、塔が沈黙してから人が出てきた気配は無い。いつまでも待っているのも暇なので、瀬崎は一人マザーの塔へ向かっていく。
 警備が手薄と言うべきか、最初から警備など存在しないのか。
 マザーの塔が見えても、入り口らしき場所に近付いても何もおきない。僅かに響く足音を鳴らし、瀬崎が入り口へと向かって歩いていると、目の前で扉が開き一人の男が出てきた。男が歩く度、辺りを照らすライトの光に黒コートの銀刺繍が反射して瞬き、金属と金属がぶつかる音がする。
「こんにちは、マザーには会えるかな?」
「あぁ、ドアなら開いてるぜ」
 市内ですれ違う市民のように、瀬崎が微笑み声を掛けると男も普通に返事を返した。少し間を空けすれ違う。瀬崎は男が自分を警戒しその手に銃が握られていることに気が付いていたが、何も言わなかった。男もまた、警戒したものの攻撃する気はなかったのだろう。二人は真逆の方向に歩き、男の足音が響く中で瀬崎はドアを開けマザーの塔へと入る。
 塔に入ると、渡された資料とは違う空間が広がっていた。本来なら最上階にいるはずのマザーが、入り口の目の前に鎮座しているのだ。瀬崎が来たことを歓迎するように、内部は明るく照らされ壁一面に広がるディスプレイも、奥に机と椅子があるのもはっきりと見える。
「僕も『マザー』とお呼びしても良いのかな?」
 マザーの顔が何処なのか解らない瀬崎は少し顔を上げ中心部に向かって気持ち大きな声で話しかけた。
『構いません。ようこそ銀幕市民の方、私がマザーです。声ははっきりと聞こえます。普通に話してください』
「ありがとう」
 ノイズ混じりとはいえ、普通の人の声に聞こえるのは映画で吹き替えられたからだろう。少々単調な話し方ではあっても、会話が充分にできる事に瀬崎は安心していた。
「さっそくだけどマザー、君は今、銀幕市を殲滅する気でいるのかな? だとしたらその理由を聞かせて欲しい」
『銀幕市を殲滅する気はあります。理由は――』



 ――――


「理由がないだぁ!?」
「そんなでっかい声だしたってねぇもんはねぇんだよ」
 一人情報収集に向かったギルはハザードの映画の製作に関わったという初老の男と話をしていた。対策課で受け取ったものより正確な地図を受け取り、交渉材料になればとマザーが人間を殲滅する理由を聞いたところだ。男は山盛りになった灰皿にフィルターしか残ってないタバコを押しつけると、新しいタバコに火をつける。
「最近の映画じゃぁやれ哀しい過去だの非常な運命だのこ〜んなに不幸だったから悪いことに走りましたなんだのって理由がついてるみたいだがな、俺達が映画作ってた頃は主人公=正義、ボス=悪ってなってたんだよ。悪いやつがいないと主人公がヒーローにならねぇだろうが」
 ふーと紫煙を吐き、もはや用途を成してない灰皿に灰を落とすと、男はこう続けた。
「今までもジャーナルでハザードとかは色々見たけどな、その機械城だってきっと穴だらけだぞ、中身なんか考えてないからな。外見だけ当時の最先端とかこうなったらいいなを描いただけだ。今じゃ携帯だノートパソコンだって薄っぺらいもんだがそんときゃこう、二つのレバーを両手に持って前後にがしゃがしゃーて……」
「ち、ちょっとまった。じゃぁ機械兵の弱点とか、マザーの弱点はどうだ?」
「んぁ? 弱点? 機械兵なら背中のバッテリー取ればいんじゃねぇか? でっけぇ乾電池だし。マザーも、確か地下の方にでっけぇコンセントが何個か刺さってるってなってるだろ」
 ほれ、と男はギルが貰った機械城の地図の右下を指差す。そこには小さな四角の中にB7の文字と見取り図があり、図の一部に赤丸で囲まれコンセント三つと手書きで書かれていた。
「な、んだよ。じゃぁわざわざ暗号解いて4つの塔止めて〜なんてしなくてもマザーがいる塔壁をどっか適当に穴開けて入れば良かったのか」
「先に行った人達は暗号付きの地図で行っちまったのか。そいつはちょっとやっかいだな」
 豪快に話していた男の顔が急に曇ると、ギルは何がやっかいなんだ?と直ぐ聞き返した。
「暗号付きの地図は本来、機械城にいる機械兵が持ってるもんなんだ。まぁ、アイテムっつーのか? その地図は…………」
 ギルは男の話を聞き終えると直ぐさま大槍を担ぎ、全力で高台へと向かった。



 ――――


 マザーと話しをする間、瀬崎はフロアを見学していた。周囲の壁や扉の位置などを眺めながら、彼が聞きたい事はだいたい聞き終えていた。広いフロアを一周し、元の場所に戻ってきた瀬崎はメインコントロールのタッチパネルを見下ろしながら
「……なるほどね、僕の推理は一応当たっていたわけだ。ところでマザー、同じ事をもう一度聞くようで悪いのだけど、本当に、理由はないのかな?」
 と、問いかけた。ちかちかとランプは点滅するがマザーが無言で居ると、瀬崎は革張りの椅子を引き埃を払うとそこに座る。機械城を製作した研究者の、おそらく最高責任者が座っていたのだろうその椅子に座り、瀬崎は目の前にある画面やボタンを一つ一つ、眺めていった。
「きみに理由がない、のは以前の話しなんじゃないかな。仮にも人と同等の知識を持つマザー・コンピューター。きみはこの銀幕市に来て色々調べ、そして考えた筈だ。違うかい?」
「貴方達人は私をいつも驚かせます。私たちより記憶力も計算力も劣るのに、洞察力が素晴らしく高い。そうです。貴方が言うように私はここに来て理由を得ました。ですが、まだ正確に伝えられるほど纏まっていません」
 マザーの言葉を聞きながら、瀬崎はタッチパネル付近が異様に綺麗な事に気が付く。誰かが触った跡を辿り、一つのケースを開くと大量のカードが並んでいた。綺麗に並ぶカードの中、2カ所だけぽっかりと穴が空いている。試しに一枚カードを抜き取り見てみると、機械城がまだ研究所か何かだったころの名残だろう、IDカードだった。数字の読めるカードから想定するに、抜き取られているのは二十番台のカードと、一番のカードだった。
 瀬崎より先にマザーに会っているのは入り口ですれ違ったあの男だ。おそらくカードを取ったのも。それが、何時なのかは解らないが。
「そうだね、マザー。僕はできればきみが見つけた理由を聞きたいし、可能ならばその希望も叶えたいと思うよ。どうだろう、他の人達が来るまで、断片的でもいいから君の理由をはなしてみてくれないかな?」
「断片的……」 
「そう。きみが人間に近いのなら、話してみることできみの考えが纏まるかもしれない。強制はしないよ。僕はこのまま、皆がきみに会いに来るまでここで待たせて貰うからね」
 マザーが考えを巡らせているのか、部屋中のランプの瞬きが早くなり、どこかで印刷でもしているようなジージーという音も聞こえだす。音が止み、ランプの瞬きが一定に戻るとマザーが
「そうですね……聞いていただけますか。私に纏められなくとも、貴方が理解してくれる可能性もあります」
 ノイズ混じりの声で言う。
「よろこんで」  
 瀬崎は変わらず、微笑んでいた。
  







 負傷したユウレンを支え機械兵から逃げ延びたソルファは物陰に隠れ、ユウレンを座らせるとそのまま嵐が通り過ぎるのを待った。機械兵達の足音が近付き、もう少し移動しようかと思った時、(5)の塔の明かりが全て消え沈黙する。
 キィー、キィー、と金属を擦りあわせたような音を立て機械兵が狼狽える様子を見せると、彼等はソルファ達を追うのを止めUターンして塔の方へと向かっていく。
 コレットとファレルがうまくやったのか、と安堵の溜息を漏らしたソルファは振り返り、ユウレンを見下ろす。
 ソルファは人が好きだ。困っている人がいれば手を差し伸べ助けたいと思い、現にそうして過ごしてきた。それがどんな極悪人であろうと、目の前の自分を殺しに掛かってきた人であろうとも関係なく、彼はこうして助ける。それで、その人の笑顔が見れらたのなら、ソルファにとって最高の幸せなのだ。
 半ば無理矢理つれてきたユウレンは無言のまま、一向に話そうとしない。また傷が開いたのかと心配したが、血は止まっている。ついさっきまで支えてた彼女の体温や呼吸が徐々に正常になってきている事で、傷も塞がってきているように思える。
 ソルファはユウレンの目の前にしゃがみ込み、目線を合わせると
「君とハザードの関係は?」
 と短く聞いたが、
「……そんな事聞いてどうする」
 とバッサリと切り捨てられた。ソルファがしゅん、と捨てられた子犬のようにしょぼくれると、尻尾もくったりと地面に落ちた。答えを貰えるとは思っていなかった。依頼を受けた自分はユウレンにとって敵だと言われていたのだ。何を言われようとも、今のソルファはユウレンを助けたいという思いが一番強くなっているから、一緒に行動し手助けをする。が、わかっていても哀しいものは哀しい。
 目に見えてしょぼくれるソルファに居心地が悪くなったのか、ユウレンが
「……特に無い」
 と答える。ちなみに、ユウレンは助けて貰った恩があると少しでも思い答えた事をものすごく後悔した。しょぼくれた犬がぱぁっと一瞬で笑顔になり尻尾が左右にぱたぱたと揺れ出す。きらきらと輝くような目はそれで、それで、と続きを催促し始めたからだ。ソルファはあまり話さないせいか、表情や態度で何を言いたいのかがはっきりと伝わる。どうしたものかと悩んでいるユウレンの姿すら、ソルファには何を話そうか考えていると取ったのかも知れない。ソルファの尻尾が引きちぎれそうなほどぶんぶんと左右に振られていると、二人に声がかけられた。
「話してやったらどうだ? ハザードがある限り海が死ぬからぶっ壊すって」
 声の主、フォーマルハウトはゆったりとした足取りでユウレンとソルファの傍に立つ。ソルファがフォーマルハウトとユウレンを交互に見ていると、ユウレンは勝手に話すな、と言いたそうな視線をフォーマルハウトに向ける。
「怪我しても怒っても美人は良いもんだ。 デートの準備が整ったんでな、エスコートに来た」
 腰を屈め、フォーマルハウトはユウレンに向けて手を差し伸べるが、ユウレンは一人で立ち上り歩き出してしまう。つれないね、と低く笑うフォーマルハウトがその後に続くと、ソルファも一緒に歩き出した。
 ユウレンは足を止めソルファを振り返るとソルファもぴたりと足を止め、何?と言いたそうに首を傾げている。フォーマルハウトが薄く笑いユウレンを追い越して先に進むと、ユウレンは溜息をついてまた歩き出す。
 ソルファは少し駆け足で進むと、ユウレンの隣りに並んで歩いた。



 
 
 

 順番通り塔を沈黙させたコレットとファレルがマザーの塔の前に立っている。結局6つの塔全てを停止させてしまった機械城には二人の足音だけが響き渡り、あれだけ沢山いた機械兵も姿が見えない。煌々と灯っていたライトは殆ど消えている。
 まるでゴーストタウンのように変わり果てた機械城にコレットは落ち込んでいたが、
「マザーさんとちゃんとお話ししたら、また綺麗なお城に戻るよね」
 と自分を奮い立たせていた。
 二人が入り口に立つと塔の扉はすんなりと開き、中から聞き覚えのある声がする。
「お早いお着きで

 椅子を回転させ瀬崎がコレットとファレルにそう言うと、二人は驚いた。どうして瀬崎が先にいるのか、と戸惑う二人に
「お待ちしてました。はじめまして、私がマザーです」
 と、フロア中のにある無数のランプを交互に光らせてそう言った。最上階に居る筈のマザーが目の前にいる事に二人は驚くが、コレットはぎゅっと両手を胸の前で組みマザーに話しかける。
「あ、あの! マザーさん、私、マザーさんとお話しに来たんです」
「はい。私は、あなた方とも話すべきだと思っています。声ははっきりと聞こえてます。普通に話してください」
「あ、うん。えっと、まず、塔を止めちゃってごめんなさい」
「理解不能です。あなた方は私に会うために塔の活動を停止させました。謝罪する事ではありません」
「えっと、でも、お城静かになって、寂しくなっちゃったから」
 コレットが戸惑っていると、ランプの点滅が早くなる。マザーに急に変化が起きたことでコレットが更に戸惑っていると
「考えてるだけだから大丈夫だよ」
 と、瀬崎が教えてくれた。コレットは安心してマザーが落ち着くのを待ち、ランプの点滅が元通りの早さになるとまた話し始める。
「あの、私、海底のお城なんて、すごいロマンチックで……そこに住むお姫さまのマザーさんとも、一緒に暮らしたいと思って、自分で願ってここに来たのよ。それで、できれば銀幕市を攻撃するなんて事止めて、私たちと一緒に生活して欲しいの」
 コレットの言葉をしっかりと受け止めるように、マザーのランプがまた早く動き出す。数分もかかっていないだろうその時間が、コレットには恐ろしく長く感じられる。ランプの点滅が落ち着くとコレットは一度深呼吸をして心を落ち着かせ、また話し続ける。
「もしマザーさんが、私たちと一緒に暮らしてくれるのを嫌がったら、きっと、もっとたくさんの人たちが来て、マザーさんを壊しに来ると思う。……そうしたら、きっと、両方にたくさん傷付く人が出てくるわ。そうしない為に、私たちこうやって、お話しにきたの」
 コレットの必死の訴えにマザーはまた考え出す。ファレルは口を挟まず見守る事に決めたようだ。コレットの少し後で、いつ何が起きても良いように立っている。
「私は、人間を殲滅する事が目的です。そこに意味も理由もありませんでした。ですが、この銀幕市に来て、貴方達と話しをしてその理由をみつけました」
 マザーの言葉にコレットは息を飲み、自然と祈るような両手にも力が入る。
「私は、人間を愚かな生き物だとは思いません。幾多の争いを繰り返そうとも、最後には必ず、人は人を思いやり、慈しみ、信じ、愛します。そして、こうして私という存在をあたらしい世界へと導き、私に理由を与えてくれました。奇跡を起こすのは人です。この銀幕市には奇跡を起こすきっかけも、奇跡を呼び寄せる強さを持った人も沢山居ます」
 マザーの好意的な言葉にコレットの表情が明るくなる。じゃぁ、と話しかけようとしたがコレットの言葉が発せられる事は――無かった。
「だからこそ、私は銀幕市を滅ぼします」
 え、とコレットの唇から冷たい声が漏れる。ファレルは眉間に皺を寄せ、心苦しそうな表情で目を瞑る。共存の道は叶わないのだろうか。
「どこかで奇跡が起こるということは、別の場所で不幸なことが起きるということです。銀幕市においてその奇跡の力は未知数、非常に危険です。故に、滅ぼします。滅びなさい銀幕市、奇跡が故に。抗いなさい銀幕市、奇跡を起こし」
 マザーがそう言うと、フロアは目も眩むような光に包まれた。ランプというランプが点滅し、四方八方から機械の軋む音がする。塔だけでなくハザード全体が揺れ、機械城が動き出したのだと解る。地震のような揺れに倒れそうになるコレットの身体を太い腕が支えた。驚くコレットの視界に入ったのは、ギルだった。
「ったく来た早々ヤバイ感じじゃねぇか……じょうちゃん! 暗号通り塔を停止させてから何分経ってるか解るか!」
「え? え、えっと、10分くらいかな?」
 コレットがファレルを見ると、ギルもつられて見る。ファレルは
「大体それくらいです。あのカウント、何なんですか」
「自爆装置、だよ」 
 断続的に揺れ動く塔の中でありながら、瀬崎ののんびりとした声は三人の耳にはっきりと届いた。この揺れではさすがに座っていられないのか、机を支えにして立つ瀬崎がタッチパネルを操作すると、マザーの中心部に大きく数字が表示される。少しずつ減っていく真っ赤な数字は危機感をさらに募らせたが、瀬崎はまだタッチパネルを操作し続け
「どこかに停止ボタンがあると思うんだけど、出てこないんだよね」
 と緊急事態に似つかわしくない口調で言う。
「ボウズ! じょうちゃん任せた!」
 ギルはコレットをファレルに渡し、数歩で瀬崎の元へ駆け寄り
「これのどっかに書いてないか!?」
 と、製作関係者から受け取った設定資料を机に叩きつける。数枚の書類の中、コントロールパネルについて書かれている紙を見た瀬崎が幾つかのボタンを押していくと、バヅン、という音がした。次第に機械の動く音と揺れがゆっくりとなり、フロアが薄暗くなる。ランプが何カ所も光を失い、只の壁になっていた。瀬崎の指は光を失ったコントロールパネルの上で止まったままだ。暗闇の中でファレルの声が響く。
「随分不規則にランプが消えてますが、停止できたのですか?」
「僕じゃないよ。操作中に電源が落ちたみたいだ」
 瀬崎のゆったりとした声が聞こえるが、まだ姿は見えない。コントロールパネルがまた光だし瀬崎が別のボタン押すのが見えた。壁にある大きな画面が何度か切り替わると、どこか別の場所が映される。画面の右上にはB9と表示されていた。ボロボロになった壁や床に機械兵の残骸が散らばる中、傷だらけのユウレンとソルファ、そしてフォーマルハウトが立っていた。ソルファが抱えていた大きなコンセントを残骸の山に放り投げる。 
「マザーの主電源を切りやがったのか」
 ギルが声を漏らすと、画面中のフォーマルハウトが辺りを見渡し始めた。どうやら声が届いているらしく、頭上のカメラを見つけたフォーマルハウトは画面越しに話しかけてきた。その後では壁を調べているユウレンと、コンセントや機械兵の残骸の中でごそごそしているソルファが見える。
「その声はギルか?」
「どうして、どうしてマザーさん止めちゃったんですか?」
「金髪の天使様もご一緒か、じゃぁそっちはマザーの前だな」
 話しながらフォーマルハウトは画面の外に向かって銃を撃つと、銃撃音と金属が落ちる音がして画面端に機械兵が倒れ込んだ。フォーマルハウトが撃ち抜いた機械兵にソルファが駆け寄り、腕や足を引きちぎって元の場所に戻って行くのが見える。
「依頼受けて、マザーさんと、お話しに、来たんですよね? 戦わなくて済むようにって、私たちが、危なくならないように、カード貸してくれて……」
 コレットが画面に向かい必死に話しかけ続ける中、フォーマルハウトは後を振り返ったまま画面に掌を向けて制止する。少し待て、と態度で示されコレットの声が止まり、フォーマルハウトが振り返った画面の奥に目をやると扉が開いていた。扉の傍にはユウレンに自作の松葉杖を渡しているソルファがいた。ソルファが先程からちょろちょろしていたのはそのせいだったようだ。フォーマルハウトの視線が画面に向き直る。
「金髪の天使様より黒髪の魔女の方が好みでね、悪いがこれで失礼する」
 口端を歪めて言う彼の手にはいつの間にか銃が握られ、画面には銃口が向いていた。
「覚えておくといい、お嬢さん。この世は善人ばかりでは無いと言う事を」 
 自分に向けて発砲されたような感覚にコレットが身体を竦めると、画面は砂嵐になる。あの三人はこのままマザーを破壊する気なのだろう。
「さて困ったね。まだ聞こえてるんだろうマザー? どうだろう、君も消えたくはないだろうし、僕達に協力するという考えにはならないかな?」
「協力デスか?」
 瀬崎の声にマザーが返答を返すが、その声は先程よりも機械的になっていた。
「そう、協力。まずきみが彼とどんな話しをしたのか、が知りたいんだけどね」
「理解不能デス、なぜ貴方達との協力ニ彼とノ会話が必要なのデスカ」
「彼だけ無傷だからさ」
 ちかちかとマザーのランプが瞬くと、瀬崎は言う。
「マザー、きみが自分から攻撃を仕掛けるのであれば、機械兵を使ってとっくに仕掛けている筈だ。だがきみはそれをしなかった。きみは理由を考えていたんだからね。けどきみだって壊されたくない。だから塔を破壊していたあの女性と、侵入してきた僕達に機械兵は攻撃をしてきた。ここまではいいかな」
  バヅン、とまた大きな音がしてランプが消えていく。また一つマザーの主電源が外されたのだろう。それでも瀬崎の言葉は続く。
「僕がきみに会うより前、彼はきみと話しをしていたはずだ。マザー、彼はきみに協力すると申し出たんじゃないかい? もしそうなら今、もう一度聞いてみると良い。彼はきみに協力する気なんかこれっぽっちも無いよ」
 すでにフロアの半分以上のランプが止まる中、残されたランプの点滅が早くなりタッチパネルが勝手に瞬き始めた。大きな画面には機械兵を相手にする三人と大きなコンセントが映される。ギルの情報によればマザーの主電源は三つ。三人は既に最後の主電源の目の前にいるのだ。
「聞コエテマスネふぉーまルハうと、貴方ワ私ニ危害ヲ加ウェ無イト言イマシタ。私ニ協力スルト言イマシタ。何故、私ウォ壊スノデスカ」
 二つ目の主電源を外されたせいか、マザーの声は一層機械のようになり発音もおぼつかない。画面に映っていると気が付かないフォーマルハウトはソルファとユウレンに向かう機械兵を撃ち抜きながら独り言のように呟く。
「マザー、最初から言っておいただろう? 俺を、人間を信じないでくれって」
「貴方ノ言葉ウォ信ジテハ、イケナイ、何ガシンジツ、ツ、ツツツツツツウウウウウウウウウウウウウウアアアアアアアアアア亜マモルコロスキョウゾンアアアアアアアアaaaaaaaaセンメツツツツウウウウキョウリョクウウアアアアアアアウウアアアアアaaaaaウラギリリリリ理解不能ハカイセンメツツツウウ理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能」
 バヅン、と三度目の音がするとメインフロアは真っ暗になる。機械音もマザーの声も、コントロールパネルも全ての光が消えた。マザーの主電源が全て外され、マザーは沈黙したと思われたその時、部屋中のランプが赤く灯りブザーが鳴り響く。先程の揺れとは比べ物にならない程の大きな揺れと機械が擦れる音の中、何事かと慌てるコレットを護るようファレルがすぐ傍に立つ。
 一面赤いランプが光り、大きな画面は赤いerrorの文字が埋め尽くす中、先程のカウントが始まっていた。その大きな画面の下、瀬崎の手元が白く光るのを見たギルはハッと何かに気が付き、瀬崎の元へ駆け寄る。瀬崎が見ているタッチパネル傍の画面を覗き込むと、物凄い数の機械兵に囲まれ暴れ回っているフォーマルハウト達の姿が映っていた。瀬崎は慣れた手つきで画面横の蓋を開け、中からマイクをとりだしスイッチを入れると、マイクに向かって話しかけた。 
「何をしているんだい?」 
 銃撃音の向こうから「見てのとおりだ」というフォーマルハウトの声が聞こえると、ギルがマイクに向かい
「のんびり遊んでる場合じゃねぇぞ、もうすぐ爆発するからとっとと逃げろ」
 と、苦笑気味に言う。ギルの声にフォーマルハウトの口が何かを言いたそうに動き、止まる。数発の銃声の後、彼の口が動いたのは見えたが、その声は聞こえなかった。
 メインフロアの壁にも亀裂が入りはじめる。
「ボウズ! じょうちゃん連れて先に脱出しろ!」
 落ちて来る天井を、担いでいた大槍で壊しながらギルが叫ぶ。
「何故爆発する! そこから止められないのか!」
 画面からユウレンの声がすると瀬崎が資料を眺めたまま言う。
「止められたのにきみたちが主電源落としたりするから、緊急用の予備電源が動き出したんだよ。マザーが起動するのと爆発するのどっちが早いかな」
「ワ……キド…………テイシ…………フノ……ウ」
 切れ切れな機械音声が聞こえる度、壁やコンピューターが小さな火花を発している。
「やっぱりダメか、じゃぁせめてあの機械兵を止められない?」
「…フノ……ウフノ…フノ……ウ……ウノ……ウ……フノ……ウフフノ…フノ……ウフフノ……ウノ……ウ」
「ムリしなくていいよ」
 画面にはどこから出てきたのか、次から次へと機械兵が山のように押し寄せている。マザーの制止も聞き入れないのか、制止させることもできないのか。未だメインフロアに留まるコレット達にギルがもう一度早く行けと叫ぶが、ファレルはコレットを抱えギル達の方に駆け寄って来た。ファレルはコレットを机の下に隠れさせると、瀬崎とメインコンピューターごと空気の塊で包み込んだ。ギルが呆気にとられた顔をしながらも落ちてくる瓦礫を大槍で粉砕するとファレルは
「まだ全てが終わったわけではありません」
 と、同じように落ちてくる瓦礫を退け、メインコンピューターとゲートの間の道を確保する。塔全体からミシミシと音が発せられ、だんだん大きな塊が落ち始める。あちこちでランプが破裂し火花が飛び散る。
「ったく、どいつもこいつも聞き分けのねぇボウズどもだ!あの三人がこの真下に来るようにしたい」
 どこか楽しそうに言ったギルた背中越しに瀬崎に声を掛けると、瀬崎は
「どうして僕に言うんだい?」
 と、不思議そうに言う。ギルは何を今更、と笑った後まじめな声で
「おめぇさんはどのスイッチも迷い無く押してた。ここを調べてたんだろう? ほったらかして俺達だけ脱出ってのも後味が悪いぜ?」
 話している最中、壊れた壁からメインフロアにも機械兵達が侵入し始めてきた。

「この状況で帰るのは、気分悪いよね。右方向、黄色いランプの傍にハンドルが隠されてるよ。それを回して扉を開けてね」 
 と地図らしい図面を広げた瀬崎が言うと、続いてギルがマイクに向かって叫ぶ。
「まだ聞こえるかヤンチャボウズども! 脱出用ルートを探すからそれまで待ってろ!」
 二人の声が届いたのか、画面の中ではユウレンが瀬崎の指示した場所を探し、ソルフファとフォーマルハウトが連携して機械兵を次々と破壊する。二人とも銃撃戦が得意なせいか、お互いの背中を護るように重ね合い大量の機械兵たちの攻撃を器用に避け、撃ち続ける。
 ソルファの弾倉が空になるとフォーマルハウトが新しい弾倉を放り投げ、ソルファは空中でそれを入れると太腿に打ち付け直ぐに発砲する。フォーマルハウトの前に何体もの機械兵が突進してくれば、ソルファの尻尾がパーカーからマシンガンを取りだし、フォーマルハウトに投げ渡す。打ち合わせなど一切ない状況で二人の呼吸はぴったりと合い、一体もユウレンの傍には近寄らせなかった。
 コレットは机の下からファレルとギルが機械兵や沢山の瓦礫を相手にする姿を見ている。頭上では瀬崎が三人に脱出ルートを教えている声がする。
 コレットは機械兵に見つかったら自分が囮になるつもりでいた。自分が一番役立たずであり、自分一人いなくなっても特に誰も困らないと思っていたが、こんな状況で自分が飛び出せばもっと迷惑が掛かる。何かできないか、と考えを巡らせるコレットの耳に今にも消えそうなマザーの声が聞こえる。
「ツクエ……シタ……ウシロ……カベ……」 
 マザーの言う場所は丁度コレットの真後ろだが、マザーの声は余りにも弱々しく小さかった。今の声が本当に聞こえた物なのか確かめようと、コレットは机の下から顔を出し瀬崎を見上げる。彼が頷き、コレットはマザーの言う壁に触れてみる。指先で軽く触れただけの壁は両開きの扉になっていた。扉が開くと、小さな台座の上に丸い宝石のような赤い石が置かれており、台座がゆっくりと動き扉の外に出てきた。コレットがその赤い石を手に取ると更に小さくなったマザーの声が聞こえる。
「コア……バッキー……タベル……タベ……b」
 シュゥゥゥンとマザーの言葉がかき消えた。プツ、と電源を落としたような音がし、瀬崎が机の下からコレットを引っ張り出すとタッチパネルが爆発を始めた。
「真下だよ」
 瀬崎がそう言うと、ギルは高く飛びあがる。大槍を振り下ろし床に大穴を開け、そのまま塔を貫き続けた。深く深く、9枚の床を貫きフォーマルハウト達のいる場所まで到達すると、くるりと身体を回転させ地面に降り立つ。ギルは直ぐにソルファが自作した松葉杖を使うユウレンを担ぎ上げると跳び上がり、自身で開けた大穴を登る。その後を追いかけるフォーマルハウトとソルファは跳躍しながらもその手を休めることは無い。他の階層から穴を落ちて向かってくる機械兵を撃ち続け、ギルの援護をする。
 ギルがメインフロアに到着すると三人がゲートの前で待っていた。次いで、フォーマルハウトとソルファが飛び出してきた穴に向けて弾丸の雨を降らせているのを確認すると、ファレルはコレットの身体を抱き寄せ、来たときと同じようにゲートを潜り脱出した。
「遊んでないでさっさと来い!」
 ギルの言葉に瀬崎が笑いながら言ってもね、と呟きながらゲートの中に消えていく。ユウレンを担いだギルがゲートを通過しようとするが、
「女といちゃついてないでさっさと来いよ」
 とフォーマルハウトが笑いながら先にゲートを通って行く。続いてフォーマルハウトに尻尾を捕まれたソルファがマシンガンを撃ちながらゲートの中に吸い込まれていった。
「かっわいくねぇボウズだな! 本当に!」
 全員、無事に脱出した。


 


 歪むゲートから半ば放り投げられるように飛び出したファレルとコレットは、ごろごろと地面を数回転がった。身体が止まり、コレットがおそるおそる目を開けると土埃を付けたファレルが微笑んでいる。二人がゆっくりと立ち上がると瀬崎とフォーマルハウト、ソルファが立っていた。ギルがゲート出て来たのを見てコレットはホッとすると、手に持っていた筈の赤い石が無いことに気が付く。辺りを見渡し、ぱたぱたとポケットやトートバックを叩くと、コレットのバッキー、トトが口をもごもごさせていた。
「食べちゃった、の?」
 コレットが呟くと、ドンッッと大きな音がする。音のした方を確認すると、海には大きな水柱が一つ、空へ高く高くあがっていた。ぱらぱらと水しぶきがコレット達を濡らし、うっすらと虹が掛かる。
「……綺麗」
 そう呟くコレットの身体がゆっくりと傾き、ファレルの腕の中へ倒れていく。緊張の糸が切れたのだろう。腕の中で気を失ったコレットの顔にかかる前髪にファレルはそっと触れた。こんな事になってしまい、彼女はまた心を痛める。もう依頼を受けないで欲しいと思う反面、彼女がまた依頼を受けるとファレルは知っている。そんな心優しいコレット・アイロニーという少女だから、ファレルも惹かれているのだ。
 振り返ると瀬崎とギルしか居ない。ファレルはコレットを優しく抱きかかえると、瀬崎とギルと共に対策課へと向かった。




 対策課では瀬崎とギルがハザードは消滅した、と大体の流れを植村に説明している。フィルムはコレットのバッキーが掃き出さなかったら海底だ。回収は難しいかも知れない。そのコレットは現在気を失っているので休憩室で休んでいる。もちろん、ファレルも傍についている。後は対策課の仕事だ、と瀬崎とギルは対策課を後にする。
 外に出ると、声を低くしギルが瀬崎にだけ聞こえるよう話しかける。
「おめぇさん、なんであのボウズ達の事説明しなかった?」
 対策課での説明を一手に引き受けた瀬崎はまず結果を話し、ハザードに関する必要最低限の事しか言わなかった。ソルファの依頼放棄も、フォーマルハウトとユウレンの依頼遂行妨害もまったく説明しなかったのだ。
「別に言う必要ないと思ったから、だよ。対策課に説明したようにハザードは海底の上、土の上に出現していた。機械城を囲んでいたバリアも高温のものだ。バリアに接していた海水は蒸発し、徐々に海水の温度も上がっていただろう。辺りが真っ暗な海底だったことから、水深200M以上。海洋生物は水温が数度上がっただけでも死に至る。確実に生態系が狂い始め、それを危惧した彼女はハザードを破壊に向かったんだ」
 ギルは感心したような顔で顎髭を撫で、瀬崎の話しに耳を傾ける。
「マザーのコアをバッキーが食べたことによって、ハザードは消滅したんだろう。あの水柱は機械城の上が空洞になっていて急に水が押し寄せたから発生した物だ。水しぶきの中に金属片は混ざって無かったからね。爆発は起きなかったようだけど、海の中では異常が出始めてるかもしれない。彼等の行動は一概に危険行為だった、とは言えないんだよ」
「なるほど……ね。いやぁ、おめぇさんよく見てるなぁ! どうだ、仕事も終わったんだし、ちょっと一杯やりにいかねぇか?」
 ギルは豪快に笑い、瀬崎の肩を組むと呑みに誘うが彼は
「楽しそうだけど、家で愛娘が待っているんだ。次の機会にでも」
 と終始変わらぬ笑顔で言い、帰ってしまった。断られたギルは頭をがりがりと掻き、握りしめた封筒を見る。
「ボウズに依頼料を手渡すついでに誘うか」
 本来対策課で直接手渡される筈の依頼料だが、届けてやると奪い取りそのまま持ってきたのだ。仕事が終わったら酒だろう、という考えもあるが、どうせなら誰かと楽しく呑みたいギルはそのまま海賊船へと歩いて行く。



 ゲートを抜けた後、ユウレンがソルファに暇な時に船に来いと誘うと、ソルファは頷き一緒に歩きだした。色々と世話になった礼がしたかったユウレンにとって別に今すぐではなくても良かったのだが、ソルファが付いてくるので気にしなかった。生野菜が好きだというソルファに船内の野菜を全て渡すと、ソルファは草食動物のように野菜に囓り付きだす。 
 ユウレンがソルファの頭をわしわしと撫で
「……こいつは誘ったが何故おまえまでいる」
 視線の先には、浅く椅子に腰掛け机に脚を放り投げているフォーマルハウトがいる。
「無事生きて帰ったんだから答えを聞かせて貰ったって良いだろう?」
 僅かに見える口端をつり上げて言う。目深に被ったハットで顔の殆どが隠れ、フォーマルハウトの表情は見えない。彼が何を考え、何が聞きたいのかは不明だ。ユウレンが小さく溜息を漏らす。
「言っただろう? どんなやつだろうと銀幕市に来たところで、違う生き方をできようはずもない。マザーはこの街でも人間に牙を剥くはずだ。彼女がどんな想いを持っていようが関係なく、問答無用で滅ぼしたい、と」
 一心不乱に野菜に囓り付きながらソルファは二人の会話に耳を傾ける。
「そう話をして、お前は俺を海底に連れて行く事に同意した。俺が塔の破壊を手伝うことを条件に、だ」
「……“映画の中”だと言われても私にとっては自分の過去だ。故に違う生き方は出来ない。近い考えだろう?」
「……なるほど、納得だ。あぁ、他にも答えて貰ってない事が沢山あったな、何故マザーを破壊したかったのか、何故海に執着するのか、何故銀幕市を救おうとしたのか、あと好みの男のタイプとスリーサイ……」
「……五月蝿い男だな、そんなに聞いてどうする」
「良い女の事は知りたいと思うだろう?」
 ハッ、とユウレンが鼻で笑い馬鹿馬鹿しい、という態度をとるとフォーマルハウトは笑った。好みかどうかはともかくとして、フォーマルハウトがユウレンとソルファを気に入っている部分がある。おしゃべりな自分の話を二人は静かに聞いてくれる。その事に好感を持っているのだ。
「で? 続きは?」
 フォーマルハウトがそういうと、ソルファがレタスを囓りながら座り直した。 
「……壊したかったのは“アレ”が海底の上に現れ、海を汚していたから、海に執着するのは……自分の家のような物だからだ。銀幕市は……別に救おうと思ったわけではない」
「へぇ、別にマザーに壊されても構わなかった、と?」
「……銀幕市が存在しようと滅ぼうとどちらでも良い。銀幕市が存在し続けるなら私はここにいる。法やルールに従いはするが、関わろうとは思っていない。……今回は海が汚されていたから関わってしまっただけだ」
「どうして?」 
 ずっと野菜を囓っていたソルファが今にも泣きそうな顔で短く問いかけてきた。今回、ユウレンを助けたソルファだが最初はマザーと交渉するつもりだったのだ。映画の中とここは違う。だから仲良くしたい。そう思っているソルファは二人が銀幕市が滅んでも良い、と言う事に哀しくなる。
「……何故、か。……銀幕市が存在する限り私の友人達が来るかもしれない。だから、待っている。それだけだ」 
 溜息混じりにユウレンがそう言うと、フォーマルハウトは片手でハットを押さえ目深に被り直す。彼は、その言葉を茶化すこともからかうこともしなかった。フォーマルハウトが立ち上がりその場を去ろうとすると、にゅっと目の前に人参が現れる。驚き、ぱちくりと瞬きをすると、同じような表情をしたユウレンの前にも人参が差し出されていた。トカゲの尻尾と手でソルファが二人に差し出している人参は、勿論生だ。
 なんとなく二人が受け取ってしまうと、ソルファはにっこりと笑った。




 その後、銀幕市上空に第三のネガティブゾーンが現れた


クリエイターコメントこの度はシナリオにご参加くださりありがとうございました。お届けが遅くなりまして申し訳ありません。

ノベルの最後に書かせていただきましたが、この出来事はイベントシナリオの前となります。
少しでも皆様が楽しんでいただけたら、幸いです。



改めて、ご参加有難う御座いました。

公開日時2009-04-23(木) 18:20
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