★ 菊花旋風抄 ★
クリエイター亜古崎迅也(wzhv9544)
管理番号447-5418 オファー日2008-11-17(月) 21:00
オファーPC 清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
ゲストPC1 旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
<ノベル>

 時分は夕暮れ時である。
 冷っこい風がぴゅうぴゅうと口笛混じりに街中を通り抜け、古びた建屋の隙間という隙間を見つけては、悪戯にひゅうぅと冷たい息を吹き込んだ。おお、寒いこと。着膨れした家主はぞくぞくっと背中を丸め、ぴしゃりと戸を閉め直す。
 かあかあ、白ちゃけた空の彼方を数羽の鴉が渡っていった。濁った小池に影と糞を落とし、悲しんでるのか馬鹿にしてるのか分からぬ気の抜ける鳴き声を上げて去っていく。
 よく肥えよく実った紅色の秋も終わり、街はようやく、寒い寒い冬の頃を迎えようとしていた。からからに枯れたけやきの葉が夕焼け通りに降り積もり、味気ない石の地面に赤茶色の斑点模様をつけている。
「寒ぃねぇ、旦那」
「うむ……寒いな」
 丁髷頭に着流しの気難しそうな男が景色を眺めながらしみじみ呟くと、隣に腰掛けた連れの侍は、相変わらずの仏頂面で相槌を打った。
「お天道様の居る頃ぁ、まだまだ『小春日和』ってんだが……日も暮れてくりゃ、さすがに寒ぃと口にしたくもなる」
 特徴的なべらんめぇ口調で呟き、身震いの代わりに肩を竦める。
「いつの間ぇにか手足がこんなにかじかんじまう。冬ってのは、人様を家ん中へ閉じ込めてぇんですかね」
「かもしれんな」
 日の暮れた冬の通りほど淋しいものも無いだろう。賑やかな装飾が通り縋りの者の目を楽しませてくれるのも、沢山の店が軒並みを連ねる大通りくらいだ。脇道に逸れて枯木の小道を漫ろ行けば、辺りはがらんと殺風景。人の通りもほとんど無い。
 だが冬は冬とて良さが有ろう。澄んだ空気は空を綺麗にするし、枯れた並木や山並みを映した小池は、何とも言えぬ趣がある。
 表へ出歩かんと、こういう景色は分からんものだな。
 連れの侍がふむ、と顎に手をやった所で、
「へい、お待ちどう様。蕎麦二人前ぇ」
 二人の前にどどん、と湯気をふかした茹で立て蕎麦の丼が置かれたのである。


 着流しの渡世人、旋風の清左と、さすらいの用心棒、清本橋三は、連れ立って一軒の食い処を訪れていた。
 とある夏日の『さっかー大会』と称した喧嘩騒動、お互い敵同士として刃を合わせた縁では合ったが、此処で会ったが百年目ぇかつての決着着けようじゃあないかと出会い頭にいがみ合いやら斬り合いと洒落込んだ訳ではなく、此処で会ったが何かの縁、ちと腹拵えにでも行かないかとこうして連れ立って蕎麦を啜りに来たのである。昨日の敵は今日の友。敵味方の云々も後へは残さぬ、何事にも寛容な精神の二人なのであった。
 着流しに草履を履いた、いかにも時代劇映画出身の男二人組が屋台に並んで蕎麦を食っている様も、今のこの街では見慣れたものだ。
 冬の今日この頃、その格好はあまり暖かそうには見えなかったが(特に清左の髪型と来たら)、二人とも慣れているのか必要以上に重ね着をしていない。橋三はとりあえず、首元に柔らかい毛の織物『まふらー』を巻いている。
「……染みるねぇ」
 ずるずる。実に美味そうな音を立てて、清左が蕎麦を啜った。
「冬の醍醐味だろ? 年越しにゃ早いけどよぅ」
 湯気の向こうで屋台の親父がにやりと笑い、橋三の前にお冷やのお代わりを置いた。
「かたじけない。親父殿」
 小さく礼を言うと、橋三は再び黙々と麺を食い始める。
 がらりと淋しい枯木の小道。温かな白い湯気と鰹だしの良い香りが、通り縋りの者の空きっ腹に染み入るように立ち込める。
 香りに誘われたのか、一人の人影が屋台に向かって歩いていく姿が在った。
 白い衣装を身に纏ったその人物は、ゆっくりと忍ぶような足取りで、じっと屋台を凝視しながら――否、その者が見つめているものは屋台では無かった。奇妙な事に、椅子に腰掛ける橋三と清左の後ろ姿を、背中を食い入るように見つめている。
 気配、いや、気迫が尋常では無い。腹拵えに屋台を訪れる者の目には到底思えない。悪意とも違う、強いて言うならそれは……『覚悟』の色であった。
 白装束の者は、手にした荷物を覆っている布をするりと剥ぎ取り、中に隠されていた『それ』の黒塗りの覆いを抜き払った。
「………」
 すらり。夕焼けの炎を曇りなく反射する、研ぎ澄まされた一口の真剣が現れる。
 人の命を奪い去る為の代物を握り締め、
「父上の………」
 何事かをぼそりと呟き、白装束はついに走り出していた。

 襲撃は唐突。
「――父上の敵ッ!」
 がきぃぃいん。
 清左と橋三が前後に素早く飛び退くのと同時に、ぎらりと輝く刃の一閃が屋台の椅子に刻まれる。
 渾身の一撃をたやすくかわされ、襲撃者は悔しさに顔を歪めた。再び一撃を繰り出そうと刃を振り上げ前を見据える。が、
――どすり。
 体に軽い衝撃が走り、自らの意思に反して膝から力が抜け、がくりと地へ跪いた。襲撃者の背後に回った橋三が、その者の首筋へ手刀を打ち込んだのである。
「……う……」
 何故、と周囲を見渡す間もなく視界が霞み、痛みよりも悲願が果たせなかった事への無念に苦しげな表情を浮かべ、襲撃者はその場に崩れ落ちた。
 からり、と真剣が地面に転がる。
「……む」
 意識を失った白装束を抱き留め、橋三は違和感に眉を寄せた。
 まさかと思い、体を起こして襲撃者の顔を眺める。固く目を閉じたその顔は、年若い少女のものであった。
「なんだって……また」
 店の親父を庇いながら鍋の向こうへ飛び越えていた清左が、屋台の奥からのっそりと立ち上がった。いきなり突き飛ばされて訳も分からず目を白黒させている親父に、「乱暴にしちまって申し訳ねぇ」と詫びを入れる。
「清左殿」
「……へぇ」
 橋三の言いたい事が分かり、清左は思わず苦い顔で返事をした。少女の着ている白い衣装は、肉親の恨みを晴らすべく、憎き敵を葬り去る決意を固めた者が身に纏う――言わば『仇討ち装束』であった。少女を椅子へ横たえた橋三は、その衣装を見やった後、地に落ちた刀を拾い上げる。
 鋭利な刃は屋台に備え付けられた木の椅子に、ざっくりと深い傷を刻みつけていた。その傷が刻まれていた位置を見つめ、呟いた。
「どうやら、狙われたのはおまえさんのようだな」
「……」
 着物の袖につけられた僅かな切れ目を見つけ、清左は溜息を一つ零した。


――父上。父上。
――父上の無念は必ず私が晴らします。
――何としても。例えこの命に変えようとも。


「―――ッ!?」
 ひんやりとした夜気を肌に覚え、少女は慌てて飛び起きた。
「目が覚めたか」
 辺りを見回してしどろもどろになっている少女に、近くの椅子に腰掛けていた橋三が声を掛ける。びくりと驚き警戒心を顕にした少女だったが、自らに掛けられていた上着の存在に気付き、幾らか不安げな表情を緩め、橋三を見つめた。
「あの……あの男は」
 言わずもがな、あの男とは清左の事であろう。橋三は静かに首を振る。
「何処かへ逃げたようだ」
 少女は着物をぎゅっと握り締め、悔しそうな顔で俯いた。
「腹は空いているか?」
「え?……あ」
 唐突に尋ねられ、少女は目を丸くしたが、その腹はぐぐぐぅと素直に音を立てていた。
「まずは腹拵えをするといい。俺で良かったら話を聞こう」
 屋台の親父から湯気の溢れる蕎麦の丼を受け取り、一膳の箸と共に少女へ差し出した。


 菊の香りがした。
 夜になると空気は更に研ぎ澄まされ、からからに枯れた冬の中に、失った筈の水気に似た夜の匂いを漂わせ始める。
(こんなにも花の香が匂い立つようになるもんだろうか)
 刃のような鋭い冷たさの空気で静かに息をすれば、ごくごく自然に、近くの草むらで菊の群れが咲いているのが分かってくる。
 清左は屋台からほんの少し離れた岩陰に背中を預けてしゃがみ込み、ぼんやりと空を仰いでいた。こういう時ぁ煙草吹かして気を落ち着けるに限る――と言いたい所だが、ひとまず屋台の親父へ礼とばかりに、食器洗いの雑用を買って出たのである。
 ……岩陰に身を隠して桶を抱えている姿は、我ながら滑稽極まりない。
 うっかりぼやきそうになって口を噤み、気を取り直すように屋台から聞こえてくる身の上話に耳を傾けるのだった。


「私は菊と申します」
 借りた座布団の上に正しく座しながら、少女はこれまでの経緯(いきさつ)を語り始める。
「金品を奪い、父の命を奪った者を追って、長い間旅をして参りました」
 橋三がむぅと唸った。長い間、とは恐らく「映画」内での事を言っているのだろう。少女もまた、橋三や清左と同じく時代劇映画から降り立った『むーびーすたー』なのだ。礼儀正しい所作を窺えば、何処かの武家娘かと思われる。
「して、清……先程の渡世人が、父上殿の敵だと」
「はい。そうです」

(身に覚えの無ぇ……)
 音を立てぬよう静かに食器を洗っていた清左が、思わずがくりと肩を落とした。
――菊の花に呪われてんじゃあるめぇか。
 片目を覆っている眼帯を、痒くも無いのに思わずぽりぽりと掻いた。


「……背格好がまるで同じでした」
「……背格好?」
 物言いに疑問を感じ、橋三が尋ね返した。少女は『顔が同じ』とは言わず、『背格好が同じ』と言ったのである。
「はい。私は目を少し患っております。人の顔をよく見分けられないのです」
「……同じ背格好の者は五万と居るだろう。それでは、誰が本物の敵か分からんではないか」
「いいえ。あの背格好は見間違える筈がありません。それに、目の代わりに私は人より鼻が利きます。あの男の匂いを間違える筈がありません」
 絶対に! 断固として言い切る少女に何を告げても無駄だろう。その意地の張り方はある意味、ようやく見つけた敵が『他人の空似』である事を怖れる気持ちの裏返しのようにも、橋三には思えた。『設定』に縛られ、映画を抜け出してもなお、少女は孤独に戦い続けているのだ。本物の敵はこの街に実体化して居ないかもしれないと言うのに。
「菊殿」
「はい……」
 哀れな白装束の少女を見つめ、橋三は告げた。
「おまえさんの思いはしかと受け取った。及ばずながら、俺も手を貸そう」
 それは少女の思いを遂げさせるべく企てられた、ある茶番劇の始まりであった。



 時分は秋の夕暮れである。
 冷っこい風がぴゅうぴゅうと口笛混じりに街中を走り抜け、ぴゅうぅと枯木の小道に冷たい息を吹き込んだ。
 ぞくりとくる寒さをものともせず、がらんとした夕焼け通りに、二人の男が対峙している。
 刀を構えた侍の名を、清本橋三という。
 向かい合ってつまらなそうに橋三を眺めている渡世人を、旋風の清左と言う。
「あっしに何の用でぃ」
 清左がけっと吐き捨て、橋三を一瞥する。
「おまえさんに悪事の清算を申し出る。人を斬った罪は重いぞ。尋常に勝負しろ」
「悪事だぁ?」
 橋三の背後に控えた少女を見やり、悪人清左はくくくと笑い声を上げた。
「生まれてかれこれ聖人だった試しは無ぇ。殺っちまった奴の顔なんざ、さっぱり忘れちまったなぁ」
「おのれ、よくも……ッ!」
 走り出そうとした少女を制し、橋三が清左を見据えた。
「てやんでぃ、旦那ぁ。怪我したく無ぇならその小娘連れて、さっさと何処かへいきな!」
 清左が声を荒げて橋三を睨む。精悍な顔の侍は臆す事なく、刀を構えて一歩前へ出た。上等だ、と呟き、清左は刀を抜き払って走り出した。


『……寸劇ですかぃ』
『ああ。すまんが、手を貸してくれんか。これから先にまた狙ってこんとも限らんからな』
 この辺で清算させておいた方が良いだろう。おまえさんの為にも、あの娘の為にも。
『何処へ行こうが突然襲われるご時世だ、今更何が怖ぇも在ったもんじゃねぇが……清本の旦那がそう言うなら、あっしも助太刀致しやしょう』
 で、何をどうしたら良いんですかい。
 かくかくしかじかひそひそ、時代劇映画出身の二人組の作戦会議は、蕎麦を啜りながら行われたとか行われ無かったとか。

「でやぁぁぁ!」
 清左が刀を振り翳し、地面を強く蹴り込んで橋三へと斬り掛かる。
「――ッ!」
 橋三はしっかりとした足取りで構え直し、素早い一撃を正面から受け止めた。
 がちぃぃん。
 刃が反射した夕焼けとも火花とも付かぬ一閃が煌めき、二つの刃が交差したままがちりと固まった。
 どちらが先に隙を見せるか、鍔ぜり合いの向こうで、橋三と清左の視線がぶつかり合う。
 きぃぃぃん。
 どちらが先に動いたのか。あまりに鋭い刃の擦れ合う音に、少女が一歩後ずさる。
「へっ、何処見てんだい!」
 橋三が刀を振り下げた一瞬の隙をついて、清左が懐へ素早く潜り込んだ。
 橋三が体勢を立て直す間もなく。
「むぅ―――ぐぁああっ!」清左が繰り出した一撃を受け、橋三が地面に膝をつく。
「清本様……!」
 少女が慌てて橋三へと駆け寄った。
「てやんでぃ、口ほどにも無ぇ」
 清左がにやりと悪どい笑みを浮かべると、少女はきっと清左を睨みつけ、刀を手に立ち上がった。
「なんでぃ、やるのかぃ?そんな細腕で仕留めようたぁ、あっしも舐められたもんだ」
 なかなかの悪党っぷりである。心の中で賞賛を送りながら、橋三はぜぇぜぇと苦しげな表情で、地面に膝をついていた。
 勿論の事だが、別に何処も斬られてはいない。


『つまりあっしが、あの嬢ちゃんの敵の振りして……斬られりゃ良いって事ですかぃ』
『ああ。振りだけで良い』
『あっしは役者じゃあねぇ。……劇なんざ出来ませんぜ』
『形だけで構わない。大事なのは――』

 そう、斬られっぷりである。


(………うまく、行きやすかね)
 必死の表情で攻撃してくる少女の刃を右へ左へかわしながら、清左の脳裏に妙な脱力感が過ぎった。
 思わず溜息を着きたくなったが、少女の顔を見て、それは思い留まった。
 真剣な、死に物狂いにも取れる緊張の走った顔。金目の物を奪われる為だけに殺された父親は、さぞや無念だった事だろう。
――私が必ず、父上の敵を討ってみせます。
 少女の真っ直ぐな瞳がそう告げているような気がした。
「………」
 清左は大仰に刀を振り上げ、少女に攻撃を仕掛けるようなそぶりで、大きな隙を作って見せた。
 少女が左へ飛び、刀を振り上げる。
「父上の―――ッ」
 いざ無念を晴らす瞬間。と思われた刹那、

「ひっく……何だ?喧嘩かよ」
 酷く場違いな酔っ払いの声が聞こえ、ぎょっとして橋三も清左も少女もそちらを見た。


 人通りの少ない小道の端の土手を選んで寸劇を繰り広げていたのだが、まさか好き好んでやって来る者が居たとは。いや、現れた男は鼻を真っ赤にして酒瓶を煽っていた酔っ払いのようだから、ふらふらと意味も無くやってきただけだったのかもしれないが。
「………」
 何と告げようか、しばし黙考する橋三の前で、
「あ、貴方は………」
 清左を斬ろうとしていた少女が、ゆらりと男に近付いていった。
「……ん?」
 赤っ鼻の男は目を丸くし、少女をじぃっと眺める。やがて何かに気付いたようで、ぽん、と手を打った。
「ああ、誰かと思えばあんた、菊蔵の娘のお菊じゃねえか。こんな所で会うとはなぁ」
 父親と自分の名前を言われ、その男が少女の知り合いだと確信がついた。
「貴方は、あんたは……! 忘れもしないその煙草の匂い……父上を殺した、憎き敵ッ!」
「……何だと?」
 橋三が眉を寄せる。言われてみれば確かに、男は清左とよく似た背格好で、着流し姿の丁髷頭である。居ないと思っていた敵はこの地に実体化していたのか。
「るせぇなあ……生まれてかれこれ聖人だった試しは無えんだよ。殺っちまった奴の顔なんか、綺麗さっぱり忘れちまったなぁ」
 何処かで聞いたような台詞を言われ、清左が渋い顔をする。
「お覚悟――父上の敵ッ!」
 問答無用、少女が男の元へ走り出し、刀を振り翳した。
「しゃらくせぇ……!」
 男は長ドスを引き抜き、隙だらけの少女の体を貫こうと刃を構えて――

 がきぃぃいん。

「―――ッ!?」
 同時に幾つかの刃を交える音がした。少女の刃は橋三の刀が受け止め、男の長ドスは清左の刀が受け止めた。目前で起きた刃の交差に圧倒され、少女がへなへなと地に崩れ落ちた。
 橋三は少女を抱え、土手の端の方へ避難させる。

「……親の敵討とうと咲いた、健気な菊の花――」
 じゃ、じゃりり。
 男の刃を鍔ぜり合いで受け止めたまま、清左が足を踏む直す。
 旋風とあだ名された隻眼の男が、ぎんと鋭い眼差しで相手を見据え。
「―――とくと拝んで、閻魔さんへの土産話にしな」
 きぃぃぃん。

 鍔ぜり合いが解き放たれ、清左の刃が目にも止まらぬ早さで、相手の男を打ち据えた。



 菊の香りが立ち込めていた。
「本当に……申し訳ございませんでした。何と、お詫びすればいいのか…」
 深々と頭を下げる少女へ、気にするなと清左は首を振る。
「嬢ちゃんも、あんな白装束より、そっちの格好のが似合ってる」
 菊模様の可愛らしい着物を見て、清左と橋三が小さく笑みを見せた。少女は頬を赤らめ、嬉しそうに笑った。
「さて……あっしはこの辺で」
「あの、お名前を」
 去ろうとする清左へ駆け寄り、少女が尋ねた。
「名乗るほどのもんじゃあ……」
「――清左殿という」
 あっさりと人の名前を教える橋三にぽかんと口を開け、思わずしげしげと顔を見つめる。橋三はと言うと、ははは、と笑い声を上げて清左を眺めていた。からかわれたと分かり、清左が苦い笑みを浮かべて頭をかく。
「清本の旦那にゃ、敵わねぇな」
「それはこちらも、だ」
 二人のやり取りにくすくすと少女が笑い、やがて二人も笑い出していた。
 菊花の香る、風も冷たい冬の頃。
 春の陽気にも負けぬ暖かな一日が、そこには在ったそうな。

クリエイターコメント大変お待たせ致しました…! 時代劇なお二人のお話をお届けに上がりました!
斬り合いと言いますか、戦闘シーンに若干の不安が有ったのですが、如何で御座いましたでしょうか。
とても楽しく書かせて頂きました。この度のオファー、本当に有難う御座いました。お気に召して頂けましたら、幸いで御座います。
公開日時2008-12-15(月) 19:00
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