★ 0319 ★
クリエイター瀬島(wbec6581)
管理番号867-7526 オファー日2009-05-03(日) 07:33
オファーPC 香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
ゲストPC1 シグルス・グラムナート(cmda9569) ムービースター 男 20歳 司祭
<ノベル>

「シヴ! ねえ、次はあれ!」
「次はなんだよ! さっきから目移りしやがって……」

 聖林通りの昼下がり。
 シヴの腕を引いて上機嫌のカグヤと、渋々ついてゆくシヴ。
 シヴとカグヤの、お互いにそれとは認めない逢瀬の現場。目にした者は幸せかもしれない。
 幸せしか知らない子供のような二人は、家族であり、姉弟であり、パートナーであり、親友であり……。そう、恋人という関係以外の全て。
 二人の『昼間』は長い。


***


 それは、二人がすれ違いの果てにお互いをしっかりとつかまえたあの日によく似た、抜けるような青空が美しいある日のこと。
 シヴはいつものようにカグヤの事務所兼住居を訪れたが、カグヤはお得意様から預かったスーパーまるぎんのチラシから目が離せないでいた。

「おい、カグヤ。今日もタイムセール特攻要員か?」
「今日じゃないわ、明日から三日間よ! ええっと……卵1パック78円、トイレットペーパー16ロール158円、野菜詰め放題コーナーでジャガイモとタマネギと……」

 半ば呆れ顔のシヴをよそに、チラシへ赤ペンで印をつけながら『依頼』の準備に余念が無いカグヤ。何でも屋だけに本当に何でも引き受けるのがカグヤらしいが、はたして生活は成り立っているのだろうかとシヴの心には若干の不安がある。カグヤを守ってやりたい、そう願うのはシヴにとって恒のことだが……自分より長い時間を生き、自分では到底知りえない絶望のなかに居たカグヤに、自分は一体何が出来るのだろうかと問うのもまた恒のことだった。想いだけは誰にも負けない自信はあったが、こうしてカグヤが仕事をしている姿を見ていると、カグヤを『守る力』のほかに、銀幕市での『生活力』をもっとつけたほうがいいのかもしれない……と思うシヴであった。

「ん! 三日間の特攻計画、これで完璧ね! ……あら?」
「あ? 何だよ、間の抜けた声出して」
「シヴ! ねえ、これ見て。ほら」

 とりとめも無い思考に頭を巡らせていたシヴは、カグヤの小さな疑問符で我に返る。何ごとかとカグヤの机に向かえば、カグヤはチラシの一点を指差して楽しげに笑っていた。

「使い捨てカメラ、3個入り498円だって」
「カメラ?」
「うん。……私、これ欲しいわ」
「何で?」

 シヴが浮かんだ疑問をついと口に出すと、カグヤは当たり前のように席を立ってシヴの腕を引く。

「決まってるでしょ、写真撮りたいの! ほら、行くわよ」
「はあ!? 何だよいきなり!」

 突然の提案に驚き、何か反論する間もなく、シヴはカグヤに腕を取られてそのまま引きずられてしまう。こうなったらカグヤの行動力を止めることは自分にも無理だとシヴはよく知っている。どうして急にそんなことを言い出したのかという疑問が浮かびはしたが、今問い質してもまともな答えは返ってこない、それもよく知っていた。それなら気の済むまでつきあってやろう、そう思えるシヴは、出会ったあの頃よりは背伸びの要らない大人になっていた。
 ……とはいえ、無理やり腕を引かれて道を行く姿がどう見ても姉と弟にしか見えないのはご愛嬌である。


***


「ふふ、まだ残っててよかったわ」
「今時そんなもん買う奴なんか居ないだろ」

 スーパーまるぎんの駐車場。
 タイムセールの時間帯でないせいか、人はまばらだ。車止めの縁石に腰を下ろし、無事に買えた使い捨てカメラの包装を外してカグヤは満足そうに笑った。

「でも、不思議ね。私たちが居た世界にはこんな便利なものなかったから」

 カグヤが興味深そうにフィルムを巻き上げているのを眺め、シヴはいつかカグヤが呟いた言葉を思い出す。

__時々、自分の存在がひどく希薄に感じられるの

 聞いたその時は、何か自分との暮らしで思うところがあるのだろうかと不安に感じたのだけれど。今思えば、あの言葉はそんな小さな意味では、きっとない。銀幕市にかかった魔法の不安定さを感じて、この世界に実体化した幸運な日々そのものが「なかったこと」になってしまうのではないか……カグヤはそんな風に思っているのかもしれない。

「はい、シヴ。笑って!」
「え、ちょっ!」

 刹那。
 カグヤにぐいと肩を引き寄せられ、シヴの思考はまた纏まらないまま立ち消えてしまう。横目でカグヤを見れば、カメラのレンズをこちらに向けて腕を伸ばしていて、自分たちを写真に収めようとしているのが分かった。

「何だよ、さっきから! 急に言われても心の準備が」

 カシャッ!

「……って、撮ってるし! 何今のもう撮影済みなわけ!?」
「最初の一枚は二人で撮りたかったの! 今度はちゃんと笑ってよね」

 今度はってことは次があるのかよ……と口に出しそうになったが、その前にカグヤが立ち上がりシヴの手を引いた。突然の誘いに戸惑いを隠せず、振り回されるシヴだったが、次にどこへ行くのかは聞かないでおこうと、こっそり心に誓った。今日は何だか、最後まで振り回されないといけない気がしていた。……勿論、今日以外でもしっかり振り回されているのだけれど。


***


 昼下がりの聖林通りは、平日ということもあってか人通りは二人が思っていたほど多くない。カグヤはメインストリートから一本路地を入ったところにある小さなオープンカフェへ、シヴの腕を引いた。

「ねえ、お茶していきましょうよ。あのカフェ、前から行ってみたかったの!」
「いいぜ、俺も喉渇いたし」
「ケーキセット、違うの頼んで半分こよ」
「俺もケーキ食うの前提かよ!」

 陽射しが強い時間帯だったが、カグヤは迷わずオープンテラスの一番日当たりの良い席に座ってシヴを手招きする。何でそんな眩しいとこ……と言いかけて止め、シヴは素直に同じテーブルについた。

「何にしようかしら……ミルクレープもチーズケーキも美味しそう」
「俺、アイスのシャリマティー」
「んー……あっ! これにするわ!」
「あ、決まった? 店員さん呼ぶぞ」

 メニューとにらめっこしているカグヤをよそに、シヴは横からメニューを覗き込んで自分の注文をさっさと決めてしまう。どっちのケーキを食べるか真剣に悩んでいるカグヤを見るのがシヴは好きだったし、どうしても両方食べたいのなら自分がセットで頼んでカグヤにあげればいい。そんなことを思ってカグヤが決めるのを待っていると、メニューのとある一ページを指して満面の笑みを浮かべた。

「お決まりでしょうか?」
「シャリマティーアイスで一つと……カグヤは?」
「あの、このアニバーサリーフォトセットっていうのをお願いします!」
「以上でお願いしま……はい?」

 嬉しそうに注文するカグヤの表情が何だか子供のようで可愛くて、注文の内容にツッコミを入れるのが一瞬遅れてしまった。しかし時既に遅し、カフェの店員は注文を聞いて行ってしまった後である。今更聞くのもタイミングが悪いが、聞かないのも気持ち悪いのでシヴは尋ねてみる。

「なあ、アニバーサリーって一体何のだ?」
「……お誕生日の前祝いよ!」
「はい?」

 シヴは思わず、さっきと同じ返事を返してしまう。

「カグヤ」
「なあに?」
「今日は何月何日だ」
「三月十九日よ?」
「……」

 どうやら日付の感覚は間違っていないらしい。確かに今日は三月十九日だが、二人の誕生日は十二月十九日だ。かろうじて十九日であることが共通しているが、だからといって早すぎ、あるいは遅すぎやしないだろうか。

「いくら何でもズレすぎだろ!」
「いいの! いいこと、シヴ。お誕生日のお祝いはね、誕生日前半年間と誕生日後半年間有効なんだから!」
「毎日誕生日じゃねえか!」
「お待たせいたしました!」

 至極尤もなツッコミが入ると同時に、二人の前に小さなホールケーキがサーブされる。これがアニバーサリーフォトセットのケーキらしく、ホワイトチョコレートで出来た板には【Congratulations!】の文字がのせられていた。カグヤに押し切られる形で、はからずも誕生日パーティーのような状態になってしまったが、シヴにはそれが内心とても嬉しかった。元は自分の誕生日だった、十二月十九日。それは自分がカグヤにあげることの出来たもので、最も誇らしいものの一つだからだった。

「では、撮りますね。お二人もう少し寄っていただけますか」
「こう?」
「お、俺も!?」
「当たり前でしょ! 二人の誕生日なんだもの」
「う……」

 インスタントカメラを構えた女性店員が、にこやかに二人の前に立つ。確かに同じ誕生日なら二人で祝うのが筋というものだが、どうにもシヴは気恥ずかしい思いでいっぱいだ。
 お互いがお互い、二人で祝いあえることを嬉しく思っているし、何よりも一緒にいられるだけで幸せだ。ただ、それだけでいい……とは手放しでは言えないのかもしれない。カグヤは絶対に、絶対にシヴを忘れることはない。どんなに長い時間を生きていても、どんな真理や絶望に心を打ちのめされようとも、絶対に。けれど、その想いには形が無い。不安定に揺れる心の中にしか想いが無いのは、少しだけ寂しい。気持ちが通じていても、傍に居なければ、触れられなければ寂しいのとまるで同じだ。

 パシャッ!

「はい、お待たせしました。一枚ずつどうぞお持ちください」
「ありがとうございます!」
「……ども……」

 満面の笑みを浮かべるカグヤと、引きつり笑顔のシヴ。二人の表情の対比で笑いをこらえていた女性店員が、二枚のインスタント写真をテーブルに置いた。

「あはは! シヴ、次は笑ってって言ったのに!」
「うるせー! こういうのは前もって言えよな!」

 ちょっと残念な出来栄えの写真にも臍を曲げることなく、カグヤは上機嫌でホールケーキに手をつける。シヴがちらりと写真に目をやると、そこには、写真など撮る気はなかったのに思わずリテイクを要求したくなるほどの情けない引きつり笑顔があった。

(「まあ……カグヤは可愛く撮れてるし……いっか」)


***


「はー、楽しかった!」
「結局ホールケーキ一人で食ってんじゃねーよ、太るぞ」
「うるっさいわね、明日は重労働だからいいのよ!」

 二人の昼間はそろそろ終わりを告げようとしている。
 カフェを出て、シヴはカグヤから半ば押し付けられるようにして貰った写真をひらひらさせている。
 ふと、カグヤがポケットに入れっぱなしだった使い捨てカメラの存在を思い出す。

「そういえば……そのカメラはいいのか?」
「後で現像に出しておくわ、出来上がったら焼き増ししてあげる」
「これ以上いらねーよ!」

 思わず悪態がシヴの口をついて出るが、カグヤはいつものことねと笑っている。そんなカグヤの笑顔も、いつものことだ。

「じゃあ、そろそろ帰るわ。明日は早起きしなくちゃ」
「ああ、特攻要員頑張れよ」
「任せて! ……またね、シヴ」
「ああ、またな」

 分かれ道で手を振り、シヴはカグヤに背を向けた。
 カグヤはいつまでも、シヴの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
 シヴは角を曲がり、カグヤの姿がもう見えないのを確かめて、胸ポケットにカフェでの写真を仕舞う。そしてそっと、ポケットの上から写真を手でおさえる。それはまるで、心臓を守るような仕草だった。


***


「ただいまー……」

 誰も返事をしない事務所兼自宅に戻り、カグヤは誰宛てでもないただいまを言う。楽しかった今日の思い出を反芻し、一人ソファーに腰を沈め、写真と使い捨てカメラを取り出した。
 後で現像するとは言ったものの、カグヤはきっとこのカメラをずっと持ち続けるだろう。スーパーまるぎんの駐車場で、自分とシヴがどんな顔で写ったのか、知りたいような、知りたくないような、少し変な感じがしていた。思い出は綺麗なままで……などというつもりは無いけれど、ただ何となく、そう思った。23枚のフィルムが残ったそれを机の引き出しに仕舞い、またこれで写真を撮る日がくるようにと、カグヤは少しだけ、ほんの少しだけ祈るような仕草を見せた。
 そしてもう一枚、シヴと二人で持ち帰ったカフェの写真。ソファーから立ち上がり、それを壁掛けカレンダーの前に持ってくる。

「四、五、六……」

 カレンダーを一枚ずつめくり、一番最後の十二月で手が止まる。十九日の欄にピンク色のペンで印をつけ、その上に両面テープで二人の写真を貼った。

「……うん」

 三ヶ月前の今日、二人は確かに幸せだった。
 九ヶ月後の今日、同じ幸せを感じることは出来るだろうか。
 今までならその問いに、すぐ首を縦に振れていたけれど。今、それは不安に阻まれてしまう。二人の関係ではなく、ここに在れるという幸せがどこかにいってしまうのではないかという不安だ。

「でも、私は」

 シヴと二人で過ごせたことを、幸せだったことを覚えている。
 九ヵ月後も、一年後も、十年後も、百年後も、絶対に。
 願わくば、いつか誰かが……自分とシヴ以外の誰かがこのカレンダーを手にとってくれた時に。

 そんな風に想い合っていた二人がいたことに、気づいて欲しいと思った。

クリエイターコメントお待たせいたしました、【0319】お届けです。
ギリギリまでお待たせしてしまってすみません…。

今回は何となく二人の世界であるということを強調したかったので、
本文中でもお二人をそれぞれ愛称で呼ばせていただきました。
お気に召さなかったら申し訳ないです…!

しかし、可愛いお二人の何でもない、けれど大切な一日を描かせていただけて光栄でした。
オファー真にありがとうございました!
公開日時2009-05-31(日) 10:20
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