★ 【最後の日々】空のささやかな我儘 ★
<オープニング>

 いつもといえばいつもの話だが、黄昏の兄たちと恋人は顔を合わせるたびに殺し合いさえ巻き起こしそうなほど怒鳴り合いの喧嘩を始める。
 常であれば黄昏の耳を気にして少しは物騒な言葉も控えられるのだが、今回はしばらく前に空を占めていた絶望のせいでどちらも体調が悪く、それがなくなった今も万全の体調ではないせいか余計に苛立っている風がある。
 ただ、体調も機嫌もよろしくないのは兄たちと同じ一つである黄昏としても同じだ。全員の意識が彼女から反れ、しないでと何度も懇願しているにも拘らず懲りずに喧嘩をしていることが大層腹に据えかねた。
 家出をするのは、彼女には無理だ。片割れの双子の兄がいる限り、どこにいても見つけ出される。
 が。幸いにして、ここは彼女たちが治める世界ではない。人の子に紛れてしまえば少しは気配を潜められると、恋人によりいらない智恵を授かっている。
(少しは全員、慌てるといいんだわ)
 ここで共に過ごせる時間が短いことなど知っているだろうに、彼女を除け者にして殺し合いさえ始めそうな男たちなど少しは困ればいい。
 こうして黄昏は兄と恋人を置いて、人の子の間に紛れた。



 植村に張り紙を渡された職員の一人は、依頼状が並ぶそこに張りつけに行きがてら目を通して首を傾げた。
「植村さん、これって隠れん坊しようって書いてあるようにしか見えないんですけど」
 これが依頼ですかと確認された植村は、そのようですねとあっさりと頷いた。
「依頼人に曰く、本格的に姿を隠すと探しに来る方々がこの街にひどい迷惑をかけそうだから、ルールに則って隠れる事にしたそうです」
「はぁ。それで隠れん坊っすか」
「ただ隠れるだけでは即座に見つけ出されるので、いい隠れ方を教えてほしいそうです。姿を変えて依頼人の代わりに隠れるもよし、依頼人を別の物に変えて隠してもよし。とりあえずどんな形であれ、隠れる事に協力してほしいというのが依頼です」
 張り紙に書いてあることをそのまま読み上げるように説明をする植村に、それを持ったままの職員は軽く頬をかいた。
「でもそれならこうやって募集かけてる間に、誰かが探しに来るのでは?」
 隠れん坊をするしない以前に見つかったら終わりじゃないのかなと思って尋ねると、何故か空気がひんやりした気がした。
「ええ、依頼人を探しに既に数名いらっしゃいました。説明すると快く納得してくださいましたが、煩いのであちらの応接室に閉じ篭って頂いてます」
「頂いてますって、」
 監禁? と思わずぼそりと呟くと、聞こえたのか違うのか、にこりと笑顔を向けられた。
「隠れる側にのみ力を貸すのではフェアではないでしょうから、探す側に協力しても構わないそうです。ですからそこに、隠れん坊をしようと書いてあるでしょう?」
 にっこりしたまま語尾を上げられ、思わずその職員は何度も何度も頷いた。それから慌てて張り紙を張りつけ、怖ぇと呟くのは口の中に留めておいた。
「何か言いましたか?」
「いいえ、単なる日時の確認ですっ! えーと、明日の昼から日没まで。範囲は高台の公園内のみ。これって隠れん坊なんすから、見つけたら終わりですよね?」
 そんな長い時間いるのかなと首を傾げると、知りませんとつらっと切り捨てられる。
「勝敗に関しては依頼人の胸一つといったところでしょう。ルールに則った隠れん坊とはいえ、要はつまり拗ねた子供の家出と同じですからね。見つける側との折り合いがつかなければ、何度でも隠れるんじゃないですか?」
「……えーと、それって隠れん坊ですか?」
「家出した子供を連れて逃げましょう、探しに来た保護者と一緒に説得しましょう。──そう書いたほうがいいんですか? 世の中は、何もかも有体にしなくてもいいものだと思いますよ」
 依頼人が隠れん坊と言い張るならそれでいいじゃないですかと肩を竦めた植村に、特に逆らう理由も見つからない職員は何度か頷いて納得に変えた。

 何となく、明日は高台付近の公園には近寄らないようにしようと思った。

種別名シナリオ 管理番号1051
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
クリエイターコメント身も蓋もなく表現すれば、家出した子供の連れ戻し大作戦。が、最後のシナリオとなりました。

どこかで見たような面々が鬱陶しく応接室に閉じ込められているようです、彼らと一緒に「鬼」を務めてくださるもよし。
隠れたがってるお嬢さんを隠してくださったり、一緒に隠れてくださってもよし。隠れん坊を純粋に楽しんで頂くのも歓迎です。
能力制限はまったくありませんので、反則も好きなだけ使いたい放題やっちゃってください。誰かが大怪我をしない範疇であれば、「鬼」に対する妨害・罠も構いません。

どちらにつくか、若しくは隠れ方、探し方、妨害の仕方は明記して頂けますと助かりますが、それ以外はどうぞご自由に。
最後の時間、思うまま童心に返ったり日頃の憂さを晴らしてください。皆様のご参加お待ちしています。

参加者
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
柏木 ミイラ(cswf6852) ムービーファン 男 17歳 ゆとり
仲村 トオル(cdmc7442) ムービースター 男 25歳 詐欺師探偵
クラウス・ノイマン(cnyx1976) ムービースター 男 28歳 混血の陣使い
<ノベル>

 クラウス・ノイマンがそこを通りかかったのは、単なる偶然だ。彼の趣味の一つが散歩で、残された時間を使って銀幕市を止め処もなく歩いていたに過ぎない。
 ただ高台にある公園付近まで来て、人の言い争うような声にうっかり視線を巡らせてしまった。頑張って探すまでもなく、公園内でムービースターと思しき様相の二人が話している姿を見つけた。
 普段であれば、痴話喧嘩かぁ、若いねぇいいねぇ、などとしんみりと頷き、無性に家族が恋しくなって足早に子供たちに会いに行って邪険にされるのが落ちだっただろうが。最後の時間が近い今、何かしら深刻そうな顔をしている女性が気にかかって足を止めてしまった。
「っ、黄昏」
「帰って。私はお願いしたはずよ、アラゴル。連れ戻したいなら兄様たちと一緒に来て」
「馬鹿を言うな、どうして俺があいつらと一緒に行動するんだ」
 ふざけるなよと心底嫌そうに顔を顰めるアラゴルと呼んだ男性を見て、黄昏と呼ばれた女性は泣き出しそうに俯き、何にも分かってないと小さすぎる声で嘆く。
 丁度今時分の空みたいな、鮮やかな深紅。それが今もにも泣き出しそうな曇天を抱えたみたいな、少しくすんだ色味の髪を揺らして黄昏は背を向けた。
「黄昏、何を拗ねてる? まだ体調も万全でないのに、どうして一人で無茶をするんだ」
「アラゴルには分からない……、分からない間は顔も見たくない」
 だいきらい、と、噛み締めるような黄昏の言葉は思いの外アラゴルを傷つけたらしい。本気で斬りつけられたみたいによろめき、呆然とそこに立ち尽くしている。少しだけ気にしたように振り返りかけた黄昏は、その自分を堪えるようにきゅっと唇を噛み締めて少しでも離れたげに歩き出した。
 クラウスは残されて立ち尽くしているアラゴルの様子を窺い、ちょっと考えて黄昏の後を追う。しばらく離れたところで公園の外から、もしもしお嬢さんと声をかけると泣き出しそうに瞳を潤ませた薄く紫がかった紅い瞳が向けられる。成る程、名前に相応しい夕景だなとちょっと感心し、にこりと笑いかける。
「ごめんねぇ、今ちょっとそっちで見ちゃったんだけど。よかったら俺、協力しようか?」
「協力、ですか」
「あの人、じきに我に返って追いかけてくると思うんだよね。でも君は隠れたい。違う?」
「……はい、隠れたいです」
 今は帰れませんと頭を振る黄昏に、決まりだねと笑いかけて手を貸してくれる? と左手を示した。素直に出された手の甲に小さな魔法陣を描き、ようやく立ち直ったらしく黄昏を探し出したアラゴルに視線を向ける。黄昏にはそこにいてと示し、少し離れたところでアラゴルと目が合った。
 気まずそうに、不愉快そうに顔を顰めたアラゴルは木陰に潜んでいる黄昏を一瞥したがそのまま視線を滑らせた。どこに行ったんだと声にしないまま呟き、もう一度クラウスを見ると短く息を吐いて踵を返した。
 憤然と歩いていくアラゴルを見送り、黄昏はすごいと素直に感嘆してくれる。
「アラゴルが私に気づかなかった……、すごい威力ですね」
 素晴らしいですと手放しで誉められ、そこまで言われるとちょっと照れるけどありがとうーと照れたまま笑う。
「ありがとうは私のほうです、本当にありがとうございます」
 とても嬉しそうににこりと笑顔を向けられ、やっぱりお嬢さんは笑顔がいいねーとつられたように笑った。


(残された時間ってどのくらいだっけ……、いちにい……、まぁ、そんなに長くはないか)
 考えながらぼんやりと歩いていた仲村トオルは、貯金残高を思い起こしてうーんと唸る。
 銀幕市で稼いだだけでも、割かし結構な額が残っている。これを使い切らないと駄目だよねぇとは思うのだが、どう使えばいいのだか。
(ここで稼がせてもらったんだから、やっぱりそりゃ少しは為になることで返したいっていうかね? でもそんな大層な事するのはボクの柄じゃないしやめといて)
 大掛かりなのはいいとしても、あんまりセンチメンタルにお涙頂戴なのは何となく嫌だ。どうせならこの街らしく、ぱーっと明るく。わーっと騒げる物がいい。それでちょっとばかし、楽しかったねーと後から振り返ってもらえたら、それで。
 そこまで考えてふらりと空に視線を上げたトオルは、がりがりと頭をかいて大きく息を吐き出した。
「何だろこれこんなこと考えてる時点でボク相当センチじゃないやめてよもーそーゆーの」
 騒ぐ為に使う。それでよし。そういうシンプルなのがいいと何故か大きく頷いて結論付け、今日の目的の一つであるたい焼き屋に寄る。
 先日依頼に巻き込まれた時に教えてもらったこのたい焼き屋は、それ以来トオルのお気に入りで、気が向くとふらりと立ち寄っていた。十個ほど纏めて買い、一つだけ取り出して食べながら高台にある公園に向かう。そこで静かに瞬いている星はその依頼の原因になった物で、たい焼きを買った時は必ず足を向けていた。
「おー。今日も元気に静かだねー、また悪さしないで光ってた? ボクより優秀だよねー」
 ボクは順調に悪さしてたよと笑いながら星の下まで来て見上げると、時折ほんのりと淡いピンクに染まる星は、トオルの到来を喜ぶように少しだけ強く点滅した。にへ、と笑いそうになるのをたい焼きを食べるので誤魔化し、キミも食べれたらいいのにねーと何度となく繰り返した言葉を重ねる。
「消える前に色々食べたいよね。というか後数日で消えるって言われてもね。そういやこの間どうしてたの? 避難してた?」
 話せない星にとりとめもなく話しかけていると、いきなりその星がぽーんと降ってきた。何それ避難してたってアピールかなと首を傾げている間に何故かトオルの足元で隠れるようにしているのを見つけ、避難して隠れてたって事? と尋ねる前にどこか憤然とした足取りの男性が公園から出て行くのを見つけた。
「そーいえば、さっき寄った対策課で明日、隠れん坊しよって依頼がきてたっけ……?」
 何だろそれと思って気にしてなかったが、星の様子と依頼人の名前が繋がってぽんと手を打った。
「黄昏さんて確かキミが慰めたかって人かー」
 人かどうかはしんないけど、と続けるトオルに、星が何度か瞬いてぽんと跳ねた。それをたい焼きの袋で受け止めるようにして上に乗せ、ほおほおと何度か頷く。
「何かぱーっとお金使いきれるかもしんないし、協力してみよっかな」
 キミも黄昏さんに協力でしょ? と揶揄するように尋ねると、星が当然と言わんばかりにほうとピンクに染まった。


 ひょっとしてこれはと柏木ミイラが首を傾げたのは、対策課に張りつけてある依頼状。要はつまり隠れん坊をしよう。というのはいいけれど、その依頼主の名前は聞いた事がある気がした。
「何だっけ……、何かすげぇうぜぇイメージがあるようなないような……? え、ボク何でこんなぐったりしてんの、すごい疲れた記憶がない気がしないでもなくもないかも?」
 うんうんと本気で首を捻って考えていると、何故かいきなりぽんと空のイメージが浮かんだ。
 数日前、空を占めていた絶望が消えた時。何気なく見上げたそれは、柔らかな夕景だった。ほっとするほど、泣きそうな。終わったのだと聞かされても実感にはまだ結びつかず、ただ見上げた空にはもう絶望の姿はなく。
 ああ、空ってこんな綺麗なもんだっけなぁとじんわりと思ったのだったか。
「あーゆーのが黄昏って言うんだっけ。……うわ何ボクちょっと高尚な事ゆってない?」
 すげーねと自画自賛していると、鞄からはみ出ているピュアスノーのバッキーが、へっ、と鼻先で笑った。それがただの呼吸音か、本気で馬鹿にして笑ったのかはこの際どうでもいい。どちらにしろかちーんときたのは事実で、タイミングが悪かったのだとしても仕返しはされて然るべきだろう。
「ラジオおまえもうじき消えんのに何それ最後まで喧嘩する気か。いーぞ受けて立ってやろうじゃん、」
 かかって来いやぁと続ける前にラジオこと粗塩は、華麗な回転蹴りを飼い主に食らわせる。バッキーなのに、あの短い足なのに。目撃した対策課の職員が知らず拍手を送ってしまうくらい、それは軽やかに素晴らしく美しくミイラの顔面を蹴り飛ばしていた。
「ごめんなさいすみませんボクがちょっと調子に乗ってました──なんて言うと思ったら大間違いだ!」
 てめこのやろ飼い主様の顔を蹴るなんて有り得ねぇと、着地前の粗塩を捕まえたミイラはかくんかくんと揺さ振って攻撃している。唸るような息を吐いて応戦するバッキーと、本気の喧嘩が繰り広げられる。
 若干、人間様が押され気味なのは突っ込まないほうがいいところだろうか。
 依頼人の名前に覚えがあるかもしれない云々は、多分ミイラの頭に今はないだろう。ここがどこかも忘れているに違いない。掲示板前での本気の喧嘩は相手が何であれ結構邪魔だとは思うが、こんな事でめげていては対策課の職員は務まらないだろう。
 それに、とミイラと粗塩の姿を見た全員が胸の内に小さく呟く。あんな風にバッキーと過ごせるのは、残りもう僅かだ。
 この騒がしさももうしばらくと思えば余計に、二人(一人と一匹)を止める者は誰もなかった。


 柏木ミイラが粗塩と戯れている横では、香玖耶・アリシエートがその喧嘩に巻き込まれないよう大周りして掲示板に辿り着いていた。
 本来なら止めるべきかも知れないが、微笑ましいじゃれ合いにしか思えない。どちらかが怪我をしそうになってから止めるので構わないだろう。それよりミイラが先ほどぽつりと洩らした言葉が気になって掲示板を眺め、その依頼状を見つけた。
「隠れん坊しよう、これね。黄昏さんというと……、確か空兄弟の妹さんじゃなかったかしら」
 以前、隣で騒いでいる二人と一緒になった依頼で関わった、ムービースター。大事な物さえ失くすうっかりを兼ね備えた、暑苦しく妹命の三人──三柱は、時間帯を名前に持つ「空の神様」ではなかったか。中途半端に力を持ち、その時に叶えられた願いは今思い出してもどっと疲れる。楽しくなかったかと問われれば楽しかったとは言うが、半日海岸での鬼ごっこは無茶が過ぎた。
 思い出して小さな溜め息は洩らしてしまったが、妹大事の兄弟は何故か憎めなかった。
「でもその黄昏さんが隠れたがってるとなると、彼ら、また騒がしくしてるんじゃ……」
 ないかしらと幾らか不安に呟いた時、何やら激しい音が応接室から届いた。よほどびっくりしたのだろう、隣でまだ続いていた喧嘩も止まり、音のしたほうを窺っている。
 そのくらいの大きすぎる音に、まさかと嫌な予感が香玖耶の胸を過ぎった。咄嗟にそちらに向かおうとしたが、先に植村が応接室に入っていくのが見えて足を止めた。
 しばらくの間の後、何となく全員が息を潜めるようにしてしんと静まり返って見守る中、応接室を出て戻ってきた植村はにこやかに笑って、お騒がせしましたとだけ告げると業務に戻っている。
 何があったのか知りたくはないが、以降、応接室から物音は聞こえない。
「と、とりあえずそんな不確かなことを確認するのは後回しにして」
 関わらないほうがいい気がするとの本能に従い、香玖耶は改めて依頼状を眺めた。
「隠れん坊、か。あの兄弟があんなに大事にしてたのに隠れたいと思うなんて、よっぽど何か事情があるのね」
 香玖耶たちムービースターに残された時間が短いと、きっと黄昏も知っているのだろう。そこに記された隠れん坊の時間帯は、明日の昼から日没まで。それ以上を隠れて過ごす気はなく、早く見つけてほしいの本音なら多分エルーカの香玖耶でなくとも誰にでも聞こえるだろう。
「それでも、隠れたいのね」
 最後を迎えて、思うところもあるのだろう。あの空兄弟になら、普段からでも言いたい事は多いに違いない。それをしたいと決めて黄昏が隠れたいと望むなら、力を貸すことはひどく容易い。
 銀色の髪の精霊使いは、大丈夫とまるで黄昏に話しかけるようににこりとした。
「これでも長年、森に隠れ住んでた身よ。隠れん坊なら、こっちに一日の長ありだわ!」
 任せてと思わず握り拳で宣言すると、さっきの物音がしてから喧嘩を止めていたミイラと目が合った。誤魔化す暇も有らばこそ。
 へら、と向けられる笑顔に、ちょっぴり隠れたくなったのは内緒にしておこう。


 ファレル・クロスは対策課の掲示板に張ってあるその依頼を見つけて、内心小さく首を傾げていた。
 隠れん坊をしよう、と書いてあるのは分かるのだが、その「隠れん坊」自体にいまいちぴんとこない。聞いた事はあるのだが、彼は子供の頃にそんな遊びをした記憶がない為、ルールもよく分からない。
(でも、つまりは探しに来る相手から隠れ通せばいいんですよね?)
 そう考えれば、容易い依頼だ。最後の日まで隠れ通すとしても、成功させる自信はある。
(まぁ、まさかそんな馬鹿げた事は望んでないでしょうけど)
 ルールを決めて逃げ隠れする事に、何の意味があるのだろうとちらりと疑問に思う。隠れん坊とはそういう遊びだと言われればそれまでだが、どうにも理解に及ばない。そんな暇に腹を割って話すほうが、よほど建設的だと思うのだが。
 とはいえよく分からないからといって、依頼であれば手を抜く気はない。隠れたいという望みを果たすべく、全力を尽くすだけだ。
「とりあえず、これを受ける事にしましょうか」
 一人ごちるように呟き、日時と場所を確認する。昼から日没までという事は、明日の昼前に直接高台の公園に行けばいいだろう。隠れたがっている依頼人でも、対策課から協力に来たと言えば出てくるはずだ。
(それに、多分他にも協力者はいるでしょうしね)
 優しくてお節介なこの街の住人の事だ、きっと依頼人の元には隠れ方のアドバイスに何人もが集っているに違いない。
 そこまで考えて、ファレルはふともう一度張り紙に目を向けた。探すほうへの協力も可、となっている。果たして、こちらには誰が参加するのだろう。ひょっとしたら隠れるほうにばかり力を注がれて、ずっと見つけ出せないという事もあるのではなかろうか。
(──その辺は、依頼人が考えればいい事ですね)
 見つけ出されずに拗ねたまま帰ってしまうか、どうして見つけてくれないのかと怒って出て行くか。どちらにしろ、どこを終了とするかは依頼人次第だ。それまでは隠すのが依頼なのだから、専念すればいい。
 下見には行っておくべきだろうかと考えながら掲示板の前から踵を返した時、ファレルさんと声をかけられて顔を上げた。


(隠れん坊かぁ)
 その依頼を眺めながら、コレット・アイロニーはうーんと考え込んで顎に指を添えた。何とも懐かしい響きの依頼に微笑ましくなるより、何だかちょっと寂しくなった。
(どうしてこんなに残り時間が少なくなってから、隠れちゃうんだろう)
 何かよほどの事情があったのだろうとは思うが、家を出て隠れてしまうのが物悲しい。後僅かの時間、消えてしまうムービースターなら尚更、仲良く過ごしてほしいところだ。
「私は探しに来た人たちと一緒に、鬼に協力しようかなぁ」
 依頼人を探して、見つけ出してあげなくては。いつまでも隠れていないで仲良くしてねと、仲直りさせてあげられたらいい。その為なら、助力は惜しまない。
「だってやっぱり、喧嘩したまま消えちゃうのは悲しいもの。ねぇ、トト」
 肩に乗っかってぴたりと張りついているピュアスノーのバッキーを撫で、コレットは決意を固める。
「でも依頼人さん、どうして隠れたいのかなぁ。探しに来る人たちは、理由を知ってるのかしら」
 隠れん坊が始まる前に、できれば話をしたいなぁと考えて、対策課の職員に声をかける。
「あの、そこに張ってある隠れん坊の依頼の、探しに来る人たちって明日のお昼から探すんだってもう知ってるの?」
「ああ……、あれね……、あの依頼ね……」
 はぁ、と何故か深い溜め息をついて遠い目をした職員は、頑なに振り向かないまま応接室を自分の肩越しに指差した。
「今、あそこに閉じ込、もとい。あそこで待機してますよ。つーか、明日の昼までここにいんのかな……」
 早く出て言ってくれないかなとばかりに呟いた職員が指したまま応接室を見たコレットは、きょとんとして何度か瞬きをする。
「もう探しに来てるの?」
「そーっすよー、あそこから出ないように植村さんがお、……はなし。して。何とかあそこにいるんすけどねぇ」
 もういいぢゃん出て行かせようよいっそ知らん振りとかしてさぁ、とぶつぶつ投げ遣りに言いながら頭を抱える職員に、何だかお疲れみたいとちょっと心配する。
「あの、今その人たちとお話しとかって、」
「勘弁してください! もーほんと今あれ刺激したらこっちの神経が持たないっすよ!」
 絶対にやめてくれ何があってもやめてくれ連れて行ってくれるのでない限りやめてくれと、気づけばその職員以外の全員が深く頷いて同意している。
「……えーっと、そんなに怖い人たち、なの?」
「「怖いというより暑苦しい!!」」
 きっぱりと、それは美しく唱和されてはコレットも引き下がらざるを得ない。
「じゃあ、明日は隠れん坊が始まる前にここに来て、その人たちと一緒に公園に行けばいいのかなぁ……?」
「多分そうだと。でも夜中あそこに閉じ込めとくのとかだいじょぶなのかな色々……」
 あまり知りたくなさそうにごちた職員は、それ以上応接室にいる人たちの話をしたくなさそうだった。コレットは仕方なく溜め息をついて振り返り、掲示板の張り紙の前から立ち去ろうとしているファレルを見つけた。



「ファレルさん」
 呼びかけてきた相手は、声から予測したようにコレットだった。こんにちはと小さく頭を下げると、ファレルさんも隠れん坊のお手伝い? とにこにこと問われる。
「貴方も、あの依頼を受けるんですか」
「うん、私は探す側で協力しようかなぁって。ファレルさんは?」
 隠れる側に協力しようとしていた事など、その瞬間にどうでもよくなる。
「私も探す側に協力しますよ」
「そうなの、よかった! 必ず依頼人さんを見つけてあげようね」
 最後だもの、仲良くさせてあげなくちゃと意気込むコレットに、そうですねと頷きながらそういう発想もあったのかと密かに納得して頷く。
「何か妙案でもありますか」
「妙案……、えーと、……えーと、……どうしたらいいだろう」
 探す事しか考えてなかったと頬に手を当てて考え込むコレットに、くすりと笑う。幾らか恨めしそうにされるので、失礼と軽く謝罪して張り紙に振り返る。
「コレットさんが誰かから隠れたい、と思うのはどんな時ですか」
「私? 私はあんまり隠れたいと思わないけど……、誰かに暴力を振るわれそうなら逃げるかなぁ」
「その場合、見つけてほしいとは思われないですよね」
「あ。そうよね、隠れたいけど見つけてほしい……」
 どんな時? とうんうんと考えるコレットに、今度はくすりと笑ったのを隠して私にはとぽつりと呟く。
「まるで拗ねた子供のように思えますね。親に叱られて、拗ねて逃げて隠れたはいいけれど引っ込みがつかなくなって。親が探しに来てくれるのを待っている」
「そっか。依頼人さん、喧嘩して拗ねちゃったのね」
「まぁ、私見ですから正解とは限りませんが」
「でもそうしたら、甘い物を持って行ったらどうかしら。長く隠れてたらお腹も空くだろうし、ひょっとしたら匂いにつられて出てきてくれるかも。皆で空の下でお茶をしたら、きっと簡単に仲直りできるわ」
 そうと決まればと、ぐっと握り拳を作るコレットを微笑ましく見守る。
「シュークリームを作って持って行こうっと。ファレルさんは、」
「手伝わせてくれますか」
「うん、勿論。よかった!」
 美味しいシュークリームにしようねとはりきるコレットに、そうですねと知らず笑う口許を隠したげに頷いた。
 隠れん坊はよく分からなくても、最後に近いこの時間、コレットと過ごせるのなら感謝くらいしてもよかった。



 咄嗟に黄昏を助けたクラウスは、アラゴルが立ち去った後、何故か公園の片隅にしゃがみ込んで彼女から話を聞いていた。ベンチがあるのだからそこに行けばいいとの指摘は残念ながらどちらも持っていないらしく、内緒話には相応しそうだが凄まじく腰に悪そうだった。
「へえ。それじゃあ、黄昏さんて神様なんだ」
「はい。兄様たちと同じ一つの空です。アラゴルは星の王、すべての星を治めます」
 成る程、あれは確かに王様っぽかったと頷きながら、喧嘩しちゃった? と水を向けると、黄昏は少しだけ不安になったように俯いた。
「喧嘩ではなく、……私が一方的に拗ねているだけです。分かってはいるのですが……、……隠れたくて。でも兄様たちと共になければ些少の力しか使えませんし、その力を使って隠れても兄様たちには筒抜けです。特に長庚兄様は、私の片割れ。どこにいても見つけ出されるのですが、人の子に紛れれば少しは気配が分かり辛いらしいのです」
 アラゴルの情報ですから正しいとは思うのですがと語る黄昏に、クラウスはふぅんと頷いて脳内を検索する。
「じゃあ、もう少し人に近づけるようにしたほうがよさそうだね。もう一回、手を出してくれる? ちょっと描き直させて」
 言いながらさっと別の魔法陣を描きつけると、黄昏は物珍しそうに自分の手の甲を眺める。
「これであのアラゴルの目さえ誤魔化せるのですから、凄い力ですね」
 私たちよりよほど凄いですと感嘆した彼女は、それにと自分の髪に目を落とした。さっきまで曇天を抱えたようにくすんでいた色が、鮮やかな深紅を取り戻し始めている。白い顔に微かに残っていた痣らしき物まで薄っすらと消え出し、うまくいったと密かにガッツポーズを作る。
 ほんのりと朱を刷いたように赤みを取り戻した黄昏は、驚いたように覗き込んできた。
「これもこの魔法陣のおかげ、なのですか」
「そう。君に描いた魔法陣は、力を抑制するのと同時にそのベクトルを内に向ける物なんだ。人だと血行が良くなったり肩凝りが治ったりするから、もしかして君にも効くかなぁと思って」
 どこかしら調子が良くなさそうなのは、あのアラゴルと呼ばれた男性が指摘するまでもなく気づけるほどだった。せめて気休めでもと思ったのだが、思った以上に効果があったらしい。
 ありがとうございますと嬉しそうに礼を言われ、いやいやいやーと照れていると少し考えた黄昏が真面目にこちらを見てくるのに気づいた。
「図々しいとは思うのですが、これを兄様やアラゴルにも描いて頂く事は可能でしょうか?」
 ご無理でなければと縋るように尋ねられ、ちょっと目を瞬かせたけれど勿論と笑顔になった。
「隠れん坊が終わったら、君の望むままに」
 やっぱり家族だもん心配だよねぇとほえほえと笑顔で頷くと、黄昏は少し言葉に詰まった後、苦笑めいて笑いながらありがとうございますと頭を下げてくる。そこにぽーんと何かが飛んできて、何事かと驚いていると黄昏が受け止めたのは星だった。
「星が懐いてるってことは、キミが黄昏さん? 隠れん坊の依頼した人、当たりー?」
 気安い様子で声をかけてきたのは、黒縁の眼鏡をかけた黒髪の男性。黄昏は星からそちらに顔を向け、口許を緩めた。
「はい。この子がお世話になった方と……、願いの砂で兄様たちに協力してくださった方々ですね」
 その節は色々とお手数をおかけしましたと星を抱いたまま黄昏が頭を下げると、声をかけてきた男性と後ろの二人も驚いたようにしている。
「会った事ないのに、キミはボクらの事知ってるの?」
「私と兄様たちは同じ一つですので、兄様たちが会われた方は存知ております。申し遅れました、空が内、紅を持ちます黄昏と申します」
 この度は私までがご迷惑をおかけする事になって申し訳ありませんと深々と頭を下げる黄昏に、あの空兄弟様の妹様なのにしっかりしてる……! と、後ろにいた灰髪の少年が大仰に驚いている。
「ミイラさん、失礼な事で驚かないのっ」
「えー、香玖耶様だって驚くでしょっていうかまともなお姉様で良かったですよね、トオル様」
「確かに星も大事にしてくれそうだしボクとしては協力するのに問題なくてよかったかなー。それで、そちらもボクらと同じ隠れん坊に協力の人ー?」
「俺は偶々通りかかっただけなんだけど、隠れん坊が終わったらしないといけない事もあるしね。協力させてもらおうかな」
 頷きながら香玖耶と呼ばれた女性に久し振りーと手を振ると、やっぱりクラウスさんねと笑顔を向けられた。よかった覚えてもらっててと胸を撫で下ろし、それじゃあと痛い腰を伸ばすように立ち上がった。
「せっかくだし作戦タイムといく?」


 公園をぐるりと見回して、ミイラは結構妨害に使えそうな物が多いなとにんまりした。
「隠れるのも得意だけどクラウス様や香玖耶様が魔法使うなら、ボクは妨害頑張ろっかなー。あ、ひどい怪我させる気ないけど大丈夫、黄昏様」
 嫌ならやめとくよと振り返ると、黄昏は構いませんと笑顔になった。
「兄様たちもアラゴルも、多少の事で怪我などしませんから」
 他の方たちにご迷惑でなければ如何様にもと笑顔で勧める黄昏に、何か根深そうだなと思ったけれどこれで十分に楽しめる気はする。腕が鳴るー! とわくわくしながら鞄の中から使えそうな物を物色していると、クラウスから黄昏の手の甲にある魔法陣の説明を受けていた香玖耶が何度か頷いた。
「陽光の精霊に頼んで黄昏さんの姿を変えて見せるのもいけるけど、クラウスさんの魔法陣でその効果があるなら黄昏さんの姿を真似て逃げさせたほうが効果的かもね」
「あ、じゃあ俺もミアに頼んでみようかな。ミアも黄昏さんの為なら、」
 頑張ってくれるんじゃないかなと最後まで言うより早く、どこからともなく現われた婀娜っぽいお姉様はクラウスに寄りかかって黄昏を眺め、了承の証のように艶やかな笑みを刷くとその場で黄昏の姿を真似た。
 黄昏から受け取った星を掌で跳ねさせていたトオルはぱちぱちとそれに拍手を送り、じゃあボクはどーしよっかなーと楽しそうに口の端を持ち上げた。
「ボク一般人だし特殊能力ないけど、ぱーっとお金も使いたかった事だし。木を隠すなら森の中森がないなら作ってしまえーってね。公園付近に人を集めるイベントでも起こそっか?」
「うおすげトオル様太っ腹! 何それ金使いたいとかチョー憧れる台詞なんすけど、ボクも一回言ってみたいわ」
「言うだけならタダだし言ったらいいよー。何なら現金持ってくるからキミから支払う?」
 そんで釣りはいらないとか言ったらいいよーと楽しそうに笑うトオルに、何その危険な遊びと思わず目を輝かせる。
「でも面白そうだけど人生変わりそうだしやめとくつーか、イベントするならアイスクリーム屋の屋台出してもい?」
 妨害もするけど商売もしたいと案外真顔で言うと、トオルはいいよーと気軽に頷く。
「とりあえず人寄せる為にって思ってるだけで、具体案ないけどー。屋台とか出てたら人も寄ってきそうだし、隠れん坊の間は屋台で商売してくれるバイトもつけるよ今なら」
「どーしよ、トオル様アニキって呼びたいわ呼んでもいい!?」
「いや、それはやめて」
 星を持ったままのトオルの手をはしっと掴んで言うのに、つらっと笑顔で断られた。ひでぇ。
「でもいいなぁ、イベントかぁ。隠れん坊が終わったら子供たち呼んできて、参加できそうなのがいいなぁ」
「いいわね、一杯甘い物の屋台が出ても歓迎だけどミイラさん。お願いだからフレーバーアイスは控えめにお願いします……っ」
 秋祭りの凄まじさを思い出したのだろう香玖耶に真顔で詰め寄られ、あれからも色んなもん仕込んだのにー? とへらへら笑いながら返す。
「とりあえずその人たちが公園に入ってくると妨害があんまりできそうにないから、公園を意識から外すような仕掛けができないかしら」
「あ、それなら隠れん坊の時間帯だけ発動するように、先に魔法陣を描いておこうか。後は黄昏さんを鍵に発動する移動の魔法陣を公園内に複数設置しておけば、もし見つかった時も一瞬で逃げられるよ」
「大分固まってきたのはいーとして、イベントに何か案ないかなー? テキトーに看板立ててサクラ仕込んでそれっぽく作ったら人は集まると思うけど、どうせなら何かしたいんだよねー」
 でもって明日だから簡単なやつと相変わらず星を跳ねさせながらトオルが尋ねるので、ミイラがぽんと手を打った。
「黄昏様を隠す為のイベントなんだから、いっそのこと全員で黄昏様コスプレ……いえなんでもないです」
 言ってみただけと視線を逸らしながら語尾を窄めるのに、ちょっと考えたトオルは何故か嬉しそうに笑った。
「成る程。そんじゃボクそれの用意があるからまた明日。昼から始まるんだったらちょっと前には来るから、公園には入れてねー」
 言って何故か星ごとぴらぴらと手を振って歩いていくトオルを見送り、ボクも仕掛け頑張ろうとミイラは鞄を持って立ち上がった。
「クラウスさんの魔法陣より、ミイラさんのほうが手伝えそうね。自分で引っかかっても間抜けだから、知っておく為にも手伝っていいかしら?」
「勿論歓迎っすよ。黄昏様もクラウス様も引っかかんないよーに気ぃつけて特にクラウス様」
「え、何それ前振り、前振りなの!?」
「うはは、クラウス様用の仕掛けも作っとく?」
「ちょっ、やめてよ俺そんなの引っかかったら泣くからね、本気で泣くからねーっ」
 お父さん苛めたら駄目なんだよと、多分にいつも子供に言っているような様子で泣き言を呈され、思わず香玖耶と一緒に笑いながらクラウス様用追加と脳内に書き止めた。





 隠れん坊当日、コレットはファレルと一緒に対策課に向かい、そこの応接室でどうやら一晩明かしたらしい「鬼」と対面した。なんて屈辱だと髪をかき乱しながら出てきた濃紺の髪の青年が暁闇(あかときやみ)。深紅が長庚(ゆうずつ)。そして一番大仰に嘆いて憤慨して泣いているスカイブルーの髪の男性が、長男で真昼と言うらしい。
「あの、どうして泣いてるのか分からないけど泣かないで。手伝える事があったら、頑張って手伝うから」
 いい年をした男性が人目も憚らずに泣くなんてよほどだろうとおろおろして慰めるのに、ほっといていいぞそこの人の子とどこか投げ遣りに暁闇に止められた。
「昨日閉じ込められてからずっとその調子でいい加減に鬱陶しいが、構う余地も意味もない」
 黄昏に害が出ないならいっそ滅ぼしたいと拳を震わせる暁闇に、隣で長庚も深く重く頷いている。
「お前ら、昨日から兄ちゃんに対して何だその態度は! 兄ちゃんはもう黄昏が心配で心配で心配、……黄昏ーっ!」
 兄ちゃんが悪かったから帰ってきてくれーっとひたすら号泣して叫ぶ真昼に、ファレルは不快げな顔を隠せずに耳を塞いでいる。コレットとしても耳は痛かったが、嘆く真昼が気になって声をかける。
「あの、そんなに嘆かないで。今からその黄昏さんを探しに行くのよね?」
「あー、悪いが人の子、それに構い続けるようなら俺たちは先に行くが」
「そこの馬鹿兄貴は、黄昏の名前を出すたびに泣きやがって動きが取れなくなる」
 俺たちはさっさと行きたいんだと不機嫌そうに足を揺らして言われるそれに、ファレルがようやく耳から手を外して目を眇めた。
「コレットさんは貴方たちを手伝って、隠れん坊に協力しようとしてくれてるんですよ。その親切な『人の子』にその言い方とは、貴方たちはよほどお偉いんでしょうね」
 気分の悪いと吐き捨てたファレルの言葉に、コレットがやめてと腕を捕まえて止める。私はいいのと頭を振ると、ファレルが反論する前に暁闇が深く溜め息をついた。
「悪いな、人の子。俺たちは今体調が万全じゃない、そこに一日その馬鹿の号泣に付き合わされてひたすら気分も悪い。言葉に棘も混じろうが、今はどうにもそれを収められそうにない」
「人の子にも気分は悪かろうが、許してもらえると有難い。どうにも気に障るようなら、そこの馬鹿兄貴を置いていくからそれに協力してやってくれ」
 俺たちは勝手に探させてもらうと今にも先に行きそうな兄弟に、待ってと呼び止める。
「絶対皆で探したほうが早いと思うの。それに、依頼人さん──黄昏さん? が、隠れたいって思った理由を分かってないと、きっと出てきてくれないと思うなぁ」
 何か心当たりはないの? と尋ねるコレットに、空兄弟たちは蹲って嘆いていた真昼まで一斉にふらりと視線を外した。ファレルが、くすりとどこか皮肉に笑う。
「心当たりは大量にお持ちのようですね」
「さっき、兄ちゃんが悪かったー、って言ってたよね? 謝る気持ちがあるなら、それを教えてあげたら出てくると思うの」
 だから公園についたら皆で謝ってみるのはどうかなぁと提案すると、暁闇も長庚も嫌そうな顔をした。
「黄昏が泣くのは嫌だから、謝って泣かないのならそうしてもいい」
「だがあいつがいるかもしれないところで謝るなんて、冗談じゃない!」
 黄昏に泣かれても御免だと憤然と吐き捨てた兄弟は、まだ蹲っている兄さえ見捨てて歩き出した。コレットが慌てて真昼を促してその後に続き、黄昏〜と情けなく嘆いている空兄弟の長兄を見上げた。
「あなたは、黄昏さんに謝る気はあるのよね?」
「勿論だ。兄ちゃんが兄ちゃんらしく、もっとびしっとしていたら黄昏は出ていかずにすんだんだ……、黄昏の見ている前ではと躊躇った事になら幾らでも詫びよう、だから帰ってきてくれ黄昏ーっ」
「成る程。それなら俺も詫びてもいい」
「珍しく久々に長兄らしい事を言ったな、真昼」
 今のは賛同してやろうと少し先を行きながら振り返らずに同意する弟たちに、コレットはそれならとはしゃいだ様子で手を打つが。聞き捨てならない事を言いませんでしたかと、ファレルが呆れたように突っ込む。
「依頼人の前で何を躊躇ったと詫びるつもりです?」
「アラゴルを殺せなかった事に決まってる」
 おかしな事を言うとばかりに真昼に断言され、何となくそんな予感はしましたとファレルが痛そうに額を押さえる。コレットは喜んで浮かべていた笑顔を凍らせ、そんなの駄目ー! と叫んだ。
「誰かを殺しちゃうとか、簡単に言っちゃ駄目! 実行なんかしたらもっと駄目!」
 駄目駄目駄目と必死に主張されるそれに、空兄弟は冷めた目をしている。
「それ以外に謝る事はない」
「まったくだ。黄昏は常に可愛らしくて小さくて聡明だが、殊男の趣味に関してだけは最悪だ」
「本当に、そろそろ目を覚ましてやらないとな」
 この最悪から回復する為にもと力強く頷き合う兄弟たちに、絶対に駄目とコレットが泣き出しそうにさえして言う。
「家族と恋人がいがみ合ってるなんて、悲しいわ。黄昏さん、絶対それに怒ってるのよ。そんな事を言ってる間は絶対に帰ってきてくれないわよ!」
「そうか……、そうだな。まずアラゴルを始末してから探しに行くべきか」
「それなら閉じ篭ってないで、昨日の間に始末しとけばよかったな」
「この愚弟どもめ、兄ちゃんはそのくらい理解してたぞ!」
「それなら、もっと早く突っ込めよ」
「煩い、兄ちゃんは嘆くので手一杯だったんだ!」
 黄昏がいないんだぞとまたじわりと泣きそうになって主張する真昼に、痛い事実を繰り返すなと弟たちは問答無用で長兄を蹴り飛ばしている。近くで巻き起こっているはずのそれをどこか遠く眺め、ファレルは溜め息しかつけないが。
「もおっ、だからそれをやめなさーいっ!」
 そんなんだから黄昏さんが逃げちゃうのよ! と叱りつけているコレットを見捨てられないないなら、何だか不毛そうな隠れん坊にも付き合うしかないのだろう。


 嘆いたり喧嘩したりと煩い「鬼」を連れてどうにか高台の公園に辿り着いたファレルは、いつもであれば閑散としているはずのそこがあまりに賑わっているのを見つけて軽く閉口した。
「何これ……、お祭りの予定なんかあったかしら」
 対策課にも何にも書いてなかった気がするなぁとコレットが考え込む側で、空兄弟たちがうんざりした顔をしている。
「何だ、この人の子の多さは……」
「これだと上手く黄昏の気配が分からないじゃないかっ」
「黄昏、どんどんあの馬鹿に影響されていらない智恵を……」
 やはり原悪は処断しておくべきだったと真顔で呟いている暁闇をコレットが諌めている間に、何が起きているのかを確かめるべく視線を巡らせる。
 それは何だか、変わった形のフリーマーケットらしかった。主にムービースターが物を売り、それを公園の周りに陣取っている屋台で何か食べ物を買い込んだ人たちが欲しい物と交換しているらしかった。中には一緒に写真を撮ってそこに何か書き込んでもらったり、大好きと抱き締めてもらうのを対価にしている者もいる。
 他には少し離れた場所に着替える為のブースができていて、買ったばかりの服を着たり魔法をかけてもらってコスプレを楽しんでいる者もある。
「ちょっと待って、他に魔法が使える人いませんかー! できれば一瞬で着替えができるタイプがいいんだけどー!」
「撮影会は十四時からですって言ってるじゃんかもーちゃんと聞いてくんないと困るしって勝手に撮影は禁止ー許可取ってー」
「普通のアイスから様々なフレーバー取り揃えたアイス如何っすかー。たまにすんげぇのあるけどおおむね美味しいっすよー……、ボクには」
「え、だからね夕方過ぎに高台の公園来てほしいなってちょっ、切らないで切らないでお父さん泣いちゃうよー!」
 様々な声と人と物が飛び交い、ひたすら賑わしい。これで落ち着いて隠れん坊なんてできるのだろうかと危ぶみ、振り返るとコレットの制止も聞かずに空兄弟が公園に入っていくところだった。
「ファレルさん!」
 一緒に止めてと縋られ、短絡思考の「鬼」に嘆きたくなって小さく頭を振った。
「少しは状況を見て行動してほしいですね……」
 このあまりに賑やかな状態も、きっと隠れるのに協力する面々が考えついたのだろう。しかも昨日から用意しなければここまでの規模にはなっていないだろうし、それならば公園内だってどんな妨害工作がしてあるか。
「怪我をしない常識の範疇の妨害でしょうね……」
 とりあえずコレットに被害が及ばないように、それだけに細心の注意を払いながらファレルも公園に足を踏み入れた。



「これで全員? もう皆入ったかしら?」
「入ったと思うよー多分」
「空兄弟様と鬼側の協力者お二人様っすねー」
「俺が昨日見たアラゴルさんはいなかったんだけど」
「え、まだなのかしら。……でも、公園内の気配が一つ多いわ」
「うわ不覚気づかなかったっていうかボク真面目にイベント進行やりすぎじゃない?」
「あ、バイトの人ーこっちのクーラーボックスすげぇフレーバー揃いだから気をつけてー」
「皆そろそろ公園内に入ってくれる? 発動するよ」
「それじゃあ、そろそろ全力で隠れましょうか」
「やっとこう、隠れとこう」
「開始の合図って何かどーんと派手にやっとく爆竹とか!」
「やめてっ。あれ俺の心臓に悪いから。それより皆入ったね、行くよー」



 公園に入ってしばらくすると、ふっと周りの空気が変わった気がした。周りの喧騒は、変わらず聞こえてくる。ざわついた気配は伝わってきて、分かり辛い! と口を揃えて愚痴る空兄弟の言葉は分かるほど。ただ公園内に他の人影はなく、何だかそこだけ世界から切り取られたみたいな不安な感じはする。
 誰かが結界でも張ったのかとファレルがぐるりを見回して警戒しているにも拘らず、当の空兄弟たちはまったく別の事に反応しているらしい。
「腹立たしい。黄昏じゃなくて、どうしてお前がここにいやがる」
「一番星が出るにもまだ早いだろう、その潜めた輝きごと引っ込んでろ」
「屑星が何をしに来た」
 さっきまで誰の前でも情けなく嘆いていただけの真昼まで、その雰囲気をがらりと変えてある一点を睨んでいる。その視線を追って、ようやくそこに誰かがいると認識する。
 まるで昼の星のように、あると言われて見なければ存在さえ感じ取れなかった男性は空兄弟の敵意の向け方から察するにアラゴルだろう。彼は煩げに空兄弟を一瞥すると、そのまま一言も発さずにすたすたと歩き出す。途端に空兄弟は、全員が反対に足を向けた。
「え、あの、あの人と協力して探さないの?」
「「冗談じゃない!!」」
 コレットの問いかけを一刀の元に切り捨てて、空兄弟はずんずんと突き進んでいたがいきなり真昼の姿が消えた。
「真昼さん!?」
 どうしたのと慌てて駆けつけそうなコレットの手を取って止め、自分たちの足元にあいた穴を呑気に眺めている暁闇と長庚に声をかける。
「真昼さんは無事ですか」
「これが無事なもんかーっ!!」
 穴の底から響く叫び声に、よっしゃかかったー! と嬉しそうな歓声が重なって振り返る。
「地元民に隠れん坊で勝てると思ってんじゃねーぞヒャッハー!」
 けらけらと笑っているのは灰髪の少年で、少し遠い。そのまま踵を返して逃げそうなのを見て取り、彼の足元に当たる地面の分子を分解する。──つまりは真昼がやられた事をやり返したのだが、いきなりの落とし穴にかかってくれたらしい。
「これで一人」
 脱落ですねと頷き、怪我をしたんじゃとおろおろしているコレットに大丈夫ですよと何でもなさそうに言う。
「穴の下は柔らかくしておきましたから」
 別に彼に恨みはありませんしねと肩を竦めたが、ボクちょーかっこ悪いじゃんっていうか何この問答無用の落とし穴ーっ! と叫ぶ声が真昼の時より遠いのは深さによる。
 とりあえずどちらも無事ならいいだろうと納得して、長兄を助ける気は欠片もないらしい長庚の側にあるジャングルジムを注意深く眺める。コレットには反対側から大回りするように指示してジャングルジムに近寄ると光の粒子を操り、見え難くしてある仕掛けを浮き彫りにする。
「竹の棒、か? この紐に引っかかると、撓って襲いかかってくるのか」
「因みにその上も、クッション付きの同じ物が時間差で襲い掛かってくるようですから」
 気をつけてくださいと続ける前に自力で這い上がってきた真昼が、落とし穴を上がりきった時に手を突きそうなポイントに仕掛けてあったそれをまんまと押した。咄嗟にコレットを引き寄せて避難させると、ジャングルジムの上から透明な板を延ばして付き出しているそこから容赦なく泥水が穴に注がれた。
 空兄弟の弟たちは、どこまでも長兄を助ける気はないらしい。とっくに泥水が跳ねもしない距離まで避けていて、生きてるかーと呑気な声をかけている。
「おま、えらには、兄ちゃ、んを、助け、……助けろちょっとはー!」
 怒鳴りつけながらも自力で生還した真昼は、肩をぷるぷると震わせている。
「人の子にこんな屈辱的な目に遭わされようとは……、よほど空の怒りを買いたいらしいな!」
「真昼、お前もわざわざそんな間抜けな罠に引っかかるな。放っておけばアラゴルが引っかかって笑えたかもしれんのに」
「本気で空気読めないよな、この馬鹿兄貴。あ、右手に気をつけろよ、スイッチがあるぞ」
「何、」
 何気ない長庚の警告に大仰に左側に身体を寄せた真昼は、その足でジャングルジムに仕掛けられた紐を踏んで罠を発動させた。ばしーっと痛そうな音がして太腿を押さえた時、ファレルが忠告したままクッション付きの同じ物が真昼の顔面を強打している。
「思う壺すぎる、引っかかるなよ!」
「さっき人の子に警告されたばかりだろう、この愚兄」
 自分が引っ掛けておいて馬鹿笑いする長庚と、痛そうに額を押さえて頭を振る暁闇を放ってコレットだけが大丈夫? と心配そうに覗き込んでいる。
「ああ、汚れるから近寄るな、人の子。ひどく痛くてこれを仕掛けた奴には絶対空の怒りを思い知らせてやるとは思うが、その程度だ」
 心遣いにだけ感謝してやると顔面を強かに打って折れたそれに巻きつけてあるクッションを見下ろして呟いた真昼は、コレットが出したハンカチも辞退して憤然としたまま振り返った。
 泥が飛んで、ぴしゃりと落ちた。


「ボクちょーかっこ悪いじゃんっていうか何この問答無用の落とし穴ーっ!」
 自分が仕掛けた物を返されるなんて不覚すぎるとかなり深い落とし穴の底で叫んでいたミイラは、一頻りかっこ悪いと大騒ぎした後に疲れて溜め息をついた。
「もー飽きたしそろそろ助けてくんねーっすか香玖耶様」
「ごめんなさい、趣味なのかと思って。それにしてもいきなり足元に穴があくなんて、問答無用よね」
「そーすよね僕がかっこ悪いだけじゃないはずだっ。あ、でも香玖耶様こっちに出てきてよかったですか」
 黄昏様たちは? と声をかけると、風の精霊を纏って姿を隠してもらってるから平気よと頷きながら鞭を垂れ下ろしてくれるので、それに捕まって器用に上がっていく。サンキューですと穴から出て敬礼したミイラは、ちょっと考えた後にへらりと笑った。
「なぁなぁ香玖耶様、ボクも姿消えるようにしてもらうとかできるですかね?」
「そうね、このまま風の精霊を纏っていれば姿は見えないはずよ。彼らが近づいて来たら足止めするようには命じてあるけど、それ以外は隠してくれるように言っておきましょうか?」
「是非頼みます! プライドにかけて全部の仕掛け発動させんと気がすまない……!」
 ぐっと鞭を握り締めながら言うと、香玖耶は苦笑して分かったわと頷いた。
「気がすんだら戻ってくるんでしょう? 私もちょっと妨害しながら、黄昏さんに合流するわ。でも早く来ないとお菓子もなくなるわよ」
「早めに戻りますっ」
 ボクのケーキにかけてとごそごそと水鉄砲を取り出しながら宣言し、んじゃ行ってきまーすと気軽に足を踏み出す。ちらりと振り返ると香玖耶は別の精霊を呼び出したらしく、昨日クラウスがミアと呼んだお姉さんに真似させたように、黄昏を象らせているところだった。
 もう一つ二つ仕掛けた落とし穴があるから、一度戻ったらあの精霊を借りて誘導してみよっかなー等々考えつつ、空兄弟がいる位置に一番近い仕掛けまでスキップするような足取りで向かった。


「隠れん坊でこの優雅さとか普通ないよね」
 楽だし美味しいしいいけどとにこにこしながらトオルが言うと、確かに隠れん坊らしくはないよねと笑いながらクラウスが紅茶を注いでくれた。
「でもいいんじゃないかな、見つかって隠れ場所を変えるんだから見つかるまでは同じところで隠れるものだよね?」
「魔法使うと色々問答無用すぎてボクみたいな一般人はついてけないかもー」
 絶対鬼はしたくないなと苦笑するトオルに、黄昏が少し不安そうな顔をした。
「ごめんなさい、こんな風に隠れるのは……、ずるいですね」
「えーやだなーそんな気にしないでよ。ボクは探したくないけど、隠れる側なら面白いし。いいじゃない、隠れん坊。ちょっとくらい心配かけてやんなよ」
 だいじょーぶだってと笑いかけると、クラウスもそうそうと頷きながら紅茶のカップを黄昏の前に置いた。
「逃げたい時は全力でねっ。たまには行動で表さないと、分かってくれない事だってあるし」
「……ありがとうございます」
 ほっとしたようにふわりと微笑んだ黄昏は、どうぞと勧められる香玖耶とクラウスが用意したお菓子や紅茶を眺めている。
「あれ、甘い物苦手だった?」
「いえ……、私たちは食べる必要がないので。兄様たちは時折試されているようですが、私は挑戦した事がなくて」
「甘い物食べられないとか人生神生? よく分かんないけどそれの半分以上損してるって食べとけ食べとけ」
「はい。それでは、頂きます」
 フォークで非常に可愛らしくケーキをちょみっと取った黄昏は、それを口に運んで驚いた顔をして、それからふわりと幸せそうに笑った。気に入ってくれたと一目で分かるそれに、全部食べてもいーよとクラウスも呑気に勧めている。
 美味しそうにケーキを一つ食べてしまった黄昏は、そこではたと我に返ったように残るケーキを眺めた。どうかしたかなと声をかける前に、早々と落とし穴に落ちてしまったミイラを救出に行っていた香玖耶が戻ってきた。
「ただいま、」
「黄昏!」
 被せるように別の誰かの声が届き、黄昏が香玖耶の後ろを見て悲しそうに眉を顰めた。そこに誰かいるのかと目を凝らしてようやく不機嫌そうな顔をした男性を見つけ、振り返った香玖耶が驚いて声を上げている。
「嘘、精霊が気づかないなんて……!」
 そんなはずと眉を顰める香玖耶の手を取って引き寄せたトオルは、黄昏を睨むように見据えてこちらを気にもしていない男性から尚背を向けてどうすると声なく尋ねる。
『どうにかして陣から出したら、移動できるよ』
 お茶会セットのテーブルの下、小さな陣から有効範囲を教えるように一瞬だけほうと光った端に男性の足が僅かにかかっている。
「アラゴル、……兄様たちと一緒に来てと言ったのに」
「この公園にはいる、奴らが来るまで近寄らずにいてやった。妥協してやっただろう」
 早く戻れと苛々したように手を伸ばしたアラゴルに、黄昏は諦念の溜め息をついては手を重ね続けてきたのだろう。けれど今日は絶対にしないと教えるように、自分の手を組み合わせてお腹に押しつけるようにして堪えている。
「黄昏、」
「いや。兄様たちと一緒に来て。……どうして少しくらい仲良くしてくれないの」
「奴らを殺さないでいるのは俺の寛大だ、それ以上を望むのか」
「望むの。……あなただってもう分かっているでしょう、ここで過ごせる時間が残りどれだけ短いか。その間くらい、少しは仲良くしてくれても、」
「断る。お前はただ俺の側にだけあればいい」
 それ以外は必要ないと断言するあまりに馬鹿げた主張に、思わず黄昏以外の全員の溜め息までが揃う。それでようやくアラゴルの目が黄昏から逸れ、トオルたちを見つけたらしい。
「痴話喧嘩に口出す野暮になりたくないけどキミのそれがどれだけ傷つけてるかまったく欠片もこれっぽっちも理解してないみたいだからしょーがないから警告してあげよーか?」
 大体口説き方がなってないよねと指を突きつけ、そのままずいずいと前に出る。不快げな顔をしたままアラゴルが後退り、陣の有効範囲から出たところで酷薄に唇の端を持ち上げた。
「失ってみないと分からないなんて愚は、『人の子』の特権でしょ? たまには我を曲げてちゃんと相手の事も考えてみたらカミサマ」
 なってないにも程があるよねと吐き捨て、クラウスの魔法陣が作動する。一瞬で別の魔法陣まで移動し、アラゴルの姿も消えた。


 この公園に入ってから、コレットはずっとはらはらしている。ファレルが助けてくれるので彼女は被害に遭ってないが、概ね空兄弟の長兄が語るも悲しい事態になっている。
 最初に痛い目に遭ったのだから少しは反省すればいいのに、黄昏らしい女性を見かけてそちらに足を向けたところで草を編んだ基本的な罠にかかって転びかけ、蹈鞴を踏んでどうにか堪えはしたがそこにいきなり水が下から勢いよく吹き出してずぶ濡れになった。噴水めいたそれは小さい虹がかかって綺麗だったが、あまりに強く吹き出したのか窒息しかけた真昼は慌ててその場を離れ、また何かに引っかかったらしい。
 ぶん、と勢いよく投げつけられてきた白い物体は、真昼の顔面に直撃して割れる。生卵、と思わずコレットが呟いた時に第二弾が飛んできて、今度は手で払い除けたが顔の前で割れたそれは胡椒だったらしい。
 凄まじくくしゃみを繰り返している長兄をかなり離れた場所で見守っている弟たちは、真昼を除けば焼くと美味そうだと呑気に話している。
 何となく全員に、近寄ったら巻き込まれるという認識ができた頃。自棄になったような真昼が足を踏み出した先に、横合いからぴゅーっと水めいた物がかけられた。危ないと声をかけるより早くそこに足を下ろした真昼は、つるっと足を滑らせて見事に転んでいた。どうやら泡立ちのいい洗剤だったらしく、ぷくぷくと白い泡が立っている。その上に何故かたらいが落ちてきて、真昼にぶつかってかーんといい音を立てた。
「〜〜っ、さっきから俺ばっかり集中攻撃されてないか!?」
「馬鹿兄貴だからな。一番引っかかりやすいと踏まれたんじゃないか?」
 正しい認識だなと長庚が何度も頷き、暁闇も汚れまくった長兄を一瞥して冷笑を浮かべた。
「そこまで見事に引っかかれば、仕掛けている人の子も満足だろう。そのまま精々身体を張って、気が済むまで付き合ってやれ」
 その間に俺たちは黄昏を探すとあっさりと長兄を見捨てた弟たちは、どうやら精霊が、人の子の気配がと自分たちだけで話し始めるので、完全に見捨てられている真昼に大丈夫? と声をかけるのはコレットだけだった。
「これが大丈夫に見えるか!?」
「えーっと、……無理、かなぁ」
「無理だとも、決まっているっ。でも兄ちゃんはめげないぞ、黄昏を連れ戻すまで挫けないっ。黄昏ーっ、兄ちゃんはここだぞ、探しに来たぞーっ」
 一緒に帰ろうとどこにともなく叫ぶ真昼は、どんな仕打ちを受けたところで黄昏に対する怒りは見せない。どころか、こんなに長く独りでいて泣いてないか、泣くなら兄ちゃんの胸で泣くがいいと暑苦しくも熱心に声を張っている。
「お探しの黄昏さんも、そんな姿のあなたの胸には飛び込んでこないと思いますよ」
 最初は疲れたような溜め息を重ねていたファレルはそう言うと、真昼が纏う汚れの分子を分解したらしい。見る間に綺麗になった真昼は自分の姿を見下ろし、助かったとファレルに笑顔を向けたがすぐに顔を巡らせて黄昏と声をかけている。
「兄ちゃんはもう綺麗だぞ、いつでも飛び込んでおいで……!」
「尤も、見かけがどうなろうと飛び込んではこないでしょうけどね」
「ファレルさん、それは多分禁句じゃないかなぁ」
 言わないでおいてあげようと苦笑すると、ファレルは軽く肩を竦めてすみませんと謝罪する。今までの流れから何かしら突っ込みを入れそうな弟たちは、けれど真昼が見ているのとは反対の方角を睨むように見据えていた。
 つられるようにしてそちらに目を凝らすと、黄昏らしい女性がそこにいて。思わず真昼を呼びかけたが、先にファレルが手で制してきた。どうして止められたのかと目を瞬かせたが、もう一度そちらに目をやるとアラゴルと呼ばれた男性も見つける。
 彼は女性を見つけて何か言いかけたが、途中で気づいたように口を噤むと鋭い目で女性を睨みつけた。そうして今にも攻撃しそうに手を伸ばしかけたが思い止まったように拳を作り、溜め息をついたのが分かる。
「……さすがに、黄昏が協力を仰いだ故とは知るか」
「あのまま攻撃していたら殺す理由もできたのに」
「殺す理由など、抜け駆けして黄昏に会っただけで十分だ」
 弟たちに続けて不愉快なと最後に呟いたのは真昼で、振り返ると弟たちと同じく不快げな顔をしている。黄昏を呼ぶ時の威厳のなさを払拭し、「敵」を見据える目はぞくりとするほど怖い。けれどアラゴルが女性の側を擦り抜けてまた探し始めるのを見つけると、空兄弟はひやりとするような殺気を霧散させてまた黄昏を呼びながら探し始める。
「黄昏、いい加減に出て来ないか?」
「俺たちと一緒に帰ろう、黄昏」
「黄昏ー! 兄ちゃんたちはここにいるぞ、……黄昏」
 お願いだから、とでも続きそうな声は、ちゃんと黄昏に届いているのだろうか。彼らが呼ぶ声は必死で切なくて、……そしてどこか悲しい。


 アラゴルに発見された魔法陣から移動した先は、空兄弟が探しているポイントに近かったらしい。切実に繰り返される名前に、黄昏は泣くのを堪えるように俯いた。香玖耶は促して席につかせると、その隣に座って半分しか入っていないカップを下げて紅茶を入れ直した。
「アラゴルさんって、ずうっとああなの? あんな俺様?」
 疲れないと冗談めかして香玖耶が語尾を上げると、黄昏は俯いたままも僅かに微笑んだのが分かる。
「彼は、星の王ですから。アラゴルを諌められる者は誰もなかったんです、だからああして好きに振舞う事が多くて」
 困ってはいるのですけど、と小さく続けられた言葉に棘は少ない。
「でも大事な人ができたら、変わるべきだと思うわ。それともあれかしら、男のプライド?」
 迷惑よねぇと、揶揄するようにこちらに視線を向けられてトオルはクラウスと視線を交わして苦笑した。
「男はずっと男の子なんだよねぇ。何かが認められなくて、ずーっと子供なんだ。多分、俺も」
 苦笑したままクラウスが言い、その目を懐かしむように細めて黄昏を見つめた。
「女の子は強いね、ちゃんと現実を見据える事ができる。残り時間が少なくて、……大事な全部を考えられるのに。男はつまんない意地を張って、君の一番にだけなりたがってる」
 それは帰れないよねと何度か頷いたクラウスに、黄昏は俯いたまま強く自分の手を握り締めた。香玖耶は耐えられないといった様子で彼女の頭を抱き寄せ、だいじょうぶと優しく声をかけた。
「全力で逃げて隠れて、全力で探してもらいましょうよ! お互いの事をちゃんと分かるまで考えるのって、……案外向き合ってたら無理よ。家族でも恋人でも、追い詰められなくちゃ分からない事だってきっとあるわ。そのきっかけを作る為に、行動したのよね?」
 それを分かってもらわなくちゃねと笑いかけると、黄昏が俯いたまま揺れるように頷いた。
 トオルはその様子を眺めながら、ひっそりとポケットに忍ばせていた星を取り出す。空兄弟とシンクロしておろおろしているのは分かるが、それ以上ではない事に苦笑する。
『キミもね、ちょっとは製作者ともどもオンナゴコロってやつ勉強したほうがいーよ?』
 言いながら手の上で跳ねさせ、こちらの声を向こうに伝えるべく空兄弟の元に向かうよう頼む。星はまだ黄昏を気にしていたようだったが、トオルを見上げるように頂点を上げると思い切るようにして空に向かった。
 頑張れよーと黄昏に気づかれないよう声にしないまま檄を飛ばしているところに、ただいまーと呑気に声をかけてミイラが戻ってきた。
「あー、楽しかった。精霊様ってすげーね、場所分かんないじゃんて迷ってたら引き摺ってきてくれたよ足痛いけど」
 擦り剥けるとしゃがんで自分の足を庇ったミイラを心配したように黄昏が視線を向けると、しゃがんだまま見上げたミイラはちょっとだけ大人びた様子で笑った。
「黄昏様の兄弟が結構おばかさんなのは知ってるけどさー、……結構真面目に探してたよ? きょうだいって親よりも友達よりも、ひょっとしたら恋人よりも近いところにいるだろ。それがいなくなってみろ。寂しいっすよ。かなーり、ね」
 そろそろいんでない? と首を傾げたミイラに、黄昏も微笑んで頷こうとしたのだろうが。
「黄昏さん。お兄さんたちも謝りたがってるから、出てきてあげて」
 反省してるからと続けられるそれは、空兄弟に協力している内の一人だろう。以前に見覚えがあり、確かコレットと言ったかと記憶を辿っていると、違うと黄昏がぽつりと呟いた。
 思わず全員でそちらを見ると、黄昏がはらはらと泣きながら小さく頭を振っている。
「違うの。兄様たちが謝る事なんて、何も。私の、我儘なの。兄様もアラゴルもどっちも大事で、……でも、彼を独りにしたくなくて。空に嫌われたら、星はどこに行けばいいの。星が空を壊したら、私も消えて無くなる。アラゴルは独りで虚空に輝くの? 私がアラゴルを愛したりしなければ、兄様たちは星を拒絶したりしない……。もとに、戻るのに」
 空は何も考えずに星を抱いていられたのにと、顔を覆って嘆く黄昏の腕を香玖耶が痛ましげにそうと撫でる。
 星を介して、きっとこれは空兄弟にも倣岸な星の王にも届いているだろう。
 大事な唯一を嘆かせて、彼らは何をしているのだろう。



 嘆く黄昏の声が、上から降るみたいに届く。空の嘆きは、雨にも似て。同じ空にも星にも、等しく傷を与えるように静かに降る。
「ああ……、また痛い雨が降る」
「こんな風に泣かせないと、誓っていたのに」
「俺たちは同じ一つ、でも欠けた片割れ。泣かせるまで気づかない」
 黄昏の嘆きに同調するように、沈鬱な声が切なくただ一点を見据えている。
「黄昏を泣かせるくらいなら……、お前にも縋ろう。夕景に最初に輝く一つ星」
「黄昏を泣かせたが罪は、等しく分かて」
 俺一人では負いきれんと呟くような声が唐突に聞こえ、さっきまで決して近寄ってこようとしていなかった星が空の真側に現われる。その眼差しが追うのもただ一点、隠れると決めて風と光を纏った空の在り処。
【すべての光は俺に従え、まだ夜占めやらぬ空に瞬く星の無い如く】
【すべての風は俺たちに従え、空に吹く嘆きを払うままに散れ】
 星と、空と。重ねた言霊に、目晦ましの効果をかけていた光と風が剥がれ落ちた。
 嘆いた夕景は、人の子に守られるようにしてそこにある。



「た……、黄昏ーっ!!」
 兄ちゃんは兄ちゃんはーっ! と号泣しながら駆け寄ってきた真昼が抱きつく前に、暁闇が襟首を捕まえて無理やり引き戻している。この馬鹿兄貴と長庚に罵られ、何をう兄ちゃんはなと噛みついて言い争いを始める空兄弟の側に、仏頂面ながら逃げる事も抜け駆けする事もなくアラゴルが立っている。
 黄昏は目許を拭い、それでもどうしていいか分からないといった様子で立ち尽くしているので、隣にいた香玖耶は微笑んでその背を押し、問いかける。
「黄昏さんは、彼らが見つけてくれたら何て言いたかったの?」
 特別な絆を持つ彼らが最後には黄昏を見つけるだろうと思っていたが、ようやくちゃんと見つけられた事にほっとしていた。どうしても見つけられずとも最後には背を押す気でいたが、こうして「見つけられる」事にも意味はあるはずだ。
 黄昏は香玖耶の問いかけに躊躇ったように視線を揺らし、自分を見つけてくれた大事な存在に向けて口を開いた。
「……帰っても……、いい?」
 気抜けしそうなおずおずとした問いかけに、協力した香玖耶たちは一斉に苦笑ともつかない息を吐く。もっと力一杯罵ってもいいとは思うが、帰りたがっている幼子にしては精一杯のそれなのだろう。
 空兄弟も間違えずに安堵した笑みを浮かべ、大きく手を広げた。
「勿論だ黄昏、兄ちゃんの胸に帰っておいで……!」
「真昼は引っ込んでろ。黄昏、俺の元に帰っておいで」
「この馬鹿兄貴ども、黄昏は俺の片割れだ。帰っておいで」
 言い合いながらも嬉しそうに笑っている空兄弟の側でアラゴルは腕を組んだまま目を眇めていたが、不安げな黄昏の視線を受けて溜め息混じりに言う。
「俺はもう何度も戻れと言った。……早くしろ」
 早く戻れとどこまでも上から急かすアラゴルに空兄弟はぴくりと頬を引き攣らせたが、何とか堪えているらしい。それでももう二三度で切れるんじゃないかしらと遠く眺めながら考えていると、香玖耶と反対側に立っていたミイラがこそっと黄昏に耳打ちしているのが聞こえる。
「黄昏様が戻ってやってもまだ仲良くケンカしてんなら一緒に殴りに行っちゃるよ」
「はい。その時は、宜しくお願い致します」
 ふわり、と今までで一番ほっとしたように嬉しそうに微笑んだ黄昏に、香玖耶も嬉しくなって頬を緩める。
 何そのセリフかっこいーと後ろで聞いてたらしいトオルに冷やかされたミイラは、大人しく頭に乗っていた粗塩に何故かげしげしと踏みつけられている。何すんだと粗塩を引っぺがしているミイラに笑いながら戻ってあげてと促すと、黄昏は手を差し伸べたままの家族の元に戻って傍らの恋人にそっと微笑みかけている。
 ああ、ちゃんと帰れたのねと我が事のように喜んでいると、振り返ってきた黄昏が深々と頭を下げた。
「大変ご迷惑をおかけしました、皆様のご協力に感謝致します」
 本当にありがとうございましたと繰り返す黄昏に、気にしないでと弾んだ声で答える。微笑ましくその光景を眺めていたクラウスが、何かを思い出したように手を打った。
「それじゃあ俺は、最初のお願いを聞かないとね。皆に魔法陣を描いたらいいんだよね?」
「魔法陣?」
 何の話だと首を捻る空と星に自分の髪を示して話している黄昏を眺めて何度か頷き、にこりと笑いかけてきたのは空兄弟に協力していた二人の内の女性。こんにちはと笑いかけると嬉しそうに歩み寄ってきた女性は、ミイラを見てさっきは大丈夫だった? と声をかけた。
「さっき。えーと何の話だっけ?」
「あの、確かファレルさんの作った落とし穴に落ちてたよね?」
「わー! やめて何その暗黒歴史消去したのにぶり返さんでー!」
 聞いてないなかったそんな事実ボクの中からは消したっと頭を抱えてわーわーと叫ぶミイラに、その人は困ったように笑ってごめんなさいと謝っている。
「あ、そうだ、お詫びにシュークリームはどうかな? 皆で食べたら美味しいかなって思って、持ってきたの。ファレルさんも手伝ってくれたのよ」
 自慢そうに続けられたそれに、多分にファレルと言うのだろう隣の男性は苦笑めいて笑っている。野郎様の手作りシュークリーム、とミイラが微妙な顔をしていると、察したのだろうファレルが大丈夫ですよと口を挟んだ。
「大半はコレットさんが作られましたから」
「そっかよかったボク別に料理する野郎に偏見ないけどちょっとそわそわしちゃった」
 シュークリームだもんなぁと出ていない額の汗を拭うミイラに、分からなさそうにしていたコレットと呼ばれた女性が皆で食べない? と箱を持ち上げて提案してきた。
「お茶会するならテーブルもっとこっちに持ってきといたら? ボクちょっと用事思い出したんで一回公園出るけど魔法陣消すのってボクでもできるー?」
 空兄弟たちと合流してからずっときょろきょろして何かを探していたトオルが問いかけると、ボディペイントを施しているクラウスが肩越しに振り返ってうんうんと頷いた。
「端っこちょっとでも欠けさせたら効果が無くなるよ」
「じゃあ大丈夫そうだね。あ、お菓子は僕の分も残しといてよ」
「任せろアニキ様!」
「だからそれやめてって」
 すかさず請け負われたそれに突っ込みは入れ、でも任したと笑うと手を振って歩いていくトオルを見送ると、そんじゃお茶にしよう! とミイラが勢いよく腕を突き上げる。
「コレット様とファレル様だっけ、そっちのお二人様も座っててー。黄昏様と香玖耶様も座って、後の連中は立ちで」
「あら、私も別に立ってて構わないわよ?」
 行儀は悪くても慣れているからと言うのに、いやいやまさかとミイラが頭を振った。
「常識的に考えて野郎どもより美人様が座るでしょ」
 真顔っぽく答えられたそれに、やだお世辞なんか言っちゃってと思わず肩をべしべしと叩いて照れる。肩壊れるしとミイラが逃げた先から、大きな荷物を抱えた数人が歩いてきた。


「中にも人いるって聞いて、撮りにきたんだけどー」
「イベント主催者の頼みじゃ断れねえ。結構いるなぁ、何人かで撮って全員のも撮る?」
 どうせだしとことん付き合うぞとカメラをセッティングしている数人を見て、イベント会場で記念撮影云々と言っていたのを思い出す。
 それを派遣してくれたのかーと感心したミイラは、多分に何の事か分かってないらしい空兄弟たちをテーブルのほうに押しやった。全員描き終わっているようなので、クラウスも一緒に押しやっておく。
「で、肝心のトオル様はー?」
 早く来ないとアニキ様って探すよーと叫ぶと、それやめてってばと苦笑しながらトオルが誰かを連れて戻ってきた。
「深更兄様」
「兄貴も来てたのか」
 珍しいと続ける空兄弟の言葉を受けるのは、何故か無言でたい焼きを食べている男性。トオルは肩に星を乗せていた星を軽くつつき、やっぱりそうかーと何度か頷いた。
「公園の外で星が懐いてたから連れてきたんだけど正解だったみたいだねー」
「いやまぁ突っ込みたい色々あんだけど何より気になるの聞いてい? その肩のって昨日トオル様が話しかけてた星? それ拾いに行ってたん? 何その星マスターっぷり。気をつけんと不審者極まりないっすよ」
「いーじゃん銀幕市なんだし星連れてたってさー」
 ねーと同意を求める先も星で、トオルの肩でぽんと跳ねて答えているらしい。その間に深更と呼ばれた多分残りの兄弟様は家族の元に引っ張って行かれ、二人とも早くとコレットに呼ばれた。
 何となくトオルは参加しないような気がして、それは駄目っすからねとがっちり腕を掴んで引き摺っていく。
「いやあのそんな引っ張ったら肩抜ける抜ける」
「だいじょーぶ、肩抜けても痛いだけっ! つか痛顔で記念写真もありじゃね?」
「ボク遠慮するしキミやってよそんなのー」
「んじゃトオル様とツーショットでやったげんのでとりあえず集合写真しょ!」
 言いながらテーブルの側まで引き摺っていき、嬉しそうに跳ねる星を見てトオルも諦めたように笑った。
「俺子供たちとも一緒に撮りたいんだけどこの後もうちょっと待っててもらってもいいかなぁっ」
「ファレルさん、写真なんだから笑顔ですよ」
「……努力はします」
「アラゴルさんも笑顔。せっかく黄昏さんと記念撮影なんだから」
「あのさーボクはいいんだけどキミ頭の上で跳ねてたら見切れるよ?」
 電話したけどまだ来ないのだろう子供たちを待ってそわそわしてたり、笑顔と自分の顔を指して指導したり、無理ですと頭を振って諦めていたり、今にも争い始めそうな空と星を諌めたり、跳ねる星を宥めて苦笑したり。
 楽しそうな様子をちょっとだけ外れたところで眺めたミイラは、不覚にも言葉を失った。
 最後、を。きっともうこの街の皆、覚悟しているのだと思う。覚悟して、分かっていて、それでも紡ぐ日常はこんなにも胸に痛く、優しい。
「ミイラさん? 何やってるの、早く入って」
「あ、ここ空いてますよ。どうぞ」
「場所を変わりますか?」
「大丈夫だよ、詰めたらまだいけるって。ほらほら、君たちもうちょっと寄って」
「キミがボク引っ張ってきたのに傍観とかないよね早くおいでよもー」
 これ一枚で終わんないんだから早くすると全員に急かされ、ミイラはにっと笑うと粗塩を取り上げて嫌がらせにぎゅーっと抱き締めた。
「今今早く早くラジオが暴れる前にはいチーズ!」
 抱き締めたまま優しい輪に駆け込んで、にーっと精一杯笑う。


 かしゃり。   小さなシャッター音が、やけに耳に障って聞こえた。





 ああほらやっぱこんなのボクの柄じゃないって言ってんのにさー。泣いてないよ、泣いてるわけないでしょ? こんな楽しいのに泣く意味ないじゃん……あーもー写真とかだからやなんだよねでも現像する頃にはどうせいないし。──でもま楽しかったしいーんじゃない? ……ね。

クリエイターコメント相変わらずの長さで恐縮ですが、最後の隠れん坊にお付き合いくださいましてありがとうございます。

少しでも取りこぼしたくなくて、相変わらずの長さになってしまったわけですが。皆様の心優しいプレイングに、うっかり惚れてしまいそうになりました。
完全和解……は野郎どもには無理な様子ですが、家出したお嬢さんも納得尽くで無事に保護され、喧嘩別れせずにすみました。お嬢さんの意図を汲んでくださった多くの優しいプレに、大感謝です。
最後の数日に、少しなりとも色をそえられていれば幸いです。

私にとっても最後のシナリオ、ものすごく楽しんで心の底からはしゃいで書き上げる事ができました。ご協力くださった皆様に、心から御礼申し上げます。
公開日時2009-06-19(金) 18:10
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