★ La girouette du cafe ★
クリエイター紅花オイル(wasw1541)
管理番号422-7433 オファー日2009-04-18(土) 23:20
オファーPC マリエ・ブレンステッド(cwca8431) ムービースター 女 4歳 生きている人形
ゲストPC1 森砂 美月(cpth7710) ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
ゲストPC2 香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
ゲストPC3 ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
ゲストPC4 エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
<ノベル>

ギィーコ ギィーコ
トタン カタン
ギィーコ ギィーコ
トタン カタン

風見鶏 屋根ノ上 夢ヲミル
見渡セド 毎日 野ニ畑
捕ワレノ 我ガ身 呪イ嘆キ
アル朝 風車小屋デ 首ククル

ギィーコ ギィーコ
トタン カタン
ギィーコ ギィーコ
トタン カタン

* * *

 それは、日差しの心地良い、ある春の日の銀幕市での出来事だった。

 杵間山の中腹にそのカフェが出現した正確な時期を、知っている者は恐らく誰一人いなかった。
 非日常であるフィルムの向こう側の世界が展開される事は、この街にとっては日常の、ごくありふれた出来事だったので、例え海に島が出現しようと、街中で悪魔が暴れまわろうと、この街に住まう市民達は皆、それを当たり前の事として受け入れていた。
 だから人に害をなさない、対策課の依頼にも上らない些細なムービーハザードであれば、人々がそれに注意を払わないのは尚更の事だったかもしれない。

――La girouette du cafe

 風見鶏、という名のそのオープンカフェは、6人が腰掛ければいっぱいになってしまう円卓のみの、本当に小さな店であるという。
 訪れた事がある者は、口々に美味しいお茶とスイーツの味を讃え、深緑に囲まれた景観の美しさと居心地の良さを謳った。
 しかし、そのカフェの場所は未だに謎に包まれている。
 そこは誰も彼もが望めば行けるとは限らない店だった。
 招待状が届くのは週末の午後。ティータイムの後の僅かな間のみ。
 そっと郵便受けに入れられ、時が経てばいつの間にか消えてしまう、そんな奥ゆかしくも儚いカフェへの招待状を手に出来る者は少ない。
 それはいつ届くとも知れない、届いても気付かない、気付く間も与えてはくれない。
 まるで風がそっと頬を撫でそよぐような、そんな気まぐれな招待状であった。

 今日は、そこで定期的に開かれているティーパーティが行われる日。
 幸運にもカードを手にする事が出来た者達が、月に一度のその宴の日、不思議な力に導かれ普段は絶対に辿り着けないそのカフェにやってくる。

 ある者は、今にも回り踊り出しそうなほど浮かれた楽しな様子で、大きく膨らんだパステルピンクのスカートを揺らし。
 ある者は、まるで風のような颯爽とした足取りで勾配を諸共せず、小脇にそれは見事な装丁の書を抱え。
 ある者は、幼いながらも確りとした足取りで、時に他には見えぬこの山の住人や主達と笑顔で言葉を交わしながら。
 ある者は、頭上の緑の合間から降り注ぐ柔らかな日差しに端整な顔を緩ませ、山歩きを楽しみつつ。

――そして。
「まあ、なんてすてきなの……!」
 幼女は、鈴のように耳に心地よく響く愛らしい声音に、感嘆の音を乗せた。
 大好きな祖父が魂を注いでくれた真紅の大きな瞳が、更に大きく零れそうな程見開かれる。
 群青色のインクで店名と日時のみ書かれたカードに誘われるまま、歩み進めた深い緑の小道。
 背丈の高い木々に覆われ、日の光も遮られたそこはまるでトンネルの様であった。
 急な坂に一瞬行く先は見通しを遮られ、心地良い涼をくれる木陰の向こう、眩い陽が差し込む入り口の脇には斜めに小さな杭が突き立てられている。
 木片のてっぺんに鎮座する青銅作りの風見鶏が指し示すのは、光の方。
 トンネルを抜けた先に、その店はあった。
 そこだけまるで切り取られたかのような、綺麗な円を描く野原。背面は天まで延びた木々か城壁のようにその場所を囲み守ってくれている。
 中央に設えられた円卓は本当に小さな、6人掛け程の物。
 そして前面に展開されるのは、切り立った崖の向こうの豊かな緑を讃える杵間山の雄大な大自然であった。
「すてき……。ああ、お爺さまもいっしょにつれてきてさしあげたかったわ」
 一瞬胸を燻ぶる悔しさ。
 そんな感情はこれからの楽しい時間には相応しくないと、気持ちを切り替える為に、トンと肩で纏うゴシックドレスと同じ色の紅い日傘の柄を跳ねさせる。
 その幼女の声に、既に着席していた本日の招待客達が揃って立ち上がる。
「――はじめまして」
 淑女の名に相応しい優雅な所作で膝を折ると、最後の客――マリエ・ブレンステッドは、本日この午後のひとときを共にする彼らに挨拶をした。

 役者は、揃った。


 柔らかな物腰でエンリオウ・イーブンシェンが引いてくれた椅子に、マリエは優雅に着席した。
 それからテーブルに視線を置き、改めて周囲を見渡し不思議な事に気付く。
「おみせのかたは、いらっしゃらないの?」
 カフェ『風見鶏』は、マリエ達が座るこの中央のテーブル以外には、心地よい風のそよぎと、暖かな陽射し、空の青と見渡す限りの緑の他には、建物もなければ人もいない、何もないなんとも不思議な空間だった。
 確かに景観は見事だ。しかしこれでカフェと言えるのか。現に誰かが注文を取りに来る様子もない。
 不思議そうに小首を傾げるマリエに、悪戯っぽい表情でウィンクしたのは隣の席に座る香玖耶・アリシエート (カグヤ・アリシエート)だ。
「大丈夫よ。精霊達がそう教えてくれている。たぶん…こうすれば……」
 そう言って香玖耶はテーブルの上に両手を置き、背筋を伸ばすと誰に言うでもなく高らかに告げた。
「私は、ダージリンを」
 その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、香玖耶の前に突如音もなくソーサーに乗せられたティーカップがふわりと出現した。
「まあ!」
「凄いですねぇ!」
 目を丸くして驚くマリエと同じく、見事なピンクを基調とした白いフリルが満載のワンピースで身を乗り出したのは森砂 美月 (モリサ ミツキ)だ。
 ロリータファッションをこよなく愛する綺羅星学園のスクールカウンセラーは、今日のティーパーティを誰よりも楽しみにしていた。
 お茶会は乙女の憧れである。
 日々日常でもロリータファッションを楽しむ美月だが、やはり服装にはその場の雰囲気が重要な要素となる。その為、中々相応しい場に着て行く機会の少ないクローゼットの中のワンピースやドレス達。
 だから噂には聞いていたこのカフェの幻の招待カードが届いた時、美月は嬉しさのあまり思わず猫っぽい悲鳴を上げた程である。
 一番のお気に入りのピンクのワンピースに、服に合わせたパラソル、バック、白薔薇のあしらわれたボンネットを被り、美月は今日このカフェに一番乗りでやって来た。
「それじゃあ私も……。そうね、お勧めのフレーバーティをお願いします」
 美月の注文に、テーブルに出現したのは見事な細工のアンティークカップだった。
 ベルガモットの甘くも爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
「美味しい! カップも素敵だし、ああなんて幸せなんでしょう〜」
 十代の少女の様に瞳を輝かせウットリする、そんな美月に楽しげに笑い声を上げたのは座敷童子のゆきである。
「ははは、今日の美月はご機嫌じゃのう」
 1人いつもの様に和装の着物ではあったが、皆と同じようにちょこんと複雑な曲線を描くエレガントなガーデンチェアに正座で寛ぐ様は、何とも愛らしい可笑しさを周囲に振りまいている。
「どれ、わしは緑茶を頂くとしようか。出来れば玉露がいいのう」
 ゆきのリクエストに、カフェはすぐに希望を叶えてくれた。
 たちまち目の前に出現する湯のみ。ゆきの着物に合わせてか、明るい土色の素朴な味わいの信楽である。
 香りを、次いで口に含みその甘みを味わいながら、ゆきは「甘露、甘露」と満足そうに両目を細めた。
「幸知子さんはどうする?」
「幸知子さん?」
 エンリオウに飲み物を尋ねられ、しかし覚えのない名前にマリエは瞳を瞬かせた。
「わたしはマリエよ、おじさん?」
「ぼくもオジサンじゃないよ、エンリと呼んでねぇ」
 そうのんびりとした口調で、エンリオウはマリエの顔を覗き込むようにして笑みを向ける。
「さちこさんって、だあれ?」
「あれ、間違っちゃったかなぁ。幸知子さんはわたしん家の大家さん」
 それ全然マリエと間違いようもない位違うんじゃ、とテーブルを囲む他の3人は心の中でそう思ったが、あはははは、と朗らかな笑い声をあげるエンリオウの姿にそのツッコミは口にする前に諦めざるを得なかった。
 黙っていれば長身の美丈夫であるエンリオウ。しかしその中身は外見ほど洗練されてはおらず、どうやらボケボケの天然のようである。
 エンリオウの笑い声を聞きながら、そうね、とテーブルを見渡したマリエは、そこに置かれたままになっているやはりカラの3段重ねのティースタンドを見とめ、頷いた。
「あふたぬーん・てぃーね。じゃあ、あっさむをみるくで」
 同調したエンリオウとマリエの前に、1秒も待つ間もなくティーセットが出現する。
 各自お茶の注文が揃ったところで、改めてこのティーパーティも開催の運びとなったのであろう。
「わぁ!」
「凄い、美味しそう……!」
 ティースタンドに、トレイに、次々と出現する、アフタヌーン・ティーでは定番のサンドウィッチ、スコーン。
 そして目にも楽しい色とりどりのスイーツ達。
 こうして隠れ家カフェでの秘密のお茶会は、女性陣の嬉しい悲鳴と共に賑やかに幕を上げた。


 サンドウィッチはポークリエットにピクルス、海老とアボガドを挟んだ物。
 焼きたてのスコーンに添えられるのは、宝石のように輝くストロベリージャムと、食欲をそそる香り高いアップルジャム。もちろん、濃厚なクロッテッドクリームもたっぷり揃いの器に盛られている。
 そして、お茶会の主役スイーツは、兎形の可愛らしいチョコレートケーキに、目にも鮮やかなイチゴとブルーベリーのタルト、薄く粉砂糖で化粧の施された愛らしいプチシュークリーム、丁寧にホイップされた生クリーム添えのふんわりシフォンと定番のケーキ達がテーブルの上を賑やかしていた。
「これだけあると迷っちゃうわね……。えっと、まずは」
 淑女としての所作は完璧な隣のマリエの姿を見習い、浮き立つ気持ちを抑えつつ香玖耶はトレイの一番上のフルーツケーキに手を伸ばした。
 オレンジピール、チェリー、レーズン、レモンピールなどのドライフルーツがふんだんに使われた焼き菓子に、しかし香玖耶のその手は届かなかった。
「アレ?」
 目の前にはティーカップとセットのケーキ皿がいつの間に出現している。
 その上に現れたのは、香玖耶が手を伸ばしたケーキだった。
 アイスクリーム、チョコレートで綺麗に皿の上デコレーションされたフルーツケーキ。
「わわっ、凄いわね。もう何だかサービス満点で、至れり尽くせりって感じじゃない」
 ハザードの成せる技だとは分かっていても、やはり驚かずにはいられない。
 フォークを手に取って小さくカットした物を口に運ぶ。
「ん〜っ、美味しい!」
 味は噂通り、極上品。
 これはいいお茶会になりそうだと、香玖耶はしばし話をする事も忘れお皿の上の芸術品に没頭した。
 テーブルの話題は今、ゆきが住まうアパートの話である。
「そんな訳でウチのアパートの家具はほとんど自動で動くのじゃ。物に魂が宿った、つまりは付喪神となってしもうてな。朝時間になれば、コンロは勝手に湯を沸かすし、テレビはやかましく起きろと音量を上げるしで、困ったものよ。むう、半分近所迷惑になっているかもしれぬのう……」
 外見に似合わぬ渋い顔でスプーンを頬張りつつゆきは眉を寄せる。
 ちなみに童女の前にあるのは抹茶白玉ぱふぇである。このカフェは願えば本当に何でも叶えてくれる、サービス精神旺盛なハザードであるらしい。
「おそうじも、おせんたくも、ぜんぶうごくの? みんなやってくれるの?」
「そうじゃ」
 マリエの幼い少女らしい問いに、ゆきは笑顔で頷いた。
「この間なんか、外から家に帰ったら掃除機が男を追い回しておったんじゃ。捕まえてみれば何と泥棒でのう! 勝手に開けられた箪笥は怒って泥棒の手を挟むし、掃除機は吸い付いて離れないしで、その泥棒はボロボロになっておった」
「つくもがみさんたちが、わるいどろぼうをやっつけてくれたのね」
 マリエは透き通るような肌をややほんのり薔薇色に上気させながら、ゆきの話に聞き入った。
「ゆきさんが襲われなくてよかったですねぇ」
 そう聞き役に回り相槌を打つ美月は、しかしその視線はゆきではなく、先ほどからどうしてもマリエに向けられがちとなっている。
 テイストは違えど同じドレスを身に纏う者同士。しかもマリエは本物の『生きたお人形』である。
 球体関節人形が好きで、仕事場である学園の相談室にまで共に出勤することある美月にとって、マリエは無視出来ぬ存在であった。
 その幼女の織り成す完璧な造形に、ホウ、とため息をつく美月の視線に気付いたのか、マリエが小首を傾げる。
「なあに、みつきさん?」
「あ、ええと……、ジッと見つめちゃってゴメンナサイ。その……マリエさんが、お洋服もね、とても素敵だなぁって思って」
 美月の少し慌てた様な言葉に、マリエは微笑む。
「ありがとう。お爺さまもよろこぶわ。みつきさんのおようふくも、とってもすてきよ」
「やだそんなぁ」
 首を横に振る美月に、普段はミニスカートにジャケットなどサイバーパンク風の服装ばかりな香玖耶もマリエの言葉に同調して頷く。
「ううん、すっごい可愛いもの。いいなぁ、私もたまにはイメージチェンジしようかしら」
 そうすれば少しは吃驚してくれるかしら、なんて。頭の中、驚く青年の顔を思い浮かべながら香玖耶は小さく笑みを零す。
 そう少し他の事を考えながら、何気なく発言した疑問の言葉。
「自分で作ったりしているの?」
 どうやら、それが引き金だったらしい、と。後に香玖耶は思い返した。

「あのねこれはね私の好きなPRINCESS ROSEってブランドのワンピースでね本当は私も時間があれば自分で作りたいとは思っているんだけどなかなか難しくてでも今日来ているコレはもうお店で見た瞬間一目ぼれ?っていうか目が釘つげになっちゃって服にも運命の出会いってあるんですね即買い速攻ATM走ってお金下ろしてきて買っちゃいましたお気に入りの服だから中々着ていく機会がなくて残念だったんだけど今日は本当にこのワンピース着てこれて嬉しいなぁ私だってお茶会って乙女の憧れじゃないですかぁこっちのパンプスは服に合わせて新しく買っちゃったんですよほら可愛いでしょこのパンプス中敷とか裏地も全部チェックになってるんですよ白のハイソックスとこのエナメルの真っ赤な靴とで合わせて我ながら大正解!この間新作で出た狙っているブラウスとスカートとも絶対合うと思うんですよねだから次のボーナスはもうそれって今から決めていて――…………」

 まさに、マシンガントークとはこの事だと、引きつった笑みを浮かべながら香玖耶は思った。
 幼い少女2人はそれまでずっと穏やかに聞き役に徹していた美月が、突然饒舌に話し始めた様に目を丸くしている。
「でね私」
 止め所を見失い、ただひたすら美月が喋るに任せていたその時。
 ガシャンッ、と突如大きな音と共に振動がテーブルを揺らした。
「きゃっ!」
「わわっ」
「みにゃッ!」
「え、何事!?」
 跳ね上がるティースプーンにフォーク。零れるのは免れたものの、カップも皿も不安定に未だキシキシ揺れている。
 総出で慌ててその揺れを沈め、一体何事かと見れば――。
「ううん?」
 額を真っ赤にしたエンリオウが、それまで突っ伏していたテーブルからぼんやりと顔を上げた。
「……って、エンリ。そなた寝ておったのか!?」
 ゆきが振動の最中救出したパフェのグラスを抱きしめながら声を上げる。
「あれぇー……?」
 どうやらこの陽気に、エンリオウは居眠りをし、そのまま額をテーブルに打ち付けてしまったらしい。
「なんだ、夢かぁ。わたしが居た世界の夢を、見ていたみたいだねぇ。向こうでも美味しいお菓子を皆で食べて、楽しかったよ」
 よいしょっと掛け声と共に腰を持ち上げる姿はまさにボケボケ老人である。
 それに合わせ、一瞬消えていたティーセットも再び姿を現す。本当に便利なカフェである。
「日本茶とお煎餅も美味しいけど、やっぱりこういう向こうの世界のような美味しいお菓子もいいね。若い可愛いお嬢さん達に囲まれて、本当に今日は楽しいねぇー」
 さっきまで寝ていただろう、というツッコミが入る事はなかった。
 柔和に微笑まれたエンリオウの顔はとても精悍で穏やかでどこか神々しさすらあり、テーブルを囲む女性陣は皆、その直前までの彼の言動も忘れ一瞬見惚れてしまった為である。
「……コホン。嬉しいですけど、残念ながら私はもう若いお嬢さんって年でもないんですよ」
 自分のロリータファッション語りの熱から覚め元に戻った美月は、数分前までの自分の所業を誤魔化すように、そんな少し自虐的な苦い笑みを浮かべた。
「えーでも。美月くんが一番若いでしょう、この中で」
「え?」
 しかし思いがけないエンリオウの言葉に、美月は一瞬ポカンと口を開けた。
 何だろう、そんな事言う人には見えないが、もしかして嫌味だろうか?
 確かに、美月はいつも実年齢よりも若く見られる事が多い。勤務先の学校でも、同年代の友達と同じ様に生徒に振舞われ、実際中に混じってしまえば差ほど年も変わらないように見える童顔の容姿だ。
 隣に座る香玖耶はたぶん美月より若いだろうが、彼女と同じかそれよりも下に見られても不思議でない。
 しかし今日ここにはゆきとマリエがいるのだ。どう見たって幼子の2人。
 まさかこの2人を忘れる程ボケてしまったのか、と訝しげにエンリオウを見つめ返した美月は、
「アレ、そういえば、エンリオウさんの本当の年齢って……」
 ふと、エンリオウの出身作品について思い出した。
 彼は映画『テンクウの宴』出身のムービースター。彼はその中で不老不死の謎の魔法騎士として登場する。
 ファンタジー映画を好んでみる美月はその原作も読んでいた。
 そうだ、確かエンリオウの本当の年齢。外伝から判明した事実によれば、彼は確か優に700歳は越しているのではなかっただろうか。
「……え、あれ?」
 それに思い至り、ふと顔を上げ周囲を見渡す美月。
 改めて気付くその事実。この円卓を囲むのは皆自分を除けばムービースターばかりである。
 美月の物問いたげな瞳を受け、ゆきは手の中の湯飲みに視線を落とすと首を捻った。
「わしは…そうじゃのう……。生まれたのは、戦国の世も終わりの頃だったかのう」
「せ、戦国時代!?」
「マリエはお爺さまとであって、600ねんはたったわ」
「ええ、600歳!?」
「……えー、私も言わなきゃ駄目? そうだなぁ、あんまりよく覚えてないんだけど、エルーカになってから千年以上は過ぎたかしら……」
「せ、千……ッ!」
 ダンッ、と音を立て、美月は腰掛ける背もたれに身を引きその背を打ちつけた。
「何だか皆長生きだねぇ」
「本当じゃのう」
「そういわれてみればふじぎね」
「まあ何年生きたって、お茶は美味しいって事で」
 香玖耶の音頭で、揃って長命なムービースター達は申し合わせたかのような動きで各々のカップに口をつけた。
 突如莫大な時間と堆積したその存在を目の当たりにし、美月は一瞬永久の時の流れに眩暈を覚えた。
「そうだ! 今日はね、絵本を持ってきたのよ」
 場の空気を変えるかのように、香玖耶が明るい声を出した。
 私の世界にもあったヨーロッパの古い童話集なの、そう言って香玖耶が取り出したのは古めかしくも見事な装丁のそれは美しい書物だった。
「おはなし? うれしい。お爺さまがねるまえにきかせてくれるから、マリエおはなしだいすきよ」
「どんな話かのう、楽しみじゃ」
 マリエとゆきの2人が席を立ち、香玖耶の膝元にそれは嬉しそうに駆け寄る。
 そんな2人の様子に笑顔を向けながら、香玖耶はゆっくりとページを捲る。
「ちょうどこのカフェの、風見鶏のお話があってね。私の好きな、ちょっと不思議な話……」
 そう言って香玖耶は話し始めた。
 時に歌うように、綴られる文字を即興のメロディに乗せながら。

 風見鶏にまつわる数奇な人生と運命を。

* * *

ギィーコ ギィーコ
トタン カタン
ギィーコ ギィーコ
トタン カタン

風見鶏 屋根ノ上 夢ヲミル
見渡セド 毎日 野ニ畑
捕ワレノ 我ガ身 呪イ嘆キ
アル朝 風車小屋デ 首ククル

ギィーコ ギィーコ
トタン カタン
ギィーコ ギィーコ
トタン カタン

風見鶏 目覚メタ 空ノ上
ドコマデモ広イ世界 高イ空
自由謳イ 歓ビサエズルモ
美シイ羽狙ワレ 矢ニ落チル

ギィーコ ギィーコ
トタン カタン
ギィーコ ギィーコ
トタン カタン

* * *

 それは風見鶏が夢の中過ごした、様々な人生の歌だった。
 ある時は、王の飼い鳥になり、癇癪を起こした王に首を切られ。
 ある時は、酷い戦争に巻き込まれ住む森を焼き払われ。
 狩りで鉛を撃たれた事もあった。海賊の肩に止まり船と共に海に沈んだ事もあった。
 春を告げるのが遅いと、石を投げられた事さえあった。
 悲しい風見鶏の運命を告げる度、少女達は悲鳴を上げた。
 可哀想、可哀想、風見鶏さん。
 どこにいっても幸せにはなれない。
 騎士もカウンセラーも静かにその風見鶏の一生に耳を傾ける。
 どうして自分ばかりこんな目にあうのか。どうして自分だけこんなにも不幸なのか。
 呪い嘆いた風見鶏は、やがていつもの屋根の上目を覚ます。
 そこにはかつて、厭うていた代わり映えのしない田舎の光景が広がっていた。
 遠くに聞こえるのは煩わしいと思っていた風車小屋の音。
 ずっと夢の中にいたようだ。
 ああ、よかったと風見鶏は安堵する。
 当たり前の毎日が、こんなにも幸せだったなんて。
 よかったよかったと涙を流した風見鶏は、その後人々に風向きを伝える為、懸命に働いたという――。
 香玖耶が皆に読み聞かせてくれたのは、どこかこの街と似ていてまるで違う、そんな話だった。

「マリエ……」
 読み終え閉じられた本の音に、マリエは顔を上げ静かに口を開いた。
「マリエ、お爺さまとずっといっしょにいたい……。お爺さまのことだいすきだもの。お爺さまとのむおちゃはすごくおいしいし、お爺さまにばれんたいんでーにもらったこのゆびわは、なによりのたからもの。……そんなまいにちを、ずっとたいせつにすごしたいの。いきていきたいの」
「そうね」
 かつて、遠い昔。とても愛しい人を失った。
 その悲しみを抱えずっと1人生きてきた彼女にとって、好きだと言ったこの話はどんな意味を持つのだろうか。
「私も、そう思うわ」
 柔らかく微笑みながら、香玖耶はマリエの髪を優しく撫でた。

「幸知子さんがね、教えてくれたよ。ああ、幸知子さんってのはわたしの住む家の大家さんでね。え? さっき言った? ……うん、あのねぇ。この銀幕市の世界にね『一期一会』って言葉があるんだって。お茶会……って言っても、和風の茶道の方なんだけど。お茶の席はね、その機会は一生に一度の事だから、大切に大切にその時を過ごしなさい、大事にしなさいって、意味なんだって。いい、言葉だよね。ぼくも…大切なものを随分過去に置いてきた気がするから……。だから、尚更、今日は楽しいし、お茶は美味しいし、お菓子も美味しいんだろうねぇ」

 エンリオウののんびりとした独り言のような呟きに、呼応するかのように風が、舞い上がった。
 カラカラ、と。入り口で音を立て、風見鶏がいつまでもいつまでも回っていた。



 その店は、杵間山の中腹にあるという、小さな小さなオープンカフェ。
 現れてはすぐに消える、そよ風みたいな気まぐれな招待状を、いつか手に入れれる事が出来たら是非とも行ってみてください。
 それは見事な心に残る大自然の景色を眺めながら、振舞われるのは極上のお茶に、スイーツにティーフード。
 とても不思議な、でもこの街ではとてもありふれた午後のひと時を。
 どうか大切に大切にお過ごしください。

――魔法が消える、その時まで。


 それは、日差しの心地良い、ある春の日の銀幕市での出来事だった。

クリエイターコメントこの度はオファーありがとうございました!
お茶会のひと時、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
ノベルの中に出てくる童話はこちらで楽しんで捏造させていただきました。
穏やかで、煌いていて、そしてありふれた日々が、夢から覚めた後も、楽しかった大切な思い出として皆様の心に残りますように。
公開日時2009-06-20(土) 20:50
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