★ 君のいる夜、君といる朝 ★
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号589-8374 オファー日2009-06-19(金) 14:49
オファーPC シグルス・グラムナート(cmda9569) ムービースター 男 20歳 司祭
ゲストPC1 香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
<ノベル>

 森の奥に、密かに隠れ住んでいた頃。夜中に何かの拍子で目を覚ますと、誰かの温もりはなくとも周りは様々な音に満ちていた。夜に息づく何もかも、カグヤの心中など置いてけぼりに暮らしているのだと教えるように。昼とはまた違う、それでも密かな息遣いを惜しみなく教えてくれた。
 一人だけど、独りではないのだと。自然の紡ぐそれらを聞く内にほっと実感し、また眠る気になるのもよくあった。
 時が経ち、場所が変わり。歌舞伎町もまた、一人で覚めた時に賑やかな街だった。腹立たしいほど眩しくて、ほっとするほど賑やかで。安眠妨害を叫びながらも、その賑やかな中で眠る事にいつか慣れていた。
 独りではないと感じ取れる、それでようやく眠れていたのに。
 銀幕市は、歌舞伎町ほど夜なお明るい場所ではない。規則正しく過ごす普通の人たちにとって、夜は密かにお静かに。明かりを消して布団を被るのが当たり前。
 普段であれば香玖耶もそれに抗議する気はないのだが、時折一人だけ取り残されたような気分になった時、この街の静けさは苦痛だった。
 森ほど、優しい息遣いが聞こえない。歌舞伎町ほど、煩すぎない。どれだけ耳を澄ましても、「生きている」と教えてくれる音が少なくて。堪えきれずに自身を抱き締めるようにして蹲り、朝が来るのを待ってから眠った事もあった。
 勿論それは数えるほどしかないけれど、思い出したくないほどには痛い。夜が嫌いなわけではないけれど、独りを思い知らされるのが耐え難い事もある──。
 ふっと夜中に目を覚ましてしまった香玖耶は、子供じみた感傷を振り払うように頭を振り、髪先に何か抵抗を覚えてそちらに視線をやった。
 跡がついて大変だからやめてと何度も抗議したのに、知らないと惚けられて今まで証拠を掴めずにいたけれど。とうとう現場を押さえたわ! と思わず勝ち誇りそうになり、まだ闇の深い時間を思い出して何とか堪えた。それから自分の髪を半分ほどの長さのところで掴み、持ち上げると一緒に手もついてくる。
 思わず、ふ、と口許が緩む。子供みたいに香玖耶の髪を握り込んで離さない、シグルスの寝顔をつつきたい気分で微笑ましく見つめる。
「そんなに必死に握ってなくても、どこにも行かないわよ?」
 どこにも行かない。シグルスを置いていったりしない。あの日交わした誓いのまま、彼女が終わる日まで、ともに。
 大丈夫よと囁くと、僅かに安心したように寝息が深まった気がする。それでも髪を離されない事にくすくすと笑い、森の静かも歌舞伎町の賑やかもないここで、欲しかった温もりが隣にあると知ってそうと吐息を洩らす。
「独りじゃない……、一人じゃないのね……」
 それがどんなに、幸せか。起きた時にちくんとした、胸の痛みさえ解けて消えた。

 ゆっくりと、穏やかで柔らかな睡魔が再び香玖耶を包み込んで。シグルスに額を寄せるようにして、また眠りに就いた。




 目が覚め、最近の日課として自分の左手を視線で辿った。手の中に銀糸を握り込んでいる、それを見つけてほっと息をつく。
 跡がつくからやめてと苦言を呈されるたび、何の話だか? と惚けているけれど。最初は迷惑だろうなと思うほど、きつく固く握り込んでいた。
 とはいえ半ば無意識なのだから、やめろと言われてすんなりとやめられるものでもない。もはや癖だと諦めてもらおうとかなり勝手な言い分で頷き、偽らず陽光を浴びている銀に嬉しくなってそっと唇を寄せた。
 いつか、真夜中にこうして髪に口接けた事がある。あの時はカグヤが今にも消えそうで、闇は不安を煽るべく圧し掛かってくるようで、怪我の痛みと共にひどく胸が疼いた。あの時と今の、心境はおろか環境のどれだけ違う事か。
(いつ消えるかなんて、もう心配しなくていい)
 カグヤが独りで消えてしまう、それが何より一番怖かった。自分の前から消える事もそうだが、やがて永遠が尽きる時。カグヤはきっと他の何にも巻き込まず、たった独りで「なくなる」と覚悟していただろう。容易く想像のついたそれは、どこまでもシグルスの心臓を冷たく凍らせた。
 けれど、今は違う。銀幕市の魔法が同時に解けるからとか、そんな事ではなくて。カグヤが本当の「さいご」を迎える時、その傍らに自分がいるのが分かる。例えば、既に肉体はなくても。永遠を寄り添い、共に朽ちる。無くなる。ふたり、一緒に。
 知らず口許が緩むほど、それは恐ろしくはなく胸の弾む未来だった。今日、この街の魔法は解けるとしても。交わした想いも記憶も、シグルスの中に──カグヤの中にも。刻まれたなら、決して無意味なんかではない。
(おまえがいる朝なんて、あの頃は許されなかった)
 こうして、眠るカグヤを朝の光の下で見つめるなんて。
 ひどく安心しきった顔で、気持ちよさそうに眠る彼女を優しく目を細めて見守る。きっとこの街に来るまで──自惚れるなら、彼と永遠を誓うまで。こんなに安らいで眠れる日はなかっただろうカグヤの寝顔に、祝福と愛を込めてそっと頬に唇を落とした。
 くすぐったそうに、ふにゃ、と口許を緩めるカグヤが可愛くて。笑いそうになったのと、ひどく照れ臭くなったのとで慌ててベッドを降りる。
(何やってんだ、俺は)
 顔が笑うと自分で自分の頬を引っ張って引き締めながら、それでも笑う口許を隠したげに殊更ベッドから視線を逸らす。
 ふと目についたのは、壁掛けのカレンダー。近寄っていき、今日の日付を確認する。
 十三日。最後の日。泣きたくなるほどの奇蹟を降らせてくれた、この街の魔法が終わる。
 けれどシグルスはそれから六日後に指をずらし、日付を確かめるように一度指を押しつけた。
 十九日。特別の日。後半分で、誕生日。無理やり祝われた三ヶ月前を思い出し、自然と口許が綻ぶ。
 何気なく端に手をかけ、ぱらぱらと一ヶ月ずつ捲っていく。
 愛しむように、慈しむように。まるで一緒に過ごす時間をそうするように、確かめるように。
 カレンダーの最後、十二月で手が止まったのは終わりだったからではない。そこに見覚えのある写真を見つけたからだ。
「よりにもよって、変な顔を……」
 もう少しまともに撮り直せと要求すべきだったと拗ねたように考えてはいるが、自分がどれだけ優しい顔をしているかは気づいてないだろう。
 カグヤがこの写真をここに貼った意味なら、聞かされずとも分かる。
(誰か、知っておいてくれ。俺たちはこの街で、すごく幸せだった。……俺たち、だぜ)
 俺だけじゃない。シグルスが一番大事に想うカグヤも。同じく幸せだと断言できる、それをどこかに感謝するならばやはりこの街の奇蹟に。
(神父失格で結構、ってな)
 揶揄するように心中で呟きながら、シグルスはペンを手に取った。
「シヴ?」
 何してるのと少し間延びした声で問われ、起きたのかと振り返る。さり気なくカレンダーを戻し、欠伸交じりに近寄ってくるカグヤを迎える。
「おはよ」
「おはよう。……あ、また寝てる間に髪を握ってたでしょう!」
「おまえの寝相が悪いんだろ? 何でも人のせいにするなよ」
「言ったわね、夜中に起きてちゃんとこの目で見たんだから。今日こそ言い逃れできないわよ!」
「寝惚けたんだろ。それとも、そうしててほしかったって願望か?」
「なっ……! 捻くれてるにも程があるわよ、シヴ!」
「因みに背中、もっとひどく跳ねてるぞ」
「嘘! やだかっこ悪い、跳ねたまま……、跳ねてないじゃない」
 慌てて背中に手を回して確認したカグヤが不審げに呟くのを聞いて、耐え切れずにはっと息を吐くように笑った。
「何でも真に受けるなよ!」
「〜〜っ、シヴーっ!」
 可愛げがないと詰め寄ってくるカグヤを笑いながら受け流し、今日は何すると何気なく尋ねる。
 とりあえずシヴは殴るわと断言したカグヤは、抗議をする前にふわりと笑って軽く腕を組んできた。
「いい天気だから、散歩なんかどう?」
「ああ、どうせなら朝飯も外で食うか」
「いいわね、サンドイッチとコーヒーを持っていって優雅に朝食ね」
「昼は少し遅めに、この前行ったカフェでケーキでも食うか?」
「それ、最高!」
 決まりねとはしゃぐカグヤに、目を細めて笑う。一緒に暮らすようになって、いつも通りの朝。何も変わらない。
 カグヤが隣にいる、それ以上の特別なんてない。だから、昨日も今日も変わらない。二人で過ごす、毎日の内の一つ。その朝が、始まっただけ。



 もし、彼らがここに帰って来なくなって。次にこの部屋を訪れた人は、張られたままのカレンダーを見つけ、何気なく捲ったそこに嬉しそうな笑顔と、ぎこちないそれを見つけるだろう。
 そうして写真に添えられた走り書きを読んで、満たされている人なら微笑ましく口許を緩め、ちょっとばかし寂しい人は毒づきたくなるに違いない。


 ──永遠を、おまえに──

クリエイターコメントいつもながら素敵すぎるオファーを、ありがとうございました!
今までも折々の大事な記憶を綴らせてくださり光栄でしたが、最後の日までお任せ頂けましょうとはっ。
書き手としては大事に丁寧に、それでも「とくべつ」を別に据えた日常となるよう頑張ったつもりですが、上手く描けているでしょうか……。
相変わらずはらはらしながら、少しでもお心に沿っていますよう祈るばかりです。

あまり長く語ると泣きたくなってきますので、この辺で。
お二人様の「さいご」を紡げて光栄です、ありがとうございました。
公開日時2009-06-24(水) 18:20
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