★ 【彼(か)の謳は響く】ひかりとくらやみのカノン ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-7549 オファー日2009-05-06(水) 21:06
オファーPC 理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
ゲストPC1 刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
ゲストPC2 イェータ・グラディウス(cwwv6091) エキストラ 男 36歳 White Dragon隊員
ゲストPC3 月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
<ノベル>

 ――俺は、嫌だ。

 銀幕市を襲った未曾有の危機。
 絶望の首魁によって閉ざされた、その街の中で。
 一番大きな犠牲を出すかもしれないと知っていて、自分たちが消えることが最善の方法と知っていて、理月(あかつき)はどちらの剣も使わない道を選んだ。
 死ぬことや消えることを怖れたわけではなかった。
 この街の魔法がどういうものかを理解した時から、いずれ自分たちは消えるのだと覚悟して今日まで来たし、何よりもその望みは、故郷での理月がずっと胸の奥に抱いていたものでもあったから。
 死は理月にとって隣人だった。
 彼は常にそれを見つめて生きてきた。
 この街で、たくさんの大切なものが出来て、生きる喜びを取り戻したあとでも、その感覚は変わらなかった。
 だから、自分の消滅を回避するためにした選択では断じてなかった。
 ――無論、自分はどうあれ、生きることを望むムービースターやバッキー、ムービーハザードが消えずに済むのなら、それに越したことはないと思っていたのもまた事実だったし、今は、このまま生きて、ずっと皆と一緒にいられたら、と願いもするけれど。
 それでも、理月の中に、剣を使う選択はなかった。
 のぞみもリオネも、守られてしかるべきだと思っていた。
 何より、理月は、諦めたくなかったのだ。
「まだ負けるって決まったわけじゃねぇのに、誰かを犠牲にして全部終わらせんのは嫌だ。皆が言うように、何もしねぇまま誰かに全部押し付けて終わりにすんのは嫌だ」
 のぞみとリオネがいたから、理月はこの街に来られた。
 この街に来られたお陰で、たくさんの救いと幸せをもらった。
 魔法が消えれば、この心、今の思いも消え去るのだとしても、自分が感じていたこと、経験したこと、彼が紡いだ幾つもの言葉を、この街の誰かは覚えていてくれるだろう。
 彼の『兄』や家族、今までに関わってきた大切な人たちが、確かに理月がここにいて、ここで笑っていて、とてもとても幸せだったことを、きっと覚えていてくれるだろう。
 それもまた救いで幸いなのだろうという、静謐で透徹した思いが理月の中にはあった。それは、この街で築いてきたすべてが理月の中に創り上げた、透明な覚悟で、結果で、甘受だった。
 その思いをくれたのもまた、銀幕市での三年間であり、銀幕市の人々であり、そしてのぞみとリオネなのだ。
 だから、そのお返しが永遠の眠りと死だなんてあんまりだ、と思う。
「それに……負けるって決まったわけじゃねぇ」
 そして同時に、理月は信じているのだ。
 この街が、これまでに起こしてきた奇跡を。
 その中に含まれていた、確かな希望を。
 人々との絆を。
 それらを持って、絶望の塊に立ち向かう。
 ――銀幕市の日々において、これほど相応しいこともないだろう、と理月は思うのだ。
「だから俺はこれを選ぶよ」
 理月はそう締め括り、唇を引き結ぶと、頭上にわだかまる絶望を、静謐で強い眼差しで、見据えた。

 * * * * *

「恵森(メモリ)、稀邏(キラ)、カナン、こっちだこっち!」
 いつもの古民家の庭先に、理月の闊達な声が響き渡る。
「……元気だな、あいつ」
 月下部理晨(かすかべ・りしん)は、やわらかな下草に覆われた広い庭を走り回りじゃれ合う小動物四匹を、縁側に腰掛けて眺めやりながら――実は自分も小動物の一匹に数えられていることを彼は知らない――目を細めていた。
 楽しげに吼える柴の仔犬に、外見は恐ろしげだが内面はやさしい仔ワイバーンに、若干ツンデレ気味のブラック&ホワイトのバッキーに追いかけられ、じゃれつかれる理月はとても楽しそうだし、嬉しそうだ。
 恐らく、今の理月が浮かべる無邪気ですらある笑みは、あの重苦しい投票を済ませ、自分のやるべきことを終えたがゆえの、静かで晴れやかな心持がさせているのだろう。
 それを思うと、自然、掌が握り拳を作る。

(俺は、俺自身のために)

 理月と同じく、理晨もまた選択を済ませていた。
 もちろん、剣を使うつもりは、理晨にもなかった。
 票は割れていた。
 どの選択に決まるか、最後まで判らない。
 そのくらい、人々の思いは錯綜し、入り乱れていた。
 多分、どれを選んでも間違っているのだろうと理晨は思う。
 同時に、どれを選んでも、その人にとっては正しいのだ。
 ――だからこそ、どれも、貴い。
 その選択は、個人個人が、自分の心と語り合い、必死で考えて、この街のために、自分のために、大事な人たちのために何とかしなくては、と思って決めたことなのだ。
 心を痛め、悩み苦しみ、身悶えし歯噛みして、懊悩に身を焦がしながら、それでも、と選んだすべての、そのどれも貴い選択なのだろうと思うから、剣を使うことを選んだ人たちを憎むつもりも、恨むつもりもない。それぞれの選択に、自分以外の誰かが口を差し挟めるわけもない。
 しかし、だからこそ、理晨も、自分に嘘をつかない答えを選んだ。
「理晨、茶が入ったぜ。――おおい理月、茶が……って、聞いてねぇな、ありゃ」
 少年の頃から一緒に暮らしてきた『兄弟』であるイェータ・グラディウスが――まだ、先の戦いの傷が癒えきっていないらしく、あちこちに包帯が巻かれているが、本人はあまり気にしていないようだ――、黒塗りの盆に湯呑み茶碗を載せて現れ、理晨にそのうちのひとつを手渡してくれる。
 理晨は少し笑って礼を言い、それを受け取った。
「イィも……もう済ませてきたんだよな」
 自分より少し背が高く、少し体格のいい、ひとつ年下なのに兄然とした男を見上げて理晨が言うと、イェータは彼の隣に腰掛けながら肩を竦めた。
「騙し討ちは性に合わねぇ。……それだけだ」
 空に顕れた第二の太陽へ赴いたイェータは、あの神子が、六十七億の絶望を見せ付けられたことでタナトスの剣による罰を受け入れようと決めたのだ、という事実に激怒していたようだった。
 もともと、直情的で裏表のない、頑固な男だ。
 自分が何もしないまま、戦いもしないまま、誰かを犠牲にしてすべてを終わらせるなどという結末は、耐え難いに違いない。
「あいつの覚悟は判る。あいつが俺たちを守ろうって思ったのも判るし、その覚悟は賞賛されるべきで、並大抵の奴に出来ることじゃねぇってのも判る。だが……もうここには『それ』しかねぇ、なんて、絶対に言わせねぇ」
 言ってマスティマを見据える眼差しには、隠しようのない怒りがちらついている。
「この選択が一番大きな被害をもたらすかも知れねぇ、なんてことは、言われなくても判ってる。だけど、何もしねぇで、はじめから諦めて、手をこまねいて見てるだけなんざ、俺には出来ねぇ」
 空に浮かぶ、六十七億の絶望、マスティマ。
 あの巨魁を見て、更に絶望を深めたものは、無論いるだろう。
 正直、理晨も、怖かった。
 自分が傷つくことや死ぬことよりも、家族や友人たち、罪のない人々が死ぬことよりも、あんなに巨大な絶望が、それに付随する様々な負の感情が、この世に存在するのだという事実が、怖かったのだ。
 その、絶望という感覚は、理晨の中にも、深く深く、分かち難く根を張っているものだから。
「どうせ、理晨も同じだろ」
「……ん」
 イェータの当然のような問いに、小さく頷く。
「……俺たちに、生きて欲しい……って言ってくれる、ムービースターの皆には申し訳ねぇけどさ」
「ああ」
「危険だってのも、もちろん判ってる。けど、俺は……この街の魔法に、リオネに、のぞみに、ムービースターたちに、報いてぇんだ」
 ムービースターたちは、望みもしなかったのに『こちら側』に連れて来られたのだ。
 勝手に連れて来られて、自分たちがどういう存在であるのかを――いつかは消え去るものなのだと突きつけられ、存在の根幹すら冒された彼らが、今、理晨たち『残る人間』のために、消えることを、心を守るために戦うことを選んでくれている。
 理晨は、それゆえに、戦わねばならないと思っていた。
 それゆえに、リオネも、のぞみも、ムービースターたちも、守らなくてはならないのだと。たとえそう遠くなく別れが訪れるのだとしても、それは今ではないのだと。
 それが、この街の魔法にたくさんの幸せをもらった、『残る自分』のつとめなのだと、思っていた。
「希望ならある。俺は諦めねぇ……絶対に」
 ふわり、と、鼻腔を甘い香りがかすめた。
 刀冴(とうご)が、午後のお茶用の菓子を焼いているのだ。
 ヴァニラとチョコレートの甘く深い香り、ナッツの香ばしさは、理晨に、今が未曾有の危機の中にある土壇場なのだということを思わず忘れさせるほど、日常と平和の匂いに満ちている。
「……戦って、受け入れて……勝つんだ」
 今、庭先を笑いながら転げている大切な『弟』、理晨と痛みを共有する半身や、彼に救いをくれ、その結果理晨にも救いをくれた善き隣人たち、彼らをかたちづくる要素のすべてを、こんなかたちで手放したくはない。
 笑って、手を振って、たとえ本当は不可能なことなのだとしても、「じゃあまた、いつか」と、やさしい嘘をついて終わりたいのだ。
 愚かで盲目的な選択だと嘲られようとも、そんなに死にたいのならひとりで死ねと罵られようとも、それを撤回するつもりは、理晨にはなかった。
「大事なもん全部守って、笑って別れが迎えられるようにする。結局は、それだけのことだろ」
「ああ」
 答えたあと、イェータがふっと何かを案じる目をした。
 人体実験を繰り返された結果、金色になってしまったという目が、ただ理晨を気遣う色を宿して自分を見つめている。
「なぁ、理晨」
「ん?」
「お前……もしかして、タナトスの剣を使うって決まったら……」
「今からそんなこと言ってても仕方ねぇだろ」
 理晨はかすかな笑みを返し、首を横に振った。
 しかし、きっとイェータは気づいただろう。
 その時、理晨の銀眼をかすめていった、深い深い、昏(くら)い闇に。
 すでに覚悟を決めた人間だけがする、静かで強い、もう覆しようのない意志を孕んだ笑みの意味を知ると同じく。
「でも……もし、そうなったら。……多分、俺は生きてない」
「……」
 あまりにも晴れやかできっぱりとした理晨の言葉に、イェータが沈黙する。
 自分を、命よりも大切にしてくれる人たちがいる。
 理晨がいるから生きていると本気で口にする家族がいる。
 斃れていった家族たちが、生きて欲しいと今でも願っていることを、知っている。
 ――それを理解しながら、理晨は言うのだ。
 もう、『そう』なるしかない自分を、申し訳なく思いつつも。
 もう、戻れないことを、知っている。
 この街がもたらしてくれた救いと、その救いがもたらした深い闇。
 その双方が、今の理晨を彩り、雁字搦めにしている。
 だが、理晨に後悔はないのだ。
 銀幕市がくれた、光と闇の双方を、全身全霊で愛しているから。
「俺は、理月を、理月がくれた全部を、守るんだ」
 理晨がそう、きっぱり言い、イェータが何とも言えない表情で再度沈黙した時、
「菓子が焼けたぞ、茶にしようぜ」
 いつも通りの出で立ちをした青い将軍が、大きなタルトが載せられた大きな盆を手に、部屋へと踏み込んで来た。
 ふわり、と、甘い香りが漂う。
 生きた、平和の、幸いの匂いだ、と、理晨は思った。
 それを守るために、自分は戦うのだ、とも。

 * * * * *

 刀冴の選択も、最初から決まっていた。
 彼は武人だ。
 たとえあまりに分が悪い戦いだとしても、戦いを放棄する選択は彼の頭にはなかったし、戦うことでしか守れないものがあるという事実をも、また、刀冴はよく知っていた。
 自分の中にもマスティマが存在するのだと、誰の心にもマスティマがいて、叫び声を上げているのだと、淡々と理解し受け入れているのと同じく。
「お、いい匂い。刀冴さん、今日のこれは?」
 タルトの匂いに惹かれて、夢中で小動物たちと遊んでいた黒柴が戻って来る。
「ヴァニラとチョコレートのマーブルタルト……かな。フィリングを二種類にして、焼く直前に大雑把に混ぜたんだ、面白い模様になっただろ? で、上に乗っかってるのは、アーモンドとくるみとカシューナッツな」
 わくわく、というのが相応しい目で大きなタルトを見ている理月と、まったく同じ顔で同じ表情をしている理晨を交互に見遣り、そんなふたりを微笑ましげに見ているイェータに呆れ顔を向けてから、刀冴は焼き菓子にナイフを入れた。
 主人と一緒に戻っては来たものの、自分たちがお菓子をもらえないことを知っている恵森と稀邏は庭先でじゃれあい始め、バッキーのカナンは縁側をよいしょとよじ登って理晨の肩に腰を落ち着けた。
 黒柴二匹が和気藹々とタルトを頬張り、鋭い銀眼を和ませる。
 金眼の、何故か妙に近しい気のする男が、それを見て目尻を下げている。
 いつも通りだ、と刀冴は思った。
 滅亡の危機に瀕していてもなお、世界は平等に美しく、時間は淡々と流れていく。
「おい」
 声をかけられて上を向けば、イェータが空になった湯飲みを盆に載せて立ち上がっていた。
 この男は、何故かあまり刀冴の名前を呼びたがらない……というか、よく妙な表情をしたり、反応を見せたりする。
 細かいことにこだわらない刀冴には、イェータが、何故か自分と似ている気のする刀冴が、あまりにも突き抜けていることが面白くなく、不安でもあり、またハラハラもしているのだということなどまったく気づいてはおらず、変なやつだなぁ、と思っている程度だったので、
「……片付けてくる。洗い物は、右側の水がめを使えばいいんだったな」
「ん、ああ。片すのは左側の戸棚の、一番下な」
 イェータに対する刀冴の態度は、他の誰とも変わりがない。
「俺も、机拭くかな」
 同じく立ち上がり、濡れた布巾を手に、皆で食事を取ったりお茶をしたりする大きな机を手早く拭き清めていた刀冴の耳を、携帯電話なる現代用品の、不思議な音が打った。
 表情を引き締めた理晨が、携帯電話を開き、どこかのスイッチを押して、それを耳に当てる。
「ん……ああ、ジークか。……うん。うん……そっか、判った、ありがとな。――はっ、当然じゃねぇか、勝つに決まってる。そのために戦うんだからな……!」
 端正な唇に、にやり、という不敵な笑みが浮かんだ。
「理晨」
 通話を終えた彼に理月が声をかけると、理晨は、晴れやかに笑って理月の頭をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「どっちの剣も使わねぇことに決まったらしい」
「!」
 その言葉に引き結ばれた理月の唇が、ややあって、ゆるゆると笑みのかたちになる。
「そっか……じゃあ、頑張らなきゃな。しばらく、忙しくなりそうだ」
「ああ。とりあえず、俺はジークと一緒に物資の準備かな。理月、お前も気をつけろよ?」
「うん、どうせなら、皆で笑ってお別れが言いてぇもんな」
 刀冴はそれを、静かな笑みとともに見ていた。
 ――道は定まった。
 戦いはこれからで、やるべきことは山のようにある。
 だが……信じた道を、信じたままに往ける、こんな喜びがあるだろうか。
 絶対に負けない、必ず守ってみせる。
 熱い、強い誓いが、身体の隅々を熱くする。
 同時に、意識は涼やかに冴えて、どこまでもクリアだ。
「決まったみてぇだな?」
「ああ。……ま、ここからが正念場って奴だ。あんたのことだから、理晨と一緒に行くんだろうが……気をつけろよな」
「当然だぜ。理晨も、理晨の大事なものも、俺が守ってみせる」
 厨から戻ったイェータの、迷いのない言葉に刀冴が肩をすくめると、イェータは無言のまま手の平を掲げてみせた。
 その意図に気づいて、刀冴もまた手を掲げ、手の平と手の平を打ち合わせる。
 笑った理月が同じ仕草をして、理晨、イェータ、刀冴の順番で手の平を打ち鳴らした。
「さァ……行こうか。守れるものなら、幾らでもあるだろ」
 様々な色合いの目が、交錯し、理解と共感を孕んで笑みのかたちに細められる。
 光と闇、喜びと哀しみで織り上げられた銀幕市での日々。
 満ち足りた、後悔のない別れのために、それを守るのだ。
 ――そのために、彼は、戦う。

 軒先から見上げれば、空には、全人類の心によって創り上げられた巨大な絶望がわだかまっている。
 それは大きく、恐ろしく、壮絶だ。
 だが、恐れるつもりはない。
 これまでを信じ、自分を信じて、戦い抜くだけのことだ。
 それが、彼がこの街に示せる、最大の感謝だろうとも思うから。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。

理月さん、理晨さん、刀冴さん、イェータさんのお心を、このノベルに預けてくださったことに感謝いたします。

多くは語りません。
どうか、選択のすべてに救いと安息が満ちていますように。


ありがとうございました!
公開日時2009-06-06(土) 19:40
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